すりぜろ刹夏が刺さりすぎて、夕耶くんと夕映くんの妄想を小説にしてみました。
シナリオ「刹夏」、セッションのネタバレがあります。ご注意ください。
@aricosyyim
※この話はファンが妄想を書か連ねているだけで、配信者様たちや、シナリオには一切関係ありません。
前の話
https://privatter.net/p/9085544
夏空ウォーキング
夕耶が、二人で夏らしいことをしたいと言い出したのは数日前の話。
先日、どういうわけか、僕が心の奥底にひっそりと隠し持っていた小さな願望が、夢という形で夕耶に共有されてしまったのだ。
夏祭りに行こうという約束をした日、昼寝から目覚めた夕耶は、その時に見た夢の内容を教えてくれた。それは、僕たちが二人で浴衣を着て夏祭りで花火を見る夢だったらしい。それを聞いた時に、ああ、やっぱり、と思ったのは、自分も同じ夢を見ていたから。あまりにも幸せで、切なくて、すこし残酷な夢だった。
僕たちには訪れない現実を突きつけられる時はいつだって心に小さな棘が刺さる。別にここでこうしている現実が悪いものだとはこれっぽっちも思わないが、体がないとはいえ、心を持っているのだから、今以上を求めてしまうのは仕方がないことだろう。枝分かれした、幾重もの未来、別の世界線があるとするならば、二人が手を繋いで祭りに行ったり、並んで花火を見て夏を満喫することもあったのかもしれない……なんてね。
◇
「夏らしいことってなんだと思う?」
今日の分が終わったらしい宿題のノートを閉じて、夕耶が僕に問いかける。エアコンの効いた室内とはいえ、頭を使うと暑くなるらしく、夕耶はパタパタとうちわで自らに風を送りながら僕を見ている。
「そうだね……海に行ったり、肝試しをしたり」
「ハードルたっか……」
「あはは、確かに。この前まで喫茶店まで行くのも躊躇ってたもんね」
夏が嫌いで、外に出ることもあまりなかった夕耶の出不精は、解消に向かっているとはいえ消えたわけではない。アクティブな夏の遊びは今後に期待というところ。
オリンピック選手だって、幼い頃から高いハードルを越えられたわけじゃない。少しずつ高くして、少しずつできるようになることが大事なのだ。
「うーん、なら、ちょっとだけ遠出するとかは?」
「ちょっとって、どれくらい?」
「電車で三十分くらい。今から家を出たら、晩御飯くらいには帰れるよ」
「いいかも」
「そうだろう? セミの鳴く道を歩いて、向日葵の横を抜けたり、入道雲を指差したりしよう」
「暑そうだ……」
「それも含めて夏、だよ」
「そっか。なら、体験しに行こうかな。夕映が今言った風景、見たいし見せたい」
「ふふ。ありがとう」
早速支度をして、母さんに行き先と帰り時間を告げる夕耶を見る。
「暑いから水分補給はしっかりね」
「暑いから、きちんと水分補給しなさいね」
僕の言葉と、母さんの言葉が重なった瞬間、夕耶が「わかってるよ」と言って小さく笑った。
玄関の扉を開けると、そこには夏の世界が広がっている。遠出するまでもない、強い日差しに照らされた木々や建物がアスファルトに濃い影を落とす鮮やかな季節。
シュワシュワと鳴くセミ。
坂道の向こうの陽炎。
フェンスに巻き付いた朝顔が揺れている。
ーー夏だ。
僕が好きな夏を、夕耶が満喫しようとしてくれているのが嬉しくて、触れられない手首を掴むようにして、そのまま顔を覗き込む。
「どうした?」
「少し嬉しくなっただけだよ」
「そか。じゃ、行くかぁ。それにしても暑い……。駅まで頑張って歩くぞ」
そう言いながら、一つだけの濃い影を落として、夕耶が歩き出す。それに寄り添うようにしながら一歩を踏み出した。
◇
最寄りの駅から下り電車で三十分ほど。辿り着いたのは、どこか田舎の風情を残すなんの変哲もない町だ。夏らしいことをしたいと言う夕耶にこの駅を提案したのは、この町では、地元とは異なる遊びができるからだ。
「それでさ、夕映。なにするんだっけ」
「セミの鳴く道は歩いてきたし、向日葵も咲いてた。入道雲は……ほらっ、あんなに大きい」
そう言って指差してみれば、夕耶の視線もそちらに向く。
「竜の巣みたい!」
僕がそう言うと、夕耶はなんのことかわからないのか首を傾げた。
「夕耶は覚えてない? あの中に天空の城があるって話」
「うーん、なんだっけ? でも、雲の中にあるなら行くのは難しそうだな。空を飛べないと」
「うん。さらに、あれは積乱雲だからね。雷に耐えられる装甲がないといけない」
「装甲かぁ……僕たちには用意できそうにないね」
「あはは、そうだねぇ」
そう答えて、この駅に降り立った本当の目的を告げるべく、夕耶、と名前を呼ぶ。夕耶は「ん?」と反応をして、僕の続く言葉を待っている。
「実は、行きたいところがあるんだよね」
「そうなの? どこ? 行こうよ」
希望を叶えてくれようとする彼のそういうところは好ましい。僕は昔から夕耶の願いを叶えてあげたいと思っていたけれど、夕耶から同じ気持ちを返されていることに気づいたのは実はつい最近だったりする。
あの三日間のあと、夕耶は僕と一緒に何かをしたがることが多くなった。そして、どことなく僕に対して優しくなったような気がする。昔から優しい子ではあるけれど、僕が楽しいと思うことを一緒に楽しもうとしてくれている気がする。そして、それをきちんと僕にも伝えてくれる。
「水族館行こう」
「え……いいけど、こんなとこにあるの?」
「そうだよ。夏休み前に教室で話題になってたじゃない」
「そうだっけ」
「ほんとに、夕耶は興味がないことは全然覚えてないんだから」
「だって、興味がないから……」
あれは、夏休み前のどこかの授業後の出来事だ。夕耶のクラスで、どの水族館が一番良いかという話題で盛り上がった。そこで、一人の女子生徒が挙げたのが今から行こうとしている場所だった。
「まぁ、ほとんどみんな、大型水族館の方がいいって言ってたけど、そっちは人も多いだろうからね」
「確かに。ぎゅうぎゅうの中でペンギンとか見るのはちょっと……」
「こっちにはペンギンはいないと思うけど、人も少ないと思うよ。さ、行こう」
「うん」
僕はまた夕耶の手を取るように手を伸ばす。すると、その手を夕耶が握るようにしてくれた。
強い日差しの照りつける炎天下を五分ほど歩いたところで水族館に到着した。
チケットを買って中に入ると、ひんやりとした空気が夕耶を包む。夕耶は安心したように一息つくと「涼しい〜」と言って微笑んだ。
「空調効いててよかったね」
「ほんとに。外が暑すぎる……」
「冷たい麦茶、母さんが持たせてくれたでしょ? ちゃんとそれ飲んでね」
夕耶は母さんが持たせてくれたタンブラーから、冷えた麦茶を口に含む。
「よし。それじゃ、魚を見に行くか」
そう言って、歩き出した。
あまり広くない館内には、少しの家族連れがいるばかりだった。
「順路こっちだって」
順路と書いてある看板を指で示すと、夕耶がそちらへと歩いていく。一番最初に現れた大きな水槽は、どうやら川辺を模しているようだ。中にいたのは小さな魚やカニなど。川の生物たちが砂に隠れたり、砂を巻き上げたりしながら右往左往していた。
「ふふ、かわいいね」
「そうだな。でも、うちの近くの川にいたのとあんまり変わらない気がするけど」
「そりゃあそうだよ。ほら見て、この説明書きにあの川の名前が書いてあるでしょ? そういうコーナーだよ」
「なるほど……」
思い出すのは、数週間前の出来事。夕耶の強い願いに応えた、神だか悪魔だかが与えた奇跡の三日間。川で二人で遊んだことを思い出し、さほど昔でもないのに、あまりの懐かしさに目を細める。
「川もまた行こうな」
「うん」
今度は足元にちゃんと気をつけるんだよ、次は支えてあげられないんだから。とは言えずに口をつぐむ。
「夕映?」
「ん。次、行こっか。あっちは熱帯雨林とかのコーナーみたい」
「ああ、うん」
そうして、さまざまな魚を見て、僕たちは水族館を満喫する。夏らしい遊びかと言われると疑問だが、夏休みらしい遊びだと僕は思う。自分が体を持っていたら、こうした生物についてのレポートを自由研究として提出していたかもしれない。まぁ、ない過去を予想しても仕方がたないのだけど。
ゆっくりと館内を歩いてきた二人の目の前には、この水族館の目玉らしい、マグロの群れが遊泳する巨大な水槽が見えてきた。
この場所には今は誰もおらず、シンと静まり返った薄暗い部屋の中、ぼんやりと光る巨大水槽の灯りが僕たちを青く照らした。
「夕耶」
「うん? 何?」
「……べつにさ……体があった方がいいとかは思ってないんだ」
「夕映……」
「ただ、夕耶ともっと……もっと一緒にいろんなことができたらって思うとねぇ……。しかも僕はその楽しさを知っちゃったからさ、二回も」
告げると、夕耶はハッとしたように僕を見て目を丸くすると、ゆっくりと口を開く。
「二回……てことはやっぱり同じ夢、見てたんだな」
「うん。きっと。あれは僕の夢……というか願望だしね」
「そういや、そんなこと言ってたな」
「僕が、夕耶とお祭りに行きたかったんだ」
きっと僕と夕耶が思い浮かべている祭りの風景は同じだろう。僕が願った「二人で楽しむ夏祭り」だ。
つい、惜しいとこぼしてしまうくらいに、とてもとても楽しかった。
「まぁ、でも、さっきも言ったけど、体があった方がいいとは思ってないよ。少なくとも今は。だから悲観とかをしてるわけじゃない」
「うん」
「こういうこと言うと、夕耶に心配かけちゃうかもしれないけど、ちょっとだけ。ね」
「うん」
こういう時の夕耶は静かだ。静かにこちらの話を聞くのが上手なのだ、彼は。きっとクラスメイトも、先生も、母さんだって知らないかもしれない彼のいいところ。僕はそれを知っているから、夕耶が静かに「それで?」と優しく問いかけてくることを密かに喜んだ。
「僕は、ずっと夕耶と一緒にいる」
僕がそう言うと、夕耶は変わらず静かに頷いた。
「ありがとう。でも、なんだろうね……。夕耶が頷いてくれるのもわかってたのに」
胸の内から出ていかない寂寞をどうしたらいいかわからずに目を伏せる。
漠然とした不安のようなものが込み上げてくるのだ。
目の前には大きな水槽。銀色の魚の群れが、光を反射して神秘的に光る。僕を静かに見ている夕耶の顔に光が落ちて、陰影を濃くしている。
(夕耶、大きくなったなぁ。気がついたら、ずいぶん大人っぽくなった)
……ああ、そうかーー
「夕耶」
「ん?」
「……あの時みたいな夕焼けがなくても、僕は、いても……いいよね?」
ーーそっか。僕は、君が大人になっていくのが不安なのか。
ーー大人になる君に、忘れてほしくないんだ。
僕は、今日見たもの。聞いたもの。セミの声、向日葵の黄色、坂の向こうの陽炎、青い空、入道雲、水槽の向こうの魚群、この日の思い出すべてを胸に大切にしまって、記憶して、一生忘れないでいて欲しいんだ。
例えば、もっと大人になった夕耶の前に、素敵な誰かが現れたりして、そちらに心を奪われたとしても。もっともっと大人になった夕耶が家族を持ったとしても。僕と言葉を交わす時間がなくなったとしても。
僕のことを忘れないでいて欲しいし、僕は君を見守っていたいんだ。
君の、幸せを、一番そばで、一番長く。
パチリと瞬きをすると、夕耶が小さく息を吸った気配がした。
「夕映。僕は二人が見たものを残そうって言ったよね。そしたら、一生忘れないって」
それは、あの奇跡のような三日が終わった後で、夕耶が僕に告げた言葉だった。
「僕は、夕映と一緒に生きるよ」
見えているだけで、触れられもしない僕の頭に夕耶がそっと手を乗せる。撫でるようにした後で「夕映はさぁ」と唇を尖らせ、僕を責めるような声音で続ける。
「自分が兄貴ですって言動するけど、僕たちは双子なんだから、頑なにお兄さんしなくてもいいんだよ?」
「でも、僕は君の裏人格だし」
「でも、僕にとっては夕映は夕映だし」
目の前で、優しく細められる眼に、自分の主人格であり、自分の双子の兄弟である夕耶の成長を感じる。それが何とも嬉しいくせにやっぱりどこか切なくなって、開こうとした唇が震えた。
僕が何も言えずにいると、僕の頭を撫でるそぶりをやめた夕耶は「もともと、僕たちはずっと二人でいたわけだし、離れるなんて考えられない」と微笑んで見せた。
水族館を出ると、目の前には夏の夕焼け空が広がっていた。繋ぐことのできない手を繋いで、二人で帰る夏休み。
「ほら見て、夕耶! 夕映えが、綺麗だよ」
この時間を、願わくは、夕耶が一生覚えていてくれますように。
終