@acbh_dmc4
「アネッタ?アネッタどこ?どこー???」
可愛らしい声が町に響く。
6歳くらいの小さな子供が親の姿もなく、一人で町を歩く。
その無防備で心もとない姿を周りの住民は心配そうに見やった。
しかしその可愛らしい子供に声をかけようとすると、その子供は酷く脅え、その親切な町人から距離をとる。
ひたすらアネッタどこ?と震える声で呼んで回る。
そして
「どうしたの?アネッタって、もしかして私のこと?」
「アネッタ!」
アネッタを名乗る一人の少女がその子供の前に行くと、子供は大きな目から大粒の涙を零して少女の胸に飛び込んだ。
震える小さな体をそっと抱きしめる。
「あねった、どこいってたの!ひとりになったら食べられちゃうんだよ!」
「えっと…ここは大丈夫よ。町長の味方になったヴァンピーロが護ってくれているの」
「そんなのわかんない!パパ、ひとりになったらダメっていったも!」
しゃくりあげながら必死に怒る見知らぬ小さな子供にその少女は困惑した。
わあわあと泣く子供が徐々に落ち着くと、少女は子供を抱き上げて町の長に相談するために町の中心へと向かった。
アネッタに涙目で大人しく抱きつくその子供は大層可愛らしく、周りの民たちが近寄って声をかけた。
だが子供はそっけなくそっぽを向いて目も合わせようとしない。
アネッタがユリウス様の元に連れて行くというと、皆安心したように二人を見送った。
「どうして他の人とは喋らないの?みんな君のことを心配しているのよ?」
「マンマが知らない人としゃべったらだめっていったから、しゃべらないの。へんな人としゃべったらさらわれちゃうんだよ!」
「そっか。君はとっても可愛いから変なのも寄って来ちゃうかも…でも私はいいの?」
「アネッタは良いの!」
「そうなの?」
ギューっと抱きついてちょっと怒ったように話す子供が可愛くて仕方ない。
アネッタはふふ、と可憐に笑うと、子供を抱きなおし、背を撫でてやった。
ユリウスのいる町の会合を開いている館へと着き、彼を呼んでもらう。
半時も待っただろうか、暫くしてユリウスがアネッタと子供の元に訪れた。
すると、大人しく抱かれていた子供が、ユリウスを見て興奮したように声を上げた。
「きょうこうさま!きょうこうさまだ!ねぇ!おれのパパもいるの?」
「教皇?…いや、私は……アネッタ、どういうことだ?」
「いえ、私もよく…ただ、この子が迷子で…」
「パパー!パパいるんでしょ?パパー!」
子供は少女の腕を振り切ると、勢いよく屋敷の奥へと走り向かう。
屋敷中を父親を探して声を上げて回るが、見知らぬ大人が怪訝な顔をして声をかけてくるばかりで、子供の父親は見つからない。
ついには小さくべそをかきはじめ、座り込んでしまった。
ユリウスが慌てて子供に駆け寄る。
子供は素直にユリウスに抱かれると、大きくしゃくりあげてわんわん泣き出した。
ユリウスは子供をあやしつつ、しげしげと観察した。
とがった長い耳、大きく口を開けると見える鋭い牙と、子供にしては低い体温。
どれもヴァンピーロの特徴だ。
それにこの子供はアウディトーレの奥方に似ている。
ユリウスは子供を抱き上げると、アネッタに下がるように言い、アウディトーレが働いている訓練場へと行くことにした。
**
自警団に集まった若者は精力的に私のトレーニングを受けてくれていた。
見る見る力をつけていく若者達は、最初こそ私を敵視していたが、今は良き指導者として慕ってくれている。
外部から来たヴァンピーロカッチャトーレも何故か自警団に加わり、私の指導を受けつつも、ヴァンピーロの知識を他の者達に教えてくれた。
特に元々カッチャトーレとして活躍していた者達は当然飲み込みが早く、才能もある為用心棒としてもこの町でよく働き、民の信頼を得ているようだ。
中にはある程度指導を受けたら外に稼ぎに行く者も居たが、それで人々の安全が確保されるのならば良いだろうと、私は教えを請うものを拒みはしなかった。
今日は2人のカッチャトーレと数人の町の若者達を指導する。
町の若者はまだまだ実践には程遠いため、1人のカッチャトーレに指導をしてもらう。
もうひとりのカッチャトーレはより技を磨くために、私を相手に実践と同じようにヴァンピーロを狩る練習をする。
私はヴァンピーロの中では最強の部類に入るので、魔力は使わずいかに急所を狙えるかを見てやる。
「身体能力はどんな低級なヴァンピーロでも、格段に人間よりも良い。力任せに正面から行けば、殺されに行くようなものだ。
もっと罠等を駆使して、相手の動きを封じるのだ。後できれば1対1は止めた方が良い。必ず複数人で戦え」
ここに居るカッチャトーレは目覚しい成長をしている。
町の護りが磐石になれば、この周辺の安全確保を早められる。
カッチャトーレに私の技を習得させ、師範として他の街の者を鍛えさせる。
一刻も早く、安全と平和をこの地に齎し、聖地を護る傭兵としたい。
*****
*****
「パパァ!!」
「エツィオ?!何故っ…」
泣きながら走り寄る息子を抱きとめる。
今までに無いほどひどく泣きながら嗚咽を零し、泣き続ける姿が痛々しい。
落ち着くまでひたすら背中を撫で、抱きしめてやる。
ユリウスがその姿を見て、朗らかにお父さんが見つかって良かったなと声をかける。
「な、何故ここにエツィオが…向こうの世界に残してきたはずなのに…」
「私も良くは分からんが、アネッタが迷子を連れてきてな。その子が貴方の奥方に似ていたので連れてきたのだ」
「パパァ…お、おれっ…いっ…いいこにするっ…するからっ!……パパとっマンマのおうち、かえりたいっ…」
「……!」
泣きすぎて過呼吸気味になっている息子を抱き上げ、信じられない思いで強く抱きしめる。
それから皆を見回し、今日はこれで帰らせてもらってもいいかと聞く。
皆嫌な顔一つせず、寧ろ早く帰ってあげて下さいと優しく声をかけてくれた。
急いで妻の待つ屋敷へと走る。
道中、泣き疲れた息子が寝てしまうと、そのあどけない顔にさらに胸が締め付けられた。
こんなに小さな子に、随分と我慢をさせてしまった。
大好きな母を失い、私までこの子の前から消えてしまったのだ。
まだ親の愛情が欲しいだろう、この子の気持ちも考えず。
私は聞き分けの良いこの聡明な子供に、甘えていたのかもしれない。
屋敷に着くと、私は真っ先に私たちの寝室へと向かった。
病み上がりのエツィオはまだ眠っているだろう。
そっと部屋の扉を開くとやはり妻はまだ眠っていた。
彼の隣に私たちの息子を横たえる。
きっと目覚めた時に私達が居た方が息子も安心するだろう。
眠る母子を眺め、二人を深く傷つけてしまった事を心から詫びた。
私があの本をマキャベリに送ってもらわなければ、エツィオがどんなに嫌がろうとも完全なヴァンピーロにしていれば…
そして妻のことしか頭に無かった己を悔いる。
大事な大事な息子なのに…エツィオが居なくなって悲しみ、寂しがっていたのは私だけではなかったのに…
私は自分の事しか考えていなかった。
息子の涙にぬれた睫毛を撫でる。
赤くなった目元を見て、もうこれ以上この子を悲しませないと心に誓う。
「ん……」
エツィオがゆっくりと目を覚ます。隣で彼の顔を覗き込んでいた私を見上げると、嬉しそうに微笑した。
そして隣で眠る息子に気付く。
エツィオは大きく目を見開き息を呑んだ。
震える手で息子の頬を撫でる。
「何故、ああ何故…」
「この子一人でこちらに来たようなのだ…好奇心の強い子だ…もしかしたらマキャベリの屋敷であの本を見つけたのかもしれん」
「……ああ、そんな…エツィオ…」
起こさぬように、そっと息子の額に口付ける。
柔らかな頬を撫で、何度も何度も。
私は二人にそっと手を回して抱きしめた。
すると小さくむずがるような声を上げ、息子が目を覚ました。
ぼうっと私とエツィオを見つめると、思い出したようにその大きな愛らしい目がぱちりと開かれた。
「マンマ!」
ガバリと起き上がり、エツィオに勢いよく抱きつく。
そして大きく泣き声を上げると、何度も何度も母を呼んだ。
エツィオも涙を零し、息子を愛しそうに抱きしめる。
「マンマ!マンマだぁ!マンマ…おいてかないで!おれっいい子にするからっ」
「もう置いて行かない絶対だ。エツィオ、ずっと一緒だ」
泣きつかれて一緒に眠ってしまうまで、エツィオは息子を力いっぱい抱きしめていた。
*******
「やだぁああ!!!!ぱぱ!!!やだ!おいてかないで!!いかないで!!やあああ」
町へと行こうとすると、息子が足に縋り付き、大泣きし始めた。
エツィオが宥め、パパは大事なお仕事をしなければと言い聞かせても、自分が仕事する!と言い張り頑として動かない。
だいぶ情緒不安定になっているようで、私は暫くこの子の傍に居なければと思い直した。
「いけません。今は大事な時ではないですか。一刻も早く街を復興させなければ」
「しかし、この子を傷付けてしまった…こんなに小さいのに、私は置いてきてしまったのだ…」
「ここは危険ですから仕方の無いことです。エツィオ、パパは大切なお仕事があるんだ。見送ってやらねば……それに、パパはちゃんと帰ってくるよ」
「やらぁ…ぱぱぁ…いっちゃだめぇえ」
私の足にいやいやをしてしがみ付く息子を何とか引き離そうとエツィオが抱き上げようとするが、息子はとても力が強く、どうにも出来ない。
やはりこの二人を薄情にも置いて出て行くことは憚れる。
エツィオの体調は少々不安ではあるが、それでも一緒に居れば対処も出来るだろう。
「……エツィオ、お前の体が心配だが…その、私に着いて来てくれないか。この子と一緒に」
「…良いのですか?」
「すまない。私の姿が見えていればきっと安心するだろうし」
「いいえ、今日は体調が良いですし、たまには体を動かさねば。それに、俺も貴方の傍に居たいのです」
「ありがとう」
嬉しそうに微笑むエツィオが息子に一緒にお仕事に行けるぞ、と声をかけると息子は泣き笑いの格好となり、その愛嬌のある顔に思わず笑みが漏れた。
街へ妻と息子を連れ、いつもの稽古場へと着くと、妻と息子は自警団の面々に大層歓迎された。
妻に抱えられている息子を見て、とても可愛い子だと口々に言われ、息子はご機嫌で笑顔を振りまいた。
妻もそれはもう人気で、カッチャトーレの一人が妻に寄り、盛んに話しかけるので今日はこいつを扱こうと決意した。
早速皆の指導に当たる。
妻や息子が見守る中、気が引き締まる思いで指導にも熱が入る。
ヴァンピーロの弱点の説明や暗殺技の実演は、エツィオには興味深かったようで、邪魔にならない程度に皆に混じって聞いていた。
息子のキラキラした眼差しも大いにくすぐったい。
ある程度の説明を終えると二人一組にし、各々鍛錬に励む。
「あの!貴方はご指導してくださらないのですか?貴方もヴァンピーロなのでしょう?」
「いや、俺は力が無いので、皆の足を引っ張ってしまうし」
「しかし、貴方は素晴らしい身体能力をお持ちのはずだ!」
妻にしきりに絡むカッチャトーレを見咎める。
戸惑い、困ったように男に対応している妻が、私を助けを求めるように見詰めた。
指導している者に一言断りを入れてから、妻の元へと向かう。
「……すまないが、妻はこういうことには向いていないのだ」
「ですが俺は彼に助けられたことがあります!まるで演舞でも見ているかのような素晴らしい身のこなしでした!」
カッチャトーレがこの世界のエツィオに助けられた時の興奮を語りだす。
エツィオは困ったような顔で私を見つめた。
そういえばこの世界に元居たエツィオは、彼自身もヴァンピーロカッチャトーレであった。
この世界の私に気まぐれで狙われ、奮闘空しくも捕らわれてヴァンピーロとされた。
その後は屋敷に縛り付けられ逃げることも叶わなかったようだが。
「人手はいくらあっても良いしな。エツィオ、もし完全なヴァンピーロとなったら、お前にもここの者達の指導を頼んでもいいだろうか?」
「お、俺に勤まるかどうか…」
「昔あの組織で人の上に立っていただろう?それと変わらん。お前の身体能力は実際他の者達を凌いでいたし、十分勤まるさ」
「分かりました。では、早く体を治さねばいけませんね」
嬉しそうに微笑むエツィオに見惚れるカッチャトーレには、絶対彼を指導につけさせないと心に決め、私はいつもより厳しめに指導に当たった。
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