Rはちゃっかりローマに家購入してる設定。お金稼ぎは割りと(めっちゃ)得意。
前の話
@acbh_dmc4
一人だけローマに帰ってきてしまうものと思っていたが、隣にはあの子が居た。
何だ、時間軸が捩れて、一緒に帰ってこれたのか。
だがあの狼の世界で、この男は性懲りもなくあの狼男と散々楽しんできたのだ。
しかもヴァンパイアの世界で、私と和やかな時間を過ごしたそのすぐ後だ。
あのせいで寂しさが募って思わず好きにされる隙を作らせたのは私なのだろうが、それはそれ。
少しだけでも私に義理立てするくらい出来ないのか。まったく昔の私ときたら堪え性のない……
自分勝手で滑稽な憤りを感じつつ、意識のないエツィオを抱き上げ、ローマに購入していた自分の屋敷へと帰って彼をベッドへと横たえる。
目を覚ましたら覚えて置けよ、と宣戦布告をかねて彼の寝顔に口付ける。
自身も疲労を感じて彼の隣に横になるとすぐに眠りに落ちた。
息苦しさに目を覚ます。
すっかり日も落ち、辺りは暗い。
だが、喉を圧迫する苦しさと、己の上に跨る見覚えのある黒い影を見上げて完全に覚醒した。
エツィオ?
「ここはっ!どこだ!!俺の村はどこに行った!!!」
「?…エツィオ?」
「何故俺の名を知っている?!」
「グッ…落ち着け…っ!どうしたと言うんだ?」
気道が狭まり息がうまく吸えない。
目の前の興奮している男が歯を剥き、が鳴り立てる。
その鋭い犬歯を見て、あのヴァンパイアを思い出す。
しかし、あのヴァンパイアは感情を表に出すことはなく、とても静かでとても弱い。
こんなに力強く、私の首を折る勢いで締め上げたりできるはずがない。
どうにも押しのけることも出来ず、酸欠状態になり頭が熱くなる。
参ったと言うように彼の腕を強めに叩く。
私の状態を不思議そうに見つめていた男がゆっくりと腕から力を抜いた。
「殺す気かっ!」
咳き込みながら開放された喉を押さえて非難する。
酸欠状態で息も絶え絶えになっていると、その男はこちらに顔を近付けて犬のように匂いを嗅いできた。
「お前は、あの猟師ではないのか?匂いが違う。人間の匂いだ」
「……猟師?猟師とは…まさかあの世界のことか…」
きょとんとした顔になる。
これが噂に聞く人狼というやつか。
私のエツィオに似ている。と言うことは、これがあの世界でのあの子だ。
まさか、エツィオの代わりに人狼がこの世界に入り込むとは…どう説明をしたものか。
思わず頭を抱える。
あの世界に居たのは数日程度だったが、帰りは導師が迎えに来てくれた。
林檎を片手に持っていたし、そもそも異世界への旅はその林檎が齎した物だ。
サイドテーブルへとぞんざいに置いた林檎を手に取る。
心の中で林檎へと語りかけるが、どうしたわけか林檎は熱を持たず、沈黙を貫いている。
随分と力を使ったし、もしかしたら力が切れてしまったのか?!
意味はないが、林檎を叩いてみる。
もう一度林檎を握りなおし念じる。
何も起こらない。
「おい!さっきっから何をやっている!俺を戻せ!帰らせろ!!」
「そう思っているのだが…どうしたものか、道がふさがれてしまっている」
「道?…どういう…」
狼が私の手の中の林檎を認めると、ものすごい速さでそれを奪い取った。
彼の力もさることながら、その素早い身のこなしで私は防ぐこともままならない。
風のように攫って、部屋の隅へと飛びずさると、僅かに体毛を逆立ててこちらを威嚇する。
ああ、本当に狼なのだなと妙な関心をしつつ、思わずぽかんと彼を眺める。
狼は手にした林檎を両手で大事そうに抱えると、何事か集中し始めた。
きっと心の中で林檎に語りかけているのだろう。
数分そうして林檎と睨み合っていたが、急に興味を失ったようにため息をつくと、手の林檎を私に放ってよこした。
「偽者か。この形をどう覚えたのだか知らんが、紛い物を作って俺に隙でも作らせるつもりだったか」
「……いや、そういうわけでは…」
「とにかく!俺を帰せ!」
「帰したいのは山々だが、私もどうすれば良いのか…お前の言う紛い物の林檎をどうにかすればきっと道もまた開くとは思うが…」
「なに?」
「コレは、ちゃんと動くよ。これからもコレは使うことになる。だが、今は沈黙している。力が一時的になくなってしまったのか…
とにかく、コレをまた復活してやらねばどうにもならない。当てはまぁ、あるからそこを当たってみようと思う」
「なら直ぐにその当てとやらに会いに行け」
「お前はどうする?ここで留守番しているか?」
「…………着いて行く」
苦々しい表情の彼は、とにかく必死に現状から脱しようとしている。
外を見やればとっぷりと暗い。
宵張りに果たしてレオナルドは起きているだろうかと思案する。
狼にももしかしたら当てはすでに夢の中かもしれないし、私もだいぶ疲れているのだが…と念のために訴えたが、寝ているなら叩き起こせとの男らしい返答に溜息も出ない。
果たして、眠っているレオナルドを叩き起こし、林檎のことを尋ねようとしたらまたも狼が興奮し始めた。
「レオナルド!お前もここに来ていたのか!!」
「エツィオ!はい、ボルジアに従わされて…ご存知でしょう?」
「ボルジアに?!あの下種野郎!レオナルドをこんな酷い所に連れ去るとは…っ!!」
「待て待て。似ているが別人だぞ?もっとよく観察してみろ」
「………どういうことだ…」
「まぁ、追々だな説明してやるから。まずはお前が帰る算段を相談しなければ。せっかく起こしてしまったのだし」
レオナルドが出てくるのなら無理やり起こしたりしなかったのにとぶーたれる狼を他所に、腰に下げた袋から林檎を取り出す。
向こうの世界でも彼とは親友なのだなと嬉しく思いつつ、林檎のことを相談する。
それはロドリゴに取り上げられた林檎!と飛びつく勢いで林檎に近寄る。
しかし、聡明な彼は林檎に触れることなく私の手からまじまじと観察すると、模様が違う、コレは別の林檎ですね!と興奮も露にきらきらとした目を私に向けた。
懐かしい若い彼のその様子に思わず微笑ましくなり失笑する。
ああでもないこうでもないと彼の頭に浮かぶアイデアをそのまま口にしながら悩み続ける彼に狼も嬉しそうに眺めている。
私は結構眠ったはずだが、血は足りないわ疲れがたまっているわで、徐々に舟をこぎ始めた。
そうだ!との突然の大声でビクリと体が揺れてこちらも目を覚ます。
思わずあたりを確認して、狼にジト目で小突かれる。
仕方ないだろう、と目で訴えてからレオナルドに向き合うと、かれは興奮気味にまくし立てた。
「何かこう、動力を補給する装置のようなものがあると思うのですが、そういった施設や林檎と対になっている杖があれば」
「ふむ。そうか。コレ自体をどうこうすることは我々には無理かな」
「現状では」
「そうか。分かった。世話を掛けたな」
「心当たりがおありで?」
「いいや。しかし、少し休ませればもしかしたら復活するかもしれない。様子を見よう」
釈然としない顔のレオナルドに礼を言い、その家を離れる。
狼は渋ったが、林檎と私の動向が気になるのだろう。
エツィオに似たこの狼をレオナルドの家においておくことも出来ないし、とりあえずは私に従い着いてきた。
「おい!何も解決してないじゃないか!」
「……いいや?一応、レオナルドにはああ言ったが、これの力を補充できそうな検討はついている。この林檎はこの時代のものではないし、
きっと大丈夫だろう。奪われることはない」
「?…おい、もっと分かるように話せ」
少し面倒に思い、手をぞんざいに振る。
疲れてはいるが、それ以上に私もエツィオが恋しい。
ただでさえ限られた時間を彼と可能な限り一緒に、親密に過ごしたい私にはこの離れている時間が惜しい。
いつこのローマからコンスタンティノープルへ戻されるか分からないのだから、さっさと林檎をどうにかしなければ、と私は真っ直ぐコロッセオへと向かった。
崩れていても壮言なコロッセオの概観に狼は感嘆の声を上げた。
私はコロッセオの中心部、遥か古代の神殿へと迷わずに足を進め、あの中心の台へと林檎を安置した。
狼が息を呑む。
彼の反応には気になるものがあったが、ひとまずはこのまま林檎を休ませるのみだ。
神殿を後にしようとしたが、狼はその場から動かない。
不思議に思い、声をかけたが狼は神妙な顔をして、こちらに向き直り尋ねてきた。
「何故この神殿が人間の世界にある?これは我ら人狼が守る神殿の一つのはずだ。何故ここが人間の手に落ちた」
「ここの存在を知っているのは私だけだ。多分な。誰でも入れるわけではない。人間の手に落ちた訳ではないと思うが」
「俺はここに残る」
「……構わんが、寝床も食事もないぞ?」
「………」
恨みがましくこちらを見やる狼に肩を竦めて見せる。
とにかく任務は完了したのだし帰りたい。
私のエツィオではないのなら一々親切にする気も起きない。まぁ、気が済んだら戻ってくればいいさと背を向ければ、狼が渋々ついてくる気配がした。
素直じゃないのはどこのあの子も共通だな、と思いつつ歩調を緩める。
とにかく今日は疲れた。
明日もだらだらと午睡を貪っても罰は当たらんだろう。
窓から差し込む光が眩しい。
しかししつこく毛布を頭から被り、ひたすら眠り続ける私の頭に衝撃が襲った。
毛布をはがされべしべしと執拗に叩かれいい加減起きろと元気な声でせがまれる。
ううぅ…と呻き声を上げて促されるままベッドから起き上がる。
目をショボショボさせてベッドに腰掛けたまま舟をこげば、両肩に手を掛けられがくがくと揺さぶられつつ、喧しい声で再度覚醒を促される。
ああ、喧しい狼だ。
「飯は食べたのか?」
「テーブルに置いてあったのを適当に食べた」
「そうか。じゃあ私を起こす理由はないな」
「おい馬鹿寝るな!!神殿に行きたい!」
「道は覚えているだろう?一人で行って来ればいいじゃないか」
「……人間に追われたらどうするんだ」
「追われないよ……ん?いや、追われるか。テンプル騎士団には…。あー…それにあの神殿のことを誰かに知られるわけにはいかないな…
あそこに行くのは真夜中の人の居ない時間帯にしなさい」
「………む…」
今日は休業だ。そう宣言すれば不満そうな顔でむくれる。
心なし膨れた頬を指で突いてやれば、バシッと手を叩かれた。痛い。
しかし、そろそろ起きてもいい頃だろう。
一連のやり取りで多少目が覚めたので、自分も軽く朝食をとり、身支度を整える。
「なぁ、狼エツィオ。ちょっと外を散策してみるか?ここに籠もっていても仕方ないし」
「襲われたらどうするんだ」
「お前の力なら襲われても返り討ちに出来るだろう。そんなに心配するな」
「人狼とばれたら?」
「それはバレない様にしろ」
シレっと言い放てば、狼は絶句したと言わんばかりの呆れた顔をする。
人が親切で街を案内しようと言っているのに失礼なやつだ。
まぁ、行きたくないならいいんだ。無理にとは言わないといって狼に背を向け扉まで歩いていくと、狼に服の裾を掴まれた。
「……行かない、とは…言ってない…」
「………」
この狼は案外単純で扱いやすいのかもしれない。彼の扱い方をなんとなく察して、何食わぬ顔で頷いてみせる。
扉を開いてやり、お先にどうぞ、と右腕を広げてやる。
心なし狼が警戒して私の隣を通り過ぎる。
いきなり知らない土地に放り込まれたら誰だって心細いものだ。
そんな中に、不本意でも自分の知る存在が近くに居ると言うことは多少なり心強い。
本当は私になど頼りたくないのかもしれんが、致し方ない。
過去、狼の世界やヴァンパイアの世界に飛ばされた時の心細さを思い返して、多少はこの狼に優しくしてやろうと決め、後に続いた。
しかしこの狼は、あの世界の“今の”私に異常なまでの執着を向けられていた。
思うに一目惚れでもされて、不器用で間違ったアプローチのされ方をしているのだろうと思ったが、この狼はあの男のことをどう思っているのか。
ふと疑問に思って、狼に露天の食べ物を与えたついでに聞いてみた。
猟師の話を振ると、露骨に嫌そうな顔をして渡したクッキーを不味そうに齧る。
どうやら私とあの猟師は別人だと理解はしているようで、あの男の事か…と細々と語り始めた。
「あいつは…不気味だと思う」
「不気味?」
「人間の匂いと、獣の匂いがする…」
「狼の匂い、ってやつか?確かあの男はハーフだったな」
「何?会った事があるのか?」
「ああ、昔な。それで、お前はアイツに追われてるんだろう?」
「……というか、多分アレの家族を守るために俺の命を狙っているんだろう。俺はアイツの連れていた少年が欲しい」
「……ああ、私たちよりも泥沼だな…」
少年と言うと、多分一番年下のエツィオのことだ。
まさかそうくるとは…いや、大概私たちも、年下の自分に心を奪われ、強引に関係を強いる年上の私は、特に良くは思っていないものだったが。
しかし、私たちは同じ存在だ。
お互いの心のあり方が分かりすぎるくらいに分かるし、最終的には受け入れる。
だが、育ちも考え方もまるで違う別の世界の私たちは、下手に拗れればきっと不幸の連鎖を続けてしまう。
それどころか、命を失う可能性だってある。
ヴァンパイアの世界では羨ましく、此方の心が翳る程に愛し合っていたが、こちらの狼の世界は…私ですら心配になる程に不穏なものを感じる。
しかしな、と思い直す。
私があの猟師に愛され、私も彼を導師に見立てて心を返してやって、あの男は多少変わったはずだ。
あの男にどうしたら狼が手に入るのか、適当にアドバイスもした。
心を凍てつかせているあの男に、少しでも心を熔かしてやれればと。
同情心からではあったが、彼を否定せず受け入れてやってから、柔らかい顔をするようになったと思う。
僅かな時間しか彼と過ごしていなかったが、多少は変わったはずだ。
「あの男はお前を殺したいのではないと思うが。どうも心を通わせたいと思っているように感じたが」
「心を…?…何故」
「惚れられたんじゃないかな?」
「……俺は男だぞ」
「お前が狙っている者も男では?」
「………」
「理屈ではないのだろう」
この想いは、理屈では通らない。
不毛な関係だと言うことは百も承知しているし、未来で結ばれる事がないのも知っている。
どんなに愛しても、それは独りよがりなものでしかなく、やはり私は愛を得ることは出来ないのかもしれない。
ツキリと胸が軋む。
今すぐにあの子に逢いたいと想う。
結ばれる事がないのなら…心を通わし、愛し愛されることが出来ないのなら、せめて触れ合っていたい。
彼を、可能な限り見つめていたい…
狼が少し驚いたように此方を見つめている。
私の顔に何かついているのか?とあまりにも見つめられるので聞いてみたが、狼は少し難しそうな顔をして、彼の手に握られていたクッキーを私の口に押し込んできた。
どうしたのだ?
「うまいものでも食えば、そのしょぼくれた顔が元に戻るかと…」
「…そんなに顔に出ていたか?」
「………」
「気を使わせたな。すまない」
「……別に」
色々と街を歩き回って、夕食を酒場で取り、辺りがすっかり暗くなってから家へと戻る。
長いこと外を歩いてから腹もくちて流石に狼も疲れたのだろう、ベッドに倒れこむように横になると、うとうとと瞼を閉じてしまった。
この後あの神殿に行きたいのではないだろうか、とチラと思ったが、確かに今日は少々疲れた。
真夜中に起こしてやればいいか、と狼を寝室に残し、蝋燭に火を灯してダイニングで羊皮紙を広げた。
日課のようなものだ。エツィオに愛の言葉を綴る。
読まれぬとは分かっている手紙を書く。
この手紙は読まれることはないが、あの子が私となったときに、手紙の内容を知ることになる。
親愛なる年若いエツィオ…
今私はお前の生きるローマに居るのに、ここにお前が居なくてとても寂しい…
おや?と思う。
この手紙の内容は知っている。
そういえばあの世界から帰ってきて、導師に折檻という名の触れ合いでこの屋敷に引っ張り込まれて、いつもの通り先に目覚めて宿へと帰ろうとしたときに見つけたのだ。
封をされていなかったが、いつもの愛の手紙だと思い、たまには読んでやるかとそれを手にしたのだ。
内容はコレと同じもので、しかし今寝室に居る狼のことは何一つとして書いていなかった。
だから今の私も、まさかあの狼がエツィオに変わって一緒にここに来ることは知り得なかった……
手紙を再度手に取り、じっくりと読み返す。
うん、確かに狼の気配は1文もない。
この手紙を書くときには、私はあの子の事しか頭になかったのだ。
もしかしたら重要かもしれないほかの世界の者の介入も、この胸に去来するあの子への真摯な想いが全てを払いのけてしまう。
我ながらどれだけあの子に執心しているのか…思わず苦笑が漏れる。
あの子のことを考えるだけで、そして同時にあの人のことを思うだけで私の心は一杯になってしまう。
苦しくて甘くて堪らない……
思わず右手で顔を覆い、次いで髭を撫でて大きなため息をつく。
まったく、呑気に他の者にこの身を好きにさせている間に、あの人はこんなにも私を想っていてくれていたと言うのに……
「……どうしたんだ?」
急に声をかけられてビクリと肩が揺れた。
何の気配も感じさせずに狼エツィオが傍らに立っていた。
彼を見上げると、彼は私が今しがた確認していた手紙を手に取ると、それを眺めた。
「恋文か…恋人にでも宛てたものか」
「……いいや、片思いの相手に、かな」
「………」
「年甲斐もなく、切なさに身を焦がされる毎日だよ」
苦笑して見せるが、狼は至極まじめな顔をして、唇を引き結ぶ。
「……面白くない」
「ん?」
「書き直せ」
「手紙を?」
「ああ。書き直せ。これはイマイチだ」
「……そうかな。まぁ、別に技巧を披露する為のものではないし私の心が伝わればそれで…」
「いいから書き直せよ!」
クシャリと狼の手の中で羊皮紙が音を立て握り潰される。
流石に少しムッとして狼を嗜める。
しかし、狼は頑として潰された手紙を返そうとはせず、もう一度書き直せと言い張るだけだった。
立ち上がり狼に近寄る。
ひたすら此方に視線を合わせようとしない狼の顎を取ってこちらを向かせる。
睨むように一瞬だけ目を合わせた狼はまたさっと視線を下に逸らした。
狼の手は手紙を握り締めたまま放そうとしない。
仕方なくため息をついて彼の肩をポンポンと叩いて外を見る。
人気のない静かな夜だ。
「神殿に行くか?もしかしたら林檎の力が戻っているかも…」
「…一人で行け」
「……何を怒っている?昼間あんなに神殿に行きたいと駄々を捏ねていたのに…」
「うるさい!早く見て来い!俺は…寝る」
老体に鞭打つとは酷いやつだとおどけながら狼の横を通り過ぎる。
背後から舌打ちの音が聞こえ、何をそんなに怒っているのかと首を傾げながらコロッセオへと向かった。
*******
翌朝、またも狼にたたき起こされ、もそもそと朝食を食べて昨日の神殿での話しをした。
結果から言うと、林檎はまだ力を復活出来ずにおり、暫くはあそこに安置しておく他ないだろうという見解だ。
それに興味なさそうにフンと鼻を鳴らしたきりで、窓の外を眺める狼に内心やれやれとため息をついた。
難しい子だ。こうも頑なだと、あの猟師もきっと私以上に無理強いをすることだろう。
なんせ一度は半狼となり、腹が膨れるほど注がれたことが……
あ、なんだかムカムカして来た……エツィオのやつ、帰ってきたら覚えとけよ…
「何故あの猟師みたいな顔をする?」
「……ん?」
「凄い顔してたぞ今」
「……ああ、すまない。ちょっと思い出し怒りを……」
何を思い出したらあんな恐ろしげな顔になるんだ…と狼に呟かれ、思わず眉間を伸ばすように指で揉む。
今日は教団に顔を出してみるかな、と一人ごちれば狼が反応した。
「俺はどうすればいい」
「ついてきてもいいし、一般人の振りをして外に遊びに出てもいいぞ。アサシンローブじゃなければそんなに目立たんだろう」
「………ついて行く」
「…いいが、お前に馴染みのある顔があっても別人だぞ?」
「……分かっている」
気難しい顔をしてそっぽを向く。だが、此方の視線が外れると、此方の動向を注意深く見つめてくる。
昨日からどうも狼の態度に変化が出てきて、少々落ち着かない。
何を考えているのか……そういえば昨夜書いた手紙が無くなっていた。
もしかしたら捨てられたかな、と思いまた書き直すことにしようとため息をついた。
マキャベリと会い、エツィオの調子が悪いので今日からしばらく私が一緒に行動する、また行動の判断は私がすると伝え、本日の任務へと赴く。
狼にはここでのエツィオの立場や境遇を軽く説明し、暇なら任務に付き合えと同行させた。
人狼の身体能力はそれはもう見事なもので、指示するとそれ以上の働きを見せた。
無事に任務を遂行し、弟子たちに指示の鳩を飛ばすとマキャベリに報告して支部内でしばし歓談の流れとなった。
狼の世界ではマキャベリも人狼側のようで、最初花が咲くようにマキャベリに対して顔を緩めかけたが、私が視線をやるとグッと抑えてまたそっぽを向いた。
それにマキャベリの硬質な態度も狼の戸惑いを生んだ。
お茶を入れに行く途中で狼が後に続き、手伝いがてらマキャベリについて訊ねて来た。
「ここのエツィオという男とマキャベリは険悪な仲なのか?目も合わせてくれない」
「あー、うん。今はちょっと喧嘩中…なのかな……ちょっと苦しい時期でなぁ。だが直ぐに仲直りするよ」
「………そうか」
「変に気を回して早めに仲直りさせようとかするなよ?余計拗れそうだからな」
「……し、しないっ!」
心なしかしょぼくれた狼の頭をポンポンと撫でる。
特に抵抗もされず視線が此方にあがり、目が合うと笑んで大丈夫だと囁いた。
狼はぽかんと私の顔を凝視すると、僅かに頬を赤らめ、戸惑いがちにまた視線を下げた。
おや、と思ったがまぁ、私のエツィオではないしと気に留めないこととした。
一緒に作戦室へと戻る。
そこにマキャベリの姿は無く、また誰にも相談せずに一人任務に赴いたのかとため息をつく。
あの男も大概頑固だ。
教団の不和を感じているにも拘らず、内部の密通者に悟らせぬよう気にして誰にも頼らない。
若い私に対して腹を立て、相談もせず…マキャベリにしてはこの時期は感情的に動いていたものだ。
まぁ、これがあったから教団の結束も強いものとなったのだが、外から見ていると歯がゆく、ハラハラさせられる。
居なくなったマキャベリに気付き、またしょんぼりとする狼エツィオを促し席に着く。
しかしテーブルの端に、マキャベリの心づけなのだろう、袋に詰められた美味そうな菓子が置いてあった。
それを見て思わず笑む。
狼を振り返り、気落ちしている彼の頭を撫でて袋の菓子を彼に手渡した。
「あの男は少々融通が利かないが、決して悪い男ではない。それに心から信用してくれているからこそ、語らないのだ。お前の世界でもそうなのだろう?」
狼に聞けば、狼は真っ直ぐ私を見つめ、微笑し頷いた。
テベル塔で和やかにお茶をした後、集まってきた弟子達とも歓談し、なんだかんだと技のアドバイスやささやかな悩みを聞き、午後を過ごした。
その間中、何故か狼は私にぴったりと寄り添い、ずっと観察されていた。
……懐かれたのだろうか?
イヌ科の動物は情が厚いというし、そう思うとこの狼も可愛く思えてしまう。
翌朝の朝食を買出しに外を歩く際、狼が私の後ろを着いて歩くが、私の飾り帯をずっと握っている。
狼を振り返れば何食わぬ顔で帯を放す様が微笑ましい。
両手が塞がり帯を持てなくなればどうするかと思い、ここ2日の老体酷使を理由に全ての荷物を持たせれば、私の隣に並び立って身を寄せ歩いた。
歩きにくいぞと苦笑して言えば、ならアンタも荷物を持て!と噛み付かれ、半分荷物を持ってやれば、しっかりと私の手を握って来た。
やけくそ気味に手を握ってくる狼は、しかし少しだけ満足そうな顔をしていた。
なんだ手を繋ぎたかったのか?と思い、狼の手を握り返してやれば、何故か爆発したように顔を赤くした。
家に着き、手を離す。
狼が至極残念そうに私の離された手を見つめる。
その姿を見、これはただ単に懐かれただけではないのではないかと思い至った。
ついつい楽しい反応が返ってくるからと、悪戯に触れるのを自重しようと心に決める。
確かに愛しい者の姿をしている狼だが、私が欲しいのはあの子だけだ。
買った物を棚に仕舞う際も、まるで子供のように私にくっつき、近さに内心で焦りながら仕舞うのを手伝うように言いつける。
物を渡すときびきび働いては、指示を待つように得意気に私を見つめた。
動物を飼った事はないが、犬を飼ったらこんな感じかと思い、思わず礼と共に彼の頭を撫でてハッとする。
とても嬉しそうに撫でられる彼に、少々危機感を覚える。
「夕飯はどうする。外に行くか、それとも…」
「さっき買い込んだ食糧があるだろ。朝の分だけじゃないと思ったが」
「…まぁ、そうだな」
二人きりでいるのは拙いのではないだろうか。
態度が好意的になったのは良いのだが、この狼の懐きようがどうも親愛以外の情がありそうで落ち着かない。
私が求めるのは確かにこの世界のエツィオではあるが、愛しい彼にそっくりな狼に、万が一求められ、そして私の理性がグラついてしまう事が無いともいえない。
ぐるぐるとそんなことを考えながら、夕食の支度をしていたら、ポンポンと狼に背中を叩かれた。
「なんだ。そんなに外で食べたかったのか?ならこんなに買い込むなよ」
「ああ…いや、そうだな。じゃあ、皿を出してくれるか」
「わかった」
鼻歌交じりに狼が指示されたことを的確にこなしていく。
私はまた顔に出ていたのかと、内心自分の成長の無さにがっかりしながら夕飯の支度を進めた。
「もうそろそろ神殿に行くか」
「……別にそう毎日見に行かなくて良いんじゃないか。どうせ今日も空振りだろ」
「……何故そう思う?」
「勘だ」
自信満々で適当なことを言う狼に呆れてみせる。
あんなに帰りたがったお前はどこに行ったんだとため息をつけば、もう戻れなくても良いと返された。
狼を見やる。
すまし顔の狼は、行儀良く出された夕食を黙々と食べる。
狼に先ほどの言の真意を聞こうと口を開きかけたら、スープを一口飲んで盛大に顔を顰めた。
どうやら人狼に豆は良くない食べ物のようで、私のほうに器を寄越すと、そんなものを食べると腹を悪くすると言って手元の肉にフォークを刺した。
腹もくちて、各々寛ぐ。
本を片手に椅子へと座れば、子犬のように後をついて回る狼が、私の前に立った。
彼は何かを決意したように真剣な眼差しで私を見つめると、私の傍まで歩み寄り、床に膝を着いて私の膝に彼の頭を乗せた。
「貴方を俺の主人にする」
「主人?それはどういう…」
「貴方にお仕えします。俺を傍においてください」
切羽詰ったような、切ない顔でそう懇願され、呆気にとられる。
つい先程警戒しようと心に決めたばかりで、何をどうするかまでは考えていなかった。
二の句が告げず、ポカンと狼を見つめて、搾り出すように疑問を投げる。
「……君には、元の世界で手に入れたい者がいたのでは?」
「淡い想いでしたし、こんな風に胸が温かくなることはなかった。人狼は生涯の伴侶を決めたら一生その者と添い遂げます。ですが、それが人であった場合、その方に生涯仕えるのです」
「…知っているだろうが、私には愛する者がいる。君を恋人として想ってやることは出来ないぞ」
「ではその者が居なくなれば、俺を想ってくれるか?」
「エツィオを殺すつもりか?ならば私も共に死ぬだろう」
狼が拗ねた子供のように私を見上げる。
私は溜息をついて狼の頭に手を載せさらりと髪を撫でた。
一人あべこべな世界へと飛ばされ、事情を知っている者に助けられて、それを恋心と間違えているのだ。
誰でも心細い所に救いの手があればそれに縋ってしまう。
勘違いもするだろう。
そう諭すが、狼はますます不機嫌な顔をして馬鹿にするなと噛み付いた。
「そんな事で貴方を欲しいと思ったのではない!俺は元々故郷を捨てるつもりで街に降りた。だからどこに居ようとも構わなかった。心細いなんて気持ちは、あっても僅かだ。そんなものすぐになくなった!
あんたが俺にお節介にも構ってきて、それが不快じゃなかったし、暖かい気持ちになったからだ。貴方といれば幸せになれると思ったんだ」
「だが、私はお前を幸せには出来ないよ」
「何故だ!俺はアンタが欲しい!俺を受け入れろ!」
「子供のように駄々を捏ねるな。それに人の心はそんなに簡単なものではない」
「ならいい、力尽くで俺のものにする!」
椅子から引き倒されて、馬乗りにされる。
私の腕を力強い腕が押さえ込み、無理やり口付けられる。
今日一日の彼を見てきて、人外のものに力で勝てるとは思っていない。
私は無駄な抵抗はせずに目を瞑り、溜息を零して彼から顔を背けた。
嫌なものだが、私自身奪われ好きにされることには慣れていた…
一切の抵抗をされず、困惑した狼が私を見下ろす。
「何故抵抗しない?」
「抵抗したところで君に勝てるとは思っていない」
不機嫌にそう返せば狼がうろたえるのが分かった。
私は心底冷めた目で彼を見やり、ただ無言で彼の動向を見つめていた。
蔑んだような目で見られ、狼がそろりと私の腕を放す。
叱られた子供のように頼りなげな顔をして私の胸に項垂れる。
ギュウと服を握られ、気まずそうにしながらも、私にしがみ付いて離れない。
「安易な道をとれば、取り返しがつかなくなることを私は知っている」
溜息混じりに彼を宥めるように背を叩く。
私はどうしたってあのエツィオが欲しいのだ。
例え別個に存在していようと、私が愛しいと思うのはあのヴァンピーロでもこの狼でもない。
神の悪戯か悪魔の意思か、複雑に絡まりあって捩れた時間軸で邂逅してしまった私と、孤独に身を震わせている過去の"私"。
私の痛みそのものである、あの存在が愛おしい。
「貴方に恋をしてしまった、俺はどうしたらいいんだ…」
「……幸い、お前の世界には私と同じような存在が居るだろう?」
「でも、アイツは貴方のように優しくなさそうだ」
「いいや。確かに無骨だが、きっと君を愛すればあの男も変わる。愛しいものには、優しくしたくなるだろう?」
彼を抱えて起き上がる。
私に視線を合わせず下向く彼の顎を取り、顔を上げさせる。
子供のように拗ねる彼に苦笑して額にキスを贈る。
唇を尖らせて子ども扱いに不平を呟くが、素直に反省したようで大人しくしていた。
「今夜は一緒に眠りたい…」
「……良いが、私は何もせんぞ?」
「それでも、そのうち気が変わるかもしれない」
「…ふ、そうなると良いがな」
あの子も、これくらい素直になってくれればいいのにと思い、苦笑しながら立ち上がる。
切なそうな顔で私の手を握る狼を密かに愛しく想い、またあの子が今ここに居ない事を寂しく想った。
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