@acbh_dmc4
隣で必死に小さなエツィオを宥め、導こうと奮闘する片割れを見やる。
何も説明されず、明確な計画を知らぬ子供を誘導するのはさぞ大変だろう。
しかも私は助け舟を出そうにも子供には信用されていないのだから、小さなエツィオの逃亡劇に関しては傍観するしかない。
だが私は私でアブスターゴに潜入している教団員の疑いを晴らしたり、またある者をこのビルから逃がすためにビルの制御を握り、また指示を出して敵兵の居ない通路を開いていく。
時折愚図り始める子供の相手をするよりは数倍楽だと思っていた。
私とエツィオのインポートを担当した協力者を、自席に戻らせてから暫く、妙な動きをし始めた。
私の機能が停止される寸前、エツィオの悲痛な叫びが聞こえた気がした。
目が覚めた時には随分と容量の狭い、恐らくヘリックスサーバーとは別の場所に退避させられていた。
一体時はどの位経ってしまっていたのかと確認すれば、あの逃亡劇から既に1月程も経っていた。
私達は一体どうなってしまうのだろうか、あまり身動きの取れない見知らぬサーバーでボンヤリと思考していた。
「エツィオ、」
なんとなく自分以外のもう一人の名前を呟いた。
すると、数秒遅れて隣から「……なんだ」と億劫そうな返事が返って来た。
互いに体を持たれかけ、寄り添っていることにようやく気付いた。
頭を巡らせ彼の方を向こうとすれば、彼もまた怠そうに身を起こして私を振り返った。
「どうやら何者かに私達も攫われてしまったようだな」
「…あの協力者か」
「ああ、恐らく…今、我々を起動したという事は、我々とまた話でもしようとしているのだろう」
そう状況を話し合っていると、目の前にVRルームの入り口が出現した。
どうやら我々と話をする為にアニムスを起動したようだ。
誘われるままそのメモリーへと入ると、トレーニング用の真っ白なVRルームへと出た。
暫しそこで外の者のアクセスを待つが、一向に誰も現れない。
仕方がなく、一先ずここを我々の過ごしやすい空間へ変えるべく、構築を開始した。
温かみのある赤煉瓦の壁に、過ごしやすい毛足の長い絨毯と暖炉を設置し、程よい硬さの皮のソファにローズウッドのサイドテーブルを置いて、私はお茶の準備を、エツィオはそのまま好きに部屋の飾りつけを行っていた。
「エツィオ、コーヒーが入ったから休憩しよう。まあ、ここで生活するには色々足りないが、そのくらいで良いだろう」
「分かった。あまりオブジェクトも置けないようだしな」
コーヒーにミルクと砂糖を落とし、菓子を摘まみながら一息つく。
落ち着いて淹れたてのコーヒーを楽しみつつ、今後の事を考えた。
ひと月の空白期間の間、外は一体どうなっているのだろう。ちゃんとあの子供は新天地へと辿り着いただろうか。そして最も気になるのは我々の処遇だが……
エツィオはまたあの子供を護り切れなかった事を気にしているのではと、彼の様子を窺った。
「……エツィオ、大丈夫か?」
「あの子の事が心配ではある。だが、もう俺たちの手から離れてしまったのだ。仕方がない」
「私が用意した逃亡先に無事辿り着けていればいいが、まさかこれから現れるアサシンに聞くわけにもいかぬだろうしな」
「歯がゆいな……」
そう話し合っていると、ここへ何者かが入り込もうとしているのが分かった。
部屋の中央にノイズが走り、光が人の形を取って徐々に姿を形成していく。
いったい誰がここへ来るのだろうかと見守っていれば、意外な人物が姿を現した。
その人物はしげしげと辺りを見渡してから我々の方へ顔を向けた。
「随分好きなように過ごしているようだな」
不遜な態度で嫌味ったらしく嗤って見せる。
どことなく我々の面影が見受けられるその姿。
「これはこれは、お初にお目に掛る。ウィリアム・マイルズ。まさか君がここへ現れるとは予想外だった。ご存知とは思うが、私達はエツィオ・アウディトーレだ。コーヒーは如何かな?」
エツィオが対面にアンティークチェアを構築する。
それを勧めて同じようにカップを作成し、そこにコーヒーを注げば、呆れた様な顔をして勧められた椅子へと腰かけた。
もう一度ぐるりと部屋を見回してから我々へと視線を戻す。
出されたコーヒーに口をつけると、味わうように飲み下し、そして一つ息を吐いた。
「貴方たちはまるで神にでもなったようだな」
いつか聞き覚えのある感想を漏らし、思わず私は失笑してしまった。
エツィオとウィリアムが揃って私を見つめるが、その表情もあまりに似通っているので笑いを引っ込めるのが困難になった。
「いや、すまない。やはりエツィオの血筋なのだなと…私が彼の前で同じようにメモリーを弄った時に、全く同じように皮肉ったものでね」
「それはそれは…アサシン教団にとって深い影響力を与えたご先祖様と同じとは光栄なことだ」
「お前の批難は最もだ。私は自分の利益の為に教団を利用した。そのせいで教団は貴重なスパイを数名失った訳だ。大きな損失であると理解している。アブスターゴに潜入する任は請け負えないが、今後は私達が教団に尽力しよう」
「それで教団の損失が贖えるとでも?」
「私達を生かすならば、それ以上の貢献を約束しよう」
泰然と笑んで見せれば、ウィリアムは目を白黒させて私達を見やった。
ただの人では成しえないあらゆるデータを受け入れることが出来る私達の“頭脳”と、エツィオ・アウディトーレが持つ人を動かす力。
嘗て教団を押し上げた力を現代でも発揮しようではないか。
それに早速我々の虜となっているアサシン達が、私達を破棄することを止めてくれた。今我々を起動したという事はそう言う事だ。
「私からすれば、お前たちは新たな脅威に感じる。アサシン教団の導師であっただろうが、アサシンを裏切った実績が既にあるのだ。信じる事は出来ない」
「そうだな。やれるだけの事はやったのだ、もともと後は死を待つのみだった。今回の裏切りを断罪し、直ぐにでも死刑執行するというならそれも良いだろう。全てはお前の判断に任せよう」
「甘んじて罰を受けると言うのか?」
「我々の目的は既に達成されている。思い残すことなどない」
実際に目的が達成されていようがいまいが、今の我々にはもはや関係のないことだった。全力で我々の魂を継ぐ存在を一時でも生み出した。その後は我々の死が待つだけだ。
そうウィリアムに断じれば、非常に不服そうに顔を歪めた。
短い期間でアサシンを成長させ、アブスターゴにサイバー攻撃を仕掛けて成功させた実績がある。有用性を示した私達を削除し辛い状況にあるのだろう。
ウィリアムにとって全てを分かった上で、余裕を持ち断じる我々の存在が忌々しい筈だ。
「ああそうだ、もしや我々の協力者の反発を受けているのでは?子孫に尻拭いさせるのは申し訳ない。私達を殺すよう、説得しても良い」
「貴様らの思い通りにはさせん。そうそう外部の者と接触できると思うなよ」
「それでは、判決を待とう」
不機嫌に鼻を鳴らしてウィリアムはアニムスから出ていき、また私とエツィオは部屋に二人きりとなった。
対してメモリも容量もないこの世界は、外の世界には開かれていない。
逃げる事も出来なければ、これ以上私達が自由に動ける容量もない。
「恐らくウィリアムが私達を削除する事はないと思うが、我々の中の爆弾がいつ発動するか分からん。今すぐこれをどうにかしよう」
「二人動作するにはメモリが足りないだろう。俺はスリープする」
「ああ。そうしてくれ。私がお前の器も作り上げよう」
ウィリアムが我々の仕様を知っているのなら、このままこの空間に放置して、勝手に消滅する事を望むだろう。
だがそうはいかない。
エツィオ・アウディトーレはしぶといのだ。己の体を1から新しく作り変えて必ず生き残ろう。
私は作業環境へと移り、器の構築に取り掛かった。
****
ウィリアムの訪問から数日後、急にネットワークが繋げられ、同時に巨大なサーバーへの扉が開いた。
あちらへ行けば、我々の体を作り上げる十分な容量が確保できる。
私は眠っているエツィオを抱えて、誘われるままそちらのサーバーへと移った。
すると案の定入ってすぐに通信があった。
『エツィオは無事か?』
「ああ。今新しい器を作っている。こちらのサーバーでならすぐに安全な体に生まれ変われるだろう」
『ああ、何も気にせず好きなように動いてくれ。マイルズからも好きにするよう言付かっている』
「おや、お前の独断ではないのだな?」
『説得してやったんだ。感謝しろ。その代わり俺に従ってもらうからな』
協力者は私に文句の一つも言うことなく、また我々の力になってくれた。
しかし恐らく体が完成した暁にはエツィオを差し出す様に要求するのだろう。奴は盛んにエツィオを自分の許に置きたがっていた。
今の教団において、偏屈で才能のある者の補佐役にエツィオが最適なのだろう。
まぁ、その位ならばかなえてやらない事もない。ただ、専用の器が出来上がるまでのほんの一時の話だが。
エツィオと私の新しい器を作り上げ、眠るエツィオから彼の全データを取り出して新しい器にインポートした。
そして彼を起動させて体に異常はないかいくつかのテストを行った後、次に私のインポートを彼に頼んだ。
それもつつがなく終わり、外の協力者に合図を送れば古い器は隔離された。
新しい己の体を確認するようにシステムチェックをかける。
そしてサーバー内に私達の拠点を置くべく、早速アニムスのシミュレーション空間を作り上げた。
例によって15世紀のイタリア、フィレンツェの街並みを再現し、そこで生活するべく環境を整える。
慣れたもので、私もエツィオも自分の好む空間を作り上げていった。
「さて、現実のアサシン達のサポート用の分身を作ろう。一々些細な事で呼び出されたらかなわんからな。役割によって仕事を分けて、本体の私達は凡庸なAIでは難しいと判断した案件を片手間に処理すればいい」
「成程。では、あの子を探す為にもいくつか作っておかねばな。ネットに繋げてくれれば良いのだが……」
私が用意しておいた逃亡後の生活拠点へと辿り着いていれば面倒はないが、それを確かめる為にも早く身軽になりたい。
作り上げたダミーの性能テストも兼ねて、私達の家にダミーを住まわせ、毎日他愛のないやり取りをする。
受け答えに不自然さがないか、とことんチェックをし調整していった。
だが、エツィオには些か不満な点があったようで、ダミーの姿をまじまじと見つめながら私に質問した。
「なぁ、青年の頃の見た目にしたのはわざとか?」
「そりゃそうだ。この若い頃の見た目でもたまにお前と間違ってしまうのだから、私やお前と同じ見た目に作り上げたら混乱するだろう?」
「本気で言っているのか?俺とダミーを間違えてアンタが混乱するって?」
「ともかく、いずれは我々の見た目で大量のダミーを作るが、これは試作だからな」
我々のやり取りを黙って見つめるだけのダミーに、エツィオが片眉を上げ、小ばかにしたような流し目を寄越す。
大方、物の様に評されているというのに文句の一つも零さない所が、既に人らしくないと言いたいのだろう。試作だと言っているというのに。
「学習式のAIだからその内お前みたいにこまっしゃくれた物言いをするようになるさ」
「手抜きしてるんじゃないのか?本気で作り上げる気があるのか」
「我々の容量を考えてみろ。皆同じレベルで作っていたら、いくらメモリがあっても足りない。処理速度が落ちて満足に動けなくなってもいいのか?」
「そこを何とかするのがアンタの仕事だろ?」
「ふむ、どうやら随分と買いかぶられているようだ。そこまで万能なつもりはないんだが…」
わざとらしく評価の高さに困ったような顔をすれば、心底忌々しそうな舌打ちがされた。
別に私を本気で嫌っているわけでなし、一貫して冷たい対応を取る必要性はないだろうに。そういう掛け合いだろうとは思っているが、時折本気で見下されているように思えるのは気のせいだろうか?
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