@acbh_dmc4
バシムとエイヴォルが幻想の世界へ落されてから3日程が経った。
その間、助けが来ることもなく、色々試してはみたが依然としてこの世界を制御することは出来ない。
ここがシミュレーション空間であることはバシムの前世のビジョンとエイヴォルのビジョンに違いがあるため、エイヴォルのイメージしている前世の再現世界でほぼ間違いはないだろう。
シミュレーション空間であるならば何かしら特典でも欲しいものだが、現実とまるで変わらない世界にバシムもエイヴォルも苛立ちを募らせていた。
そしてハーヴィによって連れ出されていたエイヴォルが、怒りに顔を歪ませながらバシムの前に現れた。
「もう嫌だ。帰り道はまだ見つからないのか?!なんで一人だけ遊んでるんだバシム!」
「休憩時間か?君の好きなケーキの用意があるぞ」
フレイヤの好意で彼女の使用人を借り、花の咲き誇る庭園で優雅にお茶の準備を頼む。
エイヴォルの気持ちを落ち着かせる為にと、お勧めの物を取り分けてやれば、じっとりと恨みがましい視線が寄こされた。
「お前はロキにあれやこれや試練を課されないのか?私なんて毎日何かしらの不快な試練をこなさなきゃならないのに」
「私はロキの記憶をあらかた継承しているからな。君は……それが不十分だと判断されたのだろう。云わば完全な覚醒を促すための実験をされているのだ」
「私はオーディンにこの体を渡す気はないぞ?」
エイヴォルが不安そうに顔を曇らせる。
前世の自分に体を乗っ取られるイメージをしたのだろう。
バシムは思案気に豊かな髭をなぞると、エイヴォルに向き直り話し始めた。
「乗っ取るとはまた違う。私の場合はお互いを理解し、記憶を受け入れた。私は確かにロキではあるが、同時にバシムのままでもある」
「自分が消される訳ではないのか?」
「ああ。前世の自分と己の意識が一つになるのだ。だが、君とハーヴィは決定的に違うものがある。性別という隔たりは決して小さな障壁ではない。
ハーヴィと君の性差が物の感じ方に差異を生み出し、本来円滑に行くはずの同化が進みづらいのだろう。例えば身体的な違いは……」
「その話長くなるか?」
ホルモンバランスがどうとか、生理現象が等と説明されたところでそれをすぐに理解できるものでもない。
エイヴォルはバシムの言葉はもう聞かぬものとして、出されたケーキをヤケクソに食べ始めた。
舌先に感じる優しい甘みも、今のエイヴォルには何の慰めにもならない。
「この後の予定は決まっているのか?」
「オーディンと戦闘訓練だとさ。身になるような訓練ならいいが、一方的に嬲られるだけなんてやる意味が分からない」
「ほう。それは楽しそうだな。私も見学するか」
「趣味の悪さはロキ由来なのか?それとも元来の性格か?」
「ロキはどこかの誰かの横暴ですっかり歪んでしまってね」
小ばかにしたように返答すれば、エイヴォルが気まずそうな顔をして目を逸らした。
その反応にバシムはおや、と思うとニヤリと意地の悪い笑みを敷いた。
「どうした?思い当たる節でもあったか?」
「私も今、歪みそうになっているから、そういった意味では……」
「……ふぅむ、君にまで歪まれると困ってしまうな。私は実のところ君のことは嫌いではない。単純で公正なところは好ましく思っている」
「おい、今単純って言ったか?」
「この世界で無駄な実験をされても得るものはない。ハーヴィには私から進言しよう」
訝し気に眉根を寄せてバシムを見つめるエイヴォルに、穏やかに笑んで手元のお茶を優雅に口に運ぶ。
そんな風に余裕を取り繕っているが、内心己の知らないところで彼女が自分以外の者に甚振られている事が気に食わなかった。
我ながら急な心境の変化に呆れてしまうが、もしかしたらあの戦いと一緒にロキとしての鬱憤はそれなりに昇華されたのかもしれない。
エイヴォル自身に関しては好ましいと思っているし、この世界に落とされた時に彼女を強く望んだ心に気づいた。
簡単に助けてやるつもりもないが、出来る協力はしてやろう。それが彼女を得るための一投となる。
バシムはひっそりと口元に笑みを敷くと、椅子を引いて立ち上がった。
***
二人連れだってハーヴィの待つ広間へと訪れた。
ハーヴィはエイヴォルの傍らに寄り添うバシムを見るなり不機嫌に眉を顰め、胡散臭そうに「ロキ、何故お前がここにいる?」と詰問した。
わざとバシムをロキと呼び出方を伺っているのだろうが、バシムはその問いに怪訝そうにハーヴィを見、静かな口調で訂正した。
「今の私はロキではなく、バシムだ。出来れば、貴方たちの訓練を見学させてもらいたい」
「なっ!アイツに私との訓練を辞めさせるよう説得するんじゃなかったのか?」
「まずはどういうことをするのか見て判断しなければならん。君にとって必要な訓練ならば口出しする訳にいかないだろうし、彼の神も突然辞めろと言われても納得すまい」
「……いいだろう。先に覚醒しているお前から見て、この試練が意味あるものか助言してくれ」
悔し気に歯噛みするエイヴォルをバシムは励ますように背中をたたくと、二人から離れて壁に寄りかかり傍観に徹した。
開始の前にテュールとトールが部屋を訪ね、訓練に合流する。
二人とも広間に入ってきた時には気乗りしないような硬い表情をしていたが、部屋の隅にバシムの姿を見止めて何故ここにいるのかを尋ねた。
これまでのいきさつを話し、中央に対峙するエイヴォルとハーヴィをそろって見守る体制に入ると、ハーヴィが軽くうなずき、疾風のような速さで地をけり一瞬でエイヴォルと距離を詰めた。
強烈な拳が振り下ろされる。
一応手加減はされているのだろうが、エイヴォルが腕を交差させ、その攻撃を寸でのところで防いでも恐ろしい力で吹っ飛ばされた。
ハーヴィにもエイヴォルの受けた衝撃やダメージが入っているはずだが、ピクリとも表情を変えず、すかさず追撃を放った。
一方的な暴力に、テュールもトールも顔を顰めて二人の争いを見守っている。
成す術もなくなんとか苦痛をこらえているエイヴォルを見ているのは痛々しく、バシムも不快感を覚えた。
ついには武器まで使用し始めたため、もう十分だと判断したバシムの制止の声も間に合わず、ハーヴィのゲイボルグでの攻撃が同時に放たれたてしまった。
咄嗟に吹き飛ばされるエイヴォルの背後に回り受け止め、凄まじい衝撃に壁際まで押しやられたが、何とか酷いダメージは回避できた。
「……そこまでだ。良くわかった」
覚悟した衝撃が来ず、頭上から降ってくる落ち着いた声に反応してエイヴォルはバシムを見上げた。
気遣うように抱き留められ、横抱きに地面へと下ろされる。
ハーヴィも同程度にダメージを受けているはずだが、多少息を上げている程度で油断なく二人を見据えていた。
「これは無意味な甚振りだ」
「ではどうするのだ?その小娘はおよそ覚醒には程遠いぞ」
「この訓練で君の中にいるハーヴィは語りかけてきたか?ハーヴィと一つになるには彼の声を聴き、記憶を辿らなければならない」
「……いいや」
息も絶え絶えに否定するエイヴォルにテュールが手当てのために近寄ってきた。
バシムはテュールに彼女を任せると、ハーヴィへと向き合った。
「数日このような試練を貸して変化がないのであれば、この方法は効果がない。何より彼女の体を痛めつけ続ければ覚醒した後に問題が起こるかもしれん」
「だが、お前の話では生命の危機に瀕すれば覚醒するのだろう?テュールの転生体も同様に、責め苦の後覚醒したというではないか」
「なぁ、父上よ。こんなことはもうやめにしたほうがいいんじゃないか?あの娘は父上の生まれ変わりなのかもしれないが、今は何の力も持っていないただの小娘にしか見えん」
心配そうに進言するトールにひどく気分を害したように睨みつける。
己の転生体を馬鹿にされたとでも思ったのだろうか。バシムはやれやれと首を振り、トールの意見に同意するよう追撃した。
「彼女はドレングルだ。生命の危機には幾度もさらされている。これ以上彼女を甚振れば覚醒を阻害しかねん。少なくともこのやり方では何も得られんだろう」
ハーヴィは思案気にエイヴォルを見やると、大きくため息をついて頷いた。手応えの無さは自分が良くわかっているのだろう。
「お前の言うとおりにしよう。ふがいない姿が腹立たしくもあるが……」
「エイヴォルは決して弱くはない。ただ、人の体では限界があるというだけだ」
「お前は何故その小娘に肩入れする?俺の転生体だからか?ロキが積極的に俺を助けるとは思えないが」
「しかしお前達を助けたことは幾度とある。今では数少ない同胞だ。絶滅してしまった我らの種族を復活させるには彼女の存在が要る。それだけだ」
少々怪しんでいるようだが、バシムに反論する材料もない。不服そうではあったが理解を示し、この訓練は一応の終わりを迎えた。
バシムはエイヴォルを抱き起して長椅子まで移動した。
痛めつけられ疲れ切った彼女を寝かせて様子を見る。
その甲斐甲斐しい様子にテュールはハーヴィにもう少しバシム達に目をかけてやってもいいのではと進言した。
「あの様を見ろ。とてもではないがロキと同一人物とは思えん」
「確かに、ロキにしてはまともだよな」
「お前は、ロキとして覚醒していると言ったな。それにしては随分性格が違うようだが」
口々に好き勝手いう神々を横目に、バシムはため息をついた。
自分たちこそ傍若無人で思慮に欠けるだろうに、あまりな物言いだ。
「ロキとしてバシムの人格を塗り替えられたわけではない。私にロキの人格と記憶が乗ったのだ。そのせいで変質したものは確かにあるが、ロキと全く同じ人格というわけでもない」
バシムはあくまでもバシムであるという言葉に、エイヴォルは半信半疑と言った体で彼を見た。
見下ろされる穏やかな眼差しに、エイヴォルの胸はさざめいた。
彼女の戸惑いにいち早く気づけば、バシムは囁くように「記憶を受け入れたとしても、それに従う必要はない」と告げた。
彼女自身、ハーヴィの記憶を呼び覚ましつつも、ハーヴィそのものは拒否して闇に押し込んだ。
到底万物の父を受け入れられる気がしないでいた。
「それで生まれ変わる意味などあるのか?俺が俺として復活できないのであれば無意味ではないか」
「下等な人間の身で完全な復活が出来るとでも?多少は他の人間より優良な器とはいえ、すべての記憶を呼び覚ませたわけではない。私はあくまでも中継ぎに過ぎないし、最終的には完全な肉体を得てから復活を果たすのが目標だ」
「果たしてそれをどこまで信用したものか」
「あんたが信用しようがしまいがどうでもいい。私は、私の目的の為に動くだけだ。彼女も……」
エイヴォルの乱れた髪を整えるように額を撫で、薄く微笑んだ。
「私の邪魔をしないのであれば、手を出すことはしない」
彼女の青く美しい目が僅かに見張った。
ハーヴィの疑心に重なるように、エイヴォルも目の前の男の真意に疑念を抱く。
あれだけ意味不明な言いがかりをつけて己を襲ってきた男が、今後手を出さない等、どれだけ信じられるものか。
「少なくともここでお互いに挑んでも意味がないだろう」
「一時休戦ってやつか?」
「そういうことだ」
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