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「久しぶりだな、ヴァンピーロ。ずいぶんな様だ!」
「………」
目の前のエツィオは小癪な嗤い方で私を上から見下ろしていた。
目の前には獣を閉じ込める檻。
カッと頭に血が上り、エツィオに向かって影を飛ばそうとしたが私の魔力が遮られた。
どうしたことか、私の力が抑えられてしまっている。
「あまり彼を刺激しないで頂きたい。これから彼を教育しなおさなければならないのですから。ああ、だから貴方もエツィオ坊ちゃんと一緒に私の屋敷へ行っていて下さいと言ったのです」
「だって、こんな面白そうなことほっとけるわけないじゃないか。俺も協力してやるよ。駄目出しのな!」
目の前のマキャベリは頭を抱えて重いため息をついた。
この男、私の手紙には返事を寄越さなかったくせに、私を陥れるためにこんな算段を企んでいたとは。
この檻から出たら殺してやると誓い、二人を睨み付ける。
「しかし、その様子じゃあやっぱり領主の奥方とお楽しみだったんだな。本当、サイッテーだなあんた」
「領主?何を言っているか知らんが早く私をここから出したほうが身のためだぞ。お前は私の奴隷だろう!」
「ああ、出してやるよ。これを腕に着けてくれるならな」
歌うようにバングルを取り出し目の前で振ってみせる。
随分と品のいい装飾具だ。
そのような美しい装飾具ならば着けてやらんこともないと思い、良いだろうと了承してやる。
すると檻から手を出せと上から命令してくる。
腹が立ち檻を壊してやろうと力をこめるがビクともしない。
睨み付けるしか出来ない惨めさ、に腹が立ちすぎて血管が切れそうだ。
「エツィオ!」
「わかっている。ちょっとからかう位良いだろ。俺はこいつに散々やられてたんだからな」
「……」
「ヴァンピーロ、俺、子供が欲しいんだ。あんたの子供を産んでやってもいい。だから、いい子にお手手を出して♪」
うっとりと誘うような声音で檻に近づき囁きかける。
小馬鹿にしたような口調ではあるが、この男は今一体なんと言った?子供?私、との…?
「本当は領主の子供を孕みたかったんだけど、あと少しのところで取り逃がしてしまったからな」
「おい、お前まさか他の男をその身に迎えたのではないだろうな?!」
私が噛み付くと、奴隷はより嬉しそうに小癪な物言いで煽り立てる。
流石に話が進まず焦れたのだろうマキャベリが奴隷の脳天に手刀を落とした。
「先ずはこれを着けてください。そうしたら現状の説明を致します。さあ、手を出して。ああ、エツィオ、念のために彼の手を抑えて下さい。掴み掛かられると厄介です」
不承不承という顔で奴隷が私の手を取り、檻から出して抑える。
マキャベリにバングルを嵌められると、その手首に向かって魔力が吸い取られるのがわかった。
次いで檻の扉が開く。
マキャベリが羽織っているマントを差し出してきたので奪って体を覆った。
「素っ裸で檻の中に閉じ込められるあんたってかなり最高だな。レオナルドに絵画にしてもらいたいくらいだ」
「貴様…」
「おっと!今のあんたはここに居る誰よりも非力なんだ。俺に逆らっても良いのか?まぁた素っ裸にして檻に押し込むぞ?」
「エツィオ!まったく。貴方はちょっと黙るかここから出て行ってください!」
ニヤニヤと嗤いながら口を噤む。
その間にもマキャベリがこの世界は私が虐げていたあの愛しいエツィオの世界だと、そしてここの私はそのエツィオを追って私の居た世界に交換された事を話した。
そして必ず私は元の世界に帰ってもらうが、その為には治世を学び、人の心を理解する必要があると言われた。
「そうしないと導師が帰ってきてくれません。これから私が貴方の教育係として終始就きます。是が非でもちゃんとした統治者になって即刻帰っていただきます」
「……なぜ私がそんなことを」
「導師に戻ってきてもらうためです。こんな風にややこしくしたエツィオに恨み言を言うのですね」
マキャベリが奴隷を睨む。
小癪なこの男は、特に悪びれもなく、目を逸らして白々しく口笛を吹いた。まったく可愛げがない。
付き合ってられんと、とりあえず服を着るために自室へと向かう。
後ろをマキャベリが着いて来て、あーでもないこーでもないと文句を連ねるので、いい加減怒りで爆発しそうだ。
自室の扉を開けると、中は私の世界のものとまるで違っていた。
ここに来るまでの廊下もそうだが、磨かれた壁に美しく飾り立てられた絵画や緻密な彫像。
生花が生けられた花瓶は瑞々しく美しい。
そして寝室には磨かれたテーブルや、ゆったりしたカウチ、クローゼットには二人分の衣服が納められていた。
白い花嫁のような衣装はエツィオの物なのだろう。
自分の着替えを終えて奴隷を見やる。
この寝室にあるクローゼットの衣服ではなく、いつも彼が好んで着る、動きやすそうなリネンのシャツと皮のベストに皮のパンツ。
最初に見たこの世界のエツィオのように、白い衣装を纏っていない。
奴隷はクローゼットにかけられた白いローブを無感情に撫で、そして切なそうに手を離した。
「ここのヴァンピーロとは関係を持ったのか」
「…領主をお前と一緒にするな。あの人は俺に自ら触れることもしなかった」
「フン、随分とそのヴァンピーロが気に入っているようだな」
「愛していた…」
カッと頭に血が上る。
奴隷の首を掴み、そのまま首の骨をへし折ってやろうと力を籠める。
しかし奴隷は私の腕を簡単に引き剥がすと、冷めた眼で私を見やった。
「やっぱりあんたを愛することは出来そうもないな…」
「奴隷風情が!私に逆らうなどあってはならない事だ!」
「フン、自分の立場がまだわかっていないのか。俺が今ここで、お前を殺してやっても良いんだぞ」
「二人とも、そこまでになさい」
マキャベリが見かねて声をかける。
魔力だけでなく、基本的な力自体も抑えられてしまっていることに恐れを感じる。
こんなことはありえない。
私はヴァンピーロ一強力な筈だ。
私が奮起すれば人間どころかヴァンピーロを一掃出来るほどに強い。王となる力を持っている筈だ!
奴隷の腕を跳ね除け、腕を見やる。
手形がくっきりと浮き上がり、僅かに骨がきしんだ。
「そのバングルは導師がご自身の力を封じるため、またそれ以上の魔力を封じるために作られた物です。
導師自身がお試しになり作られました。貴方にはそれを外す事も、そして人間と同等の力しかありません。そこらのヴァンピーロでも貴方を殺すのは簡単なことでしょう」
「なに?!」
「私とエツィオは貴方の教育の他に、護衛もかねております。ですから、私達からは離れないことです。この世界でさえ、貴方の命を狙うヴァンピーロは少なくない」
マキャベリを睨みあげる。
溢れる力さえあればここに居るもの全てを私の力でねじ伏せる事が出来るのに!
バングルを嵌められた腕に手を添える。
バングルに向けて全魔力を集中させれば壊れないかと試すが、依然としてバングルはそこにあるままだ。
本当にびくともしない。
「さぁ、着替え終わったのなら一度広間に。これからの事を説明しなければなりません」
うんざりとマキャベリを見やるが、マキャベリは相変わらずのすまし顔で私を促す。
「おいさっさとしろ!」と奴隷が私の腕を掴み、部屋から引きずり出した。
奴隷の腕を払い、言われたとおりに広間へと向かう。
今までの鬱憤を晴らすがごとくの奴隷の暴挙を、これ以上受ける気はなかった。
広間へと着くと、其処には何人かの人間が居た。
私の居た世界では見たことのない、豪奢で品の良い格好をした壮年の男達は、私とマキャベリが広間へと入ると、愛想よく挨拶をした。
マキャベリも恭しく彼らに挨拶を返す。
私は眉を顰め、何者か分からぬ弱き者どもを見詰めた。
「導師、こちらがユリウス2世。現教皇です」
「本当に彼とは別人なのかな?そうは見えないが…」
「見た目は一緒ですが、中身は凶暴なヴァンピーロだ。暫くは仕事をさせられない」
奴隷が癪に触る言い方で、教皇とやらに答える。
教皇はそんな奴隷の方を見詰めて「貴方もあの大人しい奥方とは別人とは、妙な事ですな」と溜息をついた。
ああ全くだ。あの弱く大人しいエツィオとはまるで違う。
小癪で可愛気の欠片もない。何故私の世界では、あのエツィオのような性格ではないのか。
「それではアントニオ医師、導師の採血を頼みます」
「何?!私の血を採って何をするつもりだ!」
聞き捨てならない事を言われて、蚊帳の外であった会話に割り込む。
「貴方の血の記憶を検めさせて頂きます」
「ふざけるな!何故貴様などに血の記憶をやらねばならん!」
「抵抗されるのは承知の上です。エツィオ、そちら側を押さえていてください」
マキャベリが私の左腕を押さえ、奴隷に反対側を抑えるように命ずると、奴隷はニヤニヤとした腹の立つ薄ら笑いを貼り付けて言われるとおりに右腕を抑えた。
目の前の医師が蛭の様な気色の悪いものを私の左腕に落とす。
それが私の血を吸い上げる。
痛みよりも、妙な快感を感じてゾッとする。
これは明らかに人工物だ。そしてマキャベリの口ぶりから、これに血を吸わせてから利用するのだろう。
「こんなもので良いでしょう」
マキャベリがストップをかけると、医師が蛭の口元を摘んで簡単に外す。
通常の蛭ならば既に破裂している程、たっぷりと血を吸ったその蛭もどきは、杏ほどの大きさになっていた。
小瓶を取り出し、蛭もどきの下の方に切込みを入れて血を移す。
医師はそれをマキャベリに渡すと、挨拶をして出て行った。
「本日夕刻までにはユスフがこちらに来ます。この血は、その時にその者と検めさせて頂きます」
「お前以外に、だと…?!」
「ユスフがこっちに来るのか?ちびのエツィオも一緒に?」
奴隷が驚いたように声を上げる。
マキャベリは奴隷に向き直り、首を振って先を話した。
「いいえ。坊ちゃんは来ません。ここに居るのはそっくりでも、父君も母君も居ません。混乱させるだけでしょう」
「…そうか」
ホッとしたような残念そうな顔をする。
*****
*****
夜中に眠る領主というのも新鮮だ。
いいや、これは領主ではなく、傍若無人な憎いヴァンピーロだ。
中身はちっとも領主に似ていない。
だが、ずっと領主に愛してほしくて彼に触れてもらいたくて堪らなかった。
まるで似ていないのに、このヴァンピーロと領主が同じ存在だということには異を唱えたくなるが、それでも見た目だけは領主と一緒なこの男に、あの人を見る。
一緒のベッドで横になり、彼の寝顔を見下ろす。
「寝る」という行為が初めてだというヴァンピーロは眠気に抗い、2日も何とか意識を持たせていた。
完全に意識がなくなることが怖いのだろう。
今までは最強の名を欲しいままにし、誰もこのヴァンピーロに逆らうことが出来なかった。
それが今、人同然となり、奴隷と蔑んできた俺にも対抗することが出来ない。
ざまあ見ろと思う。
だが、安らかなヴァンピーロの寝顔は、憎らしいくらい領主そのものだった。
ああ、彼に触れられたい。
そもそもご無沙汰なのだ。
領主に触れてもらえないのなら意味がない、彼にどうしても触れてもらいたくて、俺はずっと一人で慰めてきた。
彼に抱かれるのを想像しながら、しかし頭の中で俺を攻め立てるのはどうしてもこのヴァンピーロで…
言葉だけは優しく愛を唱えながら、俺を容赦なく攻め立てる。
愛している、だから全て奪いつくす。
ヴァンピーロの寝顔に試しに口付けてみる。
たまに不意打ちで奪った彼の唇と同じ、温度のない唇。
そういえば、このヴァンピーロとはこうして唇を合わせるようなキスをしたことがなかった。
この男が俺に与えるものは、苦痛と多少の快感のみだ。
肌を噛み血を啜りながら全身に舌を這わされる。
完全なヴァンピーロの俺は、噛み傷などすぐに修復され、体に痕が残ることもない。
だがこの体に覚えこまされたこの男のカタチを思い出して体が熱くなる。
ああこの際このヴァンピーロでもいい。
滅茶苦茶に攻め立てられ息が出来なくなるほどに求められたい。
夢中になって唇を合わせていると、口の中にヴァンピーロの舌が入り込んだ。
背筋から彼の大きな手が尻の辺りまで滑るように這わされ、揉みしだくように尻を撫でられて奥が疼く。
ヴァンピーロの体を跨ぐ様にして覆いかぶさり衣服を脱がす。
寛げられた襟元から手を滑り込ませ、胸部を露にさせて彼の肌を撫でる。
その間も互いの唾液を交換するように舐り、上顎を擽って互いの呼吸を奪い合うように口付けに夢中になった。
しかしヴァンピーロはキスに応えて緩慢に俺の尻を撫でるだけでそれ以上求める素振りがない。
いつもなら獣のように強引に好き勝手するくせに。
俺はキスを解いてヴァンピーロを見下ろすと、奴は目を閉じ、ほぼ夢の中に全身を突っ込んで、完全に寝ぼけていた。
少しだけ腹が立ち、どうしてやろうかとヴァンピーロのでこを軽く叩く。
ヴァンピーロはその僅かな刺激に眉根を寄せ、不機嫌に唸るが起きる気配はない。
まぁ、大人しくしていてくれた方が、こちらとしてはヤリやすいと思い直し、俺はヴァンピーロのズボンに手をかけた。
下着も一緒にズリ下ろして彼自身を徐に掴む。
とりあえず入れて気持ち良くなりたいので、勃たせるように刺激を与える。
反応は著しく鈍くはあったが、良い感じに硬くなってきたので、そろそろと自分の後ろも解す。
ヴァンピーロのモノを咥えて一気に喉の奥まで飲み込む。
数度そうやって彼のモノに吸い付けば、完全に立ち上がりいつでも入れられる程に育ってくれた。
「……なにをやっているんだ、お前は…」
掠れた声が頭上から落とされる。
その声と言い方がまるで領主のようで、俺は無くなった筈の体温が一気に上がるような錯覚を覚えた。
歓喜が全身を包み込む。
彼の問いには答えず、逞しく育った彼の昂ぶりを後ろに宛がい、一気に腰を下ろした。
「…ぅ…」
「あ……はぁ……イイ…」
衝撃に上半身を逸らして快感をやり過ごす。
久々に味わう彼のモノが俺の中で馴染むのを待つように暫し動きを止める。
ヴァンピーロを見下ろせば、俺の狭さに若干の痛みを覚えたのか、声も出せずシーツを掴んで強く瞼を閉じていた。
まるでこちらが犯しているようでゾクゾクと愉悦が走る。
腰を浮かし、彼の昂ぶりが抜ける直前でまた深く腰を下ろす。
その度にヴァンピーロが喘ぐので、楽しくて仕方がなかった。
跳ねる様に激しく腰を動かしてやれば、悔しそうにヴァンピーロが俺を睨む。
イきそうになっているところで腰を止め、意地悪く後ろに力を込めて焦らし続ける。
それを何度も繰り返すと、目が覚めてきたヴァンピーロが俺の腰を掴んで揺さぶろうとしてきた。
しかし力の何もかもを奪われているヴァンピーロは、俺を無理やり動かすことも出来ない。
俺は可笑しくなって彼に体を倒して啄ばむ様な口付けを贈り、クツクツと喉を鳴らして嗤ってやった。
眼力で人が殺せそうな程睨みを利かせてヴァンピーロが俺を見る。
縛り付けても居ないのに俺に良い様にされるヴァンピーロが愉快で仕方ない。
「ん、ふふ…まだ出てないのにあんたの先走りで中がぬるぬるする。動きやすくなって良かったな」
「ふざけるな!良いから早く腰を動かせ!」
「領主のように満足に仕事も出来ないくせに、マテ位覚えろよ?そうしたらご褒美をくれてやる」
「貴様、力を取り戻したらどうなるか、覚悟していろ!」
「そういう気を起こさなくするように教育してやってんだよ」
ヴァンピーロの首筋に思い切り噛み付き血を啜る。
痛みにかヴァンピーロが呻くが気にしない。
俺の中のモノが萎えない程度に血を吸い出すと、これまでにこの世界のエツィオとの行為が俺に知らされる。
随分と惨い仕打ちをされ、蹂躙された彼に同情する。
愛されたが故に俺よりもより悲惨な行為を強要された。
しかし面白くない。
領主どころかこのヴァンピーロまでもを虜にしたこの世界のヴァンピーロに嫉妬する。
あんな者、自ら思考する事もままならない、グールと大差ない存在が、何故そこまで執着されるのか。
「俺よりもこの世界のエツィオはそんなに好かったか」
「うるさい。早く、動けっ」
「答えたら動いてやるよ。ほら、こんな風に…」
ゆさゆさと数度腰を浮かせてヴァンピーロの欲を刺激する。
ナカを擦られる感触にゾクゾクと快感が走り、このまま激しく腰を振りたい衝動を抑えて今一度抽挿を止める。
快感に弱いヴァンピーロは迫力に欠ける欲に濡れた目で俺を睨み付けるしか出来ない。
俺は心底愉快になって、ヴァンピーロの胸に倒れてニヤニヤと笑いながら奴を煽る。
どうにも言うことを聞かない俺に、怒りよりも欲が勝ったヴァンピーロが口を開く。
「最初だけだ良かったのはっ…押さえ込むのが容易で段々飽きていた…どうせならお前のような高飛車で可愛げのない男を捻じ伏せたほうが長く楽しめるだろうな!」
「…それは俺が良いって事か?」
「答えたんだ、さっさと動け!」
「終わってない。なぁ、俺が良い?」
ヴァンピーロが俺を見る。
困惑しているのだろう、不思議そうに見上げられる。
ヴァンピーロの手が俺の腰を掴み力を入れるが、やはり動かない。
「………お前でもいい」
「不合格だな」
ヴァンピーロのモノをずるりと後ろから引き抜く。
その刺激にまた腰を下ろしそうになる己を叱咤し、興味を失ったようにヴァンピーロから退く。
そのままベッドを降り衣服を整えて部屋を去ろうとする。
ヴァンピーロが何事か罵って来たが知るものか。
先程までの高揚は徐々になりを潜め、つまらない思いでどこと無く虚しさで脱力する。
やはりあいつは領主じゃない。
嫌われ者のヴァンピーロだ。
朝、マキャベリがヴァンピーロを起こしに部屋へと向かった。
いつもなら俺も揃って行ってヴァンピーロをからかい朝食の席に引っ張っていくのだが、興味無げに一瞥しただけで着いていかないので、マキャベリが胡散臭そうな顔をしていた。
数分してマキャベリが広間へと一人で姿を現す。
「導師に何かなさったのですか?」
「…何かとは?」
「熱を出しているのです」
「…ヴァンピーロなのに?」
「…この世界へ来て力を封じられて、無茶が祟ったのでしょうか…ヴァンピーロが病に罹ると少々厄介です。暫くは休ませるしかありませんね…」
難しい顔をしてマキャベリがまた何処かへと向かう。
俺は暇なのもあり、マキャベリが何をどうするのか気になって彼の後を追う。
後ろから喧しいと思われているだろうが構わず奴の対処を聞くと、盛大に眉根を寄せながらマキャベリが医者を呼ぶと教えてくれた。
主治医ならこの町にも居るがと答えれば、ヴァンピーロの医者だと溜息混じりに教えてくれた。
ヴァンピーロにも医者が居るのかと驚き、俺はますます興味を惹かれて彼に着いて行く。
マキャベリは貴方は随分と好奇心がお強いようでと皮肉ってくるが、まぁ気になるものは気になるのだし、そうだなと返して後に続いた。
「過度の疲労と寝不足でしょうな。というか、魔力がまるで無いようだが、取り戻す方法をお探しですかな?」
「いいえ。魔力がないのはあえて封じているのです」
「もともと強いお方ですからね。その魔力が空の状態に慣れていないのもありそうだ」
「命には別状無いということで宜しいのですか」
「まぁ、良く休めば問題ないでしょう」
特に人間の医者と変わらないなと思い、ヴァンピーロの医師を見送る。
マキャベリが本当に昨夜何もしなかったのかとしつこく疑ってくるので、夜伽をしようとして、途中で止めた事を正直に話してやった。
マキャベリが呆れてそれはそれは重い溜息を零す。
これから看病をマキャベリか俺でやらねばならないのに、俺には任せられないので他の信頼できるヴァンピーロに頼まないとと一人ごちた。
別に病人に鞭打つことはしないのだが、相当マキャベリの中で俺は信用がないらしい。
そしてヴァンピーロを見やる。
まるで人のような血色の良さだ。寧ろ体調が良さそうに見えるが、ヴァンピーロにとっては危ない状態らしい。
マキャベリは心当たりを当たってくるからと、俺にヴァンピーロに余計なちょっかいをかけないようにと念を押し、部屋を出て行った。
暫し静寂が部屋に落ちる。
荒い息を吐くヴァンピーロを観察する。
コイツは殺してやりたいほど憎かったヴァンピーロだ。
ただからかうだけで済ませてやっている俺の寛大さに、マキャベリもこいつも気付けばいいのにと思う。
それもこれも、全て領主のお陰なのだ。
領主に恋をしたから、こいつを大目に見てやってるだけなのだ。
「……ォ……」
ヴァンピーロが何事かうわごとを言っている。
ベッドに頬杖を着いてヴァンピーロを見下ろす。
その唇が俺の名の形に動くのを見て、とても腹が立った。
こいつが言う『エツィオ』はこの世界のエツィオのことだ。俺じゃない。
領主も、コイツも、全部『エツィオ』に浚われる。
俺ではなく、その『エツィオ』ばかりが愛される。
俺は部屋を後にした。
俺の目が無くとも、あれだけ弱っていれば俺の監視なんて必要ないだろう。
あいつが死んだところで、俺の知ったことか…あいつは俺が求める領主ではないのだ。
******
何もかもが思うように行かない。
今まで私がこの世の全てで、私が望めばなんだって手に入ったのに。
まるで力が無くなってしまってから、こんなにも虐げられる対象となってしまうなど。
出来損ないのヴァンピーロやグールのように、日の光を浴びて命を落とすことこそ無いものの、多少光に嫌悪感を覚えるようになった。
さりとて、昼間に活動せざる終えない仕事を与えられ、昼間はみっちり喧しいマキャベリやあの奴隷との学習が待っている。
この世界の知識や、ここのヴァンピーロの仕事内容を覚え、人間などと一緒に治世を行わなければいけない等、嗚呼眩暈がする。
そして初めて覚える眠気と完全に意識を手放さなければいけない睡眠が、どうしても恐怖を覚える。
意識を閉じると言うことは、死しているのと同義ではないか。
そして初めて体を壊し、あまりの倦怠感に寝込むという事をした。
意識が朦朧とし、それでも意識を保とうとしたが無駄だった。
あの私を彼の夫だと思い込んでいたエツィオが、優しい笑みを湛えて私を見下ろしていた。
彼の膝に頭を乗せて、彼が優しく私の額を撫でる。
何も語らぬ彼は、ただそうして私をあやす様に触れる。
私もそんな彼に触れたくて手を上げようとするが、この体は動いてくれない。
彼を掻き抱きたいのに、彼に口付け触れ合いたいのにどうにもならない。
ならせめて彼から触れてもらおうと口を開くが声が出ない。
何故だ。何故だ何故だ何故だ!何故この体は言うことをきかないのだ!
胸が苦しくなり、喉が引き攣れる。
そして彼を見上げると、彼は優しい笑みを冷たく、辛そうな顔に変え、ふいと私から顔を逸らした。
彼が私を置いて離れていく。
せめて彼を引きとめようと彼の名を呼ぶが、掠れた意味の無い音しか、この口から発することが出来なかった。
*****
「眠る事には慣れましたか」
「…………」
マキャベリが厳しい顔をして私に問いかける。
高熱を出して散々床に伏していた為、眠ることには強制的に慣れてしまった。
やはり眠り際は多少落ち着かないが、起きていても辛いだけだと学んだ。
しかしここ数日、エツィオの姿が見えない。
気になってマキャベリに問えば、不貞腐れていると言う。
不貞腐れたいのはこっちだ。散々人を小ばかにして発散していたくせに。
まぁ、今はあの男の顔は見たいようで、見たいのは別のエツィオだと思い、捨て置くことにした。
まだあの男に拘らないほうが、心が穏やかでいられる。
こんな時、あのエツィオはどうするのだろうと思いを馳せる。
眠っている間に見たエツィオのように、優しく微笑みながら傍に居てくれるのだろうか。
「エツィオ……」
「貴方の呼ぶエツィオとは導師の奥方の方なのですか?」
「アレも私のものだ」
「それを彼は承服したのですか?」
「アレの意志など関係ない!私の物と決めたのだから私の物なのだ!!」
マキャベリは溜息をついて先は長そうですねと呟いた。
喧しい。
あの男に、私の子を産ませる筈だったのだ。
そうすれば、あの男は私のモノになる筈だった。
彼が望む子を作れば、きっとあの男は私とも、あのような美しい家族になってくれたはずだ。
「そもそも何が違うというのだ!私もここの男も、同じ存在ではないか!確かに治世は行っていなかったが、私にだって同じことは出来る!」
「ならば証明する事です。それと、治世だけでなく、人を慈しむ心も研究なさったらいいでしょう。
でなければエツィオ殿が貴方になびく事はありませんよ」
マキャベリに殺意を向けて睨み付ける。
少々たじろいだが、それでも引かずにマキャベリが私を見返す。
今すぐに力が戻ればこの男を血祭りに上げられるのにと歯噛みして、舌打って奴から顔を背ける。
奴は溜息を一つ吐くと、私を書斎へと促し、またあの退屈な書類を目の前に広げ、私に全て目を通すようにと命令した。
こんな面白みのない作業をやらねばいけないのは、とても苦痛だ。
さっさと終わらせたくてざっと流し見、マキャベリに書類の指示を出す。
私にとって、このような仕事は何の張り甲斐もなく、簡単な事を訓練のようにやらされるのは腹が立った。
「確かに仕事はお早いようですが、少々雑ですね」
「何?!雑だと?!どこがだ!」
指示を出す口調がぞんざいなのは認めるが、誰がどう考えても最良の選択をしている。
雑だといわれる筋合いはない。
「これは人の世の政ですよ。人には心があります。合理性だけで動くものではありません」
「心?稚拙な精神に付き合えば、堕落するだけではないか」
「では貴方の言う稚拙な精神を持つ人間が、この通りに動くとお思いなのでしたら、いささか思慮が足りないのでは?」
「そんなものに付き合っていられるかっ!」
目の前の書類をなぎ払う。
人の世の事などに、何故私が苦心せねばならない!
人間など、我らヴァンピーロの糧となる、家畜に過ぎぬではないか!
マキャベリが床に散らばった書類を拾い上げ、端を揃えてから書類を一枚一枚確認した。
「癇癪を起こした子供のような真似事をなさらないで下さい。稚拙な精神はどちらですか」
「何?!」
「人を虐げて、生活水準が上がりましたか?導師の治めるこの国のように、貴方の国は豊かでしたか?」
「………」
「この国は快適でしょう?人間もヴァンピーロも、この国を、導師の期待を裏切らぬよう努力した結果です。
民を思う導師の心が導いたものです」
ヴァンピーロの矜持を見失い、人に媚び諂って得た豊かさが何だというのだ。
この男は何が言いたい。
国を豊かにする?
そんなもの、人間に鞭打ち、言う事を聞かせれば同じだけの富は築ける。
資源なら幾らでもあるのだ。
私の力が強大である限り、私は私の好きなように、その他の者達を支配する事などたやすい!
勘違いしているこの男に言い聞かせた所で、人間上がりのこのヴァンピーロには理解できないか。
「……政はもういいでしょう…指示書等は及第点です。貴方の場合、人の温かみや心を学ぶ方が良さそうですね」
マキャベリが面倒そうに頭を振って、延々とやらされていた書類を片付ける。
またなんぞこちらの気にそぐわぬ作業をやらされるのかと、うんざりする。
マキャベリは書斎の扉を少々開くと、使用人に声をかけ、馬車の準備を言いつけた。
「今日は街を見て回りましょう。実際に人と接して、どういうものかを肌で感じれば、理解も早いでしょう」
「何故私が…」
「私からすればさっさと貴方が元の世界に帰っていただけるように、ではありますが。貴方も、エツィオの心が欲しいのでしょう?」
「…エツィオの、心?」
「貴方は、彼に愛されたいと思ったから、今ここに居るエツィオではなく、導師の奥方を呼ぶのではないのですか?」
あの男の心が欲しい…?
この、私が…?
確かに、あの男が私に甘えるように、そして私の愛撫で蕩けるような顔を向けてくれたのが忘れられない。
ああして私を求める彼は、とても美しく見えた。
そして、私が彼の夫ではないと知ったとき、彼の表情が凍りついた…あの憤りも同時に思い出す。
アレは私の物なのに、ああしてずっと私に媚びていれば大事に扱ってやったのに。
私以外に穢された事も、許してやったというのに…私の慈悲を拒絶するあの男が許せない。
もう一度私の前に跪かせ、理解するまで攻め立ててやりたい!
「力で捩じ伏せるよりも、貴方が彼の心に寄り添って居れば、手に入っていたかもしれませんよ」
マキャベリの言う事は、私にとって無駄な事のようにしか思えない。
力で手に入れれば、あの男を服従させれば結果は同じではないか。
しかし、議論した所で仕方がない。
力を失った今、私はマキャベリの指示に従うしかないのだ。
屋敷の前で馬車に乗り込もうと向かうと、私の奴隷と鉢合わせた。
奴は幅広の帽子を被り、小汚い格好で手や服を土で汚していた。
マキャベリが奴隷に街へ一緒に行くかと声をかける。
奴隷は一度も私を見ることなく、手元の鋏を示して庭の手入れがあるからと断った。
「フン、使用人の様に無様な格好だな。お前にはお似合いだ」
「…そうだ!マキャベリ、近くの花屋に寄ったら肥料を注文してきてくれるか?まぁ、暇があれば…」
「……ええ、構いません」
完全に無視され、腹が立った。
そのまま立ち去ろうとする、奴隷の腕を掴み上げる。
「貴様、私を無視するとは良い度胸だな?」
「……触るな、虫けらが」
「何?!」
腕を力強く振り払われる。
常ならば、そんな抵抗すら押さえつけられるのに、いとも簡単に振り払われた。
奴隷は私を見ることもなく、さっさとその場から立ち去った。
腹が立つ。
苛々と馬車に乗り込む。
私の険しい顔に、マキャベリは溜息を零して街に出るまでにマシな顔に戻せとのたまった。
「しかし、エツィオは何に拗ねているのでしょうかね…貴方が寝込むまでは、嬉々として貴方にちょっかいをかけていたのに」
「知るか!」
「ところで、導師はいつも朗らかに領民に接するのですが、愛想よく笑えますか?」
「これだけコケにされて苛立っているのに、人間に向かってへらへら出来ると思うか?」
「ならば顔を隠していただきましょうか。導師のイメージが悪くなるのは避けたい」
ギリリと歯を噛めば、マキャベリが小袋からスカーフを取り出した。
私にソレをグイと押し付けるが、私はそのスカーフを叩き落とした。
腹が立ちすぎて口も利きたくない。
私は馬車から外へと視線を移すと、じっと窓の外を眺めた。
街には活気があった。
人間共は一様に笑顔で交流を取り合い、のんびりと通りを歩く。
陰鬱な影一つない、平和な様子に、思わず見入る。
「人前に出てにこやかにするのが難しいというなら、まずはこの国を車窓から見て頂きましょうか…」
マキャベリが叩き落とされたスカーフを回収しながら言う。
私はチラリとマキャベリに視線をやってからフンと鼻で笑ってやった。
ゆったりと馬車が街中を移動する。
私のいた世界では、私の屋敷の周辺に、このような人の住む街はなかった。
打ち捨てられた廃墟があった場所には、向こうの世界からすれば真新しい建物が並び、どこにでも人間が居る。
ヴァンピーロを恐れる素振りもなく、皆何不自由なく、そして幸福そうだ。
街には大きな教会もあった。
見事な彫刻が施され、荘厳な佇まいに目を引く。
荒廃した土地はなく、どこも舗装されている。
「ヴァチカンに行きましょうか。システィーナ礼拝堂の天井画は見事なものです。多少は愛想よくしてくれると
有り難いですが、そのままでもまぁ、良いでしょう。仕事だといえば周りの者達もそっとしておいてくれます」
観察されているようでやはり腹は立つが、正直この国に興味を惹かれた。
発展した町は、とても色彩に溢れていて、素直に美しいとすら思った。
商店街は活気に溢れ、見たことのない野菜や、美しい花々が其処ここを飾り、人々の服装も凝ったものが多く、
それも目を楽しませた。
「おい、マキャベリ。少しあの店を見てみたい」
「果物商ですか?お待ちいただければ幾つか買ってきますが」
「いや、近くで見たい」
マキャベリが、前方の小窓を開け、御者に止まるように指示をする。
馬車が止まり、私は外へと出ると、民衆は一斉にこちらを振り返った。
「領主様!本日はご視察ですか?」
「領主様、今日はとてもいい商品が入ったのです!どうぞ見ていってください!」
一斉に周りの人間達が私を取り囲み、各々にこやかに話しかける。
私はそれに面食らい、思わず後ずさってしまった。
マキャベリが私と民衆の間に立ち、下がるようにと声をかける。
皆、にこやかに声をかけ、マキャベリにも挨拶を寄越していた。
愛想よく笑い、民衆に手を挙げて応えるマキャベリを見る。
マキャベリの誘導の元、私が見たいといった果物商へと向かった。
色とりどりの大小様々な果物は、知識では知っているものの、実際に目にしたのは初めての物が多かった。
木の実などは、影の多い森の中で採れる物は、グールやヴァンピーロの強襲が多く、誰も採りに行く事すら出来ない。
自らグールを作り出し、敢えて屋敷の周辺に捨て置いていた、向こうの世界ではこういったものが出回ることはなかったろう。
「領主様!ようこそおいで下さいました!今日は沢山仕入れがありますので、お好きなものをお持ちになってください!こちらのブドウなんて実がずっしりしていて立派でしょう?どうぞお持ちください!」
店主に言われて品物を渡される。
一粒だけ房からもぎ、皮を剥いて食べると、薫り高くそして瑞々しい甘さが口内を満たした。
「これは、美味いな」
「では幾つか購入しましょう。後で使用人に取りに来させますから、こことここのものは取り分けてください」
「はい!有難うございます。領主様はこれからどちらに?」
「ヴァチカンに向かわれます」
「そうですか。では道中にビスコッティ等如何でしょう?差し上げます」
「有難う。では…」
マキャベリに促され、馬車へと戻る。
商店の男から渡されたブドウとビスコッティを持ち、馬車で食べながらまた町を眺める。
先程の出来事を反芻しながら、複雑な気持ちで貰った果実を口に運ぶ。
最初の頃、向こうの世界で私を夫だと思い込んでいたエツィオもそうだが、人から抵抗を受けない事に動揺した。
先程の民達も、私を恐れるどころか私に笑いかけ、私が奪うまでもなく自分の持ち物を私に与えようとした。
思案にくれ、外を眺めていると、横からマキャベリが私に話しかけた。
「皆、民を思いやる導師を敬愛しているのです。そして導師は度々奥方と町へ出て、先程のように交流を取っております」
「………」
「貴方のような支配欲の塊は、人々をコントロールするのは好きそうですが…」
チラリとマキャベリを見やる。
彼の言うとおり、“人間を意のままに動かす”という面では、治世も面白いのかもしれない。
ここの私は、ただ気の向くまま怠惰に過ごすだけでは詰まらないと思い、人の世に手を出す事にしたのか。
不完全な存在を自分の意のままに動かすのは、一筋縄ではいかないだろう。
それを加味して人間を動かす事は良い暇潰しになりそうだ。
長い事私は退屈していたし、何の張りもなく、死ぬ事もできず、生き続けるのに飽き飽きしていた。
先程の書類仕事も、人間の治世の事が殆どであったが、この町の防衛面に関しては、どうやら他のヴァンピーロの組織の影がありそうだ。
「確かアサシン教団だったか…お前達の組織に反発するヴァンピーロの組織でもあるのか?」
「…何故です?」
「今朝やらされた報告書の中に、ヴァンピーロに関する防衛のものがあった。ここの私が強い魔力を持つのなら、私に仇名す存在は組織的なものになるだろう」
マキャベリがぎくりとした顔をする。
私に話したものか、目を泳がせて沈黙する。
何も話されずとも、今後似たような報告書を見せられれば分かる事だ。
興味なさ気にまた窓の外を眺める。
暫くして、城の様に大きな美しい建物の前で馬車が止まった。
マキャベリに続き、馬車を降りる。
ずっと車窓からここに至るまでの道を見てきて、土地の姿こそまるで違うが、ここが私が所有している宝物庫の
真上である事を確信する。
宝物庫に安置されている杖を使えば、腕の忌々しい封印を解けるかもしれない。
ここがシスティーナ礼拝堂だとマキャベリに案内される。
にこやかに挨拶をする赤い帽子に白いローブを纏う者達の脇を通り抜け、奥の礼拝堂へと向かう。
礼拝堂へと入ると、天井一面のフレスコ画の見事さに目を奪われる。
その迫力に思わず息を吐くと、マキャベリがこれが人の力なのだと私に語った。
壁に近づき、タペストリーを眺める。
一つ一つの絵を感心しながら見て回る。
創世記を描いたその絵画の見事さに、素直に感動した。
背後でマキャベリが人間に話しかけられ、私から視線を外す。
私はその隙に鷹の目を発動させ、辺りを見渡した。
奥の祭壇の壁、丸い模様が浮き彫りで装飾されている部分に、この世界の私だろうか、両側についているそれを
押し、地下へと向かう残像が見える。
チラリとマキャベリが話し込んでいるのを確かめる。
自然な動作でその壁まで移動すると、そっと円形の装飾を押した。
地響きをさせながら地下道が開く。
私は脱兎のごとく駆け出し、宝物庫へと向かった。
マキャベリが追う気配がしたが、一か八かに賭けて私は地下へと急いだ。
円形の深く沈んだホールへと飛び降りる。
その中心で、地下に収められた賢者の杖を発現させようと手を翳す。
ゆっくりと中心が動き出し、其処から賢者の杖が出現する筈だった。
「貴方が賢者の杖を求めないとも限らないと、一度全てを他所に移しました。勿論、もう一つの聖地にある林檎も同様です」
「………」
「貴方の聡明さはよく知っている。悪に染まってしまっている導師ともなると、油断なりません」
マキャベリが沈んだホールへと軽々飛び降り、私の傍までやってくる。
私は歯噛みし、私の意志でこの男を殺められないかとありったけの呪いを込めて睨み付けた。
マキャベリが大きく溜息をつく。
「……貴方の偉大な力を、正しい方向に使おうとは思えませんか?」
無表情で、さも譲歩をしているという風にマキャベリが私に言い聞かせる。
「お前の思い通りに動くつもりはない」
「いいえ、是が非でも貴方に正義の心を培っていただきます。導師を必要とする者は多い。きっと、貴方の世界の私も、
貴方を必要としているでしょう」
マキャベリの言に鼻で嗤う。
あの男が私を必要としているだと?
私を憎みこそすれ、必要とされる要素など何一つない。
「一時期、あの男がグールとなり、獣同然となった時に飼ってやっていた事がある。面白い男だったからな。
私が与えた人間を食い殺しながら涙を流す姿が愉快だった」
ビクリと目の前の男が体を揺らす。
癇に障るだろう笑い声を上げ、私は尚も言い募った。
「もし、あの男がここの私と出会ったとして、アレがこの世界の私に襲い掛からない保証はない」
「私は感情に捕らわれ動く者ではない。それに導師は必ず信用を得ます」
確固とした意志で言い放つマキャベリに鼻で笑ってやる。
私の所業は全て血の記憶で知っているだろうに。
どこまでおちゃらけた希望に縋るのか、いっそ滑稽だ。
「私は導師を信じています。それに、奥方も居る。彼らの温かい姿は、きっと私の憎しみをも止めるでしょう」
見下したように私に冷ややかな視線を寄越す。
少しも動じぬこの男が腹立たしい。
舌を打って奴の横を通り抜けて出口へと向かう。
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