X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです

比翼の鳥 その1

全体公開 1 2 3654文字
2021-08-24 21:17:18

ドロライ「探し物」のその後です😅
その2に続きます。
https://privatter.net/p/7837588
この話は完結版に書き下ろしを足して、オフセット本出版しました。詳しくはこちらで。
https://song-of-birds.booth.pm/items/3439262



「で、結局、あのモンダイは片付いたのかよ?」

 久我が勤めるバーのカウンターに、たまに日曜の夜にふらりと現れるようになった男に、久我はテキーラサンライズを注いだグラスを置いた。
「ほい、おごり。」
……ちゃんと、金は払う」
「かまわねえよ。バーテン修行中だし。甘めだから、味覚えて矢代サンに作ってやんな」
……
 3ヶ月前、年上の恋人の白髪を見つけて失踪された事件をきっかけに、頭を坊主にしてしまったその男──百目鬼は、このあたりを仕切る桜一家の出世頭と言われている。たった4年の間に、組長の娘の命を救い、いくつもの抗争の火種をその圧倒的な力でねじ伏せた。この男の活躍で結局潰れた組もある。
 そんな男が、いきなり頭を丸めて現れた時には、裏社会に激震が走った。
 些細な失敗であの百目鬼にそこまでさせる元真誠会若頭、そして今は道心会の財布とまで言われている矢代という名の男に、事情を知らない若い衆が震え上がるのを横目で見ながら、久我は腹の中で笑いを噛み殺していた。
 ──なんのことはない。百目鬼が頭を丸めたのは、自分にどうしようもないことでくよくよ悩んでくれるな、という百目鬼の精一杯の反抗だ。
 百目鬼と同じく、年の差カップルで14歳も年上の影山と付き合っている久我は、年長組二人よりも、むしろ3歳年上の百目鬼の方に強く感情移入してしまう。

 ──俺らがあの人らより10歳以上も若いのは、俺らのせいじゃねえし。
 コッチだって、あの二人が二人だけしか知らない高校時代の記憶を共有してんの、すっげー悔しいんだけど‼︎ ぜってー勝ち目ねぇじゃんかよ!

 以前、様子見に店に訪れた百目鬼にそう愚痴ったら、この無口な男はその後仕事がハネたあとに一人でふらりとやってきて、酒を飲んで帰るようになった。
 坊主頭があまりにも迫力ありすぎなので、ここ3ヶ月客として店に来るときは帽子を目深に被っていたが、今日はないらしい。ようやく毛が伸びてきたからだろう。今は、ヤクザというより、スポーツマンみたいな風貌だ。
 顔の傷がなければ、だが。
 百目鬼はテキーラサンライズに口をつけ、小さく溜息をついた。
……今は、とりあえず納得してもらったと思うが……根本的な解決はないから。たぶん、定期的に、そういう気分になるときもあるんだろう。……口で言えばいうほど、態度で示せば示すほど、ウソくさくなる、と、以前あの人は言っていた。……俺に対してじゃないが」
「ンだよ、ホンットめんどくせーなあの人!」
「影山先生は……そういうことは、悩まないのか?」
 久我は、自分用にショットグラスにテキーラを注いで、口を尖らせた。
「あの人はそれ以前だよ、ムカツクな! 惚気か!
 最初っから、もういつか終わること前提なの。いつか俺を嫁に出すみたいに、どっかの存在しない女に押付けるつもりなんだぜ? ふざけんなっつーの。そんな覚悟でバージン渡すか。ド畜生!」
「バージン……
「あ、何? うらやましい? うちはそこは、お互い初物だったからなー❤️」
……いや……
 うらやま……しくないと言ったら嘘になるが、受け入れる側の不都合がよくわからない百目鬼としては、相手が慣れていてくれたから助かっている側面はある。そもそも、先に矢代が情報取引相手との情交を百目鬼に見せていなかったら、どうやるのかすら知らなかった。
「あーあ。なんか、あの二人をギャフンと言わせる方法ねぇかなー。いっそ、お前と浮気してるフリとか……あー、ダメだな、流石にそれは矢代さんキレてシャレにならんわ。ほら、なんか、お前も考えろよ」
「いや、俺は……
「ンだよ、お前も少しは怒れよ。指捧げて、ヤクザに頭下げてカタギの生活捨ててまで、あの人を守りたいって4年間も粘ったお前の言葉信じないとか、思考後ろ向きにも程があんだろ。……まあ、お前が無口すぎんのも理由の一つだとは思うけどな……
……俺は、そんなに無口か?」
「必要最低限しか喋らねえからな。好きな映画とか漫画とかさ、そういう話も全くしねえし。ふだん何考えて生きてんのかとか、どういうシチュエーションが好みなのかとか、普通、そういう必要じゃない会話から想像して、お前ってこういう奴なんだ、って知るもんじゃね? お前が矢代さんに惚れ抜いてるのは十分わかるけどさ、じゃ、それ以外にはどういうモンが好きなの? って、俺もよくわかんねえし。なんか、ゲージュツカみたいに、創作とかやれば……あ!」
 久我は、宙を見つめたまま、唐突に拳を握りしめ、そのまま自分のショットグラスにテキーラと炭酸水を並々と注いだ。手の平でグラスに蓋をして、カウンターに叩きつける。ショットガン。グラスから溢れた酒を一気に飲み干して、久我は百目鬼に迫った。
「すっげえいいこと思いついた! お前、俺とサークル組まね?」


 ***


 よく晴れた、晩秋の朝であった。
 楓散る境内の落葉を集めて、日々の務めを果たす矢代の住まう僧院に、背の高い男が一人、俗世の喧騒を逃れて入山した。
 俗名を百目鬼、法名に進道を与えられたその男は、僧院の生活に慣れるまで、鶴峰──矢代の法名である──のもとに世話係として身を寄せることになった。
「ここは、静かなところですね」
 音もなく散る、茜色に色づいた葉に視線を投げつつ、百目鬼は呟いた。
「──鶴峰様は、この僧院は長いのですか」
「そうだな……もう五年になるか。長いのか、短いのか……よくわからない。いつのまにか、日々が過ぎていた」
「以前は、どちらに……?」
 矢代は、障子の外に投げていた視線を戻し、ふと微笑んだ。
「──名を棄てて、このような場所に逃れてきた者に、そう易々と過去を尋ねるものではないよ」


 ***


……なんか、きらきらしすぎるんじゃないか?」
「アホか。BLはキラキラしてナンボだろ! ただでさえ坊主モノなんだから、受の周りくらい星や花が飛ばなくてどーすんだ。大体、矢代さんの法名に『鶴峰』とか滅茶苦茶きらきらしい名前つけたのお前だろうが!」
「あの人は、まさに掃き溜めの鶴だ」
「一生言ってろ、アホ」


 ***


「──とはいえ、別に隠すほどのことでもない。いずれ噂で耳に入るだろう。私は、以前は浅草の赤線地区にいた。そこで、私を巡って三人の男が死んだ……それで、二度とそんなことが起きないように、ここへ逃げてきたのさ。──さすがに、頭を丸めれば、もう追い縋って来る者もあるまいよ」
「あなたは、そのうちの誰かと恋仲だったのですか?」
「いいや。生涯で、人を好きになったのはただの一度だけだ。その相手は、今は生涯の伴侶をみつけて、幸せに暮らしている。──お前は? 何故ここに来た?」
「──自分は、親を半殺しにしました。妹も傷つけました……何年も、無視することによって。でも、自分にとって、それはどこか他人事のようで……自分には、何かが欠けていると思い、仏門を叩きました」
 百目鬼の目に、少し俯いて畳の向こうの暗がりにゆるやかな視線を投げている矢代の姿が映っていた。赤線地区に居たというならば、この人はかつて男娼だったのだろう。美しい人だった。容姿というより、その佇まいが。
「──人は、あまりに傷つくと、痛みを感じなくなるのだよ。そのことが恐ろしくて、より強い痛みを希うようになる……お前も、本当のお前は、心の奥底で、自分が犯してしまった罪への痛みに苛まれているのではないか?」


 ***


 コレ、本当に、形にしていいんだろうか。
 百目鬼は、自宅のリビングで手にしたコピー用紙にもう一度目を通し、溜息をついた。
 あれから、「サークル」とはなんなのか、に始まり、何がなんだかよくわからないうちに「同人誌」とかいうものを作る「サークル」のメンバーになることを承諾させられ、あれよあれよというまに、その第1作として、矢代と百目鬼を主人公にした僧侶モノのBL小説を自費出版することになってしまった。
 店が閉店してから酒を片手にコピー用紙に書きなぐった久我の小説に、百目鬼が台詞回しの部分などでいろいろと手を入れたものの冒頭部分がコレである。
 そもそも、小説で作者本人の名前を出すのはどうなのか、と抗議してみたが、「でなきゃ矢代さんにお前の気持ちが伝わんねえだろ!」と押し切られてしまった。
 久我は、どうやら影山にヤキモチを妬かせたいらしい。正直、自分と久我が組んでサークルとやらを作ったところで、影山がそんなに妬くとは思えないのだが、二人で何かコソコソやっている、という事実に影山がどう反応するかを見てみたいのだろう。
 影山先生は妬かないかもしれないが、バレたら、矢代さんは確実に不機嫌になる。
 それを思うと、かなり胃が痛い百目鬼であった。


その2に続く
https://privatter.net/p/7837588


投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.