譲介タイムスリップ話の第一話(いずれ譲テツになるけどまだTETSUはいない)
譲介をタイムスリップさせて~な!TETSUおじさんの発病前に!と軽~く思ったらなんかすごい枝葉が楽しくなってしまい……。次からは本筋になるはず。先は長い。
オチまでのプロットはできたので、ちゃんと続いて8月か11月に本になったらいいな。わからん。
@alikiri
和久井譲介がUSMLE、米国医師国家試験STEP2の合格通知を貰ったのは、つい昨日のことだった。
昨晩はあちこちに報告をして、祝いのメールや電話に礼を返しているうちに深夜になっていた。メディカルスクール在学中の受験だったので卒業まではまだあるが、とりあえずまたひとつハードルを越えることが出来てほっとする。
明けて今日は、朝倉省吾から『お祝いしよう!』と呼び出しがあり、クエイド財団本部のオフィスに向かって車を走らせているところだ。朝倉の誘いはいつも通りの軽いノリだったが、おそらく今後の身の振り方の話にもなるだろう。試験はまだSTEP3が残っているが、朝倉のことだから財団の系列病院に研修医の枠を用意するとか、具体的な話を用意してきているかもしれない。
この八年、朝倉には本当に何から何まで世話になる。
その八年前、譲介が渡米の際に死に水を取ると一方的に宣言した男からは、メディカルスクールに入った四年前から定期的に本人のカルテが送られてくるようになっていた。
病状は一進一退。とはいえ妙なフットワークの軽さは相変わらずのようで、ときどき思わぬ方面から噂話が入ってきて肝が冷えたのも一度や二度ではない。
合格の連絡は昨日真っ先に送ったのだが、まだ返事はない。
財団本部に到着した譲介は、車を停めて正面入口から中に入る。IDカードは貰っているので、朝倉のオフィスまでは受付を通らずまっすぐに上がれる。
今日もそうしようと、広々としたエントランスホールを通り抜けて――突然、真っ白な光に包まれた。
「何だ……!?」
眩しい。目を開けていられない。
譲介は思わず腕で顔を覆って、ぎゅうっと目を瞑った。
――それから数秒後か、それとも数分後か。
譲介がやっと目を開けられるようになると、周囲の様子はガラリと一変していた。
「なっ……!? なんだ、ここ……?」
真っ先に自分の身体を確かめるが、特に変化はない。今朝、自宅で着替えたのと同じジャケットとスラックスを身に着けているし、久しぶりに引っ張り出してきた革靴も履いたままだし、黒のカバンも変わらず手に持っている。
だが、ついさっきまでいたはずの、ロサンゼルス郊外にあるクエイド財団本部のエントランスロビーではない。
そもそも、室内ですらない。
広めの広場のど真ん中、目の前にはいくつもの高層ビル。今日はいつものような晴れだったのに、真上を見れば曇り空。
そしてなにより、ざわめきから聞こえる言語は日本語ばかり。
ロサンゼルス市に住んで八年。日常的に英語以外の言語も飛び交う場所ではあるが、たとえリトルトーキョーでだってこんなことはない。それもスーツやジャケットを身にまとったオフィスワークスタイルの東アジア系男女ばかりで、みんな頭が黒い。
というか、背後を振り返るとあるこの特徴的な赤レンガ――都民だったのはあさひ学園に居たほんのひと時だけな譲介でも知っている。
東京駅の丸の内だ。
「…………まさか、日本……?」
一瞬、夢か、と思う。
でも、譲介の身を包んでいるのはとてもそうは思えない現実感だ。そもそも譲介はあまり精彩な夢を見るタイプではない。
麻酔で眠らされている間にVRか何かでも被せられた? いや、それだってさすがに、ここまで現実そっくりにはならない。それに手足も動くし、匂いや風もある。
だが同時に、なんともいえない違和感もある。湿度や気温が、とても南カリフォルニアではありえない。
一歩足を動かしてみると、普通に進んだ。
二歩、三歩。痛みはない。
と、向こうから歩いてきたサラリーマンの男にチラりと視線を向けられた。だがすぐに興味をなくしたように逸らしてすれ違っていく。次の男はこちらを見ない。その次の女も。さらに次の男女は、何やら真剣な顔つきで話し合いながら歩いていて譲介など気にも留めない。その後ろの男とは、一瞬目があった。だが、やっぱりすぐに逸らされる。
――どうやら、僕は本当に『居る』らしいな……。
突然、幽霊か何かになったわけではないようだ。
そしてやっぱり、妙な違和感がある。
そのまま歩き続けて駅舎に入ると、キオスクが目に入った。これも、違和感があるが――よく分からない。
だが店先に新聞が並んでいるのを見てこれだ、と駆け寄った。
――ここがVRでも巨大なテーマパークでも、夢の中でもいい。新聞まで精巧に作り込まれているっていうなら、それはそれで感心してやるよ!
そんな思いで一部を抜き取ってすぐ右上をみて――思わず声が出た。
「平成――平成?!」
その隣の西暦も二ではなく、一からはじまっていた。
一九九五年。
せんきゅうひゃく、きゅうじゅうごねん。
その数字を認識した瞬間、譲介は違和感の正体に気がついた。
ファストファッションとは無縁そうな服の作り。髪型やメイクから感じるなんともいえない野暮ったさ。
そしてだれも、スマートフォンを持っていないし通話もしていない。
こんな都会でこんなに人間を見て、そんなことがありえるか?
つまり、これは。
――タイムスリップ? そんなバカな。ありえないだろ。
そう。ありえない、はずだ。
この手にしている新聞だけなら、レプリカを作れるかもしれない。すくなくとも一面だけのハリボテではないし、広告もしっかり入っているからさぞ面倒だろうが、出来ないことはない。
でも、人は? この場所は?
譲介は本物の東京駅をよく知らないので、確かに細かい違いは分からないが、これがフェイクだとしたらあまりにも手が込んでいることはわかる。
現実だと思った方が、簡単なくらいに。
「お兄さん、日経なら一六〇円だよ」
呆然としていると、突然店員の女性に話しかけられて肩が跳ねる。
「は、はい?」
「だから、一六〇円」
その応対は、プログラムにも、演技にも、思えなかった。
中年女の顔を見ながら、ひとまずこの新聞を買ったらここを離れよう、と決めた。
ひとりになれる場所で状況を整理したい。
「えーと、すみません」
そう言って譲介はポケットを探って――すぐに愕然とする。
円。エンだって? あるわけがない。
僕はついさっきまで、二〇二九年のロサンゼルスにいたんだぞ。
ポケットの中、指先に触れた馴染みのある感触に、安心感を覚えると同時に冷や汗をかく。このスマートフォンがどんな状態かいますぐ確かめたいが、ここが一九九五年だというのなら人前で取り出すわけにもいかない。
そんな譲介の様子を見て、キオスクの女は呆れたように眉をひそめた。
「お兄さんそんな格好してるのに、お金ないの? 財布落としたんかい?」
「あーいや……。……えーと、そう、実は今朝、日本に帰国したばっかりでして。まだまったく換金してないのを思い出したんです」
「あらっ、そーなの。だからそんな頭なんだ? それじゃあ、成田に朝ついて? そんでここまで?」
「えっ、ええまあ……。で、ここから一番近い外貨両替所って、どこでしょう?」
「さあ……? そっち出てから第一勧銀か、あさひ銀行かねえ」
「すみません、ありがとうございます」
まったく聞き覚えの無い銀行名が混乱に拍車をかけたが、なんとか上滑りの嘘を捻り出してその場を離れる。変な客、と言わんばかりの視線を振り切るように、ひとまず指し示された方向へ向かって歩き出した。
手近なビルのエントランスに入り込んだ譲介は、さも待ち合わせでもあるかのような顔をして、入口近くのソファに座った。
今日は朝倉のオフィスに顔を出す予定で、それもクエイドの別拠点から出張で来ている人間を何人か紹介すると言われていたから、着慣れないスーツスタイルだったのが幸いした。しかも『今夜のディナー、良いトコロ奮発したよ』と事前に脅されていたおかげで、ワイシャツにジャケットどころかネクタイまで締めている。
おかげで、九〇年代の丸の内に溶け込むことができていた。もしも、いつものユルい西海岸スタイルのままだったら浮いているどころの騒ぎではなかっただろう。
きょろきょろと周囲を見回して、柱や観葉植物でビルの利用者から視線が切れているポジションに落ち着けたことを確認すると、そうっとポケットからスマートフォンを取り出した。
「うわっ…………マジか……」
何かにぶつかった覚えはないし、身体はどこも痛くない。だが、時間移動の衝撃――とでもいうのだろうか。先日買い替えたばかりの米国製のスマートフォンの画面には、パッキリと大きなヒビが入っていた。タップしても電源ボタンを長押ししても、ウンともスンとも反応しない。いわゆる文鎮状態だ。
残念ながら、充電機器は車の中に置きっぱなしだ。スーツにあわせていつもと違うカバンで出たから持ち歩いてもいない。
そして、本当にここが三十四年前の東京なら、充電ケーブルやらモバイルバッテリーやらを調達できるかなど試すまでもなく無理だろうと分かる。
スマホが手元にない、使えないという事実を目の当たりにして、なんともいえない不安が足元から登ってくる。
同時に、譲介はそんな自分にも呆れもした。
――あの村で過ごした六年強、モバイル機器なんて持ち歩きもしてなかったくせに、いまじゃこんなんかよ。
そう溜息をつくと同時に――ハッとする。モバイル機器なら、もうひとつあるじゃないか。
「そうだ、パソコン……!」
急いでカバンの中を探り、愛用のラップトップを引っ張り出す。調べ物からレポート、リモート会議から師や友人知人との連絡まで。だが、カバンの容量の大部分を占めていたそれは、残念ながらスマホと同じような惨状だった。
割れたディスプレイを確認して、がっくりと肩を落とす。こちらは充電機器を持ち歩いているのでコンセントが使える場所で充電が試せなくもないが、いまのところそのアテはない。
紙製品は問題なかったようで、一緒に入れていた二冊のノートは無事だった。といっても、中身に変化はないし、何か特段役立つことが書いてあるわけではない。いつものノートだ。
譲介はそれらをカバンの中に戻すと、財布の中を開けた。当然、中にあるのはアメリカドルだけ。それも、日常的に電子決済を使う生活をしているので大した額ではない。
財布に入れていたいくつかのカードや身分証のうち、クエイドのIDカードだけを抜きとると、ジャケットの内ポケットに入れた。もちろん、現在のクエイド財団に照会をかけられてしまえば偽造だとすぐにバレるだろうが、誰かに声をかけられた場合に口八丁で切り抜けるには英語の身分証のほうが都合が良い。かわりに、分かりやすい位置に生年や有効期限の記載があるドライバーライセンスと、在留八年を越えてもまだ持ち歩いていた日本のパスポートはカバンの奥にしまい直す。今年生まれの成人の身分証など、偽造でなくてなんだというのだ。
最後に、一応キャッシュをいくら持っているのか数える。だがたとえ何ドル持っていようが、このままではどこへ行くにも食べるにも使えない。さきほどのはとっさの言い訳だったが、やはり両替できるならしたい。
しかし、ここは一九九〇年代。この新札がいつから流通しているものかは知らないが、たとえ日本であっても両替は無理な気がしてきた。
――ん、新札?
はた、と譲介は首をかしげる。
そう、新札だ。譲介は米国に住み始めるまで、米ドル札の実物を手にしたことはなかった。渡米してからも券面刷新の計画があったことは知っていたが実際に発行はされていないので、これがこの数年いつも使っている見慣れたドル紙幣だ。
だが譲介は、この手元にある、両端がグラデーションカラーのデザインが新しい券面だと、知識として知っていた。
あっ、と思い出して、譲介はまたカバンを漁った。
もしもの場合の隠し金として、充電ケーブル入れにしているポーチの底に仕込んでいた紙幣を取り出した。折りたたんだ二〇ドル札が数枚。それも、どれも財布に入っていたものとはデザインが違う。同じ顔、それも銀行に手厳しかったくせに紙幣に印刷されたという男の顔なことには変わりないが、ホログラムがない。一世代前の技術で作られた、旧札だ。
渡米したばかりのころ、釣銭などでたまたま入手した旧札を物珍しさから避けておいていたのをいまのいままで忘れていた。
さらに、財布に入っていた紙幣のうち、長らく刷新されていないと有名な五ドル札、一ドル札もあわせれば、一応ある程度の金額にはなった。銀行窓口に持って行ってみる価値はありそうだ。
ひとまず現金を財布に戻した譲介は、膝に置いたカバンの上にノートを広げてペンを持つ。そして左上に今数えたアメリカドルの総額と、そのうち換金できそうな分の内訳を書きつけた。
と同時に、急に地に足のついた感覚がやってきた。
見たこと聞いたことを、なんでも書くこと。思考を整理すること。後で見返せるように。
そうだ、これが自分のスタイルだ。
そう確信して、ペンを走らせる。
では――もしこれを両替できたとして。
日本円を手に入れられたら、どうするか。
譲介は、ここまで目を逸らしつづけていた本題に、正面からぶつかることにした。
なぜ譲介がここに居るのか、もちろん原因も理由もさっぱりわからない。タイムスリップなど、現代科学では実現不可能なはず。ついさっきまで居たはずのクエイド財団本部のロビーには、譲介以外の人もたくさん居たのに、譲介だけがここに居る。だから考えるだけ無駄である、とも言える。
ただひとつ事実として認めるとしたら、いま居るここが一九九〇年代の東京である、ということだ。
実のところ、譲介自身はあまり東京に馴染みがない。物心がついた頃から児童養護施設を転々としてきたが北馬区にあったあさひ学園を除いてどこも地方都市だったし、そんな身分では東京駅からどこかに遠出するような用事も金もない。今までの人生で最も長く住んだ場所はいまのところロサンゼルス。次点であのN県T村の診療所が最長だ。
それでも、いくつかはGoogleMapを封じられた今でも行けそうな場所はある。さらさらとペンを走らせると、三つの場所を書き出した。
ひとつめ、帝都大学。これは駅名にもなっているから路線図があるし、交番で道を聞いてもいい。ただし、一也や宮坂、または医学論文から聞き覚えのある名前の教授は何人かいるがこの時代にも在籍しているのかは謎だ。そもそも、譲介自身は面識がない。頼れる誰かがいるとは思えなかった。
ふたつめ、西城総合病院。あの事件の時に行ったきりで、場所はだいたいしか覚えていないが、西城といえば医学界の名門なのでこちらも道を聞けばいけるだろう。
だが、西城家の人間たちのことをほとんど知らないのは帝大と同じだ。突然現れた怪しい人間を受け入れるかには疑問が残る。唯一、KEIとはそれなりに面識があるが昔はとんでもないレベルで『ヤンチャ』だったらしいという噂は知っているのであまり会いたくはない。
みっつめ、黒須家。これも最寄り駅を覚えているし、本当にここは二十三区内かと思うような大きくて古い屋敷だったので、迷わず辿りつけるだろう。
――ただし。
譲介は開いているページの最上部に、さきほど新聞に印字されていた年月日を書きとめる。
一九九五年。和久井譲介が生まれた年。ということは、同級生である黒須一也の生年でもあるということだ。
一也の誕生日は年末近い。黒須麻純があの屋敷にいるなら、すでに妊娠中であろう時期だ。
ここが、漫画やアニメみたいによく似た別の世界なのではなく、本当に自分が生きた時代を遡った過去なのかを確かめたいのならば、そこに行くべきだろう。
三歳で保護されたのがどこかすら覚えていない譲介は、自分の生まれた街を知らない。いまの和久井京介と和久井鈴子がどこに住んでいるのかなど、知る由もない。
ここが地続きの過去かどうか確かめるには、一也の存在を確認するのが手っ取り早い。
――いや、違うな。
そこで譲介は、重要な見落としを思い出した。黒須一也の出生の秘密。代理母となった黒須麻純により秘密裏に出産された史上初めてのパーフェクトクローン。
だから黒須麻純は都内の実家ではなく、この時代のKであるKAZUYAの叔父だという一昭の持つ研究施設に身を寄せている時期のはずだ。
ううん……、と、譲介は唸った。
やはり、その当代のK――KAZUYAを探すべきか。
一也と同じ遺伝子を持つ男。その男が生きているというのなら、一目見てみたい気持ちは――正直に言うと、ある。
それに、周囲を惹きつける医術やカリスマと同時に、情に厚い男だったとも聞く。
この状況の譲介の話を信じてくれるかは分からないが、何かしらの導を示してくれそうな気はしていた。
とはいえ、譲介がKAZUYAについて知っているのは断片的なエピソードで、具体的にいつどこにいたのかまではほとんど知らない。死亡したのは一也が三歳の頃だったはずだからあと三年。晩年は病に蝕まれていたとも聞くが、死の直前まで世界のあちこちで名を残しているし、そもそも日本にいないかもしれない。それこそ帝大にいけば、なんとか連絡手段はあるだろうか?
実際はこの頃のKAZUYAは、某所で校医をやっていたのだが、当然そんなことは知る由もない譲介はノートを前に頭を悩ませる。
帝大よりも、どこかの病院のほうがいいかもしれない。朝倉雄吾と共にKAZUYAと親しかったという高品龍一とか。もちろんいま譲介の手元には彼の情報はないが、東京都内で開業しているのなら探せそうな気もした。
KAZUYA、KEI、黒須麻純、朝倉雄吾、高品龍一――と書きつけたところで、手が止まる。
そして深呼吸をして、続ける。
――ドクターTETSU。
会いたいか会いたくないかで言えば、会いたい。
でも同時に、怖い。
三十一年という、絶対的に届かない差だと思っていたものを、もしかしたら越えてしまっているのかもしれないのだ。
でもどうせ、譲介には特定の住居を持たない彼にたどり着く手段はない。
カルテを送ってきていたアドレスは覚えているが、電子メールをいつから使っていたのか知らないし、そもそもこの時代に実用品なのか情報通信分野は専門外の譲介にはよく分からない。
TETSUの過去について譲介が知ることは、彼自身から聞いた冗談みたいな冒険譚や、他人づてに聞いたいくつかのエピソードのみ。譲介を拾う前のことで明確な年月が分かっているものといえば、一也から聞いた腹部ポート手術の件と朝倉の父から聞いたクエイド財団時代の話くらいだ。前者は一也が中学生の頃だったのではるか未来の話だし、後者も残念ながらいまこの年月から起算してももう過去の話だ。
――やっぱり、あそこしかない、よな。
譲介は、TETSUの名前の一行下にこう記した。
神代一人。
本流のKを支える影の一族である彼が、いつからKを名乗り医師免許を得て、村の外に出るようになったのか、詳細な日付までは知らない。
だが、当代のKたるKAZUYAが存命である以上、譲介にとってのKはあの村に必ず居る。
いろいろ書き出して、考えてはみたが、やはりN県T村以外に譲介の拠り所はないのだ。
「……よし!」
ぱたりとノートを閉じると、譲介は気合を入れて立ち上がった。
とりあえず、行動を起こしてみないことには何も始まらない。
持ち物を全てひっくり返しても、やはり換金できそうなものは辛うじて米ドル札だけ。いまさらアクセサリーも腕時計も何もつけていなかったことを悔やんでも仕方がない。スーツには腕時計があったほうがキマるよと言っていた朝倉の顔が脳裏に浮かばなくもないが、アレはたぶん、もしもの時に換金性が高いブランド物腕時計の話ではなくてスマートウォッチの話だ。
こうして質屋に売れそうなものは何もないと分かった以上、両替を試してみるしかないだろう。まずは銀行に行ってみよう。
そうして銀行に向かった譲介は、ウィンドウ越しの為替レートボードで一ドルが三桁円を切っていて目を回し、なんとか両替を済ませたあともそこからとって返した駅のみどりの窓口で北陸新幹線が開業前と知って二度、目を回した。
語感だけで選んだあさひ銀行の窓口で、多少怪しまれつつもなんとか換金を済ませた譲介は、さきほどのキオスクに戻ると全国紙を一部購入した。生育環境が良いとはとてもいえない平成生まれ現代っ子(いまは『未来っ子』)だが、これでも進学校の卒業生。紙の新聞の読み方くらいわかる。
久しぶりに手にした、二羽の鶴が描かれた紙幣を差し出して、硬貨の釣銭を受け取る。五百円玉以外は出国直前まで使っていた馴染みのあるものだ。まあ、昭和の刻印だってあるのだから当然なのだが。
いまさらながら、さきほど両替してきたドル紙幣の札の通し番号や製造年は大丈夫だっただろうか。一見すると窓口担当者にはおかしなところはなかったようで受け取ってもらえたが、まずいことをしてしまった気もする。
とはいえ先立つものが無ければなにもできない。いったん、頭の外に追いやることにした。
そう、問題は、この一万円にも満たない軍資金でどうやってN県まで行くか、だ。
譲介が渡米する直前あたりから円安が続いていてすっかり忘れていたが、円高に振れている時期ならドル円レートは百円を割ることもある。何年か、下手すれば数ヶ月待てば確実に下がるだけに口惜しいが、先立つものがなさすぎて背に腹は代えられない。
そんな懐事情なのでいま新聞を購入するかも悩んだが、何しろスマートフォンもラップトップも――というか、インターネットがないのだ。少しでも情報が欲しい。正確にはもう日本にもサービスプロバイダもありダイヤルアップ接続は存在する黎明期ではあるのだが、譲介はそのことを知らないしアクセス手段もない。
手に入れたばかりの朝刊を小脇に挟みながら、在来線の改札口へと向かう。券売機の上の路線図を見上げながら、しばし思案する。もちろん交通系ICカードなどありはしない。
北陸新幹線はないが、東海道新幹線は開通済みだ。あれが昭和にあったほうの東京五輪に合わせて開業された『夢の超特急』というのは譲介も知っている。この数年は日本のメディアからすっかりご無沙汰だったが、村に居た頃はよく待合室のテレビがついていて、こういった現代史と雑学の合間のような知識が意外と耳に入ってきていた。
これに乗って、S県あたりまで行ってから北上すればいいか? いや、またみどりの窓口に戻って三十四年前の金額を確認してからではあるが、特急券を払う余裕はない気がする。となると、やはり在来線で東京を西に突っ切り、Y県から入るルートか。
それでいったい何時間かかるのか、途中で路銀が尽きないか。これがいま最もコスパが良いルートなのか。とくに”鉄”の素質はない譲介にはいまいちカンが働かない。
――あーくそ。ネットが欲しい。
譲介ががしがしと頭をかき回したと同時に、ぐぅと腹の虫が鳴った。こんな時でも腹は減るらしい。
「……先に何か食べるか」
それも、できればカレーがいい。
頭を切り替えて路線図をチラ見した譲介は、初乗り運賃分だけ購入すると、ちょっとだけドキドキしながら改札機に切符を通した。
移動先の駅前で、周囲をぐるりと一周した譲介は、一軒の丼物屋に目をつけた。店前の券売機でカレーを購入し中に入る。カウンターと座敷の並んだ店内を見回して、空いていた最奥のカウンター席に座る。
「普通盛りで」
「あいよ」
いつのまにやら昼時をとっくに過ぎてしまったこともあり、店内にサラリーマン風のスーツ男はほとんど見かけない。代わりに、近くの市場や配送センターで働いていると思わしき人間ばかりだった。朝が早かったり、はたまた逆に深夜帯に働く人間も多いので、早めの夕食というところだろう。
――レトロ好きなら、もうちょっと興奮するんだろうけど。
譲介にはあまりそういう素養はない。要所要所に昔懐かしさや物珍しさを感じはするが、それだけだ。
それよりも、ここからどうやってT村まで行くのかの心配事が大きい。
近くのオフィスビル街ではなく、市場のほうはここにくるまでにも軽く覗いてみたが、大量のトラックが日常的に全国へ行き交っているようだった。
ヒッチハイク、とか。いけるかな。
昔ならば無理だったろうが、いろいろと経験を積んだいまの譲介ならばその程度のコミュニケーションは余裕だ。問題は二十歳そこそこの若造ならともかく、三十すぎたいい大人を乗せてくれるかどうかの心配だ。
あとは八年間の北米生活で染みついたいろんなものを胡散臭く思われやしないか――だ。先日、オンラインで話した宮坂に『和久井くん、喋り方がときどき朝倉先生っぽいよね』と言われたのをちょっと引き摺っているのだ。しょうがないだろいま一番日本語で喋る相手なんだから。
ちょっと思い出して腹をたてつつ、出てきたカレーに手を付ける。うまい。カレーはいつでもうまい。
ごろっと入っていた大きなジャガイモを飲み込んでから、ヨモツヘグイの逸話を思い出したが、気にしないことにする。食事と睡眠を疎かにするのは不健康の第一歩だ。
付け合わせの福神漬けもたいらげて、あとほんの二口で食べ終わろうかというとき、背後でドタン、と大きな音がした。
「お、おいっ!?」
「どうした!?」
驚いて振り返ると、座敷席に男が倒れていた。
譲介は反射的に立ち上がると、スプーンを放り出して駆け寄った。一緒に食事をしていたらしい連れの男たちが慌てて揺すろうとするのを「動かさないで!」と制止する。
「あ、あの……?」
「なんだ、どうした?」
「きゅ、救急車呼んだ方がいいんじゃ……」
ざわめく中、首に触れつつ、顔を近づけて呼吸を確認する。意識はなし。失神しているらしい。
倒れたときの側位の姿勢からは動かさず、そばの座布団を引き寄せて頭の下に入れる。譲介は顔を上げると、同僚らしい男たちに問いかける。
「すみません、この人いま、どんな風に倒れました?」
「ど、どんな風って?」
「立ち上がってすぐ? それとも、歩き出してから?」
「ええっと、立ってすぐだ。こう、フラーっと……」
同僚らしい男は、言葉にあわせて斜めにたたらをふむような動きをした。
それが典型的な血管迷走神経反射の場合とは違うように思えて、眉根を寄せる。だが、なんの診療器具も手元にない。
ひとまず脈を図るために右袖を少しめくると同時に、倒れた男が身じろいだ。かは、という空咳のあと、うめき声が漏れる。
「ンッ……ううん……?」
「あっ、起きた!?」
「はあ、なんだ……おい、大丈夫かよ」
「あ……?」
「まだ起き上がらないで! ゆっくり呼吸して。お名前は?」
「や、山倉……だけど……」
呼吸は安定している。皮膚症状もない。アナフィラキシーは除外してよさそうだ。じっと目を合わせながら質問する。
「あなた、倒れたんです。いまどこにいるかは分かりますか?」
「ああ……えっと、飯食って、そろそろ戻るかって……」
「前にもこんな風に、倒れたことありますか?」
「……たしか先月も……でもあんときゃ風邪気味で、」
そこまで聞くと、譲介は顔を上げてカウンターを振り返った。
「店員さん! すぐ救急車、呼んでもらえますか」
「あ、ああ……! わかった」
店長らしい男が電話をしに行ったのを確認して、また男に向き直る。この間も、手首を持った腕は離さない。
「え、ええっ? いや困るよ、もう大丈夫……」
「ダメです。あなた、不整脈ですよ。今すぐ病院に行って、心電図を取ってもらってください」
「え……」
「お、おい、やばいのか?」
どよめいた周囲に対して、「どなたか外に出て、救急車が来たら誘導してください」と指示を出す。また患者に向き直ると、両手に軽く触れた。
「手、握れます?」
「え、ああ……? あれ?」
「痺れる感じ、ありますか」
「うん……」
「他はどうですか? 痛い所とか、苦しいとか」
「か、肩が……」
「右? 左?」
「こっちの……」
「ちょっとだけ触りますね。……倒れた時にぶつけたかな。ただの打ち身だと思いますけど、これも念のため病院で見てもらって」
「あ、ああ……」
そうこうしているうちに、救急車が到着した。やってきた救急隊員に症状を説明し、引き渡す。
そうして救急車が去るとやっと、店内は落ち着きを取り戻し始めた。
「ふう……。えーと、それで、さっきの人の職場への連絡は……」
「ああ! 俺たちがするから大丈夫だ。それよりあんたすごいな!」
「お医者さんだよな? どこの病院の人だい?」
わっと、一部始終を見ていた客たちに詰め寄られて、一瞬たじろぐ。
――どうする? いや、医者は不味いな。
譲介は一瞬考えると、「いやいや、そんな。まあ、その卵みたいなもんです」と曖昧に答えた。ペーペーの研修医ならまだ薄給で、と誤魔化せる。学生と思ってもらえればなお良しだ。
「ってことは、医大生か。どこ大なんだい? 今日は休みかい?」
お、学生でいけるらしい。北米生活が長いと、若く見られるのが生来の顔つきのせいなのかアジア系ブーストなのか自分では判断つかない。
「実は、日本の大学じゃなくてアメリカの大学に通ってるんです」
譲介の言葉を聞いて、周囲に集まってきていた人間がまたざわめいた。
「へえー! アメリカ!」
「すげえなあんちゃん。だが、となると何でまたここに?」
「親戚に用事があって一時帰国して来てるんですが……実は、手違いがあって手元のお金が心もとなくて。帰りの飛行機まではまだ何日かあるので、誰か乗せて行って貰えないかなあとここに……」
ははは、と、バツが悪そうに頭をかいて見せる。
――こんな、本心を隠し無意味に他人を騙すような真似は、誓ってここ十年以上やっていない。だが、なんら詰まることなくすらすらと嘘が口をついて出てくる自分に、譲介は内心吐き気がした。
そんな心中を知る由もない長距離ドライバーたちは、医者顔負けの手腕を見せたばかりの青年の可愛らしい一面がははと笑った。
「いいぜ! どこまで行きたいんだ?」
「全国に行くやつがいるからな。どこでも見つかるぜ」
「行きたいのはN県なんです。親戚がいるのは山奥のほうなんですが……泉平のあたりまで出れれば、あとはバスが」
「N県の泉平? おいおい、今夜の俺のルートだぜ! 乗ってけよ兄ちゃん」
そう言ったのは、いましがた倒れた男と一緒に食事を取っていたひとりだった。
「本当ですか!?」
「詰みこむ荷物がまだ揃ってねーのと、いま運ばれてったアイツの担当分の調整せにゃならねんで、出発は夜中近くなると思うが。構わねえか?」
「もちろん。助かります」
こうして、譲介はN県へ向かう足を得た。
>>次話
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「1995年にまだ○○はないぞ」系のツッコミ歓迎なので、ソースを添えて連絡ください。
https://privatter.net/m/alikiri
医療描写は素人の書いた物ですので何も信じないでください。
2029年の未来人からのツッコミも歓迎ですけどついでに原作の也宮がもう付き合ったかも教えて。
K先生の年齢については33話(2005年夏・仮定)の「15年以上前に13歳」を採用、1990年(かそれ以前)に13歳=95年は18歳、で行く予定です。
(この直後、35話の「(同級生の氷室が)高校進学で村を出て”すぐ”が”10年前”」はいったん棚上げ)