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広い道を馬車が通る。道の真ん中にBHが倒れていて、馬車が止まる。
何事かRが聞くと、道の真ん中に人が倒れていると報告がある。
Rは馬車を降りて、BHに近寄ると、彼の首に手を当て、生きていることを確認する。
BHの顔を少し眺めた後、御者に彼をこの馬車に乗せるようにと指示する。
ここまでRは顔を見せない。
****
次にBHが目を覚ます。
見慣れない天蓋つきベッドの天井を眺めてぼんやりする。
傷の痛みに顔をしかめながらゆっくりと起き上がり、辺りを確認する。
どうやら追っ手の手に落ちたわけではなさそうだと安堵のため息を吐く。
部屋の扉が開き、使用人の女がBHが目覚めたことに気付く。
「良かった!気がついたのですね!」
「ここは…?」
「貴方は道の真ん中で倒れられていたそうですよ。旦那様が貴方を運んで…傷が癒えるまでここで静養するようにとの事です」
「……すまない」
「本当でしたら、町の支援所に運ばれるのですが、貴方は幸運ですね。お着替えをお持ちしました。汗をかいたでしょう」
身の回りのことをしてもらって、また深く眠るBH。
****
大分回復したBH、屋敷を歩き回る。
Rが帰宅しており、廊下で鉢合わせる。
「旦那様、エツィオ様が」
「貴方が、ここの主人か…大分動けるようになってきました。助けていただき、有難うございます」
「そうか。うん、顔色も良い。回復しているようで安心した。すまないな、なかなか見舞ってやれなくて」
「とんでもない!良くして頂いて…どうやってこの恩義を返せば良いのか……」
「気にするな。とにかく、よく休むことだ。すまない、あまり時間をとれず。これからまた出かけねばならなくてね。今度時間が取れたらゆっくり話をしよう」
「これは、引き止めてしまって申し訳ない。お気をつけて…」
「有難う」
暫し、RがBHを眺める。
BH不思議そうな顔をしてRを見つめ返す。
愛想よくRが笑う。
「失礼する」
すれ違うときに、Rから血のにおいを感じるBH。
Rを振り返る。
あの男は、ヴァンピーロだ。
話には聞いていた。ヴァンピーロが治める国があると。
そこの国は治安がよく、人々も明るい。
この混迷の時にあって、楽園もかくやという良い場所だと。
「あのヴァンピーロは、噂には良く聞いた。正義の心を持った有能な統治者だと」
「旦那様のことですか?それは、伝え聞いたとおりですよ!心優しくてとても民衆のことを考えてくれます」
「だが、血を飲むのだろう?人を殺して…」
「とんでもありません!旦那様を普通のヴァンピーロと一緒にしないでください!
人の命を奪うことはありません。旦那様には専門の医師が付いていて、必要な量の血液は少量ずつ採取して保管されています。
人の血を飲みはしますが、ごくたまにですし、それで命を奪うようなことはなさいません」
「そうなのか。それはすまない…つい、血のにおいがしたので…」
「先ほどお召しになられたばかりですから…」
「なるほど」
随分と使用人にも好かれているのだな、と感心するBH。
さらに数日後、随分と回復して、使用人にRが見舞いに来ると聞かされ、自分がRに会いに行くと言い、Rの執務室へ。
「領主」
「おお、もう怪我の具合は良いのか?私から会いに行こうと思っていたんだが」
「ええ、大分。このたびは何から何まで世話になりました」
「いやなに。そうだ、傷が癒えたら、どこか当てはあるのかね?」
「……いえ、特には」目を伏せる。
「なら、その後もここに居てくれないかな」
「私を雇っていただけるので?」
「…雇うと言うか……まぁ、そうだな。出来ればでいいのだが、………血を、少々提供してもらいたい。
それ相応の待遇もしよう。使用人というよりは、客人のように扱う事になる。血を提供してもらえるなら…だが」
「それは構いませんが」
「そうか!まぁ、私もそれほど必要とはしないので年に数回あるかどうかと言うほどだがね。一応主治医に説明はさせるよ」
「お気遣い頂き有難うございます」
「…体の調子がよければ、庭でも散歩しないか?今度、街も案内しよう」
「そんな…領主はお忙しいのでは?」
「…忙しいが、たまには休日もある。その時は気晴らしもしないとな。付き合ってくれたなら嬉しい」
「とんでもない!俺などでよろしければ喜んで」
庭を歩く二人。
「見事な薔薇庭園ですね。色んな種類がある」
「ここは私の自慢でね。…まぁでも私にとっては畑のようなものかな。薔薇の生気もたまに吸うのだが、好物でね」
「薔薇を?」
「ああ。嗜好品みたいなものだ」
「……不躾な質問をしても?」
「なんなりと」
「ヴァンピーロは血が主食なのでは?他に薔薇も食すのですか?」
「いや、血が必要なのは魔力を使う関係だ。力を高めたり、力が枯渇してくると血が欲しくなる。
私は特別魔力が高いのであまり必要とはしないが…。薔薇はおやつみたいなものかな。見目も美しいし。
食事は人と同じものを摂るよ」
「そうなのですか…」
「あまり力を使わないのであれば血も必要ないのだ。それでも定期的に摂取しなければ多少の飢餓感はあるがね」
「へぇ…」
BHを見つめるR。
BHが気付いてRを見上げる。Rにこっと微笑む。
「君は、薔薇がよく似合うな」
花を摘み棘を取って、BHの胸ポッケに挿す。
「そんな、俺に花など…こういうのは麗しい婦人にしてあげてください」
「だが、とてもよく似合っている」
困惑するBH。
「そうだ。これからは時間が合えば一緒に食事を摂らないか?
給仕は居るがいつも一人では寂しいのでね」
「ええ、喜んで」
「嬉しいよ」
穏やかに微笑むRに不思議そうに見つめるBH。
度々屋敷の中でお勧めの本などを渡されたり、少し書斎で話したりするRとBH。
徐々にBHも心がほぐれていって楽しそうに笑うように。
「今日は街に出ないか?暫くは私も休みをとったからゆっくり色んなところを見て回ろう」
「本当ですか?それは楽しみだ」
「使用人に聞いたが、ここに来てまだ外へは出ていないようだね?体も癒えて随分経つのだし、自由に歩き回っても良かったのに」
「………あ、い、いえ、街を案内して頂けるのを楽しみにしていたのです」
「…そうか?それは嬉しいな」
BHは笑顔を貼り付けているがRが後ろを向いた瞬間に少しばつが悪そうな顔になる。
馬車に乗り、人の多い市場に到着すると、そこから降りる。
二人並んで街を見て回る。
街の人々から暖かく声をかけられるR。
それを見るたび、少しずつ元気がなくなるBH。
気遣わしげにRがBHに視線を送る。
「どうした?あまり楽しくないかな…」
「いえ、…あー、なんと言うか…実は、俺はあまり人ごみが得意ではなくて……」
「そうだったのか…それはすまない。色々と引っ張りまわしてしまって…」
「いえ!それはっ…とても嬉しいのです。ですが、その……」
「どうした?気に入らないことがあるのなら何でも言ってくれ」
「とんでもない!気に入らないとかでは…」
「いいや、君にも楽しんでもらいたい。この街を好きになって貰いたいのだ」
「…………」
「エツィオ?」
「……気に入らないわけではないのです。俺が、貴方の隣に並ぶのは…」
「ん?」
「俺のような不詳の出の者が、貴方のような素晴らしい統治者の近くに居るのは、相応しくないのではと…」
下を向くBH。
「エツィオ…」
「俺の血も、貴方の口に合わないのでは」
「何故?」
「貴方こそ何故俺を傍に置くのですか?血の提供を、と言われたのに、一向に血を採取されることもなく、ただあの屋敷に置いて頂いているだけで…」
「前にも言っただろう?私はあまり血は必要としない。年に数回程度だが、場合によっては数年に1度になることもある」
「いいえ、貴方は何度か血を摂取しているじゃないですか。俺は…なんというか…鼻が、良くて…その、血の匂いが…」
「………ああ、そうか。…まぁ、なんだ……貯蔵している分がある。それを摂取しきってからかな。君の血をいただくのは」
「…その間俺は?」
「……私の近くに居て欲しい。私は…なんというか、君と一緒に居ると楽しいのだ」
「………そうなのですか?」
「ああ。傍に居てくれ。私のために」
「………はい」
そんなやり取りをしている二人を見つめる不穏な影。
****
ああは言って貰えたが、やはり何もせず屋敷に置いて貰うだけと言うのはどうにも性分ではないな…。
何か彼の役に立てることはないだろうか…
ずっと思い悩む日々が続く。
せめてもと、Rが屋敷に居る間はRの世話が焼けないかとRの傍によく居る様に。
コートを脱がせたり、必要な本や書類があれば取りに行ったり、血液の摂取を打診したり。
「お帰りなさい。今日はもうお出かけには?」
「ああ、もう今日は出ない。だが少し仕事があってね。書斎に居るよ」
「では、なにかお手伝いすることがあれば申し付けてください」
「エツィオ?」
「そういえば、前回血を摂取してからもう随分期間が空いていますが、お持ちしますか?」
「……いいや、そんな直ぐは要らないよ。まだ必要ない」
「……そうですか、では薔薇をお持ちしましょう。他に、お夜食にお菓子でも?」
「ああ、頼む」
そんなBHを見て、少しだけ焦りを覚えるR。
医師には血に関することはBHには黙っていてくれと頼んではあるが、ごまかせるのはそう長くなさそうだと思う。
たまに困ったように笑うことがあるのをBHは目ざとく悟る。
そして度々Rからお土産と称してBHに色々とプレゼントを受け取る。
「り、領主…」
「教皇から貰ってね。甘いものは好きかな?」
「ええ、好きですが…」
「良かった。受け取ってくれ」ホッとした様な、嬉しそうな顔をされて気を使わせているのではと心配するBH。
Rの書斎で物思いにふけるBH。
領主は、俺が何かすることが迷惑なのか…?
では、何故俺はここにいる……
寂しそうな顔をして窓の外を眺めるBH。
だが、ここから出たくない。
ここを出れば、俺はきっと奴等に捕まる。
ここ数日、この屋敷の周りに誰かが嗅ぎまわっている気配がする……
もし、奴等がここの使用人に手を出したりしたら……
やはり、俺がここに居るのは……彼の重荷になりたくない…皆から尊敬を集める、あの人の足を引っ張るのは…
でも、離れたくない!
窓の外を見るとRが帰ってくるところだった。
思わず身を乗り出すBH。
RがふとBHの居る窓際を見上げる。
BHに気付いたRが微笑んで手を振る。
玄関へ駆けていくBH。
Rが驚いてBHに声をかける。
「どうしたんだ?そんなに慌てて。何かあったのか?」
「…い、いえ…ただ、早く、逢いたくて…」
「………」
自分は何を口走っているんだ!コレではまるで…
領主にもし気味悪がられでもしたら……っ
赤面しつつそろりと領主を見上げる。
とても嬉しそうに幸せそうに微笑むR。
キラッキラぶりにぽかんとするBH、なお顔が赤くなる。
「そうか、私も逢いたかった」
「あ、に、荷物を…」
「いや、良いよ。たいした物はないから」
「ですが」
「あー…、では、これを頼む」
書斎に一緒に入ると、暖炉に火がくべてあるのに気付く。
「火の番をしていてくれたのか」
「ええ、今日は冷えますから」
「お前は本当に気が利くなぁフフ…」
「……!」
いつものようにコートを脱がせて外の使用人に渡す。
「最近、何か悩んでいるようだが、何か気がかりがあるのなら言って欲しい」
「…!!」
「な、んの…事でしょう?別に、俺に悩みなど……」
「そうか?ならいいのだが…」
気遣わしげなRの視線に居た堪れなくなる。
「………一つだけ…」
「ん?」
「一つだけお聞きしても良いでしょうか?」
「ああ、なんでも」
「俺が、貴方に何かをするのは迷惑ですか?」
驚いて目を見開くR。
「何故?」
「時折、貴方に気を使わせているように感じることがあります」
「いや、そんなことはない。いつも助かっている。ただ、使用人のようにそこまで甲斐甲斐しく働くことはないのにとは思うが…」
「何故?俺は血の提供者だから?」
「……あ、ああ、そうだ」
「未だ採取いただいてないのに?俺は、何のためにここに居るのですか?」
「エツィオ?」
「俺に、ここに居てもいい理由を下さい」
「エツィオ…私は…」
「俺は、必要ですか?」
「必要に決まっている!」
Rは困惑した、BHは悲しそうな顔で見つめあう。
RがBHの頬に手を添える。ひやりとしたその手の温度に、さらに落胆するBH。
「俺がこの部屋を暖めようと、きっと貴方は温度を感じないのでしょうね」
「…っ……」
くるりと背を向けて部屋を出ようとするBH。
Rが手を取り引き止める。
「行かないでくれ!」
「………」
沈黙が落ちる。なんとか引き留められないか思案するR。
「私は永く孤独だった。普通は孤独などを感じないのだろう。ヴァンピーロというものは…だが、私は心を持ってしまった。」
Rの独白に、わずかに背後を振り向くBH。
「ある女性との出会いからだった。名をソフィアと言ったが、彼女のおかげで感情が芽生えた。
温かな女性だった。彼女を看取り、もう私は愛を得ることはないのだと、誰かを愛することはないのだと思った」
「………」
「…君をここに運んだのは、君に彼女のようなぬくもりを感じたからだった。似ていた…その、……血の、匂いが…」
無感情にRを見るBH。
「だが、私は君を彼女の代わりにしたい訳ではない。そもそもが、違う。彼女に対して感じていた感情と君に感じる想いは」
「………」
「それは、君がここに留まる理由にはならないか?」
さらりと右の前髪を後ろに流すように撫でる。
BHの唇を見つめてしまうR。パッと手を離す。
「……」
「俺は、構いませんよ。もし、貴方が望むのなら…」
Rの手を取り、頬に宛て、首筋から鎖骨までをなぞらせる。
R、一瞬驚いたように目を見開き、次いで悲しそうな顔をする。
「確かに望んでいるが、そういうことではないのだ…」
スルリと手を離す。
「すまない。やはり一人にしてくれ…」
「………」
BH、無表情になり視線を落とす。
翌日、BHに手紙が届く。
使用人に手渡され、その場で読む。
「エツィオ様、お手紙が…」
「手紙?……」
読んでいる内に暗い顔になる。
BHはRの元に向かい、今日は一日暇をと伝える。
Rは少しだけ驚いて許可を出す。
「領主、今日は一日外に出ます。遅くに帰るかもしれません」
「そうか、わかった…だが、誰か付き添いを出すか?」
「何故?必要ありません」
「そ、そうか…」
人気のない廃墟へと向かう。
そこには以前抜けた組織の幹部が手下を連れて待ち構えていた。
「久しぶりだな、エツィオ」
「ああ。で、俺を始末しに?」
「いいや、お前を失うのはこちらも痛手だ。大人しく組織に戻るのなら、手荒なことはしない」
「彼女を人質によく言う。で、どこだ」
「わざわざこんなところにあんな気の強い女を連れてくるか。お前が戻ってその目で確かめればいい」
顎で手下に指示
「……待て。俺は今ここの領主に仕えている」
「ああ、随分と可愛がられているようだな」
「理由もなく俺が消えれば、あの方は俺を探すだろう。人間ではないからな、俺の居る場所を嗅ぎつけるのは容易いだろう」
「何が言いたい」
「俺が辞めると彼に伝えなければ、壊滅させられるかもしれないぞ」
「なら此方の部下がお前が辞めると言っていたと伝えよう」
「駄目だ。きっと俺の口から伝えなければ承知しない」
「そうやって助けでも求めるつもりか。まぁいい…ではロドリゴを付ける。余計なことを言えば女の命はないものと思え。
もちろん、ロドリゴが戻らない場合も同様だ」
「……分かっている」
「…それと、無事に戻れると思うな。お前に興味のある人間は大勢居る。一度は逃げ出したのだ。それ相応の報いがあるのは覚悟しておけ」
顎を取り意味ありげに唇を撫でる。ニヤニヤと嗤う者達に顔を顰めてその場を後にする。
****
屋敷の入り口に立つ。
「妙な真似はするなよ。組織はお前を寛大に許してやるといっているのだ。逃げられるものではない」
「………」
「戻りました…領主は在宅しているだろうか?」
「ええ、書斎におられるかと…あの、そちらは?」
「エツィオの遠縁でね。今日は世話になった領主様にお礼をと思いやって来たのです」
「…まぁ、そうですか」
「その、領主をお呼び頂けないだろうか」
「ええ、分かりました…」
使用人がその場を離れRを呼びに行く。
「随分と待遇が良いみたいだな」
「………」
Rが来ると、僅かに顔をしかめてロドリゴを見る。
「エツィオ、どうしたのだ?此方は…?」
「お初にお目にかかります。私はエツィオの遠縁でロドリゴと申します。今日はエツィオが世話になったお礼をと思いまして。
あと、エツィオですが、故郷に残して来た妹が重い病にかかりまして。此方のお屋敷のお勤めを辞めて故郷に帰りたいと」
「ここを辞めたいと?」
「……ええ」
「妹をここに呼べばいい。ここなら腕のいい医者も居る。可能な限り支援しよう」
「…い、いや、妹の病状が重くて、とてもここまでこれる体力はないでしょう」
「私の力ならば一瞬でここまで連れて来る事が出来る。体に負担はかけんよ」
「しかし、エツィオも故郷で妹の看病がしたいよなぁ?」
「…ええ」
「………」
視線を合わせないBH、RはじっとBHを見つめる。
「私はお前を手放す気はないよ」
静かに告げるR。BH目を合わせないまま驚き目を見開く。
「貴様。エツィオを私から奪うつもりなら覚悟をしておけ。お前たち一味も、その故郷の町とやらも全て滅ぼしてやる。
エツィオ、お前の妹もだ。本当に居るならだが」
「……」
「とにかく、お引取り願おうか。エツィオを渡すつもりはないと伝えろ。良いな」
「しかし」
「くどい!今すぐに殺されたいか!」
「…っ…!!!」
ロドリゴが逃げるように出て行く。それを見やるBH。
「エツィオ、此方へ」
呼ばれるままに従うBH。
書斎へと通される。
「お前のことを調べないとでも思ったか」
「………」
「向こうの組織には何人かこちら側の人間を潜り込ませている。確かに女性が囚われているな」
「………」
「だが、お前を裏切った女ではないか。助ける義理がどこにある?」
「…彼女を、まだ…愛している」
「…ほぅ?では尚の事その者を見殺しにしたくなるな?」
ちらりとRを見やる。
「思慮深い貴方はどこに行ったのです?」
「お前に関して私は心が狭くなるらしい」
「………」
「閉じ込めないと分からんか」
ちらりとRを見る。
「謹慎していろ。当分外には出られないと思え」
強引に腕を掴み、引きずる勢いで部屋に通される。
「ここは…」
「私の部屋だ。いや、今日から私とお前の部屋だな。今度からはお前はここで寝起きするんだ」
黙って部屋を見渡す。
「窓は開かないようにしてある。どこにも逃げられないぞ」
耳元でささやくR。悲しそうに振り返るBH。
「俺の心はどうなるのです。貴方は、俺の心はいらないのですか」
「もっと時間をかけるつもりで居た。だが、それには邪魔者を排除しなければいけないようだ。
どうしても私を拒否するなら…お前の心を惑わし、私だけを求めるようにすることも出来る。いつでもな」
ぎゅっとBHの肩を掴み、離して部屋を出るR。
(寒い…)
(……殺風景な部屋だ…ベッド以外ない…それに、あまり使われた形跡もない…)
ベッドに倒れこむBH。
****
ぎゅうと抱きしめられる感触で目を覚ます。
ふわりと血のにおいを感じる。
「”食事”をされたのですか?」
「………」
ぎらぎらした目で見下ろされる。
シャツを強引に引き裂かれるが、動じずにRを見上げるBH。
ごくりとBHの肌を見つめて喉を鳴らすR。
(このまま、喰われるのだろうか……)
瞼を閉じるBH。
「………食事を、……まだだろう?遅くなってすまなかった」
「要りません。今夜は食欲がない…」
「………」
「このまま眠りたい」
「冷え切っている…暖炉に火を入れていなかったな。風邪を引いてしまう…待っていろ、今火と、何か温かい飲み物を…」
Rを引き止めるBH。
「要りません。ここに居てください」
BHを一瞬躊躇して抱きしめる。
眠ったのを確認して、唇に口付けようとして止める。ぎゅうと抱きしめる。
****
翌日、窓を割ってBH脱走。
馬を失敬して組織のある土地へと向かおうとするが、番兵に止められる。
「領主様から暫くは何人も国外に出ることは禁止するとのお達しだ。解除されるまで待機するように!」
「家族が危篤なんだ。頼む。通してくれ!」
「残念だが、領主様の命に背く事は出来ない」
「………」
馬を下りて、どこか乗り越えられる場所はないか探す。
「何をしている?」
背後にRが現れる。ギクリとするBH。振り返らずだんまり。
「私は、お前に謹慎しているようにと言った筈だ」
BHの肩を掴む。
「何故、ここに居る?」
Rの手を払いのけて駆け出す。
しかし直ぐに腕をひねり上げられる。
「私自らお前の女を目の前で殺してもいいのだぞ」
キッと睨み上げる。
「化け物め!離せ!開放しろ!」
「お前は私のものだ。私の前に現れてしまったのがいけなかったのだ」
無理やり引きずって屋敷へと帰る。
ベッドへと乱暴に投げられて、圧し掛かられる。「この首に鎖を繋げてやろうか。人は形にしないと理解しない。お前に自由はない。最初から私の物にすると決めていたのだ!」
「……昨日、本部に行ったのだろう。皆殺しにしたのか」
「ああ」
「彼女も?」
「………」
「どうなんだ!答えろ!」
「………フン。それを聞いてどうする。どの道お前はもうどこへも行けない。あの女にも会うことは叶わない」
「………彼女は恩人だ。俺に男としての喜びを与えてくれた。辛いばかりのこの生に、癒しをくれた…
貴方の言う心をくれた女性と同じだ!」
にらみ合う二人。
「知ったことか」
「貴方も俺を虐げるのか。もう、たくさんだ…」
「………」
RがそっとBHの頬に触れる。
振りほどいて罵倒してやろうとRを睨みつけたが、切なそうな痛そうな顔をして見下ろされて言葉を飲み込む。
長く重いため息をつき、RはBHから退く。
「好きにすればいい…」
そう一言零すように言うと、Rは部屋を出て行った。
BHはRが出て行った扉を見つめて、罪悪感を抱く。
夜通し馬を駆け、町へとたどり着く。
町の人々は活気がなく人も少なく、戦々恐々としている。
周りの町民の話し声を注意深く聞くと、近くの施設で夜襲があり、そのせいで化け物達がそこの一帯に集まってきているという。
殺戮が始まったのが、女の甲高い悲鳴が上がってからの事で、それからは阿鼻叫喚の渦の中、数時間でそれが静まったのだという。
日の高いうちに様子を見れば平気かと思い、足早にその組織のアジトへと向かう。
凄惨な現場が広がり、周りには死臭が漂っている。
あの人は本当に彼女まで殺したのか…
きっと違う。そんな筈はない…彼が、あの優しい彼がそんなことをするはずはない…
組織は仕方ない。何故俺だけが生かされたのか不思議なほどに罪に濡れている。
とにかく亡骸を見なければ、本当に彼が罪のない者に手を掛けたなどと、そんなことは信じられない。
一つ一つ確かめていくうちに、グールに襲われるBH。
持ち前の機敏さで交わし、反撃するが、周りを囲まれてしまう。
奮戦するも、徐々に形勢が不利になっていき、目の端に女性の亡骸を見て怯んだ隙に完全に倒され、喰われそうになる。
その瞬間に領主の顔が脳裏をよぎり、素直に求めればよかったと後悔する。
間一髪の所で領主が駆けつけグールをなぎ払う。
手のひらから炎を生み出し、辺りを焼き払う。
呆然と炎を見つめるBH。
焼かれる女性の遺体はまったくの別人だとホッとする。
「見せしめの為にあえて放置してしまったが、ここの始末をさっさと済ませるのだった…関係ない市民がグールの餌食になってしまった…」
「何故…」
「一応言っておくが、グールとなったのはここら辺に住まう他のヴァンピーロの仕業だろう」
「……何故助けたのです…」
「……」そっちかという顔をするR。
「……死なせたくなかったからだ。私は、お前を愛している」
「…領…」
「愛している、エツィオ」
「………」
真っ直ぐBHを見つめるR、俯くBH。Rはため息をつく。
「お前の求めていた女だが、その者は助けてフォルリに逃がした。……だが、お前を彼女の元へ行かせたくない」
「……どうせもう旦那が居るでしょう。行く気はありません」
「なら何故お前はここに来た」
「……確かめたかっただけです」(俺の心を…)
「彼女の無事をか」
「いいえ」
「では、何を確かめたかったのだ」
「貴方への想いを」
真っ直ぐRを見つめるBH。
「……」
スッと立ち上がり、Rへと近寄り、手をとる。
「貴方から離れたくないのだと、思い知りました」
「……」
「死ぬかもしれないと思ったときに、せめて、貴方に触れられたら…と」
手のひらに口付ける。
切なそうに見上げるBH。R、たまらずBHを抱きしめる。
「愛しているエツィオ」
「はい。俺も、貴方を愛しています」
「今すぐお前が欲しい」
「!」驚き、目を見開く。頬を染めてこくんと頷く。
「…俺も、貴方が欲しい」
*****
「一つだけ覚悟をして欲しい事がある」
「はい」
「君を、私と同じヴァンピーロにする」
「……」
Rを見上げるBH。
「嫌だと言っても、聞くことは出来ない。永遠に私の傍に居てもらう」
「それも、最初から決めていたことですか?」
「そうだ」
「横暴だな…」嬉しそうに笑うBH。
「お前を離したくない。お前を喪ってしまったら、私は生きて行けない」
満足そうに微笑んでRの両頬を手のひらで包み込むBH。
「なら、早く貴方のものにして…ずっと傍に、ずっと俺だけを」
「愛している」
「俺も、だから、早く」
苦笑しながらBHの首筋に口付けを送る。
一通り済んだら、うっとりしたBHがRに寄り添いながら不満そうに口を開く。(最中も描く)
「結局、ヴァンピーロにするのはお預けですか?」
「それについては色々と話さねば…それに準備も要る」
「準備?何か儀式をするのですか」
「まぁ、儀式といえば…そうだが…君に私の血を流し込む。だが、私たちヴァンピーロの血は人間にとっては毒だ。
相当の苦しみを与えることになってしまう」
「俺は、苦痛には強いほうだと思いますが…」
「少しでも和らげてやりたい。まあ、だからその…今夜みたいな事をして、快楽の内に流し込めれば…」
「つまり、俺の開発が先ということですか」
「……そういうことだ」
「あと、な……その、ヴァンピーロとなったら、私の子を産んで欲しい」
「俺は男ですが…ヴァンピーロとなれば可能になるのですか?」
「ああ。お前の体を変化させる際に、産める様にする」
「便利ですね」
「だが、望まないのであれば…」
「望みます。貴方との、愛しい子…きっと可愛いでしょうね」
幸せそうに微笑む二人。BHが静かに寝息を立てる。
寝顔を眺めて、Rが一人真顔となる。
「お前を私に縛り付ける。もう私からは逃げられないのだ。全て、全てを奪う。お前の全てを…」
二度、お前は私から逃げた…その身を他の者に蹂躙させようとした。
早くお前を私だけのものに。
心臓の上に口付ける。
ーーー第一部ENDーーー
もくじ 次のプロット