@acbh_dmc4
一晩中、ただひたすら抱き合って過ごした。
彼の腕の中で、彼の匂いを感じて互いに何も語らず、ただずっとそうしていた。
窓からうっすらと光が差し込み、この時間の終焉を知らせる。
領主は小さく息を吐くと、俺に起きるかと聞いてきた。
まだ離れたくない…この時間が永遠に続けばいいのにと思う。
あからさまな狸寝入りを決め込むと、苦笑した領主が置いていくぞと耳元で囁いた。
吐息が掛かり、くすぐったさと彼の色のある声に堪らなくなり、思わず耳を片手で覆ってしまう。
彼を仰ぎ見れば、してやったり顔で微笑まれた。
「アンタは意地悪だな」
俺が不貞腐れてそういえば、彼は片眉を上げてとぼけてみせる。
こんななんでもないやり取りも、何処か楽しく、俺も思わず笑む。
だが領主はそんな俺を見ると、切なそうに目を伏せた。
ああ、幸せな気持ちになっても、一瞬でそれを台無しにされる。
本当に、どうしたら彼を手に入れられるのだろう…
暗く沈み始めた心が、ノックの音で遮られる。
領主がそれに答え、扉を開けると元気で愛らしい声が聞こえてきた。
「パパ!しんせきさんもおはようございます!朝ごはん出来たって」
「おはよう。では着替えて食堂に行こうか」
子供を部屋に入れて身支度を整える。
子供は既に身支度を整えられ、お行儀良く椅子に座り、俺達を待っていた。
支度が済み、領主の隣に並び子供の相手をしながら食堂に向かう。
ユスフとマキャベリが迎えてくれ、揃って朝食の席に着いた。
ユスフがこちらに向かい、すまなそうに俺に詫びを言った。
「昨日はとんだ非礼を…まさか貴方が導師の奥方ではなかったとは気付かず…」
「…何故それを?」
「マキャベリ様から聞きました」
余計な事を…と思わず舌打ちをすると、ユスフは目を丸くした。
「その内本当に俺が領主の妻になって見せるから、呼び名はそのままで良い」
「いや、しかし事実を知ってそのままにしていると、導師にお叱りを受けますので…彼が怒ったらそれはもう、恐ろしいんですよ」
本気か、ただ単に調子がいいのか、震え上がる真似をするユスフを流し見る。
彼に「奥方」と呼ばれると、本当に領主の妻になれたようで気持ちが良かったのに…マキャベリめ…
マキャベリを恨みがましく睨めば、すまし顔で出されたスープに口をつけていた。
「それで、エツィオ殿はこの後はどうなさるのですか?」
シレっと話題を逸らそうとするマキャベリを睨みつけながらスプーンを置く。
一つ大きく溜息を零して領主に着いて行くと告げた。
すると静かに食事をしていた子供が反応し、俺のほうに体を向けて小首を傾げた。
「しんせきさんもパパのおしごとお手伝いするの?」
「ん?ああ、そうだよ」
「おれもお手伝いする!」
「エツィオにはまだ早いお仕事だ。すまないが…ユスフのお手伝いをしてくれるか」
領主がすまなそうに子供に答える。
すると子供はしょんぼりと顔を俯け、目にじわじわと涙の幕を張った。
「坊ちゃん!今日はユスフおじちゃんの鍛錬のお手伝いしてくれるかな?最近は人手が足りなくて困ってたんだ。
坊ちゃんが力を貸してくれたら他のアサシンもやる気を出すんだが」
「うん、いいよ」
嬉しそうに顔を上げてユスフに頷いてみせる。
それから俺を見上げて、もじもじと上目遣いで何か言いたそうにしている。
どうしたのかと思い、子供を見つめれば、控えめにお願いを口にした。
「ユスフおじちゃんのお手伝い、ちょっとでもいいから見ててくれる?」
「!」
その仕草とそのお願いの仕方は、卑怯じゃないかと思う。
とてもNOとは言い難い、控えめで可愛らしいおねだりの仕方に、俺は片手で目を覆ってこの愛しさの暴力に耐えた。
「だめ?」
「い、いいや…じゃあ見に、行こうかな…と、途中でお父さんのお手伝いに…行ってしまうが…」
「やったぁ!おれ、がんばるね!」
嬉しそうにニコニコ笑う子供に、皆笑顔になる。
「坊ちゃんのおねだりには誰も敵いませんな」
朗らかに子供に向かって苦笑してみせるマキャベリに、心の中で同意した。
領主は先に宝物庫へと行ってしまうかと思っていたが、子供に手を引かれてユスフの弟子達の居る競技場へと引っ張って行かれた。
沢山のヴァンピーロが導師とその息子ににこやかに挨拶をする。
子供が礼儀正しく自己紹介をすると、皆口々に子供の愛らしさを褒め称えた。
そもそもが「子供」の存在そのものがこの土地では珍しい。
度々傭兵として近くの人間の街に下りるヴァンピーロ以外は、まったく子供には触れ合う機会がないようだ。
最初ぎこちなく子供に接するヴァンピーロも、子供の人懐っこさに顔を綻ばせ、我先にと構おうと身を乗り出した。
そしてユスフがこの子供を交えて皆の指導をすると宣言すると、周りのヴァンピーロは心配そうに子供を見た。
俺も、こんな小さな子を大人に交えて本気で稽古をすることはないだろうと思い、軽い気持ちでユスフと子供を眺めていた。
ざわつくヴァンピーロに構うことなく、ユスフは皆を見回し、悪戯っぽく話し始めた。
「皆、今日は稽古が無しになったものと思っているだろうが、それは違う!このエツィオ坊ちゃんは誰よりも厳しい師範である!まだお子さんであるから、手加減が足りない事があると思う。命の危険を感じたら、直ぐに降参するように!まず、私とエツィオ坊ちゃんが演習をするから、よぉく、見ておくように!」
神妙な顔をして、ユスフが子供を演習場の柵の中へと入れる。
ユスフの顔は、まるで強敵のヴァンピーロを前にするような真剣さで子供と対峙している。
その様子に、少々嫌な予感を感じて二人を見詰める。
領主が俺の肩を確りと抱いて、ソッと耳打ちをした。
「今から行う演習は、エツィオには遊びのようなものだが、ユスフは命がけだ。私の息子の心配より、ユスフを応援してやってくれ」
耳元で感じる彼の低く落ち着いた声に、胸が甘く疼く。
思わず振り仰ぎ、彼に口付けようかとした時、ユスフが子供に向かって素早く飛び掛った。
真剣な顔で、本気で子供に飛び掛る。
子供はきょとんとした可愛らしい顔で、ユスフが迫るのを微動だにせず見詰めている。
俺は思わず子供を護ろうと、飛び出そうとしたが、領主に確りと肩を抑えられて動く事が出来ない。
ユスフが腕のアサシンブレードを発動させて、子供に切りかかる。
俺だけでなく、周りの弟子達もワッと声を上げ、まさに阿鼻叫喚となった。
しかし、ユスフのブレードは先程まであどけない顔をして見上げていた、子供の居た筈の空間を虚しく薙いだだけに終わった。
忽然と消えた子供が、次の瞬間にはユスフの頭上から降ってきた。
子供がユスフの背に手をつけようとした瞬間、ユスフはその場から飛びのき、子供が地に手を着くと同時に地面が割れた。
間髪を居れず、ユスフは地を蹴り、子供と距離を詰める。
鋭く子供に蹴りを見舞おうと、恐ろしい速さで彼の逞しい膝が子供の顔めがけて飛んでゆく。
子供はそれをなんでもないようにひらりと避け、弾丸のような速さでユスフの懐に飛び込もうと飛び上がった。
一瞬、ユスフの顔に恐れが表れる。
子供がユスフに向かって手を伸ばすが、ユスフは胸の前で腕を交差させ、子供が伸ばした両手を篭手で防いだ。
子供の手がユスフの篭手に触れた瞬間、ユスフが尋常ではない速度で吹き飛ばされた。
競技場の柵に激突し、それでも勢いは止められず、城壁に背中から激突して壁に大きな皹を作った。
「場外だ!エツィオ。お仕舞いだ」
「はーい!パパ」
子供が元気に返事をする。
今見たものを理解できず、ポカンと子供を見詰める。
領主が俺の両肩を放して、突き飛ばされたユスフの元へと歩み寄った。
「ユスフ、大丈夫か?」
「……相変わらず…お強い…いやいや、先が楽しみですな…」
領主が微笑んでユスフの手を取り、立ち上がらせる。
体に着いた埃を払い、笑顔で降参だ!と子供に呼びかける。
子供もユスフのところへと駆け寄ると、小首を傾げて「大丈夫?」と聞いた。
ユスフがくしゃくしゃと子供の頭を撫でて、強さを褒める。
そして領主へと向き直ると、お調子よく礼をした。
「では、暫く坊ちゃんをお預かりいたします」
「済まないな。ああ、この子にも力の加減を教えてやってくれ。皆の中で学ぶことは多い」
「ええ。少しハードな鍛錬になりますが、皆同じ鍛錬は飽き飽きしているので。きっと良い刺激になりますよ」
快活に笑うユスフに対して、周りのヴァンピーロ達は引き攣った笑いで恐々と子供を見、そして互いに目配せをしていた。
その戸惑いは良く分かる。
俺もいざこんな子供と鍛錬とはいえ、対峙しろと言われたら尻込みする。
確かに子供を心配する必要はないのかもしれない。
ユスフに子供を任せ、領主とまた宝物庫へと向かう。
昨日の事があったので、また彼に俺の過去を見られてしまうかもしれないと、少しだけ気落ちした。
しかし領主に俺の過去を知られるなら、俺の知らない所で暴かれるのは嫌だった。
彼の傍で、彼が得る俺の都合の悪い過去を、これ以上見られたくないと判断したら止めてもらうように訴える。
きっと優しい領主は俺の願いを聞いてくれる筈だ。
しかし、それは杞憂に終わった。
領主が秘宝へと触れ、最初に調べたのは俺の世界のヴァンピーロの事であった。
秘宝が映し出すその動く絵は、ヴァンピーロがこれまで行ってきた悪逆非道な振る舞いが映し出され、そしてその動く絵はどんどん時を遡っていった。
年若くなっていくヴァンピーロが、青年から少年へと後退し、そして領主の子供よりももっと幼い、ほんの小さな幼児の姿で映し出された。
ヴァンピーロが母親と思われる女性のヴァンピーロに抱かれ、その女性は夫と思われる男のヴァンピーロに穏やかに微笑みかける。
まるで人間の仲の良い夫婦のように、仲睦まじく寄り添う温かな家族だ。
人を襲い、血と命を奪いはするが、そのヴァンピーロの家族は必要最低限に抑え、なるべく人を傷つけないよう、ひっそりと暮らしていた。
そんな時だ。
ヴァンピーロの家族はヴァンピーロカッチャトーレに狙われた。
カッチャトーレはまず母親を灰に帰した。
絶望した夫のヴァンピーロは何の抵抗もせず、カッチャトーレの振るう剣をまともに受け、妻の灰の上で自らも重なるように灰になった。
子供は一部始終を見ていた。
恐ろしい顔をしたカッチャトーレが子供のヴァンピーロへと向き直る。
ヴァンピーロの夫妻同様、この子供も屠ろうと、カッチャトーレの剣が子供目掛けて振り下ろされた。
しかし、子供の首が撥ねられることはなかった。
泣きじゃくる子供から発せられる魔力が、周りの何もかもを無に帰していた。
その動く絵に、俺は目が釘付けになった。
小さなほんの小さなヴァンピーロは、それから一人で生きてきた。
人間から命を狙われ、身を隠しながらたった一人で。
人を屠って来ていたヴァンピーロの家族が、カッチャトーレに討たれたのは仕方のないことだと思う。
人の敵であるのだから、命を奪っているのだから、脅威を排除するのは当然の行いだ。
だが、一家を襲ったカッチャトーレは子供を仕損じてしまった。
子供は恨みを抱き、そして独りで生きていく上で、その恨みや恐れを増幅させて育ってしまった。
ちらりと領主を見上げる。
領主は感情のない顔でその一部始終を見てから、何事かを思案するように顎髭を撫でた。
「あの、領主も…人に命を狙われたりしたのか?」
領主は俺に顔を向け、苦笑して答えた。
「…私は…まぁ、確かに目の前で両親を失ったが…私はその両親を奪った男に育てられた」
衝撃的な告白に、俺の方が目を剥く。
「私を引き取った男は、本来は貴族だった。だが、私の両親に妻子を殺され、復讐を誓いカッチャトーレとなった。だが両親を手にかけた時、私がその亡くした子供と同じくらいの年で、男は涙を流して私に詫びてくれた」
「それで、許したのか?」
「男は…育ての親は私を心から愛し、育んでくれた。時間はかかったが、許すことができた」
領主の言葉を聞いて、思わずホッと息を吐く。
だが、と先ほど見た光景を思い出す。
あの憎いヴァンピーロの過去を知り、少しばかり動揺してしまう。
人を憎み、虐げる理由は分かった。
無理もないとすら思う。
小さなヴァンピーロは自分の身を護るために、そして命を繋げるために人に敵対したのだ。
…だが俺にしてきた仕打ちは、どうしても許せそうにない。
「エツィオ」
俯いて思い悩んでいた俺の顎を取り、領主が俺の顔を上げさせた。
優しく微笑む彼は、諭すように俺に言葉をかけた。
「エツィオ、何も許す必要はない。確かに、私も同じ道を歩めば、あのような非情なヴァンピーロとなっただろう。だが、君にした仕打ちと、ヴァンピーロの生きてきた境遇は何も関係がない」
「…だが…」
「私の両親も、人の命を多く奪っていた。だから討たれたのだ。君の世界のヴァンピーロも、人々を苦しませ続けるのなら、誰かが立ち上がらねばならない」
確固とした意思で領主が断言する。
「私が直接手を下せればいいのだがな…」
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