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毛利藤四郎まとめ

全体公開 4 1 3653文字
2017-07-24 22:31:48

池田家の刀が大好きな人がつくった毛利藤四郎の資料です。

毛利藤四郎まとめ

毛利藤四郎
作者:粟田口吉光
時代:鎌倉時代 13世紀
刀種:短刀
刃長:8寸8分5厘(26.5cm) 内反り
所在:東京国立博物館
区分:旧御物

もとは毛利輝元の愛刀であったことから毛利藤四郎とよばれている。
藤四郎吉光は鎌倉時代中期の正応(1288~1293)ごろに活躍した山城国の粟田口派の刀工。享保名物帳では正宗、郷義弘とともに「三作」といわれ評価が高い刀工の一人。短刀の名手として知られている。

作風としては、小板目肌の鍛えに刃文は小乱れ、互の目まじり。小足・葉入り小沸よくつき金筋かかる。平造、三ツ棟、内反り、生ぶ茎、栗尻、鑢目は切り目釘穴2つ。表生ぶ穴の下中央に細鏨の二字銘があり、「吉」の頭は後穴のために欠ける。彫物は表に護摩箸、裏に腰樋に添樋を掻き流す。吉光の彫物には護摩箸が最も多い。

毛利藤四郎も名物の一口で、毛利輝元から家康に献上され、その後慶長5年(1600年)関ヶ原の合戦の時に池田輝政に与えたと伝わっている(輝政ではなく時期は不明だが光政が拝領したという説もある)。
光悦刀剣名物帳には蜂屋江と共に毛利藤四郎は備前侍従殿(池田忠雄)の所持と記録が残るが、元禄5年(1692年)6月10日には本阿弥光常が池田綱政邸で拝見した記録が残り、以降も長らく池田輝政嫡流の池田宗家に伝わる。
明治24年(1891年)11月16日、明治天皇が侯爵池田章政邸に行幸された際に、名物「浮田志津」とともに献上された。御物であったが昭和22年(1947年)5月3日に国立博物館に移管、現在も東京国立博物館が所蔵している。※国立博物館は東京国立博物館の昔の名前

広島城には毛利藤四郎の写しがある。
「短刀 銘 備後國貞行正継作」
平成に作られたもので、小さく「毛利藤四郎 写」と書いてある。
常設ではないため、いつでもみられるわけではない。

毛利藤四郎が明治天皇に献上されたのは1891年11月16日。
この日の行幸については『梅若実日記 第5巻』(Googleブックスで一部見られます)にも記述があり、60ページに「荏原郡下大崎村八十二番地池田章政殿邸へ主上行幸。」と書かれてあり、荏原郡下大崎村八十二番地(現在の東京都品川区)で献上されたことがわかります。残念ながらこの本には献上されたものについては書いてありません。


〇記録に残る毛利藤四郎と大包平
・光悦刀剣名物帳 慶長20年(1615)~寛永14年(1637) ごろ?
※蜂屋江が池田忠雄(1602~1632)から家光に献上されていることから1632年以前のことと思われる。
このころは池田光政(1609~1682)が鳥取藩藩主、池田忠雄が岡山藩藩主だった。
備前侍従殿(池田忠雄):蜂屋江 毛利藤四郎
松平新太郎殿(池田光政):大包平 若狭正宗

・本阿弥家伝名物帳 享保(1716~1736)以前?
※松平大炊頭とは池田継政(1702~1776)のことを指している。備前岡山藩の第3代藩主。
毛利藤四郎 松平大炊頭
大包平 松平大炊頭 無代

・刀剣名物帳 芍薬享本 明和4年(1767)~弘化2年(1845)ごろ
毛利藤四郎 松平大炊頭
大包平 松平大炊頭守 無代

〇毛利藤四郎と大包平の接点を交えた毛利藤四郎の歴史
・関ヶ原の戦い前
 毛利藤四郎、毛利輝元から徳川家康へ(いつから毛利家にあるか不明)
・関ヶ原戦い(戦いの最中か後か具体的な時期は不明)
 毛利藤四郎、徳川家康から池田輝政へ
・輝政没後
 輝政と家康の娘の子供の忠継へ?(形見分けに吉光の記述はあるが毛利か不明)
・1630年ころ
 光悦刀剣名物帳によると毛利藤四郎は池田忠雄所持
 大包平は池田光政所持(おそらく大包平最古の記録)
・1652年
 大包平を池田光政が息子の池田綱政の具足着初に使用したことを日記に残す(池田家最古の大包平の記録)
・1692年
 毛利藤四郎を本阿弥光常が池田綱政邸で拝見(鳥取池田家から備前池田家に移っていた)
・1891年
 明治24年4月に宮内庁の寶物取調掛が池田家で大包平と浮田志津と毛利藤四郎を拝見
 同年11月16日に池田章政邸から明治天皇へ(大包平と毛利藤四郎お別れ)
・戦後
 毛利藤四郎、宮内庁から昭和22年(1947年)5月3日に国立博物館に移管※国立博物館は東京国立博物館の昔の名前
・1968
 大包平、昭和43年に東京国立博物館に移管

(トーハクにて大包平と毛利藤四郎再会!!)



岡山池田家で長くともに伝来した毛利藤四郎と大包平。現在はどちらも東京国立博物館の所蔵となってる。
いつから岡山池田家にいたのかは不明だけど少なくとも1692~1891の199年は一緒にいたみたい。
毛利藤四郎と共に明治天皇に献上された『浮田志津』。こちらは池田輝政が所持し、徳川家に献上、輝政の孫の光政の婚姻の際に再び池田家に戻り、明治天皇に献上されるまでの長い間大包平と毛利藤四郎と共に岡山池田家にあった名刀です。こちらも実装してほしい
ちなみに大包平は岡山池田家の宝物の記録『調度記』ではトップバッターを飾る殿様の御刀なのですが、毛利藤四郎と浮田志津と一緒ではないのです。記録によれば代々殿さまの刀は「大包平・安綱・江」だったようです。


池田家のおうちにはたくさんの素敵な刀があるので興味を持ったらご覧いただきたいです(/・ω・)/
大包平まとめhttp://privatter.net/p/1867689
池田宗家組まとめhttp://privatter.net/p/2388130
※池田輝政嫡流の宗家に関わる刀を勝手に池田宗家組とまとめてよんでいます。
池田家関係資料http://privatter.net/u/red_pumpkin


参考文献
『日本刀大百科事典』1993 福永酔剣
『日本五カ伝名刀展』図録(岡山県立博物館)
『大関ヶ原展』図録
『特別展 京のかたな-匠のわざと雅のこころ 』図録
『刀剣美術』234~236号 財団法人 日本美術刀剣保存協会
『名物刀剣宝物の日本刀』2011佐野美術館
『林原美術館紀要・年報「(2008)旧岡山藩主池田家の近代における文化財管理の実態について」』 浅利尚民
『梅若実日記 第5巻』2003梅若実 鳥越文蔵
『東京国立博物館百年史』1973東京国立博物館
名刀幻想辞典 http://meitou.info/
詳註刀剣名物帳 : 附・名物刀剣押形(大正8)http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/951684/25
池田光政公伝. 下巻(昭和7)http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1208478/259
東京大学史料編纂所https://www.hi.u-tokyo.ac.jp/index-j.html
(※池田分限帳へのたどり着き方:①大日本史料総合データベース②編/冊→12編10冊(対象はすべてを選択)③No243の619項 ④図の下の刊をクリック ⑤642~656のページに移動)


・「刀剣乱舞-ONLINE-」と毛利藤四郎(おまけ)
刀帳142番にてまさかの毛利藤四郎実装。おめでとうございます。
刀帳の粟田口短刀枠埋まってたから絶対に来ないと思ってました。嬉しすぎる(*´▽`*)
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