ギュラの鍵主です。男部長固定。自分の所の部長設定になってます。鍵主の部長キャラエピ2のような感じ。
2025.10 少し加筆修正
@mizukisakuya
自分の所の部長設定、男部長固定。
鍵主での部長のキャラエピ的な話で進行度2くらいのイメージ。鍵介の方は踏み込む前辺り。部長視点。
タイトル通り手を繋ぐくらいはしています。
自分の所の部長設定で書いてるので、そういうのが苦手な人は引き返した方がいいかも知れません。
部長設定
https://privatter.net/p/7440140
これの前の話
https://privatter.net/p/7681775
歌姫たちが創造した、メビウスという出る事の出来ない理想郷。その小さな箱庭の楽園とμを守るオスティナートの楽士たち。この世界ではμと楽士たちの方こそが正しく、そこから出ようとする帰宅部はむしろ異端な存在だ。
とはいえ、夢から目を覚ましてホコロビが見えるようになった以上、見てみぬフリをしてメビウスに留まるのは正直難しいと思う。奏の場合、楽士と帰宅部の存在を知ったのは不本意にも目立って敵だった時の鍵介に狙われてからだったので、他に選びようもなかったが。
楽士の一人だったカギP……鍵介の目の前でホコロビが見えるようになって逃げ出したので、完全に顔を覚えられていたせいか。それとも、その後奏が帰宅部に加入しつつも、現実に帰るのを迷っていた事を何となく察していたのだろうか。鍵介は何故かあの時、奏をターゲットとして定めていたようだった。
その後、戦って正気になったらしい彼は帰宅部の仲間に加入した。そうして鍵介は敵対感情が反転したのか、または傍で監視や観察でもしていたのかも知れないが、自然と奏ともよく関わるようになっていった。
「あれ、今日は鍵介だけか。他のみんなは?」
授業を真面目に受けた後、知り合いと少し話したりしていたせいか、帰宅部が使っている部室には他のメンバーはもう帰ってしまったのか、鍵介以外はいなくなっていた。今日は帰宅部の活動がないとはいえ、ここまで他のメンバーがいないと少し寂しいような気持ちにもなってしまう。
どうして鍵介がこうして待っててくれたのかわからないが、彼一人だけでもここにいてくれて何となくホッとした。
「女子メンバーはアリアも含めて遊びに行ったみたいですよ。男子メンバーの方は知りませんけど、いなくなってるし多分さっさと帰ったんじゃないですかね」
「いや、女子だけでなく男子メンバーも少しは気にしてあげてほしいなぁ…じゃなくて、そうだったのか。まぁ、今日は帰宅部の活動は特にないから帰っても別にいいんだけど。来るの俺が最後だったんだな」
「ええ、誰もいないと先輩が寂しがっちゃいそうなので、僕がわざわざ待っててあげたんですよ。感謝してくださいね、先輩」
鍵介のその言葉に思わず苦笑してしまう。見破られて少し悔しいような、理解されていて恥ずかしいような嬉しいような。そんな複雑な気持ちになってしまった。
放課後の誰もいなくなった帰宅部の部室にもしも一人来ていたら、確かに寂しくなってしまいそうだ。
「そんな風に言われると、何となくこう、ちょっとだけ感謝しづらいんだけどなぁ……でもうん、そうだね。ありがとう鍵介」
「それでどうします、帰りますか?」
「うーん。アリアを迎えに行かなきゃいけないのか、それとも今日は女子と一緒のままか、まだちょっとわからないんだよな」
アリアは大体奏と一緒にいるが、たまに女子の所へ行ったり、女子メンバーで遊びに行ったりする。その場合、後で迎えに行く時と、女子の所にそのまま泊まる時があるので、どちらになるのかまだわからない。
出来れば遊びに行ったというメンバーの邪魔をしたくないので、もう少し連絡を待ちたい。そう思っていたのが顔に出ていたのかも知れない。
「じゃあ、もう少し僕と話してますか?」
「うん、鍵介がよければ。遊びに行ったなら邪魔しちゃ悪いしな。WIRE送るとしても、もう少し後にしておきたい」
「別に暇だから構いませんよ。先輩と話してる時間も、まぁまぁ有意義ですし」
「そう、なのか?ならいいんだけど」
素直じゃないのか素直なのか、微妙な所だな。と心の中で思って、奏はつい苦笑しながらも、鍵介の言葉に甘えてもう少し彼と話している事にする。
正直、鍵介が待っていてくれたのも、こうして話してくれるのも助かっている。どうしてこんな風に関わって、気にしてくれるのかはわからないけれど。
「そう言えば、鍵介って何で俺を狙ってたんだ?」
ふと鍵介が楽士だった時の事を思い出して、本人にそう問いかけてみる。何の前触れもなく、特に説明もなく急にそんな事を聞いたせいか、突然何を言い出すんだろうこの人、という顔をされたものの、言いたい事は何とか伝わったらしい。
「はい?……えーと、僕が楽士だった時、先輩をターゲットにしていた事ですよね?」
「うん。やっぱり楽士だった鍵介の目の前で、俺がすごいわかりやすく逃げちゃったから、俺をターゲットにしたの?」
「まぁ、そうですね。あんなものすごくわかりやすく僕の目の前で、うわー!とか叫んで青くなって勢いよく逃げられたら、そりゃねぇ、狙いますよね普通」
「そうだよな……俺が鍵介の立場だったとしても、あ、この人完全にホコロビとか見えてるなーってなるだろうし。ターゲットにしやすいか」
「とはいえ、僕が少し誘導しましたからね。あんな思いっきり目立ってしまった先輩には、流石に少し申し訳ないような気がしなくもないですけど」
そう言われて、今度は奏の方が思わず何言ってるんだという顔をして首を傾げてしまう。少し誘導、というのが一体何の話なのかわからなかった。
「え、誘導って?」
「ホコロビが見える人間をあぶり出す為に、わざと目立つ時にデジヘッドの姿を見せてみたんですけど。そうしたら、目の前にいた先輩が思いっきりわかりやすく、僕が仕掛けた罠にかかってくれたって訳ですね」
「……まぁ、他にも要因はあるんだろうけど。偶然かと思ったら、まさか偶然じゃなかったとはなぁ」
「楽士が偶然目の前にいて、そこで何故か『卒業』してしまったとか、流石に先輩の運が悪すぎでしょ」
「何も知らない状態なのに楽士が目の前にいて、意図的に引っかけようとしてたとは。よく目の前でああなって捕まらなかったな俺」
「逃げられても顔と名前は覚えてたので、後でどうにでもなると思ってたんですけどね。まさかあんな力を持ってくるとは」
「カタルシスエフェクトか……アリアと出逢ってたおかげだね。不幸中の幸いというか、そういう意味では一応運がよかったのかも」
多分、アリアと出逢ってなければ追ってきたデジヘッドか鍵介に捕まっていただろうし、笙悟に出逢ってなければ行き場をなくしていた。偶然アリアと出逢い、逃げてる時に笙悟に出逢ったのは運がよかったのかも知れない。奏はその時の事を思い出しながらそう考える。
あの時は色んな事に混乱して、あてもなく逃げるしかなかった。きっとその出逢いがなければ、今の自分はいなかっただろう。
「あんな目立つ時でもなければ逃がさず捕まえてたと思うんで、確かにそこは運がよかったかも知れませんね」
「俺は目立ちたくなかったんだけどね。というか、今思い出すと泡を食って逃げ出してちょっと恥ずかしいな」
「いい逃げっぷりでした。脱兎ってああいうのを言うんでしょうね」
「出来れば忘れてほしいなぁ……自分でも思い出すとかなり恥ずかしいし」
「残念ながら、先輩との衝撃の出逢いなので無理ですよ」
「まぁ、確かに衝撃的だったけどね、俺にとっても」
衝撃的というか、突然ホラーやパニック映画にでも足を踏み入れたような気持ちだった。あんなに驚く経験はあまりないだろうし、きっともうここ以外ではないだろう。そんな事がやたらあっても困るけれど。
帰宅部に入った以上メビウスで追われるのは仕方ないとしても、そんな経験をわざわざしたい訳ではない。
「先輩は多分、元から目覚めかけだったんだと思いますよ。まぁ、目立つ時に僕がそれを少しだけ後押ししちゃったんでしょうけど」
「せめてもう少しこう、ひっそりと目立たずに『卒業』したかったなぁ」
「あの時、恐怖と混乱と驚きの入り混じる、とてもいい表情してましたもんね」
「いい表情とか言うんじゃありません。本当に何がなんだか訳わからないし、混乱するしこわかったし、泣きそうになったんだからな」
あんな思いっきり目立つ時に、奏が半泣きで逃げ出す事になった要因の一つらしい後輩は、悪びれず楽しそうに笑っている。
「すみませーん、あの時は僕まだ楽士だったもので。今思うと、先輩のなかなか貴重な姿を目の前で見る事が出来た訳ですね」
「貴重じゃないとは思うけど。まぁ、終わった事だし今更言っても仕方ないからいいけどね……鍵介はこうして味方になってくれた訳だし」
「そうですね。まぁ帰宅部にいるけど、お互いに帰ろうとする理由はまだハッキリしてない感じですけど」
「そう、だね」
帰らなくてはならない、逃げ続けても辛いだけだから。そうは思っても、みんなのように帰りたいと強く思っている訳でもない。むしろ……本当は、帰りたくないと思う気持ちの方が強いのかも知れない。
「さっき聞かれた先輩をターゲットにした理由ですけど、目の前でわかりやすく動揺してくれたのと。あとは……何となく、僕と近い部分があるような気がしたんですよね」
「そうなのか?」
「頑張って自分を装ってる感じというか。優等生してるのも、先輩はそうするしかなかったのかなというか。ハッキリとはわかりませんけどね」
「うん、確かにそれは間違ってはいないな。俺は優等生でいるしかなかったし、頑張って自分を装ってるっていうのも合ってるよ」
それが鍵介と近いのかはわからないけれど。彼はちゃんと迷って悩んで向き合おうとしているから、全てを諦めて装ってるだけの自分なんかよりずっと前向きだろう。奏は心の中でそう呟く。
「俺はそうでもしないと、頼れる部長なんて出来ないからね。まぁ、部長になる前からの癖ではあるけど」
「……前も言いましたけど、別に頼れる部長とかじゃなくていいと思いますよ。確かに僕も含めて帰宅部メンバー皆、戦力的にも心情的にも先輩を頼りがちなんですけど」
「頼られるのは別に構わないよ。俺に何が出来るのかわからないけど、出来る限りはみんなの力になりたいし」
「それはありがたいんですけど、そうではなくて」
わかってないなという顔でやれやれと溜息をつく鍵介を見て、奏はよくわからず首を傾げてしまう。
「僕たちに頼られるばかりじゃなく、先輩も僕たちを頼っていいって事なんですよ。今も戦闘の時なら頼ってるかも知れないですけど」
「……加減が難しくて。俺、誰かを頼った事って幼い時と、ここに来てからしかないし。一度頼ってしまうと、自分の中の何かが崩れて、ずるずるとよりかかってしまいそうで……正直に言うと、こわいんだ」
奏は自分が弱い人間だと知っていた。それに今まで手を差し伸べられなかった、マトモに誰かと交流していなかった分、適度な接し方と距離がよくわからない。依存と頼る事は違うと何となく理解していても、どの程度ならいいものなのか。
もしも距離感を間違えたら、相手の負担になってしまうかも知れない。負担になるのも傷付けるのも嫌だし、それに気付く事が出来ないかも知れないのも嫌だった。
「うっかり依存になって、相手を疲れさせたり傷付けたくないって事ですかね」
「うん……頼るってどうやるのかもイマイチわからないし」
「それはまぁ、練習するしかないんじゃないですかね。どうやるのかも、どのくらいなら頼っていいのかとかも」
「練習、か」
「幸いここに、その練習に付き合ってあげてもいいかな、と思ってる後輩がいますし?」
そんな事を言ってくる鍵介を、思わず見つめてしまう。言葉と表情は仕方ないなぁとでも言いたげだが、彼の優しさを感じるし、同時に何故なのかわからないが、何となく断れないような圧も感じる。
「……鍵介って、意外と付き合いがいいし、結構優しいよね」
「まぁ、部長である先輩に恩を売っておくのもありかなぁと」
「恩を売るって、何か俺にしてほしい事とかあるの?」
「そうですね……まぁ色々ありますけど」
「え、色々あるんだ…」
「それはまた後回しにして、そのうちしてもらう事にします」
「うん、わかった。何をさせられるのかよくわかんないし、ちょっとこわいけど」
「大丈夫ですよ、こわくなるほどの無茶振りはしませんから。多分」
まぁ、付き合わせてしまうのなら、自分に出来る事なら無茶振りだってされても別にいいのだけれど。多分鍵介は、気を遣わせないようわざとそう言っているのだろうと思い、奏は笑みを浮かべる。
「そっか……うん、いいよ。色々の内容はよくわからないけど、俺に出来る事なら何でもするから。その時は言ってくれ」
「な、何でもとか、そんな事を普通にさらっと言うのはどうかと思うんですけど!僕に対してはいいんですけど、あんまり他の人にそういう事言っちゃダメですよ!」
「ええ……鍵介にはいいけど他の人にはダメなんだ」
何でそうなるんだ、と思いながらも他の人にそんな事を軽々しく言う気はなかった。何となく、鍵介になら何を要求されたとしても、まぁいいかと思ったから言っただけで。
「それで、練習するとは言っても、何をしたらいいんだろうな。うーん、頼る……よりかかる、頼みにする、信頼する……」
「辞書か何か読み上げてるみたいですね」
「言葉の意味としてはわかるんだけど、どうするのが頼るって事なのか、どうにも悩んでしまって」
「改めて聞かれると、僕までよくわからなくなってくるんですけど。まぁ多分、いつも先輩が皆に対してやってくれてるような事じゃないですか?」
「俺がみんなにしている事……色んな話を聞いたり、一緒にいたり、後からついてったり、ちょっと遠くから見守ったり、色々協力したり?」
奏の言葉に、鍵介は何故か呆れたような顔をしている。何か呆れられるような事を言っただろうか、と思ってつい彼を見ると、大きな溜息を吐いてから問いかけてきた。
「皆にそんな事してるんですか?帰宅部メンバー全員に?」
「うーん、話を聞いたり協力するのは、帰宅部に限らないかも」
「……先輩の交友関係が広すぎるのは多少知ってますけど、お人好しにもほどがあるでしょ。いくら先輩が現実で助けてもらえなくて、他の人にそういう思いしてほしくないからって。伸ばせる手は二つしかないんですよ?」
「それは、確かにそうなんだけど」
「大体、メビウスにいる人たちって皆、溺れて助けを求めてる人みたいなものだろうし。簡単に手を伸ばしてたら、先輩まで溺れて沈んでしまいますよ。他人に手を伸ばすのはまぁいいとしても、先輩だって助からなきゃ意味ないんですからね」
「う、うん……何か鍵介、怒ってない?」
「怒ってるというより、少し苛立ってるかも知れませんね。この人本っ当他人に対してばかり必死すぎるし、自分の事は見えてないか見ないフリしてて全然ダメダメだなー、と思ってるだけですよ」
やれやれと言いたげな顔で見つめられて、何となくばつが悪いような気持ちになってしまう。それはどう考えても自分の事でしかないとは思いつつ、奏は一応確認する為に問いかけてみる。
「……えっと、それって俺の事だよな」
「他にいると思います?」
「いませんよね……ここに今いるの俺と鍵介だけだし」
「まぁ、もう先輩がそういう所ダメダメなのはわかってたんで、とりあえずそれは置いといて。何か頼りたい事とか、してほしい事とかありますか?」
「頼りたい事…してほしい事…」
そう聞かれても悩んでしまう。今まで誰かを頼る事は出来なかった。独りが寂しいと思うのも、母の面影ではなく自分を見て欲しいと思うのも、奏が何か求めるのは悪い事のように扱われてきた。他人に何かを求める事は出来ず、独りで何とかするしかない。ずっとそうだったから、今更頼るとか何かしてほしい事を考えるのも難しい。
それでも、何かをしてほしいと思ってもいいのなら。今自分が独りではない実感がほしい。奏は心の中でそう考え、迷いつつ答える。
「……えっと、そうだな。手を」
「手を?」
「手を、繋いでほしい」
「え、手を繋ぐのが、先輩のしてほしい事なんですか?」
「うん。やっぱり嫌かな」
してほしいと思った事を言ってみたけれど、手を繋ぐなんて普通は嫌なものかも知れない。家族とか恋人とか好きな人とか、そういう相手ならいいのかも知れないが、自分はそういう者ではきっとないだろう。
自分の感覚は微妙にズレているらしいから、奏はつい心配になって鍵介を見つめてみる。けれど彼は少しの間驚いた顔をしていたものの、視線をそらしつつも結局手を繋いでくれた。
「別に嫌じゃないですよ、予想外の事を言われて驚いただけです。そんな迷子になった子供みたいな顔しないでください。一応今ここでは先輩の方が年上なんですから」
「俺、そんな顔してた?」
「してました。何かこう、心細いから一人にしないで、みたいな顔を」
「ええ……マジか、そんな顔してたとか何か恥ずかしい」
「大丈夫ですよ、僕にしか見られてないし。安心していくらでも見せてください」
「鍵介には見られてるのに、安心かぁ」
「僕には大体見られてるんだから安心でしょう?あ、どうせ帰らずこうしてるなら、座りましょうか」
「ん、ああ、そうだね」
繋いだ手を引っ張っていかれて、部室に置かれたソファに二人で座る。ソファなんてこんな所に一体誰が持ち込んだんだ、と少し不思議に思ってしまうけれど。元からここにあったとは考えにくいし、奏より前から帰宅部にいたメンバーの誰かが運び込んだのだろう。
今はもう使われていないらしい部屋とはいえ、仮にも学校内の一部屋をこんな見事に帰宅部で私物化してていいのだろうか。とは少しだけ思うが、本当に殆ど人が来る事もないからまぁいいかと奏も思う事にしている。
「人間って、あったかいんだね」
繋いだ手があたたかくて、ついそう呟くと、鍵介に何とも言えない表情をされてしまった。もしかしたら変な事を言ってしまったのかも知れない。
でも、本当にあたたかいと思った。両親を喪ったあの時から今まで、他人と触れ合う事なんてない。むしろ現実では会話すら滅多になく、周囲の人間たちから一方的に言葉をぶつけられる程度だったのだから。
奏がそんな事を考えていると、鍵介は手をしっかりと握りながら苦笑して言う。
「そうですよ、生きてるんだから僕も先輩もあったかいに決まってます」
「そう、だね。生きてるからあったかいし、一緒にいられるんだ」
その言葉は、きっと鍵介にとってはただ何となく選んだ言葉だったのだろうけれど。奏にとっては、今も自分が生きているという実感をさせる言葉だった。
自分が今も生きていて、ここで色んな人たちと出逢った。そうして、こんな風にあたたかい人と触れ合っている。それは何だか不思議で、胸の中にぽっかり空いていた穴にあたたかいものを注ぎ込んでもらっているような感覚がした。
「まぁ、メビウスなんて場所で、ちゃんと体温もあるのって、よく考えると不思議ですけどね。現実と違ったら、違和感で『卒業』しかねないからかな」
「メビウスでの器も、ちゃんと現実の肉体みたいに体温があるし、脈拍も呼吸もある。理想を映したアバターみたいなものなんだろうけど、生きてる感覚がある。確かによく考えると面白いね」
「現実の体は、アストラルシンドロームとかいうものになってるんですよね」
「そうらしいね。こうして生きてるって事は、またどこかの病院のお世話にでもなってるんだろうけど」
終わる場所を探して彷徨っている時に、μの歌を聴いてメビウスへ来た。という事は現実では多分、そこで倒れて病院へ運び込まれたはずだ。親戚にはまた厄介者だと思われていそうで、奏はつい苦い気持ちになりかけて、それを振り払うように首を振る。
終わる事が出来なかったのは、よかったのか悪かったのかわからない。終わりたかったという気持ちは捨てきれないし、残念だとも思ってしまう。それでも少なくとも今は、生きていてよかったんだと思えるようになりたい。
「……先輩、奏先輩、大丈夫ですか?」
「え?あ、ああ、大丈夫。ちょっとぼんやりしてたかも。何か言ってた?」
「何か顔色悪くないですか、って言ってたんですけど。本当に大丈夫ですか?」
「うーん、自分ではよくわからないけど。多分、現実の事を少し考えてたからかな」
「先輩は……本当に帰りたいと思ってるんですか。いえ、何度か聞いてるんで、ずっと現実から逃げていられないっていうのもわかるんですけど」
鍵介からは、似たような問いかけを何度かされている。きっと鍵介がそれを迷っていて、奏にも明確な帰る理由がないのを知っているからだろう。
他の帰宅部のメンバーは、どういう理由かは色々でそれぞれに違っても殆どのみんなが強く帰りたいと思っているようだ。けれど、奏にはそれがない。ただ、本当の事を知った上で逃げ続けるのも辛いから、諦めて帰ろうとしているだけで。
一応帰宅部の部長である以上は、自分も何らかの帰る理由を見つけるべきだとは思う。けれど、奏の現実には何もなく、むしろメビウスにしかないものばかりだ。この状態で、帰りたいと強く思うのも難しい。
「先輩は、他の皆ほど帰りたいと思ってなさそうに見えます」
「……そうだね。俺は現実で待っている誰かがいる訳でもないし、叶えたい夢があるとかでもない。現実に居場所はないし、やりたい事もない。正直に言えばみんなほどには帰りたいとは思ってないだろうね」
「帰る理由ってあるんですか?」
「強いて言うなら、帰りたがってるみんなを帰したい。あとは、ここでの生活に慣れてしまったら、帰った時が辛いから。理由にするとしたら、それくらいかな」
「それって、理由になるんですかね」
「どうだろう、もっと明確な理由が見つけられたらいいんだろうけど」
「……何か他人事っぽく聞こえるんですけど。真面目に答えてくれてます?」
こっちを見ろというように繋いだままの手を引っ張られて、つい鍵介の方を見る。考え込んでいたせいか、奏の答え方が悪かったのか、少し苛立たせてしまったようだ。鍵介はムッとした表情をしていて、奏は少しの間どう返事をするべきか悩む。
「真面目に答えてるつもりなんだけど……自分の事ってよくわからなかったり、何だか苦しくなったりするし。だから、抑え込んであまり感情的にならないようにしてるからかな」
「先輩って、いつもそんな自制してるんですか?」
「そう、だな。最近感情を思いっきり出したのは、『卒業』しちゃった時くらいかなぁ」
「あれは感情を出したというか、パニックになってただけでしょ……いつも自制してるとか疲れません?感情がない訳じゃないのに、抑え続けてるなんて」
「わからない。ずっとそうだったから、抑える事で自分が疲れてるのかどうかも、よくわからないんだ」
「ずっとって……どれくらいですか」
「小学生の低学年の頃からかな。そうするしかなかったし」
こういう事を聞かれて答えると、大体変だと思われるから本当は少し苦手だった。家族がいない事、傷がある事、他人にとっての普通と自分にとっての普通。色々違うそういうものを、何度も自覚させられてきた。
心と体に後遺症を抱えた厄介者として遠巻きにされ、親戚にもたらい回しにされていた。だから、それ以上迷惑をかけないよう色々抑え込むしかなかった。でもそれを鍵介に言っても、きっと困らせるだけだろう。
「辛かったり苦しかったり悲しかったり苛立ったりしても、全部抑えちゃうんですか」
「うん、マイナスな方向の感情は、基本的にはあまり出せなかったし、出さないようにしていた」
どう思われているかわからないから、鍵介の方を見る事が出来ない。ただ目を伏せて、なるべく淡々と話す。繋いだままの手を振り払う事なく、握ってくれているのがありがたい。
「……色々ありそうな事情はまぁ、そのうち聞かせてもらうとして」
「え、聞かせる前提なの?」
「僕がもう少しちゃんとしてから、先輩の事聞くって言いましたよね。だから、そのうち聞かせてもらう前提です」
「あれって本気だったんだ」
「本気ですよ。まさか僕が真面目に言ってたのに冗談だとでも思ってたとかだったら、流石に怒りますよ?」
「いや、冗談とまでは思ってなかったけど、その、本気で俺の事を知ろうとする人なんて今までいなかったから」
「今までいなかったからって、今後もいないとは限らないんですよ、先輩。ちゃんとそこは理解しといてくださいね」
そういうものだろうか、と思ってつい奏が鍵介に目を向けると、彼は満足げに微笑んで言う。
「やっとこっち見てくれましたね。別に僕は怒ったりとかしてないし、俯かれてると何か悪い事聞いた感じするじゃないですか」
「それは、その、悪かった」
「まぁ、今までそうだったからとかだろうし、そういうのは積み重ねだから仕方ない部分もあるかも知れないけど。急に俯いて視線合わせなくなったから、聞いたらいけない事を聞いてしまったのかと心配になりました」
「鍵介の表情を見るのが少しこわくなって。悪い事聞かれたとかじゃないんだけど。俺の事とか家の事とか聞かれて答えると、気まずそうな顔されたり、ドン引きされたり、変に思われたりしていたし」
「驚きはしますけどね、それで嫌になるとかはないです。こうやって話すようになってからは、先輩って結構ダメダメな所もあるし、色々と残念な部分もあるって事もわかってきましたから。欠点のない人間とかいませんからね」
「そ、そうか?それならよかった……それはそれで、いいのかちょっとわからないけど、よかったのかな」
「いいんじゃないですかね。先輩が完璧だったら追う僕も大変です」
少しホッとして力が抜ける。現実では誰かが離れていく事や嫌われる事も、人間関係全部諦めて過ごしていたのに。どうしてなのか、帰宅部の人たちに嫌われるのはこわい。出来るなら、鍵介に嫌われたくはない……そう思ってしまうようになった。
「ん、鍵介が俺を追うの?もう楽士じゃないのに?」
「いや、楽士の時と意味が違いますからね、流石に。敵対じゃなく……何というか、好意的な意味です」
「好意的……えーと、好きだから俺を追いかけてるって意味なのかな?」
「そうやって普通に聞かれると照れくさいんですけど」
「うん、確かに改めて考えてみると、何か照れくさい事だったな。ごめん」
「いや、何でそこで先輩が謝りつつ照れるんですか」
「何か自分で聞いておいて、照れくさくなってしまって」
好意的に見てくれて追っているなんて、不思議だし戸惑うし信じられないような気持ちになってしまう。嬉しいけれど、自分が人から好意を持たれる理由がわからないし、自分が信じられないから。
それでも、鍵介にそう思ってもらえるのは嬉しいし、好意的に思ってくれる相手の気持ちは信じたい、とは思う。ただ、慣れない事だから照れてしまうのはどうにもならないけど。
「先輩って意外と照れ屋ですか?」
「意外とって何」
「いや、何か先輩ってあまり照れずにさらっと色々言えそうな顔してるのに」
「どんな顔だよ……俺だって照れたりもするし、正直そんなに余裕なんてないよ」
「じゃあ、普段はクールで余裕あって頼れるように見せてるって事なんですね」
「なるべく頼れるように見せてるのは事実だけど、クールとか余裕とかのつもりは全然ないけどなぁ」
「多分、外見や表情や雰囲気のせいですかね、いつもそう見えますよ。そのつもりないというのが驚きです」
そう言われてもイマイチわからない。一応部長としてみんなから頼れる存在に思ってもらえるように、なるべくちゃんとしているよう意識はしているけれど。ただいつも、何とかそう装っているだけだ。正直余裕は全然ないし、多分クールとかでもない。
自分の顔に自分で触れてみたところで、表情や雰囲気なんてわからない。やはり、自分というものは、一番近いけれど一番見えないものなのかも知れない。
「……鍵介も結構照れたりするよね」
「急にこっちに矛先向けます?」
「照れるのはお互い様かなと思って。さっきから手を繋いでるのも何か緊張してるみたいな感じだし」
「そりゃまぁ、普通この歳でこんな風に手を繋いでるとかあまりないというか。子供の頃とかならあるかも知れないですけど」
「確かに俺も、こうして誰かと手を繋ぐなんて、子供の頃以来だよ」
「……どうして、手を繋ぎたかったんですか?」
「独りではない実感がほしかった。寂しかったのかも知れない。ずっと、現実にいる時から。俺はいつも独りだったし、誰も俺自身を見る事はなく、ただ俺に母を……何かを重ねるだけだったから」
独りでいる時にはわからなかったけれど、帰宅部で過ごすようになって、寂しいという気持ちを思い出した。それを思い出したら、現実に帰った時辛くなってしまいそうなのに。思い出してしまった……昔は自分にも確かにあった、あたたかな存在を。傍にいて、話をしてくれる人たちを。
それが夢ではなく、確かに自分の傍に存在しているのだと……あたたかな存在に触れて、確かめたかった。生きているのだと、自分も相手も生きているのだと実感したかった。
「命に、あたたかなものに、触れたいと思った。現実はいつも冷たくて暗くて、自分の存在すら希薄だったから」
「僕の手でもいいんですか?その、先輩なら言えば皆こうしてくれそうなのに。たまたま今ここにいたのは僕ですけど」
「鍵介はあたたかいよ。上手く言えないけど、うん、鍵介がいいんだと思う」
奏は笑みを浮かべてそう伝える。最初は敵対していたのに、そう思うようになるなんて不思議なものだ。似ている部分があるからか、正反対だからなのか。それとも、弱さを見せたっていいと、そう言ってくれたからかも知れない。
鍵介のあたたかさが心地いいと、どうして思うのかわからない。ただそのあたたかさに、繋いだままの手の優しさに、何故か泣きそうになって空っぽだった心まであったかくなるような感じがした。
「それに、たまたまじゃなく待っててくれたよね。嬉しかったんだ、ありがとう」
「……照れ屋なのか素直なのか、本当わかんないなぁこの人」
「ん、何が?」
「やっぱり照れずにさらっと言う時は言うじゃないですか」
「今は照れてないから。それに、多分伝えた方がいい事だと判断した。感謝とかそういうのは、伝えておかなきゃ」
「それは先輩の持論とかですか?」
「うーん、経験から来るただの気持ち、かなぁ。伝えられる時に伝えておかないと、後悔したりするから」
大切な事は伝えておかなければ、いつか伝えられなくなるかも知れないと奏は知っていた。別れは突然やってくるものやってくるものだし、相手が死んでしまったら伝えたくても、二度と伝える事なんて出来ない。もうこれ以上悔やまないように伝えたい事は伝えておかなくては。そう思っていた。
「まぁ、普段は俺も、なかなか言えないんだけどね」
「素直に何かを伝えるって、難しいですからね」
「うん、それに自分の気持ちとか感情とか、よくわからなかったりするから」
「先輩の場合、自分の感情とか気持ちとか色々、抑えすぎなんじゃないですかね。だからわからなくなってしまうとか」
「そうなのかも知れない。上手く出来ないというか……多分、自分というものを出すのがこわいんだと思う」
「感情や表情を笑顔で隠しがちなのは無意識ですか?」
「無意識の時と、意識的にそうしてる時とある。基本的に笑顔でいる方が、あまり嫌悪はされないみたいだから」
奏はそう答えた後、問われた事に少し驚いて、つい鍵介を見てしまう。確かに意識的にも無意識的にも、大体感情や表情を笑顔で誤魔化したり隠したりしているけれど。もしかしてそんなにわかりやすかったのだろうか。
「何で俺が笑顔で隠してるって」
「そりゃ僕はいつも先輩を見……観察してますから」
「確かによく視線を感じる気はしてたけど、俺を観察してるの?」
「本当に心から笑ってる時と、とりあえず笑みを浮かべておこうって時と、感情や表情を笑顔で隠してる時とありますよね」
「う、うん、確かにそうだと思うけど。そんなに詳しく……俺、わかりやすい?」
「いえ、わかりやすい時とわかりにくい時とありますけど」
現実はもちろん、メビウスでもそんなに見られていた事は多分ないような気がする。観察されていると思うと、何だか気持ちが引き締まる。それに、そんなに見て……気にかけてくれている人がいるなんて、思ってもみなかった。
「そうか、何か嬉しいな。俺は誰かにそんな気にかけてもらえるような人間じゃなかったし。そうやって色々見られてるなんて思わなかった」
「先輩、それ本気で……言ってるんだろうなぁ。現実ではどうだったか知らないけど、ここには僕も含めて気にかけてる人も好感持ってる人も多いと思うのに。帰宅部だけじゃなく、やたら交友関係広いし。なのにそんな風に気にかけてもらえる人間じゃないとか言うし」
「あ、あの、鍵介、呟いてるの全部聞こえてるんだけど」
「聞こえるように文句言ってるんだから、先輩に聞こえてなきゃ困ります」
「あ、はい……わざとでしたか」
ムスッとして睨むように見つめられて、奏は思わず苦笑を浮かべる。わざと聞こえるように言っているのなら仕方ない。しかし、言われている内容には首を傾げてしまう。
自分を気にかけてくれる人や、好感を持ってくれている人がいる、というのがどうしてもわからない。もしもそれが本当なら、自分にはそれが全然見えていなかったという事になる。
あの時まで見えていなかったホコロビのように、今は自分やみんなを直視出来ていない。嫌なものを見たくなくて、大切なものさえ見失ってしまっているのかも知れない。
「ホコロビが見えるようになっても、俺は人からは目をそらしたままなんだね」
「先輩?」
「自分の事も、みんなの事も、俺は多分まだちゃんと見ていなかったんだ。現実で色々言ってきた人たちはここにいなくても、こわくて無意識に目を閉じて耳を塞いで、心を閉ざしたままで」
ちゃんと向き合えていない、みんなにも自分にも。ここではまだ拒絶されたり何かひどい事を言われたりもしていないのに、最初から恐れて逃げている。目を閉じて耳を塞いでいたら、心を閉ざしていたら、何もわからないというのに。
「こうやって俺の話に付き合ってくれて、手を繋ぎ続けてくれる人だっているのにな。しっかりしなきゃ」
「……先輩の場合は、しっかりしなきゃとか部長だからとか、そういうのも何か逆効果な気がしますけどね。責任感に潰されそうだし」
「まぁ、うん、ないとは言いきれないか。潰されそうになったから、俺はメビウスにいるんだろうし」
現実で色々なものに潰されそうになって、自分を終わらせようとしている途中で、そのままメビウスに堕ちた。自分からも周りからも目をそむけて逃げて、逃げ続けて向かう先は、きっとあまりいいものではない。それだけはわかっている。
そっと溜息をついて、繋いだ手を握って、俯きそうな顔を上げる。奏にとっては全てが不確かでわからない事だらけで、人間に対する恐れも強いけれど。何もない自分も何かを見つける為に、きっと向き合わなければならない。みんなを見習って……探して向き合おうとしている鍵介を見習って、自分も向き合わなければ。
「先輩はすごいなぁ……ただ話してるだけなのに自分で見つけて、一人で立ち直って、前を向けるんだ」
「……鍵介?何を言って」
ぽつりと聞こえた暗い声に思わず鍵介の方を見て、声と同じように暗い表情に戸惑い、問いかけようとした瞬間にWIREの通知に邪魔をされてしまった。
「女子メンバーからじゃないですか?」
「え、あ、ああ、うん。そうみたいだ。アリア、今日はこのまま女子と帰るって」
「じゃあ、僕たちもそろそろ帰りましょうか」
そう言いながら立ち上がった彼につられるようにして、奏もソファから立ち上がる。そうするともう、鍵介の表情はよく見えなくなってしまった。手を振り解かれないだけマシなのかも知れないが、先程までと違って心の距離は遠く、拒絶を感じる。
「鍵介、俺が何か気に障る事をした?」
「……別に先輩が悪い訳じゃないですよ。ただ、本当に追いつけるのかなと、違いを痛感してるだけで」
「違い?」
「僕の勝手な感情なんで、気にしないでください」
何かを勘違いされているような気がする。でも、ここで粘ってみても多分拗れるだけで、これ以上は今話してはもらえない。そういう感じがした。
「……それでも、気にするよ」
「部長だからですか」
「違うよ、心配だから」
「先輩は他人の心配ばかりですね。もっと自分の心配すればいいんですよ」
「そうだね、なら自分の心配も少しして、みんなの心配をいっぱいする。それならいいかな」
そう言うと、鍵介が呆れたように奏の方を見てくる。呆れ顔ではあったものの、ようやく顔を上げてくれた事に少しホッとして、つい奏は微笑む。
「やっとこっち見てくれた」
「呆れてるんですよ、何ですかそれ。本当にこの人は他人の事ばっかりだな。ほら、もう帰りましょう」
「その前にこれだけは言っておかないと。俺は自分で見つけて一人で立ち直った、とかじゃ全然ないよ。鍵介がいてくれたからだ」
「……はい?」
「鍵介がこうして付き合ってくれて、手を握ってくれていたからなんだ。すごく嬉しかった、ありがとう」
それがどれだけ救いだったのかなんて、奏本人にしかわからないし、きっと他の人には伝わらないだろう。それでも、少しでも伝わるように素直な気持ちを伝える。
一人で立ち直れるなら、メビウスになんて来ていない。ずっと逃げ続けていた自分が、ほんの少しでも前を向きたいと思えたのはみんなが……鍵介が、迷いながらも何かを見つけようとしているからだ。
「……そういう事を普通に言うし。本当この人、照れるのか素直なのかハッキリしてほしいんですけど」
「え?えっと、大切な事かなと思ったから」
「ああもう、ほら、帰りますよ」
そう言った鍵介にぐいぐい手をひかれて、一緒に部室から出る。そのまま歩きながら、ふと彼の耳が赤くなっているのに気付いた。
「鍵介、耳……というか、顔赤くないか?」
「夕方ですから!空赤いし、夕日のせいですからね!」
「ああ、本当だ。もう夕方になってたんだな」
窓の方を見れば、確かに空は夕焼けで赤く染まり、地上にある人や建物を少しずつ同じ色に染め上げていく。ここが現実ではなくメビウスの空であっても、そうして日は沈み、夜が来て、やがてまた日が昇る。
「でもまだそこまで赤くはないような」
「……そんな事はないですよ、赤いじゃないですか」
まぁ、そういう事にしておこう。奏はそれ以上言うのはやめて、微笑んで手を握って引っ張られるままについていく。
素直ではない所のある後輩が、それでも帰る時まで手を離さずこうして繋いだままで、独りにしないでいてくれる事が、ただとても嬉しかった。