都ちゃん(@miyako20121)の作品「兄たち」(http://blog.livedoor.jp/miyako20121/archives/20490817.html)の設定の、後日譚のようなものを書かせていただきました。都ちゃん、ご快諾ありがとうございました。
@satomi8429
深夜まで調べものに熱中していた義翔は、筆を置くと静かに立ち上がった。
時刻はすでに丑三つ時、窓の外では濡れた星がいくつも輝いている。
仕事が立て込んでおり、ここ最近は持ち帰っては深夜まで作業する日が続いていた。仕事をすることそれ自体はそこまで苦ではないが、睡眠不足感だけはどうにもならない。
お茶でも淹れて、あと1時間、そうしたら寝よう。
そう思いながら、義翔は炊事場で一人分の湯を沸かし、音を立てないようにゆっくりと茶の支度を始めた。
頭の後ろの方は妙な具合に冴え冴えしているが、睡眠の絶対量が足りていないせいか、まぶたは油断するとすぐに落ちてくる。歩いていてもなんだかふわふわする感覚が抜けない。熱い湯を茶葉に落とすと、ほっとする香りがふわりと立ちのぼった。
白い湯気の中で、年かな、と自嘲気味に思う。
深夜に一人分しか淹れないことにも、最近はずいぶん慣れた。かつては一人分しか、ということを自覚するたびに胸に差し込むような痛みを感じてやりきれない気分になっていたが、今はそういうこともない。ただ淡々と普通に茶を淹れるだけだ。――時間が経つとは、そういうことだ。
盆をもったまま足音を立てないように廊下を進む。妙な浮遊感は抜けないまま、書きかけの書類をひとまず安全なところに置いて、自室の薄明かりの中お茶を飲んだ。
普段ならこの一連の動作で徐々に浮遊感は消えていくのに、今日はなぜだか普通の感覚が戻ってこない。
なぜだろうと首を捻っていると、そういえばこの感覚は最近もあったことを思い出した。
不思議な夢を見たあの日も、そういえばこんな奇妙な感覚だった。
あの夢はなんだったんだろう。なんとなく全体に白い感じの夢だったような気がする。
「…あれ?」
そう思った瞬間、義翔はまたその白い空間に立っていた。
足元も頭上も無機的に白い。首をぐるりと回してみるが、右も左も白く霧がかっていて広いのか狭いのかも判別がつかなかった。おまけに誰もいない。あの時は自分の前にすでに一人いたし、その後も続々と人が現れてきた。ふっと思い出して天井を見上げてみるが、降ってくる声も、井宿――弟と同じ、朱雀七星士と名乗っていた――と親しげにしていた幼子のような姿の集団も見えなかった。
さて、どうしたものか。
腕を組んでため息をつく。一度来ているせいか、不思議とおそろしさは少しもなかった。
あの時の記憶がすんなりと戻っていることを、義翔はなんの違和感もなく受け入れていた。
何もかも憶えていた。
朱雀七星士のふたりと七星士の兄だという青年。
なまりの強い山賊に、青龍七星士の少年。
周囲に目をこらしながら記憶を辿っていると、風もないのに左手側の霧がすうっと薄くなった。顔を向けると、視界に映った物体に、義翔は思わず苦笑を漏らしていた。
***
泊まっていけと言う住職の言葉を丁寧に辞して、井宿は寒空の下に歩み出た。
あたたかな灯りと乾いた部屋は魅力的だったが、すこし世話になりすぎた。この居心地に慣れてしまっては元に戻れない気がしたからだ。
通りすがりに乞われ、寺の仕事を手伝っていた井宿だったが、数日かかったその仕事はつい先ほど――深夜までかかって――終了した。
役目が終われば、ここにいる理由はない。
どこか風のよけられる場所を探して、数時間後にやってくる夜明けを待とう。
寺の裏から続く山道を登り、開けた場所を探すと存外すぐに見つかった。
疲れているからすぐに眠れるだろうと袈裟にうずくまり目を閉じたが、なぜか頭が冴えるばかりでなかなか寝付ない。臥位の姿勢が落ち着かず、井宿は仕方なく樹の幹にもたれ膝を抱えた。頭上に広がった葉の間から空を見上げる。今日は新月なのか、星ばかりがぴかぴかと闇に張り付いている。
どのくらい時間が経っただろうか。
じっとしていると、急にめまいに似た不思議な感覚に襲われた。地震かと思ったが違う。揺れているのは地面でも身体でもない。身体と意識の輪郭が一瞬激しくぶれたような気がして、よろけた井宿は思わず地面に片手をついた。
目を閉じ、ゆれのおさまるのを待つ。
少しずつ感覚がもとに戻ってきたのでうっすら目を開けると……。
「……え」
思わず声を出してしまったのは、そこが今いたところとは全く別の、白い空間だったからだ。
ここは、来たことがある。
すっかり忘れていたのに。
「娘娘!これはどういうことなのだ!」
もしかしてまた奇妙な面子を集めて話し合えとかいうのだろうか。いぶかしみながらもゆるゆると立ち上がると、井宿は仕掛け人であろう人物へ呼びかけた。
ぽん、という破裂音とともに現れる甲高い笑い声と幼子の姿は、しかし今度は現れなかった。それどころか、気配さえ感じ取れない。
静まり返った白い空間で、井宿は苦い思いで先日のやり取りを思い返した。
生きる世界も立場も違う面々が一同に会し、弟妹のことを語り合う。しかし、その弟妹達のほとんどはすでに亡くなっており、そのどの状況も知っている井宿はいたたまれない時をすごしたのだった。
彼らが涙するたびに、目をそらしてきた悲しみと無力感を突きつけられた。その大きさ故、他人の悲しみを外から眺めるような立ち位置にしか立つことができなかった。
もっとも彼らは、悲しい記憶を呼び覚まされたとはいえ、自分の思いを吐き出し、他の弟妹のことを知り、互いの親交を深めることで癒しの作業になったようだった。しかし自分は――。
あたりを見回しながらそんなことを考えていると、ふっと目の前の霧が晴れだした。
そして、その向こうに現れた人影を認識すると、井宿はほんのわずかに眉をひそめた。
(続く)
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