@acbh_dmc4
男に促され、寝室に荷物を置きに行く。
男の言に納得した訳じゃない。
反発しようと口を開いたが、尽く遮られ、自分の置かれた現状よりも、男や俺の家族の仇について言及された。
男の言うことは、先ほどより打って変わって納得せざる負えないものとなった。
このまま無益な事の証明に弁を揮わせる事よりも、俺にはやるべき事がある。
男を手伝うことで、俺の目的も達成することが出来るのならば、今の理不尽な状況も我慢する他ない。
それに何より、男も俺と同じアサシンだと言う。
味方だと言う男の言葉に、渋々仕事を手伝う事を了承した。
「お前はスペインに居る親族ということで教団には説明する。だが、いろいろと突っ込まれては具合が悪い。その顔も隠してもらうぞ」
手触りの良いスカーフを渡される。
薄く軽いそれは上物で、顔を覆っても息苦しさは然程ないだろう。
モンテリジョーニに戻る前に渡された、適当な布ではない。
もしかしたら戻ってくる俺のために買っておいた物か。
男にチラリと視線をやる。
背格好は同じ。
体躯はやや男の方が引き締まっており、無駄がない。
顔は確かに俺と瓜二つだが、年を得た落ち着きと、男らしい口髭が男の精悍さを際立てている。
内心でこれだけ違うのだから、別に俺の顔を隠す必要性はないんじゃないかとも思う。
大々的にここローマで指名手配されていたとしても、その本人だと言い張るこの男が、深く被ったフードだけで、顔を隠している訳ではないのだから、俺も同じで良いだろう。
そんなことを考えていると、男がため息を吐いて俺に言い聞かせるように話しかけた。
「…お前の為に言っているのだ。手配書自体が、10代の頃に作成された物のまま、変えられていない。
その手配書では見た目の近いお前が追い回される事になる。ここは敵陣の只中だ。手強い番兵が多くいる。まだ駆け出しのお前では対処しきれんだろう」
まるで心を読んだかのように男が説得する。
まだ納得した訳ではないが、フィレンツェでの手配書の時の苦労を思い出して、渋々男に押し付けられたスカーフで口元を覆った。
テベル塔という、男の隠れ家に通される。
外観はこじんまりとしているが、上等な内装で広々としていた。
地下通路にも繋がっており、秘密裏に動くには最適な施設だろう。
奥の談話室のような部屋のソファを勧められ、男が大人しくしているようにと念押しして出て行った。
辺りを見渡す。
まだここに居を構えて間もないのか、ガランとしていて人気はない。
シンとした室内で一人、暖炉の火に視線を投げる。
誰も居ないのならスカーフはしなくて良いだろうと思い、ソファに外したスカーフを置いた。
まだ多少混乱している頭で、あの男を信じたものかと葛藤が始まる。
叔父上はどうなったのだろう。母上とクラウディアは?
やはり、男の言うように一度フィレンツェに確かめに行った方がよかったのでは…
しかし、フィレンツェで大きな暴動に加わったばかりだ。
アウディトーレ家の汚名は潅げたが、モンテリジョーニが落ちた今、早々に戻るべきではない。
焦燥感をどうすることも出来ず、ひたすら悶々としていると、入り口が開く音と、あの男と誰かの話し声が聞こえてきた。
俺の居る談話室へと二人が入ってくる。
俺は咄嗟に立ち上がり、二人がこちらに顔を向けたので礼をした。
男がそんな俺の顔を見ると、また僅かに顔を顰めた。
「…マキャベリ、彼はドメニコ・アウディトーレ。先ほど話した遠い親戚だ」
「貴方に他に親族がいたとは聞いていませんでしたが…」
「昔、自分の家系がアサシンと知らなかった頃、フィレンツェを追われて彼の家族を宛にしようとしていた。
それに、…あの顔だ」
そういって男が俺を指す。
マキャベリと言われた男が俺の顔を見つめて、胡散臭そうな顔で頷いた。
「本当にそっくりですね。揺動するのによさそうだ…」
「いいや、彼はまだ駆け出しだ。あまり大きな作戦に加えるには、不安要素が多い。彼は俺に着いて来てもらう」
マキャベリは男の言葉に渋い顔をしたが、諦めたように頷き好きにするようにと言った。
何処か気まずげな空気は、この二人の仲が良好では無い事が伺えた。
少々不安になる。
二人はそっけなく言葉を交わした後、用は済んだと言わんばかりにマキャベリは塔を後にした。
それを見送る男が落胆したように肩を落とす。
緩く頭を振ってから俺に向き直ると、ソファに置かれたスカーフを手に取り、俺にまたそれを渡した。
「エツィオ。俺が許可しない限りはそのスカーフを取る事は許さん。特に外では徹底してもらう」
「あ、もしかしてさっき俺がそのまま素顔さらしてたからムッとしたのか?」
「………そうだ」
男が呆れたような顔で溜息を吐く。
親戚という事になっているのだし、そこまで気にすることもないのではないかと思うのだが、男には不満らしい。
「なぁ、兵は居るのか?仲間は?少人数だと戦えないぞ」
「分かっている。俺達も出よう。道中、当面の活動を説明するからスカーフをつけろ」
男はそう告げると隠れ家の扉を開き、俺を促した。
ローマは広い。
嘗ての栄華を感じさせる廃墟は、しかし犯罪の温床と化し、大理石を盗む人々によって見る影もない。
そして通りには人が多くいるが、どことなく民は疲弊し皆暗い顔をしている。
そこここに赤い兵服を着た番兵が通りを歩き、横柄な態度で人々を威嚇する。
その者達からはしきりにボルジアの名が出ていた。
「見ての通り、ここは敵陣の只中だ。我々アサシンの勢力はないに等しい。
だが、虐げられている民たちは容易にボルジアの敵となるだろう」
「それじゃあ、この地で仲間を見つけるのか?」
「ああ。それに傭兵、娼婦、盗賊達の手も借りたい」
だがひと先ずは人助けだ、と無表情に俺に告げる。
街を歩けば周りは番兵に横暴な要求を突き付けられ、困り果てる民に不足しない。
そんな助けを求める人々に手を貸し、時には人通りのない場所で一際目に余る蛮行を行っていた兵を始末する。
一応、有用な情報はないかと助けた者達からボルジアの動向を探るが、出てくるのはボルジアに関する不満ばかりだ。
男はそんな無駄にも思える愚痴も愛想よく聞いてやり、程々で切り上げ労わる言葉をかけると俺に着いてくるよう声をかけた。
男はあまり俺に興味がないのか、特に指示を出すこともなく、ただ俺を同行させただけだった。
ひたすら無言で歩き進め、男の目に留まった揉め事を処理していく。
手伝うほどの事もなく、ボルジア兵の始末も男一人でそつなくこなしてしまった。
観光よろしくローマの説明をしろとは言わないが、ある程度は街の説明でもしてくれればいいのに…
そんな事を思いながら、考えの読めない男の横顔を見ていた。
そして特に大きな動きはないまま、ローマの街を一通り歩きまわり、一日が終わった。
日も落ち、テベル塔へと戻る。
男は隠れ家を一通り歩き回り、俺たち以外の誰も居ないと分かると、執務机の椅子へ腰かけた。
手持無沙汰の俺は男の後を追い、机の横に立って男が走り書く報告書を無言で眺める。
男が黙々と羽ペンを動かす。
あまり説明らしい説明もなく、ただ無為に一日を過ごしたようで、じりじりとした焦燥が身を焦がす。
明日も今日みたいな見回りをするのだろうか…ボルジアの兵士を捕まえて、情報を吐かせればいいのではないか…
そう考えると、男に明日は別行動にしないか提案してみることにした。
「なぁ、明日は俺――」
「別行動か?駄目だ。地の利が利くようになるまでは俺に着いていろ。勝手なことはさせん」
言葉を言い切る前に遮るように却下された。
ムッとして男に食ってかかる。
「こんな地道な事をしていて、本当にボルジアを討てるのか?!逃げられでもしたらどうするんだ!」
俺が苛立ちに任せ、男に詰問すると、男はチラリと俺に視線をやってから何事もないようにペンを走らせる。
何を考えているのか読めない表情に、苛立ちが増す。
何の策もないのではないかと再度詰まろうと、スカーフを下ろし口を開きかけたところで、男が羽ペンを置いた。
「末端の兵を捕まえて一体何が分かるというのだ。少しでも情報が欲しいというなら、仲間を募り、どこにでも潜ませられる同胞を育てる方が効率的だ。その為にこの地でアサシンの勢力を築かねばならん」
「なら、その役を俺が…」
「半人前のお前がたった一人で何ができる。精々ボルジア兵に捕まり、無駄に命を落とすだけだ。
お前がモンテリジョーニに居て、敵の情報を得られたのは、ひとえに叔父上が各地に何人もの兵を派遣し、情報を得ていたからだ。
だが、ここローマにその伝手はない。殆どがボルジアに買収されているか、もしくは武力で捩じ伏せられている」
男は溜息をつくと羊皮紙をまとめ、蝋を溶かし封をして棚へと仕舞った。
「お前に密偵の任が出来ないと言いたい訳ではない。だが、敵は強大なのだ」
そう答えて男が俺の傍へと歩み寄る。
男が俺の首にぶら下がっているスカーフを口元まで引っ張り上げると「飯に行くぞ」と俺の肩を叩いた。
前の話