@shiminus
180108@shiminus
あーあ 学校いやだなあ
今日は寝坊しちゃったし 寝ぐせもなおしてないし
おまけに宿題忘れてきちゃったし
道を歩いていたら 空から雪が降ってきた
おかしいな まだ冬には早い 十月なのに
キラキラ光ってるのは……霰?
「ようやく見つけました」
透き通るような声に思わず振り返った
スラっと背が高くて ハンサムな王子様
思わず見とれちゃったけど この人は誰?
どこかで会ったことがあるような……
「探しましたよ 風香 ……私の許嫁」
――ドキッ……
えっ なに どうゆうこと?
王子様がうやうやしくお辞儀して 私の手を取った
銀色の髪が 宝石みたいに光ってる
「さあ参りましょう 私たちの国へ」
思わず手を振りほどいて逃げた
全然分かんないよ
なにこれ
だけど
すごくドキドキしてる
これって もしかして ……
「……やはり 記憶を失っているのですね」
オレンジの優しい瞳が 寂しそうに潤む
まるで大事な人をなくしたみたい
……私 どうしたらいいんだろう?
「風香さん、お食事の時間だそうですよ」
頭の上で声がして、私は慌てて携帯を布団の奥に突っ込んだ。枕元にある時計の針は、どちらも真上を向いている。朝から曇っていたせいもあって、全然気づかなかった。
「なにか重要な用事があったのですか?」
「なんでもないよ!」
首を傾げたつばめに「行こう」と言って、私はリビングルームに向かった。
デンシるの世界で電波人間のつばめと出会って、私の生活は変わった。ゲームの中で簡単な会話しかできなかったつばめと直接お喋りできるようになって、私は毎日が幸せになった。学校は面倒だし嫌なこともあるけれど、うちに帰ればつばめが待っててくれる。デンシるの中での仕事は難しいけれど、つばめも一緒に戦ってくれる。
こんな毎日が、ずっと続けばいいのに。
「おはよう、ふうか。昨日の残りだけど、ご飯はさっき炊いたとこだからね」
「ありがとう、おばあちゃん」
夜にはいつもにぎやかな六人掛けのリビングテーブルに、小さいお茶碗がふたつと大皿がひとつ。広い部屋はテレビも点いてなくてとても静かで。食器棚のフチにつばめが座ったら、おばあちゃんが小皿に煮豆を少し入れてくれた。電波人間は食事をしなくてもいいらしいけど、つばめは甘い煮豆が大好きだ。
「今日は学校、行かなくていいのかえ?」
「うん。六年は明日まで修学旅行だから」
私は昔から遠足や校外学習のある日は決まって休んだ。体が弱いとか熱が出たと嘘をついていたけど、本当は人ごみに入ると具合が悪くなるからだ。知らない人間は嫌いだ。電車はいつも混んでるし、視線や物音にずっとイライラしてしまう。右に左に押し合いへし合いしているのと気持ち悪くなってきて、がやがやしているところに行くと頭が痛くなる。
「ふうかは旅行が嫌いかえ?」
「そんなことないよ。家族みんなで行ったら楽しいもん」
「そうかい、そうかい。だけどいつかはあたしたちとは別の、友達や大切な人なんかと出かけたり、知らない人と打ち解けて遊んだりできるようになってほしいものだねぇ。あたしと一緒に出かけてくれるのも嬉しいけど、ふうかにしか見られない楽しみや幸せだって、きっとこの世界にはたくさんあるだろうから」
「うん……頑張る」
家族旅行なら問題ない。お母さんが車で連れて行ってくれるし、人の少ないところをお父さんが調べてくれる。体調が悪くなってもお兄ちゃんたちが助けてくれるし、みんなといればちょっと人の多いところでもパニックにならなくて済む。
昼食を済ませて部屋に戻ると、つばめが机の上でブロックを積み上げる遊びをしていた。しばらく一緒に遊んで、携帯の充電が終わったら、今度はデンシるにログインした。
「討伐ですか? ご一緒しましょう」
つばめと一緒に虹色の扉をくぐり、ラボの中に入ると、エントランスは無人だった。エレベーターホールのほうで足音がしたと思ったら、土星さんが歩いていた。
「あら、土星のお姉さま! こっちで会うのは先週末ぶりじゃないかしら?」
デンシるの掲示板ではいつも明るくて礼儀正しいお姉さんだけれど、ラボの中では若い二十代くらいの男のアバターだ。本物の土星さんはきっと、髪をショートにして、体にぴったりめのスーツが似合うキャリアウーマンとかなんだろう。もちろん、若い男の姿になってても十分カッコいいけれど。
「やあ吹雪姫さん。体育大会で捻挫したと聞きましたが、具合はよくなりましたか?」
くすんだ色のマントをはためかせて、土星さんは優しい笑顔を返してくれた。体育大会なんて一ヶ月くらい前にあったことだ。苦手なバレーボールに人数合わせのためだけに無理やり入れられて、転んだ拍子に腕を痛めてしまった。運動会のときみたいに理由をつけて、休めばよかったと後悔している。
それなのに土星さんは、掲示板にほんの一言ぼやいただけの出来事を覚えていてくれた。嬉しすぎて、オフの私ならきっと涙が出てただろう。けれどここでは私はお姫様のアバターなのだ。礼儀正しく心の強いお姉さんになりきらなければいけない。
「やだっ、覚えていてくださったの? さすがにもう全快しましたわ。お気づかいありがとうございます」
土星さんとはエレベーターまで一緒に行き、ホールの入口で別れた。土星さんはホールの二階へ上がってしまい、私はすることがなくなってつばめとしばらくお喋りしていた。
『はぁーいみなさん、こぉーんにーちはー!』
いきなり大きな声がして少しビックリしたが、すぐに声の正体が分かってホールの中央を見上げた。デンシるの管理人で一番偉い人、白衣を着た女の人が手を振っている。篠山さんだ。
篠山さんは新しい電波戦士が仲間入りしたことと、討伐完了したモンスターの報告だけしてさっさと帰ってしまった。そういえば最近モンスター討伐をサボっていたなと思いつき、二階へ上がる。土星さんはすでにどこかへ行ってしまっていた。
「姫、今日はどちらまで?」
つばめが一緒になってモニターをチェックしてくれた。電波戦士として変身(クラス・チェンジ)している間、つばめは私を「姫」と呼ぶのだ。
「うーん、夕方まで時間あるから、大型のモンスターでもいいかも」
「ならばこちらはどうでしょう。丙……先に討伐に向かっている仲間からの情報によれば、火に関する攻撃をしかけてくるようです」
「出現場所はどの辺?」
「国内、それもかなり近いですね……ははあ、都内のオフィスビルが多い所です……姫、さすがにこれはパスしましょうか?」
都内。一度だけ家族と行ったことがあるけれど、車も人もたくさんで、空は背の高いビルに塞がれた場所だった。あのときの私は一時間も耐えられず、皆と渋滞する高速道路を片道三時間かけて帰ってきた。私にはろくな思い出しかない場所だけれど。
「……ええと、こっちはどうですか? 癸(みずのと)ですが、群れで襲ってくるタイプではないみたいです。田舎の国道で目撃されたものの、逃げ足が速くて捕まえにくく、……」
「行きましょう、つばめ」
「えっ、癸の討伐ですか?」
「違うわ。丙のモンスターよ。人の多い所で暴れられたら大きな被害が出るわ。早くなんとかしなくちゃ」
赤文字で表示された「丙」をタップして、詳細画面を下へスクロールする。討伐に参加中の電波戦士はふたりだけだ。知っているけれど、こっちのラボでは面識のない名前。いつもなら、ここにひとりでも知らない名前があれば討伐は諦めていた。
見ず知らずの他人と戦うなんて、正体の分からない誰かと一緒に話をするだなんて、想像しただけで緊張してしまう。私の世界には、私の知っている大事な人だけいればいい。
だけど、ふと、おばあちゃんの悲しそうな笑顔が浮かんできて、私はどうしてか胸がぎゅっと痛くなった。
――いつかはあたしたちとは別の、友達や大切な人なんかと出かけたり、知らない人と打ち解けて遊んだりできるようになってほしいものだねぇ。
「姫、止めはしませんが、無理だけはなさらないでくださいね」
「大丈夫よ。だって私の傍には、いつもつばめがいてくれるじゃない?」
モンスターのいるエリアを確認して、転送ボタンを押す。モニターに王冠をかざすと、中央に埋め込まれたハート形の電子ジュエルがクリスタルみたいに光った。転送が完了すると、ホールの奥にあるポータルが橙色に光って、私たちはそこから目的地へ向かった。
真っ黒な空がトゲトゲのビル群を覆っていた。転送された先はどこかのビルの屋上で、コンクリートの床には灰色の雪がうっすら積もっていた。雪にしてはざらざらしていて、足を動かした風圧でも簡単に飛んでいく。これはきっと、火山灰だ。
「姫、あそこにいます。なかなか大きいですよ」
つばめの示した方向に、山のように大きな赤い鳥がいた。ダチョウのような大きな脚と、退化した小さな羽、全身が火の粉で光っているおおくちばしだ。町で一番背の高いビルの上に座り込んで、空へ炎と黒煙を吹き上げている。
「つばめ、ここから攻撃したら届く?」
「難しいです。上空は熱風が吹き荒れてますし、ビル風もあります。あのふたりがいるビルまで飛べば、きっと届きますよ」
「ふたり?」
よく見ると、先に来ていた電波戦士ふたりがおおくちばしのすぐ隣にあるビルの屋上でなにか話をしていた。ふたつのビルは少し高さが違う階段のように並んでいて、おおくちばしからは死角になっているようだ。
「ちょっとー、どうするの? 炎に炎じゃ相性悪すぎるよ!」
「そう言われても、俺だって初めてのことでどうすればいいやら……」
「んもう、もっと真面目に考えてってばー!」
鎧を着たお兄さんと、青い戦闘スーツのお姉さんだ。一緒にいる電波人間は回復アンテナと、火と雷の二属性アンテナ。
「考えるの嫌ぁーい、こうなったら回復しながら攻撃するのみよ! 突撃ー!」
戦闘スーツのお姉さんが自分の身長と同じくらいの剣を構えてジャンプした。自分より五倍くらい大きい鳥の脚に斬りかかったはいいが、すぐに悲鳴を上げながら仲間の元へ戻っていった。
「いやーん、熱っ、あっつーい! ちょ、ちょっと、スザク君! そのマントでパタパタしてくれない? ……いやーっ、髪が焦げ臭いぃいいい!」
回復アンテナの電波人間と鎧のお兄さんが一緒になって大騒ぎしている。ふたりの戦術ではあの赤い鳥は難しいみたいだ。
……こうなったら、私が前に出るしかない。
「つばめ、まずは抑えていくわよ」
アンテナの威力を下げるように指示して、私はビルからビルへと飛び移った。背中にしまってある扇を両手に取って、左右にぱっと開く。つばめのアンテナが光った瞬間に、私たちの周りだけ気温が急激に下がった。
「炎は冷やせば消せます。ご覧に入れましょう、ジェットブリザード!」
先客ふたりの頭上をかすめて、凍てつく風がおおくちばしの足に直撃した。ギエーッ、とおおくちばしがけたたましい声を上げて、ついでにお姉さんの髪の火もきれいさっぱりなくなった。
「な、なんだ、応援か?」
お兄さんがいきなり現れた私を見て驚いている。私は心臓が口から飛び出そうになるのをなんとか抑えて、高飛車な台詞を吐いた。
「この場にそぐわない電波戦士たちはさっさと帰りなさい。私の攻撃は無差別なの。巻き込まれたくなければせいぜい努力して物陰に隠れていることね」
おおくちばしがこちらに気付いて、深紅のくちばしを大きく開いた。隕石みたいな火の玉が襲いかかる。私は右の翡翠の扇を構えて、下から上へ払うように振った。強風が火の玉を押し返し、おおくちばしの胸にぶつかった。
「私に楯突くとはいい度胸ね。すぐに後悔させてあげるわ」
怒り狂ったおおくちばしが、今度は深く息を吸って火炎の霧を吹きかけてきた。受け流すことは簡単でも、攻撃が逸れればビルの高層階が火事になってしまう。私は左の水晶の扇を突き上げ、空を掃くように左右へ振った。冷気が一瞬で上空を覆って、熱気と冷気が入り混じる。
もう一度右の扇を、今度は左の扇と動きを合わせて振った。つばめのアンテナと同じ霰と風が吹いて、炎のブレスを完全に冷気の中に閉じ込めることに成功した。そのままお返しとばかりに、おおくちばしの顔面に風を叩き込む。
思わぬ反撃に面食らったおおくちばしは、ビルの下をのぞきこんで逃げ道がないかを探し始めた。
「まあ、醜い。まさにチキン(臆病者)ね。さっきまでの威勢はどこへ行ったのかしら? そっちから来ないなら、一気に畳み掛けるわよ!」
さっきの反撃で気分も環境も万全だ。炎を相手に冷気で対抗するのはかなり消耗するが、勝負はここからというもの。両方の扇を手前に構えて、つばめのアンテナが巻き起こす狂風に合わせて踊る。風が吹き荒れ、冷気が一層強くなり、急激に冷えた空気が雪となってキラキラ輝く。それはまるでシャンデリアの下で誰よりも美しく踊る、本当のお姫様のようで。
ここは、私だけの世界。誰も邪魔はできない――!
――ならず者に永遠の凍てつく眠りを、荒冬夢稽!
巨大な氷の刃を持つ竜巻がおおくちばしを捕えた。あの中に入ってしまえば逃げることも抗うこともできないだろう。体を冷やされ、氷に貫かれ、やがて風に散らされ消えてしまう。虹色のピクセルとなって粉々に砕け、おおくちばしは消滅した。
丙型モンスター「おおくちばし」、討伐完了。
「すっごーい! 雪の女王様、技も動きもかっこよかったよぉ~!」
大技の後で一息ついていたら、いきなりお姉さんが奇声を上げて抱きついてきた。髪のほうはちゃんと消火できたみたいだけど、吹雪に巻き込まれたせいか爆発ヘアーの上にうっすら雪が積もってる。
「ありがとうねー、私たちじゃあのモンスターどうにもならなくて、早めに応援来てくれたおかげで助かっちゃった!」
「ふ……ふん、あまりに酷い戦いが見ていられなかったから、手伝ってあげただけよ。私が救ってあげたその命、せいぜい大事になさい」
あまりに馴れ馴れしく抱きしめられて、怖いやら恥づかしいやらで泣きそうだ。それでもなんとか堪えてそれらしい台詞も言い切って、やっとの思いでお姉さんの腕から逃れられた。
「うーん、スザクくんがいるから先輩っぽいっとこ見せようって張り切ってたんだけど、今回は失敗だったかな?」
隣にやってきた鎧のお兄さんに向かって、お姉さんがぺろっと舌を出して笑った。回復アンテナの電波人間のおかげなのか、ふたりともすっかり元気そうだ。
「あっ、自己紹介が遅れたね。私、穂希っていうの。こっちは新入りのスザク君!」
お姉さんは私が何も言わないのをいいことに、勝手に自分たちの紹介を始めた。ホマレ、スザク……どこかで聞いたことがあるような。
「スザク? ……もしかして『二次創作交流掲示板』で小説を書いていらっしゃった方かしら?」
「あ、はい。俺のこと、ご存知なんですか?」
私は驚いた。SUZAKUといえばあの掲示板でほとんど毎日のようにすごい小説を投稿している人だ。眼の前にいる彼が、アバターという仮の姿はしているものの、あの小説を書いている人物だなんて。
「わ、わわ私……っ、あなたの作品は、知……存じておりますわよ。すご……とてもユニークな作品で、その……暇つぶしに、よ、読ませてもらってますのよ」
「えっ、マジですか! うわぁ、俺の小説を……? うっわ、なんか照れるな……」
SUZAKUさんは目を泳がせながら頭を掻いた。姫キャラで通しているせいで素直に感想が言えなくてもどかしい。本当は暇つぶしどころか、夕食の後に更新があれば跳び上がって喜ぶくらい、毎日楽しみにしているものなのに。
「私は吹雪姫。あなたたちのことは覚えておいてあげる。気が向いたらまた助けてあげてもいいわよ」
「本当? やった! またお世話になっちゃうかもしれないから、よろしくお願いしまーす!」
「よ、よろしく……」
ようやく空が明るくなってきたころ、私たちは討伐報告も兼ねてデンシるのラボに戻ってきた。ホールに戻るとモニターの前で、設備管理の「おじさん」と管理人の篠山さんが話をしていた。おじさんが稽古場の外にいるなんて珍しい。
「……ふーん、おじさんもそう思うんだ?」
「……思うもなにも、確定でしょう……早急に手を打たないと、いくらこっちが万全でも、……億が一だってありえますし……」
「ありゃ? 穂希ちゃんに新人くん、それに姫様ではありませんか! 討伐からご帰還されたのかな?」
「篠山さん、何かあったんですか?」
穂希さんが尋ねると、間髪入れず篠山さんが右手でゲンコツを作って左手の平をポン、と叩いた。
「そうだ、穂希ちゃーん! いつも頑張っている君に特別な討伐依頼をあげようと思うんだけど、これからお暇ある?」
するとおじさんの表情が途端に曇った。
「いくらなんでもそれは贔屓なのでは……」
「しゃーらっぷ、おじさんは休憩室にログアウトしてなさい! 穂希ちゃんくらいの実力者ならダイジョーブ、管理人の私が太鼓判捺してんだから誰も文句言えないっしょ!」
穂希さんは少し迷っていたものの、おもむろに頷いて「頑張ります」と言った。管理人から直々に討伐の依頼が来るなんて、穂希さんは相当すごい電波戦士なのだろう。……さっきのはきっと、単にモンスターとの相性が悪かっただけなんだ。
ラボの偉い人たちと共にどこかへ行ってしまった穂希さんを見送ったものの、結局私は出会って間もないSUZAKUさんとふたりきりになってしまった。つばめは私たちより後ろのほうで、スザクさんのパートナーに遠慮がちに話しかけている。同じ攻撃アンテナの電波人間同士で気が合うのだろうか? ただ、相手は気の強そうな女の子のようで、私とSUZAKUさんと同じくつばめ達も話の接点が合わなくて会話が難航しているようだ。
「あ、あの、吹雪姫さん……」
「『姫』だけでよろしくってよ」
「俺、今日このラボに来たばっかりでよく分からないんですけど。うちに帰るにはどうしたらいいんでしょうか……」
「あら、篠山さんから一連の説明受けてなかったのかしら? 掲示板や現実世界に戻りたいなら、ログアウト機能を使うのよ」
「ええ……それって、なんか特別な呪文とか必要です?」
「っふふ、面白いこと仰るわね。確かに掲示板のときとはやり方がちょっと違うけど、そんなもの必要ないわ。電子ジュエルを使うだけ。あなたも持っておられるでしょ?」
「でん、……じゅえる……?」
「クラス・チェンジで使う虹色の宝石よ。たいていは武器か衣装のどこかに付いているはずよ」
私は頭に載せていた王冠を手に取って、中心に嵌め込まれた六角形の宝石を上向きにして見せた。
「その宝石、どこで見たんだっけな……?」
鎧をガチャガチャ鳴らしながら、SUZAKUさんが体のあちこちをまさぐり始めた。本当に何も聞かされていなかったらしい。よくそんな状態でモンスター討伐に行ったなと内心呆れた。
「剣とか、鎧とか調べたんですけど、見つからないです……もしかして背中とかについてたりとかしませんかね?」
「……ああ、分かったわ。あなた、ご自身の手をご覧なさい」
彼が両手を振った瞬間に、その間でキラキラ光るものがあった。電子ジュエルは手の甲を覆う金具の中央にあった。パートナーの電波人間と同じ星の形をしている。
「これが俺の、……えっと、デンキなんとかってやつ……」
「電子ジュエルよ」
「そう、それです! で、俺はこれをどうすれば帰れるんでしたっけ?」
見ていてなんだかイライラするけれど、最初の私もおどおどしながら篠山さんの説明を聞いていた気がするから仕方ないか。「誰もが最初は一年生」って篠山さんも言ってたし。
「……これを、こうして……っと。なるほど大体分かりました。ありがとうございます!」
「そう、せいぜい頑張って電波戦士として頑張ることね。モンスターの討伐数が増えれば報酬がもらえるわ。電波戦士としての能力が強化されたり、アバターのランクに応じて遠方のモンスター討伐にも行けるようになるの。私だってそこまで高ランクじゃないけど、上位にはもっとすごい人たちだっているわ」
「あの、ずっと気になってたんですけど、」
「何? 私もそろそろ帰りたいんだけど」
「モンスターって、結局何者なんでしょうか?」
「……え?」
私は答えられなかった。むしろその疑問に密かな共感があって、けれどずっと考えないようにしていたことだった。世界各地にいきなり現れて人や町に被害をもたらすモンスターたちは、一体どこからやってきて、どうして暴れているのだろう?
「さ、さあね。ただ、私たちがなんとかしないとそこに暮らしてる人たちが可哀相なことになるのは間違いないわ。だから私たちは戦うの。このラボで腕を磨いてパワーアップして、さらに強いモンスターと戦って、……それの繰り返し。ゲームと一緒なの」
だけどここは、本物のゲームと違う。死ねばそれまで。セーブデータもリセット機能も存在しない。それに、現実の世界では家族や友達が助けてくれるけど、ここでは私を守ってくれるのはつばめだけ。
「…… ……」
SUZAKUさんはしばらく考え込んでいた。私も最初にデンシるに来たとき、初めてモンスターと戦ったとき、不安と疑問で頭がいっぱいになった。けれど、考えている暇なんてなかった。とにかく敵を倒して強くならなくちゃ。とにかくレベルを上げて、世界を守らなくちゃ。そう思っていたら敵がどこから来るかなんて気にしていられない。
「……俺、ヒーローもののテレビアニメとか好きで、掲示板で似たような小説とか書くんですけど、そういうところで怪人やモンスターが出てくるとき、絶対に理由があるんです。環境破壊が原因で動物が巨大化したとか、悪の組織が人間を改造して裏で操ってたとか。確かにアニメも小説もフィクションなんですけど、ちゃんと理由はあるし、話の終盤で明らかにされるものなんです。だから俺、これが現実の出来事だとしても、やっぱり気になるんです。『なんでそうなるんだろう?』って一度思っちゃったら、じっとしてられなくて」
彼の眼差しは真っ直ぐで、キラキラしていて。つばめほどじゃないけど、とてもカッコイイと思った。なにかに夢中になってる男の人って、かわいくてかっこいい。もしかしたらSUZAKUさんは、私みたいに途中で諦めるようなことは決してしないで、モンスターの正体を突き止めてしまうのかもしれない。
「……そう。せいぜい頑張って調べてみることね。いろんなモンスターと戦っていけば、そいつらの正体に辿りつけるかもしれないわよ」
「なるほど……分かりました。俺、頑張ります」
どっちを頑張るんだ、という台詞がここまで出かかっていたけど、私が返事するより早く、SUZAKUさんはラボからログアウトしてしまった。
「さあ、私たちも帰るわよ、つばめ……?」
私が振り返ると、つばめは上の空という表情で空中を漂っていた。浅黒い肌がほんのり赤く染まっていて、胸の前で手を組むような仕草をしていた。
「ゆずかさん……なんて素敵な方……キュン」
「ちょっと! つばめ、聞いてるの?」
「……はっ、すみません。どうかなさいましたか?」
私は胸が張り裂けるような思いがした。
つばめ。大好きで大切な私のパートナー。夢の中で彼と何度も出会って何度も一目惚れして、いろいろな場所をデートした最愛の人。そんな彼がデンシるの世界で違う電波人間と出会って、私の知らない電波人間に好意を寄せている。
ああそれでも、と私は願う。せめて夢の中だけでは、ずっと一緒にいさせて欲しい。
「つばめ、先に帰っていてくれるかしら」
「姫はログアウトされないのですか?」
「ちょっと掲示板とプロフィールの手直しをしてから戻るわ。討伐に出かけてた間に、新しい書き込みがあったかもしれないから」
私は王冠の電子ジュエルに触れて、電波人間が通れる小さな小窓と人間が通れる大きな扉を呼び出した。つばめは小窓から私の家に帰り、私は扉を通って「裏アカウント」へ移動した。
ここは、つばめにも家族にも決して見られたくない秘密の領域だ。誰にも言いたくない悲しいことがあったら、誰にも知られたくない怒りがあったら、私は必ずここに立ち寄って、思いの丈をぶちまけてから現実世界へ帰ることにしている。
「そうだ、さっきの小説の続きを書かなくちゃ」
霰の中から現れた氷の国の王子様。迎えに行った許嫁はなんにも覚えていなくて、だけどすごくドキドキしている。これからふたりには幾多の困難が待ち受けているのだ。そうして一緒に難しい試練を乗り越えていくうち、本当にお互いのことを好きになっていく。氷の国がピンチになるけれど、最後はふたりの愛の力で国は救われて……
「よう、夢見るキラキラお姫様。こんな時間に学校も行かないで、もしかしてサボりか?」
私はショックで王冠を落としてしまった。カツーン、と音がして、緑と銀の電波人間の足元に転がっていった。
「いけないねえ。全く、いけない娘だよ。運悪く兄貴のお仕事中にバッタリ居合わせちまうなんてさ。だが俺は、こういうときどうすればいいかを兄貴からちゃーんと教わっているから大丈夫だ。……うん、よし、バッチリだな。早速やってみようか」
誰だ。この電波人間は誰だ。私のゲームの中に、こんな醜い容姿の電波人間なんていなかった。下まぶたが厚ぼったくて、鼻が右に大きく曲がっている。腫れたみたいに厚い唇で、病人みたいに肌が白い。こんな奴、見たこともない。
「おい、キラキラお姫様。死にたくなかったら、金目のモノ全部置いていきな!」
……そしてこんな、下品な口のきき方をする電波人間なんて。
「居直りとはいい度胸だな、下賤な盗人よ」
「え、あれ? 俺……台詞を間違えた?」
怒りに任せて翡翠の扇を振う。冷たい風に煽られて、生意気な電波人間はあっという間に領域の空高くまで吹き飛ばされた。着地を待つのも癪に障るから、続けて水晶の扇を振った。鋭い氷が電波人間をナイフのようにかすめていく。
「ちょ、うわうわわわわーっ! タンマ、タンマ! 俺が悪かったって!」
「ここは私だけの世界! 誰も入って来てはならぬ!」
「やばいよ、マジでヤバいよ、氷は苦手なんだって! 死んじゃう、死んじゃうってば!」
「ここで見聞きしたものを余所で言いふらされても厄介だ。即刻口封じの刑に処す!」
「いやそれ死刑だよね? 絶対死刑確定だよね? いやマジゴメンって、台詞間違えただけなんです、スイマセン赦してくださいなんでもしますから!」
「なんでもするというなら、今ここで首を吊るか自らギロチンの前にその首を……」
「いや、死ぬ以外でなんでもするんであって、なんでもするとは言ってません! お姫様、後生だ! 命だけはお助けくださいぃいいい!」
許さない、赦さない。絶対に生きては帰さない。
私の世界に入ってきた。その醜さで神聖な領域を穢した。……私の前で、生意気な口をきいた。
「あっが、うぎゃああ痛い! こ、氷! 氷が、刺さってるんだって! やめ、これマジで、死ぬぅううう! 兄貴、あにきーっ! 助けてくだせぇえええ!」
風に振り回されながら、醜い電波人間が掠れた悲鳴を上げた。学校の鶏舎の中で何年も閉じ込められている、年老いた雄鶏の声に似ていた。
「あれあれ? いつきくーん、ちゃんと入口見張ってろって、お兄さん言ったよねぇ?☆」
全く別の、明るく愉快な声がして、暴風の中から電波人間が姿を消した。仕留めたと思ったけど違った。私のプロフィール欄の上に、若い男の人が足を組んで座っている。さっきの電波人間は頭に氷の刃物を突き刺したまま、若い男の手の上でガタガタと震えていた。
「やあ☆麗しいお姫様。うちのいつきが失礼したね。高い所からだが、代わりにお詫びしておこう☆」
「誰? 入ってくるなって言ったでしょう。そっちの下賤な電波人間は何? あなたもグルなの?」
私はまだ頭に血が上っていたが、男は爽やかな笑顔を一切崩さず話を続けた。
「僕たちは何も、悪意があって君の領域に不法侵入したわけじゃない。ちょーっとこの仮想空間を調査しにやってきた、しがない私立探偵さ☆」
「調査? ここは鍵アカウント、私から承認が下りなきゃ閲覧できないページのはずよ。あんたのことなんか見たことも聞いたこともないわ。どこから入ってきたっていうのよ?」
「うーん、所謂『探偵七つ道具』ってやつ……かな? それに、承認なんて我々には関係ないことなんだよね☆」
「なっ……?」
「それより君、ここは鍵アカウント――つまり大事な領域なんだろう? ダメじゃないか、もっと複雑な鍵を使っておかないと☆ 本物の賊だってものの三分で侵入できちゃうぞ☆」
承認が必要ない、鍵、侵入――小学生の私にだって分かることだ。この男は、アカウントのパスワードを突破して、強制ログインしたんだ。
「帰って! 調査される筋合いなんてない。調べることがあるなら余所でやりなさい!」
「あっれぇ、あれれれれぇ~? どうやら僕らに協力する気はさらさらないって感じだねぇ……ねぇいつき、こういうときって、どうすればいいか、覚えてる?」
頭に刺さっていた氷をどうにか引っこ抜いた電波人間が、傷を擦りながら答えた。
「……サンジュウロッケイニゲルニシカズ」
「当ったり~☆ てなわけで、我々はこれにて失礼するよ☆ どうも、おっ邪魔しまっした~☆」
男は電波人間を肩に乗せると、ブーツの踵にあったスイッチを手探りで起動させて、猛スピードで領域の中を逃げ出した。ポップに飾り付けされた私の領域の中を、無数の文字を蹴散らしながら彼らは逃げて行く。私は真っ青になった。あの先には、誰にも見せたくない「投稿」がある。学校の愚痴、友達への不満、将来への行き詰まりや勉強への憂鬱。それから、つばめへの想いを綴った夢小説……!
「待ちなさい! 私の世界を荒らさないで。今すぐここから出ていきなさい!」
翡翠の扇で追い風を巻き起こす。暗い投稿の渦を越えて、逃げ回る男を追いかける。
どこへ行った? 何を見られた? 怖い。苦しい。早くあいつを捕まえて。一件でも投稿内容を持ち出されれば、私の知らない場所へ転載されて晒し者にされれば、私はもう現実の中でまともに生きていけなくなる。
「誰か、誰か来て、泥棒よ! 侵入者よ!」
その矛盾した叫びは、私の狭い領域を越えて、デンシる全域に響き渡ったような気がした。
***@p_jet8blizzard
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