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軍を引くと言う星宿様に嘆願する話 1

全体公開 3 2185文字
2019-08-22 23:15:12

ツイッタでやり取りしていた妄想を文字に落としてみました。
張宿・軫宿生存ルートで、朱雀封印以降のお話。

Posted by @satomi8429

 君の意見を聞かせてほしい。

 低く押し殺した声でそう言った井宿に、張宿は身構えた。
 何かが、あったのだ。
 まだはしはしと動かない頭の中を、嫌な予感が駆け巡る。真剣な顔の井宿というのは幾度か見たことがあるが、ここまで余裕のない顔の井宿というのは張宿の知る限り初めてだ。呻きにも似た声も、鬼気迫った表情も、相対する者を緊張させるに十分なものだった。

 青龍により朱雀が封印され、朱雀七星士たちが能力を削がれたのが昨日だという。
 それでも戦うという鬼宿を筆頭に、星宿軫宿張宿を除く全員が戦場に赴いたと聞いた。
 張宿はといえば、目覚めて早々それを聞いて血の気の引く思いをしながら、しかし死にかけてからまだ二日しか経っていない、早く治したかったら動くんじゃないと主治医である軫宿に厳命され、寝台でひとり悶々としていたのだ。
 何事もないように、仲間も家族も国民も、どうか無事でと祈るしかすべのなかった張宿の背筋に、冷たい雫がひと筋伝う。
「国境がやられた。倶東の軍は都の城壁まで迫っていて、防ぎきれなければ宮殿まで攻め込まれるのは時間の問題なのだ。そして今――星宿様が自分も出陣されると仰っているのだ」
 絞り出すようなその声を、こめかみに光る汗を、土や煤にまみれた僧衣を、錫杖をきつく握りしめる左手を、張宿は茫然と眺めた。
 皇帝陛下自らの出陣。それが何を意味するか、本人がわかっていないはずがない。
 戦場に大将が踊り出れば、首を狙われるのは必至。そのうえ彩賁帝には後継者がいない。星宿の首を獲ることは倶東側にとって最高の手柄になろう。
 まさか自棄になってしまったわけではあるまい。しかしではなぜ。承知の上でその選択をしたのか、それとも感情が理性を凌駕してしまったのか。
……なんてこと」
 半身を起こそうとついた手に体重をかけ、傷に走った痛みに肩をすくめ顔をゆがめる張宿の背を、井宿の右手がとっさに支えた。
「朱雀が封印された今、怪我も治りきっていない張宿にこんなことを相談するなんて、本当にすまない。でも今は、君しか頼れないのだ」
「僕は、大丈夫です、」
 朱雀の力が失われた上、満足に動けもしない自分が相談を持ち掛けてもらえるなど、本来なら嬉しい話だ。だが状況は喜んでいる場合では全くない。すみません、と逆の手で体を支えて座り直し、井宿の顔を覗き込む。
「それより星宿様です。戦場に赴かれるなんて、言語道断です。なんとか、止めないと……!」
「そうなのだ、お世継ぎもお生まれになっていない今、星宿様に何かあれば王国である紅南国は崩壊するのだ。……なのだが……
 言い淀む井宿の後ろから、無遠慮に扉の開く音がし、無遠慮な声が飛んできた。
「お、張宿起きたんか!もう痛ないか?」
 普段より割り増しの声量の主は翼宿だ。
「静かに入れと言っただろうが」
 すぐ後ろから入ってきた軫宿が前を行く翼宿の頭を小突いたが、翼宿は構わず満面の笑みを張宿に向ける。翼宿の鎧は傷だらけで、顔も土で随分汚れていた。
「翼宿さん、軫宿さん……!」
「なんや井宿もいたんか。……どないした、そない深刻な顔して」
 抱擁代わりに張宿の頬を両手で挟み込んだ後、初めて重い空気に気付いた翼宿が声を落としてそう問うた。
「大事な話をしていたのだが……
「そうです井宿さん、続きを話してください」

 井宿の話はこうだった。
 星宿の出陣発言後、井宿はすぐに耳打ちしたという。星宿様の出陣は国の存亡に関わります。皇帝陛下と皇后様は御隠れになるべきです、と。
 しかし星宿は穏やかな声でこう言った。
『自分の国と、自分の愛する家族を、自らの手で守ることをせずして何が国王か』
 それは、落ち着いていて思いやり溢れる星宿らしい意見だった。長く孤独を飼いならした、冷静さの中に燃え滾る情熱の炎を持つ、若干十八歳の青年君主の。
 張宿は話を聞いて、しばし目を閉じた。
 朱雀が封印された今、自分は『字のない張宿』でしかない。自信のなかった、張宿の陰に隠れていたかった『道輝』だ。――でも、と張宿は思う。今の自分は字のない、即ち『ずばぬけた知能を持たない』、しかし『七星士張宿』として旅をしてきた『道輝』だ。
 目の前にいる井宿も、翼宿も軫宿も、皆等しく七星士としての能力を奪われ、それでもなお七星士であろうと立ち上がっている。
 僕は僕にできることを。そう思ってやってきた。これからだってそうだ。
 張宿は意識を研ぎ澄ました。
 張宿であり道輝である自分自身に問いかける。
 どうすればいい?守りたいものを守るためには、どうすれば?
 閉じた目の奥、暗闇の向こうに、針で穿った穴のような小さな小さな光が見えた。そこに向かってひた走れと、かつての自分が背中を押す。
「井宿さん」
 張宿は目を開くと、井宿に言った。
「星宿様が出陣すると仰った時、家臣の方々の反応はどうでしたか」

 そう問うた翠緑の目は、かつての張宿のそれではなかった。道輝のものでもなかった。
 どちらでもなく、どちらでもある。
 鋭さと柔らかさの両方を持ち合わせた、見えるものすべてを判別しかつ感じ取る、張宿であり道輝である瞳に宿った光があった。

《続く》→https://privatter.net/p/4904990


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