@acbh_dmc4
エツィオは長い長い夢を見ていた。繰り返される裏切りと殺戮。真っ赤に染まった己の両手は、さらなる裏切り者の血を求めて剣を振るう。
終わりの見えないその悪夢は、己の人生とさほど変わりない。
まるでデジャブのような粛清の先に待っているのは、安寧か更に続く煉獄か。
虚しさに天を仰げば、まるでエツィオの心を表すように涙雨が顔を打った。
体の怠さと酷い頭痛に意識が浮上する。
見ていた夢の内容は覚醒と同時に忘れたが、現実より酷い悪夢もそうないだろう。完全に起きてしまう前に、もう一度夢の帳を下ろそうと、エツィオは億劫そうにゴロリと寝返りを打った。
しかし、眠りを誘う柔らかなシーツの感触はなく、代わりに堅い床がエツィオの肩を押し返した。
どうにも寝苦しいと感じていたのは、己がまだ鎧を着こんだ状態で、どうやらベッドで休んではいないかららしい。
何故己は堅い床に寝そべっているのだろうか?テベル塔にある簡易ベッドも大概固いが、これはそういった場所ではない。肩に感じるそれは木の固さとは違う、明らかに石の感触だ。
こんなところで寝ていれば体を壊しても仕方がない。ゆるくため息を吐くと、ゆるりと瞼を開いた。
そしてエツィオはまたも己の置かれた状況のおかしさに混乱を極める事となった。
せいぜい目を開けたらテベル塔の執務室か、もしくは仮眠室のどちらかの埃っぽい床だろうと思っていた。
しかし目の前に広がるのはだだっ広い真っ白な空間に分厚い白い壁が四方に伸びている。
人の気配はなく、ここに居るのはエツィオ一人のようだったが、こんな所に運ばれた記憶は無い。
目が冷めたと思っていたが、未だ夢から覚めてはおらず、悪夢に囚われているのだろうか?
それにしては五感はハッキリしているし、あまりにもリアルだ。
床を撫でてみる。
硬質で温度のない滑らかな大理石のような感触。どことなくあの楽園の果実を髣髴とさせる手触りだ。
今度は立ち上がり、周りを見渡してみる。
四方に立てられた真っ白な石の壁。高さはそれほどでもなく、難なく登れそうだ。
しかし、奥にはさらに高い壁が聳え立っている。
これほど大きな大理石は見た事もない。
だが、感触こそあの石に似ているが、ここにある壁たちは一様になんの混じりけもない純白だ。
一先ずここの全体を見ておきたいと思い、この周辺で一番高い壁を駆け登る。
視界を遮っていた壁の上へと到達すれば、さらに奇妙な光景に唖然とした。
巨大なブロック状の石壁が一際高い支柱を中心に山なりに聳えている。
かと思えば、支柱から離れたエリアにあるブロック群は、まるで迷路を作るように入り組んでおり、2階建てほどの高さの
目が痛くなるような白の世界に、一際目を引く赤い階段や、等間隔に配置された赤い突起物。そして巨大な支柱の角に設置された赤い台。
あの赤い突起を伝えば、一番大きな支柱の天辺まで登る事が出来そうだ。
だが、いかにも登ってくれと言わんばかりの様相に胡散臭さが際立つ。
しかしこうしていても仕方がないと、エツィオは滑らかな支柱を目指して静かに移動した。
等間隔に配置されている支柱に飛び移り、赤い突起のついている一番大きな支柱へと向かう。
長かった距離を詰めていき、支柱を見上げる。
赤い突起は壁を駆け上がれば、調度届く程の高さに設置されており、その突起は一見硝子のようにも見えた。
意を決して駆け上がり、つるりとした突起を掴む。
見た目とは裏腹に掴まり易く、まるで指に吸い付くような感触だった。
腕に力を込めて体を持ち上げる。
まるでヤモリにでもなったかのように、上へ上へとあっという間に登りきり、支柱の天辺へと立つ。
真っ白いこの空間を、一際高い支柱から見下ろした。
まるで迷路のような造りで、デコボコと白く四角いブロックが連なっている。
時折あの赤い階段や突起たちは赤と白の光を放ち、一瞬だけ姿を歪めたかと思うと形を取り戻す。
思わず目頭を揉み、もう一度辺りを見回した。
きっとこれは夢なのだと思うが、一向に覚める気配もない。
ここ最近、任務と弟子達の指導に根を詰めていたし、どうやら相当疲れているらしい。
クラウディアの言うとおり、たまには休息もとらねばと反省する。
大きく溜息を吐き、白い支柱の縁に腰掛けて立てた膝に頬杖をつく。
正直、こうしてボンヤリとする時間が出来てしまうと、余計な事を考えて心が挫けてしまいそうになる。
人々の自由と尊厳を護る為に戦い、そして家族の復讐に生きる。しかし其処に俺の人生はない。
まるで運命に翻弄されて、抗う術なく誰かの掌で踊らされているようだ。
愛しい人と穏やかに笑い合う事も出来ず、父のように家庭を持つ事も出来ないのかもしれない。
鬱々とした考えを、頭を振って追い払う。
今は考えても詮無い事だ。やるべきことをやらねば。
今はただ、進む事しか出来ぬのだから。
視界の端に何かが動くを見止め、そちらへと顔を向ける。
初めて見る白と赤以外の色彩に目を奪われる。
その起き上がった何者かは、きょろきょろと辺りを見渡して、不思議そうに小首を傾げた。
そのどことなく見覚えがある後姿を、目を眇めて見つめる。
すばやくこの高い支柱から伝い下り、ある程度の高さから飛び降りた。
この白い石は俺の着地の音を吸い込んで、辺りに気配を悟らせない。
高い支柱から見つけた人影を追い、気配を殺して細心の注意を払って移動する。
完全に隙だらけのその者が、壁を登ろうと勢いをつけるために腰を引いた。
俺は音もなくその者と距離を詰め、背後から羽交い絞めにし、アサシンブレードを首元に突きつけた。
「騒げば殺す。抵抗をするな」
「……っ!!」
青年が俺の突きつけたブレードの先を見て息を呑む。
背格好は全く俺と同じだが、横から覗く輪郭はまだ幼さを残す。
少しでも動けばやられる事を理解している青年は無駄な抵抗はせず、緊張感を滾らせ、状況を見極めようとしているようだった。
「お前の名はなんと言う?」
「…ド、ドメニコ…」
青年は何とか震えそうになる声を必死に張って答えた。
だが動揺するその姿が、偽名だと知らせている。
「エツィオ・アウディトーレ・ダ・フィレンツェ」
「!!」
「違うか?」
「ち、違うっ!!」
名を当てられた途端に肩を揺らす。
それではそうだと答えているようなものだ。
一つ溜息を吐き、青年を押さえていた腕を放し、足を払って地面へと縫い付ける。
咄嗟に起き上がろうとする青年の胸を蹴り付けて、もう一度床に転がす。
青年は俺を見上げて、息を呑んだ。
「…ア、サシン…?」
青年は呆けて俺に疑問を投げかける。
聞きたいことはそれだけかと、息を吐いてから自身の被っていたフードを取った。
目の前の青年は俺の顔に指をさして、ぱくぱくと口を開閉させた。
「アンタ、アンタは…そ、その顔…」
「それで、お前はエツィオ・アウディトーレか?」
青年を見下ろし再度問う。
目の前の青年も被っていたフードを取り、こくりと首を振って肯定した。
「……そ、そうだ」
狐につままれたような顔をする目の前の青年は、俺が問うた名前で間違いないと肯定した。
フードを取ったその顔に髭はなく、まだ幾許か幼さの抜けない顔は、迷子の子供のようにしょんぼりとしていた。
しかし、まったく奇妙な夢だ。
こんな何もない真っ白な空間に、過去の俺。
青年の姿は嫌でも過去の悲しみを思い起こさせる。
「……なぁ、俺何もしないからいい加減この足退けて欲しいんだけど…」
青年はまるでそんな俺の心など知らぬといった態で、能天気に足を退けろと言ってくる。
得意の足技で永遠に起き上がれなくしてやろうかと一瞬思ったが、無様な自分の姿など見たくもない。
仕方なく青年から足を退けてやると、上半身のみを起こし俺を見上げて呑気に笑いかけた。
「なんか変な夢だな。真っ白な世界に俺に似た奴が出てくるなんて…」
「夢…?」
「夢だろ?でもどうせだったら男じゃなくて、もっと可愛くてセクシーな女性とかだったら良かったのに」
空っとぼけた青年は、だらしのない顔で阿呆みたいな事を宣った。
そりゃ俺とて幾ら見目が良くても男…そもそももう一人の自分なんて出てきても何も楽しくない。
しかし夢にしては実にリアルだ。
五感もちゃんと働くし、この一見過去の自分も触れた感触だってある。
痛覚は…
「いてっ!!アンタ何すんだ!何で殴った!?」
「痛みを感じる…本当にこれは夢か?まるで現実だ」
「………」
青年を殴った左手が仄かに熱を帯びる。
辺りを再度見回して、出口はないかと探る。
青年に背を向け、一拍置いた後体を横にずらせば手刀が空を切った。
馬鹿にしたように目を細め、片眉を上げて見返せば、悔しそうに青年が悪態を吐いた。
「体の動きが大きすぎる。それではわざと気配を知らせて避けてくれと言っているようなものだ」
「くそっ!だからって人を殴るなよ!」
ブーブーと文句を垂れる青年に口だけの謝罪をくれてやると、また辺りを見渡せる場所に移動しようと歩き出す。
あの中央の高い支柱に登らずとも、その辺のそこそこ高い支柱に上がれば十分だ。
出口を見つけられればいいのだが……
また青年が喧しい声を上げて俺について来る。
文句を連ねる青年を無視して俺が壁を駆け上がれば、焦ったように後に続いた。
今一度辺りを見渡す。
ずっと遠くを目を凝らして眺める。
四方を高い壁で覆われているようだが、こんなに広大な建物は見た事がない。
頭上を仰ぎ見てみるが、壁と同じ白色が広がっており、ここがどうなっているのかまるで分からない。
ここが屋内なのか、はたまた野ざらしの空間なのか…濃い霧に包まれたようにどこまでも続く白さに、徐々に不安が募ってゆく。
気の滅入りそうになる空を見るのは止めて、出口を探すべく四方に聳えている壁へと向かう。
遮蔽物で見えなくなっている位置に、出入り口がある事を祈る。
「な、なぁ…痛いって事はさ…これって夢じゃないんだよな…?」
青年が不安そうな顔で俺を見つめる。
そうして見られると、不安で途方に暮れそうだった心がしゃんとした。
俺が確りせねば、ただパニックになっても何にもならない。もう少し心を落ち着けるため、深く息を吸う。
「分からんが、ともかく出口があるか探すしかあるまい」
「…うん」
壁沿いをひたすら歩く。
四方の壁は一面だけでもかなりの距離があり、ここが本当に広大だという事が分かる。
そして奇妙な事象は其処ここに点在していた。
柱もないのに宙に浮いている薄い床。
近寄る前には形がぼやけている真紅の階段は、俺たちが近づくにつれてその形をハッキリさせる。
硬い床は幾ら歩いても疲れを感じさせず、足音すら吸収しているようで、何の音もしない。
そして片面の壁を全て歩き終えたが、出入り口らしきものは見当たらなかった。
「なぁ、俺、たち…もしかして死んだのかな…?」
「何を言い出すんだお前は」
「だって、こんなことおかしいよ。それに俺、ここで眼を覚ます前、足を滑らせて屋根から落ちそうになったんだ……本当はあの時滑り落ちて…きっと、当たり所が悪くて…」
「俺は部屋で書き物をしていた。命を落とすような要因はない」
青年が泣きそうな顔で俺を見つめる。
不安を紛らわすように青年の頭を乱暴に撫でるが、青年は浮かない顔で俯くのみだった。
通常なら優しい言葉の一つでもかけてやるのがいいのだろうが、情けない顔を隠しもせずに曝す嘗ての自分の姿に苛立ちを感じる。そのような弱さが己の破滅を齎したのだと。
内心で舌を打ち、どうすることもできないまま一先ず行動を起こそうと青年から背を向けた。俺が離れれば、こんな場所で心細くなった過去の俺は慌てて俺を追うだろうと思い、無視をして壁を駆け上がる。
しかし青年は後に続こうとせず、俺の姿が見えなくなっても追ってくる気配はしなかった。
2ブロックほど壁を超えた辺りで、体を反転させ来た道を戻る。越えた壁の上から青年を見下ろすと、志半ばで茨の道から転げ落ちたと信じてやまない青年は、今にもその大きな両目から大粒の雫を零しそうになっていた。
「……そういえば、俺の名を言っていなかったな。俺は、エツィオ・アウディトーレ・ダ・フィレンツェ。
どういうわけだかお前と同じ名で、20年ほど昔にお前と同じ服を着て、家族の仇をとるために暗躍していた」
青年が驚いたように俺を仰ぎ見た。
青年に向かって手を差し伸べれば、戸惑うようにおずおずと差し出した手を握る。
「お前は、たとえ死んでも、奪われた家族の仇を討たなければならない。死ぬ事は許されていない」
青年の手を強く握り、引っ張り上げる。
驚いた顔を決意に変えて、青年が頷いた。
壁を登り、手の甲で瞼を擦ると、情けない顔を引っ込めた。
「アンタ、いくつなんだよ…」
「42だ」
「なら、あと20年以上は生き残れるんだな」
穏やかに笑い、向かおうとしている壁の向こう側を見据える。
容姿は嘗ての自分とは言え、若者が決意し、前に進もうとする姿は好ましい。
思わずこちらも笑みを乗せると、青年は僅かに目を見張り、驚いた風に俺の背後を見つめた。
「今、何か動いた…」
「後方か?」
「うん、アンタの後ろの壁…右側に」
念のため用心をし、アサシンブレードを構えて、青年の言う場所へと歩みを進める。
青年には後方を見張らせ、壁の奥を覗き込む。
人の気配はなく、風景の何処にも変化は見られない。
何者かが目の前の壁の影にでも隠れているかもしれないと想定し、今一歩足を踏み出そうとした時ーーー
「随分妙な事になっているな」
頭上から声が降ってくる。
咄嗟に身を翻し、青年の襟首を掴んで声のした壁から離れ、頭上を仰ぎ見た。
灰色のアサシンの装束を着た、初老の男が俺たちを見下ろしていた。
「ああ、10年程前の私は流石と言ったところか」
満足げにそう呟くと、軽々壁から飛び降り、俺たちの目の前で音もなく着地した。
男はにこやかに微笑みかけるが、一分の隙もなく、威圧感に圧倒される。
「お前は何者だ!」
警戒を解かず、男に詰問する。
男は柔和な顔で俺たちを眺めると、可笑しそうに笑ってから自己紹介をした。
「これは申し遅れた。私はエツィオ・アウディトーレ・ダ・フィレンツェと言う。お前たちと同じ名だ。
ところで、ここら一帯はもう見て回ったのかな?」
サラッと聞き捨てならない自己紹介をされたが、男の纏う雰囲気が反論を許さない。
青年をチラリと横目に見てから、僅かに下がらせて男を見据える。
「…いいや、これからあの壁の向こうを確認しに行こうとしていた」
言って、男の背後に聳える一際高い壁を指す。
しかし示された壁をみて、男は一つため息を零した。
「向こうに出口はなかった。まぁ、妙な事は起こったがな」
「妙な事?」
「ボルジア兵が湧いて出て来た」
『湧いて出て来た』とはいったいどういう事だ?
出てこれるのならば、やはり出入り口があるのではないかと思い、青年に目配せし、男がやって来た方角へと歩き進める。
しかし男は俺たちにそれ以上声をかけることなく、見送った。
青年は不安そうな顔で男を振り返り、盛んに俺のマントを引っ張り、着いて来ない男を放って置いて良いのかと聞いてくる。
青年は無視して、元々目指していた壁の向こう側へと向かう。
少々高めの壁を駆け上がり、体を持ち上げようとしたところで、赤い兵服を着たローマ兵が壁の上を警備しているのが見えた。
咄嗟に身を屈め、下へと降りる。
青年が直ぐに壁を戻った俺に、間の抜けた顔でどうしたのかと尋ねた。
声を潜めて番兵が居ることを伝え、青年に壁際に寄るように指示を出す。
俺達は壁に身を隠しつつ、番兵が警備をする姿を盗み見た。
「ボルジア兵だ。奴らを撹乱し、出入り口を探すぞ」
「えっ?ということは、俺たちはテンプル騎士団に拉致されてここに運ばれたのか?」
怪訝な顔をして青年が俺に問いかける。
確かに感覚こそ現実のそれだが、しかし、と青年を見つめる。
テンプル騎士団が俺達を殺しもせず、こんな場所に放置するなど有り得るだろうか。そんな事をして一体誰に何の得があるというのか。
そもそも青年は明らかに過去の自分自身だ。
イタリアに、しかも同じアサシンで同姓同名、顔まで同じ者が存在するなど有り得ない。
それこそこれは転寝してしまった俺の夢だという方が現実味がある。
しかし、たとえ夢であってもこんな悪夢のような状態から抜けられるというなら、動かない手はない。
「これを現実とは認めたくはないが…まずそう仮定して、とにかくこの場所から脱出するぞ」
「…わ、わかった」
「まず俺が中央の番兵をやる。お前は手前にいる番兵を適当に攻撃しろ。だが、殺すな」
青年が頷くのを確認して別れた。
白い壁の間を縫うように等間隔に配置されている、支柱の上に立つ番兵の下へと忍び寄る。
番兵の背後から壁を上り、隣の壁にいる仲間に気付かれるよりも早く、標的の背後へと忍び寄り、派手に音を立てて引き倒してから首にアサシンブレードを突き立てた。
ゴボリと口から血を吐き出して番兵が絶命する。
その一瞬の出来事に、他の番兵が騒ぎ立てると同時に、背後から悲鳴が上がった。
「走れ!」
そう背後の者に叫ぶと、壁から飛び降り、青年の居た壁の方へと向かう。
青年も壁から飛び降りるところで、俺を見留めてこちらへと向かって走り出した。
その後を遅れて片腕を抑えた番兵が後を追う。
「撒くぞ。お前は向こう側から回れ。2ブロック先にある壁からあの高い壁の上に登り、隠れていろ。俺もそちらに向かう」
「分かった」
青年を先に行かせ、背後を伺う。
追いかけてくる番兵は二人。
一度速度を落とした俺の方に二人の番兵は標的を絞り、俺が青年とは反対側の通路へと駆け出すと、狙い通り二人とも付いてきた。
この二人を適当に撒き、撤退と増援を誘う。
一人は腕に軽くない怪我をしているし、俺の姿が消えれば深追いはせず、戻るはずだ。
速度を上げて壁を登り、また飛び降りては番兵との距離を離す。
そうして完全に番兵達から見えない位置へと回り込んで、青年へ指示を出した場所へと向かう。
俺が指定した場所へと来ると、青年が身を屈めて慎重に俺の方へと駆けて来た。
「な、なぁ…ここ、やっぱりおかしいぞ…ここって結構高い位置にあるから、貴方が倒した番兵の居た場所も見渡せるんだけど、いつの間にか死体が消えてるんだ!」
「なに?」
青年の言う俺が倒した番兵が居た場所を振り返る。
3つ、等間隔に並んでいた白い壁の上には、俺が始末した番兵の姿は見当たらなかった。
それどころか、倒した直後には血溜まりが出来ていた白い地面は、染み一つ見つからない。
他の番兵を引き付けている間に片づけたにしても早すぎる。
だが、死体の有無などは今はどうでもいい。
出口を見つけるためにあの番兵達を襲ったのだ。撒いた番兵達の姿を探せば目的は達成されるはずだ。
しかし予想に反して番兵達は自分たちが警備をしていた場所へと各々戻ってきていた。
青年が攻撃をした番兵も、何事もなかったように配置に戻る。
その時だ。
俺が殺した番兵が居た場所に霧のような影が出現し、それが徐々に人の形を成し、殺したはずの者が姿を現した。
「やぁ、首尾はどうかな?」
急に背後から声をかけられ、俺と青年は咄嗟に身を翻して、声の主から距離を取った。
先ほどの初老の男が朗らかに微笑みかける。
そして身を屈め、俺たちが覗いていた3人の番兵達を見下ろす。
「あのボルジア兵達はどこからともなく無限に湧いて出る。私も数時間ほど粘ってみたんだが、埒が明かなくてね」
「なら何故俺たちに会ったときにそう言わなかった!」
「信じないだろうと思ったのだ。実際に体験してもらえば話も早い」
飄々とした男の態度は、いっそ馬鹿にされているようで腹立たしい。
きつく睨み据えれば、男は小首を傾げて「どうしたんだ?」と宣った。
そして男は意味ありげに番兵へと目配せをし、顎髭を撫でてから独り言ちるように問いかけた。
「番兵が姿を現した瞬間を見ただろう?あれは何かに似ていると思わないか?」
「…何かに似ている?」
言っている意味が分からず、困惑してしまう。
だが、答えは期待していなかったように男が続けた。
「あの番兵の現れ方は、林檎の力で分身を作り出したときに似ている」
「!!」
番兵の姿を今一度確認し、それから男へと視線を向けると男が頷いた。
いよいよこの空間の異質さに不安が募る。
「林檎の力で分身を作る?」
一人蚊帳の外で事態をまったくわかっていない青年に、男は顔を向け、言い含める様に説明した。
「お前はまだ知らない事だったな。原理は分からんが、何もないところから人間を出現させる。そんなことが出来る秘宝があるのだ」
「そんな、御伽噺じゃあるまいし…」
「ああ、御伽噺ではない。だからこそ、今のこの空間が厄介なことこの上ないのだ」
男が番兵を睨みながら独り言ちるように呟く。
俺よりも色々と事情を知っていそうな雰囲気だが、それでもお手上げだというのだろうか。
しかし俺たちよりも先にあの番兵達に同じことを仕掛け、突破口を見いだせなかったのだ。
事態は思ったよりも深刻なようだ。
唇を引き結び、恐ろしい思考に引きずられそうになっていると、男が俺の顎を取り顔を上げさせた。
「そんな顔をするな。楽観は出来んが、ある意味見当はついている…まぁ、だからどうするということも出来ないのだが…」
男が苦笑し、お道化る様に肩をすくめて見せる。
ちっとも動揺していないその姿に、僅かに励まされ、とりあえずこの状況をどう切り抜けたものかを考えようと気持ちを切り替えた。
「見当というのは、エデンの果実に関しての事か?」
「ああ、林檎の外にもまるで魔法のような物がいくつもある。その中で人の記憶を覗くものがあった。その記憶を覗くと、まるで己が実際に体験したように感じるのだ。
ここは夢にしては現実味がありすぎるし、あのエデンの欠片の仕業としたら、あるいは…」
まだそんな不思議なものがあるのか。
写本にもいくつか記録がある、エデンの欠片。
恐ろしい力を持つと言う杖や、我が伯父マリオから引き継がれたエデンの布と言い、一体いくつ恐ろしい力を秘めた秘宝が眠っているというのか。
だが男の言うことは同時に疑問を与えてくる。
俺はともかく、青年はエデンの欠片とは未だ無縁の筈だ。
俺とてその「人の記憶を覗くエデンの欠片」にはまだ関わっていない。
「この事象がエデンの欠片がきっかけだとして、俺はともかく、この若いのがここに居る説明がつかない」
「ふむ、……直接ではないが、身近に欠片を所持している。伯父上からまだ説明はされていないと思うが、聖地には聖骸布も保管されている。もしエデンの欠片が互いに共鳴しあっていたとしたら、何らかの影響を受けていてもおかしくはない」
成る程。エデンの欠片に呼ばれたという仮説は、それであれば説得力がある。
ならば、どうすれば帰れるのか…
「エデンの欠片を探す」
俺の宣言に青年と男が俺を見つめた。
もしあの番兵達が林檎の力で出現しているとしたら、やはり怪しいのはあの者たちが警備している、あの場所だ。
あの付近を番兵に気付かれずに探す。
そう思い、もう一度白い柱から飛び降りようとしたところで、男の声で制された。
「私が同じことを考え、調べなかったと思うのか?あの付近には何も見当たらなかった。何の変哲もない白い支柱があるだけだ」
「アンタで見つけられなくとも、俺なら何か気付くことがあるかもしれない」
「鷹の目で辺りを見たが何の痕跡もなかったのだが…まぁ、いい。では結果が出たら教えてくれ。私はここで待って居よう」
俺の事など何でも知っているという風な口ぶりに、苛立ちを感じ、男を睨みつける。
しかし、ふとこの男の自己紹介を思い出す。
「エツィオ・アウディトーレ・ダ・フィレンツェ」
俺の名だ。
そして、チラリと俺と男を心配そうに見やっている青年を見る。
信じがたいことだが、この青年は確実に若い頃の俺だ。
そして男を見る。
随分と年齢を重ねてはいるが、俺があと数十年もすれば同じような見た目になるのだろう。
血が近いというよりは、この男も「俺そのもの」の姿形をしている。
俺が青年に「これは俺自身だ」と確信するように、この男も俺を「自分自身である」と確信しているなら、きっと本当に俺の何もかも知っているのだろう。
またこの不可解な状況においても余裕を崩さず、確かな経験に裏打ちされた自信に満ちている。
この男に従えばきっとこの場を打開できるのではないか、とそう思う。
だが、俺はこの男が信用できない。
優し気な笑みの仮面の下に、不穏な影が潜んでいる気がしてならない。
「な、なぁ…この人の言うとおりにした方がいいんじゃ…」
睨み合う俺と男を仲裁するように、青年が間に入って取りなそうとする。
困ったような顔に毒気を抜かれたが、一つため息を吐いて青年に指示をだした。
「俺一人で確認してくる。お前はその男を見張っていろ」
「見張るって…」
青年の言葉を振り切って壁を降りる。
素早くあの3人の番兵の下へと駆け、気配を悟られぬように慎重に辺りを探る。
そして意識を集中させて周りを見渡そうとした瞬間、背後から怒声が降り注いだ。
「アサシンだ!アサシンが居るぞ!!」
背後に迫る番兵は、まるで分裂するかの如く数を増やし始めた。
同じ顔がずらりと並ぶ。
その異様な光景に背筋を冷や汗が伝う。
あまりの不気味さと通路を埋め尽くす番兵の数の多さに、この場から逃げようと退路を確認する。
しかし左右を挟み込むように番兵達が通路に雪崩れ込んできた。
ならば上だと、白い支柱を見上げれば、一人だけだったはずの見張りの番兵が、やはり数を増やして見下ろしてきた。
まるでネズミを追い詰めた猫のように、勝ちを確信し、笑みを浮かべた番兵達が迫りくる。
俺は腹を決め、思い切り息を吸い、ゆっくりと吐き出すと、両腕からアサシンブレードを引き出して、先頭の番兵へと飛び掛かった。
先頭に居た番兵の喉を掻き切り、目くらまし代わりにブレードについた血を辺りに振りまいた。
一斉に番兵達が同じ格好でたじろぐ。その隙を突くように俺はアサシンブレードを的確に敵の喉元に叩き込み、ひたすら切り捨てていった。
番兵が俺の動きを抑えようと突進するのを避け、足払いをかけ薙ぎ倒す。
それに足を取られて雪崩れ込んだ番兵達を足蹴にし、なんとか人の居ない通路へと向かう。
立ちはだかる敵は体術とアサシンブレードで切り捨て、ひたすら前へ前へと進む。
しかし、倒れた番兵にこちらも一瞬足を取られた。
バランスを崩したのを持ちなおそうとしたが、打倒した番兵の一人が俺の足を掴み、引き倒されてしまった。
俺の近くにまで迫った番兵がその手に握った凶悪な斧を振り上げる。
何とか足を掴む番兵の腕を蹴り上げ、横に転がって斧を避けた時、パァンと乾いた音が辺りに響き渡った。
「こっちだ!」
番兵の悲鳴の合間に、俺に向かって男が声を上げた。
まるで舞うように敵を切りつけ、軽やかに敵をなぎ倒していく。
番兵達はなんとか男を抑えようと集団でかかるが、俊敏な動きで同士討ちを誘い、相手の武器を奪って一息に敵を串刺しにする男に成す術もない。
そして敵の層の薄い、俺の前方から青年が飛び出し、俺が相手をしている番兵に襲い掛かった。
「早く!逃げよう!!」
助けに来た青年が必死に敵に向かい、剣を振るう。
俺も目の前の敵にブレードを叩き込み、道を切り開くように番兵をなぎ倒していった。
かなりの人数を倒した筈だが、暫くすると足元に転がっていた屍は次々に姿を消していった。
果てしなく湧き続ける番兵から逃げる様に近くの白い壁を登る。
俺を引き摺り下ろそうと向かってくる番兵の頭を足場代わりにして勢いよく飛び移れば、青年と男もそれに続いた。
「おい!アンタ、こうなることを知っていたのか?!」
「…知っていたが、まさかあれ程の数が出てくるとは予想外だった。私の時はせいぜい十数人だったが、警戒が強まっていた所に、お前が同じことをやったのでああまで酷い事になったのかな?」
白い支柱を駆け抜けながらそんな会話を交わす。
男はなんとも呑気な感想を述べ、俺を呆れさせた。
「忠告位しろ!危うく死にかけた…」
「無駄だというのに、人のいう事を聞かないのだから仕様がない」
やれやれと肩を竦めて見せる。随分と余裕があるものだ。
しかし、これであそこにエデンの欠片があることは確定したのではないか。
でなければあそこまで兵を出現させ、周りを探らせないようにする事はないだろう。
しかし、どうしたものか…あれではあの付近をゆっくり調べることなどできない。
「アンタだってあの付近が怪しいとは思っているんだろう?
あそこまで兵を出現させたのだ。エデンの欠片の力が作用しているのは間違いない」
「ああ。だが、先ほどもざっと視てみたが、やはりあそこに隠し扉の類が見当たらないのだ。
まぁ、もう少し注視することが出来れば、もしかしたら何かわかるかもしれんが…」
追っ手を撒いて、落ち着けるところを探す。
番兵が居るところから大分離れた場所で、赤い階段のある、少しだけ開けた場所に腰を下ろした。
横目に支柱もないのに宙に浮いている白い板を眺め、そして男に顔を向けた。
2度、男の忠告を無視して死ぬ思いをしたのだ。
どうにも胡散臭さを感じていても、この男には逆らわない方がよさそうだ。
「なぁなぁ、これどうなってるのかな?」
相変わらず年若い俺は呑気に浮いた板を見つめて、場にそぐわぬ声を上げる。
そして好奇心のままに、壁を駆け上がり、浮いた板に飛び乗った。
「なぁ?これもそのエデンの欠片と関係あるのか?」
人が飛び乗っても沈むことなく、またブレることもない白い板に感心する青年を見上げる。
男は微笑ましいものでも見る様に微笑して、青年の下へと行く。
「それはどうかわからんが、ここ自体がエデンの欠片と関係が深そうだから、そうなのかもな」
「やっぱり夢とかじゃないのか?」
「そうだな。確かにその方がしっくりくる。ここはあまりに現実感が乏しい…」
青年が途端に不安そうに顔を曇らせる。
それに苦笑した男が、青年においでと片腕を上げて声をかけた。
素直に従った青年が、宙に浮いた板から飛び降りて男の元へと向かう。
そして男は笑んで青年の頭を撫でてやった。
「あ、あんまり子ども扱いするなよ…貴方といい、あの人といい…」
よくしょぼくれる青年は、それでも幾分かまた気持ちを持ち直したようで、文句を言いつつも少しだけ笑顔を見せた。
男が優しい笑みを浮かべて、青年の肩を叩いて俺の元に戻る。
3人輪になってここまで見て来たこの場所や現状について確認しあう。
神妙な顔をしてそれを聞く青年と、すまし顔の男を見渡し、俺は口を開いた。
「俺としては、やはりあの場所を調べるべきだと思う。勿論、俺の目よりアンタの方が精度が高いのだろうから、俺とこの若いのでなんとか隙を作る」
「ふむ、だがあの狭い通路で数で押されるとどうしようもないぞ?」
「数が減るまで戦うしかないだろう。あの場で出現させられる人数に限りがあるのを祈ろう」
我ながら行き当たりばったりのお粗末な計画だと思う。
男もきっとそう思っているだろうに、俺の計画に良いだろうと頷いた。
「これが夢ってことも考えて、覚めるまで待つってのは駄目なのか?」
青年が楽観的な提案をする。
そんな青年を邪険にすることもなく、男は青年に振り向き、優しく声をかけた。
「私はそれでも構わんが、お前達は大丈夫か?暇が出来ると余計なことを考え込んでしまうからな。
特に真ん中のお前は…色々辛い出来事が重なっているだろう?」
心配そうに男が俺に声をかける。
「夢」にしてはいやに思考がクリアなため、男の言うように、今の状況や自分の目的、教団での立場などが頭を過り、あまりジッとして居たくないのは事実だ。
青年とて同じ事で、男の言葉に力なく頷くと、先ほどの計画を進めようと同意した。
男の提案で、まずはあの付近の状況を確認するため、ある程度の距離から3人で周囲を観察する。
先ほどの大量の番兵の出現は、鷹の目を使うと反応して出現するのではないかと仮定し、どの程度の距離なら感知されないか試す様に、ジリジリと距離を詰めていった。
青年を先頭に、距離を開けて俺と男が続く。
俺が青年に続いて鷹の目で周囲を確認している間は男が後方を警戒し、男が俺の後に鷹の目で周囲を確認する際は俺が周囲を警戒した。
青年は俺が見つかってしまった位置よりも、かなり支柱との距離を縮めていたが、支柱の上に立つ番兵はおろか、周囲には何ら異変は見られない。
青年が番兵が守る柱の程近くまで移動する。
俺はそんな青年を追おうとしたが、男に腕を取られて止められた。
一先ず、青年に現状を見て周らせようと耳打ちをされる。
青年も、少々不安そうに身を屈めた状態でこちらを振り向いた。
男が身振りで辺りを一周して見て周る様、合図を送る。
青年が男の指示に頷き、支柱の上に立つ番兵をチラリと見上げると、猫のような俊敏さで柱へと一気に距離を詰めた。
番兵の直ぐ近くで、上体を低くし移動しながら辺りを見回す。
支柱をぐるりと周って壁面を確認し、次いで足元を見て周るが、その表情は芳しくない。
こっそりとまた俺たちの方へと駆けてくる青年は、眉根を寄せ残念そうな顔をしてこちらへと戻った。
「何も見つからなかった…壁も床も綺麗で、番兵達と戦った形跡すらなかった」
「しかし、何故お前は気付かれなかったんだ?先ほど俺があの支柱の近くに行った時は、鷹の目を使用したら直ぐに後ろから番兵が現れた…」
「ふむ、」
俺が疑問を口にしたところで、隣の男が徐に立ち上がり、支柱の上に立つ番兵2人に向かってナイフを投げた。
2つのナイフは番兵の首へと吸い込まれるように刺さり、短く悲鳴を上げたかと思うと倒れ伏して絶命した。
そして次に一番奥にいる番兵を仕込み銃で撃ち殺す。
その早業にあっけにとられていると、男が青年に向かって指示を出した。
「あの支柱の上を鷹の目で見てきなさい」
「えっ」
「ほら、早く」
背を押し出して青年を送り出すと、青年は言われるまま、急いで支柱を駆け上がり、キョロキョロと支柱の天辺を見て回った。
一つ目の支柱には何もなかったのか、直ぐに真ん中の支柱へと飛び移る。
すると程なく、青年が真ん中の支柱の中央付近で身を屈めた。
明らかに何かに反応を示している青年に、思わず身を乗り出そうとした処で、男が俺を制するように腕を上げた。
「エツィオ、お前はここに残れ。私が指示を出すまで出てくる事はならん」
それだけ耳打ちすると、素早く青年の下へと駆け出す。
一駆けで支柱を登り、また出現し始めた番兵を薙ぎ倒し、投げナイフで遠くの敵を打倒して青年の下へと合流した。
少しの間、青年と男が話し込む。
男がもう一つの支柱を指差せば、青年がそちらへと飛び移り、支柱を確かめてから男に向かって首を振った。
何を話しているのか、そしてそこに何かがあったのかが気になり、やきもきする。
すると、男が俺の方へと振り向いて腕を上げた。
男の合図で俺は真ん中の支柱へと駆け寄る。
すると、その瞬間に支柱の上からまた数人の番兵が姿を現した。
真ん中の支柱を守る様に番兵が隊列を組んで取り囲む。
それを上から青年が道を開くように番兵に襲い掛かった。
支柱の上では男が現れる番兵を片っ端から切りつけていく。
俺が真ん中の支柱に向けて駆け寄ると、男が声を張って俺に指示を出した。
「エツィオ!ここに来い!」
奮闘する青年を見やると、青年も男の言葉に頷いて視線で上を指す。
襲い掛かる兵を切り伏せ、また足場代わりに蹴りつけて一気に支柱へと駆け上がる。
男は溢れる様に出現する番兵達の足を一気に払って、支柱の中心部を空け叫んだ。
「そこに林檎がある筈だ!お前が開けろ!」
言われるままに、支柱の中心へと滑り込むように走り、その地を見下ろした。
鷹の目を発動させれば、男の言う支柱の中心には、うっすらと小さな溝があり、内から僅かに光のようなものが漏れ出ているようだった。
男が俺の背を庇うように剣を振るう。
青年も、何とかまた支柱へと上がり、俺を護る様に立ちふさがった。
俺はその何かが隠されているであろう溝に、アサシンブレードを発動させ突き立てようと腕を振りかざした。
しかし、勢いをつけて溝を抉ろうとした腕を寸での所で止められた。
僅かな溝があった場所から赤い腕が生え、俺の腕を掴んでいた。
先ほどから青年や男が相手をしている番兵の腕のようだ。
力強くぐいぐいと腕が伸びてゆく。
まるで悪夢のような光景に、思わず全身が粟立ったが、俺はその腕の根元をもう片腕のアサシンブレードで突き刺した。
肉が切れる感触と、大理石のような地が抉られる堅い感触がした。
地面から生えた腕は、俺のアサシンブレードを止めるためか、掴んでいた俺の腕を離し、振り回す様に大きく腕を振った。
俺はその邪魔な腕を足で蹴り折ってからまた地を抉り続けた。
意外に脆い支柱を掘り進めれば、割れた地から眩い黄金の光が溢れ出す。
それと比例するように周りの剣戟の激しさも増していった。
「まだかっ!」
「これ以上っもう無理だ!!」
思わず視線を青年と男に向けると、その向こうからわらわらと大量の番兵が壁を登る様が見えた。
慌てて早くこの中に埋まっている物を取り出してしまおうとブレードを突き立てるが、またもその腕を地面から生えた腕が邪魔をした。
先ほどとは違い、俺の両腕を抑える様に腕が2本生えている。
そのまま真ん中から顔でも出現しそうな配置に嫌な予感を感じつつ、両腕を拘束する腕をそのまま持ち上げた。
やはり地面から生えた腕は、持ち上げると沼から這い出る様に、番兵が釣られて姿を現した。
だが、この方が扱いやすい。
番兵の腹部まで露わになった所で両腕を振りほどき、そのまま勢い着けて番兵の首にアサシンブレードを差し込む。
絶命してから消えるまで、少々時間がかかるが、抵抗のなくなった体を地面から引きずり出し、横に転がす。
大きく欠けた地面に叩きつける様にアサシンブレードを何度も突き刺す。
そうして地を割り、刃を進めていくと、ガキンと堅い感触がブレード越しに伝わった。
周囲の怒号と二人の荒い息遣いが聞こえる。
早くこの林檎を手にしなければと必死で地を割る。
「お、おしっ…きられるっ…!!」
青年の焦った声が聞こえた。
そしてそれと同時に俺の目の前には剣先が突き付けられようとしていた。
咄嗟に視線を上げれば、凶悪な顔をした番兵が何かを叫び、俺にその刃先を叩き込む為に腕を突き出そうとした。
渾身の力を込めて叩きつけたアサシンブレードが地面を抉り、手のひらに丸くて滑らかな球体が触れる。
ドサリと背後で何者かが倒れる音が聞こえた。
目の前に迫った剣先は、強い光を放ったのち、一瞬で掻き消えていた。
「…どうやら、終わったようだな」
男のため息交じりの呟きが聞こえる。
呆然と座り込み、先ほどまで番兵の狂気を乗せた顔があった空間を眺める。
じっとりと手に汗を握り、気を落ち着かせるため、長く息を吐いた。
地に埋まっている球体を握りこんで取り出す。
「やはり、それが原因か…」
男が俺の前に腰を下ろし、俺の手にある林檎を指した。
もう一度ため息をつき、居住まいを正して二人の無事を確認する。
俺の隣に尻もちをついていた青年は、疲れ切ったというように大の字に寝そべり、俺を見上げていた。
「おい、今は収まっているとはいえ、いつまた敵襲があるかわからんのだから、だらしなくするな」
「…もう嫌なんだけど…夢にしては痛かったし、今度ばかりは疲れた…」
青年はもそもそと上半身を起こし、うんざりした顔で溜め息をついた。
支柱の上で林檎を囲んで立つ。
青年は初めて目にする林檎に、好奇心からか期待のこもった視線を向ける。
対して男は落ち着いて、俺に林檎を使うよう促した。
しかし解せない。
青年と男が支柱の上で何事か話して居たときは、あれ程まで番兵に襲われはしなかった。
明らかに俺が近付いた事で、番兵たちは沸き出るように出現した。
俺を呼ばず、邪魔が入らない内に掘り起こせばよかっただろうに。
それに今も、エデンの欠片に精通していそうな男自身ではなく、俺に林檎を使えと言ってくる。
「何故俺にこれを取らせた?あんたや若いのでも手に入れることはできただろう?」
俺が疑問を口にすると、青年と男は顔を見合わせ、困ったように眉尻を下げて俺に向き直った。
「いや、やってみたけど、俺達はあの支柱に傷一つ付けられなかったんだ…」
「お前も気づいただろうが、お前があの支柱に近寄ろうとした時だけ、番兵の出現が激しくなった。
勘としか言いようがないが、お前でないとこの林檎は手に入らないのではと思ったのだ」
「……そうか」
ともかくこの林檎がこの空間を抜け出す鍵に違いない。
男の言うとおり、俺は林檎をしっかりと握り、悪夢のようなこの異常な空間から抜け出したいと願った。
すると林檎から黄金の光が放たれ、その光が空中で二つに分かれた。
一つめの光は林檎と対になっている賢者の杖の形をなし、ゆっくりと回転し、頭上高くに映し出される。
そしてもう一つの光は、以前伯父上から譲られた聖骸布を象り、ふわふわと漂うように杖の下方に映し出された。
ここから出るためには、この3つの欠片を集めよという事であろうか。
ならばと、俺は手にした林檎に次の秘宝の場所を聞くため、今一度念じた。
しかし林檎は眩い光を放ったかと思うと、たちまち水晶のように透明になり、中心から外側へ向かって皹が入った。
林檎の皹が広がるにつれ、俺の頭にここに来る以前の記憶が走馬灯のように思い出された。
血のように赤い夕陽、肉の焼ける匂いと硝煙、剣を手にそこここで争う兵士たち。
そして塔の上でチェーザレ・ボルジアと俺は対峙していた。
憎々し気に互いに睨み合い、そして剣を打ち込み、チェーザレを打倒す。
この期に及んでもまだ不死を謳う男に、半ば大したものだと感心していた。
そして俺はその男の運命を試してやる事にした。
奴の体を引きずり上げ、塔の端まで連れてゆく。
奴の胸倉を掴み、その運命を見届けるため、チェーザレを塔から放ったのだ。
何度も、何度も、その時の光景が繰り返される。
奴を打倒す過程が、僅かに内容を変えて、だが結末は同じく果てなく繰り返される。
あの時、俺は兵士を何人殺しただろうか、いや、誰も殺さなかったか、それとも同じように塔から突き放しただろうか、いいや、いいや…どれも違う。
それは"俺の記憶"ではない…だが、繰り返されるこの光景は、紛れもない俺自身の記憶であるはずなのだ。
頭痛がする。
あまりの痛みに目の前が歪み、立っていることが出来ない。
林檎が完全に砕け散ると同時に、俺は意識を失った。
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