いやこれなくてもいいね…とけずったところ
@syuu_29
いつかは敷地のなかを這い回っていた赤子も今やのびのびと育ち、一人前の顔をして学校にだって通うようになっていた。
だが家族の手伝いを求める声をすり抜け、遊びに出ようとする試みはまだまだ素直で拙い。そろりと抜け出そうとしていた後ろ首をつかんだオーウェン・ラーズが、彼をその場に座らせるのが見えた。
もうそのやりとりを見るのも、何度目だかわからなかった。
少しずつ手口が変わっているのはオビ=ワンも認めるところだが、彼はまだ年相応に抜け目がある。共に暮らすオーウェンからすればもっとはっきりと見通せるに違いない。
大人が先回りできるだけの御しやすさがあるのは幸いなことだ。物の道理がわかりはじめたと自惚れて、分別のない年頃であればなおさらだった。
ぴかぴかの赤子が家を抜け出して遊びに出ようとする少年へ育つ一方で、オーウェンはぐっと老け込んでいた。オビ=ワンがルークを預けたころにはあった、どこか勝気な雰囲気はすっかり鳴りを潜めている。
まだらに混じり始めた白髪に、少し広くなった額。頬はうっすらと蓄えられた脂肪で日に日に落ちてきているようだった。刻まれた皺はなにも乾燥した砂漠のせいだけではなく、ただでさえ苦労の多いタトゥイーンでの暮らしをなんとか保ち、妻と二人で赤ん坊を育てあげた証でもある。それにその苦労は、彼に穏やかさと威厳を与えてもいた。
お小言を述べるべく腕を組んだオーウェンは、今日も夕方近くに出かけようと試みた愚かな息子を見下ろして、呆れた表情をしていた。ルークは結局その場であぐらを組み、わずかばかり体を傾けて育ての親を見つめ返している。
屋敷の外で何度もそれが繰り返されることでオビ=ワンも気づいたが、ルークには叱られていてもあまり視線をそらさない癖があるようだった。そのうえ、どうも言われたままにするという気質ではないらしい。言葉少ないオーウェンの唇を拾い読むことはできなかったが、オビ=ワンには彼が顔をしかめたのがはっきりと見えた。きっとルークが何か生意気なことを言ったのだろう。
今は背しか見えない金髪の少年と、彼を諭す育ての親のやりとりを、こうしてバイノキュラー越しに盗み見るのは、鏡を覗くような錯覚を時折オビ=ワンに与えた。
もっとも――映りこむとしてもそれは遠い過去であり、今を映すものではありえない。つまり昔の、幼いアナキンの姿を重ねることになる。彼は年相応の生意気さと年不相応なほどの減らず口の才能で新米マスターのオビ=ワンを度々悩ませたし、殊勝なふるまいがまったくもって下手だった。人を怒らせるために、わざとやっているのではと疑うほどに――いや、ふりなど上達しなくてもよかったのだが。
アナキンが今のルークのように聖堂を抜け出そうとするのをどうにか捕まえると、オビ=ワンはそれこそ今のオーウェンのように入り口を背に仁王立ちして、説教をしたものだった。何度も。
ルークとアナキンで決定的に違うのは、彼はすぐに抜け出す術を上達させたことだろう。そもそもオビ=ワンと出会う以前から、彼は危険なことをうまくやるやりかたというものに馴染んでいた。
オビ=ワンはルークの表情が見えないばかりに、自分を見つめ返すいつかの少年の表情を思い浮かべる。一つ思い出せば、連鎖的にいくらでも思い出すことができた。自分を見つめるかつての記憶、理解を求めて批難するまなざし、弟子の幼い顔立ちを。
思えば、いつの間にか彼の理解を求める表情には徐々に諦めが混じるようになり、やがて独り立ちする頃にはそんな表情を見せることもなくなった。当時もその変化には気づいていたが、それは成長であると受け止めていた。
しかし今では疑う気持ちがあった。
何もかもを失った後悔のなかで、ジェダイが銀河から消されていくのと同じくして、オビ=ワンが信じていた様々なものはすっかり揺らいでしまった。目の前の水分抽出農場の一家のように自分たちの関係を家族と定義できていたのかさえも、彼にはもう自信がない。当時の確信はもはや雲をつかむように形なく遠いものだった。
このように記憶を重なるようになってきたと感じるのは、まずルークが出会った頃のアナキンと同じような背格好になったせいだろう。そして日増しにルークへ厳しい態度を見せるオーウェンのせいでもある。子を正しく育て導かねばという義務感、焦燥感――覚えのあるものを、オビ=ワンは彼に見る。
それは用心深さから来るものだ。
用心深くあることは、この銀河では何物にも変えがたい美徳といえよう。とくに子どもが物の道理がわかりはじめるころには、危険は憧憬と隣り合わせとなるものだ。
この辺境の惑星で、子どもが夢見ることができるものはそれほど多くはない。水分農夫の仕事を必要なものだと理解できても、心に訴えるのは冒険への期待であろう。それが高じて銀河を飛び回るパイロットにでもなると言い出したら――と今から恐れるのも無理はない。そんな頃に、もはや滅んだジェダイといったおとぎ話に触れることなど論外だ。しかし自分の少年時代を思えば、それらに憧れるなと諭すことはむずかしいともわかるだろう。
ある日岩陰にオビ=ワンの姿を見つけたルークが、まるで怪物でも見たようにあわてて目をそらして逃げ出す様子に、彼はオーウェンの選んだ道を悟った。さてはあれは近くに暮らす狂人だと伝えたか。はたまた魔女や幽霊のような存在だとでも伝えたのか。具体的なことはわからないが、しかし賢いことだとオビ=ワンは驚き、感心さえした。
諭すのが難しければ、近づけずに禁忌とすればよいのだ。
これでルークは少なくともこの老いたジェダイには近づかない。銀河中のお尋ね者になる可能性はぐっと減った。
才能さえなければ、物事を諦めさせる道などいくらでも見つけられるだろう。
だが不幸にも素質はきっと、彼の望みに沿ってしまう。血の定めのようなものだ。ルークはけっして普通ではありえない。オーウェンたちは気づいていないかもしれないが、彼には赤子時代から優れた素質の片鱗がすでにある。それにどんなに平凡に育てたところで彼には隠された出自がついて回り、帝国軍に追われるジェダイが見守っているというおまけまでついているのだ。育ての親からすれば息子の将来は不安の種だらけに違いない。
もしもどこかで秘密が露見したなら――父譲りの才能が花開いてしまったなら。
彼らが一番危惧しているのはそうした未来だ。慈しみ育てた子を、ささやかな幸福さえ保障できない道へ送り出したいわけなどない。
しかし少なくとも今はまだ、ルークは生意気なさかりの平凡な子どもに過ぎない。なんの変哲も無く、ただすこし機械いじりに興味があり、逃げ延びたジェダイが日々影から見守るばかりの、ただの戦争孤児だ。
いつかの記憶も、まだ見ぬ青年のルークという幻想をも脇に置き、オビ=ワンはバイノキュラーをベルトポーチに納めた。
ちょうどルークがオーウェンに促されて屋敷に入るところだった。夕陽が二人の後ろ姿をオレンジに染めはじめている。
オビ=ワンが身を起こすと、落ちる影は長く、濃くなっていた。陽が落ちれば危険が増す。このあたりにサンド・ピープルは滅多に近寄らない――これは彼らがオビ=ワンを恐れているためだ――が、絶対ではない。面倒ごとが起きないうちに、彼も荒野を引き返すことにした。
オビ=ワンは確かに、少年にいつかの影をみている。
それは血筋のためかもしれず、ただの思い込みかもしれない。しかしオーウェンと同じく、少年に父譲りの才能の片鱗をみることを同時に恐れてもいた。あるいは母譲りの聡く挑戦的な眼差しを見つけることも――時代さえ違えば、きっとそれは喜ばしいことだっただろうに。
彼の息子へ重ねる思い出に気づくたび、オビ=ワンは自らのあやまちとも向き合わざるを得ない。だがあやまちを正すことはもうできない。失われたものを取り戻す術などない。彼にはせめてどうかこの秘密が暴かれないようにと願って気を紛らわすことしかできなかった。
きっと同じ願いを、皆が持っていることだろう。ラーズ夫妻も、もう一人を預かるオーガナ夫妻についても。秘密を共有する皆がそうだ――。
どうか明日も秘密が守られますように。
どうか明日も彼らが無事でありますように。
オビ=ワンは夜毎、それを願うばかりだ。何もかもを失った彼ができることは、もはやそれぐらいしか残っていない。