X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです

残り火

全体公開 アナオビ 20050文字
2025-12-10 21:31:07

2010/8/13発行のコピー本の再録。
アナキンとオビ=ワンにまつわる六つの話。
今見るとさすがに構成が拙いが雰囲気はある。カップリング色なし。

Posted by @syuu_29

・墓からよみがえった男の話
 アナキンがクワイ=ガンを見つける。 2≫
・凍える程度の窮地
 極寒の地で二人は窮地に陥る。 3≫
・灰か遺骨か
 オビ=ワンと世にも奇妙な物語 4≫
・夢見るいきもの
 二人は滅び行く星を訪れる。虫描写注意。 5≫
・あらし
 アナキンと世にも奇妙な物語 6≫
・交渉人 最後の仕事
 オビ=ワンが暗黒卿に残したもの。 7≫


墓からよみがえった男の話

 死ねば皆フォースに還る。
 繰り返し教えられるそれは、死への恐怖心を和らげるための、言い訳に過ぎないと考えていた。なにしろ生まれ育ってからジェダイ聖堂にいるわけではないから、そうではないと知っている。ジェダイの教えを学んでいるが、それでも外の世界を知っている。
 人は死ぬ。死は等しく訪れる。
 そしてそれ以上はなにもない。
 しかしアナキンの目の前には、フォース思念体という妙な幽霊がいる。性質の悪いことに、ずっと姿が見えている。声が聞こえている。それこそ男が死んだばかりのころからその存在を知っている。
 そうだ、死んだ男に違いない。
 初老の男だ。前髪は垂らさずに、後ろへ流した髪と一緒にまとめている。その姿ははじめて出会った時と変わらず穏やかで、信頼感を妙に抱かせる雰囲気を崩さず、顎ひげを撫でる指先は、時折、自信に満ちた唇をすこしだけ撫でる。だが、透けている。実体はない。ゆったりとしたローブの裾は揺れるが、それだって幻だ。一般的なジェダイ装束に身を包んだ、その長身の男は、アナキンの師になるはずであった男でもある。
 ジェダイとして、フォースに調和をもたらす選ばれし者として、アナキン・スカイウォーカーという十歳にもならない少年を、辺境の惑星から連れ出した男だ。
 もしも彼があの任務についていなかったら。
 二人が出会う偶然がなかったとしたら。
 彼に見出されることがなければ、きっとアナキンはあの砂漠の惑星を出ることさえなかっただろう。ポッドレーサーとして、誰よりも優れ、賢しいパイロットとして、あの地で名を馳せたかもしれない。そして、きっとそれで終わりだ。奴隷の身分である自分と母を、自ら稼いだ賞金によって自由にすることぐらいはしただろうけれど。
 ともかく今アナキンがコルサントにいるのは、あの時、男に見出されたためだ。結局、男は師となる前に命を落としてしまったが。
 男の遺体が炎に包まれるのを、まだジェダイのことなどほとんど知らぬままのアナキンは、見た。男の弟子だった人と。
 自分の師の望みを叶えるため、フォースの調和をアナキンがもたらすというその望みを信じて、男の師によって処遇が揺れたアナキンを助け、師とまでなってみせた青年と、共に見たのだ。
 その肉体が滅びるところを、灰になるところを。
 そして弟子がその死を悼み、しずかに頬を濡らすところを。彼が悲しみを胸の奥底へ小さく薄く、けれども重く仕舞いこむところを。

 それなのに、男が現れたのは、それから数日もしないうちのことだった。師となった青年との、ぎこちない共同生活が始まって、すぐのことだった。
 はじめは影だけで、それこそ幻覚だと思った。そして、縁の薄い自分に見えてしまうのは、きっと師がまだ男の死を悼んでいるからだと思った。影響を受けたのだと思った。リビングフォースに長けていると言われるアナキンは、他人の心の機微に同調するところがあるらしい。マスター・ヨーダが言ったことだ。そしてこれまでの短い人生のなかで不思議に思っていた答えがようやく与えられたようにも思った。だからそれは間違いではないはずだった。
 すると次は声だった。声がしたのだ。迷いを見透かすように「だめだ」と力強く否定をされた。それでおかしいと気づいた。
 そうして、最後に、影と声を備えた姿で、男は現れた。
 薄ぼやけた輪郭が、青白く透き通り、光を帯びた姿をふちどっているのが見えた。
 ――亡霊。
 もちろんそう思った。いまもまだ、疑っている。彼の姿をみて、もう一年以上は経っていたが、それでも、違うといったのは本人だ。信用できるものでもない。
 フォースが命を変換して、新しい形に、新しい魂へと変えるという。フォースという言葉に置き換えただけで、幽霊ではないかと言えば否定をされた。
 亡霊ではない。幽霊でもない。自分はフォースと一体化したのだ、と男は言った。そして、ジェダイの多くが、そうなるのだと。
 新しい魂。しかし結局は魂だけの存在なんて、非科学的だし、意味もない。死んでしまっては何にもならない。
 アナキンの生来の気質が、未だにその存在を受け入れられない。

「なにか言いたいこととか、そういうものがあるの?」
 二人きりになったところで、時折アナキンは尋ねた。
 そこに存在するはずのない男と、床に座り込んで会話をする。結局、亡霊扱いはやめられないままだ。最初はことあるごとに否定していたが、姿を見せるたびに亡霊扱いを受け続けた男はもう、訂正することはしない。
「ふむ。よい人生ではあったが、未練があるな。そう、亡霊のように。きみたちを導けなかったこと。そして、オビ=ワンを英雄にしてしまったこと――
 これはアナキンの理解を超えた言葉だった。
 オビ=ワン、というのがアナキンの師の名前だ。そしてこの男――彼はクワイ=ガンといった――の弟子であった青年。目の前でクワイ=ガンを殺されたオビ=ワンは、それまで絶えていたはずのシス卿を、見事に打ち破った一人として、そして異例のベア・クランとなったアナキンをパダワンとし、年若いジェダイ・マスターとなった特異な存在だ。
 しかし男の口ぶりではまるでそれが悪いことのようだった。それは名誉ではないのか。アナキンの常識からすれば、出世という言葉がふさわしいことだ。だから彼のいう「未練」がジェダイの感覚なのか、違うものだかもわからず、とにかくそれが理解できなかった。
 そしてそれを、アナキンのみならず、オビ=ワンに伝えることがないのも。
 しかし、しないのではなく、できないらしかった。
 オビ=ワンに、彼は姿をみせることさえできないらしいと気がついたのは最近のことだ。
 彼がそばにいるとき、そして彼が悩んでいるらしいときは必ず、男は現れた。
 そのくせ、側に寄ろうともしない。
 声をかけるのはアナキンばかりで、むしろ彼がそばに居るとき、つまり三人きりの状態ではまるで影のようにおとなしく、口を開きもしない。ただ、オビ=ワンとアナキンの二人を、見ているだけ。そして気がつくと消えてしまう。
 アナキンはようやくそれに気づいた。
――引け目が?」
「なに」
「引け目があるの?」
「うん?」
「彼に。オビ=ワンに」
「なぜだ?」
「肉体がないことに」
「引け目を感じている――と? おもしろいことを考えるな、パダワン」
「僕はあなたのパダワンじゃない」
 時折クワイ=ガンは、オビ=ワンの口ぶりをからかうようにアナキンを呼んだ。はぐらかしたいのかと腹がたって、いつもはしない口答えをアナキンはした。
「だって、オビ=ワンが悩むとき、あなたが必ず見えるよ」
――ああ、なるほど。別にそんなつもりはないが」
 クワイ=ガンは微笑んだ。その仕草は優しいが、肝心なことを彼は言うつもりがないのか、言ったためしがない。
「しかし、あいつは引け目があるのかもしれないな。私のパダワンは頑固で、融通が利かないからな」
……そうじゃない、あなたの話だ」
「わたしの話でもあるさ。あいつは私の死をきちんと乗り越えられていないのだろう。そうでなければ見えるだろう。私は君だけに見える存在ではないのだからな。……あいつは君ほどリビングフォースの読みとりに長けているわけではないが……だが存在ぐらいは気づくべきだ。あいつが気づいていれば――違ったかもしれないな」
――クワイ=ガン?」
 男は――アナキンがそのときはじめて、彼が老人になりかけの年齢だったのだと気がついた――疲弊したような表情をうかべていた。
「死ぬことは、さみしいのだな。わすれていたよ」
「わすれて?」
 クワイ=ガンは答えなかった。
 返答の代わりか、青白い炎のような幻影は突然消えた。スイッチを切るように。
 そうなるともうアナキンには見つけられない。いつもそうであるように、やはり呼びかけても彼は姿を表さなかった。

「アナキン?」
 虚空を探すように視線をはしらせていると、部屋にもどってきた師が不思議そうに声をかけてきた。
 先ほどまでクワイ=ガンが現れていたことを考えれば不思議なことではないが、死人との話題に出ていたとは、まさか彼も思うまい。
 オビ=ワンは床に座り込んだままの弟子を見下ろすと、自分の顎を撫でるように指を置き――最初は気づかなかったが、これはクワイ=ガンに似た仕草だ――首をすこし傾けた。何かを考えているとき、彼はよくその癖を出す。
 金色のやわらかそうな髪をすこしずつ伸ばしている彼はアナキンより十六ばかり年上のはずだが、まだ十代後半に間違われることもありそうだった。だから、その癖はこうしてみると、背伸びをしているようにさえ見える。
 もちろん、歳相応どころか、彼はそれ以上に落ち着いている人で、きちんとした場にこそ出れば、立派なマスター・ジェダイとしての風格というものはあるのだが。
「なにかあったのか?」
「なんでもない」
 否定して、アナキンはまだ年若い師に向き直った。
「ねぇ、どうして瞑想なんて続けられるの」
 話題を変える。オビ=ワンは片方の眉を器用に上げた。
――おまえは気が散りやすすぎるのではないか?」
「そんなこと! ……なにも考えないのが苦手なだけ」
「リラックスすることだな」
 オビ=ワンは微笑んだ。
「しかしおまえが自分から瞑想しようとするなんて、明日は雨かな」
「オビ=ワン!」
「マスターとよびなさい、と言っただろう。正式な師弟関係になって、どれだけ経つと思っているんだ?」
「わかってますよ、マスター。話がそれてます」
「そらしたんだよ。必要以上に意識をしたところで、瞑想はできないだろう」
 彼はだいたいにおいて、真面目すぎる性格のせいで厳しい。だが、こうして普段はとても、とても優しい。
 不満げに眉を寄せたアナキンに、彼は指を鳴らした。
 綺麗にぱちん、と小さな音が鳴る。いつのまに、と思わず驚いた。それはアナキンが教えた仕草だった。オビ=ワンは最初指を鳴らすことなんて知らなかったぐらいだ。
「そうだ、マイ・パダワン。マダム・ジョカスタがパダワンへ温かいココアを、と。飲むかい?」
「あなたの分もあるの?」
「もちろん。彼女はそんなケチじゃない」
「じゃあ、僕が入れるよ」
「瞑想はあとで?」
「そう。リラックスしてから」
 アナキンはくすりと笑ってみせ、立ち上がった。
「だからマスター、あなたも一緒に」
「ありがとう」
「どういたしまして」
 アナキンは彼を追い出すように立ち上がると、渡りに船とばかりにキッチンへ向かった。
 ちらり、と閉まりかける自動扉の向こうに、寂しそうな顔をして腰掛けた亡霊が再び見えたように思った。だがそれが願望であることはわかっていたので、すぐに目をそらした。



凍える程度の窮地

 意識を手放したパダワンはまだ目覚めない。それどころか、体温がどんどん低くなっているように思えた。
 鼓動がうるさく、誰の鼓動かと馬鹿げたことを考えて、オビ=ワンは小さく笑った。こんなに着込んだ格好をしているのだから、自分以外の心音など、聞こえるはずもない。

 丘の上から、足音が近づいていた。鉄くずが雪を踏みしめる音が。雪の積もった垣根の向こうをみながら、無事にやりすごせることを願うが、願いとは真逆に、霜柱を踏む音が増えていく。
 無慈悲なスチールの足が追ってくる。それをプレッシャーと思う日が来るとは、と内心で悪態をつく。
 高感度スキャナーを持たない相手だから助かっているが、長くはもたないかもしれない。あまりリスクを冒せる状況ではなかった。
 中毒症状に苦しむパダワンのために、息を殺す。
 霜柱が壊されていく音が、やけにうるさく耳に響く。
 足跡は降り続く雪で隠したが、痕跡すべてを消せるほど完璧ではないはずだ。オビ=ワンはライトセーバーを握りなおした。居場所をスキャンされることはないから、パダワンをここに置いて、戦うべきであるのかもしれない。考えを改めるべきかもしれない。
 だが怖かった。手放すことが。
 いつもならばできることが、なぜか怖い。恐ろしい。パダワンが、アナキンが、軽口すら叩けなくなっているせいだろうと推測することはできたが、その推測も問題だった。
 それではいけない。それではだめだ。理性が訴えかけるのに、ライトセーバーを握る手に力がこもる。
 それでも、凍りついたように身体が動かない。
 喪失への恐れ。生への執着。執着。ジェダイに執着は許されない。執着は暗闇への近道だ。執着は怒りを生み、怒りは暗黒面に繋がる。
 ジェダイは切り捨てることができる。
 秤にかけることができる。正しい秤をもっている。もっているはずだ。もっていなければならない。
 ――頭では、わかるのだ。
 だが手放せば命が消える気がした。
 手放せば、未来永劫戻らない気がした。
 落ち着いて対処すれば、パダワンの中毒症状は緩和されているのだから、解毒はむずかしいことではない。わかっていた。そのためにここを脱することが必要だと。
 それでも、行動に移せない。
 どちらが正しいのか――考えられない。体が動かない。

「クリア」
 一体が言い出したと思えば、次々と点呼をとるように続く。その声にオビ=ワンははっと息を飲んだ。
「クリア? どうしてだ」
「命令が入っただろう、ばか」
「ばか クリアしろ」
「命令をクリアしろ」
 バトルドロイドが奇妙なやりとりをしながら、くるりと向きを変え、去っていく。まるで新たな命令をうけたようでもあった。
――なぜ」
 オビ=ワンの呟きに、答えがあった。
「行き、ました?」
 腕の中で、消え入りそうな声がした。
 驚いてみれば、パダワンがしっかりと目を開けて視線を返した。呼吸を飛ばすほど、オビ=ワンは驚いた。そして自分の決断よりも、意識混濁としていた弟子のほうが早く行動を起こしたことに、ヒヤリとした。
「アナキン?」
「あのタイプ、命令コードの入力が数秒絶えると、あいつらは命令を破棄して、新しい命令を探すんです」
「なに」
「見かけは同じでも改造されているやつもいるから、賭でしたけどね。とにかく、よかった」
 アナキンは唇をゆがめてみせた。
 笑うというには、あまりにも疲労の色が濃い。
 オビ=ワンは自分の震えが伝わらなければいいと思った。パダワンの得意げな口調は生意気だが、心地よかった。
 胸の奥で、鼓動を騒がせていた不安が払拭される。
「なにを、したんだ?」
「耳栓みたいなことを」
 アナキンは軽口を叩いて、指をひらひらさせた。彼らしいそぶりだった。フォースの助けを借り、電子回路の接触でも絶ったのだろう。
 胸をなでおろすと同時に、口をついて言葉が出た。
「ばか。治癒に専念しろ」
「ひどい、窮地を救ってさしあげたのに」
「おまえの窮地でもある――貸しにはしないから、やすめ」
「大丈夫ですよ」
「なんだ、信用がないな? 抱えていってやるぐらいは私だってできる」
「そうではなくて」
 弟子はその返事をあきらかに面白がっていた。からかうような、本気とは取れぬような声音で続けた。
――僕に不可能はないので」
 呆れた自信家ぶりだ。しかしその様子にこそ、元気だな、と内心で安堵したことは言うまでもなかった。
「フォースの導きに従えばな」
「疑っているんですか」
「いいや。だが、もうおやすみ、アナキン。おまえに感謝しているから」
 オビ=ワンの言葉に、ようやくアナキンは瞼をおろした。
 そうして彼が眠ってしまったことを確認すると、オビ=ワンも少しの間だけ、目を閉じた。
 ひやりとした空気を感じながら、手探りでアナキンの肌にふれる。冷たくはあるが、ようやく熱が戻ってきているように思えた。凍えずにすむように、彼の身体を改めて抱きなおす。
 もう二人の体格差はあまりない。次の機会には背負うことが困難になっているかもしれなかった。そう思うと奇妙な気がした。

 彼は目に見えて成長している。
 では、自分は――
 答えの出せない質問に自答することなく、オビ=ワンはようやくアナキンの身体を担いだ。



灰か遺骨か

 魚が見えた。
 おかしいなと思って隣をみるが、肩を並べる彼の目には、どうも見えていないらしい。幾度か盗み見るように目をやり、しかし何度確かめたところで消えぬその姿が不思議であった。
 さまざまな種類の魚だ。
 同じものもいるが、ほとんど似ていない。ただ、大きさばかりはどれも手のひらで隠せてしまうものばかりだった。
 もちろん、断っておくが二人して並び歩いているこの場所は海中ではない。水族館などでもない。今となってはドロイドも働いていないはずの、ただの廃工場だ。
 姿が透けているわけではない。
 輪郭だけというでもない。
 まるでこの空気こそが見えぬ水のなかであり、魚はそこをただ泳いでいるようである。
 ホログラムではないだろう。広範囲にこれだけ精密な投影をまかなえるだけの電力があるわけもない。エネルギー供給など絶えている。
 そこに確かに存在を感じるが、しかし幻覚とはそれこそ、そういうものを言うのだろう。
 考えている間にも、魚は同行者の肩にぶつかり、すりぬけていった。
「あっ」
 思わず声をあげてしまった。
 だが衝突を受けたはずの彼は気づいてさえいない。私が目を逸らしている間に、少年から青年へと成長してしまった彼の肩は、魚の影響など受けていない。よろめきさえもしなかったが、その存在さえ認めていないのだから当然であるのか、それともそれが幻影であるからこそなのかはわからない。
 ただ、魚はまだ泳いでいた。
 それどころか、どうしたことかわからないが、数が増えてさえいる。
「なんです?」
 同行者が顔を覗き込んでくる。
 疑いもなにもない、ただ見つめてくる目玉に何故か後ろめたさを感じた。
「いや……
 そっと目をそらし、幻覚を確かめる。だが、やはり魚は消えない。影となることもない。
 誤魔化すことも、正直に告白することも、どちらとも気が進まず、ただ言葉を濁した。
「気のせいだ」
「オビ=ワン」
 責めるような語調で名を呼ばれる。しかし誤魔化すなと言われても、どのように説明するべきかわからない。
「夢でこんな場面を見たと思い出しただけだ」
 結局嘘をついた。
 見えぬらしいものを、どう見ろといえばよいのかわからなかった。リビングフォースの申し子といえる元弟子が気づかぬところをみると、自分にばかり見える幻覚のようであるし、そもそもロマンチストのようで、彼はこういう事態に対しては私よりも現実的だ。
 さらに無視を決め込もうかと考えていると、魚の群が去りはじめた。
 どこへ行くのだかわからない。ただ、きらりと鱗が光るのが美しいなと思った。波を作るように一斉に、魚たちはどこかへ向かって泳ぎだした。何かを待っていたのか、と思いながらその背を見送る。
「予知夢ですか? こんな、なんでもない場面を?」
 アナキンはいぶかしんでいるようだった。フォースを通して、なにを考えているのか探ろうとするような意志を感じる。
「疑い深いな。デジャヴさえ私には許されないと?」
「あなたがそんなことを言うのが怪しい、と思うだけですよ。なにを誤摩化しているんです」
「なにも」
 めんどうだ。
 私は弟子の疑いをはねのけて、魚のことはすっかり忘れることにした。だが、そう決めたばかりであるのに、とぷんとなにかが水に落ちる音に、思わずふりかえってしまった。うまくいかないものだ。
「ちょっとあなた、さっきから一体――
 弟子がなにか言っている。
 だが新たな幻影に絶句するので忙しかった。
 そこにいたのは魚ではなかった。
 補食者だ。身丈ならば自分よりも大きいほどの鮫が、やはり先ほどの魚と同じようにそこにいた。
 ゆるりと私の前に現れ、おどろいている間に体をすり抜けていく。ぎざぎざの歯が自分の血肉を裂くこともなく過ぎて言ったことにおどろいて、思わず腰が抜ける。
 同行者が額に手をあててきた。
「熱でも? あまり熱いようには思いませんが――
 失礼な。だが案外はずれていないような気もした。
 幻覚に違いないのだから、頭のなかがオーバーヒートでもしているのかも知れない。否定はできない。
「わからないが、もう帰るとしよう」
 支える腕へと、よりかかるようにして立ち上がる。
 同行者は心配そうな顔をしていて、そんな顔をさせているのが自分だということも忘れて、これはおもしろいなと笑ってしまった。
「オビ=ワン、あなた大丈夫ですか」
――さて、わからないが」
 発作のような笑いをどうにか飲み込み、支える手を払いのける。

 もう魚は見えない。だが、それでもまだ、なにかもどってくるような気がして、私は目を閉じられなかった。
 待つようにしていると、先ほどのような水の音がした。
 探すように、視線をそっと巡らせながら歩き出す。言うまでもなく、魚の消えた方向だ。そしてそれは帰路とは違う。
「帰るのでは?」
「いや、すこしね」
 見えぬものを同じように見せるのはむずかしい。
 それこそ炎のあとに灰と化すか遺骨と残るかを予想するのと同じようなもののように思えた。だが自分がそんなことを考えるのが思うとどうにもおもしろくて、やはり笑い声を零してしまう。
 アナキンが不安そうな顔をしたのは無視をしてやった。
 どのように説得すれば伝わるのかわからないし、やはり手間だと思った。どうせ本当のことなど自分だってわからない。

 しかしいくら探せども、魚は消えたきり、見つからなかった。もちろん、それきり水音も聞こえない。



夢見るいきもの

 まだ中庭から王宮内に足を踏み入れて数分もたたないというのに、熱烈な歓迎だった——決してありがたくはないのだが。
 飛び込むように襲いかかってきたその長躯は、ぎちぎちと耳障りな音をたてていた。
 オビ=ワンの腕へと、まるで装飾具を気どるように巻き付いたそれは、巨大なムカデと表現するのが一番近かった。もちろん、ムカデなどよりもはるかに巨大だが。その虫の体を覆う殻は甲殻類にも似ていた。腹のほうはいくらか薄く、サーモンピンクの色味は、茹でたてのエビも思い出させる——今はそれが、あまり良い連想とはいえないのが残念なところだが。しばらくエビを食べることは避けたくなるかもしれない。なんといってもこのエビは巻きつき、締め付け、噛み付く。それに、その頭にはぎざぎざとした歯のついた鋏があった。子どもなら喜びそうだな、などとくだらない想像が頭をよぎる。
 オビ=ワンは悪態をついた。しかし今更ライトセーバーをむやみに振り回すわけにもいかず、腕にからみつく長い胴を、ただ力任せに引きちぎった。抵抗で、巻きつく力が強くなり、腕が締め付けられるが無視した。ローブの上からでは皮膚に直接傷がつくほどの圧力ではない。ぶちぶちという嫌な手応えと、不快になる汁を飛ばしながら、切断面を震えさせている虫を捨てる。残った体も当然、腕からひきはがした。
 それから彼は数歩前を歩いていたパダワンに目を向け、一瞬目をそらそうかとわずかに迷った後、尋ねる。
「大丈夫か、アナキン」
 アナキンは暗く答えた。
——常識的に考えれば、こいつには外傷を負わせる能力などありませんね」
 その間にも、ぼたぼたと滴が落ちる。黄ばんだ粘液にたっぷり漬かった芋虫が、そのローブから滴っているのだ。
 理屈などぬきに嫌悪感がこみ上げる粘液の様子に、背後からオビ=ワンも顔をしかめざるをえなかった。においはわからないが、良いにおいには思われない。たしかに外傷はないだろうが、精神的には辛いだろう。かといって、同意するのも気が引けた。
「まぁ、しかしおまえが先を歩いていて、助かった」
「どういたしまして——あなたがご無事でなによりですとも、マスター」
 彼は苦そうに言い、かぶっていたフードを後ろへ払いのけた。濃い茶のフードから、すっかり幼いころの明るさを失い、色味の濃くなった砂色の頭が現れる。だが、それだけの動作でさえ、さらに残っていた幼虫がぼたぼたと足下へ落ちた。

 結局ローブを捨てたアナキンは、刃を出したままのライトセーバーを片手に、やはりオビ=ワンの前を歩いていた。
 同じとまではいかないが、似たような歓迎はすでに何度か繰り返されており、血肉を収集するという薄気味の悪い任務は今のところ順調に進んでいた。生け捕りにできたのは、せいぜいがローブに飛びついた幼虫程度のものだ。
「サンプル収集などと言わず、焼き払った方が良いのでは?」
「うむ。しかしサンプルがなければ、万が一、転化が我々の身に起こった際の対応が遅れるのも事実だ」
……その話、あなたがマスクをつけてくだされば信憑性もあるんですが」
「呼吸器官から感染するものではないだろう」
「ええ、二次被害は想定されていませんし。こいつらの体液から感染しないとも限らないですね。ああ、防護服でも着せてさしあげたい」
「アナキン」
「ソーリー、マスタ。心配しているだけ——
 窘めるようにねめつけられ、アナキンは肩をすくめた。
「黙ります」
「ともかく、集められるだけ、種別のサンプルを持ち帰るのが我々の急務だよ」
 言ってオビ=ワンは足下のボックスを蹴った。正確にはその衝撃でボックスが開いた。バラリと解けるようにして、ボックスから取っ手がついたキューブが展開する。その内部にはいくつもの採取ケースが入っている。もちろん、大小さまざまだ。そして、すでにその半分ほどが埋まっている。
「これほどとは、彼女は喜ぶかもしれませんね」
 彼女。そう、彼女のいい分も、彼女たちの行った行為も、アナキンには納得がいかなかった。何故それをジェダイは許すのだろうかと疑問が消えない。専門外のアナキンでさえわかるほど、技術としては確かに、飛びぬけたものではあるのだが。

 事の起こりは半月前ほどにさかのぼる。
 残念ながらテロリストというのはどこにでもいるもので、実際に反政府をかかげ、実現してしまうこともある。この惑星もそうだった。そうなればもう、立派な革命だ。だが、その革命は成功しなかったのだ。結果的に。
 王族は反政府組織に対し、報復を行った。そしてその結果、惑星を滅ぼすことになったのだ。
 ほとんど多くの民草は他の惑星へ逃げ出すことができたそうだが、王都とその周辺に生き住まう多くの者は、皆その犠牲となった。まだプロトタイプと言える技術に。
 それを訴えかけてきたのは王族の末娘で、まだ十五にもならぬ子どもだった。だが、知力で国家を納めていた一族だ。子どもといえど、彼女は共和国に助力を求め、コルサントまでやってきた。その腕に、キィキィと騒ぐ幼虫をかかえて。
 彼女のかかえた幼虫は赤子よりふた周り小さい程度だが、通常の幼虫にしては、あまりにも大きすぎる。もちろん、幼虫のようなエイリアンというわけでもない。そして、彼女はこれこそが証拠だと言った。これは犠牲になった「弟」だと。
「ガスとして散布する不可逆式トランスフォームです」
 それから彼女は、自分の、歪な変質をした腕を差し出した。
「私もすこしばかり、転化を」
 その腕はおぞましいものだった。薄い皮膚の下に、半透明で節足のつるりとした表面が透けている。折り畳まれた節足のおかげで、ほっそりしていただろう腕は腫れたようになっていた。今にも皮膚が破裂しそうなほどに。
「こういうことです。細胞を増殖させ、遺伝子を組み換えるのです。そうして思考も出来ない、人ではない存在に貶めるのが狙いです。我々の信仰は人を殺す事を許しませんが、昆虫ならば地の底の遣いで忌むべき存在……
 一抱えにまとめあげた髪も、だぶついた服も、彼女の聡明さをわざと隠すようだった。幼さには似つかわしくない大人びた口調で、彼女は切々と訴えた。元々、王族は学者の家系だ。聡明なのはおかしなことではない。意外なことでもない。そして滅多なことでは考え方が揺るがない。それらは政にも大切な要素でもある。しかし彼女は最後にこう付け加えた。
「もっと改良しなくては」
 優れた部分を合わせもってこそいるが——狂った科学者の血統といえるのかもしれない。
 彼女たちの技術力の高さ、科学力の高さは、銀河中の中心として栄えるコルサントにおいても希有なものだ。彼女ももちろん、それを理解していた。だからコルサントへ赴いたのだろう。彼女はその技術を売り渡すことと引き換えに、その完成を望んだ。

 そして、彼女たちの技術のために不名誉に死ぬこととなった者たちからジェダイは血肉を漁ることとなり、クローントルーパーたちは惑星を焼くことになったのだ。

 王宮の奥はまだ格調高さが残っていたが、どこも流れるフォースは暗く、澱んでおり、感知するだけで気が滅入るような状態だった。新たな生態系が生まれつつあるようだが、惑星全体に死が漂っている。
 当然のように蜘蛛の巣はあちこちに張り巡っており、一部の建物の表面など、崩れはじめてもいた。それに、奇妙な悪臭が充満している。
 ようやくたどり着いた一角には、蜘蛛の糸よりも太く、しっとりと濡れた糸が幾重にも垂れ、いくつもの繭を包んでいた。一つ一つの大きさからすると、そこまでに何体も駆除した転化者のような生き物がはいっているようだった。すこし身じろぐように、あるいは風をうけたようにその繭が不規則に揺れる。
 幼虫が這うような音も、羽ばたきの音も、鳴き声も、何一つ聞こえない。静まり返った部屋は、よく見れば女性のものだとわかった。そして、きっとこの部屋で誰かが転化した。部屋の内装からすれば、それこそ王族の一人かもしれない。
 大きな寝台のなかにちらりと目を走らせると、その天蓋の下、くつろぐように横たわった部屋の主がいた。
「マスター」
 アナキンは足をとめ、ライトセーバーのスイッチを切った。必要がないことは明らかであったからだ。続いて室内に入ってきたオビ=ワンはすでにライトセーバーのスイッチを切っており、悪臭に口元をローブの袖でおさえながら呻いた。
「死んでいるのか」
「ええ、腐っています。力尽きたんでしょう」
 そこには、女王であっただろう遺骸が残っていた。それも半分ばかり腐敗していた。それこそ悪臭の原因だろう。その身体は、ほとんど人の形はとどめていなかった。
 醜く、歪な姿は、人体から様々な昆虫のパーツが、無造作に突き出たようだった。しかし腹はまだふくれており、そばには繭になりそこねた幼虫の姿もある。かろうじて生まれ落ちた昆虫ではなく、転化者であるとわかるのは、その身体にまとわりついたボロ布のような布切れのせいだ。肉を破り、皮膚を破り、服を破り、新しい生命体へと転化した彼らに、以前のような意思はないだろう。ただ繁栄し、種を残すばかりの本能が残っているようだった。
 きっと繭をやぶった成虫は、この女王の遺骸を栄養分の一部とするのだろう。そうした性質の昆虫はすくなくない。
「かわいそうに」
 言って、ポケットから取り出した油を、その遺骸にふりまいた。油はじわりと寝台へも染み込んでいく。
「マスター?」
「子に喰われるよりは弔われたほうがいいだろう」
 彼はそれからすぐに、躊躇なく火をつけた。
 まったく何でも入っているポケットだ、とアナキンはからかおうかと思ったが、やめた。オビ=ワンの表情が、あまりにも切なかったからだ。

 それから、二人を回収する船と入れ違いに、惑星を焼くための散布隊が惑星に降り立った。彼らの手によって、惑星はすぐに、炎に飲まれることになった。オビ=ワンが燃やしたあの一室のように。

 見る見るうちに遠くなる、ごうごうと燃え盛る炎を眺めながら、オビ=ワンは傷ついたような顔のままだった。
「地獄というのは、あのような場所をいうのだろうな」
 彼は船に乗り込みながら、後悔しているように言った。感傷じみたことを言うのは、ほとんどパダワンの役割のようなものだ。オビ=ワンがそのような様子を素直に見せることに、アナキンは驚いてさえいた。
「縁のないことですが」
 アナキンは口を開いた。
 ——すくなくとも、僕らには、と内心で付け加える。地獄という概念がまずオビ=ワンにも正しく理解できているかも疑問で、師がどんな意味で口にしたのかが、よくわからなかった。しかし、不毛な話が続くのも嫌で、結局は喉奥に飲み込む。
「これから、徹底的に焼き払われるんですか」
「ああ。草の根さえ残さない。惑星を滅ぼすんだよ」
 採取ケースを改めて丁寧にボックスへしまう手を止め、オビ=ワンは冗談を飛ばすのでもなくそう答えた。ケースにとじこめられた粘質の体液は、実際には血ではないのかもしれない。転化者の肉ごと一部をこそぎ落として詰めたそれは、やはり気色良いものとは言えないが、それでも彼の目に嫌悪はなかった。
「かわいそうにな」
 つい先ほども聞いた言葉を、彼はもう一度呟いた。
 あきれたような、腹を立てているような語気が、吐き出される。その言葉には不信と、期待が混じっていた。
 そこでようやく、彼は悲しんでいるのではなく怒っているのだとアナキンにもわかった。オビ=ワンももちろん、納得などいっていないのだと。
 それを思うと少しだけ安堵できた。それこそ感傷以上のなにものでもないのだが。



あらし

 外はフードをかぶれば済む程度の小雨であるのだが、人がほとんど隠れていた。めずらしいこともあるものだな、とアナキンは路地を進みながら思った。
 この街に訪れるのはさほど頻度の高いことではないが、しかしいつでも人混みが激しい街であるはずで、こんな風に、人がまばらな通りをみたことがなかった。夕暮れだからだろうか、と空を見上げるが、空は雨水をぽつりぽつりと落とすばかりの、くすんだ空色でしかない。時間感覚が失われそうな空模様だった。
 手近な店の扉を押し開く。触れた扉の表面が磨耗していた。やすりをかけたにしろ、目が粗すぎる。妙な扉だなと思いながら、ノブのない扉を押す。
 暑苦しく、重みのある空気が内側から溢れた。思わず目を細めそうになりながら一歩踏み込むが、カウンターから「少々お待ちいただけますか」と声をかけられた。
 その声に、狭い店内をそっと伺えば、どの席も埋まっている。話し声もにぎやかで、待っているよりほかの店を探した方が早そうだと判断するには十分なほど、人の気配に満ちていた。背を向け、声をかけてきたのだろう店員に見えるよう、後ろ手を振った。
 では隣の店にしよう、とアナキンは看板の案内表示に従って階段を降り、しかしまた入り口で足を止めた。
 それほど狭い店内ではないが、一見したところやはりここも満席である。めずらしいな、と思いながら、店員に気づかれる前に階段を戻る。
 ふと、階段を踏みしめながら、雨の音が強まっているのに気づいた。これは面倒だな、と思った。
 雨が強まっているならば、どこかでやりすごさなければ。そう思って階段を上りながら、差し込む日差しに違和感を覚えた――空が晴れたのか、さきほどよりも明るいのだ。だが雨音がする。さざめく雨音はまるで豪雨というよりも、波のようだ。
 いよいよおかしいと確信したときにはもう、まぶしさに目がくらみそうにさえなった。
 それでも外に出る。吹き込む風はなにかを含んでいた。
 ざらざらとした痛みに、砂だと気づく。靴底にあるのも、砂を踏む感触だった。
 ざらりとした感触に目を開く。あたりは一面砂にうもれ、やぶれた屋根などはつもった砂が零れ落ちている。まるで雨の滴の代わりに砂が滴っているようだ。
 だからみんなこもっているのかと納得した。
 風が砂を運んでいく。
 ざあざあと、砂音がする。
 熱いな、と肌を撫でる砂に思った。
 収まった砂の嵐が、雨が、また強まる気配がした。
 そうして目を閉じたとたん、何も聞こえなくなった。

 気がつくと、メディカルルームだった。
 それも小型船の応急処置用だ。起きあがると、メディカルドロイドが挨拶をしてきた。そしてそれを聞きつけたように、扉が開き、マスクをかぶったままのトルーパーが一人、入ってきた。クローントルーパーだ。
「コーディ?」
 おどろいて見つめてみるが、マスクの下は見通せない。
 ここにいるのがレックスではないのが不思議だった。
「お目覚めになられたようで我々も一安心です、スカイウォーカー将軍」
 なにがなんだかわからなかった。
 ただ、頭をかくとぼろぼろと砂がこぼれた。その感触は久しぶりだった。輝く砂色の、さらさらとした髪をもっていた幼いころのような。しかし今のゆるやかに癖がついた髪では、あのころよりもやっかいに砂が絡んでいるに違いない。面倒だな、と状況把握もそっちのけに考える。
 砂をかいた指を開いて見つめていると、目が回るようだった。
「砂嵐に飲まれたと思ったんだが」
「流砂、では」
「流砂?」
「流砂です。あなたが引き受けられた任務の特記事項にそう書いてある、とケノービ将軍が」
「オビ=ワンが?」
 コーディは頷いた。それ以外の答えがあるのかと不思議そうでさえあった。だが、その一言で彼がここにいる理由がわかった気がする。コーディはオビ=ワンと普段は行動を共にしているクローン兵チームのリーダーだ。アナキンにとってのレックス。だが、レックスを呼び寄せるより簡単なほうを彼は選択し、この場へ向かわせたに違いない。もしくは、単に座標の都合かもしれない。
 しかし助かった。
「ですが、どうしてあの街へ? あの街は砂の下へすっかり埋もれてしまったきりですよ」
「なに?」
「あなたが足を踏み入れるより、八日前のことですよ」
 コーディーは言った。
 そんなばかなことがあるものか。アナキンは言い返そうとして咳き込んだ。咳き込みながら、疑問が浮かぶ。
 ――どうしてあの街へ?
 コーディーの問いかけが頭の中に反響する。
 どうしてだったか。思い出そうにも、なにもかもがおぼろげだった。まるで夢の出来事のようだ。
 しかしざらりとした砂の感触は消えず、口のなかまでじゃりじゃりと砂が入り込んでいるのは事実だ。



交渉人 最後の仕事

 幾度も夢を見ていた。夢ではなく、幻覚かもしれない。
 その夢は決まって、男がじっとこちらを見下ろし、ぽつりと一言零すというだけのものだ。
 私は彼の足元にいる。
 その足元で、身動きがとれず、身体の感覚も、どこといわず全てが痛いということばかり。そして、見上げざるを得ない彼に見下ろされていることが屈辱で、耐え難いと感じていることは間違いがない。それから、他にわかるのは熱だった。
 焼けつくような空気であるからか、灰が喉にはいるためか、ひどく息苦しい。背後に燃え盛っているのはマグマだろう。溶岩の燃える色で、世界が赤い。燃えている。赤い。熱い。
 見下ろす男は、自分よりも遙かに若い。
 その姿が最後に観た姿だからだろう。昔の記憶だ。記憶から作り出された、露骨な夢だ。しかしそこまでわかっても、見下ろす彼の顔が見えない。いや、わからない。
 逆光ではない。はっきりと見えるはずだ。そう思って目をこらすが、顔ばかり、いつもわからない。見えているはずなのに、彼だと思うのに、どのような顔だかわからない。いつからそうなったかわからないが、記憶が鈍ってしまったようだった。
 男は私には思い出せない口で言う。ぽつりと。

「愛していたのに」

 夢はいつもそこで終わる。
 いつかの別れも、そうであったはずだ。
 しかしどうしてそのような別れになったのか、ほとんど忘れてしまった。ただ、その結果として彼が私のほとんど全てを奪ったということだけが、その憎しみだけが、私に残っている。夢をみるたび、それを思い知った。

 しかし、その姿を見れば、彼の存在を認識さえすれば、それでよかった。十分であった。憤怒が胸の奥からこみあげるのも、心地よくさえ感じられた。
「待っていたぞ、オビ=ワン」
 私の声に老人は驚いたようだった。
 そこで、合成音声で彼に話かけるのはじめてのことだなと気がついた。マスクから漏れ聞こえる呼吸音は、アナキンが名を捨てるにはちょうどよかったが、この変化はオビ=ワンにとってショックだっただろうか。それとも、出会うはずのない男に出会った事のほうが彼にとっては驚きであったのか。
 ともかく、老人はたしかに、この黒衣の男を見て、表情をこわばらせた。
 老人、そう夢の中の彼はいつまでも若かったが、実際には彼も年老いていた。もちろん、私も少なからず驚きを覚えた。きらきらと美しかった金髪はすっかり色を失い、生え際もずいぶんと後退している。しかし温和そうな表情はむしろ以前の若いころに戻ったようでもあった。余裕さえ見える落ち着いた姿は、今更ながらに、彼の師の面影を見せた。
 それでも、こちらを見つめる青い瞳は、最後に見た姿と変わっていない。顔を思い出せないほどに忘れたと思っていたはずが、そう思った。
 彼が老いたことより、姿を見たことよりも、彼が変わっていないことに自分が気づける事のほうが、私にとっては大事であった。なぜならそれが喜びでもあったからだ。彼が変っていないということは、彼は私の姿を見て、やはりまた傷ついているのだろう。
 ジェダイであることによって、あるいはまた別の理由によって。
 そうだ。彼はやはりジェダイだった。今この瞬間さえも。私には、一目見ればわかった。もはや失われたはずの、失われているべきはずの、魔法使いに他ならなかった。彼はまだ。
 彼はそのジェダイとしての身分故に追われることとなり、私はほとんど死んだ。しかし私は今や銀河を掌握する帝国の要人となっている。
 当時、私が死んだものとして名を改め、生き方を変えるとすぐに、彼は行方知らずとなった。まるで幻影であったかのようで、見つかったかと思えば痕跡が途切れ、それを繰り返す内に、私は彼を追うこともやめたのだ。どうせジェダイは皆処刑されているはずで、しかも逃げる相手などに構えるほど、私の立場は完璧ではなかった。完璧、そうだ。一時の私は銀河皇帝にだって成れたはずだった。オビ=ワンが私をほとんど殺すことさえなかったならば。
 ――そうして二十年を経た。

 結局、彼は逃げ回っている間に、どれほど多くのものを失ったのだろう? もともとジェダイらしく、ほとんど所有しているものなどない男であったから、失うものなど、もうその命ぐらいしか残っていなかっただろうか。多くの友人も、さまざまな理由で命を奪ってやった。残ったのは私のしらないものばかりだろう。もっとも、それも多くはないはずだが。
 しかし残っていた腕と両足を失い、皮膚を失い、声を失い、それからフォースとの間に見えぬ膜を得てしまった私と、今や御伽噺の住人とさえ言われ、信用など地に落ちたいつかの英雄と、どちらがみじめであろうか。
 剣を交わしながら、最後の時もこうであったなと思い出す。もっと苛烈な斬り合いであったように思うのは思い出故か、互いの身体能力が落ちたのかわからない。
 ただ、あの最後の時、私の手足を切り落とす直前、やめろと叫んだオビ=ワンが、ひどく傷ついた顔をしたことを思い出した。
 それは繰り返しみた夢の、ほんのすこし前の場面だ。
 出会った瞬間にとは言わないが、後悔しているような顔をしてほしかった。しかしそれもなく、彼はただ驚き、怒っているのでも悲しんでいるのでもない顔をした。
 斬りつけ、防がれ、かわされ、斬りつけ返される。
 その応酬がしばらく続いた。私はそうしなければ私のこれまでを否定することとなり、彼はそうしなければ私に殺されて死ぬだけの、殺しあいだ。私はそれが楽しくさえ思えた。懐かしいと思った。そして彼が自分を見ているということに満足を覚えてさえいた。
 だがオビ=ワンは最後に、笑った。それも、私に応えるためではなく、共にやってきたという田舎の若造に目をやって「ほら」と言うように。誇るように。または「そらみたことか」とたしなめた時のように。
「おまえは勝てない」
 繰り返すことはなかったが、そう言いたかったのだろう。
 すべてを失った惨めな私のかわりに、彼にはもう、私以外の誰かがいるのだ。その瞬間、思い知らされた。
 それだけでも許しがたいと思えたが、なによりも許しがたかったのは、その砂色の髪の少年だ。レイア姫の他にドロイドとウーキー族、そして二人の青年をのせた貨物船を、オビ=ワンが護りたかったことは明らかだ。しかしオビ=ワンが希望を託したのが、もう一人の青年ではない事は直感できた。そんなわけはないのに、昔の自分を重ねてしまったほどだ。
 きっと少年はオビ=ワンを信じているのだろう。
 いつかの私がそうであったように。彼を敬愛し、師とも家族とも思っていたころのように。ジェダイらしい嘘に疑心を抱くことさえなかったころに。
 一瞥しただけで、愚かな自分をみるようで、腹立たしかった。一瞬ばかり見たことを、彼が認識しなかっただろうことも――少年の目にはオビ=ワンしか映っていなかっただろう――憎らしい。
 その憎しみを肌で感じ取っているはずのオビ=ワンは、それでも祈るようにライトセーバーを掲げた。その防御にもならない構えにたまらなくなった。ふざけるなと、声にならぬまま私は斬りつけた。案の定、彼は私の剣をその身に受けた。光刃がローブを切り裂く。しかし、実体を斬る手応えはなかった。まるで対峙していたのは亡霊であったかのように、その実体が消えたのだ。
 夢の中の男は、オビ=ワン・ケノービであったその男は、そうして生涯を終えた。否、終わってはいないのか。おそらくは、フォースに還った。その師であった男と同じように――私だけを残して、その運命を終えたのだ。

 操り手のいなくなったライトセーバーのスイッチが切れ、ただの金属の筒となって床に落ちる。その音をやわらげようとするように、老人がかぶっていたローブがその場に留まった。だが肉体はない。斬り殺したという実感もない。残るはぼろぼろのローブと、時代遅れの金属筒。
 死はない。ジェダイに死はない。
 彼がそう繰り返し教えたことを今更になって思い出す。しかし今、彼が死んだことに違いない。

 その後夢は見なくなった。
 あっけないものだなと思った。
 あの瞬間のことを思い出すと、胸の奥が苦しみを訴えたが、今となってはそれが悲しみであるのかわからない。
 どうでもよいこと。どうせ終わった。
 互いの決着はあれで終わり。一度それが胸に落ちると、どんどん記憶が薄れていくように思った。感情が揺れなくなったせいだろう。そして、それは彼を乗り越えたということだろうと結論づけて、みじめな自分から目をそらす。
 もちろん、気がかりもあった。
 彼は最後に、どうしてあんな顔をしたのだろうかということだ。単純に得意になっただけとも思えず、しかし希望などとも思えない。あんな田舎の若造に、なにができるというのか。わからなかった。わからないが、フォースの恩恵から取り残されたわたしには、彼の囁き声など聞こえはしない。もしかすると、あの後、あの若造には聞こえたのだろうか? いつかの私のように、彼の思念体と対話することさえ、しているのだろうか。そう思うと、やはり胸が苦しくなった。
 もはや確かであるのは、彼の目の色が、いつか私が首をはねたあの老人のような、裏切りに傷ついた目ではなかったことぐらいだ。そんな彼の穏やかさがただ空しい。優越感も高揚もない。まるでそれを奪われたように思える。なにより――オビ=ワンはまるで、それがわかっていたかのようでもあった。

「あんたが憎い――
 いつか口にした言葉が、ぽろりと口から零れる。あの時とは違い、なんの感情もこもらない。どうせマスクの呼吸音に混じり、声帯を損なった喉の震えを再現した醜い合成音声だが。
 しかし零れ落ちたそれを、他人事のように、まるで涙のようだと思った。もう流し方も忘れたくせに。


投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.