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山河令7話の湘夫人のくだりのこと(リトライ)

全体公開 1559文字
2021-08-30 14:10:44

設定資料集に引用した詩についての意味と解釈を載せてくれていたので、こういうことだったよ!の正解のメモです。以前書いたべったーの「湘夫人」と「湘君」って男女の二神なのか問題の現状の解釈です。

Posted by @feishang

上段:設定資料集の冊子に記載のもの
下段:日本語に翻訳したもの(間違ってたらすまない!)

<蔚宁の台詞>
九嶷缤兮并迎,灵之来兮如云。飘飘兮若流风之飞雪。
九嶷(きゅうぎ)繽(ひん)として並び迎え 霊の来たること雲の如(ごと)し
飄飄(ひょうひょう)たること流風(りゅうふう)の雪を飛ばすが若(ごと)し

<意味>
姑娘,您这个湘字委实佳妙啊!
お嬢さん、あなたの湘という(名前の)字は本当に素晴らしいですね!

<出典>
九嶷缤兮并迎 灵之来兮如云 ――屈原《九歌・湘夫人》※「九歌」は「楚辞」の一章
飘飘兮若流风之飞雪 ――[三国] 曹植《洛神賦》

<訳文>
百神如祥云般遮天蔽日,九嶷山仙子纷纷出来相迎。
何百もの神々が縁起の良い雲のように空を覆い、九嶷山の仙人が次々と出て来てお互いを迎えます
形象飘荡不定如流风吹起了回旋的雪花。
風に吹かれて渦巻く雪の結晶が漂って一所に落ち着かないイメージ

<釈文>(長いのでざっくりとした翻訳のみ)
「九歌」の句を使って九嶷山の神々が湘夫人を歓迎する壮大な美しい情景を、「洛神賦」の句をもって川の神の素晴らしい姿を言い、温客行が第4集で周子舒を「流雲九宮歩」をこの詩で賛美している。曹蔚宁と顾湘が岳陽の酒楼で初めて出会った時、曹蔚宁は“湘夫人”を借りて顾湘の美しさを形容しており、それはとてもぴったりではある。しかし曹蔚宁が武芸に精通していないので、温客行に柄にもなく風流人ぶる中途半端なやつと、「九歌」「洛神賦」を全て暗唱していることにケチをつけられている。

以上が「山河令」設定資料集の別冊に載っている内容です。
蔚宁が女神みたいだ~~!!って盛り上がっていることが大変伝わってくるという場面で問題なさそうです。
ちなみに九嶷山は舜帝が死んだとされている山と岩波文庫『楚辞』にありました。


ところで、以前書いたべったー(https://privatter.net/p/7240151)では「湘夫人」と「湘君」は男女二神という説を推している本を参考に書いたものの、本当に男女なのかなぁというのは疑問に思いつつでして……6月に新しく発行された岩波書店の『楚辞』と上海古籍出版社の『楚辞 今注』、手元にあったものを再度確認して、「湘君」も「湘夫人」も女神と解釈するのが一般的なようだというところに落ち着いています。
これは「九歌」が“九つの歌”でありながら、十一篇で構成されていることを解釈をどのように考えるかにも関係する部分で、季節によって「大司命」と「少司命」のいずれか、「湘夫人」と「湘君」のいずれかの九篇を歌っていたという解釈の岩波書店『楚辞』になるほど~!となっている昨今です。

元々「湘夫人」と「湘君」がいずれも女神という解釈があったものの、それでは分かりにくいというのもあって明代の汪瑗『楚辞集解』が男女二神の唱和との解釈があり、日本では鈴木虎雄『支那文学研究』(大正14年(1925年))で男女二神であるという解釈を展開していたようです。この説を採用していたのが明治書院『新釈漢文大系 楚辞』及び『新書漢文大系 楚辞』というところまで辿り着いたところです。ちなみに、確認したところ戦前の昭和10年(1935年)発行の『楚辞 譯註』はいずれも女神という解釈でした。

岩波文庫の新旧『楚辞』の訳注者はいずれも京大、明治書院の『楚辞』及び『支那文学研究』の著者はいずれも東京帝大ご出身なので、そういう違いなどもありそうな気配がありますね。『楚辞』は元々時代ごとに様々なテキストと解釈があるので、過去の解釈を噛み砕くのも一苦労というのはあるとは思うんですけど、中国学はこう……そういうところもあるんだよな!というのは改めて思うなどするところですわはは


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