MayThe4thDayだし…と書いたささやかなものです。ベン・ソロとルークとレイの話。失われた日々と次の世代を見守るベンの話。
@syuu_29
すでに止んだ雨の名残が、人間の背丈よりずいぶん高い枝や葉の先から滴り落ちてくる。ベン・ソロはそれが頬を濡らすのを嫌い、腕で濡れた枝葉をかきわけるようにしながら林を進んでいた。今とは違い、すべての枝が頭上にあった子供の頃ならもっと楽だった。それこそ伯父の後ろをついていけば。ルークはいつも、まるで障害物の少ない道を知っているみたいに林の中をゆっくりと歩いたものだった。
シャンドリラの都会育ちの彼にとって、こうした湿った森林の香りは馴染みが薄いものと言える。父も母も出かける先はどんな惑星でも大きな街ばかりで、こういう場所に来るのはルークと連れ立った旅先だけだ。
幼いころから母に預けられて彼についてまわり、さまざまな場所に行った。旅に同行すれば森の中を歩き、川で水を飲み、焚き火の前で眠りもした。時には彼に背負われ、吹雪の中で毛皮のコートを着込まされ、砂漠の砂に顔をしかめては笑われ、並んで砂利の上を歩いた。
そして彼に背負われることが難しくなる頃には、彼の弟子にもなった。ジェダイがルークを示す言葉なら、今ではその弟子であるジェダイ・パダワンという言葉は唯一ベン・ソロを指す言葉になった。
なにしろルークはたった一人のジェダイだ。銀河に名高い幻の魔法使い。噂ならいくらでもあり、伝説が山のように連なっている。
けれども本人ときたらまるで偉ぶったところがなかった。流布される大袈裟な噂を面白がり、ぜひ会ってみたいものだと茶化すような旅の青年にすぎない。それこそ裾の擦り切れたローブを羽織り、身一つでどこへでも出かけるような人だ。
背丈を追い越した今でも変わらない。いや、歳月は少しばかり彼を寡黙にさせ、シルエットだってゆるみはじめている。明るい金髪の色だって白髪混じりになり始め、彼に貫禄を与え始めていた。
それでもベンの憧れが人の形をとったかのような存在であることには変わり無い。
ルークは甥の気配に振り返った。彼は二台のファイターの脇で、ファイターのソケットに収まっているアストロメク・ドロイドの丸頭に向き合っていた。
ルークは自分の相棒の頭を撫でながら「ほら」と得意げにドロイドに言った。なにか賭けでもしていたみたいだ。
「おかえり、ベン。そろそろ帰ってくるだろうと話していたところだ」
「まさかR2はもう少しかかるって?」ベンが皮肉っぽい表情を向ければ、誤魔化すようにアストロメク・ドロイドは囀った。
「嘘はよくないぞ。きみも聞いてたんだろ」
自分のファイターに収まっている相棒にベンは援護を促した。もちろんドロイド同士をかばうような場面にはならなかった。相棒はアストロメク・ドロイドの目配せをしたうえで、すまなそうな声音で主人に同意してみせた。
「次からはもっと僕を信用してもらわなきゃ――伯父さん、たしかに川があったよ。それに人が通った痕跡もあった」
「わかった。ほら、聞いてただろ、二人とも。ファイターを頼んだぞ。誰かに盗まれないよう見張っておいてくれ」
川辺には石が積まれ、水流を調整するのに人の手が入った痕跡があった。寺院で使う生活用水として水が引かれているらしい。
ベンの案内でその水の流れを確認するルークの横で、ベンは退屈しのぎに小さな蟹を捕まえた。
「うまくなったものだな。もうハサミに気をつけろと言う必要もない」とルークは笑った。
「いつまでその話を? もう九つの子供じゃないんだよ、伯父さん」
面映さにベンは顔をそらしながら、捕まえた蟹を岩場の影に返した。
小さな頃はこうした蟹を捕まえて、ルークがスープを作ってくれたものだった。共通の思い出が、お互いの頭にうかんでいるのがベンには感じ取れた。フォースで繋がっているからだ。ルークに学び、フォースに同調することを覚えたことの恩恵のようなものだった。すっかり馴染んだその感覚に唇を綻ばせた。胸が温かく満ちる反面、どこかくすぐったくもあった。それで思わずルークに視線を向ければ、彼はいつも穏やかな微笑みを返してくれたものだった。
――今思えば、あの表情は心からの安堵だったに違いない。
だが、ルークは間違っていた。彼はもっと恐れるべきだった。最初からずっと、そうするべきだった。
ヘルメットを叩く雨粒の音を聞きながら、カイロ・レンはかつてを思い出していた。
今、彼の目の前には川も砂利もない。ただ、濡れた土の上には導火線を切った爆弾が転がり、その奥には息絶えたトルーパーが数人倒れている。
粛清したばかりの裏切り者の死体だ。レンが下ろしている右手の先で赤く輝く光の刃で貫かれ、切断されたそれは血の一滴だってこぼしていない。
光刃として放出されているカイバー・クリスタルのエネルギーは今も雨を蒸発させ続けており、少し離れたところで、膝をつき、震えている兵士の視線を釘付けにしている。その正しい恐れの反応にレンはわずかながらも満足を覚えた。
そしてヘルメットを介した合成音声で静かに告げた。
「嘘は嫌いだ。最高指導者も、俺も――わかっているはずだが」
ライトセーバーのスイッチを切って光刃をおさめたレンは「そいつらの周辺を洗い直させろ」と指示し、本来の目的を果たしにテントへ踵を返した。
元々この野営地を訪れたのは、原住民の制圧が滞っていることを見かねての派遣だった。到着早々に爆弾を抱えた裏切り者の歓迎を受ける予定などなかった。
だが、力を示す良い機会にはなった。
ヘルメット越しでさえわかる香りは少しばかり懐かしいものだった。テントでレンを出迎えたのは沢蟹を煮込んだスープだった。困窮しはじめているこの野営地にしては上等な食事だろうことはわかっていたが、手を出す気にはならなかった。それでヘルメットを脱ぎもせずに無能な指揮官の退屈な言い訳を聞き終えたレンは周辺を偵察させていた騎士団の面々にその場を任せて、テントを出た。
退屈な報告の間にすっかり陽は落ち、すでに雨も止んでいた。レンが切り捨てた死体もすっかり片付けられたことだろう。
そばの焚き火から、火のはぜる音も聞こえるほどだ。雨音がない今は、川だろう水音も遠くに聞こえた。
こうした自然環境音を耳にするのは久しぶりのことだった。あちこちの惑星の基地や前線を訪れているが、そこで耳にするのはいつもレーザービームが空気を切る音や爆発音、そして悲鳴だ。
静まり返った空間といえば、都市部の基地の中の無音の空気で、今のように風が木々を揺らす音など忘れかけていたほどだ。
だからこそ、忘れていたような記憶が思い出されたのだろう。今のレンには微笑んだ伯父の顔こそ思い出せても、最後に自分を見つめた彼の表情のほうは思い出せなかった。
だが、すべては過去だ。
ベン・ソロはカイロ・レンに変わり、そして最後には本来の彼――つまりは今の彼自身に――戻った。
肉体のくさびを失った今は新しい世代の成長を見守るだけだ。
「ここって、昔もこうだったの?」
レイの言葉が自分に向けられたものだとは、ベン・ソロはしばらく気が付かなかった。なにしろレイは日差しを遮る木々の根元を抜け、空の鍋を片手に崩れた山道を降りている最中だった。
「ちょっと聞いてる? ねえってば」
「まさか俺に聞いてるのか?」
「そうだよ。だって他に誰かいる?」
レイはほとんど崖に近かった斜面を下り切ると、向こうが透けて見えるおぼろげなフォース・ゴーストのベンに改めて視線を向けた。
フィンには野営の準備をしてもらっているので、水の確保に来ているのは彼女一人だけだ。肉体を持つ者という意味でなら。
「あんまり無視されてるから、聞こえてないのかと」
「そもそも話しかけられると思っていなかったんだ」
「ついてきてるのに?」
「そういう感覚とは違う」
「幽霊の感覚なんて知らないよ。それで? どうなの。いまのすごい傾斜だったけど」
「昔は崩れてなかった。まだ人の手が入っていたからな」
「やっぱり。そのままならよかったのにな」
残念、と言いながらレイは土が砂利道に変わる境目を進んだ。
かつて、ルークとベン・ソロが訪れた林はすっかり森に変わっていた。だが無理もない。ルークたちが訪れた時には人の手の名残はあったがすでにそれから十年は歳月が流れている。当時は残っていたジェダイ寺院もすでにファースト・オーダーによって破壊され、人が通う場所ではなくなっている。地形だって同じ場所かは疑わしいほど変わっている。
しかし幸いなことに進む先からはせせらぎが聞こえてきていた。
「やった、川は無事だね」
レイは生い茂る木々をかき分け、どうにかひらけた場所に出た。
川はベンの記憶とはずいぶん違った様子ではあるが、まだ残っていた。かつての半分もないように見えたが、それでもそれなりの水深と川幅で上流から下流へ途切れずに流れているようだ。水自体も濁ってはいない。
「ずいぶん細くなっているな」
「そう? ちゃんと流れてるからいいじゃない」
レイはかつて人が石を積み上げた名残に降り立ち、岩場の合間に鍋を浸した。水は透き通っているし、飲めないようにも感じられない。それなりの大きさの鍋だが、すぐに満杯になるぐらいだ。そして引き上げようとしてレイが声をあげた。
「まって!今の蟹じゃない?!」
「騒ぐと逃げるぞ」
「わかってるって」
お小言はいいと手振りで示して、レイは岩陰に隠れる小さな蟹を捕まえようとその場で右往左往をはじめた。だがそのささやかなチャレンジは失敗しつづける。それこそフォースの光と闇にバランスをもたらしたジェダイだとは信じ難いほどだ。見かねたベンが「捕まえるのにはコツがある」と言い出すまで、さほど時間はかからなかった。
鍋底を埋めるほど小さな蟹を捕まえたレイは、行きとは違って鍋に抱えた水をこぼさないように慎重な足取りで森を進む必要があった。だが行きよりもずっとその足取りは軽く見えた。話し相手がいるためらしかったが、今さら無視しようにもレイの呼びかけがしつこくなることが明白で、ベンは姿を隠すのを諦め、彼女がフィンのもとに戻るまでの間はそれに付き合ってやった。
「それにしても詳しいね。あなたはもっとこういうのに慣れてないかと思ってた」
「こういうのって?」
「自給自足っていうか、サバイバルっていうか」
ほら、あなたって都会育ちっぽいからとレイは言う。皮肉もなにもない、ただ率直な意見だということがわかるので、ベンは目を細めて返した。
「――教えられたからな」
レイは「誰に」などとは聞かなかった。そんなのは決まっているからだろう。だいたい、この場所をレイに教えたのはベンを置いて今は姿を隠しているルークなのだから。
やがて小さな蟹たちは、少しの調味料とともにすっかり煮込まれてスープになり、フォース寺院の跡地を訪れた新たな世代のジェダイたちの腹を温めることになった。
スープを啜ったフィンが「あっつ」と悲鳴を上げ、レイは「あわてすぎでしょ」と笑う。そんな彼らをベンは遠巻きに見つめた。
フォース・ゴーストになったベンには、二人が囲む鍋から立ち上る香りはわからない。だが、それこそかつて、ルークがパダワンにふるまったのとそっくり同じに違いない。たいした材料の違いもない。
そしてまた、その頃のルークが自分に向けた表情とまったく同じものが自分の顔に浮かんでいるに違いなかった。今の彼には根拠もなくそう思えた。
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おそまつさまでした。フォースの霊体とフォース・ゴーストで表記迷ったんですがゴーストにした。レイに幽霊扱いさせたかったから…
グリッドマン・ユニバース以降「未来のある人たちには蟹を食べてほしいよな…」という思いに取り憑かれて蟹(概念)を扱う妄想を書いてと三年目ですが、とうとうアナキンもオビ=ワンも出てこない話を書くことになってしまった…まあこういうのは自分で書かないとたぶん読めないし…。
そして書いたからには人に読んでもらおうかなとお出ししています。
おつきあいくださったかたには感謝申し上げます。お粗末様でした。
別に三部作というわけでもないが以下はすべて同じ動機によって書かれた:
一昨年:https://privatter.net/p/10006680 アナオビが蟹を解体する 明確にカップリング描写がある
去年:https://privatter.net/p/10917700 オビ=ワンがアナキンとパドメに蟹(概念)を贈る