今まで描いてきた張宿とは別の世界線です。
思い付きからの書いて出しssなので、いつもに輪をかけて雑ですがご容赦ください。
私にしてはめずらしく長いです。どこへたどり着くのか自分でもわかりませんが、続きは明日に。
@satomi8429
僕には弟がひとりいる。
年の離れた、かけがえのない、大切な大切な弟だ。
***
道輝は怖がりだった。
未知の世界に周囲を囲まれた子供というのは概してそういうものだという気もするが、それにしても道輝は人一倍恐怖心の強い子供だった。
例えばあの本。
亡き父の蔵書が詰まった小部屋に、一冊の大きな書物があった。それは挿絵の多い歴史書で、絵を見るだけで子供にもわかりやすいものだったが、その中の一枚に幼い道輝は震え上がった。
戦の場面を描いたそれは、独特の描線が妙に現実的で、紙面のあちこちに立ち上る炎は、灼熱に黒煙を伴う本物の火を思い起こさせた。あの絵を見てから、道輝は書庫に足を踏み入れなくなった。どころか、夜には前を通ることすら嫌がった。初めて見た直後の怯えようは特にひどく、扉が開いていようものなら立ちすくんでしまい、扉を閉めて一緒に歩いてやらなければならぬほどだった。義翔はそんな道輝のことを話す時、感受性が豊かである、という言い方を好んだ。
出会いは忘れもしない早春の宵、道輝がやっと十になった頃のことだ。
その夜、義翔は自室で仕事の残りを片付けていた。暦の上で春とはいうものの、夜は室内でもかなり冷えこむ。袷の袖口を重ね、すっかり冷めてしまった茶湯を淹れ直そうと、義翔は湯を沸かすために炊事場へ向かい、不意の光景に足が止まった。弟はすでに床に就き、母もそろそろ寝ただろうかという頃だった。父の書庫から灯りが漏れているのを発見したのだ。
「道輝……!?」
灯りを置き忘れたかと訝しみながら中をのぞくと、中にあったのはなんと弟の背中だったのだ。
あんなに怖がっていた部屋に、しかも夜間に、ひとりで。湯を持っていたらぶちまけていたであろうくらいに驚き、しかし義翔は踏みとどまってできる限り控えめに驚きの声をあげた。
道輝は床にぺたりと座り込み、食い入るように父の書物を読みふけっている。周りには何冊も、読みさしなのであろう、他の本を栞代わりにした本が広げられていた。
「あ、兄上!」
嬉しそうに振り向く道輝はほとんどいつもの道輝で、しかし義翔の胸には小指の先ほどの小さな小さな違和の棘が刺さった。
「この部屋、怖いんじゃなかったのか」
「あの本は、見なければ大丈夫です。それよりすごいですね、この書物の山。読めない字はありますけど、わかるところだけでも読んだら世界が広がって……楽しいです」
はしゃぐ道輝の左足のには、紅い何かがぼうっと光っていた。思わず目を瞠った義翔だったが、道輝はまったく気に留めていないようだった。
「でも兄上、読めない字を読めるようにするにはどうしたらいいんですか。僕、早くこのわからないところも読めるようになりたいです」
「そうか。でもこんな夜中にそんな薄着では風邪を引く。今日はもうそのくらいにして早く寝なさい」
「はい、兄上」
辞書はどこにあったかな、などと頭の片隅でのんきに思いながら、光の存在には気づかぬふりでたしなめる。兄の言葉に、道輝も素直にしたがった。
身体に紅い徴。ほんの僅かの違和感だが、確かに違う弟の様子。
義翔の脳裏に紅南国の伝説がよぎる。
昔話とばかり思っていたが、古くから伝わる伝承は、まさか。
弟が部屋に戻ったあと、義翔は書庫へ取って返した。
父の書棚から朱雀七星士に関する書物をすべてまとめると、自室に運んだ。
そうしてそれらは、今は使われていない古い文箱の奥深くに、厳重に隠された。
続く→https://privatter.net/p/1983382