@acbh_dmc4
「それで、この者たちが門の前に急に現れた侵入者か」
「ああ。男の方は上手く俺に化けようとでもしていたのか……それにしては年をとり過ぎていて雑だがな」
「だが、この者からは特に妖しい力は感じられん。変装の解除も試したが、何も起こらなかった」
アースガルズの屋敷の一室を座敷牢代わりにバシムとエイヴォルを押し込め、その近くでああでもないこうでもないと議論する。
バシムはエイヴォルが眠るベッドの隣の椅子に腰かけて成り行きを見守っていた。
見知った顔達ではあったが、バシムの知る世界とは微妙に異なる。
まるでバイキングの信じる神話のような幻想的な場所に、原始的な身なりのイス族達。
もしかしたら己たちは殺し合いに熱中するあまり、幻想の世界に繋ごうとするアームに捕らわれたのかもしれない。
とすると、エイヴォルの頭の中にある世界とここは繋がっている事になる。
ユグドラシルの大部屋にある仮想空間に繋げられたのだとしたら、それを自覚していればこの世界を思い通りにコントロールできるはずだが、何故かそれが出来ない。
戦いの最中に無理矢理吊られたため、意思命令が下せない不具合が生じたか。一時的なバグだろうか?
それともバシムもエイヴォルも、もう永遠にこの世界から出る事が叶わないのではないか、そんな最悪な結論が脳裏を過る。
思わずバシムは頭を抱えてしまっていた。
その様子に気づいたロキはバシムを見詰めて、それからテュールに話していなかった事を打ち明けた。
「……テュール、俺は今コイツがどんな感情を持っているかが分かる。それに、さっきも門の所でコイツを剣で刻んだら俺にも同じ場所に傷が出来た」
「どういうことだ?」
「俺にもわからん。だが、この忌々しい現象について早急に話し合わねば。ハーヴィはまだ来ないのか?」
「……ああ、今日は随分気分が悪いようだった。早めに休ませるとフレイヤが言っていた」
ロキは忌々し気にバシムを見つめ、テュールの返答に歯噛みし、悪態をついた。
混乱がロキとバシム双方の心を乱していた。
心身ともに疲弊していることを自覚したバシムは、エイヴォル同様に思考を放棄し、休息を得るべきだと判断した。
「判決を明日にするというのなら、私も休ませてもらっても構わないかな?」
二神の会話に割り込む様にバシムが声をかける。
疑い訝しむ視線が2対寄越され、得体の知れない威圧感を感じるが、物怖じせずただ静かに返答を待つ。
「……では、ベッドをもう一つ用意しよう」
「必要ない。ここのベッドは十分大きいし、二人位優に寝れる。直ぐにでも横になりたいのだ」
「テュール、この二人は恋人同士なのだろう。野暮はしないでやれ」
ロキの茶々には呆れたが、今は人肌が恋しくもあった。
エイヴォルを抱き枕にすれば、暖も取れて一石二鳥だし、もしエイヴォルが目覚めて、バシムとの同衾を拒むようなら改めてもう一つベッドを要求すればよい。
それに半分は嫌がらせみたいなものだ。目が覚めて、自分の命を狙った男の顔が近くにあったらどんな反応を返すやら。そんな事を想像すると楽しくもあった。
騒がしい二神が部屋を後にすると、バシムは隠れし者の鎧とフードを脱いで、ベッドへと横になった。
*****
翌日、バシムは日の光を瞼に感じてゆっくりと意識が浮上した。
腕の中に感じる重さと温かさに、もう一度意識が沈みかけたが、部屋の外の騒がしさに眠るのを諦めて目を開いた。
腕の中には、昨日抱き込んだ憎たらしくも美しい者がいる。
いつのまにやらバシム自身も彼女の抱き枕にされていたようで、しっかりと背に腕が回り、抱きしめられていた。
さっさと入ってくればいいものを、扉の前でぎゃあぎゃあと騒いでいる神々を余所に、多少は身支度をした方が良いだろうと起きる事にした。
だが、しっかりと抱きしめられているため、まずはこの細腕から逃れるのが先と、エイヴォルの金糸を撫でて覚醒を促した。
「起きるんだ、エイヴォル。それとも目覚めのキスを所望か?」
「ん、んん……」
ぐりぐりと胸元に頭を擦り付ける、なんだか可愛らしい仕草をする彼女に、思わずキュンとしてしまった。
こうしてじっくり彼女の美しい寝顔を見詰めていると、思わずその唇を奪い、呼吸を奪うように蹂躙してやりたくなる……いいや、それよりも早く起きなければ。
うっすらと開きかけた瞼を見つめ、エイヴォルの顎を取って唇が触れそうなほどの距離で囁く。
「随分無防備だが、それはいつでも私に命を差し出しても良いという事か?」
「ん"っ?!」
ようやく覚醒したのか、エイヴォルは勢いよく体を起こして素っ頓狂な声を上げた。
部屋の中が騒がしくなったことに気付いたのか、威勢のいいノックがされた後、返事も待たずに部屋の扉が開かれた。
「何事だ?」
「やぁ、おはよう。済まないが、私も彼女も今起きたばかりでね。身支度をする時間をくれないか」
「バ、バ、バシムっ!!!な、な、なんでお前が隣にっ??!?!」
「話はあとだ、服を着ろ」
ベッドから降りて、近くに置いてあったエイヴォルの服を投げてやる。
寝やすいように上着一枚残してあとは脱がせていたのだ。その事に気付いたエイヴォルは、自分の格好を見下ろして羞恥心から顔を赤くし、体を震わせていた。
神々の見守る中、ベッド近くの椅子に掛けておいた己の装備を身に着けていく。
身なりを整えてエイヴォルを振り向けば、彼女も身支度を終えていた。
「さて、では何故俺の護る門の前に現れ、俺の姿を真似ているのか、洗いざらい話してもらおう」
厳しい顔をしたロキとテュール、そして鋭い眼光をバシムに注ぐハーヴィに囲まれ、状況の説明を促される。
どうにもエイヴォルに対してはそれ程問題視していないのか、彼女の事は無視されていた。
釈然としないが、己がロキに瓜二つであることが原因なのだろう。
よく見れば、エイヴォルもハーヴィの血縁者ではないかという位には彼に似ていると思うのだが、性別の違いの為か気付かれない。
バシム自身もそれで気がつかなかったのだから当然だろう。
「まずは自己紹介だが、私はバシムでこっちがエイヴォルだ。私の見た目に関しては、生まれつきこうだ。何も欺いてはいない」
「魔術の類の反応がないのは事実だが、まるで双子の様にそっくりなのが偶然とは思えん」
「……なんと説明したらいいのやら、一つ言える事は、私は彼の血を引いている。正確な表現ではないがね」
三神達は揃って目を丸くした。
もはやロキの子供だと言っているようなものなので当然だ。
神達はロキにどういう事だと詰問先を一時的に変えた。
「誰との子だ?」
「心当たりが多すぎてわからん」
「誰かと関係を持ち生れたというよりは、創られたに近い。このエイヴォルもな」
バシムがエイヴォルを指せば、三神共にエイヴォルに視線が集まった。
何がどうなっているのか、状況がわからない彼女は、急に注目されて困惑顔だ。
「彼女もロキの?」
「いいや、彼女はハーヴィだ。来るラグナロクに向けて、はるか未来に復活を果たすため人間として創られた。私はロキの自覚がある」
「……なるほど。不完全な生物だとしても、生命力は強い。選択肢の一つにはなるだろう」
既に死の宣告を受けている傲慢の王が感心して頷く。内心で今すぐ殺してやりたいと思ったが、そんなことはおくびにも出さず、恭しく頷く。
しかし、それに頭を抱えたのはその隣にいたロキだ。
絶望的な顔をして、バシムを睨みつけて声を荒げる。
「ちょっと待て、では何か?来世の俺は、女になったハーヴィと恋仲になるのか?頭がおかしくなったのか?こんな傲慢な者を愛するだと?!」
「一つ言っておくが、恋人ではない。……それから、エイヴォルの性格はかなり改善されている。是非彼女にはこのままで居て貰いたいものだな」
「私はオーディンなんかと一緒にされたくな……」
エイヴォルの余計な事を言う口を咄嗟に掌で塞ぐ。
言葉を遮られて訝し気にバシムを見てくるが、他の神々が彼女の言葉に反応する事はなかった。
納得できていないのはロキだけで、そもそもバシムの言葉が信じられるのかと二神に噛みついていた。
だが、どう見てもただの人間であり、脅威は感じず、とは言えバシムとロキの体がリンクしている事を上げて議論が続いた。
この者たちの理解が得られずとも良い。どの道この世界は紛い物だ。
それにここが仮想空間だとするならば、再度吊るされたエイヴォルを取り戻すため、シグルドが動いてくれるだろう。
神々の理解を求めるよりは、ここでただ待って居れば良い。
ああでもないこうでもないと議論を続ける神々からエイヴォルに視線を移すと、彼女はむっつりと黙り込んで足元を睨んでいた。
己の置かれた状況が分からず、不安に思っているのだろう。
バシムはそんな彼女を励ます様に言葉をかけた。
「……もしかしたらシグルドが迎えに来るかもしれない。そう気を落とすな」
口にすれば、エイヴォルが瞬時に反応した。
「シグルドが?ここは……ヴァルハラ……なのか?」
「正確には記憶や願望、己の中の夢を見させてくれる仮想空間だ。恐らく、我々はあの装置に吊られているのだろう。ならばシグルドが、お前を助けに来よう」
バシムの言葉を聞き、緊張した面持ちだった彼女の顔に安堵の色が伺えた。
名前一つで彼女の心を動かす、二人の絆を見せつけられたような気がして少しだけ心が引き攣れた。
顔にこそ出さないが、内心で面白くなく思っていると、それにロキが反応した。
「お前は、随分その女が大事なようだな?ハーヴィ、こいつの口を割らせるなら、女を拷問にかければ良さそうだ」
「何故そんな事が言える?」
ハーヴィが訝し気にロキを見やり、疑うように聞き返し、同じようにエイヴォルも怪訝な顔をしてロキを見た。
「……バシムは私の事を憎んでいる。私を痛めつけても、ただ喜ばせるだけだ」
「そうか?それにしてはお前を労わっているし、今だってしょぼくれたお前を励ましていただろう?それに、お前が他の男の名を口にしたから、不機嫌になっている。俺にはその男の感情が分かるからな」
馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに肩をすくめれば、この場に居る全員が呆れたような顔になった。
ロキに内心を知られようが問題ない。彼は信用がないし、面白ければこちらに乗って話を合わせるだろう。特にハーヴィをやり込める為には何だってする。
ロキの揺さぶりにちっとも動揺を見せないバシムに、ロキ自身、苛立ちを覚え、そしてバシムにもその気持ちが伝わってきた。
「成程。昨日もそうだが、相手の感情が己に流れ込んでくるとは、妙な気分だ」
「俺の感情も筒抜けって事か。……気に入らん」
不機嫌そうに鼻を鳴らすと、ロキは瞬時にエイヴォルの目の前に出現し、その細首に手をかけた。
急に気道を圧迫され、抗えない強さで吊り上げられる。何とかその暴挙から逃れようともがくがびくともしない。
「な、にを……!」
「ぐ、ロキ……っ!!貴様、俺に何を仕掛けた?!」
背後に控えていたハーヴィから非難の声が上がった。
ロキが目を丸くして振り返れば、ハーヴィの首元に、透明人間にでも首を絞められているような手形が浮かんでいた。
髭を巻き込んでいるため、その手の痕はくっきりと見て取れる。
その様を見て、ロキは何かを察し、エイヴォルの頬を力強く捻り上げてみた。
「「痛い!!なにをする!」」
ハーヴィとエイヴォルが揃って叫ぶ。
そして、同じようにハーヴィの頬は、透明人間に頬を摘ままれたように横に伸びていた。
「あははは!傑作だ!本当にハーヴィと繋がっているのだな!」
「はなひぇ!このっ!!」
「悪ふやけは止へ!ロキ!!」
ロキは同時に叫ぶ二人の反応を面白がり、今度はエイヴォルの尻に掌を滑らせた。抜け目なくチラリとバシムの反応をも横目に伺っている。
バシムはその様子を酷く不快に思いながら、テュールに仲裁を頼んだ。
「テュール、ロキを止めてもらえないか。ただの“人間”である私では止められないからな」
「……分かった。ロキ、そこまでだ」
テュールに従い、あっさりエイヴォルを離すと、完全に頭に血が上っている彼女が、ベッド脇に置かれている斧へと飛びついた。
その細腕から想像もできない程に勢いよく振り下ろされた斧を、ロキは軽々と避けて笑い声を立てる。
完全におちょくっているロキに斧を投げつけたが空振りし、手に獲物が無くなった為、咄嗟にバシムの腰に差していた剣に手を伸ばした。
寸での所でエイヴォルの両腕を拘束して止める。
まるで気が立った狼のように鋭く睨み上げ、噛みつくようにバシムに怒鳴りつけた。
「離せ!バシム!アイツ!殺してやる!」
「止めてくれ。私まで巻き添えになる」
「私を侮辱したんだぞ!生かしちゃおかない!」
「エイヴォル、冷静になれ。今のお前ではロキに乗せられて、掌で転がされるだけだ。言っておくが、ロキは圧倒的に私より強い」
気が立った猫のように、フーフー言いながら腕の中で大人しくなる。しかし怒気をはらんでいるとはいえ、ロキを注視している彼女を見るのはあまり面白くない。
強引に顎を取り、顔を己に向けさせ「エイヴォル」と窘めるように名を呼べば、釈然としないながらも口を真一文字に閉じて気を落ち着ける努力をしていた。
しかし、先程のやり取りで怒髪天を突かれたのはエイヴォルだけではなかったらしい。
急に背後から大きな破壊音が聞こえたと思えば、雷のような怒声が部屋に轟いた。
「その女に触れるな!今のではっきりわかった。その女に何かされれば俺にも影響がある。この気色悪い感覚は我慢ならん!女!こちらに来い!!俺が面倒を見てやる」
「お断りだ。私はバシムと離れる気はない」
「何っ?!俺を拒否するというのか?!ふざけるな!お前は俺のモノだ!」
ハーヴィの手にグングニルがないのがせめてもの救いだ。
踏み鳴らした足の一撃で床に皹が入るほどの力を有しているというのに、そんなものがあれば、一瞬にして消し炭にされそうだ。
「何度も言うが、我々は何の力もない人間だ。お前たちの攻撃で容易く死ぬだろう。もし、死すればお前達もどうなるか知れんぞ?」
「ハーヴィ。俺もこいつらの監督を各々見る事に同意だ。こいつらは俺たちの弱点になりうる。それか、地下牢にでも閉じ込めておくか」
「我々が不快な思いをすれば、常にその思いがお前達に伝わる訳だが、それでも良いと?」
「その女はまだ俺の器である自覚が足りないようだ。ならば立派なアース神族としての自覚を芽生えさせるために、きっちり俺が躾けてやる。これは決定だ。痛い目にあいたくなければ共に来い!」
瞬時に顔を顰めるエイヴォルを隠す様に彼女に向かい合い、小声で「声を落とせ」と囁く。
顔に「憤懣遣るかたない」と大きく書かれているエイヴォルの顔を見つめて、彼女の主張を聞く為に、顔を近づけた。
バシムの意図を察したエイヴォルは、ちゃんと声を落とし、しかししっかりと抗議した。
「バシム!私は、嫌だ。そもそもオーディンを拒否したんだ!奴は闇に消えたはずなのに……」
「エイヴォル、それを奴には言うな。目的の為ならば自らを生贄に捧げるような男だ。お前が受ける苦痛などに音を上げる男ではない」
ぎゅうとバシムの服の裾を掴んで悔しそうな顔をする。
少しだけ哀れに思うが、現状従うしかない。
そして、一縷の望みをかけて、この世界についてエイヴォルに確認した。
「それから、エイヴォル。ここはお前の中の世界だ。お前とシグルドが見た世界のように、主導権を握ることは出来るか?」
「全能の力を操れるかって事か?……いいや、何も起こらない」
「おい、こそこそと内緒話か?そんな事をして不信感を煽るのはいただけないな」
煽るロキを一瞥してから、エイヴォルの顎を取り、彼女にだけ聞こえるように「危害は加えられないだろう。シグルドが来るまで耐えるんだ」と励ます。
不満そうな顔をしながらも、バシムの言葉に頷き、ハーヴィの元へと渋々向かった。
「ハーヴィ、彼女は最近覚醒したばかりだ。強靭な精神力を持つ者だが、まだ不慣れな事も多い。あまり無茶を言わないでやってくれ」
「お前に言われずとも……しかし、随分大事にしているのだな」
「義兄弟の契りを交わした貴方の生まれ変わりだ。当然だろう?」
思ってもいない事をにこやかに返せば、わざとなのかハーヴィから見えない位置でエイヴォルが盛大に顔を顰めた。
その表情を見たロキの、とても愉快な気持ちがバシムの心に流れて来た。
チラリと彼を見やれば、どうやらエイヴォルを甚く気に入ったようで、いやな予感を覚えた。
さっさとエイヴォルの背を押してこの場を去るハーヴィに続くテュールを引き留める。
彼の神に聞かれぬよう、声を落として頼みごとをする。
「テュール、彼女は恐らく……ハーヴィとは合わない。同族嫌悪に近いかもしれないな。だから彼女を気にかけてやって欲しい。彼女の義兄が迎えに来るまで。シグルドという名の者が現れたら私にも知らせて欲しい」
「そうか、分かった。ロキとは思えない気遣いだな……部屋はここを使うといい。なにか不足があれば下女に伝えろ」
テュールの配慮に最大限の敬意を払って礼をする。
始終ロキを無視して話しを進めていれば「俺の意見は無視か?」と茶々を入れられた。
「しかし、そのシグルドというものは何者だ?アースガルズにやってこれるということは、お前たちと同じく我らの器か?」
「テュールの生まれ変わりだ。そしてエイヴォルの義兄でもある」
「義兄ねぇ。来世でも奴のお守りとはお気の毒に……」
ロキが嘲るような笑みを零す。
テュールの表情は変わらず、感情が読めないが、己の転生体が二人を回収しに来ると分かると、頷いて部屋から出て行った。
部屋に二人きりとなると、ロキは悪戯を思いついた子供のように声を落としてバシムに話しかけた。
「俺達は腹を割って話し合わなければならない。そうだろう?お前が、本当に俺だというのならな」
「話し合ったところで、人間の私がお前の力になれるとも思えんが」
「だが退屈な毎日に少しだけ張り合いが出る。特に、あの女―――エイヴォルとか言ったか」
「彼女を害してハーヴィを殺そうとでも?」
「お前が望むなら殺してやってもいいぞ?お前もあの女を憎んでいるんだろう?あの女が目覚めてすぐそう言っていたじゃないか」
ニヤニヤと厭らしく嗤うロキを前に、少しでも感情を揺らせば命取りになる。
そして同時にバシムは試されてもいる。
己と信条を同じくするのか、それとも排除すべき障壁となり得る者なのか。
だがバシムとてそんな心理戦などは何度もくぐり抜け、己の感情を抑える術は心得ている。
少しも揺らぐことなく油断ない笑みを浮かべると、バシムは相手を煙に巻くように言葉を紡いだ。
「好きにするといい。私がお前の邪魔をする事はない。それに私は大人しく迎えを待つつもりだ。ここへ閉じ籠り、外へ出るなと言うならばそれに従う」
「フン、随分聞き分けが良いのだな」
「この世界に興味がないものでね」
ロキはバシムの言葉を疑うように探る視線を寄越したが、本当に興味がないというようにただ無感情に見つめ返した。
リンクした感覚を探る気配もあったが、何処までも心は凪いでいる。
完全に頭の中まで覗かれる状況にない事に感謝した。
「少しでもお前が邪魔になれば、その時は覚悟しておくのだな。だが、俺の邪魔をしないというのなら、歓迎しよう」
ロキは油断のならないニヒルな笑みをその顔に浮かべると、両手を広げてバシムに告げた。
「ようこそ、アースガルズへ!」
蜃気楼のようなこの世界で、助けが来るまで茶番を演じなければならない。
心底面倒くさくは思っていたが、バシムは静かに笑みを浮かべて恭しく頷いた。
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