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始まりの終わり、終わりの始まり 前編

全体公開 2835文字
2020-12-07 22:20:14

電子書籍『雪原に星が歌う』第1部後の番外編です。説明は省きましたので本編未読の方にはなんのことやらさっぱりな感じかと思いますのでご注意ください。

 イズキットを離れて数か月、ふたりは長く歩いてきた。

 獣の声が聞こえる。

 フレイトは身体を強張らせ、腰の剣に手をやったが、隣のエウレオーサに止められた。繁みを何かが通り過ぎ、どうやら遠ざかっていったらしい。危険は去ったと彼は判断したのだろう。山と森、獣に関して彼の判断はいつも正しい。フレイトは力を抜いた。

 獣は前から来た。あの唸り声から察するに興奮していたようだが、こちらに向かってこなかったのはエウレオーサを避けたのだろうか。

 わからない。フレイトには、獣の思考までは想像の外だった。

 エウレオーサは彼女を一度振り返ると、前に進んだ。枝をくぐり抜けた向こうは幾分開けた場所で、その中央に何かが横たわっていた。

「ひどい」

 フレイトは思わず呻いた。横たわっていたのは人間の子どもだった。血が地面に溜まっている。

 あれではもはや生きてはおるまい。だが、エウレオーサは何かを感じたらしく、子の傍に屈み込んで触れた。

 シンディンの子ではない。ヴァンダリス人とも違う。身体つきや衣類からフレイトもそれを見て取った。元よりこの辺りはシンディンの土地からも遠く離れている。どちらにとっても、同族がいるはずもないところだ。

「獣を驚かせたのだろう。食われてはいない」

 エウレオーサが言った。

 獣は縄張りに侵入してきた人間の子に驚き、頭に一撃浴びせて逃げたのだ。となると、熊かもしれない。

 しかし、気になるのは何によって死んだかよりも、その子がなぜ死ぬような羽目になったのかだった。

「十歳にもなってない子だよね。ひとりで森に来たの?」

 フレイトの疑問に、エウレオーサは黙って子の首筋を示した。そこには壺のようなかたちの焼印が押されていた。

「これは何?」

 ぞっとしながら、フレイトは尋ねた。

「罪びとの印だろう。嫌な匂いがする」

 エウレオーサは立ち上がり、南の方角を向いた。

「向こうにもうひとりいる」

 彼についていくと、その言葉通り確かにもうひとり伏して倒れていた。背に数本矢が突き立っている。仰向かせたところ、自分たちとそう変わらない若い男だった。この男の首にも、先ほどの子と同じ焼印が押されていた。

「兄弟だろう。匂いが似ている」
「お兄さんも罪びと……。なんの罪で?」

 エウレオーサは探るように焼印を見つめる。

「どちらかが一族の掟を破った。ふたりとも追われて、兄の方が自分の身体を盾にして弟を逃がした。だが、弟も遠くまでは行けなかった」

 自分たちの見た通りである。弟は獣に出会い、生命を落とした。

「お兄さんは弟を助けようとしたんだね」

 つらい話だ。せめてと思った相手すら助けられなかったとは、兄も無念だろう。

「弔いをしてあげてもいいかな。このまま置いておくには忍びないもの」
「いや」

 エウレオーサはこの時辺りを気にしていた。

「手を出さぬ方がいい。一族の者が周りにいる」

 フレイトの肌が総毛立った。

 そうだ。遺体はまだ血も乾いていない。弟は獣の爪で死んだが、兄は矢で死んだ。殺した者がいるのだ。

「襲ってくるの?」

 ここでもフレイトは剣に手を添えた。しかしそれも、エウレオーサが制した。

「抜くな。こちらを窺ってはいるが、かかってくる気配はない。何もしなければ放っておいてくれるだろう」

 相手が彼だから襲ってこないのだ。もしも自分ひとりならばこうはいかなかっただろう。それがわかったから、フレイトも唇を噛んで退いた。

「行こう、エウレオーサ」

 そこを去ってから、無言で歩き続けた。充分離れたと判断できるまで。ようやく天幕を建てたのは、陽も傾いてからだった。

 この天幕はヴァンダリスから持ち出した野営用のものだ。馴染みはないはずだが、フレイトが教えるとエウレオーサはすぐに建て方を覚えてしまった。いまでは手を貸す必要もない。

 エウレオーサはフレイトを抱いて横になる。今夜は獣の遠吠えも聞こえない、穏やかな夜だった。

 静けさは言葉にならない思いを呼ぶ。フレイトはどうしても、昼間見た兄弟の遺体について考えずにはいられなかった。

「ねえ、エウレオーサ。あの子たちはどんな掟を破ったのかな。私には、悪いことをしそうな人たちには見えなかった」
「俺にはわからない。ここのしきたりは知りようもない」

 エウレオーサはむべもなく言った。

 彼は正しい。ここは見知らぬ土地だ。どんな掟があるものか、想像するのも難しい。

 エウレオーサはしばらく黙っていたが、やがて重々しく口を開いた。

「俺も気になっていた。あれは兆しだ。ここにいるもの・・・・・・・は俺たちを歓迎しない」
「兆し……

 言われてみれば、あの兄弟は自分たちに似ている。掟を破り、故郷を追われた者と、その連れだ。ここにいる何か・・――神、精霊、魔物、<運命>のような何かが、エウレオーサとフレイトの来訪を拒んでいるのか。だから彼らはあの遺体に出会うことになったのか。

 ここの何か・・が<運命>と似たものならば、それもあり得る。

 シンディンであるエウレオーサにとって、兆しは無視できぬものだ。

それ・・はまだ俺たちを見ている。早くその力が及ばぬところまで出た方がいい。留まれば何が起こるかわからない」

 何が起こるかわからない――フレイトはイズキットを思い出した。ヴァンダリス人である彼女は、シンディンについてそう言われていたのだ。彼らの土地に入ってはいけない、何が起こるかわからないから、と。



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