カオス4
ラブラブなヴァンパロと険悪関係のヴァンピーロの世界のBHが交換されちゃう話。
血を飲むと相手の記憶と心が共有される。ヴァンピーロだけど別に太陽の光とか平気。
→第二話
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眩い光が炸裂し、目の前の愛しい妻の体が床にくず折れた。
ぐったりと横たわり意識を飛ばしている。
私はこの状況に青ざめ、彼を抱き上げてすぐさまベッドへと運んだ。
ベッドへと運び、彼を横たえてもっとよく状態を見ようと彼の顔を覗き込む。
するとエツィオは直ぐに目を覚ました。
彼の片頬に手のひらを当て、親指で彼の滑かな肌を撫でる。
彼は私を一目見ると、僅かに眉根を寄せ少々不機嫌そうな雰囲気を醸し出した。
何か身体に障っているのだろうか?
「大丈夫か?何か欲しいものはあるか?」
「……血を…」
「何?」
少々驚いて彼に聞く。
しかし本当に血を欲しているようで、不思議そうな顔をして私を見詰めた。
そんなに体調が悪いのだろうか?普段めったに欲しいとは言わない血を欲する等、今までになかった事だ。
しかしそれならば早く彼の渇きを癒してやらねば。きっと何か持っていかれてしまったものがあるはずだ。
私はすぐさま部屋の扉を空け、使用人を呼び血のオーダーをした。
序に急使を頼み、教皇に暫くの暇を頼む事にする。
直ぐに使用人が持って来た血の入ったビンとグラスを受け取り彼の元へと戻る。
彼は私の手元のビンとグラスを不思議そうに眺めていたが、ひとまずは彼に血の提供をとグラスに注ぎ手渡してやった。
グラスに彼が口をつける前に馨を確かめる。
次いで旨そうにそれを飲み干す姿に私は違和感しか覚えなかった。
彼はいつも血を飲むときは無感情に、そしてあまり好いていないように感じるからだ。
「エツィオ?本当に大丈夫か?何か身体が辛いとか、他にないか?」
「ええ、特には…それよりもアンタのその態度のほうが気色悪い。何を企んでいるんだ?」
「エツィオ?」
フン、と皮肉げに笑う。
蔑んだ様な表情ではあるが、いつもの妻とは違い、豊かに動く眉や目元、口元に表される表情に驚く。
人間であったときの彼でも、そのような表情を見たことはなかったが、彼がそれまで生業として来た組織で、そのような顔をして来たのだろうことは想像に難くない。
私の困惑した顔が不思議だったのだろう、いぶかしんだ顔をして私を「ヴァンピーロ?」と呼んだ。
記憶が混濁しているわけではない。明らかにこれは「別人」であった。
マキャベリから送られて来たあの本に秘密が隠されている。
確かあの本を寄越してくる前にマキャベリが手紙に綴っていた事を思い出す。
あの本は「時を司る」とマキャベリからの手紙には綴られていた。
もし、これが「時」ではなく、「次元」だとすれば…
「すまない。使用人をつけるから、何かあれば頼みなさい。私は先ほどの書斎に居るから」
「………」
「念のため忠告しておく。人を襲う事はならんぞ?」
「貴方ではあるまいし…」
妻の姿で冷たく皮肉げに嗤うその姿を、見ていたくはないと思った。
******
目を覚ますと、またいつもの様に領主に揺さぶられていた。
彼が怒った時によくされるように乱暴な所作で嬲る様に抱かれる。
俺はまた何か間違えてしまったのか、そう思い胸に悲しみが過ぎる。
いつもいつも俺は彼の足を引っ張ってばかりだ。
せめて彼の気が済むようにと彼の好きにさせる。言う事は何でも聞いて、怒り任せでも触れられていることに安堵しながら彼を浅ましく求めてしまう。
しかし、いつも怒りで長くなる行為とは違い、数度の交わりで許してくれた。
「領主…俺は、また何か失敗をしたのでしょうか…」
「ああ、そうだ。私からまたも逃げようとしたのだ。どこにも逃げられはしないというのに」
「逃げる?俺はもう貴方から逃げたりしません」
「では何故あの本を手に取った。無駄だが、一縷の望みを託していたのではないのか?」
「あの本?マキャベリ様から送られて来たあの本ですか?」
「何故マキャベリを知っている?」
「貴方が以前俺と会わせて下さったんじゃありませんか。でも、そうなのですね。あの本は何かそういう内容が書かれていたと」
領主が眉根を寄せ、いぶかしんだ顔をする。
また俺は何か変な事でも言ったのだろうか?
ヴァンピーロになってからどうにも思うようにいかない事が増えた。
完全な変化ではないから不自由さが残っているが、それを差し引いても人の血を摂取する行為が好きになれず、完全なヴァンピーロとなる事を保留にしてもらっている。
領主のように力を蓄える為に最初にたくさん摂取すれば良いのだろうがやはり抵抗は拭えない。
甘えるように彼の胸に抱きついて香りを吸い込む。
血の匂いがいつもより強い。
俺とする前に食事をしたのだろうか?
「そうやって媚を売れば赦されると思っているのか?」
「っ…」
初めて領主に拒絶され、嫌われてしまったのかと絶望にも似た悲しみに目の前が暗くなる。
いつもは怒りにもっと長く、苦しくて辛くなっても止めてもらえないほど求められるのにそれがなかった。
きっとこの人は俺に愛想をつかせてしまったのだ。
そろりと彼から手を離す。
もし俺に触られるのも嫌なのだとしたら、ここに居てはいけない。
直ぐに出て行こうと、彼に背を向けた。
「どこへ行く!」
「っ!!」
グイと腕を引かれ、押し倒されてまた領主が俺に覆いかぶさる。
恐ろしい顔をして俺を睨みつける。
こんな風に怒り狂った領主は初めて見る。俺はこれほどまでに彼の怒りを買ってしまったのか…
「何度言えば分かるのだ!お前は私からは逃れられない!逃げることなど不可能だと!!!」
「ですが、俺に触れられるのも嫌なくらい、腹が立っているのでしょう?俺が傍に居るのは不快なのでは?」
「うるさい!確かにお前には腹を立てている。だが、だからといって私の傍から離れる事は許さない!」
「では、傍に居ても良いのですか?」
「そうだといっている」
ホッとして身体から力を抜く。
どうやら嫌われたわけではないと知ってひとまず安堵する。
強引に口付けられ、唇で身体をなぞられる。
ひくりと刺激に敏感になった身体は快楽を拾い、この身を狂おしく攻め立てる。
ぬめぬめと温度のない柔らかい舌に臍をくじられ、あられもない声が漏れる。
思わず領主の髪に両手を差し込んでもっとと強請るように押し付けてしまう。
そして太ももの付け根に彼の鋭利な歯が差し込まれる。
どくどくと溢れる俺の血を美味そうに飲む領主を見つめる。
領主は俺の血を飲んでから止血のために唾液を傷に塗りこめるように舌を這わすと、一旦愛撫の手を止めて俺を見下ろした。
僅かに驚いたような顔になる領主に、どうしたのかと尋ねる。
しかし領主はいや、と言葉を濁したまま少しだけ何か思案するように視線を外した。
領主が俺をまた見下ろす。
するりと頬を撫でられて俺は彼の手に自ら擦り寄るように彼の手に頬を寄せた。
確かめるようなキスをされる。
どこかぎこちないその所作に、どうしたのだろうと思う。
しかし徐々にいつもの熱く深い口付けに変わり、俺は彼の与えてくれるその悦びに酔いしれた。
「……エツィオ、今回ばかりは私も腹に据えかねた。暫くは許してやることができない。お仕置きをしなければな」
「お仕置き、ですか…?」
「そうだ。お前は私のもので、どこにも逃げられない事をもう一度教えてやろう」
「どうするのです?」
「私は暫く仕事を休む。その間、お前はずっと私に愛されるのだ」
「それは、本当に仕置きなのですか?」
思わずおかしくてくすくすと笑う。
領主は少し冷たい、しかし優しい顔で微笑んで頬に口付け、そのまま耳を食み囁いた。
「ああ、仕置きだ。先ずはその両目を塞いでやろう。そして泣いて止めろと言われても、私はお前を抱き続ける」
「目隠しをするのですか?それでお腹が膨れるまで?めいっぱい膨れても許してもらえない?」
「そうだな。仕置きだからな」
それは辛そうだなと笑みながら言えば、領主は笑んで俺に口付けた。
**********
**********
あのヴァンピーロが部屋を出て、入れ替わりに女が入って来た。
あのヴァンピーロは何を企んでいるのか、いつもなら血を頼むとそのまま生きた女を放って寄越すのに、今回はビンに血を溜め、優雅にグラスなんぞで提供して来た。
しかも、直接人から吸い上げたときと変わらない鮮度だ。
いや、寧ろ作りたての血、という感じでとても美味なものだった。
ともかく、また逃げられないかと窓に近寄り、外を眺めた。
俺は自分の目を疑った。
まるで屋敷の風貌が変わっていたのだ。
手入れの行き届いた美しい庭が眼前に広がる。
そしてその奥には少しここからは遠いが、町並みのようなものが見える。
朽ちたようなものではなく、新しそうな屋根が多く見える。
門の所に目をやると、何やら業者が出入りしているのも見えた。
思わず俺は部屋を飛び出し、屋敷から外へ出て街を目指した。
沢山の人々が往来を行き来し、店は景気良く客寄せをする。
ぽかんとその光景を眺めていると、近くの花屋の男が声をかけてきた。
「奥様!本日は御自らご視察に?」
「……あ、ああ…その…奥様?」
「丁度本日お伺いして新しい肥料のお話をしようと思っていたんですよ!本日入荷しましてね。西の森の葉で作った腐葉土で…」
つらつらと土の説明をされ、適当に頷き購入を約束した。
彼の話口からどうやら支払いはあのヴァンピーロが行うとのことだったので、遠慮なくあるだけのものを頼んだ。
特に胡散臭がれもしなかったので、これは使えるのではと思い、今まで迷惑をかけられていた分を取り戻してやろうと街を遊び歩く事にした。
通りを歩けば俺の存在は知れている状態のようで、快く声をかけられる。
俺は皆に誘われるまま、色々な品を見、時には物を貰い(驚くことに貰う事のほうが多かった)大いに楽しい時を過ごせた。
人であった時でもこれほど街中を堂々と歩き回り、遊びまわるなどした事はなかった。
適当な酒屋で一休みをかねて飲み物を貰っていると、通りがざわつき始め、次いであのヴァンピーロが入って来た。
とても厳しい顔つきをして俺を見る。
何か言いがかりでもつけられるのかと思い尊大な態度で彼を見やる。
「外に出るのも良いが、出るなら付き添いの者を同行しなさい。この国は安全ではあるが、それでも何があるか分からないのだから」
「人をつける?」
「ああ。全く。アネッタが心配して飛んで来たのだぞ。店主、悪いが若い者を何名か付けてくれるか?」
この酒場の者でも良いのか…と驚いてヴァンピーロを見やると、手を引かれて店の隅で耳打ちをされた。
人を襲わない、暗くなる前には帰る、何か困った事があれば同行者に相談するか直ぐに帰ってくる事。
その子供にでもお使いを頼む大人のような過保護さで提示される条件に微妙な顔をしてしまうと、本当なら出ては欲しくないのだとため息混じりに言われた。
その後に同行者の男たちに何事か頼むと、また屋敷へ戻るから何かあればと念押しをして帰っていった。
彼に続いて酒場を出て見送る。
ヴァンピーロは周りの民に暖かくそして尊敬の眼差しを浴び、にこやかに対応してから馬車に乗り込んだ。
一瞬眼差しが合う。
切なそうな心配するような不思議な顔をするヴァンピーロに困惑した。
**
言いつけ通り、暗くなる前には酒場の若者に護衛されて屋敷へと戻った。
街では俺への好意とヴァンピーロへの敬意を端々に感じ、とても複雑な心持になっていた。
この街ではあのヴァンピーロは領主となっており、この国の教皇とも親交が深く政治にも関わっているらしい。
ひとまずここが異世界だという事は良く分かった。
そして俺はあのヴァンピーロとは夫婦という事になっているらしい。
俺が調べていた本が何かしたのは明白だった。
あのヴァンピーロを殺す為に書籍を漁っていた中にあった。
どういう事なのか詳しい状況を知る必要があると、あのヴァンピーロに会いに行くことにした。
書斎に居るといっていた。
この屋敷の間取りは元の世界と全く同じであるので、特に屋敷の者に聞く事もなく廊下を進む。
軽くノックをして書斎へ入る。
すると、見たこともない男とヴァンピーロが何やら話しこんでおり、入って来た俺を同時に振り返った。
「マキャベリ。多分この子は違う世界のエツィオだ。エツィオ、既に気付いているかもしれないが、君は全く別の世界に来ている。君は此処に来る直前にこの本を開いていたか?」
見覚えのある本を差し出される。
ひとまずは頷くと、深刻な顔をしたヴァンピーロがマキャベリと呼ばれた男へと頷いてみせる。
マキャベリはふぅむと顎をなでてヴァンピーロから本を受け取るとパラパラと中身を確かめ始めた。
いくつかこの本に関する事を質問される。
やる気なく答えると、マキャベリは眉を顰めて非難がましい口調になった。
男の態度を鼻で嗤ってやる。
「貴方は、元の世界に戻れないかもしれないのに、随分と余裕がおありのようだ」
「ああ。戻る気なんて更々無いからな。俺はこの世界が気に入った。もし俺とここに居たもう一人の俺が入れ替わりで世界に存在しなければならないなら、今すぐその本を引き裂いて焼き捨ててやる」
「それは困る」
ヴァンピーロが辛そうな顔ではっきりと訴えて来た。
俺の変わりに飛ばされた者を心から愛していると、そしてその者は誰よりも無力で守らねばいけないと苦しげに言う。
もしその世界に帰りたくないのであれば、自分が彼を追ってその世界に行くと。
「それは困ります!貴方は人とヴァンピーロの間の良き橋渡し役なのです。此処までの地位をどんな思いで築いたのか、私は傍でずっと見てきました。貴方意外に勤まらない。それに、この者の態度を見てみなさい。あまりその世界の
貴方とは折り合いが良くないようだ。代わりにこちらに来る貴方が、今の貴方と一緒だとは思えません」
「だが私にはエツィオが必要なのだ!彼が居ないなら私は生きている意味など無い!ここに居る意味など…」
ヴァンピーロが項垂れる。
もしあの子が私の居ない処で虐げられてしまっていたら、あの子に抗う術はない。
私のエゴで、あの子は子供よりも無防備で非力だ。
完全なヴァンピーロであれば回避できるはずの災厄は尽くあの子を追い詰め苦しめるだろう。
そうまるで全身の痛みを堪える様にヴァンピーロは呟いた。
その姿は思慮深く、そしてとても慈愛に満ちていた。
街で見聞きした彼の名声はとても誇り高いものだった。
そんな彼に心から愛され、そして仲睦まじく愛し合う二人を見せられたようで心が翳った。
俺の元居た世界のあの男に愛されたいとは全く思わないが、この男の心を俺に向けさせたいと思った。
俺は身に付けた魔力で領主の手にある本を奪おうと影を変化させ、本目掛けて突き出した。
領主は冷たい目をして俺の力を弾き上げると明らかな怒気を滾らせ、俺と同じように影を伸ばして俺の両手足を拘束する。
大きなため息を零し、領主はマキャベリに本を渡すと。俺を廊下へと引き摺り出した。
「君にはすまないと思うが、必ず元の世界へと帰って貰う。だがただ戻すだけでは君も抵抗をするだろう。どうだ、私が君に更なる力と戦う武器を渡す。それでその世界の私を打ち倒せばきっと平和になるだろう」
「それだけじゃない。俺は貴方も欲しい」
「何を言う。私を愛しているわけではないだろう」
「だがこの世界の俺に『貴方』を渡すのは嫌だ」
ヴァンピーロが困惑した表情を浮かべる。
強い理性を窺わせるその顔に、俺の芽生えたばかりの感情が衝動となって後押しした。
書斎の外へと締め出された直後に拘束を解かれていたのを幸いと、俺はヴァンピーロを扉に叩きつける勢いで押し倒し、彼の唇に俺の唇を重ねた。
彼の頭を掻き抱く。
完全に不意を突かれた領主は俺にされるがまま舌を吸われ唾液を啜られて吐息を漏らした。
だがヴァンピーロは俺を付き離し、厳しい顔で俺に口付けられた唇を拭う。
別世界といえど同じ人間なのだから何が気に入らないのか、俺は散々向こうのこの男に良いように犯され、好きに扱われてきた。
しかし、嫌がる素振りをされると歪んだ愉悦が心を痺れさせた。
この男を好きにしたい。
「どの道向こうでアンタの妻はあのヴァンピーロに好きなように犯されてるんだ。俺と関係を持っても良いだろ?」
「私が欲しいのはあの子だけだ。たとえ同じ存在だとしても、私の妻はあの子だけなのだ!」
「何が違うというんだ。どの道、いくらそのアンタの妻とやらに操立てしたところで、アンタの妻は他の男とイイ事しまくってんだ。妻がフシダラにしてんだからアンタだって気にするなよ」
「あの子がもし、私以外の者に奪われて居るとすれば、それは私のせいだ。あの子を守りきれなかった…私が責められたとして、あの子を責める気は無い。良いか、もう黙っていてくれ。私は君とどうなるつもりも無い!」
目の前でバタンと扉が閉まる。
少々面白くない思いをしたが、俺の世界のヴァンピーロがいつも好き放題な事をしてくれていたおかげで別段腹は立たなかった。
寧ろこの世界のヴァンピーロを手に入れることを思えば、胸が高鳴った。
きっと彼は甘く優しく抱くのだろう。
愛を囁き、魂から求めて深く愛してくれるのだろう。
なぁ、欲しいだろ?そんなの。
欲しいに決まってる。
ずっとずっと、愛される事を望んでいたのだから。
********
領主に目隠しをされるようになって随分と経つ気がする。
俺が何か失敗をして、彼の逆鱗に触れてしまってから、一切の自由を剥奪されてしまった。
しかし元々愛する彼の命に逆らう気はない。
俺は領主のモノで、彼が望むのなら永遠にこのままでも構わない。
しかし、そうは言っても気になる事は多々ある。
息子のエツィオはどうしているのか…あの子はまだまだ甘えん坊だから、俺が傍に居ないと泣いてしまう。
きっと寂しい思いをしているのに違いなく、領主が自立の為とはいえ、屋敷から長期間出すなど正気の沙汰とは思えない。
しかし何度も息子の事を訴えては彼の怒りに触れてしまう。
そのせいで苛烈に求められ、うやむやにされてしまう。
どうにかエツィオの事を聞き出せないかと色々考えてみるが、昼夜も分からない、領主は直ぐに戻ってきて俺を時間の赦す限り愛でるので何も思いつかない。
気だけが焦り、そして俺は間違え続けてしまう。
**
彼の血を飲み、彼が育んで来た別世界の私との家庭が酷く羨ましく思えた。
彼をひたすらに愛でれば、きっと同じものが手に入るのではないかと思った。
しかし彼を孕まそうとは思えなかった。
既に別の男に穢された膣で、私の種を育てさせる事はしたくなかった。
どうせなら私の子を作るならあの子がいい。
この男はあの子が帰ってくるまでの繋ぎに過ぎない。
あの子をこの世界へ戻るようにあの本を調べ、あまり反りの合わないマキャベリに手紙まで出した。
あの男は私からの手紙が届いているにもかかわらず未だに返事を寄越さない。
そしてそろそろ彼はこの世界に不信感を抱いている。
彼の血から、彼はいやに息子に執着を傾けているようだ。
それにはどうやら向こうの私も辟易しているようだが。
視力を奪い、仕置きだと吹き込んだがその息子の存在が彼に不信感を抱かせる。
まったく、この子の世界の私ときたら、随分とこの男を甘やかしている。
彼の肌を味わいながら、彼に素直に求められるのはとても気分がいい。
せめて目隠しを取ってくれとこの男に訴えられたが、少しでもこの関係を長引かせたかった。
甘く蕩けるその眼差しをずっと見て居たかった。
「はぁ、エツィオ…」
「あ、あ、りょう…しゅ……っ!」
「お前は、可愛いな。私をもっと求めてくれ…」
「んっんっ!りょう、しゅ、愛してる…貴方、を…」
身体の中心にまるで電流が走り抜けるように痺れる。
しかしそれはとても心地が良く、そして私の衝動を加速させた。
ゾクゾクと体中を歓びが駆け抜ける。
”アイシテイル”という感情は理解できないが、この男をこの瞬間食い殺して全く私の物にしてしまいたい衝動に駆られる。
そしてそれをしてしまえば、私はきっと後悔するのだろう。
一瞬の快楽のために彼を失う事を恐れる。
きっとこの男を心のまま此処でころしてしまっては、あの子は此処へ帰って来れなくなるだろう。
あの子には私の子を孕ませ、そしてその時にはこの男のように、盲目に私を”アイスル”ようにしてやるのだ。
喉の奥から笑みがこぼれる。
このような嗤い方はこの男の世界の私はした事がない。
些細な事で正体がばれてしまっては面白くない。
嗤いをかみ殺し、ニヤニヤとこの男を見下ろし揺さぶる。
奪うというのは気持ちの良いものだ。
*******
マキャベリとああでもない、こうでもないとあらゆる書籍を引っ張り出しながら議論をし、検証する。
エツィオがこの本に触れた当時の事を話し、条件がどう揃っていたのかを考察する。
入れ替わりでこの世界に来たエツィオには協力は仰げないだろうと肩を落とし、しかしこうしていても仕方がないのでまた書籍を漁る。
ここの書籍もとても数あるはずだが、もっと情報が居るとマキャベリは問題の本を片手に知識の都へと向かうと告げて出て行った。
後は私はエツィオが立っていた場所から、魔力の残滓を頼りになにか分からないかとにかく検証をした。
どのくらい時間が経ったのか、根を詰め過ぎて少々疲れを感じ始めた。
少し休憩をしようと書斎を出ると、目の前にエツィオが蹲っていた。
咄嗟に彼に駆け寄り、彼を抱きしめ何も異常がないか確かめた。
私が抱き上げた事で、彼がゆっくりと目を覚ます。
目元をこすり、私を見る。
「もう終わったのか」
「……いや、それよりこんな所で蹲ってどうしたのだ?」
「貴方を待っていた」
「何故…とにかく、身体に障るといけない。寝るならベッドで寝なさい」
ついいつもの癖で彼を抱えあげて運ぶ。
彼は私を見上げて不思議そうな顔をしていた。
柔らかな彼の手が私の片頬に添えられる。
確かな力を持って私の顔を彼に向けさせると妖艶に微笑んで見せた。
「俺は別に寝る必要なんてないんだ。ただ、貴方を待つには寝たほうが暇を持て余さなくてすむからそうしてただけで」
するりと両腕が首の後ろに回される。
うっとりとした顔で猫のように擦り寄る。
私は思わず彼を抱える腕を放棄した。
「わっ!っと、あんた何するんだ!」
「元気なようなら結構!人の親切を…一つ言っておくが、あの本はマキャベリが持っていった。お前が邪魔できるものではない。
さあ、その腕を離さないか」
「嫌ですよ。俺の相手をしてくれるまで離しません」
よほど嫌そうな顔になったのだろう、納得できかねる様子で私に抱きついたままごね始める。
構わずずんずんと廊下を進み(嫌がらせか首にぶら下がってくるので非常に邪魔だ)庭が見渡せるバルコニーへと来ると、彼は外を見るなり感嘆の声を上げ、やっと私から離れた。
大きな満月が白く庭を照らす。
月の光に照らされキラキラと輝く薔薇庭園に、エツィオはやや興奮気味に庭に降り立った。
バルコニーからはしゃぐ彼の姿を見下ろす。
もともと彼は花の類が好きなようで、庭をじっくりと見回しては機嫌よく戯れていた。
あの子も完全なヴァンピーロとなれば、同じように快活に動き回るのだろうと思い、ツキリと胸が痛んだ。
今頃彼がどうしているのかを考えると胸が潰れそうなほど不安が襲う。
しかし、いくら考えても彼が飛ばされてしまった原因は掴めない。
あらゆる可能性を試してみたが、彼の気配を掴む事さえままならない。
もし異世界のものに虐げられてしまっていたら…彼に抵抗する術はない。
彼がこれ以上絶望の淵に追い詰められていないように願うしか出来ない。
「思いつめても直ぐにどうこう出来ないなら仕方ないんじゃないか?」
硬く握られていた手のひらの力を解す様に彼が私の手を取り、手の平を開かせた。
爪が食い込み、手の平に血が滲んでいた。
彼は私の手を取ると、手の平の血を舐め、獣が傷を癒すように繰り返した。
「随分と貴方は奥方を愛しているんだな」
「………ああ、愛している。彼が居なければ、私の生きる意味はない」
「なぁ、多分アンタの奥方は俺の世界のアンタに好きなようにされてる。もし、俺のように気を失っていたら、目が覚めたらきっとあの男に犯され蹂躙されて酷い事になってる」
「……っ……」
「覚悟しておくといい。下手したら殺されているからな。アレはあんたと違って獣だ」
「すまない。君の血を少し貰ってもいいか?」
「あの男の情報が知りたいのか?なら、交換条件がある。俺を、アンタのものにしてくれ。
俺がここに居る間、俺をアンタの奥方にしてくれるなら、血を飲ませてやってもいい」
「………」
卑怯な提案だ。
私は彼以外の誰も欲しくはない。
同じ存在なのだとしても、私のエツィオは、私の妻である彼だけなのだ。
彼を睨みつけて葛藤する。少しでも情報が欲しい。
しかし、彼を裏切る事はしたくなかった。
「アンタ本当に真面目なんだな。よっぽど人格が出来てるようだ。俺との口約束なんかいくらでも反故にすれば良いのに悩むのか!」
癇に障る小馬鹿にしたような嗤い声を上げ、彼がバルコニーに寄りかかる。
私はもう彼と一緒に居たくなくて、踵を返した。
今度は彼は追ってこない。
もしかしたらその獣のように酷い彼の世界の私に、仕返しでもしているつもりなのかもしれない。
**
月光に照らされた庭を見下ろす。
本当に美しい庭園だ。
先程舐めた領主の血で見えた、彼の妻が丹精込めて手入れしている庭だ。
足が悪いらしく、屋敷の者や彼らの息子に手伝ってもらいつつ、手入れした庭。
もう一度庭園へと下り、ひときわ美しく咲き誇る血のように赤い薔薇を手折る。
この薔薇は領主の為に育てられた薔薇だ。
ここに居たエツィオは、本当に領主を愛している。寧ろ、領主が彼の世界と言っても良いほどに。
随分と思考の鈍い者となったそのエツィオは向こうのヴァンピーロに暫く気付かないかもしれない。
だが、自分を犯すそのヴァンピーロが領主ではないと知ったとき、そのエツィオはどれだけ絶望するだろうか。
信じていた者が実は別人で、そして彼の世界である領主が助けに来れないと知ったとき。
ゾクリとおぞましい愉悦がはしり、思わず声を上げて嗤う。
何もかも、恵まれて奪われることなく幸せを享受していたその男がどん底に叩き落され絶望する様を想像すると愉快で仕方ない。
心底己は魂までもあのヴァンピーロに汚染されてしまったのだなと、乾いた心で自身をも嗤う。
しかし、俺はもう自由の身なのだ。
その自由を確実なものにする為に、あの本はどうしても邪魔だ。
もし領主が彼の妻を追い、あの世界に行くことも絶対に阻止してやる。
これからは領主は俺のモノなのだから。
そうだ領主を俺のモノにする為に、俺もまた勉強をしよう。
あのマキャベリとか言う男を追って、ヴァンピーロを俺のものにする為に。
書斎へと足を踏み入れる。
そこに領主の姿はなく、壁一面の本をぐるりと見渡す。
俺の元居た世界の書斎となんら変わりない。
だが近寄ってよくよく本を見てみると、そこに並ぶ本は全て治世に関するものだったり、この国の歴史や医学書と言った健全なもので、あの世界で見たおどろおどろしい呪いや毒に関する本等は一切なかった。
呪いの本はあるにはあるが、ほんの一角に過ぎず、そこの本をパラパラと見る限りでは目的を達成できそうなものは皆無だった。
これはやはりあのマキャベリを追って知識の都と言われる場所に行くしかないだろうか。
というか、先程のあの様子では領主はその場所に行くのではないか?
だとしたら置いていかれるのはまずい。きっと限られたヴァンピーロにしか知りえない場所なのかもしれない。
領主を探そうかと思い立つのと同時に、書斎の戸が開き、領主が顔を覗かせた。
「何故ここに居る?」
「…暇なので本でも読もうかと。というか、人の顔を見るなり嫌そうな顔をするとか失礼な奴だな」
領主は俺の手に持っている本を一瞥すると、目を眇めて胡散臭そうに口を開いた。
「暇だから呪いの本を読むのか?」
「治世や医術の事は俺にはわからないし、読んで理解出来そうなのはこれくらいだろ?」
「植物の本もあるぞ、ほらこっちに」
「俺にあんたの妻の真似事をしろって?それでアンタが俺のものになってくれるって言うならやっても良いが…」
いやまて、と心の中で一人ごちる。
俺をその妻に重ねて、我慢が出来なくすれば案外この男は釣れるかもしれない。
というか、血の記憶を見る限り、献身的な姿を見せれば案外落ちるのでは。
ちらりと植物の本棚を見やる。
呪いの本を閉じてその領主の妻専用だろう本棚の前まで進み適当に本を開く。
高そうな装丁の本がずらりと並んでいる。
どれも中身を検めれば美しい文字が並び、挿絵も丁寧に書かれておりとにかく仔細だ。
著名な研究家の書籍なのだろう。
本一つ取っても彼らの愛情を見せ付けられているようで腹が立つ。
俺の行動を逐一観察しているような領主にも何故か腹が立って、本を乱暴に閉じると領主の傍まで言ってから軽く蹴りつけてやった。
しかし手にした本は本棚に戻さず手に持ったまま。
ちょっと読んだだけで、こんなただ草花の成長なり育て方なり書いているだけのものなのに、呪いの本よりも
すんなりと読む事ができる。
領主は何をすると小言を言って来たが、俺が不服そうな顔でその本を隅のカウチで寝転び読みふける様に少しだけ笑みを零した。
「庭に出たときに、草花に喜んでいたようだから好きなのかと思ったのだ。お前に妻の真似事をして欲しかったわけではないぞ。まぁ、出来ないだろうしな」
「………」
嘘をつけ。俺が庭に下りて草花に触れた姿を見て自分の妻の事を思い、居てもたっても居られなくなったくせに。
しかし、あのようにしおらしくするのはもう既に手遅れだろう。
彼には俺の本性は知れているし、とはいえ、人間であったこの世界のエツィオも、ヴァンピーロにされる前の俺もその時の本質はなんら変わらないように思う。
拾われたヴァンピーロの性質が間逆であったがために、俺のように歪み、または彼の妻のように穏やかに変わった。
「……アンタに俺の何が分かるんだ。俺だって、あのヴァンピーロにいいようにされていなければこんな風になることもなかった」
「………」
「気が変わった。俺の血を飲めよ。俺の事を知ってくれ」
カウチから立ち上がり、ゆっくりと領主に近寄る。
彼の首の後ろに腕を回して引き寄せる。
大きく開いた襟元へと領主の頭を引き寄せ首筋に彼の唇を寄せた。
「この報酬は何だ?お前を私の妻にしろという要求は呑めないぞ」
「俺を知って、俺の世界のヴァンピーロを知って絶望しろ」
これは腹いせだ。
俺を穢したあのヴァンピーロが、お前の妻に手を出さないはずがない。
もしあの世界のヴァンピーロを間抜けにも領主と勘違いをしたままであるなら、自らその身を差し出していいように奪われている妻を思い、失望しろ。
領主は暫し逡巡の後、俺の首筋にその牙を立てた。
しかし彼はどこまでも優しく、俺の肌を裂くのを最小限にとどめ、僅かな血を啜り上げるにとどめた。
完全なヴァンピーロである俺は、そんな小さな傷など直ぐに修復し、痕が残る事もないのに。
服に血がつかぬようにするためか、傷付き血の滲む肌に領主の舌が這わされる。
ゾクリと小さな快感に肌が震え、もっと彼と触れ合いたくて首筋から顔を上げた彼の頬に手を添えて唇を奪ってやった。
彼の頭部を固定し、好きに彼の咥内を蹂躙する。
俺の口付けに応えてはくれないが、好き勝手に口の中を嘗め回して彼を味わった。
全くされるがままの領主を不思議に思い、口付けを解いて彼を見上げる。
僅かでも無事を願っていたのだろう、妻の身に何も起きぬ事を。
馬鹿馬鹿しい事だ。
そんな都合よく行く筈がない。どれだけ平和ボケをしているのか、そしてどれだけ安易だったのか思い知った領主の瞳は絶望に陰り、そして嫉妬に震えていた。
満足のいく表情だ。
その憤懣に震える顔は額縁に飾っていつまでも見て居たくなる。
思わず恍惚の笑みを広げて彼に絡みつくように抱きつく。
「アイツが俺をなんて呼んでるか、なぁ俺は、奴隷、だよ」
領主が震える腕を俺に回して抱きしめる。
僅かに彼の抱擁から身体を離し、うっとりとした表情で彼の片頬に手を添える。
「ねぇ、キスして?」
そうリクエストすれば、領主はゆっくりと絶望に歪んだ顔で俺に口付けた。
*******
エツィオに私の正体がばれてしまった。私が彼の夫ではないと。
いつものようにエツィオの具合の良い身体を堪能しているときだ。
正面から彼を攻め立て、可愛らしく啼くその姿を見ているうちに、もっと肌を合わせたくなったのがいけなかった。
彼に上から圧し掛かり、胸を合わせるように彼を揺さぶり抱きしめる。
なんとなく彼のおかげで"愛しい″という気持ちが分かりかけて来た。
全身で取り込まんとするように彼と可能な限り肌を合わせる。そうして彼に触れていると、心の底から暖かい満足感が得られるのだ。
彼も私の肌に擦り寄り、どんなに無理な苦しい体制になったとしても全身で私に触れることに悦んだ。
そして、一際上り詰め、彼も私も同時に解放に向かったとき、
彼が私の肩口を噛んだ。
ジワリと滲む私の血が、彼の咥内に広がり、そして嚥下された。
その後暫く彼は混乱していたのだろう、一緒にイッた後彼を見下ろせば、呆然とした後に、彼が息を呑むのが分かった。
「嫌だ!」
急にそう大きな声で拒否をすると、私から逃れようとその美しい体を反転させ、私の下でもがき、何とか抜け出そうと身を捩った。
正直私はもうこのエツィオで良いと思い始めていた。
あの奴隷をいくら抱いても、快楽のみで小癪な態度を崩さず、可愛げもない、満足感など皆無だった。
だがこの男は他の者に穢されてはいたが、私を愛し、心の底から求めてくれる。
――――このエツィオがいい。
そう思ったのに。
私を否定する言葉を発したこの男に、それまで感じていた熱が一瞬で凍てついてしまった。
こんなに可愛がってやったのに、飼い主に対してどういう了見で拒否をするのか。
向こうの世界の私がどう考えて甘やかしていたか知らないが、私はそれほど甘くはない。
ああそうだ。ならば、私が躾け直してやろう。
******
俺の言いなりになってくれるものと思っていた領主は次の日マキャベリを追うと言い、俺に着いて来る様にと言い渡した。
俺は絶望した領主が暫くは俺の言いなりになるものと期待していたが、どうも早く妻を回収する決意を新たに燃えてしまったようだ。
昨日の口付けは気の迷いだから勘違いするなと言い含められ、大変面白くない。
だが多少甘えるのは許してくれるらしく、抱きついても邪険にされなくなった。
それどころか、ハグ程度なら軽く抱き返してくれる程度には優しくなった。
これが同情から来るものでも、俺は久しく感じることのなかった温かな感情に癒されていた。
しかし、俺はこれだけでは満足できない。
「抱き返してくれるなら、キスだっていいじゃないか。それに、これから夜の相手だって欲しい。アンタは俺が他の男に抱かれても良いって言うのか?見た目はあんたの妻と一緒だろ?」
「女を抱くのでは駄目なのか」
「アイツに慣らされてしまった。ナカに貴方のが欲しいんだ」
「………」
険しい顔で悩んでいる。
どっちにしろ領主が相手してくれないと嫌だ。
俺はどうしても彼が欲しい。
「……分かった。他の、まともそうな男を捜してこよう」
「はぁ?」
悩んだ末の予想外の返答に目を白黒させる。
そんなに俺に触れるのが嫌なのかよ!
「アンタの妻は嫌々でもあの世界のヴァンピーロを相手にしているのに、アンタは拒否るのか」
「妻に会ったらまずお互いの血を飲むだろう。ただでさえ傷付いているところへ、私までもが裏切っていたと知ったらあの子はどうなる。きっと殺せと言う筈だ。私を二度と愛してくれなくなるかもしれない。それは嫌だ」
「じゃあ妻はいいのか」
「好きで相手をしている訳でもない。何があっても私があの子を見放す事などありえない。言い換えればあの子が私を拒絶したとしても、私はあの子を手放す気などないのだ。どうだ。私とてお前の世界のヴァンピーロとなんら変わらん」
「全然違うよ。少なくとも貴方は人を愛する心を持ってる」
「……お前の事はとても心苦しく思う。だが、私はこれだけは譲る事ができぬのだ。申し訳ない…」
「……でも、本当に俺が他の者に手を着けられても良いと思っているのか」
「……嫌だ。だが、私はお前には触れてやれない」
一応嫌だと思ってくれてるのか……一先ずはその言葉で引いてやるとする。
しかし、領主の心を得るのは難しそうだ。
やはり、術で心を捻じ曲げるしかないだろう。
俺を知識の都に連れて行ってくれるというなら、そこで知識を得るとしよう。
大人しく聞き分けたフリをする。
移動の馬車の中で彼の妻のように彼の肩に頭を凭れ、領主の手を取り遊ばせる。
「あのな…頼むからあまりそうベタベタせんでくれ」
「何故?我慢できなくなるから?」
「違う」
「ああ、引け目でも感じて俺を拒めなくなってるのか。そりゃそうだよなぁ、俺だってあんたの妻と同じで傷付いてる。なぁ、俺を癒してよ…貴方の愛、で…」
領主の表情は硬いままだ。
だが俺の言葉を無碍には出来ず、悩む様は本当に人が良いのだと思う。
だがやりすぎれば容易に拒否をされるだろう。彼も、俺が踏み込みすぎるのを待っている。
良心の呵責を感じている内だけ、こうした小さなスキンシップが許される。
ああ、早くこの人を俺に服従させなければ。俺を拒めなくすれば、好きなだけ彼に愛してもらえる。
「何を考えている?」
「貴方の事…俺を愛してくれたらいいのに……」
無表情で呟く。
そして彼の手を離して窓の外に目をやる。
気まずい空気が流れるが、それと同時に領主は俺を注意深く観察する。
ああ、きっと領主は俺の血を欲しているのだろう。俺の真意を知りたいと。
彼が疑うように、俺は嘘が得意だ。
昔から、人間のときからそうやって生きて来たのだ。
どう反応をすれば相手の隙が生まれるかを俺は知っている。全て計算だ。
ただ、領主の心を得たいというその思いだけ、本物なのだ。
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