@satomi8429
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巫女と七星士の一人が消えた。敵軍は間近である。
翼宿と井宿の報告に、星宿を取り巻く重鎮と場に居合わせた役人たちにざわめきが広がった。
朱雀が封印されてもなお巫女の加護があると信じ巫女の加護に縋りたかった年配の役人たちの顔は青ざめ、永く続いた平和に浸かり戦に慣れぬ中堅以下の役人たちは皆一様に息を呑む。皇后は静かに目を伏せ、幾重にもなった紗の装束に覆われた腹部に控えめに手を当てた。
各々の上に重く浮き上がった不安を、星宿の清冽な声の響きが一掃した。
「わかった。今から私も軍を引く」
一瞬にしてざわめきが止まった。水を打ったように静まったのち、沸々と湧いてきたのはなんと希望のささやきだった。
威勢の良い御意の返答を皮切りに、いそいそと立ち働く家臣の間で交わされるのは、恐れから始まり希望の言葉で締められる会話なのだった。
巫女様がお戻りになるまで、なんとか持ちこたえよう。
神童と呼ばわれた陛下が出陣されるのだ、負けるわけがない。
我々には朱雀神がついている。古の戦も朱雀の加護で乗り切ってきたのだから。
今生皇帝への厚い信頼がそうさせるのか、良くも悪くも明るく前向きな国民性がそうさせるのか――。
「……両方、でしょうね」
宮殿じゅうが暗く沈み込んでしまうことを思えば、悪いとは言えないだろう。しかし現状を正しく認識しているとは言い難い。嘆息とともに張宿が言うと、井宿もそうなのだ、と小さく付け加えた。
「なんや、それがあかんのか?」
井宿と張宿の落胆した表情を理解しかねるというように、翼宿が口を挟んだ。
「前向きなことが悪いわけではありません。でも今に限っては、そうやって現実から目をそらすと、紅南国の崩壊を早めます」
寝台の上に座し、壁に半分背を預けた姿勢のまま張宿が説明すると、井宿も後を引き取った。
「極端なことを言えば、星宿様さえ生きていれば紅南国の存続は可能なのだ。家臣、そして国民としては、星宿様を生かすことを最優先で考えるべきなのだが」
「戦場に行くことが危険であることは間違いないからな。ましてや星宿様は国王だ。狙われる確率は我々とはけた違いだ」
後ろで聞いていた軫宿も、腕を組んで付け加える。苦虫を噛み潰したような表情だ。
張宿は気づけば小さく震えていた右手を左手でぎゅ、と握り込んだ。そのまま腹に押し付ける。拳二つほど上には、致命傷だった傷の跡が残っている。生かされた命、七星士としての使命。
「わかりました。今から僕が星宿様を説得しにいきます」
張宿は皆を見渡した後、ゆっくり言った。
「大丈夫なんか?まだ傷あかんのやったら、星宿様は皇帝陛下っても同じ七星士でもあるんやし、来てもろて話したらええんちゃうんか?」
「それでは意味がないんです」
気遣う翼宿に、張宿が即座に切り返す。鋭さはないが強い意志を感じる、質量のあるひと言だ。張宿でも道輝でもない、強いて言えば張宿の存在を背後に感じる、道輝の声だった。
「星宿様にはきっとお考えがあるんだと思います。でも僕たちはなんとしても星宿様の出陣を止めないといけない。だからまず周りに訴えるんです。星宿様に訴える態で周りにも実情を知ってもらい、側近からも星宿様を止めてもらうんです。そのためには、僕が『陛下のもとへ出向く』ということが必要なんです」
「そういうことなら、オイラが行くのだ。張宿はまだ動ける状態じゃないのだ」
見かねた井宿が割り込む。いくら何でも、一昨日瀕死だった少年を今日国家の主に嘆願させるというのは、なにより自分の心臓に悪い。ところが張宿はそれを拒否した。
「井宿さんは最終手段です。ここは僕にやらせてください。いいですよね、軫宿さん」
「致命傷は治してあるからそこは心配ない。あとは痛みと貧血だが……」
傷が塞がっているだけで治せてはいない前腕と大腿の傷と、自然に任せている失血からの回復を思い、眉をひそめる軫宿に張宿が答えた。
「痛いだけなら我慢できます。……謁見の間だけ、持ってくれれば」
腹を決めたとはいえ不安がない訳ではないのだろう。硬い語尾に緊張が滲んでいる。
扉一枚隔てた庭の、手入れの行き届いた植木に一羽の鳥が留まりに来、一言二言さえずってはまた飛んでいった。城壁から距離のある宮殿内の一室には、まだ喧騒は届かない。平和な風景と今話している緊迫感の差異に、井宿はめまいのする思いがした。
「僕が、わかってもらえるようやってみます。……でもだめかもしれません」
張宿は壁から背を離し、両脚を下ろして寝台に腰かける。
「その時は、翼宿さん、井宿さん、戦場で、星宿様奪取作戦を決行していただけますか」
翼宿と井宿に向き直ると、真剣な表情で言った。
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