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喜びとは目的を暖め続け、知性を輝かせ続ける神聖な炎である。14

全体公開 アークナイツ 6672文字
2023-10-04 10:00:13

アークナイツ エイヤフィヤトラ二次創作その14
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Posted by @Alpha_arpA

「──十時、十二時、二時の方向からそれぞれ三機! 撃てエイヤフィヤトラ!」
「く……はいっ!」
「右の奴らは私がやる、エフィは疲れ過ぎちゃだめだよ! これが終わったら下ろすから三〇秒休憩して!」
「そんなっ、私はまだ……いえ、分かりました!」
「安心院! 後方十一時がミサイル発射体勢、続いて一時、構えろ!」
「次から次へと……ぉ!」

「よしエイヤフィヤトラ、最も接近しているものらから順に三機墜とせ!
それが終わったらもう一度休憩せい!」
「はいっ!」

 こんなにも声を張って、指示を飛ばし続けるのはいつぶりのことだろうか。
 ワルファリンはそんなことを思う。現在進行形で高速回転を続ける脳と、ぐるぐると辺りを索敵し続ける目の奥に沁みつくような鈍痛を感じ始めながら。
 患者の生死がかかった緊急性の高い手術でも、こんなにも矢継ぎ早に声をあげることはない。そも順調に進んでいるオペというのは淡々と進行するものであるし、焦ってしまえば手元が狂う。
 焦らず急ぐ、というのは如何な仕事を進めるにも肝要なファクターではあるが、今ワルファリンは明確に焦っていた。
 それもそのはず、この戦いには勝ち目がない。
 ドクターがドロシーの許に辿り着き、彼女を救助して暴走する伝達物質から引き離す。そうすればもとより戦闘能力の無いそれらは管制を失い、沈黙する。
 それが彼女たちの勝利条件だ。つまりワルファリンはドクターが目的を遂げるまで、三人で生きてこの戦線を維持し続ける必要があった。

 現在の戦況は撤退戦だ。
 周囲からは五十を超える無人のパワードスーツが、一歩一歩無機質な音を立てて迫ってきている。遠方から断続的に発射されるミサイルは、今は主にアンジェリーナが対応している。
 近接戦闘に主眼を置いているであろう機体は、いまもゆっくりと包囲網を狭め続けていた。
 三人がいる地点にまで接近された時点で、こちらの敗北が確定する。ワルファリン、アンジェリーナ、エイヤフィヤトラ共に敵性体との肉弾戦闘に関しては素人も良いところで、強化外骨格と人工筋肉、源石駆動の唸りを上げるモーターから繰り出される打撃を喰らおうものなら、恐らくは治療の暇もないだろう。
 ワルファリンの操る医療アーツは、怪我の衝撃や攻撃のダメージを緩和させるようなものではない。受けた傷を治し疲労を軽減することはできるが、砕けた骨や損傷した内臓を瞬時に治療し体機能を正常に戻すような、魔法じみた強度のものでもない。
 ゆえに、押し寄せるパワードスーツたちと正面から切ったはったをするわけにはいかないのだ。アンジェリーナが遠距離攻撃を防ぎ、エイヤフィヤトラが敵の前線を焼き払って押し返し、ワルファリンが完全に包囲されないよう頃合いを見て二人に後退の指示を出す。それが現状採れる最善だった。
 あるいは、ドクターならもっと違う戦略を思いついて実行できるのかも知れないが……

「ぐぅ」
 思わず喉が鳴り、ワルファリンはその背を厭な汗が伝う不快感に顔をしかめた。
 今でこそ騙し騙しどうにかなっているような状況だ。だが、前で戦ってくれている二人にも限界はある。特にエイヤフィヤトラは重度の鉱石病患者だ。
 瞬間的にアーツを発揮し、短時間で作戦を終えて帰投するような戦いならまだしも、現在のように長い間攻撃アーツを放ち続けるような戦いは彼女が最も避けるべき行為だった。
 それを補助するアンジェリーナは、エイヤフィヤトラの照準が定まりやすいよう彼女を上空へと浮遊させる役割とミサイル迎撃を並行して行っている。ワルファリンの治療があっても、明確にオーバーワークだった。
 加えて良くないのは、敵の数が一向に減らないことだ。
 この崩壊した基地の一体どこにそれだけの戦力が残っていたのやら、わらわらと土煙の向こうから湧いて出るパワードスーツたちの勢いは一向に衰える様子を見せなかった。
 エイヤフィヤトラが十機壊せば、十五機がその残骸を踏み越えてやってくる。この事実は単純な戦力差も勿論、彼女らの精神を特に削いだ。
 時間が足りない。三人に作れる時間では、どうあがいてもドクターが目的を遂げるだけの暇を稼ぐことはできないだろう。
 物量の違いが、戦況を確定させる。兵法の初歩も初歩のような状況が、ワルファリンを圧し潰しにかかる。

「ミサイル来ます! 待って、多すぎる!?」
「エフィ下りて、私が対処する!」

 四方八方から同時発射されたミサイルの雨を前に、アンジェリーナは浮遊していたエイヤフィヤトラは降ろしてからくるりと最前線を交代した。
 自らのアーツを増幅させる杖を握りしめて構える。起動に応えたロッドは機械的な音と共に展開し、中枢部の源石機構が駆動して回転すると共に深い藍色の光を周囲に振りまいた。
 彼女の腿に露出した源石が光に呼応するようにまたたき、アンジェリーナが身体の裡から来る痛みに眉を顰める。

「う……ふ、痛い……けど! この程度、ドクターとドロシー博士の感じてた痛みに比べたら!」
「擦り傷より、温いっ!」

 全力展開された重力操作のアーツが、アンジェリーナたちの前方数十メートルを瞬時に呑み込んだ。
 凄まじい重力がその場にあったものすべてに襲い掛かる。ジェット推進のマイクロミサイルが一機も残さず地面に叩き落され、連鎖的に爆発していくつかのパワードスーツを巻き込んだ。
「無茶な! 安心院は妾のところまで下がれ! エイヤフィヤトラ、安心院の回復が終わるまでは地上で迎撃だ、できるな?」
「やれますっ!」
「何故あんな無茶をした! お前の身に何かあれば、ドクターやドロシーの苦しみも無に帰すぞ!」
 へたり込んだアンジェリーナを後方まで引きずっていき、物陰に横たえて医療アーツを全力で稼働させる。焦りのままに口から出た怒りの言葉に、汗まみれで顔面蒼白なアンジェリーナはしかし微笑んだ。
「だって、全部のミサイルが同じか、分からないし……ふたりから遠いからって後ろに通して、それが危険なやつだったら、いけないし。多少は無理しても、先生が治してくれるし?」

「ばっ……いや」


 ワルファリンは、口を衝いて出そうになった叱責を飲み込んだ。
 理性的なのはアンジェリーナだ。そう考えなおし、発火した感情を謝罪に変える。患者を、仲間を失うかもしれない恐怖と焦りがワルファリンを保身に走らせていた。
「ありがとう。安心院、そなたが正しい。
治療は任せよ。なんたって妾はロドスで二番目に外科手術が上手いのだ。だが代償は大きいぞ? 其方の血ををあらかた貰ってしまうかもしれん」
「あはは。お安い御用だよ。じゃ、一分寝るね」
 ワルファリンの冗談を笑顔で軽く流して目を閉じるアンジェリーナの身体は、アーツの過剰な行使による負荷によって一時的に軽度の発作を起こしている。
 ワルファリンは腰のポーチからペン型のシリンジを取り出し、抑制剤を彼女の腿に注射した。荒かった彼女の息遣いが次第に収まっていき、苦し気に歪められていた眉から力が抜けていった。
「ああ、起こしてやるからゆっくり休め」
 ロドスに戻ってからきちんとした治療が必要ではあるだろう。が、ひとまずはこれで安心できるはずだ。
 ワルファリンはひとつ息を吐くと、気を引き締めなおして顔を上げた。
 エイヤフィヤトラは未だ健在だった。多少緊張しているようだが、飛来する遠距離攻撃の迎撃と地上から近づくパワードスーツの撃退を見事に両立してのけている。
 アンジェリーナが戦線から抜けたことでエイヤフィヤトラの負担は明らかに増えている筈であったが、これまで力を温存していた成果か、まだ限界は遠そうだ。

「はは……きついな。ドクター」

 ついその場にいない男に助けを求めてしまう。彼はこれを日常茶飯事的にこなしていたのかと思うと、自らの口元が勝手に苦笑を象るのが感じられた。
 たった二人のオペレーターの命を預かるだけでもこれだけの重責だ。たった一つでも判断を間違えれば、アンジェリーナとエイヤフィヤトラは体力の限界を迎えるまでもなく死ぬ。
 金属がひしゃげる音を立てて、パワードスーツがまた一機崩れ落ちた。エイヤフィヤトラは額に浮かぶ汗と張り付いた前髪を拭い、ロッドを構えなおした。
 彼女の灼熱は、大火力で敵の装甲を融かしきるものから、その継ぎ目を一点突破で貫くものへと変化していた。火力と身体への負荷を抑え、長期戦の構えだ。
 エイヤフィヤトラのアーツは基本的に、狙いをつけた場所に火山弾を模した火球を投射するものだ。火球は着弾地点で爆発し、命中箇所を中心とした広範囲に破壊を齎す。
 しかし、彼女は己のアーツを熟知しきっていた。その経験からアーツの強弱や弾速、着弾箇所からの爆発範囲をも操作しきってしまえば、彼女のアーツはより少ない負荷で対象を沈黙させる熱線となる。
 己の持てる全てを発揮して状況にあたるその瞳には、一片の絶望すら浮かばない。彼女はそびえたつ大火山の如く、一歩も引かずにそこに立ち続ける。
 その視線は、その場にいない男の背を見ていた。
 また数機のパワードスーツがその駆動中枢を撃ち抜かれ、機能停止する。または移動のための脚部関節を撃ち抜かれ、それ以上は前進できなくなる。
 彼女たちを中心に狭まっていた包囲網が、少しだけ押し返された。
 それは、まごうことなく“ドクターの後輩”の背中と言うべきものであった。
……なるほどな。可愛がりたくもなる」
 偉大な者とは、常に周りの皆の心に火を点けるものだ。ワルファリンは一言つぶやき、多少顔色の佳くなったアンジェリーナのを頬を軽くぺちぺちと叩いた。

「さあ起きろ安心院、時間だ」
「うぇ、まだ五秒も寝てないよぉ……


 己の不規則に乱れた息遣いが喧しく、息を止めたくなる。
 こんなことならもう少し身体を鍛えておくべきだったな、と、筋肉に酸素を奪われた脳はあらぬことをぼんやりと思考しはじめていた。
 ドクターは走っていた。
 PRTSが発し続けるビープ音を無視し、その基地にひとつだけ残った施設へとむかって。
 “スマラグドス”に利用する伝達物質を培養していたターミナル・インキュベータ棟は、今やその内部からぼんやりと淡いトパーズ色の光を放っていた。
 息が途切れ、体中が悲鳴を上げている。一度立ち止まり、震える膝に手を当てて押さえ、息も整いきらないうちにまた走り出す。目的地までは百メートル強といったところ。
 後方から断続的な爆発音。何度も何度も聴きなれた、エイヤフィヤトラのアーツが炸裂する音だ。
『先輩、行ってあげてください!』
 頭の中で、彼女の声が繰り返し響いていた。
 背を押している。最早何も失うなと。
 男を支えるのは、男が自ら背負い溜め込み続けた死者の呪いなどではない。男を真に支え続けていたものを失うなと背を押す後輩の言葉が、男の足をひたすらに前へと押しだしている。
「分かってる……!」
 男は独り言ちた。止まらない。止まるわけにはいかない。死者の言葉はもう彼を追いたててはくれない。
 男は選んだ。夢と眠りに未来を託して楽になることよりも辛く苦しいことを。本当に大切だったことを。
 それを、彼を今まで護り続けてくれた大切な友人に伝えなければならないのだ。そしてその手を引いて、共に歩まなければならない。
「ドロシー!」

 物陰から、ぬ、と巨体が現れた。
 ドクターは凍りつく。足が止まる。


 気が付かなかった。PRTSが悲鳴を上げるが如くビープを繰り返している。
 それは、一人戦線から離れるドクターを感知した起動したてのパワードスーツだ。近距離型か遠距離型か、そんなことはどうでもいい。
 がこ、がしゃ、と準備運動のように各部を稼働させ、排気音が響く。頭部にあたる場所に据えられたカメラアイが赤い光を灯し、そこに居る男を捉えた。
 見られた──ドクターは瞬時に察する。その判断が正しいかどうかを吟味するまでもなく、状況は進展するだろう。
 どちらにせよ、男はそれに攻撃されれば刹那の間に命を落とす。
 アンジェリーナやエイヤフィヤトラ、ワルファリンよりもさらに容易に、濡れた紙を裂くよりも簡単に死ぬ。ドクターの脳は過熱した。現れたソレが動き出すまでが、勝負だ。
 男の瞳が自分の位置と、敵の位置と、ドロシーがいる施設とを順番に見る。距離を目測で測り、走れば間に合うかどうかを考える。
 次いでその案は即時却下される。あれを今ドロシーの許まで引き連れていっては駄目だ。
 引き返し、後方の三人に助けを求めるか考える。それも考えながら却下する。ワルファリンたちは当然撤退戦を選ぶだろう。つまり今ドクターと彼女らの距離は、別れた当初よりも開いている。
 ドクターの脚では、確実に間に合わない。そも、彼女らは戦闘中だ。
 生き残るために取り得る全ての策を、脳と目と耳と鼻と皮膚が命がけで探している。
 基地の廃墟、瓦礫の中に隠れるか? パワードスーツは熱感知センサーを搭載している。却下。
 エイヤフィヤトラが放ったアーツの残り火に身を隠すか? やり過ごす前に焼け死ぬだろう。却下。
 一か八か、遠距離型であることに掛けて懐に突撃してみるか? 論外だ。却下。
 逃げる? 却下。
 立ち向かう? 却下。
 隠れる? 却下。
 助けを呼ぶ? 却下。
 武器になるものを探す? 却下。
 動かず観察して引き続き突破口を探す? 却下。
 PRTSに生存法を探させる? 却下。
 説得してみる? 却下。
 命乞いをしてみる? 却下。
 奇跡が起こるのを祈ってみる? 却下。
 提案、却下。
 提案、却下。
 提案、却下。
 提案、却下。
 提案、却下。
 提案────。

 結論、絶死。

 男の呼吸が止まった。理解する。“無理だ”と。
 男はここで死ぬ。ドロシーを救いたいという思いが先走るあまりにパワードスーツの戦力が全てワルファリンたちに向いていると思い込み、一人で先走った手落ちだ。
 詰んだ。チェックメイトだ。
 機構音と共にそれが立ち上がり、ドクターへ向かって躍りかかる。強化外骨格をモーターが限界まで引き絞る、ぎりぎりと悍ましい音が鳴り響く。
 死が、スローモーションで迫ってくる。発条の如く留め金が外れ、その巨大な拳が撃ち出されれば、ドクターの上半身は砂の城を壊すよりも容易く木っ端微塵にはじけ飛ぶだろう。
 それを、男は見つめていた。声も出ない。案外、何の走馬灯も見はしないのだな。などと考える暇すらない。死は単純に死だ。
 其処に感傷は伴わない。

 ただ。

「アデル」

 その一言くらいは、言えた。






「──如何なる窮地に立たされようと、大切な者には誇りある姿しか見せない。
私はそう決めている。お前も……そうだった筈だろう? ドクター」




 そうだ。
 再提案する。
 奇跡に縋りついてでも、生き延びてみせる。アデルの為に。
 評価は不要。実行しろ。

 横合いから撃ち込まれたエナメルの拳が、パワードスーツの強化鋼で護られたボディに叩きつけられた。
 凄まじい音が響き渡り、その拳は機体にめり込む。
 数百キロはある筈のパワードスーツが、掬い上げるように放られた拳一本で宙に浮く。冗談のように粉砕され、破砕され、破壊され、損壊され、沈黙する。
 一瞬前まで機体を成していたケーブルと破片がバラバラと地に落ち、そして彼女は手にしていたアーツ増幅シールドをその膂力のみで地面に突き刺して仁王立つ。
 彼女は厳格な表情を崩さぬままに、しかしその声色は静かだ。
 彼女は、男の応答を待っていた。

……ああ、そうだ」

 ドクターは応えた。差し出された手を握り、尻餅をついた姿勢から立ち上がる。

「ならば諦めるな。そう言えるだけの決意でもって、護りたいものができたのなら。
私たちが、いや……“ロドス”が、お前を支えているのだから」




「そうだった。ありがとう、サリア」


「彼女たちを、頼む」
「了解した」
 短い言葉を交わし、ふたりは別れる。
 サリアは未だ爆音の鳴る戦地へ。
 男は目指していた施設へ。それは、もう目の前だ。


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