@sirasu810
最終回、十一話です。平家滅亡と、その後のお話です。
平家と源氏は激しく戦います。資盛も味方を鼓舞しながら果敢に戦います。いっときは平家に分がありと見えました。源氏を押していく平家。
義経たちが攻めあぐねていると、海中には唐突に海豚の大群が押し寄せてきました。この部分を古典の現代語訳でご紹介します。しらす訳なのであしからずです。『平家物語』十一巻『遠矢』より。
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沖の方から海豚という魚が一・二千も水面に顔を出し、平家の舟の方に向かってきた。(平家の頭領である)宗盛は、陰陽師の安倍晴信を呼び「海豚はいつも多いが、このようなことは今までなかった。よく占うのだ」と命じると、晴信は「この海豚が振り返り進めば源氏は滅ぶでしょう。まっすぐに泳いでくれば、平家が危ういことでしょう」と言い終わらないうちに、海豚たちは平家の舟の下をまっすぐに泳ぎ去った。「世は、このように」と晴信は申し上げた。
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面妖なこともあるものです。そして昔の人はイルカを魚と認識してたんですね。
イルカはくるくると回ったあと、平家の船の下を直進して去ってゆきます。源氏には加勢も入り、平家が一気に劣勢になります。宗盛は安徳天皇・徳子・時子(ここでは二位尼と書きます)たちが乗る船へ逃げます。
帝が大きく目立つ唐船ではなく、小舟に乗っていることは源氏に密告されました。実はこの密告を知盛は予見していたのですが(裏切り者に目星がついていた)、宗盛が事の重要性を分かっておらず、見逃していました。小舟が狙われ始め、知盛は「もはやこれまでか」と悟ります。
「わっはっはっはっはっはっ!そなたらは、いまに珍しい東男たちをご覧になれますぞ!」
東男たちをご覧になれます、というのは徳子たちへの警告と覚悟を促しての発言です。帝と同じ船には女性たちが乗っています。残された女たちが敵軍にどのように扱われるかは、明言せずとも分かりましょうということです。
二位尼は敵の手にかかることなど許せません。とうとう帝に、安徳天皇に手を差し伸べます。『平家物語』十一巻『先帝身投』の物語に入ります。
「さあ、参りましょう」
「わらわをどこへ連れていくのだ?」
「極楽浄土という美しいところへ」
安徳天皇はこの年八歳。昔は数え年で計算するので、現代の感覚では七歳です。びわが歌います。
幼き帝、山鳩色の御衣に、
角髪結はさせ給いて、
御涙に溺れ、
小さく美しき御手を合はせ、
まづ東を伏し拝み、
そののち西に向かはせ給ひて、
御念仏ありしかば、
二位殿やがて抱き奉り、
「波の下にも都の候ふぞ」
と慰め奉る。
悲しきかな、無情の春の風、
たちまちに花の御姿を散らし、
情けなきかな、分段の荒き波、
玉体を沈め奉る。
二位尼は孫である安徳天皇を連れ、船端に向かいます。帝は天子なので、まずは壇ノ浦から見て東にある伊勢神宮に向かって(天照大神に向かって)暇乞いをなさいませ、と促します。そして西方浄土にいるという阿弥陀仏のお迎えにあずかりましょうと、西に向かって念仏させます。それらを終えると二位殿は帝を抱き上げ、入水します。非情な荒波が、帝の花のような姿を沈めていきました、という内容です。
女房たちも次々と後を追います。そして徳子も。懐に入れていた石は、ここで死ぬという覚悟です。浮き上がって助かるような、敵の辱めをうけるようなことはしないと。しかし「帝の御母上が海に落ちた!引き上げよ!」と源氏方に捜索され引き上げられてしまいます。びわの結った髪が熊手にかけられました。びわも手を伸ばします。
「この目には、先が見える!徳子は皆のために、この先を生きていく!」
徳子は助けられましたが、帝が入水したことで平家の人々の後追いが続きます。両脇に人を抱えて飛び込んだのは平家の勇将・能登殿でしょう。義経を討とうとしたものの取り逃してしまった能登殿は「我こそはと思う者はこの教義に寄ってくるがいい!生捕りにして鎌倉へ送ってみせろ!」と挑発し、向かってきた源氏方の強者たちを海に落とし、両脇にも抱え込み「さあ貴様ら、教義の冥途への旅の供をせよ!」と巻き添えにしながら海に飛び込みました。
知盛は彼の代名詞ともいえる「見るべきものは全て見た」を言い残し、海に飛び込みます。船の碇を身につけた様は、歌舞伎で有名な『碇知盛』の姿です。一方で平家棟梁である兄の宗盛は入水が恐ろしくて飛び込めません。その様子が不甲斐ないと平家の兵に海に突き落とされるのですが、知盛や徳子のように重いものを抱えたり、他の兵がしているように鎧を重ねたりしていない、しかも泳ぎが達者なので、沈めず。壇ノ浦においては生き延びることになります。
びわの目の色は、再び変化しました。
クライマックスは、後白河法皇の御幸です。入水を果たせなかった徳子、建礼門院を訪ねます。『平家物語』の最後、灌頂巻に入りました。徳子と対話する後白河法皇。
「人の世にある苦しみは、全て自分のこととして思い知らされました。ひとつとして分からぬ苦しみはございません」
「私は、神器が戻ればそなたら一門の命までは……」
「法皇さま、海の底には竜宮城なるものがあるようにございますよ。そのような夢を見ることがございました」
(略)
「どうすれば、苦しみを越えることができるのかのう」
「……祈りを。わたくしにもまだ、忘れられぬ思いがございます。ですのでただ、ただこうして皆を、愛する者を思い、そのご冥福を祈っているのでございます。ただそれが、私にできること」
徳子もまた〈私にできること〉を見つけました。祈ることだと。九話のびわのおかあが思い出されます。どうか安らかに、どうか静かにという祈りですね。
「そう教えてくれたその人もまた、平家のために祈り、人々に語り継いでくれております。その中でわれらの一門は生き続けましょう。その始まりは……」
徳子は祈り、びわは語り継ぎます。七話の感想で書いた〈亡くなった人について語ることは供養〉を行っているんですね。そして残された人々が亡き人々の供養をすることは、鎮魂の祈りであるともされています。後白河法皇が仏像を眺めて膝をついたシーンで注目したいのは、仏像の手から流れている糸です。そして鳴り響く鐘の音。
「祇園精舎の鐘の声」ある意味で全ての戦いの元となってしまった後白河法皇
「祇園精舎の鐘の声」手にかけた敦盛を弔うために出家した熊谷
「祇園精舎の鐘の声」義経のために鶴岡八幡宮で舞わんとする静御前
「祇園精舎の鐘の声」祈りながら日々を暮らす浅葱の方
「祇園精舎の鐘の声」資盛のような誰か
五色の糸が流れます。ここからゾワっと鳥肌が立ちっぱなしでした。
祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
娑羅双樹の花の色、
盛者必衰の理をあらわす。
驕れる人も久しからず、
ただ春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂には滅びぬ。
偏に風の前の塵に同じ。
声はびわから重盛へ。五色の糸を掴む手が映ります。平家一門は竜宮城で笑い合い、落花していた娑羅双樹の花々は甦ります。「その中でわれらの一門は生き続けましょう」という徳子の言葉そのものです。掻き鳴らされる琵琶の音。揚羽蝶。平家物語。
何度見ても鳥肌が……。一連のシーンがすばらしかったです……。
後白河法皇が徳子のところへ訪れる場面からずっと、ありありと死の表現がなされていました。青・黄・赤・白・黒の五色の糸によって、仏像と念仏を唱える人を結ぶのは臨終行儀の一種です。極楽往生できますようにという祈り。つまり徳子はこれから死にます。
後白河法皇が仏像を前に膝をついていたのは、徳子との語らいの内容、自分の行ってきたこと、うら寂れた建物の中でも美しく佇む仏像など、多くのものに感じ入ってのことからだと思いますが、何よりも徳子がもうじき死ぬということを知って、手を合わせずにはいられなかったのかなと思います。身に受けてきた全てを許そうとして、平家のために祈り続けた彼女もまた死ぬ、あらゆるものの諸行無常によって『平家物語』は終結します。
——以下雑談——
ある意味で全ての戦いの元となってしまった後白河法皇についてですが、彼も祈りがなかったわけではなく、むしろ何度も祈る場面が登場します。徳子が出産するときにも法皇は祈祷していました。アニメでは出ませんでしたが原作の現代語訳『平家物語』三の巻『御産』では以下の描写があります。
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「聞け。どのような物の怪であっても」と法皇はおっしゃられたのでした。「この老法師がこうしている以上は、中宮に近づき申すことはできまいぞよ。特に、聞け、いま顕われている怨霊どもはみな朕が朝廷の恩を受けて一人前になった者どもだぞ。聞け、聞け。よしんば感謝しその恩に報いようとの心持ちはないにしても、どうして妨げなどしてよいものか。退散せよ。ただちに」
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陣痛に苦しむ徳子が安産であるように、物の怪が徳子を害することのないように(お産や病の際は加持祈祷により悪霊・物の怪とバトルしないといけないご時世)強く願い祈っていましたが、法皇自らが個人のために祈祷することはかなり異例なことでした。
法皇はもちろんのこと、徳子というキャラクターがしっかりと描かれたことは、アニメ『平家物語』の大きな魅力ですね。特に徳子という個人が何を考え、どのように生きていたのか、誰と何を語らってきたのか、ということは物語に深みを与えました。
そして帝といえばの三種の神器ですが、そのうちの二つ〈八坂瓊の曲玉〉と〈草薙の剣〉は、二位尼・安徳天皇と共に一度海に沈みました。残り一つの〈内侍所(八咫の鏡のこと)〉は、安徳天皇の乳母が抱えて海に入ろうとしたところを止められました。武士が八咫の鏡の入った唐櫃を開けようとすると、たちまち目眩がして鼻血が出ます。「それは内侍所であらせられる!凡人は見奉ってはならぬ!」と、源氏に生捕りにされていた平時忠が叫びます。第一話で「平家にあらざれば人にあらず」を言ったり、比叡山を言葉で宥めたあの人です。時忠は非常に世渡り上手なので、壇ノ浦の戦以降は義経を娘婿にするなどして生き延びていましたが、頼朝によって流罪とされ亡くなります。
八坂瓊の曲玉は海上に浮かんでいたところを回収されたので、内侍所と共に都へ戻りました。草薙の剣は海に沈んだまま、ということになっています。この剣は「ご霊威はまことに灼か。劇しくあらせらる」とされる霊剣ですので、簡単に無くなることなどあるまい、すぐに見つかるだろうと思われていたのですが、結局行方は掴めなかったとされています。アニメ原作・現代語訳の『平家物語』十一の巻『剣』では以下のように書かれています。
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そのなかで、ある陰陽博士が占って申した。
「昔、出雲の国の簸の川の河上で素戔嗚の尊に斬り殺された大蛇が、霊剣を惜しむ心深く、八つの頭、八つの尾のしるしとして、人皇八十代の後、八歳の天皇となって霊剣を取り返し、海底に沈みたもうたのに相違ない」
この卜占。
千尋の海の底で竜神の宝となってしまったのだから、二度と人間界に戻らないのは道理なのだと思われた。
八、八、八十、八、と占われて──。
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『平家物語』は史実を元に脚色された物語なので、実際の三種の神器がどうなったかは謎ですし、そもそも〈実際の三種の神器〉自体、秘事が多く謎だらけです。わくわくしますね。物語には神秘やミステリーも重要な要素であって、こうした部分が新しい物語を生む原動力にもなります。
さてさて、アニメ平家物語は今話にて終結です。拙い感想・解説にお付き合いいただきありがとうございました!このあとはぜひ一話から見返してください!
◀︎十話の感想・解説はこちら
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