@KouSyuuka
《シャルロッテ》
叔父様から珍しくお茶会の誘いを頂きました。何のお話かと、こちらもそれなりに叔父様の周辺の情報を集めさせましたが。まさか当日はローゼマインが同席していて、「星を結びたいから根回しに協力してほしい」などと言われるとは思ってもみませんでした。わたくしは思わず頬に手を添えて、露骨に溜息をもらしてしまいます。感情をここまで顕わにするのは褒められたことではありませんが、このくらいの嫌みは許されたいと思ってしまいます。だって、
「わたくし、ずっとローゼマインを側近にしたいと狙っていたのですよ?」
ローゼマインがこのエーレンフェストにもたらした『植物紙』は素晴らしいものでした。それだけでなく、ローゼマイン本人も文官見習いとしてもとても優秀でした。けれど、こればかりは時の女神ドレッファングーア様の加護が足りなかった己を嘆くべきか……わたくしがローゼマインの有用性に気付いた時には、既にハルトムートが領主候補生となり、ローゼマインを側近として登用していたのです。
養子と実子の差にモノを言わせて取り上げるような真似も外聞が悪く、わたくしは仕方なくハルトムートが再び上級に落ちる日を待ちました。当初の話ではハルトムートが領主候補生で居るのも、ヴィルフリート兄様と貴族院の在学が被る二年間だけという話でしたから。ハルトムートが貴族院を卒業しさえすれば、ハルトムートは上級に戻り、側近は自ずと解散となるはずでした。
けれど、ハルトムートが卒業する頃に、お母様の懐妊が発覚し、礎への魔力供給が困窮するという理由でハルトムートの養子契約は延長となりました。そしてそれは何かと理由を付けてズルズルと長引き、結局当初の予定よりも四年も延びてしまいました。
ようやく次の春でハルトムートが上級に戻ることが決まりましたが、それは奇しくもローゼマインが貴族院を卒業する直後となります。側仕えならまだしも、成人済みの文官を貴族院へ連れて行くことは出来ません。わたくしの側近としてローゼマインがわたくしと共に貴族院に通ってくれる日も夢見ていたのに、それは叶わなくなりました。
けれど、ローゼマインが有能であること、わたくしが次期アウブを目指してまだこのエーレンフェストで過ごす日々が続くことは変わりありません。ハルトムートの側近が解散となったら、すぐにローゼマインに側近の打診をしましょう。
……そう思っていた矢先に、ローゼマインが叔父様と星を結ぶと聞かされたのです。
溜息も出るでしょう?
領主候補生の配偶者となれば、元の階級がどうあれ、わたくしと同じ領主一族として扱われます。上下関係がなくなる以上、側近として扱うことは出来ません。
けれど、『唯一魔力が釣り合う』『求愛の魔石を受け取ってもらえた』と双方から幸せそうな顔で報告を受けたら、何も言えないではないですか。叔父様の表情はとてもわかりにくいのですが、「派閥は関係なく打算もなく、ただローゼマインを求めている」と婉曲表現を使いながらも率直に告白されては、驚きのあまり何も言えなくなるというものです。
えぇ、そもそもわたくしに口を出す権利などありません。根回しの周到さにはそれなりの自負があったのですが、この勝負は完全にわたくしの負けですわね。わたくしの手が次期アウブの椅子に届くようにと、叔父様とローゼマインにはそれとなく今まで協力していただいておりました。ドレヴァンヒェルの領主候補生が婿入りの条件でわたくしとの婚約に頷いてくださったのも、貴族院でさりげなくローゼマインが手を貸してくれていたからです。恩義……ここでは『借り』と言った方がよろしいでしょうか?それがある以上、わたくしは二人のお願いには逆らえません。逆に言えば、ここで二人の星結びが円滑に行われるように協力すれば、今後もわたくしが次期アウブとなれるように協力していただけるということですから。
……けれど、それはそうと、ローゼマインが手に入らなくなることは、ずっと狙っていた分、残念でなりません。
比喩表現を用いながら、そのような正直な気持ちを吐露させていただきますと、ローゼマインが困ったように、けれど何処か嬉しそうに微笑みました。
「ではわたくしがフェルディナンド様に捨てられて中級に戻った際には、拾ってくださいませ、シャルロッテ様」
「私がローゼマインを手放すことは永劫ありえぬ。ローゼマインは諦めろ、シャルロッテ」
フォローというか冗談だったのでしょう。ですが場を和ませようとしてくれたローゼマインの一言は、大真面目な声色の叔父様の一言でわたくしへの追い打ちとなりました。
はぁ、以前から薄々感じてはいましたが、完璧に見えて叔父様は大人げないところがございますわね?
困ったように微笑みながら、ローゼマインが再びフォローに周り口を開きました。既に叔父様の妻として立ち回りが出来ているようですわね。
「わたくしを望んでいただけるなど、恐れ多いですわ、シャルロッテ様。側近でなくとも、シャルロッテ様のお力になれるのでしたら、わたくし、助力は惜しみませんことよ?」
そうですね、側近ではなくとも、貴族院でローゼマインにさりげなく助けられたことは多々あります。
「君はまたそのような安請け合いを軽々と……」
「本当のことですもの。フェルディナンド様の次に、シャルロッテ様のためならわたくし、なんでもしてさしあげたいと思っておりますもの」
本人の前で『誰かの次に』などと申告するのは失礼とも取られるものですが、その分、これがローゼマインの正直な気持ちなのでしょう。叔父様の次、というのが残念に思いますが、そこまで率直にローゼマインに好かれていたと告白されると、目映い思いがいたしますね。というか、元主のハルトムートよりわたくしが優先されて良いのでしょうか?これならハルトムートから奪う形で、側近の打診をすれば良かったかもしれませんね。
「ローゼマイン、側近に出来なくとも、貴方がわたくしの味方で居てくれる限り、わたくしも貴方の味方で在り続けようと思います。何か嫌がらせを受けたり困ったことがあったら、すぐにわたくしに教えてくださいませ」
「ありがとう存じます、シャルロッテ様。こう言っては不遜にあたるかもしれませんが、側近でなくとも、エルヴィーラ様がフロレンツィア様を支えていらっしゃるような形で、わたくしもシャルロッテ様を支えることが出来ればと思っておりますよ」
「まぁ、……それではローゼマインは、わたくしの『お友達』になってくださるのかしら?」
「シャルロッテ様が望んでくださるのであれば、光栄の至りですわ」
「嬉しいですわ、ローゼマイン、これからもずっと、わたくしと仲良くしてくださいませ」
「えぇ、もちろんですわ、シャルロッテ様」
「……お友達、といっても、正式には親族になるのですよね?叔父様の第一夫人ならば、叔母様と呼ぶべきでしょうか?でも、歳がこんなに近いのに、叔母様と呼ぶのは躊躇われますね。……ローゼマインお姉様……と、お呼びしても良いかしら?」
《ユストクス》
「嫌ですよ、絶対に嫌です。わたくしはもう疲れました。もう一年だって織り直しませんからね」
さて、今日も始まった。
フェルディナンド様の屋敷の談話室にて、奥方が駄々をこねていらっしゃる。正面に座するフェルディナンド様は、それをどう説得すべきかと片手で額を押さえておられた。私の隣、フェルディナンド様の後ろに控えるエックハルトからは剣呑な空気が漂ってきている。無理もない、私たちはマインが平民だった時から彼女のことを知っている。事情を知る身からすれば『元平民がフェルディナンド様に口答えをして困らせている』という状況に見えるわけだ。しかし彼女は今ではフェルディナンド様の奥方であり、我慢ならずとも我々はこれを飲み込み、口を挟まず見守るしかない。
はてさて、此度はどうなることやら。
それというのも、『ローゼマイン』が卒業する年の冬の始めに事態が大きく変わった。
生徒たちが貴族院へ転移しきる頃、ハルトムートがフェルディナンド様に面会を依頼した。人払いもされ、何の話があったかは詳しくは我々にもわからぬが。その日からフェルディナンド様の様子が変わった。
急に「ヒルシュール先生に会いに行く」と言いだし、内々に貴族院へ向かわれたと思えば、半日ほど行方がわからなくなり、戻って来られた頃には目の色が変わっていた。
そしてすぐさま領地へ戻ったかと思えば、ラザファムに「屋敷の三階を整えるように」と言い出したのだ。一体何があったのかと私もエックハルトも目を丸くした。しかし、詳しい説明もないままに、フェルディナンド様はそのまま忙しなく動き続けた。アウブ・エーレンフェストやギーベ・イルクナー、貴族社会への不可解な根回しを始め、果ては下町にまで降りてギルベルタ商会や兵士の家族と話をすると言いだし、「せめて彼らを神殿に呼び出す形としてください」と必死に説得したものだ。
そうして一通りの根回しが一段落したと思しき折に、ようやくフェルディナンド様が簡単に事情を説明してくださった。しかし、奇想天外なそれはとても簡単に信じられるものではなかった。
この国に神々は実在し、人々の糸を織って歴史を紡ぐ女神が居ること。
何度も織地は解かれて、ローゼマインはその全ての織地を記憶し続け、何度も『やり直し』をさせられていること。
フェルディナンド様も、先日貴族院へ行った際にローゼマインたちが『一枚目の織地』と呼ぶ記憶を思い出せたということ。
その『一枚目の織地』でローゼマインは「大領地も王族も神々も敵に回してもフェルディナンド様を助ける」と豪語し、実際にそのように行動してフェルディナンド様を救ったこと。
これによりフェルディナンド様はローゼマインに対し恩義と、そして並々ならぬ情を抱くに至り、その記憶を思い出したからにはローゼマインを自ら庇護しない理由はないと仰る。更に言えば、フェルディナンド様にとって最早ローゼマインはゲドゥルリーヒであり、これを手放したくはないと語った。
俄には信じられぬ上に、我々も話だけ聞かされても中々に飲み込めぬ事情だった。
しかしフェルディナンド様はローゼマインが奉納式の為に帰領した折に卒業式のエスコートを申し出て、その冬の終わりには実際にローゼマインの卒業式でエスコートを行い、春にはローゼマインと星を結んでしまわれた。
あまりの展開に我々が付いていけない中でも、この頃からフェルディナンド様とローゼマインの間では何度も小さな論争が行われた。
例えば、フェルディナンド様は最初の頃、自ら領主候補生の地位を捨てて上級貴族に落ちてからローゼマインと星を結ぶことを考えていた。フェルディナンド様はローゼマインを「全ての女神」と語るが、ローゼマインの地位はあくまでただの中級貴族だ。領主候補生と中級貴族が星を結ぶよりは、まだ上級貴族と中級貴族が星を結んだ方が軋轢も少ないと考えたのだろう。それと、フェルディナンド様は当時こうも仰られていた。
「私が領主候補生でいる以上、星結びは領主会議の春になる。他領の者が君を見る機会は減らしたい、それに君が貴族院へ行く機会も。私が上級貴族に落ちれば、星結びは領地内で夏に済ませられる」
しかしこれにローゼマインが反発した。
「わたくしもあまり貴族院へはもう行きたくありませんし、他領の貴族と関わる機会も減らしたいのは確かです。けれど、王族や上位領地に貸しは作っておりますので、安全は確保できています。それより、フェルディナンド様が領主候補生でなくなったら、エックハルト様たちがフェルディナンド様の側近では居られなくなるではありませんか。それはあまりにも可哀想です。それにわたくしは、フェルディナンド様には少しでも幸せで居てほしいのですから、フェルディナンド様のことが大好きなお三方にはフェルディナンド様のそばにいてほしいのです。フェルディナンド様のことが大好きな人たちで囲い込むくらいのことをしないと、フェルディナンド様はご自身が愛されていることを自覚できないのですから」
……この時から我々もローゼマインに感謝と恩義を抱くに至り、ローゼマインには強く出られなくなった。そもそも星を結んでしまわれた今、正式に『フェルディナンド様の奥方』となられたローゼマイン様に、我々が口を出せることはないのだが。
それからも何かと「君の為には」「フェルディナンド様の為には」と、強く思い合うがあまりに二人の間には小さな衝突が絶えなかった。どちらも頑固で、自身の幸せよりも相手の幸せを優先しようとするから、水掛け論のような言い合いが絶えぬ。
話を聞く限り、フェルディナンド様を差し置いて何度も何度も『やり直し』をしていたローゼマインは、「フェルディナンド様の為」を優先する余りに自分自身をないがしろにしながらあまりに勝手なことを続けてきたらしく、それがフェルディナンド様には面白くないようだ。自身の計画通りに進まないことを、フェルディナンド様は良しとしないからな。
「だが、君はこの織地で私の知らぬ間に多くのものを手放しすぎている。全てを、いや、『一枚目』を思い出した今、私はこの織地に納得できていない」
「フェルディナンド様ご自身に取りこぼしがあったと言うなら、取りに戻るのもやぶさかではありません。ですが、わたくしは満足しております。わたくしの為に織り直すというなら不要です。わたくしはもうやり直しませんからね」
「しかし、」
「わたくしはもう卒業して髪も上げてフェルディナンド様と星を結びました。今更それをなかった事して、わたくしを未成年に戻し、髪を下ろした姿で貴族院へ通って他の殿方の目に触れても良いと?」
「それは、」
「それに、一年だって解いたらハルトムートとクラリッサの子供が生まれる前に戻ってしまいます。それは絶対に許しませんからね」
「……君はそんなにハルトムートに」
「臣下の忠義に報いたい気持ちも確かにありますが、わたくしは家族を思う気持ちについて言っているのです。子を奪われる親の気持ちを軽んじて良いとは、フェルディナンド様も思ってはいないでしょう?」
「っ……」
ローゼマインと何度も共に『やり直し』をしていたらしいハルトムートに対してフェルディナンド様が悋気を起こしかけた時には、「ハルトムートに育児休暇を出す」という形でローゼマインが引いたりもしていたが、今回はまるで折れる気配がない。これに関してはローゼマインの意思は堅いようだ。
「……髪飾りの発祥が何故ダンケルフェルガーなのだ」
「取引でエーレンフェストに製法は売っていただけました。エーレンフェストの下町の職人も今では髪飾りを作成する許可を得ています。今日のわたくしの髪飾りもトゥーリが手がけたものです。腕前や名誉は関係ありません。わたくしは『トゥーリが編んだ髪飾り』を髪に挿せれば満足なのです。『一番最初』に青色巫女見習い時代にわたくしが挿していてジルヴェスター様にからかわれて取られた不格好な髪飾り一作目だって、わたくしには宝物だったのですから」
青色巫女見習い時代にジルヴェスター様に髪飾りを取られた……??それは……大丈夫な事案なのだろうか??
「……君の印刷業が何故ドレヴァンヒェルの発祥になっている」
「わたくしは本が増えて読めればそれでいいのですから、ドレヴァンヒェルで印刷されてエーレンフェストに本を売ってくれればそれで良いのです。読書自体は貴族院や今までの織地でも十分に出来ましたからね。クラリッサも自宅のたくさんの本を写本してエーレンフェストに嫁いできてくれましたし」
「……『一枚目』では領主候補生だった君が、今は中級貴族で居ることにも私は納得していない」
「『一枚目』はわたくしが迂闊に目立ちすぎたからそうするしか道がなくなってしまっただけで、そもそも『一枚目』だって最初は『カルステッド様の養女』が第一候補だったではないですか」
これは『一枚目』のあらましを簡単に聞かされた時に知ったことだが、『一枚目』ではローゼマインはエルヴィーラ様の娘として洗礼式を受け、エックハルトの妹となっていたらしく、エックハルトは複雑な思いのようだ。隣で僅かに身じろぐ気配を感じる。
「……君はシャルロッテとメルヒオールを可愛がっていたな。シャルロッテたちを妹に出来なくなったことは残念に思っていないのか?」
「今までの織地の中で思う存分可愛がって充電できたので思い残すことはありません。それに、シャルロッテを可愛がることの癒しを100、メルヒオールを可愛がることの癒しを70とした時、そもそもジルヴェスター様の養女となってエーレンフェストの領主一族としての責任を背負うストレスが700ほどです。総合的に見れば今の立場に満足しています。イルクナーは平民と貴族の距離が近く気安いですし、貴族になる際の契約魔術も『一枚目』の時よりも緩いので、この織地では人目を盗んでトゥーリたちとぎゅーも出来たのですよ」
「聞いていないぞ」
「普段から孤児院工房にはルッツやトゥーリたちも出入りしてましたからね。その延長で祈念式や収穫祭にトゥーリたちを同行させること、イルクナーの気安い空気の中でどさくさに紛れてトゥーリに抱きついたことまで、わざわざ神官長に報告しませんよ」
「くっ……」
フェルディナンド様は再度、額を押さえて俯き、何かをブツブツと呟き始めた。空気が揺らぎ、ローゼマインの主張に傾きつつあるように感じられる。
「君が下町の家族と『一枚目』より親しく過ごせるなら……いや、しかし……やはりせめて私が上級貴族になり中央へ移籍して図書館を贈るくらいのことは……」
「あ、それは途中の織地で休憩がてら中央で司書をやったことはあるのでもう良いです。数年ではありましたけれど。わたくしはフェルディナンド様をエーレンフェストに留める方を優先したいです」
「だが、それでは君は」
「はぁ、そんなにわたくしの幸せが大事ですか?仕方ありませんねぇ、エックハルト、ユストクス、ラザファム」
「「「っは、」」」
急に話を振られ、我々は背筋を伸ばして声を返す。ここに来て、我々に一体何を言わせるつもりか?
「フェルディナンド様は騎士としてもこの上なくお強くて、文官としてもこの上なく賢くて、領主候補生としてもこの上なく優秀で、今このユルゲンシュミットにおいて最も素敵な殿方だと思いませんか?」
「その通りだと思います」
即答したのはエックハルトだった。私は笑いを堪えながら、どう答えたものかと思考を巡らせ頬を震わせる。ラザファムは苦笑を浮かべながら「フェルディナンド様にお仕え出来ることをこの上なく誇らしく思います」と答えていた。私も二人の意見に賛同する形で肯定しておく。
「そんなフェルディナンド様に、わたくし、卒業式でエスコートしていただいたんですよ?ユルゲンシュミット有史において最も果報者な女だと思いませんか?」
「全くその通りです」
再びエックハルトが即答する。
「ほら、フェルディナンド様に長年お仕えしている、フェルディナンド様が信頼している側近の方々がこう言っているのですよ?」
フェルディナンド様は片手で顔を覆うようにして項垂れてしまわれた。真後ろからそれがよく見えるのですが、首が真っ赤でいらっしゃいます。ローゼマインはそれに構うことなくお茶を飲み干し、ラザファムに冷めたお茶を淹れ直すように言付ける。そうして姿勢を正すと、わざとらしく何かに気付いたような素振りを見せてフェルディナンド様の方へ向き直った。
「あぁ、そういえばフェルディナンド様は今まで大切なものをたくさん奪われてきたから、大事なものはその手で強固に囲い込まないと安心できないと考えていらっしゃるのですか?」
触れてほしくない過去に触れられ、フェルディナンド様を含め我々も思わずピクリと指が震える。しかし、
「それなら安心してくださいませ」
まるで我々の暗い過去を吹き飛ばすようにローゼマインは脳天気な笑みを浮かべてパンと両手を叩いてみせた。
「誰がフェルディナンド様からわたくしを奪おうとしても、わたくしの方から何度でもフェルディナンド様の元へ戻ってまいります。実際にそれが叶ったのが今の織地です。フェルディナンド様から大切なものを奪うものたちはわたくしが全て遠ざけました。だから余計な周囲を刺激せず、宝であるフェルディナンド様は大人しくしていてくださいませ」
「…………は?」
何を言われたのか一瞬理解できない、そのような声をこぼしてフェルディナンド様が顔を上げる。ディッター常勝の魔王と恐れられたフェルディナンド様を、ディッターの宝扱いして話す者など、後にも先にも目の前の娘ただ一人だろう。
ローゼマインは構う様子もなくクピリとお茶を一口飲み下すと、カップを置いて頬に手を当ててわざとらしく溜息を吐いた。
「はぁ、それに、わたくしは『一枚目』でも何度も申し上げたと思いますよ?わたくしは家族や親しい方々と美味しいものを食べながら静かに穏やかに本が読めればそれで幸せなのです。そして例え孤児であろうとわたくしの意識の中で誰かが苦しんでいたら穏やかに本を読むことが出来ません。最も大切なフェルディナンド様が幸せでなければ、わたくしは本を読んでも文字が頭に入ってこないのです。わたくしに幸せになってほしいのなら、観念してまずはフェルディナンド様が幸せになってくださいませ」
そう言ってプンッとそっぽを向くように唇を尖らせる。フェルディナンド様はいよいよ顔を上げられない状態……いや、頭が上がらない状態と言うべきか。これを言い負かすのは、流石のフェルディナンド様も骨が折れそうですね。
いやはや確かに、ここは奥方様の仰るとおり、観念して幸せに身を任せたらいかがでしょうか?
《ジギスヴァルト》
幼い頃、母上はいつも私を憐れんで抱きしめてくれた。
「可哀想なジギスヴァルト、お父様の分まで、わたくしが貴方を愛してあげますからね」
私は父上に愛されていないのだろうか。
この国の第五王子にあたる父上は確かにいつもお忙しそうで、滅多に会えることはなかった。それでも、時折お会い出来る時には、私の顔を見る度に、父上は何故かいつも泣き出しそうだと思えるほどに顔を歪めて、それでも真っ直ぐに私のことを見てくれた。
私が知る父上の顔はいつもそのような悲しげな表情だったが、それでも嫌われているようには感じられなかった。
私は洗礼式を迎えると、父上の居る中央神殿に身を寄せることとなった。私の魔力量は王族として扱うには足りないらしい。
それというのも父上が私に十分な魔力を与えなかったためであり、だからこそ母上は、父上は私を愛して居なかったなどと判じていたらしかった。
しかし、私が青の衣の誓いを終えると、白の衣を身に纏った父上は私と目線を合わせるようにしゃがみ、私の肩を力強く掴んでこう言った。
「此処ならば安全だ。貴族となり、王族となれば、権力争いに否応無く巻き込まれる。此処は神に祈りと感謝を捧げる厳かな場所だ。此処ならば争いを遠ざけることが出来よう」
貴族には下級貴族、中級貴族、上級貴族、領主候補生、王族、と階級がある。下の階級の者は上位者に逆らうことは出来ず、粗相があれば処分される。そして上に居る者も下位の者たちの顰蹙を買えばその地位を引きずり降ろされ、常に責任と警戒が必要になる。父上の兄である第二王子も第一王子から暗殺されかけ、血を分けた家族であっても暗殺や陰謀を警戒しなければならない。貴族社会とはそのような恐ろしい場所であり、神官となればそのような恐ろしい貴族社会とは切り離されて平和に生きられる、と父上は語った。
どうやら私に十分な魔力を与えなかったのは、私をそのような恐ろしい貴族社会から遠ざけるためだったらしい。
……母上、私は父上に愛されていました。
「此処は神に祈りが届く場所だ。真摯にこの国と平和について学び続け、祈りと感謝を捧げていれば、神々がきっと其方を守ってくださる。此処は静かで厳かな場所だ。あらゆることを学び、神への祈りと感謝を怠らず、決して愚かになることなく、傲ることなく、この国の平和を此処で私と共に祈ってほしい。ジギスヴァルト、」
そうすれば……と、父上が何か言い掛けた気がしたが、それ以上の言葉は続かなかった。父上がなにを言い掛けたのかわからないが、私が恐ろしい目に遭わないためにはこの神殿で過ごすことが一番で、そしてこの国の平和を祈ることも、王子の長子として生まれた私にとって十分重要な役目なのだということは理解できた。
「はい、父上」
私は父上の目を見つめ返し、あの日そう誓った。
父上の仰られた通り、神殿はとても静かで厳かな場所だった。する事もほとんどないため、父に望まれた通りに私はこの国のことについて学び続けた。常用語の字を覚え、次に古語を学び、中央神殿に保管されているあらゆる文献を読んで、この国の成り立ちや、継続していかなければならないしきたりや神事について学び続けた。
時折、冬になると色とりどりのマントを身につけた貴族の少年たちが中央神殿にやってきた。彼らも僅かな時間でも此処で学ぶことがあるらしい。灰色巫女たちがそわそわと落ち着きのない様子で「粗相があれば殺されるのでは」と怯えていたのが印象的だった。神官や巫女にとって、年下であっても貴族は恐ろしい存在なのだなと、伝わる空気から感じられたからだ。
背丈は様々だがほぼ似通った年頃の少年たちだ。しかしあの中でもマントの色によって領地の順位があり、その中でも上級やら下級やらの階級があるのだろう。等しく繕ったような表情をしているが、その顔の皮の下でどのようなことを考えているのかまったく読めず、なんだか不気味に感じたものだ。
私が成人を迎える頃、冬に中央神殿に訪れる少年たちの中に、妙に印象に残る者がいた。黄土色のマントを纏った朱色の髪の少年と一瞬だけ目があったのだ。炎と同じ色であるはずの橙の瞳は何故か凍てつくように冷たく感じ、うっそりと微笑んだ表情を見て私は目を合わせていられなくなりすぐに視線を逸らしてその場を逃げるように後にした。貴族社会とは、あのような恐ろしい者たちがうじゃうじゃ居るのか。
もしも私も貴族として洗礼を受けていたら今頃のあの中に紛れて最上位者として振る舞わなければならなかったのかと思うと胃が縮こまる想いがした。そのような面倒な目に遭わずに済んで、私は父の愛情に感謝した。
じきに私は無事に成人を迎え、あらゆる神事に参加出来るようになった。
感動したのは領主会議における星結びの儀だった。
神殿長である父上が闇の神のマントと光の女神の冠を身につけて新たな夫婦たちに祝福を祈れば、講堂が夜となり、闇の神と光の女神の祝福が降り注いだ。
とても美しく神々しい儀式を目の当たりにし、こうした神事に携われる神官の身を誇らしく思ったものだ。
だがある年の春、エーレンフェストの領主候補生の星結びの儀式を行った時のことだった。闇の神の寵愛を受けるような美しい髪の少女が花嫁として入場した。女神のようにとても美しい少女だったのだが……彼女の月色の瞳とも目が合うと、うっそりと微笑まれた瞬間にフェアドレンナの雷に打たれるような衝撃と恐怖を感じた。
ブルーアンファの舞や恋の芽吹きなどではなく、命を掌握されるような恐ろしい感覚だった。
儀式を台無しにする訳にもいかず、私は逃げることを許されなかったが、彼女と二度と目が合わぬように儀式の間中ずっと俯いて床を見つめていた。冬が終わったばかりだというのに、何故かガタガタと震えが止まらなかった。
これはきっと、神に祈りを捧げ続けた私に、神々が警告し守ってくれようとしているのだろうと、そう思った。
あれほどまでに美しく、あれほどまでに慈悲深く見える微笑みで、あれほどまでに幼く小柄な少女だというのに、あの方はきっと酷く恐ろしい貴族に違いない。
私は改めて儀式の間中、心の中で、父上に、そして神々に誓いを立てた。
私は二度と貴族社会に関わらず、神殿で真摯に神に祈りと感謝を捧げ続けると誓います。だから二度と、私を恐ろしい貴族と関わらせないでくださいませ……と。
《ローゼマイン》
夫婦の寝室。天蓋の幕の中。
枕を背にして緩く上体を傾けるフェルディナンドの上に、覆い被さるように膝立ちになる。
フェルディナンドの髪をまるでハーフアップを作るような要領で耳の上を前から後ろへと梳くと、気持ちが良いのか、フェルディナンドの目の周りの緊張が緩んだように見えた。整髪料を流した後のフェルディナンドの髪は触り心地が良くて、こちらとしても気持ち良い。
心地良い空気が流れたそこで、私は早速本題を切り出した。
「またハルトムートと喧嘩したそうですね」
途端にギュッとフェルディナンドの眉間に皺が寄るから、すかさずそこに口付けた。そんな顔をする必要はないと伝えるために。
「『喧嘩』などしていない」
「そうですね。喧嘩は力量が等しい者同士で成立するものですから」
上級貴族のハルトムート相手に領主一族のフェルディナンドが険悪な態度を取るのは大人気ないと言外に責める。
「『フェルディナンド様があまりに睨んでくるのでいい加減うんざりして、良くない態度を返してしまった。それが護衛騎士に見咎められ、フェルディナンド様はむしろ護衛騎士を止めてくれた』と説明を受けましたが、何か訂正はありますか?」
「……いや」
「ハルトムートは『季節外れのエーヴィリーベが居ましたが、ローゼマイン様は身を凍えさせて居ませんか?』と心配してくれたのですよ」
「…………」
ユルゲンシュミットの貴族社会で、『春を迎えたエーヴィリーベ』は『役立たず』の意味になるけど、何もハルトムートはフェルディナンドを扱き下ろしたいわけではない。フェルディナンドが優秀過ぎるほど優秀なことはハルトムートもよくわかっている。ハルトムートは、フェルディナンドがハルトムートに向ける警戒と悋気は意味の無いものだと言っているのだろう。
「ハルトムートとわたくしは、そんなんじゃありませんよ。ハルトムートはわたくしを異性としては見ていませんし、忠誠心は懸想ではありません」
聞き分けのない子供に言い聞かせるようにして言えば、決まりが悪そうにフェルディナンドが視線を逸らす。
「ずいぶんハッキリと言い切るのだな……それこそが、君の信頼の証に思える。……それほど、ハルトムートを信頼しているのか」
フェルディナンドの返答に、一度パチクリと瞬きをする。
……なるほど。どうやら男女の懸想を警戒しての悋気というより、フェルディナンドは私とハルトムートの信頼関係にヤキモチを妬いているらしいことがなんとなく感じ取れた。
フェルディナンドには私の記憶でいう『一度目の織地』の記憶しか無い。七歳で神殿に入ってから、私は神官長だったフェルディナンドに頼ってきた。後見人で師匠で後ろ盾だった。貴族社会で私が最も頼りにしていたのはフェルディナンドだった。
でも何度ものループで私はハルトムートと特殊な信頼関係を築いてきた。それがフェルディナンドは気に食わないらしい。
そして、私が『無い』と言い切ることへの不信感。これは麗乃の世界でも『魔女の証明』と言われるほど、『無いこと』を証明することは難しいとされている。だからいくら口で「無い」と言われても、フェルディナンドはそれを信用しきることが難しいらしい。
でも、“ある意味”において、ハルトムートの今までに関しては、『無い』と証明できる事実がある。
そして、“ある意味”で私がフェルディナンドよりハルトムートを信頼するようになったのはフェルディナンドの自業自得だったりする。
「一点、ハルトムートは信用できて、フェルディナンドは信用できないことがあるのです」
「!?」
ハッキリと『信用できない』と言われて、ショックを受けたような、驚いたような顔でフェルディナンドは振り返って私の瞳を見つめ返した。やっとまともに目が合った気がする。私はクスリと笑って、自らの簪を引き抜いた。バサリ、と夜色の髪が解ける。
「その点に関してはフェルディナンドにもハルトムートを見習ってほしいくらいです。その点を見習ってくれたなら、わたくしももっとフェルディナンドを頼る事が出来ますよ」
「……なんだ?君に祈りと感謝を捧げればいいか?」
「そんなこと頼みませんよ。……何度もやり直す中で、わたくし何度も殺されたり死んでしまったりしたのですが、ハルトムートはわたくしに名を捧げているから、その度にわたくしに巻き込まれて一緒に死んでいるんですよね」
「君に名を捧げて一緒に死ねば信用してくれるのか?」
「そうではなくて、…………ハルトムートは、一度もわたくしより先に死んだことがないのです」
これが、何度ものループでハルトムートが私に証明した『無い』の実証だ。
それを聞いた瞬間、ヒュッとフェルディナンドの喉の奥で悲鳴を飲み込むような、空気の摩擦する音が聞こえた。私はすかさず『逃がさない』と、フェルディナンドの首の後ろに両手を回す。そうして少し俯きがちにフェルディナンドの顔を見つめれば、私の髪でフェルディナンドを閉じ込める形になった。
「何でも出来るフェルディナンドも、自分自身を大事にすることに関してはずっと不得手でいらっしゃいましたものね?自罰的で、すぐ自己犠牲に走るから、怖くて頼ることができなくなったのですよ?……約束してくださいませ、この織地では、自分の命を大事にすると……」
……わたしも、フェルディナンドが『死にたくない』と思えるほど、幸せにしますから。
「わたくしが、『フェルディナンドがわたくしをおいて死ぬわけない』と思って信じて疑わなくなるくらい、愛してみせてくださいませ」
《ハルトムート》
冬の或る日、フェルディナンド様から面会依頼が届いた。
冬の社交期間、城の一室を借りての面会は、わかってはいたがローゼマイン様の姿はなかった。
私に会う時間があるのなら、その分ローゼマイン様のお傍に居ていただきたいのだが。一体何の用かと思いながらも、面会に応じる。
通例通りの世間話から、お互いに持つ情報を交換しあう。思っていたよりも有意義な会談になり、私も充足感を覚え始めた頃、ようやく本題に入ると言わんばかりにフェルディナンド様は盗聴防止の魔術具を差し出してこられた。何かと思いながらも、その片方を握りしめる。
「其方に聞いておきたいことがいくつかある。不敬に問わぬ故、正直に答えてほしい」
「かしこまりました」
「ローゼマインが、其方はローゼマインより先に死んだことがないと言っていたが、それは真か?」
神妙な顔をして何を言い出すかと思えば。
「逆に聞きますが、仮にベーゼヴァンスやエグモンドのような者しか居ない神殿に、ローゼマイン様一人を残して去ることは出来ますか?」
信頼できる者が他に居なかったとしたら、私が居なくなったら誰がその後のローゼマイン様を守るのですか。
私が先に死んで、その先でローゼマイン様の身に何かあったら?
外傷ならまだしも、心の傷を負ったら?その記憶をその後のループに引き継いだら?
とても心配で、死んでる場合ではありませんよ。
「なるほど。……仮に其方の目の前でローゼマインが危険に曝されていたら?頭よりも先に身体が動いて、身を挺して庇うようなことはなかったのか?」
「ローゼマイン様はお優しい方ですから、そのようなことがあれば次以降から私に心を砕き私を遠ざけるかも知れません。そもそもローゼマイン様の目の前で私の死に様を見せつけ、それがローゼマイン様のトラウマにでもなったら、申し開きのしようもございません。幸いなことに、そういう場合は大抵私は先に取り押さえられていて身動きが取れない状態でした」
「……なるほど」
私は侮りや不敬が滲む態度を取っていたかも知れないが、宣言通りにフェルディナンド様はそこに頓着する様子はなかった。それよりも何かを学び取ろうと真剣なご様子だった。……これが、ローゼマイン様にとって良い方向に向かうなら、私も協力を惜しまない。どんな不快な質問にも真摯に答えようと、背筋を伸ばした。
そう覚悟していなかったら、次のフェルディナンド様の質問には魔力を揺らしてしまっていたかも知れない。
「ローゼマインを何度も殺され、其方は何を思った」
ローゼマイン様より先には死なない。それは繰り返した回数分だけ、私がローゼマイン様の死を知覚していたということだ。
ぐっと机の下で手に力を込め、私は慎重に言葉を選ぶ。
フェルディナンド様への不敬は最早気にしてはいない。私の嘘・がフェルディナンド様を経由してバレないようにと、それだけに気をつけた。
「……ローゼマイン様が諦めない限り、『ループ』は続き、『ループ』が続く限りローゼマイン様の苦痛が続きます。ローゼマイン様はフェルディナンド様のために諦めない。ならばローゼマイン様の苦痛が続くことはフェルディナンド様のせいとも言えました。ので、『ローゼマイン様の苦痛に等しいほどフェルディナンド様がローゼマイン様を幸せにしないと承知しないぞ』という気持ちでした」
軽く笑うようにしてそう言ってみせた。
そこに、私の屈辱や私の苦痛は述べる必要は無い。
「……其方は我々が嫌いだろう」
「えぇそうですね」
不敬は問わず、正直に答えよと先に言われているため、私はアッサリそれを肯定した。
「嫌いな者と、崇拝する主が星を結ぶことを、其方は推奨するのか?」
しかし、次の問いには思わずキョトンと首を傾げる。
「私の好き嫌いとローゼマイン様の幸せは別問題でしょう?関係がありません」
「関係なくはないだろう、其方たちは主従関係にあった。無関係ではない。嫌いな者と主が結ばれることは、嫌ではないか?」
「私が嫌だと思ったところで、ローゼマイン様の望みとは関係ないのですよ。例えば、フェルディナンド様がローゼマイン様に立派な領主候補生になってほしいと望むことと、ローゼマイン様が司書になりたいと望むことはそれぞれ独立していましたよね?」
「……そうだな」
「私の意思とローゼマイン様の意思がそれぞれ独立して成り立っているとして、私にとっては、ローゼマイン様が望みを叶えることが全てでした」
私は机の下で組んでいた手を机の上に乗せ、やや上体を前に傾けて語った。
ローゼマイン様が望みを叶えることだけが私の全てで、そこに私の好き嫌いや私の意思、私の苦痛や私の屈辱、痛みや悲しみは関係がない。むしろ切り離し、隠し消し去った方が良い程のものたちだ。
ローゼマイン様には幸せにだけなっていただきたい。心に一片の曇りも翳りもないように。
ならばローゼマイン様が私のことで心を砕くことも、気に掛けることも、ない方が良い。
ならば『ローゼマイン様の幸せ』と『私の意思』はむしろ切り離されるべきことだ。
いくら私が「ローゼマイン様のためならこの身も命も投げ出せる」と思ったところで。
それがローゼマイン様の本意でないなら、この身も命も投げ出さずに戦うまで。
「私にとっては、ローゼマイン様が望みを叶えることが全てです。そしてローゼマイン様は身近な人間が傷つくことを望まない。……先ほどの、ローゼマイン様より先に死なないという話にも通じます。……なんだか『ループ』のようですね」
そう言って私は思わず可笑しくなる気持ちを抑えきれず、笑いながら言葉を続けた。
「 『ローゼマイン様のためならば自分のことなどどうでもいい』と思う私の意思すら、ローゼマイン様のためならば、どうでもいいのですよ」
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