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第四話 太陽郷の忘れもの

全体公開 私たちの太陽郷 2
2024-05-16 12:45:18

そしてこの太陽郷にも、私の知らない歴史があるんだよね。

 みんなが知ってる三大偉人
 初代国王 リオサ様
 剣を振るって国が生まれる
 若草の聖女 ステュリ様
 可憐な笑顔で幸せ生える
 七色の大賢者 ペラニ様
 鏡写しで新たな一歩
 みんなが信じる三大偉人
 この国を作った先人たち



第四話 太陽郷の忘れもの


 お昼時の街は、美味しそうな匂いと、食べ物を買おうとする人達で溢れかえっている。
 僕はその中に隙間を見つけながら、フードを深く被って歩いていく。
 ぎゅるるる。
 急にお腹が鳴って、何人かの人がこっちを見て笑った。
 仕方ないでしょ。昨晩から何も食べてないんだから。歩いてきた道にお店があまりなくて、あっても僕が入れそうなお店がなかったんだから。
 ……それもこれも、聖女ステュリのせいだ。
 僕が聖女の生まれ変わりなんて呼ばれてなかったら、こんなこそこそする必要はないし、皆に迷惑もかけなかったし、期待もないし……ずっとずっと楽だったのに。
 あぁ、早く人が少ないところを探して何か食べないと。ひもじいのには慣れている。慣れているけど。
「聖女様?」
 はっとして顔を上げる。色々考えながら歩いてきたせいで、うっかり路地裏に入り込んでしまったようだ。目の前には、あまり綺麗とは言えない服を着た人が数人いて、皆僕を見ていた。
「聖女様……聖女ステュリ様の生まれ代わりじゃ……!」
 一番歳をとっているおばあさんが目を見開く。すると、周りの数人が次々と声を上げ出した。
「聖女様、私達にご慈悲を……!」
「どうかお救いください!」
「ひっ」
 今にも縋り付いてきそうな人達。違う、僕は万能じゃない。僕にどうやって助けろって言うんだ。
 逃げなくちゃ。でも、どうやって逃げる? こういうとき、下手に動くと魔法を使ってまで止めようとされることがある。どうする? どうやって……
 すると急に、何者かに手を掴まれて引っ張られた。
「うわっ!」
 見ると、ピンク色と紫色を混ぜたような不思議な色の髪の男の人が、僕の手を引いていた。そうだ……晴れた日に見た、太陽の沈んでいく空の色に似ている。その人は僕の手を引いて、僕を路地裏から人通りの多い道へと連れてきた。
「な、何……?」
「ごめんね。びっくりしたでしょ」
 その人は振り返ってへにゃりと笑い、僕の手を離した。顔には、大きめなサングラスをかけていた。
「困ってそうだったから……
 人通りの多い道だし、どうやら普通に助けてくれたらしい。
……ありがとう、ございます……
「んーん」
 首を振る。仕草が大きめだ。
 改めてその人を見ると、上質そうな白い布でできた、金色のボタンのついている服を着ていて、貧乏ではなさそう。髪はかなり長くて、横髪を残して後ろに束ねている。腰の後ろに長い杖を差していた。
 助けてくれたことはありがたいが、別にもうこの人といる理由はないし、僕は行かなければならない。
……では」
 僕は彼に背を向けて歩き出した。早くお昼を食べなくちゃ。
「えっ⁈ あっ、まっ、待って‼︎」
 後ろから慌てて声をかけてくる。
「ぼく、君をずっと探してて。君と話したいことがあるんだ!」
 僕を探していた? どうせ聖女としてだ。ろくなことじゃないに決まっている。
 僕はそのまま立ち去ろうとする。しかしそのとき、後ろからぼそりと、泣きそうな声が聞こえた。
「ぼく……君しか、わからないんだ……
……? それって、どういう……
 ぎゅるるるるっ。
「っ⁈」
 僕のお腹が再び大きな音を立てる。最悪……。男の人は「あはは」と小さく笑った。
「ぼくもまだご飯食べていないんだ。良かったらご一緒してくれませんか?」
 ……正直、この人が誰なのか、まだ全くわからないから嫌だった。
 けれど、この人の雰囲気と、さっきの悲しそうな声が気になって、少しだけならいいかと、そう思ってしまったのだ。

「おいし〜〜‼︎」
 キラキラ輝く海が眼下に広がっている。道端の柵に男の人と一緒に座って、サンドイッチにかぶり付く。男の人が一体何歳なのかはわからないけれど、サンドイッチを頬張って、子供のようにはしゃいでいる。口にパンくずまで付けているし。
「口、付いてますよ」
 僕が指摘すると、男の人は口をぽかんと開けて僕を見た。少しだけ僕を見つめてから、口を拭う。
……ふふ、ありがとう」
 そんなに驚くことかな、と思いながら、サンドイッチを食べ進める。確かにサンドイッチは美味しくて、ボリュームがあって、今の状況にとてもありがたかった。
……そうだ、君、名前はなんて言うの?」
 男の人が僕に聞いた。あまり名乗りたくはないけれど、もう僕が聖女だということはバレているだろうし、隠す必要はないかな……
 しかし僕は怪訝な顔になっていたようで、男の人は慌てて
「ああ、ごめんね! まだ出会ってすぐだもんね、言いたくなかったら大丈夫だよ」
と言って、あははと苦笑する。
……スフラ」
「ん?」
「僕は、スフラ……
 僕の呟くような名乗りを聞いて、男の人はにこっと笑った。
「スフラさん、かぁ……素敵な名前だね」
 にこにこする男の人。どうせお世辞だろうけど……
 それからしばらくは、僕らはサンドイッチを食べることだけに集中していた。男の人も前に向き直って、サンドイッチを食べている。美味しいけれど、ボリュームがあって食べるのが少し難しい。
 ふと、男の人がぽつりと呟いた。
「本当に、ステュリさんに似てる」
 ステュリ——聖女ステュリ。その名前が出てくるということは、やっぱり、僕のことを聖女として見ていたのか……わかっていたけれど。
 でもそれよりも気になったことは、
「ステュリ……さん?」
 そんな呼び方をする人を、僕は初めて見た。まるで、仲の良い友達を呼ぶような呼び方。ステュリは伝説の聖女で、皆「ステュリ様」と呼んでいるのに。
「あ、う、うん。厄災のときにみんなを助けていた聖女様だよ。……知ってるよね」
 男の人は呼び方については特に触れずに話す。
「君が似てると思ったんだ……いや、似てるって聞いていたんだけど」
……そうですね」
 そんなこと、教会が大騒ぎしたんだから誰だって知っている。僕が聖女だから、聖女に何か用があるから僕を引き止めたんじゃないの?
……話って、何ですか?」
「ん?」
「僕に話したいことがあるって言っていたじゃないですか」
 すると男の人は「ああ」と言って、
「そうだった。良かったら……君に頼みたいことがあるんだ」
 と言った。
 ああ、やっぱり。大体予想がつく。どのパターンだろう。病気や怪我を治して欲しいのか、畑を豊かにして欲しいのか、聖女の笑顔が欲しいのか……
「ぼくの、お友達になって欲しいんだ」
……え?」
 全て、違った。あまりに予想外で、男の人のぽやぽやした顔をじっと見てしまった。
 いや、まだわからない。これだけでは、僕を聖女として見ていないという確証にはならない。
……友達になっても、僕は贔屓はしない。友達だからって聖女の力を使ったりはしない」
 僕が言うと、男の人はぽかんとした顔をした。
……? ああ、いや、そういうわけじゃなくてね、こうやっておしゃべりしたり、一緒にご飯食べたり、遊んだりしたいんだ」
 にへら、と笑う。
「何で、僕……?」
「だって……ぼく、君しか知ってる人がいないんだ」
 少し寂しそうな顔をして、微笑む。さっきも言っていたけれど……
「僕しか知らないって……どういうことですか? 家族や、友達は……僕とだって、さっき会ったばかりなのに」
「うーん、正確に言うと、ぼくはステュリさんはわかるから……
 男の人は何かを思い出しているような、そんな顔をした。
「だからステュリさんに似ている君の所に来たんだ。良かった、ステュリさんみたいに優しい人で」
 僕が……優しい? 何を見てそう思ったのだろう。適当なことを言わないで欲しい。
 しかし、それも気になるけれど……やっぱり、この人の話し方は少し変なのだ。まるで……聖女ステュリが昔の友達であるかのような、そんな話し方をする。
 聖女ステュリは100年以上も前の人で、よぼよぼのおばあさんやおじいさんが子供の時にギリギリ見たというレベルだ。さっき路地裏で会ったおばあさんだって、見たのは写真などで、実際に見たわけではないかもしれない。この、20代だか30代だかの男の人が、実際に見たことがあるわけがないのに。
「でも……僕はステュリじゃない。ステュリみたいに優しくない……
「そうだね。ステュリさんはステュリさんしかいないよ。でも、スフラさんにはスフラさんの優しさがあるんだよ」
 男の人はにこっと微笑んだ。
「スフラさんは、スフラさんだもんね」
 ……やっぱり、変だ、この人。そもそも、他の人は僕のことを「スフラさん」だなんて呼ばない。もう本当に何者なのか聞こうと、僕は口を開こうとした。
「聖女様」
「!」
 急に後ろから声が聞こえて、振り返る。そこには、さっき路地裏で会った、あまり綺麗ではない服を着た人達のうちの2人がいて、僕の方を見ていた。
「ああ、見つけました、聖女様、ご慈悲を……
「よくも、よくも、そんなに裕福そうなのに、聖女様を独り占めするなんて‼︎」
 1人が、僕の隣の男の人を睨む。
「えっ?」
 男の人が間の抜けた声を出す。男の人を睨んだその人は、ざっと杖を取り出すと男の人の方に向けた。
攻撃魔法アタッコ
 鋭い攻撃の光が、杖の先から放たれた。ある程度の速度を持つそれがこのまま飛んでくれば、僕にも当たる。僕は防御魔法を使うために杖を出そうと、ポケットに手を入れた。
「うわぁっ‼︎」
 男の人は相当焦った声を出して、魔法が飛んでくる方に咄嗟に人差し指を向けた。
 ……ふっ。
……え?」
 一瞬のことだった。
 攻撃魔法が——消えた。跡形もなく。まるで最初から、そんなものなかったかのように。
 男の人を見ると、魔法が飛んできた方向に人差し指を向けたまま、固まっていた。
……消滅……、魔法エスティジオネ……
 男の人は思い出したように呪文を吐き出す。いや、明らかに呪文を唱えるよりも魔法の方が先だった。
 呪文も杖も使わずに、魔法を使ったというのか?
 呪文も、杖も、魔法を補佐するものだ。呪文は言葉の力によって、杖は杖に付けた石や、杖に宿った魔力によって魔法を強くする。呪文や杖なしで魔法を使うことは不可能ではないけれど、相当魔力が強くないと難しい。
 しかも消滅魔法は、物質を直接操作する種類の魔法で、難しい。指を指すだけで一瞬でかけられるような魔法ではない。防御魔法の方が簡単なのに、あえて難しい魔法を使っていることもよくわからない。
 ……一体、この人は何なんだ。
 攻撃を放った人達も、呆気にとられてこっちを見ている。
……え、えーと、お金がなくて困ってるんだったらね、あそこに行くといいよ」
 男の人はひとつの建物を指差した。
「お金や食べ物をもらうことは簡単だけど、使うとなくなっちゃうからね。自分でお金を稼ぐには、知識が必要だ。あそこに行けば、きっと役立つ知識が見つかるよ。ほら!」
 男の人はまだ口を開けている2人に向かって行くと、反対側を向かせて背中を押した。2人は複雑な表情でこっちを見ていたが、しばらくすると自分たちで歩き始めた。
 2人が見えなくなると、男の人が戻ってきて、僕の隣に座った。
「うわーっ! びっくりしたね……
 男の人はあははと力なく笑うと、一口だけ残っていたサンドイッチを口の中に入れた。もぐもぐと口を動かしながら、サンドイッチを包んでいた紙をたたんでいる。
 ……何を言ってるんだ、びっくりしたのはこっちの方だ。
……あの」
「ん?」
 男の人がこっちを見る。今度こそ、聞かなくては。
「貴方は、誰なんですか?」
 男の人はごくんとサンドイッチを飲み込むと、不思議そうな顔をして、そしてすぐにくすくすと笑った。
「ああ、ごめんね。スフラさんには名前を聞いたのに、そういえばぼくは名乗ってなかった。失礼、失礼」
 そう言うと男の人は、かけていたサングラスをほんの少しだけ上にずらした。僕にだけ瞳が見えるように。
「ぼくは、ペラニ•レーシャっていいます。よろしくね、スフラさん」
 その瞳は、虹色だった。



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