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②不老不死凌牙の話・Ⅳ編【流血・BADEND注意】

全体公開 3 5741文字
2015-02-15 02:07:05

【流血・BADEND注意】
①http://privatter.net/p/814006

(ヌメロンコード施行後、死ねなくなった凌牙に
クリスに縋って叫んで己の無力に慟哭するⅣの身体に。『来るべき時』が、来る)



凌牙の身体は、水面下でとっくに壊れていた。

凌牙、高校三年生。Ⅳ、成人して一年。
この先も平和に過ぎていくはずだった日常は、この日を境に崩壊へひた走る。



フラスコが叩き落とされて、中の紫の液体を撒き散らして粉々に砕けた。
「ーーーッ!」
グシャリと握り潰された紙束。数千万では済まない高価な器材の数々が弾き出した計算結果が、全て誂えたように一つの結果を無情に指し示した。
No Change, DATE Unknown 
「何かの間違いだ、こんな、こんなのッ!」
「トーマス」
「デタラメだ!こんなのあって良いはずねえ、こんな、こんな」
「トーマス、現実を見ろ」
無慈悲な声に息が止まる。冷え冷えと凍る声は、暗くじめついた地下実験室に落ちて澱む。
「細胞の活性が完全に活動を止めている。こんな事例はどこにも報告されていない。異世界で変質した肉体の損傷か、あるいは生体の不可逆な異化かどちらにせよ、なぜ生きているのか不思議なくらいだ」
……るせぇよ……

「この肉体は死ぬことがない。成長も無く、老化も無い。いや、むしろこれは、既に【死体】のデータと言っても────」

「うるせえッ!」
ガラスがビリビリ震えるほどの怒号だった。
試験管がクリスの耳朶の脇に叩き付けられて、壁で割れた硝子の破片がクリスの頬を切った。
ドロリ、と濁った赤があふれて、頬を濡らす。
はぁ、はぁと荒い息遣いだけが残る実験室の中、クリスにジッと無言で佇まれたⅣは、ずるずるとその場に縋り落ちた。
「何でだよ何で、なんでこうなっちまうんだ」

前髪をぐしゃりと潰して、Ⅳは嘆いた。
「オレだオレのせいなんだよオレがあいつを方舟に乗せちまったから
ガッ、と拳が壁を殴った。
「オレが!この戦いにあいつらを巻き込んだから!そうでなきゃ、あいつらは一生バリアンと関わらないで済んだんだ!そうすりゃ、前世なんざ思い出さねえで、ずっと平和に生きていけたはずなんだよ!!」

頬の十字傷に爪を立てて、Ⅳは慟哭した。
凌牙が背負った運命は、人が背負うにあまりに重かった。

「何でだよ!何であいつばっかこんな目に遭わなきゃなんねーんだ!」

叫んだ喉がしゃがれて焼ける。
胃から熱い塊が感情になって迫り出して来るようで、グラついて咳き込みながら嘔気を抑えた。
俯いたⅣに、クリスの淡々とした瞳に、この上無く感情を排した声が頭の上に落とされる。
「お前に、もう一つ告げねばならんことがある」

吐き気を抑えてゲホン、と一つむせ込んだのちに、Ⅳは顔を上げて、クリスの恐ろしく淡々とした瞳にかち合った。
Ⅳは、射竦められて脳が痺れて動けなくなった。
復讐の最中、再会した時以来見ていない、兄の冷え冷えと凍るような灰青の眼差しだった。

「今回の一件で、判明した。神代凌牙の細胞の活動は、あるサンプリングデータの検体と、差異はあるものの、類似性が認められた」

なにを、言っているんだと思った。

「その検体とデータを照合した結果、我々はその検体が将来的に凌牙の細胞と同じような反応を示す可能性が非常に高いと結論付けた。トーマス、心して聞いて欲しい。
ーーー我らの父は、凌牙と同じ症状を既に発症している可能性が高い」

ピシリ、とガラスが軋んだ。
崩壊の音がした。



「な、んだよ、それ」
口から無意識にこぼれた声は、絶望だった。
「死ねない、老いない体? 父さんが、凌牙と、同じ?」
Ⅳは、愕然と、膝から崩れ落ちた。
「そんなの、ありかよ」



『来るべき時』が、来る。



「なんで、オレは取り戻せねえんだ!トロンも、凌牙も、何でオレの大事なモンはッ!!」

崩れ落ちた弟に、クリスは掛ける言葉が見つからなかった。
本当は家族の誰よりも真っ直ぐなものを宿す弟は、今は無力感と絶望を抱くばかりだ。


崩れた弟は、叫んで喉をやられたのか繰り返し咳き込んだ。
クリスは、見るに耐えなくて膝をついて背中をさすってやる。
「トーマス、もういい。無力なのはお前だけではない、罪は、私たち家族全員の……トーマス?」

様子がおかしい。
弟の咳が止まらない。苦しそうに指を痙攣させて、ひたすらに咳き込み続けている。
「トーマス!?どうした!?」
両肩を掴んで上を向けさせたクリスは、蒼ざめた弟の顔が苦しげに歪んで、 助けを請うように揺れるのを見た。
瞬く間に脂汗が滲んで、ぐっしょりと冷や汗が噴き出した。
「待っていろ、すぐに医者を!」
尋常でない苦しみように、クリスが弟の肩を掴んだ瞬間だった。
「ゲホッ」

赤い色が、ベチャリと
クリスの頬に生温かい音を立てて張り付いて
全てが凍り付いた瞬間を

弟の眼から光がすうと消えて
ゆっくりと、自分の腕の中へと
倒れ込んでいった一瞬を

クリスは、一生 忘れない
忘れない


それが、クリストファー・アークライトの罪だったのだ。



三回も繰り返した
ランクアップマジックの副作用だった。


物語は、加速度的に悪化して
バッドエンドが加速する。






クリスは、病室の戸を開けた。




青い空を窓ガラスが切り取って
弟はそこで真白の部屋から空を眺めていた。

クリスの方を見ることなく
まるでそこにいるのが当然だと知っていたように
弟は、風に揺れる白の世界でそこにいた。

白いカーテンがはためいた。



「プロ。辞める事にした」

空を見上げたまま、今日の天気でも呟くように
告げられた言葉に、思考が止まった。

頭を殴られたような衝撃と共に
ぐらりと歪んだ視界の先で
白い掛け布団に放り出されたままのDゲイザーが、
送信済みのメールを写してゆっくり点滅する。
辞意を示した文章が、束の間写って画面は黒く暗転した。

「トーマス、早まるんじゃない、お前は」
「オレは冷静だぜ。兄貴こそほら、こっち来て座れよ」

ポンポン、と
自分の傍を指してパイプ椅子を引きずった弟に
糸でも引かれたみたいに、クリスはそばに来て座った。

開け放たれた窓から、風が舞うように部屋を抜けて、 パタパタと、弟の金の前髪を揺らした。

変わらず空を見上げ続ける弟の目は見えない。

「オレは決めたぜ」


ゆっくりと
振り返る。


睨むように。あまりにも強い光を宿して
Ⅳはクリスの眼前に迫って、低く唸った。
「オレを、兄貴と父さんのラボに入れろ」


クリスは背中を戦慄かせた。
クリスは、判ってしまった。弟が何を思い何を考え、そして何に覚悟を決めてしまったのか。


探す気か凌牙を、人間に戻す、方法を


余りにも強い意志の眼は、紅く煌々と燃え上がって
それが、クリスには、弟の燃え尽きていく命の火に映った。


「オレには時間がねえ。もう嘆くのもやめだ。 オレはオレの手で、今度こそ、凌牙を運命ってヤツから取り返す」


弟の決意はあまりにも真っ直ぐで
止めようもない意志にぐらりと眩暈がした。
弟は、決めてしまった。
自分の命の賭け方を。

「協力してくれるだろ。兄貴」

弟の体をこんなにした自分に、
応と頷く他に、何が出来たというのか。
「悪ぃな兄貴、分かってんだよ」
弟は、頷きに、破顔したように苦笑した。
「言い付け破ったからな。ランクアップは体の臓器に多大な負荷を起こす。 だからどんなに使っても2回までだって、それ以上はどうなるかわからないって、忠告してたのにな」
トーマス私は
「やめろよ。謝罪も、懺悔も聞きたくねえ。 悪いけどよ、オレは後悔なんてしてねえんだ」



クリスは、胸に荒れ狂い込み上げるものを、
必死に押さえて、弟の頭を掻き抱いた。
驚いたように一瞬身じろいだ弟は、けれどすぐに力を抜いてことんと胸に頭を預けてきた。まるで幼い頃と変わらぬように。
震える声を必死で叱責した。

お前は強い私よりも、誰よりもだ!」

すまないも、許せも、懺悔の全てを呑み込んで
クリスは、それだけを弟に告げた。

腕の中で弟が無邪気に笑った気配がして、クリスの胸に笑みの振動が響いた。

「ああ。オレはまだ運命に抗うぜ」

嗚呼。この弟を焼く運命の火など
地獄の業火に包まれてしまえばいい。




◆◆◆


『プロデュエリストⅣ、突然の引退宣言!』


「大ニュースウラ!」
「とっ、とどのつまり、大事件です!」
「どういうこと!?」


高等部の屋上にて。
昼の芸能ニュースで速報された記事を
Dゲイザーに映しながら、各々の衝撃は混乱を極めた。

昼休みののどかな空気は一変し
遊馬達ナンバーズクラブを始め七皇も、知り合いの急な進退に戸惑っているようだった。

「なあ、ナッシュ、こいつお前の仲間だろ、この事知らな、」
「アリトっ」

不用意に口を開いたアリトを、諌めるように鋭くドルベが静止する。

Dゲイザーの画面を凝視したまま、異様なほどにピクリとも動かない凌牙に、
皆、遅まきに気付いて、息を詰めた。

突然の事に騒いでいた面々も、その空気に息を呑んで、沈黙する。

璃緒が、青い顔をして、静かに投げ掛けた。

「凌牙……


『Ⅳ選手が入籍を表明していたヨーロッパユース関係者は、コメントを出しておりません。記者会見の有無は追って表明するとのことです。では、次のニュースです。先日の南ブロックの試合ではーーー』



『やらなければならないコトが、あるんです』


『どうしても戦いたい相手が』










「凌牙に隠し通すこと……それが条件か」
ハートの塔のラボにて、診察台に寝かされたⅣに、 平坦な声を落としたのは、Ⅳのバイタルをチェックしているカイトだ。
「とんだ迷惑事を引き受けさせられたものだ」
「そう言うなよ」

フェイカーのラボに入れば、当然カイトもいる。Ⅳの体に起きたRUMの副作用も、Ⅳの決意の内容もカイトには筒抜けだった。
クリスが作る延命剤のデータを取っているのは、ハルトの件で医学に詳しくなっていったカイトだ。いわばカイトは、今となってはⅣの主治医のようなものだった。

「テメェに診られることになるたぁまったく人生分からねえなァ」
白い床から起き上がったⅣの言葉に、カイトは不機嫌そうに舌打ちした。

「ここの医療施設は、本来ハルトのためのものだ。それを、よりによって貴様に開放することになるとはな。忌々しい」
「ブラコンもその辺にしとけよカイトぉ」
くつくつと喉を鳴らしたⅣに、腹を据えかねると言わんばかりにカイトはフンと鼻を鳴らした。
「ついこの前までうっとおしい思い詰め方をして、散々こっちの研究をひっかきまわしてくれた貴様が、今度は不愉快な方向にすっかり腹をくくったと来た。まったく、貴様は面倒事しか持って来ない」
「ハッ」
肩をすくめて皮肉って見せたⅣに、カイトは不愉快さを隠さず舌打ちした。
「貴様の自虐は耳障りだ。もういい、そのうるさい口を閉じて貝にでもなってろ」
「なんだよ、オレのファンサービスは気に食わねえってかあ?」
「やかましい」
「ぶおっ、ふぁいと、へめ、」
口に体温計をぶち込まれて、若干涙目になったⅣに目もくれず、3秒ほどでピピピと鳴った体温計を引っ張り出してカイトは目をすがめた。片目だけ。
「37.9まだ高いな。」
手もとのボードに書き込もうとして、カイトはふと手を止め、頭痛でもするように眉間を揉んだ。
その仕草は、ごく日常にまぎれそうな仕草ではあったが、Ⅳは静かに目を細めて、口を開いた。

「目。もうだいぶ悪いんだってな」
「クリスのやつ喋ったな後で灸を据えてやる」

いらだたしげに吐き捨てたカイトは否定しなかった。

まるでⅣが相手を煽ってよくやるように、人相悪く片目をすがめているのは、左右で視力に差があるからだ。
繰り返しフォトンチェンジとナンバーズ狩りを行ったツケは、ジワジワと迫っている。
Ⅳの方は内臓にキたが、カイトは神経に来ているようだ。時々めまいを覚えたようにぐらつく回数が増えている。
おそらく。こいつとDゲイザーを交えることも
いずれ、近いうちに叶わなくなるに違いない。

コイツもまた、自分と同じ
『選んだ』人間だ。

「なぁカイトここらでケリ、つけとくか」
ゆらり、診察台から起き上がって、半裸に上着を引っ掛けたⅣは。
ねっとり誘うように、カイトに再戦の水を向けた。

「くだらん。貴様の戦いたい相手は別だろう。 大人しく代用品になってやる気はない」

ピシャリと言い捨てて、カイトは背を向けた。
あまりにも迷いなく、言葉はⅣに打たれる。

「さっさと完成させて本人と戦れ」

男っ前なこって」



すっかり毒気を抜かれて、Ⅳは、自分がカイトに対して抱えていた色々なわだかまりが、すっかりバカらしくなった

「なあ。兄貴は、オレとお前、重ねてたらしいぜ」

Ⅳは、自分の口からこぼれ出る言葉を止めなかった。
たぶん本当なら、一生言うつもりの無かったことだった。

「くだらん」

カイトは間髪入れずにそう言った。
想像通りの反応だった。
Ⅳはそれに、くつりと喉を鳴らした。

「ハッやっぱ兄貴の目は腐ってんな」


似てねえわ。オレとお前。


それを最後に、ふらりと治癒室から姿を消したⅣに。 カイトは、忌々しく舌打ちした。

「馬鹿が。貴様ら兄弟は、本当に馬鹿ばかりだ」




Ⅳにカイトを重ねるクリス
カイトに凌牙を求めたⅣ
Ⅳにクリスを、重ねるカイト。

みな、少しずつ、不毛に
互いの中に、幻を見ている。




To be continued

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