@acbh_dmc4
昼の内に馬車で随分と移動をした。
日暮れにイマーニャの宿に馬車と御者を残し、ここからは自力で移動をすると言う。
自力で移動とは聞いてみると、ヴァンピーロは闇を通じて一瞬で移動する事が出来るのだと言う。
夜の闇を通じれば長い船旅や荒涼とした地も難なく移動する事が出来、そう時間は掛からない。
昼間に少ない影を伝っていくのは力を消耗するだけでなく、途中で陰が途切れればそこからは自分の足で移動しなければならないため、どちらにしろ馬車での移動が早いのだと領主が教えてくれた。
「馬車の移動でも良いのに。宿にも泊まってみたかったし、船旅も良い」
「旅行の為に来ているのではないぞ」
「そうだとしても、俺はずっとあの屋敷から出られなかったんだ。とても久しぶりの外だ。少しぐらい楽しんでも良いだろ?
…しかし、向こうの世界の風景と随分と違っていいるんだな。どれだけ俺の居た世界が荒れていたのか…」
「……そうか、色々と見て回れなくてすまない。だがこれから向かう先に暫く滞在する事になるから…そこで宿を取る」
「そうか、それは楽しみだな」
久しぶりの外は本当に気持ちが良かった。
道中に見た青々とした木々や牧草。そこここにあるブドウ畑や点在する家々の平和な様子にとても興味を引かれた。
この世界には俺の世界と同様にヴァンピーロも存在するはずなのに、とても穏やかだ。
それに道中、領主が俺を常に気遣ってくれたのが何よりも嬉しかった。
淡い想いが徐々に形をはっきりとさせて行く。
彼と共に居れば居るほどに彼に惹かれていく。
よく彼の妻が「人誑し」と言い嫉妬して拗ねるのが良く分かる。
憎いあのヴァンピーロとそっくりな外見なのに、そんな事がどうでもよくなるほど彼に惹かれる。
領主が片手を差し出し俺を促す。
伸ばされる手を取り、彼の腕の中に納まると、彼が力強く俺を抱きしめた。
胸が高鳴り、俺も彼の背に両腕を回して抱きつく。
耳元で行くぞ、と囁かれ、俺は頷いた。
足が地を離れたと思った瞬間、耳元で轟音が響く。
体が押し潰されそうなほどに圧迫され、息が出来ない。
領主はそれに気付いたのか俺の体を覆うように抱きしめると、僅かにその圧迫感が和らいだ。
数分にも数十分にも感じられたその移動は、急な浮遊感を覚えて終わった。
「かなり急いで飛ばしてしまったから苦しかっただろう。すまない。もう着いたぞ」
「え……」
少々クラリとして足元がふら付いたが、領主に支えられ辺りを見回した。
頑健な造りの城が目の前に聳え立つ。
古びていたが、荘厳なその姿は見事なものだ。
その城は山岳に立てられており、切り立った崖が自然の要塞としても機能しているようで、難攻不落といった佇まいだ。
ポカンと風景を眺めていると、腰を取られて城の中へと促される。
城の中も外と同じで煌びやかとは言えないが、荘厳なつくりになっていた。
そして何より目を惹くのは壁一面にある蔵書の海だ。
見た事もないほどの書籍が積み上がる様は圧巻の一言だ。
しかし領主はその本の海を真っ直ぐと進み、隠し扉を開くと、城の下へ下へと進んでいった。
重厚な扉が目の前に現れる。
領主は周りを見渡すと、小さく溜息を吐いてあの男は一体どこで油を売っているのだと一人ごちた。
俺は目の前の扉の彫り物を見上げる。
鷹を模した彫刻に、何かをはめ込む窪みのようなものがある。
あの窪みは鍵穴だろうか?
ぼんやりと扉を見上げていると、急に肩を掴まれ、耳元で喧しい声でわっと怒鳴られた。
思わずビクリと肩を揺らすと、領主が俺を背に匿い、乱入者から庇ってくれた。
「ユスフ、まったくこの悪戯者め…」
「導師!ようこそお出で下さいました!お待ちしておりましたよ!」
「脅かすタイミングをずっと伺っていたという訳か」
「ふっふっふ、奥方は良い反応をなさいますな!」
「……程々にしてくれ。ほら、随分と怒っている。この子は気難しいのだから面倒をかけんでくれ…」
一々説明するのが面倒なのだろうが、俺を奥方ではないと否定しなかったのが嬉しくて、目の前の男への警戒を解く。
少々の間でも彼の妻だと思われていたくて俺はむくれた振りをして二人の後ろで大人しく待機する。
重厚な扉に丸い円盤のような鍵をはめ込んでいく。
その硬質な音が地下に響き、少々不気味だ。
鍵を嵌め終わると、扉がひとりでにゆっくりと開く。
領主はユスフという男から松明を受け取ると、柱に添えつけてある松明に一つ一つ火を灯して行った。
シンと冷えた空気が足元を撫でる。
薄ぼんやりと奥に見える円形の広間は頭上から月の光が差し込み、部屋を青白く照らしていた。
「いつも、この瞬間は神聖なものを感じます」
「ああ、そうだな。だがあまりに膨大で途方も無い知識が眠っている。私は恐れすら感じるよ」
膨大で途方も無い知識とはどんなものなのだろう…地上の蔵書も凄かったが、それよりも沢山の本がびっしりと並べられている様を想像する。
しかし、大きく開けた広間に足を踏み入れると、そこには本の一冊も置かれていなかった。
空の本棚が円形に並び、その真ん中に椅子が一つ。
何の変哲も無い、ガランとした広間に俺は拍子抜けする。
しかし領主とユスフという男は、その真ん中に置かれた椅子を暫し見つめると、互いに目配せをした。
「では、導師。お目当ての物が見つかりますよう」
「ああ。有難う」
「奥方はどうします?上でお茶でも?」
「……いや、俺も領主と一緒にここに残る」
「そうですか。では、ごゆっくり」
恭しく頭を垂れ、ユスフが部屋を後にする。
それを見送ると、俺は領主を振り返った。
領主はまた広間の奥の壁へと進むと、その壁の一部を重そうに圧した。
僅かに大振りのレンガが凹む。
すると壁だった場所がゆっくりと動き出し、台座が現れた。
領主がその台座へと手を翳すと、眩い光が辺りを照らした。
真剣な顔でその台座にある玉のような物に触れる。
その瞬間、空中に無数の額縁から切り取った絵のようなものが浮かび上がり、それだけではなくその絵に描かれている者達はまるで命があるように動き始めた。
俺は驚き、その絵を呆然と眺めた。
複数の男達が何事か話し合っている、ヴァンピーロに襲われる人々、何事かを鬼気迫る表情で羊皮紙に書き連ねる男、そして死。
その無数に展開される絵の一枚に俺が居た。
必死に書斎の本を漁り、苦しみ焦燥に満ちた顔で必死に本のページを捲る。
途中でヴァンピーロに見つかり引き摺られて行く。ヴァンピーロが狂気に満ちた顔で楽しそうに俺を嬲る。
それを見て居たくなく、思わず俺は目を背けた。
そしてふと、領主は何を思ったのだろう、と彼のほうを見れば、彼は思慮深い眼差しを俺に向けていた。
「…君にとって辛いものが見えてしまうかもしれない。地上に戻りなさい。ユスフが持て成してくれるだろう」
「……いいえ、いいえ。ここに居ります。貴方の傍に…」
「内面が違うとはいえ、君に乱暴を働いたあのヴァンピーロと私は、同じ存在だ。辛くはないのか?」
「……内面が違えば十分でしょう?貴方は暖かい。傍に居ると安心できる。俺も、貴方に恋をしたのです」
無言で俺を見つめる領主は、俺を労わるように優しく肩を撫でた。
彼が気に病む事ではないが、それでも俺と向こうの世界のあの男とのやり取りに思うところがあるのだろう。
同情だとしても、彼に想われると思うと胸が甘く疼く。
もう一度絵を見上げる。
相変わらず過去の俺はヴァンピーロに虐げられ、苦しみに喘いでいる。
そして急に、頭の奥で俺の声が何重にも響いた。
その声は俺の願いだった。
『逃げたい。逃げたい。逃げたい!…この苦しみから…あのヴァンピーロから!』
その声が響いたと同時に光が弾けて絵が消えてしまった。
辺りがまたシンと暗くなる。
チラチラとほの赤い松明の明かりが辺りを僅かに照らす。
「エツィオ、少し…外に出よう」
領主の表情は読めない。
だが彼の声は憂いを帯び、俺に触れる彼の手はとても優しかった。
***
地上へと上がると、またユスフが朗らかに迎えてくれた。
その明るさに救われたようで、詰めていた息を吐き出した。
「導師!…どうしたのです?顔色がよろしくないようですが…といっても元々血の気は失せてますがね」
「ユスフ…まぁなんだ…夕食をまだとっていなくてな…少し出てくるよ」
「そうですか。そう言えばマキャベリ様が先程到着されまして、あなた方のご子息を…」
「パパー!」
「エツィオ?!」
「パパ!マンマー!」
話の途中で領主を呼ぶ愛らしい声が響いた。
花の咲くような明るくて可愛らしい笑顔を振りまき、小さなヴァンピーロが駆け寄ってくる。
領主がしゃがめば子供はそちらに向かい、抱き上げられて楽しそうな歓声を上げる。
ぎゅうと領主の首に抱きついてから俺の方に顔を向け、両手を広げてマンマ!と呼びかけられた。
この子が、領主とこの世界の俺との子供か…驚いてまじまじとその子を観察してしまう。
領主は困ったようにその子供を見つめると、子供は俺を見つめて再度マンマ?と不思議そうな顔をした。
「エツィオ、その…この者は確かにマンマに似ているが、マンマではないんだ」
「マンマじゃないの?」
「ああ…その、マンマの…あー…親戚だ」
「しんせき?」
「親戚って…」
領主の苦しい言い訳に思わず笑ってしまう。
しかし、それを見て子供は目を真ん丸くして俺を見つめ、またパァと音がするような眩しい笑顔を見せた。
「しんせきさん、笑った!マンマより笑うの上手だね!」
「……そ、そうだな…マンマは半バンピーロだから…ちょっと笑うのは難しいんだ」
子供がキャッキャとはしゃぐ声を上げる。
その可愛らしさに心が蕩ける。
思わずその子供の額に口付けると、本当に嬉しそうな照れ笑いを浮かべた。
そしてまた入り口から見知らぬヴァンピーロが足早にこちらへと向かってくる。
慌てたような所作で領主の前まで進み寄る男に、領主は朗らかに笑って片手を上げた。
「マキャベリ、来てくれたか。しかし、何故エツィオがここに?」
「ええ、済みません。坊ちゃんがどうしても一緒に来たいと、あまりに泣くものですから不憫で…」
「泣いたのか」
「泣いてないよ!」
即座に子供が嘘を吐いて、首を勢い良く振る。
そしてマキャベリのほうへ顔を向けて、思い切り頬を膨らませた。
行動が一々可愛くて微笑ましい。
領主が子供を疑うように見つめるが、子供は一生懸命視線を他所へやったまま領主を見ようとしない。
領主は業と悪い顔をして、子供にくすぐり攻撃を仕掛けると、子供は楽しそうな笑い声を上げた。
「嘘つく子はどこの子だ?さてはエツィオじゃないな?」
「エツィオだもん!ウソついてないよ!泣いてないもん!ウソ泣きだもん!」
「嘘泣きだったのか?」
「うーん、坊ちゃんは中々の演技派だったようです」
マキャベリも普段の顰めつらしい顔から若干柔らかく苦笑して、子供の話に合わせてやる。
子供は得意顔で領主に笑顔を見せると、領主は苦笑して子供の頭を撫でてやった。
俺はその和やかな光景を、これがヴァンピーロなのか?と思いつつ不思議な気持ちで眺めていた。
ヴァンピーロが子を成すなど聞いたこともなかったが、その子供は俺の子供の頃にとても良く似ていた。
そしてどことなく領主にも似ていて、まごう事無きこの世界の俺と彼の子供なのだろう。
俺は子供に近寄ると、笑顔で子供の頭を撫でてやる。
さらさらとして指通りの良い髪の毛が、触っていて気持ちが良い。
子供も俺に撫でられるととても嬉しそうに笑い、そして俺に腕を伸ばしてきた。
俺は僅かに動揺し領主を見やると、領主も子供に困っているだろう?と言い聞かせるように嗜めた。
しかし子供はチラリと領主を見て、直ぐに俺に向かって抱っこと腕を伸ばした。
「抱っこ!マンマに似てるしんせきさんが良い!」
「な、何故だ?本当のマンマの方が良いだろう?」
「うん。でもおれしんせきさんも好き。おっきくなったらおよめさんにしてあげるね!」
「本当に?お嫁さんにしてくれるのか?」
「うん!おれのおよめさん!」
「それは楽しみだな」
苦笑して領主に抱かれる子供の両脇を抱えて抱き上げてやる。
ギュウと首に抱きつく子供が可愛くて背中をあやす様に叩けば、領主が微妙な顔になった。
「…子供を前にすると、奥方そのものですね。このやり取りは貴方の屋敷に来るたびに目にする気がします」
感心したようにマキャベリが俺を見て呟く。
その言葉を聞き咎めた領主が、マキャベリの背を強めに叩いた。
「一先ず、私達は食事に行こうと思っていたのだが…お前達はもう済ませたのか?」
「いいえ。ご一緒しても?」
「ああ。では一先ず休憩だ。ユスフ、また後ほど戻る」
「ええ、お待ちしておりますよ。坊ちゃんはお休みかな?」
「ちゃお!」
ユスフと別れ城下へと降りる。
子供は楽しそうに俺に今日あった事を報告してくれる。
その様子がやはり可愛らしくて子供の話に相槌をうったり、大げさに驚いたりしてやると得意顔になるのが面白い。
時折その柔らかな頬をくっ付けたり、鼻頭や頬に口付けられたりもする。
その様子を領主が複雑な顔をして、そしてマキャベリは興味深く見つめてくる。
「こんなに可愛い子なら俺も欲しいな。領主?二人目を作る気は?」
「ない!それよりも息子は重いだろう?私が代わりに抱くから。エツィオ、こちらに来なさい」
「やだ!しんせきさんがいい!」
「…親戚さんじゃあなんだか変な感じがするな。マンマって呼んでもいいぞ?」
「えー、でもしんせきさんはほんとのマンマじゃないでしょ?」
「その内俺が本当のマンマになる」
「おい!」
しれっとして言えば、焦ったように領主が遮る。
俺は領主とマキャベリににっこりと笑んで、見せ付けるように子供の額に口付けてやった。
少々領主の顔が険しくなったが、丁度酒場に着いたので一旦子供を下ろして店へと入る。
そこはヴァンピーロの経営する酒場のようで、ワイワイと騒がしい店内を見渡せば、そこに居るものは全てヴァンピーロのようだった。
人の時分であったなら、この数のヴァンピーロを前に十字を切って自分の人生を走馬灯のように振り返り、運の無さを呪う所だ。
しかし今は俺もやつらの仲間だ。
複雑な心境で案内されるテーブルに着くと、領主とマキャベリが給仕に適当に注文をした。
席に着き今一度周りを見渡す。
当然ながら普通の人間は居ないのだなと思っていると、マキャベリが俺にここの町の説明をしてくれた。
ここはヴァンピーロの住まう町で、城を中心に生活しているという。
殆どのヴァンピーロはこの地に集い、傭兵として生活するものや、こうして店を運営する者、城の司書として働くものと、ほぼ人と変わらない生活を送る。
元々人間だった者達なのだから、当然と言えば当然なのか…
またこの地にはまじないがかけられており、ヴァンピーロの招待でもない限り、人間は入れないらしい。
万が一、人間が迷い込んだ際は、早急に近くの町へと送られ、ここにとどまる事はないという。
話の途中でデキャンタが運ばれてきた。
グラスになみなみと赤い血が注がれる。
マキャベリと領主が給仕に礼を言うと、俺にも勧めて血を煽った。
「ここではこうして血を提供するのが普通なのか?俺の世界ではヴァンピーロは、よく生きた人間を食事だと言って、放って寄越したものだが…」
「そうですね。もうずっと直接人から摂取するような事はなくなっています。人の命を奪う事もない。まぁ…一部の連中は違うようですが」
「娯楽の一つとして未だ人を襲う者達も居る。そういう連中から護る事も、教団の仕事の一つだ」
「導師のお陰でヴァンピーロも纏まりつつあるのです」
「へぇ…」
人の世だけではなくヴァンピーロの世界も導いて来たのか。
道理で道中に見たこの世界は平和なものだ。
きっと様々な困難を乗り越えてきたのだろう。
熱を込めて領主を見つめれば、彼は照れくさそうに咳払いをした。
自分の功績を自慢するでもなく、こうして照れて見せる姿がまた好ましい。
子供にお父さんは凄いなと声をかけると、父に代わって誇らしげに胸を張った。
思わず笑って子供を撫でる。
するとマキャベリが質問してきた。
「貴方は子供が好きなのですか?」
「いや…子供は小煩いので好きではない…だがこの子はとても良い子だし、俺に似てるからな…自分の子だったら、もっと可愛いのだろうな」
子供を持ちたいと思ったことはなかった。
必死に日々を生き抜く事に精一杯で、そう思う余裕がなかった。
小さなヴァンピーロを見下ろす。
お行儀良く座り、騒ぐ事無く出された飲み物を飲んでいる。
その姿にとても癒される。
指通りのいい柔らかな髪を梳くように撫でれば、嬉しそうに微笑んで見上げる。
子供とはこんなに大人しいものだっただろうか…自分の子供時代を思い返すが、自分は落ち着きがなく、よく兄弟と共に屋根の上を駆け登ったり、悪戯ばかりしていた気がする。
こういった場でこうしておとなしくしていたかと言えば、そうではなかったように思う。
「この子は大人しいな。領主に似たのか?」
「いや、普段はエツィオもやんちゃだぞ。壁をよじ登ったり、屋根の上を駆けたり、それはもう周りがはらはらさせられ通しだ」
「あぶなくないのにねー」
「そんな!危ないに決まっているだろう!もし屋根から落っこちたらどうするんだ?せめて駆け回るなら地面にしなさい!」
思わず子供に注意する。
皆、俺の剣幕に目を丸くして見つめてくる。
いや、こんなに可愛い子の顔や体に傷がついたらどうするんだ!俺が言ってる事は何も間違っていない!
「やっぱりマンマ?」
「違う。親戚の人だ!」
今度は導師が強めに訂正する。
子供は眉尻を下げてとてもしょんぼりとした顔になった。
****
食事を終え、眠気に舟を漕いで居る可愛いヴァンピーロを抱いて店を出る。
領主は厳しい顔で息子を取り戻したがったが、むずがる子供が俺を指名しているのだから仕方ない。
そして宿を取る筈だったが、俺達もユスフの屋敷へと向かう事となった。
子供をベッドへと横たえ、その隣に添い寝をして、リクエストの歌を歌ってやる。
子供は嬉しそうに俺の歌を聴くと、直ぐに寝息を立てはじめた。
安らかな寝顔を見つめる。
子供は苦手だと思っていたが、自分にそっくりな子が無条件に懐き、甘えられるのは中々良いものだ。
これが本当に自分の子供だったら、それはもう可愛くて仕方がないだろう。
長い間孤独に生きてきたのだ。
心の底では望んでいた温かな家庭が、目の前にある。
これを望まなくて、何を望む。
子供の柔らかな頬をつついて、また起きないかちょっかいをかける。
すると後ろから領主の腕が俺の手を掴み、彼のほうに向かせた。
「この子は一度寝たら起きん。それくらいにしておきなさい」
「そうなのか、本当に俺に似て…」
「妻に似たんだ」
声を落としてはいるが、ムキになって反応をするので、領主を見上げる。
領主は俺に見つめられると、咳払いをして寝室へ行くぞと俺を立たせた。
部屋に通されると、同室である事に意外だと思った。
この領主の事だから、絶対に部屋を分けると思っていたのだ。
「お前が、どうせ一緒の部屋ではないと嫌だと言うと思ったのでな。それに、私はまた宝物庫へと行く」
「俺一人でここで寝てろって?子供のお守りまでしてやってそれか?ちょっと酷くないか。一泊くらい付き合ってくれてもいいだろう!」
「……では、お前が寝付くまで傍にいる。それでいいか」
「ああ。傍に居て、添い寝してくれ。じゃないと寝ない!」
「………」
俺の我儘に諦めたように首を振り、一緒のベッドに横になる。
領主の腕の中に納まりたくて、彼に抱きつく。
彼の体にぴったりとくっつくように背に両腕を回した。
寝付くまでと言っても俺は睡眠を必要としないので、一晩彼をここに引きとめようと目論む。
領主はこれ見よがしに溜息をついて見せるが、俺は彼が傍に居てくれればどんなに邪険にされようとも構わない。
こうして彼を独占できる時間が持てれば、あの世界に帰らなくて済む。
しかし柔らかなベッドで、こうして体を密着させていると、どうにも心が騒ぐ。
ただでさえ俺は彼に想いを寄せているのだ。
抱き返されなくとも彼の厚い胸に頬を当てていると、とても煽られる。
「私は、君に応える事はできない」
「……急に何だ?」
「いや、どうも落ち着けないようなので…その、鼓動が、とても…早いと思ってな…」
思わず赤面する。
欲に煽られつつも、恨みがましく領主を見上げれば、領主が目を瞠り、こくりと喉を鳴らした。
領主が悪態をつく。
俺はようやと領主が俺に欲を感じてくれたのが嬉しくて、彼の胸に耳を当てた。
領主の鼓動も俺と同じように早い。
俺はベッドから起き上がり、領主の顔の両側に手を着いて彼を見下ろした。
「貴方が好きだ」
「……すまない。私は…」
どうせ拒絶の言葉を吐くだけの唇に、俺は遮るように口付けた。
完全に不意を衝かれた領主の口内に舌を差し込む。
俺の気持ちを知って欲しくて、領主の牙に俺の舌を引っ掛け傷つける。
迸る俺の血を強制的に領主に飲ませ、俺は彼から唇を離した。
「貴方が、好きなんだ…こんな想いは初めてなんだ」
「………」
「苦しい。貴方に愛されたい。あのヴァンピーロにはこんな想い、感じなかった…今までだって、人だった時でさえ、俺は…」
「エツィオ、だが…」
「…ここに居てくれ。抱けとは言わない…朝まで、俺を抱きしめていてくれ。それくらいなら良いだろう?」
領主の妻が憎い。
領主の温かな愛を一心に注がれ、求められるこの世界の俺が…
何故?何故こんなにも違うのだ。
あのヴァンピーロは何故領主のように俺を愛してくれなかったのか…この人のように…
俺を攫ったのがこの人だったら良かったのに…
「傍に居てくれ」
悲しそうな目で領主が俺を見上げる。
領主の考えている事なんて、血を飲まなくても分かる。
俺を見て、馬鹿みたいに彼の妻の事を想っているのだろう。
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