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喜びとは目的を暖め続け、知性を輝かせ続ける神聖な炎である。7

全体公開 アークナイツ 4469文字
2023-08-19 05:54:09

アークナイツ エイヤフィヤトラ二次創作その7
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Posted by @Alpha_arpA

『痛いっ……いだい……っ!』
『ママぁ、たすけてえ』
『あんたらのとこに居たら、俺達生き続けられるんじゃないのかよ!?』
『嘘つき……“救う”って、いったのに!!』
『げほっ』
『もう、死なせて』
『ねえ、観てよ。体中石だらけ』
『あなたは感染者じゃないの? そう。じゃあもういいわ』
『先生。いいの、自分を責めないで』
『どうして俺なんだ、どうして俺だけが』
『こんな痛みに耐えつづけるくらいなら、いっそあの人も感染させてやればよかった』
『ねえパパ、私どうしてお外にでちゃいけないの?』
『先生見て! わたしね、遺書書いたの!』
『せめて、清潔なベッドで死にたかったな』
『薬! くすりを頂戴! はやく!!』
『僕のからだはね、閉じ込めるよりは、荒れ野に棄ててほしいなあ』
『くそ、痛ぇな……はは、何だこの脚。めちゃくちゃじゃねえか』
『息がしづらいの。胸が痛くて、唄えない』
『手が動かないから、もう絵も描けないわ。唯一の楽しみも持っていかれちゃった』
『桟橋嘲り 拐す夕凪 そよ風に揺れる生首 竜宮に消ゆ芋虫 銅像はかく語りき 桟橋嘲り……
『“ドクター”だ? ハッ、自分だけマスク被って感染対策は万全ってか』
『自分はまだやれます! 引鉄はまだ引ける、味方の居ない最前線に自分を!』
『救うってんならさ、まずは私たちと同じところに堕ちてきてくんない?』
『あはは、あんなに下手だったアーツ、我ながら上手くなったなあ。でも、嬉しくないや』
『どうせ死ぬんだ、いいだろちょっとくらい』
『高い金を払っているんだ。もし治せなかったら、分かってるんだろうな』
『どうして、あと一日早く来てくれなかったの』
『先生、私、何を食べても砂みたいなの』
『次は、御伽噺みたいな源石の無い世界に生まれたいなあ』
『いいなあ、感染してないひとは』
『この手術が終わったら、私の病気は治るの?』
『先生……助けてください。お願いします』
『怖いよぉ』
『いやだ! もういやだ!! こんな病気、こんな世界、こんな私っ!!』
『お前も、私たちのように不幸になってくれ』
『死なせてくれて、ありがとう』
『私の遺体。誰も引き取って処理、してくれないんだって』
『ばいばい、先生』
『先生は、こんな病気になっちゃだめだよ』


『初めまして。私はエイヤフィヤトラです。
ここに来る前は火山の研究をしていました。鉱石病の影響で耳が悪いので、ご迷惑をかけるかもしれませんが……よろしくお願いしますね。先輩〜』

『どうして後ろにいるのがわかるのか、ですか?
ふふ……それはですね、先輩の体温を感じたからです。耳も目も悪くなりましたが、その分ほかの感覚が鋭敏になっているというか。
こう見えても私、なかなかしぶといんですよ〜』

『聴力だけでなく視力も悪化してきていると、ケルシー先生から聞きました。
……鉱石病は私を、どこまで連れて行く気なんでしょうね?』

『研究を続けたいんですっ……死にたくない、目も耳も閉ざされていくのがたまらなく怖い、私ちっともしぶとくなんてないんです。ただ平気なフリをするのが上手いだけで』


『先輩』



 クルビア辺境、都市部より離れた荒野の只中。ライン生命がかつて運用していた実験基地の跡地は存在する。
 359号基地とかつて呼ばれたその建物群は今や荒れ果て、一部の建物を除いてはまるでヴィクトリア蒸気兵の砲火の嵐が通り過ぎたかのように、完全に破壊され尽くしたまま放置されていた。
 荒涼とした荒れ地と、ほんの僅かばかりの草原。さび色と濃紺の夕暮れ空に星が瞬いている。乾燥した風が通り過ぎて、どこかから獣の遠吠えが聴こえてくる。
 基地の中心地、実験棟は最早影も形も無いほどに破壊されており、辺りには瓦礫の残骸ばかりが散らばっている。地面を建物ごと巨人の手が掬い取って圧し潰したかのような椀型クレーターが其処には在って、その底部には雨が降って水が溜まったのか、澄んだ浅い水たまりが空の色を反照していた。

 頭の中にぐるぐると渦巻く声が、心臓の鼓動のように脈動して聴こえてくる。
 それは怨嗟、諦観、安堵、怒り、悲しみ、恐怖。この世界を冒す病への、ありとあらゆる絶望。
 もうずっと、起きているときも寝ているときも、仕事をしているときも休んでいるときも、誰と話をしているときも声たちはドクターの頭の中を朗々と響かせ続けている。
 救えなかった患者たち。守れなかった患者たちがドクターに遺したもの。涙の代わりに流れたもの。
 己に向けられた、それら全てを男は一つも余すことなく背負い続けていた。
……
 男は人形だ。ただ“ヒトを救え”と己に銘じ続ける無記銘人形。
 鉱石病からヒトを救うという命題を、この地に生きる誰もが馬鹿にするような使命を、最短直線で完璧に実行しようと邁進するヒトガタ。それがその男の、本性。
 ゆえに男は、己の掌の中と外、何処でいかなるヒトが鉱石病に苦しみ死んでいくことも許すことができない。このテラにあの黒い粉塵がひとひら舞うたび、男は自らを地獄の罰の如く責め続けている。

 たとえ己がどれだけの地獄をその心の裡に抱えることになったとしても、ドクターは死にゆく者たちが託した思いを過去にすることができない。男は生き物としては、どうしようもなく欠陥していた。

 かつて己の記憶を失った男は、己の患者が死した思い出を、ただのひとつたりとも思い出にできない人間になっていた。



「大丈夫? ドクター」

 クレーターの淵に立ち、その底を見つめている仮面の男。その隣に近づいたザラックの女が、水のように澄んだ甘い声で話しかけた。
 トパーズ色の大きな瞳が、マスクの奥の淵のような瞳を覗き込む。
「顔色が悪いわ。装置のリブートと再起動までまだ60分以上あるのだから、屋根のある所で少し休んだら?」
 ドクターは、こちらを見つめるドロシーと視線を合わせた。無言の中で、ドロシーが手を伸ばして男の服の袖に触れる。乾いた荒野の風が瞳と同じ色の前髪を揺らし、死にゆく夕陽が二人の影を大地に長く伸ばす。
「ほら、こっちに。此処はひどく寒いもの」
 遠慮がちにくい、と引かれた腕を、しかし男の痩せ腕は引き戻した。
「此処で良いんだ」
 そう短く言い切った男の瞳は、目の前のクレーターの底をすら見透かして、このテラの大地の底を見通しているような雰囲気すら感じさせる。ドロシーはそれ以上男を引っ張ろうとするのをやめ、しかし自分も建物内に戻ることはなく、彼の隣に立った。
「君は、暖かい所に居ていいよ」
「あの子を待っているのでしょう? 必ず来ると、あなたは確信している。今のあなたの顔、まるでまだ夢を見ていたときの私のようだわ。だから……心配なのよ」
 隣に居させて、と呟く声が紫紺の空に融けていく。男は是とも、否とも返さなかった。

「何を考えていたの?」
「救えなかった患者たちの声を」
「いつから考えているの?」
「ずっと前から」
「エイヤちゃんのことも?」
 淀みなく、淡々とした答えがぷつと途切れる。
 二人で見つめる夜の始まりの空を、星々が照らしている。ドクターとドロシーは、そこで待ち人の到来を他愛もない話と共に焦がれている。
 男は感慨深げに、ぽつりと。

……ああ」

 ドロシーの端末がメールの着信を告げ、彼女は一言ドクターに断ってからディスプレイを操作し、メールの内容を読んだ。小さな吐息と共に、その場でドクターに報告する。

「ライン生命とクルビア政府への打診、返事が来ていたわ。二つ返事だった。『クルビアは本日0時まで、一時的にこの基地の跡地をロドス製薬の新薬実験場として貸与する』とのことよ。
報酬についても事前の取り決めから変更なし。ラボとは別口で雇った顧問弁護士にも裏を取らせてあるから、契約内容に穴は無いわ」

 それは、“今日の日付が変わるまで、この土地で何が起きてもクルビアは関知しない”という契約。
 ロドスの首脳である男の交渉と、元よりライン生命の主任研究員であるドロシーのコネクションを利用した契約は、男の予想通りにすんなりと締結された。
「ありがとう、ドロシー。今回は最後まで、君の力を借りる結果になったな」
「いいえ。これは私の愚かな夢を笑わないでいてくれたあなたへの、せめてもの恩返しだから。感謝すべきなのは私の方よ、ドクター。
この研究成果を、本当に正しい用途に、正しいやり方で使うことができる。“スマラグドス”が完成すれば、沢山の人を悲しませた私の研究が、ほんの少しでも誰かの希望を灯す手助けになれる──」


 そこまで言うのと、ドロシーの長い耳がピクリと動き、煮詰めた蜂蜜のような色の地平線へと視線が向いたのと、ほぼ同時だった。
 少し待っていれば、ドクターにもその音が聴こえてくる。夕陽の向こう側からやってくるロドスの作戦用高速輸送機の耳慣れた音が。それは見る見るうちに大きくなり、しかしドクターたち二人の近くに着陸するのではなく、その頭上高くを通り過ぎた。
 通り過ぎた空に、小さな人影。それは、風を切って落ちて来ていた。重力制御アーツ要員をサポートに付けた、広範囲殲滅要員の無装備ヘイロー投下。ドクターのよく使う手だ。
 そして、このタイミングでドクター達のいる359号基地にやってくるものなど、一人しかいない。

「高濃度アーツ反応。辺り全域をレンジにされているわ」
「対アーツ障壁を起動。全機を第3実験棟の上空に集中して展開するんだ。他はいい」

 ドクターの声色に、初めて微かな色が付く。
 それは二人が待ちわびた者。或いは者たち。ドクターの授けた戦術を忘れていなかった後輩に、賞賛の笑みを浮かべた。
「ドロシー。頼りっぱなしついでに悪いが、恐らくアンジェリーナがいる。下手をすればワルファリンもセットだ。力づくで拘束されるのは困る。抑えてもらえるか?」
 
「勿論。私これでもね、悪役のノウハウがちょっぴりあるの」
 ザラックの研究者は、その年齢と本性に似合わぬ天使のような笑顔でそんなことを言う。乾いた声で軽く笑って茶化すドクターに、頬を膨らませて反論するところすらまるで子供のようで。
 けれど、実際の所。
 今のドロシー・フランクスは、ドクターの為なら真面目な顔で世界すら敵に回すだろう。
「はは、笑える。君に悪役は無理だよ」
「あら! その言葉、あとで間違いだったって認めさせてあげるんだから」

 端末を操作しながら歩いていく彼女に笑いかけて、男は空を見上げる。

 濃紺の夜空は晴れ渡り、星々は眩いばかりに輝いている。あれらの幾つかには、こんな悪夢のような世界より少しはましな居住環境が広がっているだろうか……

 そして、空から火山エイヤフィヤトラが落ちてきた。


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