大包平まとめ
大包平が大好きだ!!(/・ω・)/
大包平について調べたことをまとめました。参考程度にどうぞ。
新しい資料との出会いで随時更新。
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大包平まとめ
太刀 銘 備前国包平作(名物大包平)
作者:古備前包平
時代:平安時代後期?(12世紀)※包平の明確な活躍期は不明
刀種:太刀
刃長:89.2㎝(2尺9寸4分5厘)
茎 :備前国包平作 ※国はロにメのような形
所蔵:東京国立博物館
区分:国宝(国宝指定年月日:1951.6.9、指定番号(登録番号):00011)
・大包平(おおかねひら)とは
平安時代の末ごろに備前国(現在の岡山県)で活躍した古備前の刀工、包平(かねひら)によってつくられた太刀。「太刀 銘 備前国包平作(名物大包平)」の名称で国宝に登録されている。
勇壮な姿、精美な地鉄、変化に富んだ華やかな刃文を備え、日本刀の中で最高傑作の一つとして名高い。非常に保存状態が良く、平安時代に作られたころの状態を最もそのままに残している可能性が高いといわれる健全無比の名刀。3尺近いその長さから大太刀といわれることもあり、大包平の名前の由来は定かではないが、「大」は長大さや偉大さを意味していると考えられている。
長い太刀は通常、強度を増すために重ね(刀身の厚さ)が厚く作られるため2kgを超えるが、大包平は2尺9寸(約89.2cm)もの長さがある幅広い大作でありながら重ねが薄く作られており、裏表には棒樋(刀身にある溝)が入り軽量化の工夫がなされ1.35kgと非常に軽いつくりになっている。大包平の樋は刀身の重量を軽くさせ、なおかつ打撃を受けたときに衝撃を吸収する仕組みになっている。昭和のころに刀鍛冶が大包平の写しを作る際に軽さを再現しようとしてもここまで軽くできなかったと書かれていたことからも高い技術力をもってつくられていることがわかる。
「古くは池田輝政の逸話が残ることから池田輝政の愛刀」といわれ池田輝政の所持が定説になっているが、史実上では輝政の孫の光政の日記(池田光政日記)において1652年2月15日に「三左衛門具足着初之覚(さんざえもんぐそくのきぞめのおぼえ)」の中に出てくる記述が明確な年代の残る池田家最古の記録である。池田光政から廃藩置県まで岡山城城主を務めていた備前国岡山藩池田家に代々伝わり、1967年に国の買い取りとなった後、現在では東京国立博物館に所蔵されている。
藩主交代の折に大包平をはじめとした3振の刀を次代の藩主が受け取っていたり、池田家の宝物について書かれた書物(調度記)には最初の巻の一番目に大包平の名前を記したりしたことからも重宝として伝わっていたことがわかる。昭和初期にも池田家では大包平を門外不出の品として扱うほど大切にされていた。大包平を入れていた刀箱にも「門外不出」の文字が書かれている。
ちなみに現在所蔵している東京国立博物館で展示の際のキャプションは「太刀 古備前包平(名物 大包平)銘 備前国包平作」となっており、作成時期は「平安時代・12世紀」と書かれている。
(/・ω・)/「大包平と並ぶ名刀には童子切安綱や久能山の真恒があげられることが多く、大包平と童子切安綱、もしくは久能山の真恒をまとめて「東西の両横綱」ともよばれます。「西に大包平あり、東に童子切あり」とも書かれますが両横綱とはこの上なく優れたものが二つあるさまの意。厳密にはどっちがどっち、というものではないけどこういう表現が多かったです。名刀の代名詞にも用いられる大包平ですが、日本名刀100選 (佐藤寒山)には『一期一振は生ぶのままで焼けずに残っていたら大包平や久能山の真恒に匹敵する天下の大名刀であっただろう』なんて書いてありました。ちなみに一期一振は摺り上げられる前の生ぶの状態では二尺八寸三分あったそうです」
※「西に大包平あり、東に童子切あり」と書かれている書籍参考
本阿弥光遜 著『刀談片々』,南光社,昭11. 国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/1256603/1/102?keyword=%E5%A4%A7%E5%8C%85%E5%B9%B3
参考:林原美術館「ハレの日、装う
― 節句・成人・婚礼の祝いと華やぐ意匠
― 」
2020年2月15日~3月29日まで池田光政日記の大包平のページが公開されていました。
告知に大包平(大兼平)のページが掲載されています。右端の横に三つ並んで書いてあるところです。
http://www.hayashibara-museumofart.jp/cgi-image/636/636_ibWsfSzCDpVJFGXHingnTCgxHKWsNzOukyqtmJEQnhsxMvEjth.pdf
林原美術館 記念展「みんなで選ぶ、林原美術館名品総選挙」
2024年年10月1日(火)~12月15日(日)
|ω・)o○(大包平最古の記録が載ってる本だぞ、と皆様に呼びかけをさせていたいたからか元の人気が高いのか、池田光政日記はなんと投票4位にて展示が決定いたしました。岡山の友人が初日に見に行き「大包平のページが開かれている!」とのご報告を受け、行ってみたらなんと投票者のコメントは自分が選ばれていました
… 。大包平関連だぞーと書いていたおかげか、審神者様が九鬼正宗刀剣乱舞コラボで訪れてくれることを意識していただいたのか、過去の展示ポスターや新聞記事で大包平がたびたび登場しておりました。ここは以前大包平が岡山藩池田家か寄託されていました。ちなみに展示室入り口前で流れている映像の中で林原一郎氏が手に持っている大きな日本刀は大包平です)
・作風
姿は幅広で、長寸、腰反りで、踏張りがつき、切先は猪首ごころで力強く堂々としている。地肌は小板目がつみ、地沸が厚くついて、地景がまじり、映りが立ち、鍛えには少しのゆるみもない。刃紋は小沸出来で、互の目乱れに小丁子を交え、足や葉がよく入って働きがあり、帽子は浅く乱れこみ、掃きかけ、二十刃風で大丸ごごろに返る。表裏には広い棒樋を掻き流し、茎は全くの生ぶの形で、勝手下がりの鏨目があり、銘は居住の国名を冠し、鏨の打込みが強く堂々と大書している。(『名物大包平の太刀(新収品研究・紹介)」』より抜粋)
同時期につくられた刀剣には細身で優雅な太刀が多いが、大包平は力感あふれて堂々としている姿をしている。少しのムラもない小板目は殊に美しく、悠々とした刃文を携え、反りにある鎬造りの刀剣が現れた最初の時期にもかかわらず地金や刃文の出来が抜群に優れているといわれる。
昔は横手(切先の下部の線)より一寸余り下、刃の上に切り込みがあったが現在はなくなっている。
大きさの割には軽量で、裏表に棒樋が入ることからも軽量化の工夫がなされている。さらに反りのカーブや厚みの調節などがなされてあり、手に持ったときには軽く感じるようなバランスでつくられている。
茎には「備前国包平作」とある。茎の上から二つ目の穴は拵えをつける際の俵鋲(たわらびょう)を打つためのもの、茎尻の欠けは手貫緒(てぬきのお)を通すためのものかと思われる。俵鋲は太刀の柄の鮫皮の上に打つ鋲。手貫緒は柄の一番端の部分についている紐。使用の際に刀を取り落とさないためのもので飾太刀拵に見られる。
切先には二重刃が見える。猪首切先で幅広などの特徴から大典太、ソハヤノツルキウツスナリと似ていると表現されることもある。
長さ 2尺9寸4分5厘(89.23cm)
反り 1寸1分5厘(3.48cm)
元幅 1寸2分2厘(3.7cm)
先幅 8分4厘弱(2.55cm)
元重ね 2分5厘弱(0.75cm)
先重ね 2分弱(0.6cm)
鋒長さ 1寸2分2厘(3.7cm)
茎長さ 7寸7分(23.33m)
茎反り 1分強(0.31cm)
(/・ω・)/「太刀は刃の長さが二尺(約60cm)以上の佩刀する(腰に吊るす)刀のこと。大太刀の定義は決まってないけど、だいたい刃の長さが3尺(約90cm)以上とかいわれているから2尺9寸4分5厘(89.23cm)もある大包平はほぼ大太刀のサイズ。刃の長さは三日月宗近だと2尺6寸4分(約80.0cm)で、鶯丸や江雪左文字もこれくらい。大包平の全長(刃+茎)となると113cmほどになる。大包平すごく長いよ!あと大包平は地鉄が凄くいいんですって!!!」
東京国立博物館公式ブログ「1089ブログ」にて研究員の方が大包平についてめちゃくちゃ詳しく触れていただいております。
「トーハクくん、大包平で刀剣の魅力にふれる」
2026年に前田育徳会創立百周年記念 特別展「百万石!加賀前田家」の大典太の展示と大包平の展示が被る期間があり、2振りを見比べる機会がありました。
|ω・)o○(大包平の歴史を調べてみたらWikipediaや一般の刀剣書籍等で書かれている内容に違うんじゃないかなと思うことがありました。詳しいことはこの下にいろいろと書いてあります)
・愛刀家の池田輝政
池田輝政(1565~1613)は織田信長、豊臣秀吉、徳川家康に仕えた武将で、家康の娘の督姫と結婚したことから大大名となった人物。祖母の養徳院が織田信長の乳母をしていたため、父の恒興は信長とは乳兄弟にあたる。
池田恒興の次男として生まれ、小牧・長久手の戦いで1584年に父と兄の元助を亡くしたことから池田家の家督を継ぐことになる。父の亡き後は池尻城から恒興が治めていた大垣城へと移り、岐阜城、吉田城の城主となる。関ヶ原の戦いの前哨戦となった織田秀信の守る岐阜城の攻略に参加し、福島正則と共に功績を挙げた。関ヶ原の戦いの後には姫路城の城主となり、秀吉が築いた姫路城を大幅に改築し、白鷺城と称えられる優美な城郭を築き上げた。
池田輝政は他の武将と比較しても多くの刀剣を遺品として残し、いまに残る名刀を所持していたことから目利きに優れた愛刀家といわれる武将。彼が所持したという刀には毛利藤四郎、浮田志津、若狭正宗、池田来国光、池田貞宗(幽斎貞宗)、蜂屋江、面影(来国行)などがある。
刀好きの逸話としては、家臣の八田豊後が所持していた「笹露」とよばれる郷義弘の刀を欲しがった話が残っている。
※現存する刀では毛利藤四郎、浮田志津、若狭正宗はかつて皇室に献上された名刀。池田来国光、池田貞宗は重要文化財となっています。
池田家の刀剣に興味を持たれた方はこちらもどうぞ→
http://privatter.net/p/2388130
(/・ω・)/「池田輝政の愛刀として書かれている備前国岡山藩池田家に伝わる池田正宗かは不明ですが、池田正宗という刀を池田輝政が所持していたらしきことが駿府御分物刀剣(1616年)にのみ載っています。しかし、現在徳川美術館にある池田正宗は池田長吉(輝政の弟)が所持したことが名前の由来になるもので、伊達→池田長吉→徳川と持ち主が変わったため備前池田家は伝わっていないものと思われます。輝政の遺物を書いた池田分限帳にも日本刀がたくさん載っていますが、これからも読み取れないです。池田輝政のあとの池田家に名刀があつまっていたようで、いつの代からかは不明ですが、現在は数振しか現存しない五条国永の太刀のひとつも所持していました。この国永を現在は個人の方が所有しています」
|ω・)o○(『池田家ではこの大包平を池田正宗や池田来国光などの名刀とともに代々伝えていた』という文章を本でよく見ますが、おそらく池田家に伝わってない刀剣と代々というには短すぎる所持期間の刀剣なのです。情報ソースも不明なので知りたい
… 。毛利藤四郎と浮田志津は江戸から明治まで池田家にあったので『池田家ではこの大包平を毛利藤四郎や浮田志津などの名刀とともに代々伝えていた』って変えていきたい気持ちです。池田家に代々伝えていた刀には他にも、大包平と共に代々当主が持っていたという大原安綱と江義弘もあります)
・大包平は池田輝政の愛刀?
大包平の所有者は池田輝政というのが有名であるが、輝政の時代にあったかどうかは不明。
それというのも、池田輝政が持っていたという明確な資料がないためである。
佐藤寒山(1907~1978)の著書によると、岡山池田家の記録には大包平は輝政第一の愛刀で鎧着初の儀式には毎年輝政が着用した具足と大包平の太刀を飾ることが輝政以来のしきたりになっていると書かれている。しかし、該当する記録が見つからず、記述にある鎧着初と同一の儀式であると思われる具足初めは毎年行われるものではないため、成人の儀式である具足初めと鏡開きの元である具足開きを混同して解釈しているのではないかと思われる。
本間薫山(1904~1991)の本にも、光政の日記に見ゆる輝政の具足始の儀式に際しては、其の着用の甲冑とともに此の大包平を飾ることが行事になっているのである、と書かれている。(本間順治 編『国宝刀剣図譜』古刀の部 備前1,岩波書店,昭和13. 国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/1686078/1/19 )
明治43年発行の「刀剣談」には「幼少の光政が持つ大包平を光政の叔父の忠雄が所望した話があるということから大包平は池田輝政が持っていたものと思われる」と書かれている。しかし、どうやら「備藩外史別録」に載るこの話は登場人物の時代が史実とは間違っているらしいので、この情報が確実とは言い難い。
近年出版されている書物には「光政自身の具足初めに使われた」といったことが書いてあるものもあるが、光政日記以前の行事に使われた記述は見つからず、光政日記の記述にある光政の息子の綱政の具足初めからしか確認ができないため、間違った認識が広く知れ渡ったものと思われる。
昭和7年発行の「池田光政公伝.下巻」は池田家の家令の石坂善次郎が編集したもので大包平についても触れているが池田家所有の由来は不明と書かれている。
昭和15年に行われた『紀元二千六百年奉祝名宝日本刀展覧会出陳刀図譜』には「大包平は光政の祖父の輝政の随一の愛刀だと池田家の記録にある」と書いてあるがその記録とは何か不明。
池田輝政が大包平を気に入り購入した、池田光政が大包平を気に入り無理を言って購入した、などという話も目にするが、それを確証付けるものは見つからない。
池田輝政が所持するという説は多いものの、根拠になる原点の資料が見あたらないため、どの説が正しいのか、本当に輝政が持っていたのかは不明である。
尚、現在収蔵しているのは東京国立博物館であるが、国立博物館の国宝などを掲載するe国宝の解説文には「池田輝政の愛刀で、長く岡山藩主池田家に伝来した」と書かれている。
(/・ω・)/「要するに”池田輝政が持っていたという資料は残ってないけど、備前国岡山藩池田家があんなすごい名刀を持っているのは刀好きの池田輝政が入手したからだろう、多分。”ってことっぽいです。昔の刀剣の本をみると大正時代は光政伝来の刀とはいわれていたものの輝政の刀とはいわれてなかったみたい。輝政の孫の池田光政の書いた日記に1652年に大包平を飾ったことが書いてありますが、本阿弥光瑳(1578~1637)の名物刀記にも松平新太郎殿(※池田光政のこと)の欄に大包平の記述があるということから、本阿弥光瑳名物刀記が最古の記録っぽいです」
(/・ω・)/「かつて「この本に大包平は池田輝政の刀だったよ」と書かれていた本は登場人物と時代ががめちゃくちゃらしく、現代では信憑性がないもののようでして、輝政の愛刀の根拠が薄いのが現状です
… 」
|ω・)o○(岡山池田家について研究されている教授による『岡山藩主池田家の日本刀・大包平の謎に迫る講座』をお聞きしましたが、池田光政以前の所持について記録は残っていないとのこと。岡山池田家は光政の時代からなので、その前は藩替えもあったし、輝政がいた姫路城や武将や家臣の日記や神社などににでも大包平の記録が残ってないかなぁと
… 残ってるのならばその可能性になるのではないかと推測しております)
池田家文庫藩政資料の「輝政卿以来代々拝領之太刀.刀等書付」にも大包平の記載はない。
https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/300074181/3?ln=ja
●池田輝政の愛刀か、光政伝来の刀か?(個人の考察です)
池田光政日記のところに池田輝政の具足始めと書いてある、という資料がありますが、おそらくこれは「三左衛門具足着初之覚」の「三左衛門」を綱政ではなく輝政と解釈したためかと思います。光政の祖父である池田輝政、光政の嫡男である池田綱政、二人とも通称「三左衛門」と呼ばれていました。1983年に出版された『池田光政日記』では注釈に「綱政の具足初め」と書かれていますが、もちろん原本にはないことです。
以前にも池田輝政説は考察されていたものの、いつから池田家にあるかは不明で光政伝来とされていました。昭和7年に発行された『池田光政公伝. 下巻』は池田家の家令である石坂善次郎による著書でありますが、いつから池田家にあるのかはわからないが蒐集家の輝政が入手したものではないかと推測しています。その後の展示会の際に発行された『紀元二千六百年奉祝名宝日本刀展覧会出陳刀図譜』(昭和15年)には榊津伯、佐藤寒山、本間順二、尾崎元春、辻本直男五による本文解説が執筆されており、「大包平は光政ではなく輝政の刀」と記されるようになったのはこのあたりからかと思います。
※読んだ資料は最下部にある参考文献参照
(/・ω・)/「昭和11年7月12日の中国民報社の新聞?の国宝指定の際の記事に大包平に関する記述がありました。輝政が大包平を愛して片時もそばから放さなかったという記録が藩の記録にある、輝政の死後に光政が藩主の士気を鼓舞するために毎年具足始めの儀を輝政の具足と大包平を飾った、といったことが書いてあります。真偽はまだわからないのでリサーチが必要ですが興味深い内容です」
●大包平の鞘から考える(個人の考察です)
大包平はいつから池田家にあるのか。大包平には戦後のゴタゴタのより現在は行方不明となってしまいましたが、国宝登録時には鞘がありました。『銘備前国包平作(名物大包平) 一口 附糸巻太刀拵』。大包平の鞘を見た竹越与三郎によると「その鞘に桐の紋を浮かしてある」とのこと。池田家の記録にも「鞘 梨地芝引赤銅桐紋付」とあります。桐の紋といえば豊臣秀吉。豊臣家からの贈り物ということも考えられたそうです。ちなみに豊臣秀吉が亡き後に譲られたという説もありますが、それは別の刀と否定されています。豊臣秀吉と池田家は親しく、池田輝政の父の池田恒興から交流があり、輝政は羽柴姓を賜り吉田城の時代には羽柴輝政と名乗っていたようです。大関ケ原展図録にある梨子地桐泊蝶紋蒔絵床几(林原美術館蔵)は泊蝶と五七桐があしらわれています。池田の蝶紋と豊臣の桐紋がある池田輝政が使用したと伝わる床几です。もちろん入手時期と鞘の製作時期が一緒とはいえませんが、もしも大包平の鞘にある桐の紋が豊臣を示すものであれば、輝政の時代に大包平を入手していたのかもしれません。
(/・ω・)/「大包平の鞘は桃山時代様式の糸巻太刀拵で金具には五七の桐紋があったそうです。大包平の鞘は1941(昭和16年)3月21日の山陽新聞の記事に写真が掲載されていますが、とても画像が荒く模様などは判断できません。 大包平の鞘に関する記述はこの新聞記事、日本の美術6(佐藤寒山)、読画楼随筆(竹越与三郎)、浅利教授の「大包平の謎に迫る」講座くらいでしかみつけられませんでした(追記:2018年に「大包平の伝来と役割の変遷ー池田家の什器から博物館資料へー」という講座内容を論文にしたものができ、講座で聞いた刀装具関係が記されています)。佐藤寒山先生は実物見ているんだからもっと書き残してほしかった!少なくとも国宝登録委員の皆様は見ているからちゃんとどんなものか残してもらいたかったです。一番細かく記して残っているのは「調度記」「御代々御譲物」といった池田家の記録です。ちなみに日本の美術6で大包平のページに拵の図として参照に掲載されている写真は描写の違いから大包平の拵ではないと思われます」
|ω・)o○(池田家の家紋は蝶紋ですが、岡山池田家は泊蝶紋から備前蝶と独自の蝶紋に変わっていきました。おそらく池田家宗家4代目の池田綱政のころから備前蝶が使われていたと思われます)
|ω・)o○(門外不出の大包平ですが、意外と見られております。竹越与三郎・筒井源吉・磯野長蔵、犬養木堂(犬養毅)、小此木忠七郎、本間順冶・香坂昌康、細川護立などなど。どのタイミングで見たのかはわかりませんが、国宝指定された後はわりと見せてくれるようになったのでしょうか?)
|ω・)o○(調度記に記された刀剣が博物館にないですし、池田家の刀も個人の方がお持ちになっているものも多いと思われますので鞘もどこかのおうちにあるんじゃないかなーと畳は考察しています)
|ω・)o○(デジタルコレクションを探していた時に「岡山市の地名」にて大包平の鞘の記述を発見。市浦家が大包平の拵を作ったらしい。「市浦猪平次奉公書」に書いてあるらしいです。いつにどんな拵を作ったのか書いてあるのかな)
岡山市の地名:
https://dl.ndl.go.jp/pid/13197908/1/124?keyword=%E6%B1%A0%E7%94%B0%E5%85%89%E6%94%BF%E6%97%A5%E8%A8%98%E3%80%80%E5%A4%A7%E5%8C%85%E5%B9%B3
・御代々御譲物の大包平
「御代々御譲物」とは林原美術館が所蔵してる紙本墨書。
宝暦14年年6月朔日に岡山城で御指料方から大包平、大原安綱、郷義弘の御刀が差し出されたことが書かれている。
時期から推測するに藩主交代の際の出来事と思われ、大包平が藩主に送られるもののひとつと推測される。
1764年における大包平の状態を記録している貴重な資料。
2026年現在確認できるのは「大包平の伝来と役割の変遷ー池田家の什器から博物館資料へー」の中で掲載された資料写真だけかと思われる。
御代々御譲物
御刀 備前大包平銘有一腰
長貳尺九寸四分
鎺金単着
切羽金無垢四枚
同赤銅貳枚
絲柄鮫取切着
目貫彩桐
太刀改猿午縁共赤銅
鐔赤銅三枚合木瓜形
太刀鞘梨地芝引赤銅桐紋付
棒鞘
・現存する大包平関連物
大包平の刀箱と刀袋があります。
どちらも東京国立博物館が所蔵していますが公開はありません。
刀箱は池田家伝来。刀箱は黒く、箱には「大包平」と「門外不出」の文字がありました。大きさは2メートルほどあるそうです。
刀袋は昭和につくられたそうです。色は白だったと思います。
佐藤寛介氏(東京国立博物館研究員、元岡山県立博物館学芸員)の講演のなかで写真を見せてお話されていました。
箱の話がでた講演会
①岡山城不明門歴史講座『岡山城主ゆかりの名刀』
2020年1月18日 講師 東京国立博物館研究員 佐藤寛介
②「瀬戸内市長船が生んだ日本刀の王者備前刀」
2020年2月15日(土)13:30〜15:00 瀬戸内市民図書館
佐藤寛介氏(東京国立博物館研究員、元岡山県立博物館学芸員)
|д゚)大包平の箱2メートルの話が出たのは瀬戸内市民図書館の講演でした。私も行きたかった
… 。
③歴史講演会 宝物になった備前刀
― 奉納刀剣、名物刀剣、注文打
―
2024年12月7日 講師 佐藤 寛介
https://www.seto-reki.or.jp/assets/site/files/link/%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E8%AC%9B%E6%BC%94%E4%BC%9A%E8%AC%9B%E6%BC%94%E9%8C%B220241207.pdf
④長船則光の注文打太刀にみる日本刀の特質
2025年9月13日(土) 13:30~15:00 東京国立博物館 平成館大講堂
講師:佐藤 寛介(特別展室長)
月例講演会「長船則光の注文打太刀にみる日本刀の特質」聞いてきたよレポ
(2025年9月13日 東京国立博物館 講師:佐藤寛介)
概要:東博コレクションに新たに加わった、長船則光の注文打の太刀を通して、秘められた地域史を読み解き、単なる武器ではない日本刀の特質に迫る。(MUSEUM 東京国立博物館研究誌 第715号の「重要文化財「長船則光の黒坂打太刀」の歴史的意義」の内容が元になっています)
こちらの講演会に参加してきました。
まず日本刀の特質として「機能性」「装飾性」「象徴性」をあげ、全てを備えたものが名刀となるというお話でした。
次に価値の高い刀剣の例として国宝の刀の話の時には大般若長光、皇室所持刀剣の話から旧御物の例として小龍景光、神様にささげた奉納刀剣の例として上杉太刀の話をされました。
このなかでも「神様にささげる」という思想は日本ならではのものだそうです。
奉納刀剣は使うと不浄になることから原則として未使用なもの。手元に近いところに刃をつけない「生ぶ刃」というものがあり研ぐと消えてしまうが上杉太刀はそれが残っているから一度も使われていない刀剣とわかる。上杉太刀は拵も刀剣が作られた鎌倉時代のもので現存しているのが凄い。とても貴重な存在とのこと。
次に「名物刀剣」の話になり名前を付けることで唯一無二の存在となる「名前って大包平とか」と唐突な大包平。刀剣乱舞はうまくイメージされていると思うということ、昔の人も刀のイメージからビジュアルへの流れは同じことをしているようなことを言っていました。
\\ 画面に映される大包平 //
大包平の紹介が!!!!(※貰ったプリントには実例の刀剣名が載ってないので何が来るのかわからなかった)
「非の打ち所がない。たとえるなら大谷翔平のよう」
「包平の代表作で大包平の名前は雄大な造形に由来する。(大は)それだけではなく偉大な。グレートカネヒラ」
享保名物帳を写しながら
「見てください、無代。お金を付けられないプライスレスってこと」
(自分メモだから雑にまとまっているのはご愛敬)
めっちゃ褒められてる大包平。
\\ 画面に映される大包平の刀の箱 //
「出すことはないから写真だけ」(残念だけどそうでしょうね!)
「門外不出って本当に書いてあるものなんだって思いました」
凄すぎたよ。びっくりだよ。
これで本題にまだ入ってないんですよ。レポとか書いていながらごめんなさいね。
ちなみに戦国時代の注文打は364口あり237口と65%が備前国(長船)。美濃国(関)は30口、その他97口。
いろんな注文打の刀の説明があり、茎に書いてあることから読み解くと何かの記念とかに作られてるのが多いよう。
今回のメインの日本刀は「太刀 銘 備前国長船住左衛門尉藤原朝臣則光 於作州鷹取庄黒坂造 鷹取勘解由左衛門尉菅原朝臣泰佐打ス之 長禄参年己卯十二月十三日」。東京国立博物館が2年前に4500円で購入した刀です。
15世紀中ごろに太刀から刀に変わる時代、刀みたいな姿の太刀。長船刀工の注文打の刀の中でも初期の作品で、この後の時代にたくさんの注文打をされるようになる。
ちなみに注文打というのは武将の依頼により特注品として製作された刀剣で、長銘で茎に情報が多く残されている。今回のは赤松氏の依頼で長船則光が美作国鷹取庄黒坂に行って長船則光が作ったといったことが読み取れる。
長船則光の注文打太刀からは地域の権力がうかがえる内容が書いてあることがわかった。
注文打からは刀工と武将の関係だけではなく地域権力の関係性、地域史を読み解く鍵となる。
個人的に注文打の話を聞いて驚いたのが、「短刀 銘 備州住長船勝光 長享二年九月日 御陣作之」のときの話。まがりの陣に長船刀工が出向いて200本ほど作刀したようだということで、日本刀って屋外で作るイメージがなかったのでびっくりしました。しかもこれは武器供給のためじゃなくてパフォーマンスの一環のように見受けられるという話でさらにびっくり。
そして講演会の予定終了時刻まで少し時間があまり、今の展示のおすすめはという話を振られて「1階は日光東照宮の刀が勢ぞろいしてる、全部備前刀」と言う話があり、講演会後の13室はとても混んでいました。
そのなかの国宝の備前国宗は池田輝政が徳川家康に献上した太刀で、畳は池田関係の刀全般は大好きなのでもちろん大好きな日本刀。
ここ10年ほどで写真撮影の機会がなかった本当に貴重な展示タイミングに、こんなに脚光を浴びて人に囲まれる国宗を見られてめちゃくちゃ嬉しかったです。
ω・)o○(2025年11月21日、新刀剣男士としてお顔の一部が発表されました。装飾が日光東照宮っぽいということで日光助真、備前国宗が候補として挙げられております(2025年11月25日現在)。かつてこんなに皆様に注目されたことがあっただろうか。大包平まとめで書きなさんなと思われそうだけどこんなに皆様に国宝の日光東照宮所蔵国宗が、私の大好きな刀が注目されてめちゃくちゃ嬉しかったです。2025年はビバ国宝国宗の年(`・ω・´))
あと池田家関連刀剣話ですが2025年は佐野美術館の「皇居三の丸尚蔵館展 皇室の名宝
― 静岡ゆかりの品々とともに」(9/27~11/3)で岡山藩池田家から皇室に献上された浮田志津が展示されました。畳が見たのは2009年以来でした。あと以前岡山藩池田家から徳川家に伝わった若狭正宗も同時に展示されていました。
2025年は池田家関連刀剣がたくさん展示されて嬉しいです。
2025年11月24日、三郎国宗として本当にこの国宗が実装されました。
今回の展示が嬉しかったから頑張って最後にもう一度見ようと上野に来てよかった!
嬉しい!!!
わたくしごとですが2025年は面影といい、三郎国宗といい、池田輝政関係の刀剣が2振も刀剣乱舞に出たんですよ。2025年は池田輝政イヤーなの嬉しすぎるんですが!
ところで現在大包平、毛利藤四郎、面影、備前三郎国宗(まだゲームには未登場だけど)、(ちなみに鳴狐も池田家の殿様の部下の刀)、と池田輝政および岡山藩池田家関連刀剣が実装されていますが未だに池田家トークをしておりません。回想増えるといいな。
→25日、ゲーム内に登場したので本丸へお迎え!回想増えなかったです(´・ω・`)
・大包平の歴史
平安時代頃に活躍した古備前の包平によりつくられる。制作年代は鎬造りという日本刀特有の反りのある刀がつくられはじめた12世紀ごろといわれている。
池田輝政の孫、池田光政(1609~1682)が備前国岡山藩の藩主になり寛永14年(1637年)10月8日から寛文9年(1669年)2月2日までの記録を残した「池田光政日記」があり、この中で慶安5年(1652年)2月15日に書かれた日記には綱政の具足初め(三左衛門具足着初之覚)について書かれていて、文中には「大兼平太刀・助真ノ刀・国光ノ脇差」とあり、この大兼平が大包平と思われる。このように具足初めの儀式には大包平がつかわれた記録も残る。ちなみに具足初めは武家の元服した男子が初めて鎧に身を通す儀式らしい。「本阿弥光瑳名物刀記」にも光政の時代に大包平が池田家にあったことが記されている。
江戸時代の刀剣書『享保名物帳』に大包平の名称で所載され、内容としては3尺近いその大きさから大包平とよばれると書かれている。
備前国岡山藩池田家に家宝として代々伝わり、1967年(昭和42年)に15代の池田宣政から文部省が6500万円で購入するまで池田家が所持。戦後には岡山美術館(現在の林原美術館)が池田家から寄託される形で所持していた。池田光政は姫路藩、鳥取藩を移った後に岡山藩を治め、その後池田家は代々岡山藩の藩主を務めてきたことから大包平は300年以上岡山の地にあったといえる。歴代当主に引き継がれた日本刀を記した『御代々御譲帳』、明治時代の池田家什器目録である『調度記』などの池田家の記録にも大包平が記されている。
昭和30年代に宣政は岡山県に購入を持ち掛けたが、県はこれを拒否。文部省が買い上げた後は文化財保護委員会の所持となり、昭和43年度の間に大包平と童子切安綱が文化庁から東京国立博物館に移管された。以降は東京国立博物館の常設展でも度々展示されている。
※【文化財保護委員会】文化庁の前身。昭和25年(1950)に文部省の外局として設置され、文化財の保護・活用・調査・研究を行う。昭和43年(1968)文化局と統合して文化庁となった。
(/・ω・)/「『大兼平』って書いてあるのは手書きの日記のせいです。日記のなかでこの刀の名前の登場は一回だけ。もっと後のことなのでこれとは全く関係のない話になりますが『兼平』という刀工は実在し、元禄時代などにもおります」
↓
「手書きの日記だから書き間違えちゃったんだろうなと思っておりましたが、林原美術館で具足着初めのページをこの目で見てみると、あれこれ『包』っぽくない?という感じでした。兼にしては上下分かれてるような
… ?みたいな。崩し字には全く知識のない素人意見ですけれども。たしか兼でも包でも一応同じ扱いにはなるんだけれども。もしかしたら活字にしたときに誤りがあったのかもしれないとも考えられるかも
… 原文そのままなのか筆者に大包平意識がなくて直さなかったのかな
… 」\(・ω・\)
●大包平は池田家の前はどこにあったのか?
現状としては全くの不明の状態です。
大包平が生ぶ、作られた当時の姿と同じ状態なのは、神社仏閣に奉納されていたたためという説もあります。
仮にそうだとしてもどこにあったのかはわかりませんが、ここにあったんだよという伝説もあるようです。
・大山祇神社(愛媛県)
・修験宗の神社(岡山県の熊山のことか?)
資料
刀剣と歴史446
https://dl.ndl.go.jp/pid/7901140/1/30
刀剣と歴史482
https://dl.ndl.go.jp/pid/7901176/1/17
・記録に残る大包平
1652 2月15日 池田光政が息子の池田綱政の具足着初に使用したことを日記に残す
1692 6月10日 古庄兵衛が大包平を池田家で拝見して刃長などを記録する(名物控)
1719 本阿弥光忠、八代将軍吉宗の命により享保名物帳を献上。古備前では唯一大包平が掲載されていた。
『大包平 在銘長二尺九寸四分 無代 松平大炊頭殿 表裏樋寸長き故名付』
1754 正月 隠居した岡山藩3代目池田継政から大包平を含む三口の刀剣を4代目宗政が譲り受ける
1764 6月1日 岡山城で御指料方から岡山藩5代目藩主池田治政に大包平を含む三口の刀剣を差し出される
1891 明治24年4月に宮内庁の寶物取調掛が池田家で大包平と浮田志津と毛利藤四郎を拝見
1912 小此木忠七郎が大正元年6月に岡山の池田邸で大包平を見て水拓をとる
1926 小倉惣右衛門が大正15年10月9日に岡山池田邸で大包平を見る(参考:「かたな」大正15年12月号)
1929~1931 本間順冶、岡山知事の香坂昌康と共に大包平を拝見(当時知事をしていたという香坂昌康の任期より推測)
おそらく本間順冶が拝見する少し前に細川護立が大包平を見て平井千葉に研いでもらうように進言している
1933 昭和8年7月25日(文部省告示第274號)重要美術品に認定される(所有者は侯爵池田宣政)
「太刀 銘 備前国包平作(名物大包平) 一口」と記載。
官報 1933年07月25日
https://dl.ndl.go.jp/pid/2958441/1/4
1929~1936? 平井千葉、東京の高輪の池田屋敷で大包平を研ぐ(大包平を研ぎ数年ならずして死亡とあり、1937年に亡くなっている)→おそらく池田屋敷は東京都芝区高輪南町60番地
1936? 砥ぎ終わった大包平を細川擁立が説得して旧国宝指定のために文部省に提出、認定会議を行う
1936 9月18日 旧国宝(重要文化財)に認定される(官報.1936年09月18日、文化庁・国指定文化財データベースより)
※文化庁のHPには『重文指定年月日:1936.09.18(昭和11.09.18)』とあり、1936年09月18日の官報に『文部省告示第326号 国宝保存第一条により左記宝物を国宝に指定す 昭和11年9月18日』とあるため、この日が重要文化財認定日および旧国宝指定日と確定できる。
刀剣之部の1つめに「太刀 銘 備前国包平作(名物大包平) 附 糸巻太刀拵 一口」と記載。
このとき所有者は侯爵池田宣政、所在地は東京府東京市芝区高輪南町となっている
官報 1936年09月18日(3,4)
https://dl.ndl.go.jp/pid/2959398/1/3
1951 6月9日 国宝指定を受ける
『文化財保護委員会告示第一号 太刀 銘備前国包平作 一口 附糸巻太刀拵』
※現在、糸巻太刀拵は行方不明となっている
官報 1952年01月12日
https://dl.ndl.go.jp/pid/2964055/1/7
1964?~1967 池田家が岡山美術館に大包平を寄託していたことが「国宝備前大包平の太刀--館一品・岡山美術館 」の文章内に書かれている ※岡山美術館(現・林原美術館)は1964年10月に開館
1967 文部省が池田侯爵家(宣政)から6500万円で買い上げる
1968 昭和43年に文化財保護委員会が昭和36年以降に買い上げた国宝・重要文化財が各国立博物館に管理替えされたことに伴い、大包平も東京国立博物館に移管(昭和43年度に文化庁から移管した刀剣類は3点で、大包平と童子切安綱と重要文化財の沃懸地螺鈿金装飾剣(いかけじらでんきんそうのかざりたち))
(/・ω・)/「重要美術品は海外流出を防ぐためにまず選ばれたもの。文化財保護法成立以前に国宝に指定したもの(旧国宝)を新たに審査して国宝を選びなおした(新国宝)際に、旧国宝を一度すべて重要文化財とした歴史があるので旧国宝の日=重要文化財の日ということです。大包平は新国宝を選んだ第一弾として指定された日本刀のひとつ。ほかには三日月宗近、童子切安綱、江雪左文字、大般若長光などなどもありました」
・大包平の展示記録 ()は所有者
1940 「紀元二千六百年奉祝名宝日本刀展覧会」遊就館(侯爵池田宣政)
1941 「高度国防展覧会」岡山城天守閣 3月25日~4月30日
1947 「刀剣美術特別展覧会」5月25日~6月25日 国立博物館 ※現代の東京国立博物館
1948 「日本美術史総合展」国立博物館4月1日~5月31日(東京池田宣政氏蔵)
1952 「第三回名宝展 御物展」岡山市天満屋 昭和27年11月9日~23日(池田宣政氏蔵)
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/12416627/1/17?keyword=%E6%9E%97%E5%8E%9F%E4%B8%80%E9%83%8E%E3%80%80%E5%A4%A7%E5%8C%85%E5%B9%B3
1960 「日本国宝展」東京国立博物館 10月2日~11月6日 本館2階及び1階特別5室、刀剣は第16室で展示
1964 「開館記念所蔵名品展」岡山美術館※現在の林原美術館10月1日~12月25日※展示は11月30日まで
→山陽新聞にて掲載
1965 「開館一周年記念 岡山美術館名刀展」岡山美術館 9月7日~10月31日(池田宣政氏寄託)
1966 「開館二周年記念 備前池田家展 第一部伝来の名品」岡山美術館 10月1日~11月20日
1967 「備前池田家と岡山美術館名宝展」池袋西武百貨店7階SSSホール 6月3日~6月13日(池田宣政氏寄托)
1968 「刀剣博物館開館記念 国宝日本刀特別展」刀剣博物館5月25日~(文化財保護委員会)
1969 昭和42,43年度の新収蔵品は昭和44年8月19日~8月31日に展示されたということが『東京国立博物館百年史』に書かれているため大包平の展示の可能性も有
1969 「岡山美術館五周年記念 第四回吉備文化展 備前刀名宝展」岡山美術館 9月27日~10月19日(東京国立博物館)
→山陽新聞にて掲載(9/27、28)。山鳥毛、謙信景光など国宝・重要文化財など36点を展示とのこと。
1976 「国寶 日本国宝展」京都国立博物館 昭和51年5月1日~6月6日(東京国立博物館)
※所有者は以下同じく東京国立博物館
1976 「特別展 日本の武器武具」東京国立博物館 昭和51年10月5日~11月23日
1986 「御在位60年記念 日本美術名宝展」東京国立博物館・京都国立博物館※京都のみの展示
1993 「日本刀の刀
― その美と変遷」岡山県立博物館 平成5年1月30日~2月28日
→山陽新聞にて掲載(1/30、31)。※大包平に触れているのは30日のみ
1997 「日本のかたな」東京国立博物館10月14日~11月24日
2003 東京国立博物館にて展示 7月8日~9月15日
http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_10965109_po_news2003-07_6_2.pdf?contentNo=1&alternativeNo=
2004 東京国立博物館にて展示 7月1日~8月31日
特集陳列 日本美術の精華 平成館寄贈品展示室
http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_10965115_po_news2004-07_10_2.pdf?contentNo=1&alternativeNo=
https://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=88
2005 東京国立博物館にて展示 3年8日~6月12日
2007 東京国立博物館にて展示 9月19日~12月16日
http://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=83
http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_10965131_po_news2007-04_27_2.pdf?contentNo=1&alternativeNo=
(東京国立博物館の展示作品リストには「太刀 古備前包平(名物 大包平)」と書かれます)
2009 「侍の芸術展」Art of the Samurai: Japanese Arms and Armor, 1156-1868
メトロポリタン美術館 2009年10月21日~2010年1月10日
2013 東京国立博物館にて展示 3月19日~ 6月9日
http://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=3648
2014 東京国立博物館にて展示 2014年11月18日~ 2015年2月15日
http://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=4152
2018 東京国立博物館にて展示 2018年1月10日~4月8日
http://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=5246
2020 東京国立博物館にて展示 2020年6月10日~9月6日
https://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=6223
2022 「東京国立博物館創立150年記念 特別展国宝 東京国立博物館のすべて」東京国立博物館 2022年10月18日~12月11日⇒会期延長2022年10月18日~12月18日に変更
https://tohaku150th.jp/
2023 東京国立博物館にて展示 2023年9月26日~12月3日(4月には12月10日まで展示の予定でしたが改修工事のため短期に変更されたようです)
https://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=7273
2026 東京国立博物館にて展示2026年5月19日~8月2日
https://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=8465
※2005年以前の一般展示は資料がみつからないため不明時期あり
※東京国立博物館は2025年4月1日より所蔵品と寄託品の常時約3000件で構成される総合文化展(平常展)の名称を「東博コレクション展」に変更。
|ω・)o○(『愛刀百華選(1972)』のなかで岡山の清板徳一郎さんが「小学校5,6年くらいだと記憶しているが岡山城で大包平を拝観して、日本刀愛好に道に入った」と書いていたことから岡山城の展示を発見。その後、当時の新聞記事を探してくださった方がいて展示詳細を知ることができました。開催会場は第一会場・岡山城天守閣、第二会場・東山偕楽園、第三会場・合同新聞会館とありますが、清板さんの記述を参考に大包平は岡山城天守閣に展示されていたと思われます。新聞は1941年3月5日に岡山県内で発行されたものです)
(/・ω・)/「帝国博物館(1889年~)→東京帝室博物館(1900年~)→国立博物館(1947年5月~)→東京国立博物館(1952年~)と名前が変わっております。1947年の国立博物館移管後最初の特別展では古刀・新刀約二六〇点と外装具・鐔・小道具類を展示する刀剣美術特別展覧会が開催されました。当時はキャドウェル大佐の保護により上野の博物館には多くに日本刀が倉庫にあったそうです。GHQの危機を乗り越えた刀剣たちが展示されたことは大きな意味のあることだったと思います。これらの詳細は『薫山刀話』、『日本名刀物語』にて著者の本間順二先生、佐藤寒山先生らが日本刀を守るために頑張ったことを書いてあります」
(/・ω・)/「1969年(昭和44年)に岡山美術館で行われた『岡山美術館5周年記念 第4回吉備文化展 備前刀名宝展』ではチケットの下部には展示会の名称や主催などの案内文、上部は大包平の白黒写真となっています。写真は図録で使われいるものと同じものです。2018年現在、現在の岡山県で生まれたといわれる大包平の里帰り展示の中では一番新しい展示です。聞いた話では、2017年に岡山県立博物館で行われた『備前刀-日本刀の王者-』展に大包平を希望したけど断られたとか。しかしその展示の行われた後に東京国立博物館で大包平を展示しますという予告が突然出されたのです。国宝の年間予定にはなく、博物館発行の無料情報誌に突然載ってたもんだからびっくりしました」
(/・ω・)/「メトロポリタン美術館『Art of the Samurai: Japanese Arms and Armor』展でおそらく初めてアメリカへ渡った大包平。図録では堂々と表紙を飾り、説明のページでは『O-Kanehira (Great Kanehira)』と表記されています。グレートカネヒラ
… 。有名な刀は他に水龍剣、鳴狐、厚藤四郎、大般若長光、へし切長谷部、大保昌、中務正宗、包丁正宗、寺沢正宗、松井江、戸川志津、大仙兼元、加藤国広など。へし切長谷部はそのままですが、鳴狐(Crying Fox)など表記されて面白い。展示された刀剣以外でも文中で『一期一振(One in a Lifetime)』『三日月宗近(Crescentmoon Munechika)』とありました。図録は全文英語になりますがwebで読めるので挑戦してみると楽しいです」
→展示されたときの動画はこちら。「侍の芸術
― 日本の武器・武具展」ニューヨーク メトロポリタン美術館
https://www.youtube.com/watch?v=7n2H9claohs&feature=youtu.be&t=2m38s
(/・ω・)/「2020年の大包平展示は『日本博オープニング・セレモニー主なラインナップご案内』で知りました。オリンピック・パラリンピック競技大会に合わせて展示予定がなされていたようです。目録では6月9日からとなっておりますが、実際は6月10日からの展示になりました」
https://fpcj.jp/wp/wp-content/uploads/2020/01/471662efd766057e2494b7c2c36fb366.pdf
(↑概要。なぜか展示会場が本館5室となっていて皆をざわつかせました)
(/・ω・)/「第3回御物展は池田隆政さんと天皇の娘さんの厚子さんの結婚したことをお祝いするために企画されたそうです。そのため御物の鶯丸、則宗、光忠も展示されることになったようです。他にも山鳥毛など国宝や重要文化祭の刀も出てとても豪華な展示となっていました。当時の大包平の持ち主の奥様は細川家出身なこともあり細川護立氏からのご寵愛を受けた展示となったそうですよ」
『文化催事三十年』,天満屋,1974. 国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/12416627 (大包平は17~19)
◆山陽新聞による大包平関連記事◆
※岡山市北区に本社を置く株式会社山陽新聞社が発行する新聞
1936年7月12日:新らたに六十三點國寶に指定される
1941年3月5日:日本一の''国寶大包平’’ 推重の逸品「國防武具資料」
1952年10月12日:池田家と岡山12(本山萩舟)
1964年10月1日:岡山美術館開館式「岡山美術館が開館 重文など五千点を収容」
1967年6月19日:刀剣保存協会岡山県支部長小林さんの話「名品多い備前もの 日本一は大包平(岡山美術館で保存)」
1969年2月19日:日本刀の美
1969年9月27日:備前名宝展「備前刀の粋一堂に 岡山美術館で名宝展始まる 国宝など36点」
1969年9月28日:備前名宝展「備前刀に驚きの声 岡山美術館の名宝展 国宝など36点陳列」
1993年1月30日:日本刀-その美と変遷展「国宝級備前刀中心に 県立博物館きょうから特別展」
★補足★
〇包平の活躍時期
古備前包平は高平・助平とともに備前三平と称される刀工。
古備前とは平安~鎌倉時代に現在の岡山で活躍した刀工の総称。古備前は正恒を祖とする系列の正恒系と、友成の父の実成を祖とする系列の友成系に大きく別けられ、包平は友成系といわれる。ちなみに高平・助平は友成系、古備前の後の時代になるが一文字派や長船派は正恒系といわれる。
大包平は茎の「備前国包平作」から古備前の包平の作とされる。大包平と異なる作風とされる包平の刀剣が残っていることからも、同名の刀工がいた複数いた可能性も考えられ、「包平」の二字を切るものは大包平と同じ作者かどうかは確かではないものもある。備前国包平のほかに秦包平(河内包平)という刀工が近い時代に活躍していたようである。藤原保昌の太刀、蒲穂丸、簾丸、袖切、癬丸、鹿丸、鈎切り、稗穂、善鬼包平などは秦包平によるものともいわれる。(これらは平氏や源氏に関わる刀も多い)
永延(987~989)頃に活躍し、一条天皇に仕えた藤原保昌という貴族の佩刀に包平の刀があったといわれる。その頃には反りのない刀が主な時代といわれており、刀剣の形が直刀から太刀に移り変わるころ、つまり彎刀の日本刀の成立は平安後期以降である。ちなみに備前鍛治の名前が出てくる明確な年代を示した最初の記録は、中右記(※藤原宗忠が寛治元年(1087年)から保延4年(1138年)まで書いた日記)の1098年の記事にある。静嘉堂文庫美術館には「古備前行光太刀」があるが、この太刀は古備前包平の子である古備前行光によって作られたものである。行光は嘉禄(1225年4月20日~1227年12月10日)のころに活躍したといわれ、この太刀の制作年代も12~13世紀の鎌倉時代とされている。これらのことから包平は平安末期から鎌倉初期ごろに活躍したかと思われる。ちなみに小笠原信夫は厳島神社の友成と大包平の作風が近いことから寿永(1182~1184)頃につくられた当時の現代刀にあたるのではないかと推測している。
小包平とよばれる日本刀がかつて存在しており、豊臣家御腰物帳(1600~1601年)に掲載。1594年の光徳刀絵図集成にも小包平が載っており、長さは二尺一寸四分とある。小包平と呼ばれる刀は複数あったのか、一尺八寸四分とされている資料もあるらしい。(※大包平と小包平についての関係は不明)
明治43年に発行された刀剣談によると、当時存在している包平は御物に一振、久邇宮に昔から伝わる刀が一振、鷹司に一振、上杉伯家に一振、柳沢家に一振、小野義眞が一振所持。そして池田家の大包平とある。 現在のゆくえについては不明だが、戦前に7振以上はあったことが確認できる。
現存している包平によって作られたと伝えられる刀は、松江歴史館が所有する松江松平家伝来の「太刀 銘 包平」、佐野美術館が所有する武田家由来の重要美術品「太刀 銘 包平」、福井県の藤島神社が所有する「太刀 銘 包平」、森記念秋水博物館が所有する上州館林藩秋元家伝来の「太刀 銘 備前国包平作」、林原美術館「太刀 無銘 伝包平」などがある。
参考 静嘉堂文庫美術館の古備前行光
〇現存する包平の刀
「太刀 銘 包平」松江歴史館(島根)
松平直政が佩刀していたもので、現在は松江市指定文化財となっている。
1663年4月27日、霊元天皇の即位の大礼で松平直政は将軍徳川家綱の名代として上京し、宮中に参内する役を幕府から命ぜられた。5月6日に再び参台した際、京都紫宸殿で包平を下賜された。
【近年の展示】
没後350年記念特別展 松江藩主松平直政の生涯(松江歴史館:平成28年9月16日~11月6日)
松江市報文化財だより:
https://www.city.matsue.shimane.jp/jumin/shisei/kouhou/shihou_matsue/2005/bunkazai.htm
「太刀 銘 包平」佐野美術館(静岡)
刃長75.1cm 反り2.2cm 平安時代12世紀
重要美術品。数少ない包平の在銘作のひとつ。平安時代末期の作風をよく示している。刀身は細身で腰反りが高く、地鉄はよく鍛えられた板目肌で乱映りが立つ。刃紋は小沸出来の直刃長で刀縁の働きが豊か。
武田家由来。※「日本刀 鑑賞のしおり」佐野美術館 より
佐野美術館の「刀剣刀の見方ノート」に描いてある包平も目釘孔からしてこの刀のように思える。
【近年の展示】
草創期の日本刀 : 反りのルーツをさぐる
(平成15年1月5日-2月3日, 佐野美術館. 平成15年5月28日-6月30日, 大阪歴史博物館. 平成15年7月19日-8月17日, 一関市博物館)
名刀は語る 磨きの文化(佐野美術館:後期展示の平成28年1月7日~2月19日)
常設展示室第一期/平安時代の刀剣(佐野美術館:平成28年6月11日~8月7日)
備前刀 ー日本刀の王者ー(岡山県立博物館:平成29年9月8日~10月15日)
「太刀 銘 包平」藤島神社(福井)
刃長75.9㎝ 反り2.8㎝
明治11年に尾張藩主徳川慶勝によって奉納された。
【近年の展示】
藤島神社の宝物(福井市立郷土歴史博物館:平成22年3月19日~5月5日)
博物館の名品大集合(福井市立郷土歴史博物館:平成27年7月27日~8月31日)
「太刀 銘 備前国包平作」森記念秋水博物館(富山)
特別重要刀剣。上州館林藩秋元家伝来。
【近年の展示】
所蔵名品刀展 秋水の美(森記念秋水博物館:平成28年6月11日~ 9月4日)
「太刀 無銘 伝包平」林原美術館(岡山)
刃長75.1㎝ 反り2.0㎝。
重要美術品。伝とは確証はないが包平の作と伝えられているものという意。
【近年の展示】
真剣少女の日本刀展(備前長船刀剣博物館:平成27年7月18日~9月13日)
いろ 鳥どり(林原美術館:平成29年4月11日~5月14日)
https://www.hayashibara-museumofart.jp/cgi-image/344/344_FFLXqPvUsSmbIlqaPHnNYAqEBiqbrxasugvhyYtccItLxizbva.pdf
「太刀 銘 包平」黒川古文化研究所(兵庫)
刃長74.3cm
鞘書によると宝永3年(1706)、のちに6代将軍となる家宣がはじめて柳沢吉保の邸宅を訪れた際に下賜したもので、大和郡山藩主柳沢家に伝来した。代金百枚の折紙つき。
身幅の広い堂々たる姿で鎬が高く、深い腰反りに作る。きめの細かい板目肌に映りが立ち、小乱れに丁子が交じる。刃文はなかほどで華やかに乱れる。
【近年の展示】
名刀礼賛
― もののふ達の美学(泉屋博古館分館(六本木):平成29年6月1日~8月4日)
「太刀 無銘 包平」土浦市立博物館(茨城)
土浦藩土屋家が所持していた刀剣。土浦藩土屋家の2代藩主政直が幕府の老中を辞任したときに贈られた7口のひとつ。この包平は柳沢吉保(松平美濃守)から土屋政直におくられた。
土屋家の刀剣台帳である「御腰物(おこしもの)」のなかに「備前包平御刀」とあり、贈り主の脇に「御隠居之節」とかいてあることから隠居した際に贈られたものであることがわかる。
2008 年度秋季展示室だより:
https://www.city.tsuchiura.lg.jp/data/doc/1244272713_doc_44.pdf
「太刀 銘 備前國包平」さむらい刀剣博物館(栃木)
刃長67.1cm
源義経の佩刀といわれる太刀。刃文は丁子小乱、杢目肌(もくめはだ)。
「太刀 銘 包平」日本刀剣博物技術研究財団
刃長72.4㎝ 反り2.1㎝
小切先、刃文は小乱れ、二重刃しきりにかかる、鎺元に乱れ映り立つ。つんだ板目肌に杢目が交じる。磨上、目釘穴4だが2つは埋まっている。
中鉢美術館で展示されたことがある。
「太刀 銘 包平」個人蔵
刃長76.3cm 反り2.3cm
重要美術品。黒田官兵衛愛刀。
【近年の展示】
名刀への道 (佐野美術館:令和2年1月7日~2月16日)
「太刀 銘 包平」個人蔵
刃長78.7cm
特別重要刀剣。出羽国久保田藩佐竹家伝来。
【近年の展示】
『特別重要刀剣等指定制度五十周年記念- 日本刀 珠玉の名品展 -』
会期(令和3年9月25日~12月22日)のうち第1期( 9月25日~10月24日)に展示。
「太刀 銘 包平」個人蔵
刃長80.9cm
強い腰反り・強い反りの雉子股茎。
特別重要刀剣。日向国飫肥藩伊東家伝来。石井昌國氏が所蔵していた。
「増補版 古代刀と鉄の科学(雄山閣 著:石井昌國・佐々木稔)」に掲載され、伊東祐親所用・飫肥藩主伊東家伝来で那須家伝来の成高とおそらくほぼ同時期の最古の包平だろうと記載あり。
『特別重要刀剣等指定制度五十周年記念- 日本刀 珠玉の名品展 -』
会期(令和3年9月25日~12月22日)のうち第2期( 10月26日~11月21日)に展示。
「太刀 銘 包平」
刃長69cm 反り1.7㎝
重要刀剣。
(/・ω・)/「秋葉原にある『刀剣茶寮』にて展示があった包平です。ニトロプラス社が収集した刀剣・刀装具などを中心に展示しているので、個人蔵のものになります。持ち主はニトロプラス社になるのでしょうか?」
「太刀 銘 包平」個人蔵
刃長64.2cm 反り2.2cm
旧重要美術品。臼杵藩稲葉家伝来。
摺り上げにより刀身が短くなっている。
【近年の展示】
企画展「おおいたの名刀」(大分県立歴史博物館:2022/12/23〜2023/02/19)
「太刀 銘 包平」東京国立博物館
同刀工の中でも刃文が大模様で高低差があり、躍動感のある。
藤澤昌三氏寄贈。
令和6年度に東京国立博物館の所蔵となった。列品番号F-20277。
【近年の展示】
令和6年度新収品(東京国立博物館:2025年11月18日~12月21日)
https://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=8237
|ω・)o○(2017年11月17日~19日に開催された『大刀剣市』では銀座盛光堂から重要刀剣の包平が出品されていました。太刀で長さは2尺2寸7分、(附)皺革包鞘太刀拵。残念ながら見に行った時には売れてしまったので姿は拝めず
… 。お店の方にお話を聞いたところ、来歴は不明とのことでした。
入場時に頂いたカタログには包平の写真が掲載されています。
https://www.zentosho.com/assets/the-annual-dai-token-ichi-2017-ja.pdf
|ω・)o○(佐野美術館『REBORN 蘇る名刀』(2019年1月7日~2月24日)に展示されていた『日光東照宮焼身茎押形集』という本の中には包平の記録もありました。茎のみの記載で刀身については不明です)
〇池田家での扱い
池田家の最も大切な什器(宝物)の一つで、8000を超える池田家の什器を記録した「調度記」では番号が付けられた全103冊の中の1冊目の1番目に記載。故腰物方と書かれていたことから殿様に扱われていたもののように思われる。1冊目は掲載が3点とあるため、故腰物方のみ掲載されていることがわかる。池田家の記録によると先代の藩主から次の藩主に代替わりするときに譲られた刀の中に登場することから、岡山藩主(殿様)のもつ御刀だったのではないかと推測される。
大包平は池田家の重宝として扱われ、錆を恐れて裸身で油につけて保存されていた。
池田家の門外不出の品。明治24年4月に宮内庁の寶物取調掛は刀剣名物帳に載る大包平と浮田志津と毛利藤四郎を拝見したが、明治24年11月16日に池田家から献上されたのは浮田志津と毛利藤四郎だけだった。
昭和初期に本間順冶と香坂知事が大包平を拝見したときには刀の扱いに慣れている本間は持つことを許されたが、刀の素人の香坂知事には触れさせなかった。戦後に池田家の刀剣がGHQに狙われたときには大包平だけは助けてほしいと言っており、池田家にとって大切な存在だったことがわかる。
昭和初期に細川擁立が拝見したときには研の状態が悪く、研師に任せることをすすめたところ、家職が研ぎを安価な遊就館の研師に任せようとしたので当主の池田宣政を説得し、当時随一の腕前だった平井千葉に任せることができたということが細川護立の刀剣回顧談に残されている。
長らく池田家にあったが大包平に関する古い記録はとても少ない。『池田光政日記(1983年発行、池田光政(藤井駿)著 』の資料の年表の中に1628年に因幡国の鹿野城であった火災で池田家代々の記録が焼失したとあるため、もしかしたらその中に大包平に関連する資料もあったのかもしれない。
※1617年(元和3年)池田光政の鳥取入府に伴い、池田家家老の日置忠俊が城主となる。1628年(寛永5年)には鹿野城下の火災によって城の一部が焼ける被害に遭ったという。日置忠俊は短刀の「名物 日置安吉」の持ち主。光政の叔父の忠雄が大包平を要求してきたが日置忠俊は絶対に譲れないと跳ね除けた、という逸話がある(後世の創作ともいわれる)。
(/・ω・)/「岡山出身の彫刻家に平櫛田中という方がいます。『巧匠平櫛田中』のなかでは1949年5月に甲八幡神社に人間国宝の宮入さんの太刀を奉納した際に、錆びさせないように岡山池田家の刀の保存の油漬けでお願いしたい、といったことが書いてあります。油に着けて保存というのは皆にも知られていることだったのでしょうか?気になります
… 」
〇具足着初(具足始め)と具足之祝(具足開き)
『岡山池田家の記録には大包平は輝政第一の愛刀で具足始めの儀式には毎年輝政が着用した具足と大包平の太刀を飾ることが輝政以来のしきたりになっている』ということが、大包平の扱いの定説となっている。
しかし、池田光政日記を参考にすると具足着初とは慶安5年(1652年)2月16日(池田綱政)、明暦3年(1657年)1月12日池田政言の記述があり、毎年行われている行事ではない。鎧着初、具足始とよばれる儀式があり、武家の男子が13、14歳に達した時に初めて鎧(具足)を着用する儀式とされている。この具足着初を行った年齢からしても同様のものであったと思われる。
1月11日には「具足之祝、具足餅祝」と書かれた正月の恒例行事があり、こちらは毎年行われている。ちなみに具足着初の行われた1652年、1657年にも具足之祝が行われているため、別の行事ということがわかる。
「具足祝い」または「具足開き」は、かつて戦国時代や江戸時代の武家社会において、正月に鎧・兜などの甲冑の前に供えた具足餅または武家餅を下げ、槌などで割って食べた年中行事。つまりは現代の鏡開きの元となった行事である。
かつて正月は20日が正月の締めとされていた。慶安2年(1649年)と慶安4年(1651年)には1月20日「例年の如く具足祝い」とあり、慶安5年(1652年)からは1月11日に行われている。これは徳川家光が影響している。慶安4年4月20日に家光が亡くなると、20日という日付が忌避され、1月11日に行うようになったためである。江戸城の年中行事にも御具足開とあり、家康所要の歯朶具足を黒書院に飾り、江戸開府時をしのんでいたという。
池田綱政の日記には具足之祝にも刀剣が飾られていた記録もあるので、大包平の記録はないが全く関わってないとは言い切れない。
ちなみに大包平を管理していた岡山美術館(現在の林原美術館)の紹介文によると、「大包平は備前池田家に伝来したもので、池田光政の自筆日記(当館所蔵)にも具足初めの行事に、甲冑とこの大包平とを飾るということが見える。」と書かれている。
(参考:日本美術工芸社 [編]『日本美術工芸』(331),日本美術工芸社,1966-04. 国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/2281800/1/41)
〇大包平の伝説
大包平エピソード。真偽は不明。残念ながら出典もだいたい不明。時代と人物がかみ合わないものも。
・池田新太郎光政が藩主となったのは、わずか3歳の時で家老の日置豊前が運営していた。ある日、池田宮内少輔忠雄と加藤甲斐守のまえに豊前が呼び出され、公私にわたって私曲がある、といって糾弾された。明快に弁明したあと「こういう言われなき糾弾をなされたのは、宮内少輔殿が「大包平」を借用されたいご希望なのに、お貸ししないからであろう。しかし、あれは殿が成人なされた後はいざ知らず、それ以前はお貸しできませぬ」と断固ことわった。(備藩外史別録)
・光政は大の刀好きで、どうしても「大包平」を手に入れたいと願っていたが、藩政の顧問格の熊沢蕃山(閑谷学校創設)に購入を相談したところ、蕃山は、「太平の世に名刀でも無用の長物。それより名臣を雇うべき」と、意見されます。それでも、この「大包平」だけはと振り切って、購入したという。
・新太郎光政は子息の伊予守に対して、「伝来の大包平が何になる、藩中の刀を総動員すれば、恐るる敵刃いまいものを、大名の身として、刀一本を頼りにするとは情けない話だ」とつねづね訓戒していたという。
・明治天皇が「ぜひあの大包平を見たいから持ってきて見せてくれないか」と言うと「陛下、まことに申し訳ないけれども大包平は一子相伝の我が家の重宝でございます。たって陛下がご覧になりたいのであれば、どうぞ岡山へ来てご覧になってください」と返した。
・第二次世界大戦後にGHQ総司令官のマッカーサー元帥が大包平を気に入り所望したところ、日本政府は「自由の女神と交換なら」と返した。
〇大包平の本当にあったお話
筆者の実体験を元にした記述を簡単にまとめています。
・人間国宝の高橋貞次(1902~1968)が大包平の写しを作りたいということで、大包平の細かいデータを求める中で重さを図ってほしいと佐藤寒山に頼んだ。図る前に500~700匁(1匁は3.75g)とまわりの者と予測したが、実際に量ってみると360匁しかない。結果を報告して写しを作ったが、とても500匁以下には作ることができず、出来上がった写しは530匁だった。(武将と名刀・佐藤寒山:
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/2503474/1/131 )
・小此木忠七郎が池田家に行き「大包平を見たい人がたくさんいるがめったに見せてはいけないものだ。自分が押形をとってみんなに見せれば本物を見せなくてよくなる」と話して水拓をとり、本に掲載した。(薫山刀話・本間順冶)→『刀剣会誌150号』に小此木忠七郎が岡山の池田邸で大包平を見たとの掲載あり
・昭和7,8年頃に本間順冶は当時の岡山県知事の香坂昌康に話をしてもらい、香坂知事と共に岡山のお屋敷で大包平を拝見した。そのとき刀の素人である知事には持たせなかった。(※香坂知事は1929年(昭和4年)7月5日~1931年(昭和6年)1月20日まで務めていたので実際は昭和7年よりも前の出来事)(薫山刀話)
・拝見したときには錆があったので東京の高輪の屋敷で研ぐことになった。侯爵に直接お話してそうなったが、おそらく親戚の細川護立(池田詮政侯爵の長女の博子の夫)からの言葉もあったのだろう、と本間順冶は推測している。(薫山刀話)
・大包平の研がすこぶる悪く、細川護立が是非砥ぐように勧めて承諾されたが、家職の無理解で浅はかな見解から、なるべく簡単で廉価に済むように遊就館の研師に依頼したからこれから取り掛かるということを聞き、名研師の平井千葉に任せないのは大包平と先祖に失礼だと当主に訴えて説得し、平井に任せることになった。(刀剣回顧談・細川護立)
・何カ月もかかって立派に砥ぎあがったあと、岡山に戻す前に国宝に指定しようとしたが「門外不出の掟があるため、岡山から東京の池田の屋敷に運べるが文部省には運べない」と拒否。このことを細川護立に告げると、彼は池田侯爵を説得した。そのときに「お前の家では門外不出だから、門から出さなきゃいいんだろう。だから僕が塀の外で待ているから、堀から出しなさい」と言って話をつけてきたとのこと。(薫山刀話)
・細川護立ではなく家令の陸軍中将石坂善次郎が文部省へ持参。持ってきたものの、刀と離れるわけにはいかないという。国宝指定の会議に部外者がいてはいけないので隣の部屋で待っていてもらい、早く会議を終わらせて石坂に大包平を返した。こうして昭和11年に国宝になった。(薫山刀話)
・国宝となった数年後に高松宮殿下が刀の勉強をされたときに池田候が自身で大包平を官邸に持参して本間薫山に手渡した。そのときに県当局が明治天皇の天覧に供したいと依頼したことに対して、大切なもの故に心得のない役人の取り扱いはされたくないと断った噂を思い出した。(刀剣美術2(新修刀剣美術 合本2巻)『おもひで帳
― 大包平初見と其の後
― 』本間薫山)
・終戦後の話。GHQが「刀と武器はすべて没収する」という案が上がった話を聞き、なんとか説得して「善意の日本人が所有する骨董的価値がある刀は日本人が保管していい」ということになったが、GHQの人の中には美術的価値があろうが取り上げていく人もいた。この事態に憲兵司令官のキャドウェル大佐に相談した結果、上野の博物館では大佐の責任をもって保護してもらえるようになった。キャドウェル大佐は日本刀の保護に協力的な人で各地に保管庫を作る計画を立てた。しかし実現はできず、せめて大切なものだけでも上野の博物館に運ぶ計画を立てる。そんな最中に大包平事件が起きる。急に岡山進駐の部隊が「池田家の刀を全て提出せよ」と言ってきたため、大包平だけでも助けてくださいと池田家の家令が本間順治の元にお願いに来た。大包平をはじめとする池田家の刀、広島の浅野家、熊本の細川家などの名刀を、厳重に警備された電車の車両の一両に刀だけをのせて上野まで運んだおかげでこれらの名刀は守られた。それから長い間、その運ばれた刀たちは博物館の倉庫にあった。(薫山刀話)
※『薫山刀話』(1974)とは1971年(昭和46年)に行った本間順治(1904~1991)と筆者による対談をまとめたもので、本間先生が見聞きした貴重な情報が書かれた本です。他の刀剣や昭和の愛刀家、御物についてもお話されていることがたくさん載っているので刀剣好きの方には是非読んで頂きたい一冊です。
(/・ω・)/「とつぜん池田家の刀が没収されそうになったことから中国・九州方面の貴重な刀剣たちを守るきっかけとなった大包平事件(※本には「あの大包平事件のことね」という風に書いてあった)。これが元になってマッカーサーが大包平を所望したという話ができたのではないでしょうか。運ばれた先の上野の博物館とはおそらくいまの東京国立博物館でしょう。大包平は東京国立博物館に来る前、いちど上野の地にいたのです。あの頃はまたここに来るとは思いもしなかったでしょうね」
★キャドウェル大佐の刀剣保護関連資料
佐藤貫一 著『刀剣鑑定手帖』,日本美術刀剣保存協会,昭和30. 国立国会図書館デジタルコレクション
「米国に引渡しを命ぜられて今や風前のともしびとも思われた備前池田家の名物大包平が助けられて博物館入りできたのもこの時であった。」(13ページより)
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/2526810/1/13?keyword=%E5%A4%A7%E5%8C%85%E5%B9%B3
〇古い本の大包平
光悦刀剣名物帳 慶長20年(1615)~寛永14年(1637):池田光政所持。おそらく大包平の最古の記録。
池田光政日記寛永14年(1637年)10月8日~寛文9年(1669年)2月2日:池田光政による日記、1652年息子綱政の具足着初に大包平を使った記述。
享保名物帳 享保(1716~1736)ごろ?:「寸長き故、名づく」
刀剣名物帳 明和4年(1767)~弘化2年(1845):大包平には無代(値段付けられないくらい凄い)の評価がつく。
本阿弥家伝名物帳 享保(1716~1736)以前?:無代の評価が付く。
御代々御譲帳 1764年:池田家歴代当主に引き継がれた日本刀を記した。
調度記 明治20年(1887年)頃:明治時代の池田家什器目録の筆頭に大包平が記されている。
光山押形:本阿弥光貞の著。大正6年に中央刀剣会で出版。一之巻に大包平。
中央刀剣会誌:此木忠七郎が当時門外不出の品だった大包平の水拓をとり掲載した。
〇大包平の写し
池田祐永
昭和名物帳に記載されている刀剣。大包平を元にしてつくられた太刀。
池田家の注文により天保十三年(1842)に幕末の備前刀の名工祐永に命じて作られたもの。昭和名物帳昭和44年1月に池田家伝来の為に号池田祐永と命名されたとある。
http://www.nipponto.co.jp/swords3/NT327636.htm
太刀 銘備前国包平作/傘笠正峯作之 平成八年十二月日(大包平写)
平成8年(1996)に作成されたもの。『京のかたな 匠のわざと雅のこころ(京都国立博物館)』で前期のみ(2018年9月29日~10月28日)展示された。
(/・ω・)/「大包平の写しはほかにもたくさんあります。現代刀工の方も大包平の写しを作られております。お会いした刀鍛冶の方の話では、写しは等身大の押型をもとに鞘師の方が木型を作り、それをつかって作られるのだとか。いろいろな刀鍛冶さんたちとお話しした時に大包平を模したものを依頼で作られたとも聞きました。私も欲しい
… 。(この場合は写しというのかコピーというのか
… 刀用語は難しい
… )」
〇大包平と押形が掲載されている本
古刀名作集 昭和7年 内田疎天、加島勲
〇大包平が出てくる読み物
『一刀流物語』(大正15) 本山荻舟
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1019920/138
※この本には池田家の日本刀を挙げる際に「大包平、毛利藤四郎、浮田志津」がピックアップされています!!
〇大包平は司馬遼太郎の小説に出てくるのか 2022年7月20日追記
大包平界では重要な「大包平は司馬遼太郎の小説に出てくるのか問題」についてレファレンスサービスを使い、プロ(司書)の力を借りて調査いたしました。
結論から言えば司馬遼太郎の小説(国盗り物語)に大包平は出てきませんでした。なぜその説が広まったのか謎。
Q「大包平」という日本刀が出てくる小説を探しています。司馬遼太郎の本の国盗り物語に出てくるらしいのですが、私が読んだ限りでは見つかりませんでした。
昭和までに発行された小説で大包平がでてくるものが知りたいです。
A「大包平」という日本刀が出てくる昭和までに発行された小説について回答いたします。
1 昭和までに発行された小説について
⑴『多聞寺討伐 ハヤカワ文庫』 光瀬竜/著 早川書房 1974
SF小説となりますが、東京国立博物館所蔵の「備前国包平」が登場します。
⑵その他小説について
「大包平」は、平安時代に作られ、江戸時代に岡山藩主の池田光政が所持したと記録があります。
「大包平」「池田光政」「岡山藩」「池田家」等のキーワードで小説を検索しましたが、その他に小説を見つけることはできませんでした。
2 平成以降の小説について
平成以降の小説でもいくつかみつかりました。
⑴『荒海ノ津 双葉文庫』 佐伯泰英/著 双葉社 2007.4
「居眠り磐音」シリーズの主人公坂崎磐音の愛刀として「備前包平(大包平)」が登場します。
22巻『荒海ノ津』で「大包平」の作られた経緯や誰の手に渡っていったのかについて触れています。
シリーズ1巻『陽炎ノ辻』は2002年発行のため、お探しの昭和までの小説には該当しません。
⑵『岡山の闇烏 徳間文庫』 鈴木英治/著 徳間書店 2013.9
「若殿八方破れ」シリーズの7巻『岡山の闇烏』に「池田家秘蔵の名刀備前国包平」が登場します。
ご報告は以上です。どうぞよろしくお願いいたします。
〇テレビに映った大包平
生中継!8K特別内覧会「国宝 東京国立博物館のすべて」 2022年10月16日
https://www.nhk.jp/p/ts/NJ2R6MN14M/
大包平の直接の紹介はありませんでしたが、三日月宗近の紹介で「国宝刀剣の間(東京国立博物館が所蔵する国宝刀剣類19件が通期展示されておりました)」に入った時に、最初に大きく映った日本刀のすぐ隣にある日本刀が大包平でした(画面真正面から右手方向)。8K放送でキャプション内の文字もギリギリ見えて「大包平」と判定できる文字がありました。
本当にちらっとで気づけない程度で刀身もよくわからないので「大包平を見るために何とかこれを見なければ!」と言うほどのものではございません
… 。
ただ、畳が認識している中で(2015~)初めて展示された大包平がテレビ放映された映像になるかと思いますので紹介しておきます。
日曜美術館 国宝 東京国立博物館のすべて 初回放送日: 2022年10月23日
こちらも「生中継!~」とほぼ同じ映像・内容でした。上記と同じくちらっと大包平。
https://www.nhk.jp/p/nichibi/ts/3PGYQN55NP/episode/te/46QW7PN2WX/
〇ちゃんとテレビに映った大包平
チコちゃんに叱られる! ▽なぜ拍手をする▽国宝とは▽電車で眠くなるわけ 初回放送日: 2022年10月28日
人はなぜ拍手をする?
… だれもが記憶している感動的な拍手の名場面が続々登場!そもそも『国宝』ってなに?
… 日本の歴史の大きなうねりの中で生まれた『国宝』誕生の物語とは!?もしあなたの家が国宝に指定されたら
… ?電車に乗っていると眠くなるのはなぜ?
… 私たちが産まれる前から経験してきた驚きの記憶とは!?ゲストはイノッチこと井ノ原快彦さんとあーりんこと佐々木彩夏さん。イノッチの仰天のお悩みとは!?
https://www.nhk.jp/p/chicochan/ts/R12Z9955V3/episode/te/91VN6N9VK1/
「国宝とは」では国宝展の紹介のシーンがあり、天下五剣を超える日本刀として大包平が紹介されました。
国宝展に展示される大包平をしっかりと映像で写されており、茎から切っ先を流すようにアップで写してくれました。刃文も見えました。ありがとうございます。
国宝展は基本的に館内写真撮影禁止となっており、展示された大包平がしっかりと残されるとても貴重な映像です。
〇東京国立博物館のミュージアムショップの大包平グッズ
刀剣乱舞リリース後にちょいちょい刀剣関連グッズは出ていましたが、今までポストカードもなかった大包平。
ついに2026年に公式グッズが出ました。
東京国立博物館オリジナル刀剣クリップです。(ちなみに第二弾なので、オリジナル刀剣クリップ2のほうをご購入ください)
ちなみにこれを書いてる人は大包平に一目ぼれしてからアンケートに展示の感想とともに大包平グッズが出てほしいと書き続けた人なので11年目にして念願の大包平グッズが出てうれしかったです。(コロナ前にはアンケートが常駐してたのだ。それ以降はイベントごとの感想とかアンケートとかで書いてた)
しっかし大包平の銘と目釘穴と備前蝶ですよ。備前国包平作は他にもあれど、ここに目釘穴があることで一目で大包平だ!とわかりますし、備前蝶は大包平が確実に池田家にある時期以降に作られた紋なので大包平を表現するにこれ以上ないデザインだと思うので最高だと思います。ありがとう大包平グッズを作ってくれた人。
◆『岡山藩主池田家の日本刀・大包平の謎に迫る』講座プチレポ
2017.5.7 講師 就実大学人文科学部准教授 浅利尚民
詳しいレポはこちらに→
http://privatter.net/p/2415546
大包平を所持していた岡山藩主池田家の資料を元にお話してくださいました。
池田家は宝物や歴史をとても細かく記録を残している凄いおうちだそうです。
「池田光政日記」「調度記」「御代々御譲物」に残る大包平の記載をスライドで見せていただけました。
『池田光政日記』
池田家における大包平の最古の記録は1652年、「池田光政日記」の中の記述にある。
池田輝政の孫の池田光政から池田家は岡山藩を治めることになる。初代岡山藩主となった池田光政は寛永14年(1637年)10月8日から寛文9年(1669年)2月2日までの33年間におよぶ自筆の日記を残した。
慶安五年(1652年) 二月十六日 三左衛門具足着初之覚
一朝、三左と祝申候、大兼平太刀・助真ノ刀・国光ノ脇指遣、其後御影三ふくせう香仕候事(以下略)
数えで15歳になった綱政の具足初めに際して太刀・刀・脇差の三口を遣わしている。(この時には太刀・刀・脇差の三点セットで渡すものだったみたい)※この時代の脇差は短刀かもしれないです
大兼平太刀は大包平を指していると思われるが、助真ノ刀・国光ノ脇指は調度記にも記載はなく所在は不明。
『調度記』
調度記とは明治20年ごろに池田家の家政機関によってつくられた目録。宝物類を細かく記載している。
全108冊で8000を超える宝物が記載。1~21は「兵器之部 刀剣」で拵や刀装を含む1228点が記載。
刀剣類から始まってまとめられていて、大包平は『調度記一 兵器之部 刀剣 一』の1番目に記載されている。
調度記では宝物に関する文献は残らず書き写すように指示されてつくられており、「大包平、大原安綱、郷義弘」の3口が書かれた後には池田継政(3代目岡山藩主)から宗政(4代目)への書状の写しが記載。内容としては1754年(宝暦4年)正月、父の隠居の後に大包平をはじめとする3口の刀剣を新藩主が譲り受けたといったことが書かれていた。
現在、この大原安綱と郷義弘の所在については不明。
『御代々御譲物』
1764年6月朔日に岡山城で御指料方から「大包平、大原安綱、郷義弘」を一袋にいれてひと箱にまとめられて差し出されていたものを治政が受け取った。同年3月14日に4代目宗政が亡くなり、5代目治政が後を継いでいる。
池田家に残る記録において現状では輝政の孫の光政の時代以前に遡れるものはない。
池田輝政の遺物分けの詳細について書かれた『池田家履歴略記』にも大包平に該当するものはない。
光政(初代岡山藩主)→綱政(2代目)の際には遣わしたとあるので、文字通り普通にとらえればその時に移譲したということになる。(池田光政日記)
継政(3代目)→宗政(4代目)は綱政隠居後の正月に移譲(調度記記載の書物より)
宗政(4代目)→治政(5代目)は宗政没後に治政に渡されている(御代々御譲物)
※ただし、大包平が殿様個人の宝か、池田家としての刀かは不明なので「移譲」という言い方が適していないかも
… とのことです。
藩主が変わるときに大包平の記録が残っていることから、藩主の代替わりに「大包平、大原安綱、郷義弘」の三口をセットにして次の藩主に渡していたのではないかと思われる。
(/・ω・)/「凄く貴重な資料をみることができました。宗政のころの大包平の鞘は太刀鞘梨地芝引赤銅紋付との記載が。ところで林原美術館の林原一郎さんは大包平を手に入れかけていたのですが、最後の手続きの前に亡くなってしまったとのこと。すこし違えば大包平はいまも岡山にあったのかもしれません」
◇浅利尚民さんとは
本稿の中でたびたび登場する浅利尚民(あさりなおみ)さんとは。
元・林原美術館学芸課長で、現在は就実大学人文科学部表現文化学科准教授をされている方です。(2022年7月現在)
林原美術館は、岡山の実業家だった故林原一郎氏が蒐集した、日本をはじめとする東アジア地域の絵画や工芸品と、旧岡山藩主池田家から引き継いだ大名調度品を中心とするコレクションによって生まれた美術館です。「池田光政日記」の所蔵しており、過去には大包平の項目を開いて展示してくださったこともあります。
浅利さんは岡山藩主池田家についての研究を多くされていて、その一環として岡山藩主池田家に伝来した大包平について取り上げた論文も書かれています。私個人としては大包平の研究論文をこの世に残してくれた素晴らしい方
… 。
講座にお話を聞いた際には「日本刀は専門ではないのでここに集まった人のほうが詳しい」的なことを言っていました。池田家什器についてでは大包平を調べている者としては池田家関連の論文では大包平の気配を感じる箇所もあり、池田家の事情を知ることで大包平について深みをもって考えられるようになりました。
「research map」より論文一覧。
https://researchmap.jp/19760226
岡山藩主池田家旧蔵資料の包括的研究
https://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/ja/list/creator/%E6%B5%85%E5%88%A9,%E5%B0%9A%E6%B0%91/item/41377
コラム 研究のひとこま 第9回 美術館収蔵品の調査と展示(3)大包平と池田継政
https://www.shujitsu.ac.jp/admissions_site/news_department/detail/3454
◎林原家と大包平
林原家に関連する書籍ででも大包平に関する記述が出てきます。
林原美術館の創設者である林原健氏による著書では
我が家のアルバムに、父が羽織袴姿で大きな刀に眺め入ってる写真がある。大刀でもことのほか大きく、日本刀の中でも特別扱いされる備前刀の「大包平」という銘刀である。旧岡山藩・池田家伝来の品で、乳はこれをほとんど手に入れかけていた。ところが、最後の手続きの前に父は亡くなり、結果としては国が買い、いまは国宝として東京国立博物館にある。(「独創を貫く経営-私の履歴書- 」より引用)
と書いている。
しかしその写真はこの本のどこにも載ってはいない。
一方、「春雷のごとく : 林原一郎風雲録」という林原健の父親の林原一郎氏に関して書かれた本がある。
こちらには林原一郎氏が羽織袴姿で大きな刀に眺め入ってる写真がある。しかし対談の中で社長が刀好きだったと少しだけ触れた会話の上に添えられた写真で大包平に関することは一切記載がない。
最初のページには「愛刀を見る在りし日の林原一郎氏」と書かれた写真があるがこちらも何の刀かは不明。
だがしかし、大きな刀の写真と言われるとめちゃくちゃ大きいのでおそらく先の述べた写真が大包平と思われる。(大包平の講演の時にもこちらの写真が紹介されていました)
春雷のごとく : 林原一郎風雲録:
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/12257946/1/157
(/・ω・)/「ちなみに林原家は岡山藩池田家に仕えていました。林原一郎氏は池田家に伝来したものが分散しないよう尽力した方です」
『日本刀全集』第9巻,徳間書店,1968. 国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/2474932/1/135?page=left&keyword=%E6%9E%97%E5%8E%9F
|ω・)o○(岡山のセミナーに参加された方から聞いた話ですが、大包平は明治ごろには池田家の家令などがいた内山下64番邸借用地の事務所にあったそうです。その場所はいまの表町1-1~2-3周辺で、現在は宇野バスの表町バスセンターにあたる場所とのことです)
◆岡山城不明門歴史講座『岡山城主ゆかりの名刀』プチレポ
2020.1.18 講師 東京国立博物館研究員 佐藤寛介
岡山城主であった宇喜多秀家(1582(1594?)~1600)、小早川秀秋(1600~1602)、岡山藩主池田家(1603~1869)のゆかりの名刀を紹介。
さらに鳥取藩主池田家と姫路藩主池田家のゆかりの名刀も紹介してくれました。
当時は『山鳥毛里帰りプロジェクト』クラウドファンディングの最中。山鳥毛は地域の人たちが残そうと思って行動しないと残らないとお話ししておりました。
刀剣乱舞でも山鳥毛が実装されたこともあり、口座の最初にバーンとお頭の画像が出てきたのはいい思い出です。(プロジェクトの期限は3/31まででしたが1/26に無事達成いたしました)
ちなみにこの佐藤研究員、以前は岡山県立博物館の学芸員をしておりまして、寄託されていた岡山県立博物館では15年も山鳥毛のお世話をしていたそうです。私も岡山県立博物館で山鳥毛が展示された際に学芸員解説の日に佐藤さんの解説を聞きに行ったことがありました。
大包平は岡山藩主池田家城主ゆかりの名刀として紹介されました。
・大包平の「大」は大きい、長大、雄大の「大」だろう
・まったく緩みのない鍛えと刃文の力強さ
・奇跡的な造形
・研ぎ減りがなく、保存状態が非常に良い
・作られた当初のまま大切にされてきた
・確実に池田家が持っていたのは池田光政(池田光政日記の具足着初の儀式の記録より)
・歴代当主に引き継がれた日本刀を記した「御代々御譲物(林原美術館蔵)」や、明治時代の池田家什器目録である「調度記(岡山大学付属図書館蔵)」の筆頭に記された伝家の宝刀
・東京国立博物館には昭和に作られたくらいの刀袋がある(たしか刀袋は白かったと思う)
・東京国立博物館には池田家伝来の大包平の刀箱があり、黒い箱で上部に「大包平」、下部に「門外不出」の文字が張って?ある
(刀剣乱舞のキャラクターは服装は平安時代の大鎧をモチーフにしているともおっしゃっておりました)
参考:「山鳥毛里帰りプロジェクト」とは
岡山県瀬戸内市では、備前刀の最高峰国宝「山鳥毛」が、生まれ故郷である「備前長船」の地に里帰りするためのプロジェクトを開始しました。瀬戸内市には日本刀の伝統と技術を伝承する「備前長船刀剣博物館」があります。この博物館を拠点とし、教育や地域の活性化に資するとともに、国内外の人々に日本刀の価値を広め高めていくことで、刀工達の作刀意欲や技術の向上と伝承に計り知れない影響を与えるものになります。
https://setouchi-cf.jp/village/gohome/about/
★「刀剣乱舞-ONLINE-」と大包平(おまけ)★
2015.01.14 「刀剣乱舞-ONLINE-」のサービスリリース開始、初期キャラクターの鶯丸より「大包平」発言
2015.04.26 幕張メッセで開催された「ニコニコ超会議2015」にて、でじたろう氏「大包平は来年」発言
2016.12.16 公式Twitterより画像一部公開、トレンドワード世界2位に「大包平」
2016.12.19 公式Twitterより新刀剣男士大包平の正式発表
2016.12.20 イベント「連隊戦」にて大包平実装、御歳魂10万報酬(イベント期間2016.12.20~2017.1.17)
2017.05.30 イベント「連隊戦 ~初夏の陣~」、蛍6万匹報酬(イベント期間2017.05.30~2017.6.13)
2017.12.19 イベント「連隊戦 」、レアドロップ(イベント期間2017.12.19~2018.1.16)
(2022年段階では通常マップドロップ、冬の連隊戦でのレアドロップとなっています)
公式発表ツイート
【新刀剣男士公開 大包平(おおかねひら)】
古備前派の刀工包平作の太刀。共に刀剣の横綱といわれながら、天下五剣でもある童子切安綱をライバル視する。歴史的な逸話や伝説にやや乏しく、池田輝政に見出されたという一説は彼の拠り所。同郷の鶯丸に観察されている。
【刀帳紹介】(キャラクターによる自己紹介)
俺の名前は大包平。童子切安綱と並ぶ、名刀の中の名刀。
刀剣の横綱とも呼ばれている。天下五剣の中には入っていない
…… が、見出されたのが遅かっただけなんだ。
ついに刀剣乱舞で大包平が実装いたしました!!ずっと待ってた!!
おめでとうございます、そして、ありがとうございます(*´▽`*)
芝村裕吏さん曰く、なんとはじめにつくった刀剣男士が大包平だったとのこと。
アニメにも出ました。
続『刀剣乱舞-花丸-』 第八話「【葉月】このことは秘密だからな」
(/・ω・)/「さすがは日本刀の最高傑作といわれる大包平、ゲームの登場で世界が沸くとは素敵!
… とは言いたいのですが、これほど話題になったのは、女性の中で刀剣ブームの発端となった『刀剣乱舞』というオンラインゲームで初期から登場しているキャラクターの鶯丸(古備前の友成がつくった日本刀)が自己紹介で『俺は鶯丸。大包平とは同じ古備前派で作風を同一にする』と言ったり、大包平が登場していない段階で『大包平が今日も馬鹿やってそうだなーって
… 』『大包平は、天下五剣の称号を気にしすぎだ』『大包平なら喜ぶだろうが』等といったセリフをしゃべったりして、大包平とはいったいどんなキャラクターなのだろうかと審神者(プレイヤー)が心待ちにしていたためです。ちなみに「来年に出る」と宣言された翌年の最後の月の登場で、ゲームがリリースされてから1年11ヵ月経ったことでした」
|ω・)o○(創作における大包平は刀剣関係のゲームや、池田輝政の装備品のような感じで出てきている。ゲームに出てくる大包平嬉しい!小説で、大包平が足利義輝の所有物として書かれているのは司馬遼太郎の作品の「国盗り物語」と調べると出てきますが実は書かれてないので要注意です。映像作品だと出てくるのかな??ちなみに「剣豪将軍義輝」には大包平がでてきましたよ)
【大包平極】
刀剣乱舞の中での極というのは修行に出てランクアップすることです。
過去の歴史を見つめなおして、強くなって審神者の元へ帰ってくるのです。
大包平が修行に出るイベントが実装されたのは2022年10月18日。
トーハク国宝展で大包平の展示が始まったのも2022年10月18日。
大包平が愛されているとしか言いようがないですね。
☆大包平の展示記録レポ等☆
2017.11.28
2018年大包平展示決定おめでとう(*⁰▿⁰*)
3年待ってた!!!
国宝展示は年度初めにホームページで予定されていることが多いのですが、大包平は1カ月前に東京国立博物館ニュースの冊子でのお知らせでした。
<2018年大包平展示>2018.4.25記
2018月1月10日〜4月8日における大包平の展示が終了いたしました。
展示期間中にたくさんの方とお会いできてとても楽しかったです。たくさん大包平のことを学ばせていただける機会もあって、こんなに嬉しいことが起こっていいのだろうかと思いました。
大包平がとっても格好良くて美しくて堂々としていてこんなに凄いものが形を変えずに1000年も前からあるなんて本当にこの世の奇跡だと思うし、つくられてからいままで大切にしてきた方々や大包平を愛してきてくれた方に感謝を言いたい、本当にありがとうございます。
私が大包平を好きになったのは前回の展示の時でした。最初に見た時には足を止めているのはほんの数人で、次はたくさんの方々に囲まれる大包平を見たいと思いながら次の展示を待っていたので、私の夢が叶いました。大包平の前はたくさんの人が並び、行列が乱れないようにベルトパーテーションポールで区切られているほど。ここ3年でこのポールが登場したのは三日月宗近と大包平しか私は見たことがありませんでした。長い時には隣の展示室のガラスケースが2つ見られなくなるほどでした。
大包平を知らない人もその行列に驚き、何があるのだろうと並んだり、初めて見たと思える人もその大きさに驚いていました。その反応を見ることや、大包平を見に来たんだと楽しんでいる人を見るのも楽しかったです。
たくさん見に行って大包平の魅力を堪能してきました。大包平と会うのはとても幸せな時間でした(*´▽`*)
書いてる人の行った記録はモーメントにまとめてあります。毎回楽しく見ていました。
<2020年大包平展示>2022.3.6記
2020年は大包平の展示が行われました。書いてると思ったらこっちに書いてなかった
… 。
2020年6月10日〜2020年9月6日に展示された大包平を見に行った記録です。新型コロナウイルス感染症(COVID‑19)のこともあり控えめに。展示室改装後に国宝専用の展示ケースが出現、通常は2振飾られますが大包平は大きいので唯一1振だけ入っていました。大包平専用レーンに並び大包平を独占して鑑賞できたのは嬉しかったですね。
感染症対策であまりお会いできず大包平語りをする機会が減って残念
… 。私事では大包平の展示ケースの前で大包平を解説したいという一つの夢がかなえられて嬉しかったです。ありがとう家族。
大包平展示初日には呟かずに行きこっそり帰ってこようと思ったはずですがフォロワーさんと遭遇し、大包平展示最終日にもフォロワーさんに遭遇するという
… 。世間は狭い
…… 。
大包平展示最終日の思い出です。大包平を展示を見に行ってすぐ帰ろうと思ったらフォロワーさんに遭遇、帰ろうとすると土砂降りで、フォロワーさんとも一緒にいたため雨が止むまで博物館内で過ごすことに。同じ部屋に長時間いてはいけないなと大包平を中心に館内をぐるぐると回っていました。そろそろ閉館だし雨が止んでいればいいなとと外を見ると雨上がりの空にきれいな虹が浮かんでいました。色々な偶然が重なって、大包平の最後の展示時間まで博物館に滞在して、また会いにくるよとお別れを伝えることができました。
<2022年大包平展示>2022.10.25記
予約の朝イチ回、9:30~に入場してきました。
大包平の展示は入って3番目。2番目は友成で備前刀が並んでおりました。
音声ガイドでも大包平のガイドがあり、多くの人が大包平に注目しておりました。単独ケースの刀剣を除けば一番囲まれていたという印象です。(入口の童子切安綱、真ん中の三日月宗近は単独ケースでした。大包平と童子切安綱が並ぶ両横綱対決も見たかった
… )
刀剣の展示がどこか予習をしていなかった私は出口側から日本刀展示を探して歩いておりました。
日本刀の展示の部屋に入り、一目でわかりました。大包平だ!
左右の刀剣と比べるとその堂々たる姿。太い!大きい!それだけでもう格好いい!!!
大包平だ!大包平だなぁ!!!!!!嬉しい!!!!今年の大包平も格好いいぞ!!!
平日の初回の予約をしていたので、人のまばらな状態で、大包平の前で2、3人いたのでおとなしく順番を待ち、私の番だと大包平を見る!美しい!!ふと横を見ると誰もいない!!ハイパー大包平タイムじゃん!!!
単眼鏡で眺め、刃文を堪能する。ライトはお肌にあたっていたので少しかがむと刃文が美しく見えました。
金筋もよく見える。ここぞとばかりに膝をつき、次の方がお見えになるとスッとその場を退きました。
だって大包平を見てもらいたいじゃないですか!!!
刀剣の部屋をゆったりと一周し、大包平を後方から眺めて満足したところで、展示室の順番通りに回ることにしました。
私は国宝全てを予習してから挑んだのでもう全部が楽しかったです。国宝以外も面白いものがたくさんあってとても時間が足りない。本当に充実した時間を過ごしましたよ。
11時半くらいに再び国宝刀剣の間を訪れると、凄い人。私の前の来訪者が順にみてきたら当然混みますよね。
大包平の音声ガイドがあるため、大包平を最前列で見るための列ができて並んだ(隣の友成の前くらいですが)。
切っ先のアングルからなかなか進めないため、大包平の切っ先の二重刃が良く見える。かわいい!
皆さんここで友成をじっくりと見ておきましょう、大包平と同じくらいの時代に作られた備前刀でお互いの良さが比較できて素敵です。
人垣ができているし、止まらないで進んでくださいのアナウンスが入るのでこの時間にはしゃがむことができないので中腰鑑賞。ああああ綺麗だああ。
行列に並んでみると皆様の大包平の感想を感じることができて楽しい!!このライブ感良きですな!!
備前刀の最高峰だってすごーい、えーこれ本物なの、でっか、これ見たかったの。その声が聞こえて嬉しい!!(声はお控えくださいですが感想聞こえたらうれしいんですよね)
大包平は音声ガイドがあるので多くの人が足を止めていました。アプリ版はおうちで聞けるそうなので帰ったら聞こう。
<国宝展音声ガイドについて:
https://tohaku150th.jp/goods/ >
行列から外れて後ろから見れば人垣に埋もれる大包平を見ることができます。大包平が見えないくらい大包平が見られているぞ
… と壁側から見守っていたのは私です。
行列はあるのですが、最前列で見たい人は並んでね程度で好きなところから見てくださいねという感じなので見たい刀のためにめちゃくちゃ時間がかかるということはありません。パーテーションで区切られているわけでもないので好きなところから見ることができますよ。
ちなみにこの展示、再入場ができます。列があっても優先的に入れてくれます(スタッフさんに確認済み)。
最初にチケット拝見するところの横の「出口」の門を出なければ何度でも再入場をすることが可能です(東洋館や本館の展示を見た後に特別展の部屋に戻ることが可能です)。
14時ごろと16時ごろに大包平を見に戻ったところ、どちらの時間もたくさんの人がおりました。ちょっと並べばすぐに目の前で見ることができるのですが、人が多いと単眼鏡で見るのも難しくなってしまいますよね
… 。
閉館時間くらいになれば人も減るかなぁと思いましたが、この日もほぼ予約が埋まっていただけあって混んでおりました。
17時前にちょっと見ようかと思いましたが、17時の段階でショップでお買い物の行列にいたため叶わず
… 。(17時ごろに各展示室の入り口側の門が閉められてしまいました)
この展示会場の中で一番並ぶのはショップのお会計でした。珍しい大包平グッズに加え、刀剣乱舞とのコラボグッズも販売しております。再入場の目的の一つにお買い物列が短くならないか狙っていたのもありましたが、どの時間も20分は待つ列でした。つぎは朝に買い物したいですね。
この特別展では嬉しいことがありました。
ついに、ついに!東京国立博物館から大包平のグッズが出ました!!現状では特別展限定販売です。(追記:後日一部通販もありました)
いうておきますけど大包平はポストカードなどミュージアムショップでのグッズは一切なく、2015年からずっとアンケートに大包平グッズほしいと書き続けていたんですよ。嬉しい。
刀身のポストカード、手ぬぐい、メタルカード、刀剣勢ぞろいのクリアファイルなど。
さらに刀剣乱舞とのコラボグッズは書下ろしイラストがありました。
あと入場の際にランダムで貰える国宝カードにも大包平カードがありました。
私自身は大包平カードはもらえなかったのですが、大包平を見に来たフォロワーさんに会いに行ったらその方が大包平のカードを受け取っておりまして奇跡的に現物を手にして拝むことができました。すごくうれしかった。
ちなみに図録は本館で売っているのでそれだけが買いたい方はそちらをお勧めします。
この図録、私の中では革命的でした。
今回の展示・図録において「大包平は池田輝政の愛刀」という表現がなかったのです!
以前博物館の方と、池田家の大包平に関する記録で光政より前が遡れないけど世間の輝政の愛刀となっているのを覆すのは難しいという話をしたことがあったんですよ。だから今回の展示の中で、輝政の愛刀ではなく岡山藩池田家で愛された日本刀という扱いになっていてとても嬉しかったです。
見返り美人が展示される出口から入って刀剣の部屋に行って大包平と思われる日本刀にまっすぐ向かって、大包平を最初に目にして突っ切った私ですが、刀剣の部屋の入口にあたる部分に単独ケースで展示されていた童子切安綱のことなど知らず、「童子切がいない
… どこだ
… 見逃したのか?国宝刀剣の間は19振りと聞いていたが童子切だけ別の部屋なのか??」と童子切を探して刀剣の部屋をぐるぐるして、諦めて外に出た時に童子切が単独ケースで離れて展示されていることに気づきました。
【1089ブログ】サムライの芸術・日本刀と国宝刀剣の間
https://www.tnm.jp/modules/rblog/index.php/1/2022/12/02/150thAnnivSpecialExhibition-7/
展示の様子が動画で確認できます(この動画の再生直後に映る、壁右端から2番目の刀剣が大包平です)
https://youtu.be/MIStFcIb8lI?t=107
<2023年大包平展示>2023.10.20記
2023年9月26日~ 2023年12月3日に東京国立博物館の本館13室で大包平の展示を見に行った時の記録です。
今年度の国宝展示予定が更新されたときにバーンと写真とともに9月26日~ 2023年12月10日の大包平の展示が告知されました。
大包平が東京国立博物館で2年連続展示されるのはおそらく10年ぶりのこと。私も予想できずびっくりしました。(三日月宗近や小龍景光などは連年展示されていることもありましたが、大包平は珍しい)
そして展示が迫り、13室の国宝以外の展示が発表されました。この時に9月26日~ 2023年12月3日と展示期間が当初とは変更されていました。5日以降は工事を行うそうで、そのため予定が早まったと思われます。
(2023年12月5日(火)~12月24日(日)まで、本館13室は展示環境整備のため閉室します。とお知らせにありました)
今回は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による制限がなくなったうえで初めての展示。2020年の時には感染防止も兼ねてパーテーション列がありましたがそれはありませんでした。また、ケースに近づく入場制限のマークもなくなり、よりケースに近い場所で見ることができました。
開館直後は人も少ないのですが、10時ごろになるとたくさんの人が訪れていました。大包平の前は行列ができるのではなく、多くの人がこれはなんだろうと見て去っていくを繰り返していました。
以前の展示では入館料が600円でしたが2020年4月から入館料が1000円に変わりました。2018年と比べると色々な状況が変わって、なんとなく入館者は海外の方が来ている割合が多くなった気がします。独り言ですが日本人の行列を作る文化はありがてぇなあ
… と思う場面もしばしばでした。
10月6日に今年初めての大包平に会ってきました。その日は私の誕生日でして、電車の遅延もあり平日で開館前にはついたけどすでに大包平を見ている人はいるよなぁと思いながら刀剣の部屋に向かうと誰もおらず、しかも構造的に最初に目に入るのは大包平だし!嘘だろ!Happy birthday to Me!!!!大包平を独占してみたので今年は何があっても大体いい年です。ありがとう大包平。
大包平は国宝が入るケースのど真ん中にドドンと展示されておりました。今年も格好いいぞ大包平!!
今回は左側には大包平、通路を挟んで右側には鳴狐と毛利藤四郎が展示されておりました。
うおおおお池田家特集じゃないか!!!!!
この並びでここまで興奮するのはあまりいないんじゃないかと思うのですが、池田家ゆかりの刀剣が並んでいるんですよ!奇跡的じゃないですか!!!展示担当のひとわかってる!ありがとう!!!!
短刀 銘吉光(名物 毛利籐四郎)
徳川家から池田輝政か光政に伝わったといわれており、明治天皇へ献上されるまで大包平と共に岡山藩池田家に伝来した短刀。
刀 銘左兵衛尉藤原国吉(号 鳴狐)
姫路藩2代藩主池田利隆の家臣の石黒甚右衛門から館林藩主の秋元家に伝ったといわれている。
池田利隆は池田輝政の息子であり、大包平を日記に書き残した光政の父。
どうですか!!!
ありがとう展示担当した人!!!(2回目)
今回の大包平は、切っ先の二重刃を見るには刀の真ん中よりちょい右に行ったくらいで切っ先のほうを見るとよく見えましたのでご参考にしてください。
今年の大包平はいつもと比べてちょっと寝てる気がする。
<2026年大包平展示>2026.5.28記
2026年5月19日~ 2026年8月2日に東京国立博物館の本館13室で大包平の展示を見に行った時の記録です。
今年の大包平も格好良かったです。
今年の大包平の展示は見えやすい気がする。刃紋も切っ先の二重刃も見えやすかったです。前回展示と比較すると刀身の当たるライトが減ったようですね。
あと今回もキャプションが変わりました。来歴についてはなくなり、見た目勝負な感じに書いてあって個人的にはいいぞいいぞと思いました。
23日は土曜日で、みんなが前で止まってカメラに収めたい気持ちで行列のためのレーンはないのに自然と隣の部屋まで行列が伸びてしまうこともありました。
大包平を見て格好いい、すごいという声が聞こえてきてほかの方の感想は嬉しい気持ちになりますね。
今回は平成館で 前田育徳会創立百周年記念 特別展「百万石!加賀前田家」が 2026年4月14日~2026年6月7日まで開催しています。東京で大典太、前田藤四郎、富田江が展示されていました。ちなみに大包平の展示の前は童子切安綱だったので天下五剣を同日に見られる貴重な機会でした。
この特別展と連動して能東博というイベントも行っていました。刀剣乱舞とのコラボパネルで館内には刀剣男士の姿もありましたよ。(前田家展は大典太、前田藤四郎、富田江。能東博は小狐丸、膝丸、小烏丸)
刀剣も刀剣男士のモチーフとなった大包平、亀甲貞宗、石田正宗が展示、さらに水心子正秀の作刀も展示されていました。審神者としてもワクワクする展示です。
友人と来てたので、等身大の大包平の描かれた手拭いを見てから大包平鑑賞に挑んだり、ミュージアムショップで出た初の公式グッズの大包平クリップで銘を見比べたり、いろいろな形で楽しみました。
余談ですが岡山藤四郎が同室で展示。こちらも大包平とは同じ岡山城にあった刀剣ですが年代が異なり、大包平の前の主の池田家より前に入っていた小早川秀秋の所持していた短刀で彼が岡山城主だったことを由来にしています。ちなみに今回は小早川秀秋の陣羽織の猩々緋羅紗地違鎌模様が2階に展示されていますね。岡山城を感じる展示でなんだかうれしい。
大包平を見た後に加賀前田家展の大典太を見て「似てるな」と感想を持てたのが自分の中で大きい喜びでした。そもそも大包平と大典太を比べる機会なんてないですからね。
どこかの本で読んだんですけど、樋があり、猪首切先で、身幅が広いという共通点から似てるという記述を読んだ記憶があります。全体としてみると思わないんですけど間近で見たからこそわかる「似ている」なんだなと思いました。
今回の展示の超個人的な感想なんですけど。
うちの双子は一見共通点がなさそうなよくある名前にみえて実は日本刀の綾小路派と千手院派から文字をもらった日本刀由来共通という名前なんですけど、まさかの同じケースに展示されておりまして
… 。
こんなこと子供が生まれてから初めてなんですけど。次に大包平が展示されたら子供たちをここに連れてくる宣言をしていざ展示を見に行ったらこの展開にすごくびっくりしましたよ。こんな奇跡あるんだ。
6月13日に初めて子供たちを連れて東京国立博物館に行ってきました。
子供が生まれてから本人たちが行きたいタイミングで行こうと思っていたのですが、子供たちは「ママの大好きな刀剣を見におでかけしたい」と言ってたので4歳にして初めてのトーハクとなりました。
大包平と同時に名前の由来の日本刀を2人と見ることができてとても嬉しかったです。
いつか子孫と大包平を見たい。その夢が一つ叶いました。
参考文献
◎HP
e国宝
http://www.emuseum.jp/top?d_lang=ja
文化遺産オンライン
http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/192523
文化庁国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/index_pc.html
東京国立博物館1989ブログ
http://www.tnm.jp/
名刀幻想辞典
http://meitou.info/
伊勢神宮所蔵太刀 銘国永まとめ
http://tatewaki2015.tumblr.com/
つるぎの屋
http://www.tsuruginoya.net/stories/ookanehira/
地方活性から日本再生へ 知事の思いは今・佐賀県古川康知事2
http://www.insightnow.jp/article/5368
松崎 昭一氏 - 近代日本史料研究会
http://kins.jp/pdf/54matsuzaki.pdf
岡山の博物館
http://www.pref.okayama.jp/seikatsu/kenbi/okahaku-no44.pdf
国宝日本刀特別展目録:刀剣博物館開館記念
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000039-I002509983-00?lat=&ar=4e1f&lng=
松江市報文化財だより
https://www.city.matsue.shimane.jp/jumin/shisei/kouhou/shihou_matsue/2005/bunkazai.htm
没後350年記念特別展 松江藩主松平直政の生涯目録
http://matsu-reki.jp/rekishikan/wp-content/uploads/2016/09/76e8fb386db259ff3bfe811402158175.pdf
「博物館の名品大集合」展示目録
http://www.history.museum.city.fukui.fukui.jp/tenji/image/meihinmokuroku.pdf
名刀は語る目録
http://sanobi.or.jp/wp/wp-content/uploads/2016/11/katana2016_shupponmokuroku.pdf
刀剣界2013.1.15
http://www.zentosho.com/pdf/2013no9.pdf
【刀剣】大包平は池田輝政の愛刀だったのか?
http://togetter.com/li/1055261
世界の民謡・童謡ホーム
http://www.worldfolksong.com/calendar/shogatsu/gusoku.html
森記念秋水美術館 -MORI SHUSUI MUSEUM OF ART-
http://www.mori-shusui-museum.jp/
岡山県立博物館だより39号
http://www.pref.okayama.jp/kyoiku/kenhaku/data/publish/dayori039.pdf
東京大学史料編纂所
https://www.hi.u-tokyo.ac.jp/index-j.html
(※池田分限帳へのたどり着き方:①大日本史料総合データベース②編/冊→12編10冊(対象はすべてを選択)③No243の619項 ④図の下の刊をクリック ⑤642~656のページに移動)
◎国立国会図書館デジタルコレクション (出版年月日)
工芸鏡1(明治27.12)
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/854117/11
刀剣談 (明治43.6)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/854220/92
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/854220/93
詳註刀剣名物帳 : 附・名物刀剣押形(大正8)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/951684/100
※95に包平
池田光政公伝. 下巻(昭和7)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1208478/259
官報. 1936年09月18日(昭和11)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2959398/3
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2959398/4
文部省認定重要美術品目録(昭和12)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1223067/114
日本刀工辞典. 古刀篇(昭12-13)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1116200/34
日本刀工辞典. 新刀篇(昭12-13)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1116191/43
国宝刀剣図譜 古刀の部 備前1(昭13)
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/1686078/1/19
紀元二千六百年奉祝名宝日本刀展覧会出陳刀図譜(昭和15)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1139254/134
刀剣鑑定秘話(昭和17)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1125197/99
日本刀大観. 下巻(昭和17)
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1125212/181
読画楼随筆(昭和19)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/112349
日本美術工芸 (331)(昭和41)
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/2281800/1/41
文化催事三十年(1974)
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/12416627/1/17?keyword=%E6%9E%97%E5%8E%9F%E4%B8%80%E9%83%8E%E3%80%80%E5%A4%A7%E5%8C%85%E5%B9%B3
春雷のごとく : 林原一郎風雲録(1983.10)
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/12416627/1/17?keyword=%E6%9E%97%E5%8E%9F%E4%B8%80%E9%83%8E%E3%80%80%E5%A4%A7%E5%8C%85%E5%B9%B3
刀談片々 南光社,本阿弥光遜(昭11)
https://dl.ndl.go.jp/pid/1256603
刀剣鑑定手帖 日本美術刀剣保存協会佐藤貫一 (昭和30)
https://dl.ndl.go.jp/pid/2526810 (参照 2025-09-12)
岡山県人 第11巻4号(通巻102号)全国岡山県人社(1941-04)
https://dl.ndl.go.jp/pid/12715625/1/9?keyword=%E5%A4%A7%E5%8C%85%E5%B9%B3%E3%80%80
◎官報
1933年07月25日
https://dl.ndl.go.jp/pid/2958441/1/4
1936年09月18日(3,4ページ)
https://dl.ndl.go.jp/pid/2959398/1/3
1952年01月12日
https://dl.ndl.go.jp/pid/2964055/1/7
◎国書データベース
輝政卿以来代々拝領之太刀.刀等書付(岡山大学附属図書館,岡山大蔵池田家文庫マイクロデジタル変換,池田家C6-405)
https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/300074181/3?ln=ja
池田家分限帳
https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100346616/94?ln=ja
◎書籍など
『武将と名刀』1964 佐藤寒山
『日本の美術6 刀剣』1966 佐藤寒山編
『Museum:国立博物館美術誌No. 217 (1969)「名物大包平の太刀(新収品研究・紹介)」』加藤進
https://dl.ndl.go.jp/pid/4429606/1/10
『原色日本の美術. 21巻』1970 尾崎元春 佐藤寒山
『愛刀百華選』1972 林 盈六
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/12424700/1/106?keyword=%E5%A4%A7%E5%8C%85%E5%B9%B3
『新修刀剣美術合本2』1972 佐藤貫一/編(刀剣美術: 第8号-第22号)
『東京国立博物館百年史』1973東京国立博物館
『薫山刀話』1974 本間順治
https://dl.ndl.go.jp/pid/12424747/1/1
『池田光政日記』1983 池田光政(藤井駿)
『日本刀大百科事典』1993 福永酔剣
『巧匠平櫛田中』1999/7 原田 純彦
『剣技・剣術〈3〉名刀伝』2002 牧 秀彦
『日本の美 日本刀 The Japanese Sword』 稲田和彦
『刀剣と歴史「武将と愛刀(20)池田輝政(三左衛門、羽柴岐阜侍従)(1563~1613)の愛刀 大包平 ほか」』2004牛歩老人
『林原美術館紀要・年報「(2008)旧岡山藩主池田家の近代における文化財管理の実態について」』 浅利尚民
『季刊永青文庫73』2010年冬号 永青文庫学芸部
『名物刀剣
― 宝物の日本刀
― 』2011佐野美術館
『独創を貫く経営-私の履歴書-』2003/11/18林原健
『日本美術工芸(331)「国宝備前大包平の太刀--館一品・岡山美術館 」』
https://dl.ndl.go.jp/pid/2281800/1/41?keyword=%E5%A4%A7%E5%8C%85%E5%B9%B3
『刀剣目録』2015/6/12 小和田泰経
『刀剣美術』234~236号 財団法人 日本美術刀剣保存協会
『新修刀剣美術 合本2巻』日本美術刀剣保存協会
『岡山春秋「備前刀と「大包平」-友成鍛造の太刀「鶯丸」にも觸れて -」』通号15第2巻10号
『昭和大名刀図譜 坤』 本間薫山/編
『日本刀 日本のわざと美と魂』2007/5/20 小笠原信夫
『大包平の伝来と役割の変遷ー池田家の什器から博物館資料へー 』吉備地方文化研究 2018/3 浅利尚民
『刀剣会誌150号』
『かたな』大正15年12月号
『春雷のごとく : 林原一郎風雲録』1983.10 謙光社.秋吉茂
『独創を貫く経営-私の履歴書- 』2003/11/18 林原 健
◎図録
「備前池田家と岡山美術館名宝展」日本国際美術センター 1967
「国寶 日本国宝展」京都国立博物館 1976
「特別展 日本の武器武具」東京国立博物館 1976
「日本のかたな : 鉄のわざと武のこころ」東京国立博物館1997
「Art of the Samurai: Japanese Arms and Armor, 1156–1868」メトロポリタン美術館 2009
http://www.metmuseum.org/art/metpublications/art_of_the_samurai_japanese_arms_and_armor_1156_1868
「東京国立博物館創立150年記念 特別展 国宝 東京国立博物館のすべて」東京国立博物館 2022
(↓大包平以外)
「藤島神社の宝物 : 平成二十二年春季特別展」福井市立郷土歴史博物館 2010
「松江藩主松平直政の生涯 : 祖父は家康と秀吉 : 真田丸攻めで初陣を飾った」松江歴史館 2016
「草創期の日本刀 : 反りのルーツをさぐる」佐野美術館 2003
「岡山藩主池田家と吉田・二川」豊橋市二川宿本陣資料館 2017
大包平について掲載されているものたち(参考文献にしたものじゃないけどほかの読んだ本とか)
日本刀の本 (別冊宝島 2120)
日本刀図鑑 (別冊宝島 2346)
芸術新潮 2015年09月号
『図解 武将・剣豪と日本刀』 日本武具研究会
『日本刀列伝
― 写真と由来で深く知る日本刀の物語 』(英和MOOK)
『歴史人SPECIAL 日本刀大図鑑』 (ベストムックシリーズ・49)
『戦国武将と名刀』横田孝雄
『週刊朝日百科 日本の国宝』029 2009/07 朝日新聞社
◎岡山藩池田家関係資料
探訪・池田家文庫
http://www.lib.okayama-u.ac.jp/ikeda/tanbou/#1
江戸時代の調度
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jhej1951/24/7/24_7_567/_pdf b
奇跡の池田家文庫
http://www.cc.okayama-u.ac.jp/~kimazu/paper/doc/ikeda2017.pdf
御国残り御道具根帳
http://www.pref.tottori.lg.jp/secure/1072770/10236.pdf
都心創生まちづくり構想
http://www.city.okayama.jp/contents/000178884.pdf
(/・ω・)/「大包平に関するぜひ読んでいただきたい資料は『池田光政公伝. 下巻(昭和7)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1208478/259 』『武将と名刀』『季刊永青文庫73』『薫山刀話』かなぁと。実際に大包平を見た人々が書いたもの。別の方の視点で記録された大包平の話が面白いです。大包平が調度記の最初の最初に載っていることを知って『旧岡山藩主池田家の近代における文化財管理の実態について』(浅利尚民)を読むと大包平の凄さがわかります」
ほかにも池田家関連・刀剣関連の資料をつくっております(/・ω・)/
http://privatter.net/p/2801451
http://privatter.net/u/red_pumpkin
6月9日は大包平国宝記念日のお祝い
博物館で大包平に出会い、大包平に惚れ、大包平の資料が欲しかったので自分用にまとめを作りました。
ただの大包平ファンで歴史や刀剣の素人が作ったものですので調査不足、一部解釈違いなどもあるかもしれません。参考程度にどうぞ。
大包平が気になって古い資料を読むようになり現在の大包平の話に疑問を抱いて考察し、大包平の本当の歴史とはと考え、資料を集めて史実重視に作った資料です。2015年から資料を集め調べたものですので最新情報と相違があるかもしれません。調べ何かの参考になりましたら幸いです。
(2015年~2020年に調べた資料が中心です。最初に読んだ本の大包平情報は「池田輝政の愛刀の国宝で最高傑作と言われているよ」くらいしかなかったからもっとなんか厚みが欲しいと調べだしました。2021年以降は育児による多忙のためゆっくりペースです。育児始まったら調べられなくなるだろうからそれまでは全部の資料調べたろうぐらい全力疾走して一区切り中。大包平が気になった人はこれを元にしてガンガン調べて新資料を発掘してください。しばらくは現代と未来の大包平中心に資料を増やしていくつもりです)
資料重視なので池田輝政所持説を否定してますが、個人的には輝政が持ってたらいいなぁと思ってます。輝政所持裏付けの資料がでてこないかなぁ(´・ω・`)
大包平や日本刀について本当にたくさんの人に教えていただいております。
刀剣や大包平について情報を教えていただいた方々、応援してくださったフォロワー様、ここまで読んでくださった皆様にこの場を借りて感謝申し上げます。
畳の自己紹介
2015年、刀剣乱舞を始めてすぐにゲームに登場する刀剣が東京国立博物館に展示されていると知り、獅子王と鳴狐を見に行ったら鳴狐の隣に展示されていた大包平に遭遇し、とても美しくて格好いい大包平が大好きになりました。
大包平が大好きで生きていたら、婚活で苦しんでいた中で大包平を展示している期間に出会った人が夫になり(興味のない博物館に3時間付き合った猛者)、子供ができないと医師から言われたのを大包平を子孫と共に見てみたいという気力と早期治療と運で覆しました。
大包平には出会ってから色々と勇気やパワーや行動力をもらいました。日本刀や歴史を調べることも初めてでした。
多くの人に出会うことができ、私にとっては人生を変えた一振です。
大包平は一人の人生を変える凄い日本刀なんだぞ、と大包平伝説の一端にそういう人もいたと思って頂けたら幸いです。
ほかにも池田家関連・刀剣関連の資料をつくっております(/・ω・)/
http://privatter.net/u/red_pumpkin
2020年に大包平まとめを本にして納本しました。国会図書館にあります。
※本は2020年段階の情報で作ったものです
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I030624480-00
「蝶よ刀よ 大包平まとめ手帳」から一部抜粋して公開したものはこちらです
「大包平の本を納本した話 」国会図書館納本レポート
https://privatter.net/p/6670860
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