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⑤ θ枚目の織地

全体公開 1 12277文字
2026-06-07 21:35:35

リフレッシュ休暇をしてみる織地

Posted by @KouSyuuka

《ローゼマイン》

パチ、と目覚めるように目を開ける。

「おめでとう、ローゼマイン。これで君は正式にカルステッドの娘として認められた。エーレンフェストに新しい子供が誕生したのである」
「我が娘として、神と皆に認められたローゼマインに指輪を贈る」
「ローゼマインに、火の神ライデンシャフトの祝福を」

あぁ、貴族としての洗礼式か。またここに戻ってきたのか。

「恐れ入ります、神官長」

私はもう染み込んだ癖のようにクルリとホールの方へ向き直る。だけど直前の記憶を思い出し、ふとホールの中にハルトムートの姿を探した。目立つ朱色の髪と、『今』はまだ十歳という幼さ、そして……虚ろのような瞳。虹色に揺らめいてないだけマシかな?どうだろう?むしろマズいかな?
此処に戻ってくる直前はヤバかった。ハルトムートはエックハルトに取り押さえられ、目の前で私が『処分』されたのだ。殺されてもまたループするだけとわかっていても、ハルトムートは最後まで必死に抵抗していた。毒や虚弱が理由で何処かでポックリ逝くならまだしも、目の前で私が殺されたのは相当キたようだ。ハルトムートのダメージも大きいだろう。

「わたくしの洗礼式をお祝いくださった神官長と、集まってくださった皆様にも、火の神ライデンシャフトの祝福が賜りますように、お祈り申し上げます」

私は少し気持ち多めに祝福の魔力を込めた。ハルトムートはこの日の祝福が特にお気に入りだから。少しでも元気付けられたらと思ったんだけど。少しハルトムートの上に多めに降り注いじゃったかな。どうだろう。ホールの人たちは予想外のことが起こった驚きで細かいことは気付いてないようだけど、私と同じ立ち位置でホールの全体が見渡せるフェルディナンド様たちには祝福が偏ってたことがバレたかも。まぁいいや、何か言われたら「目が合って、前の世界で好きだった人に似てたので」とか適当なことを言っておこう。
肝心のハルトムートは、……当然私の祝福の違いには気付いたようだ。そして「主に気を使わせてしまって申し訳ありません」とでも言うかのように苦笑を浮かべていた。うーん、私も段々ハルトムートとアイコンタクトで会話が出来るくらいになってきたけど、何から何までわかるわけじゃないし、今ので完全に元気付けられたわけじゃなさそうだ。むしろ気を使ったことに対して気を使わせてしまってる。
そろそろハルトムートのストレスもヤバいかな。元凶の私が言うのも何だけど。私を『管理』するフェルディナンド様たちにハルトムートは多かれ少なかれヘイトを溜めているだろうけど、主の私が「フェルディナンド様たちを害さないでください」だもん、そりゃコンフリクトでフラストレーションも溜まるよね。
ループも後何回繰り返すのかもわからない。ハルトムートの心が折れたらこっちの戦力がガタ落ちる。ここいらでメンテナンスというかカウンセリングというか、ハルトムートにも休息が必要かな。
ひとまず、出来るだけ早く密会出来るように場を整えて、ハルトムートの話を聞いてあげた方が良いよね。一枚くらいは織地を余暇で使っても、神様たちも私たちを投げ出さないよね?。





「余暇、ですか」
「えぇ。一枚くらい、ハルトムートの好きにして良いと言ったら、どうしますか?」

我ながら大胆な聞き方をしたと思う。内心ちょっとドキドキだ。
なんとか密会の場を整えて、ハルトムートのカウンセリングを開始する。でも、今のハルトムートに「織地を一枚好きにしていいですよ」なんて言ったら、どんな大虐殺が始まるかな……あんまり血は見たくないんだけど、側近の心のケアくらい、主ならちゃんと診てあげなきゃだよね、うん……でもあんまり血は見たくないなぁ。
内心のそんなドキドキを隠しながら、ハルトムートの返答を待つ。すると、予想に反して、ハルトムートはふっと弱く微笑んだ。やっぱり、思ってた以上に弱ってた、みたい?

「そうですね、一枚でも弱音を許されるなら、今は少しフェルディナンド様たちと距離を取りたいですね」
「あら、その程度で良いのですか?」

本当に弱々しい意見を私の前でハルトムートが口にするのが珍しいと思ったけど、それよりもフェルディナンド様たちにブラッディカーニバルを仕掛けたいくらい言うかと思って身構えてたから、そっちにも驚いた。私が軽口のように素直にそう言うと、
「そうしたいと思っていないと言えば、部分的に嘘になりますね」
と、ハルトムートは苦笑した。

「正直に話してくださいませ」

私は名を縛って命じようかと思ったけど、それもハルトムートのストレスになるなら下手なことは出来ない。だけど、それくらいの強い気持ちでハルトムートをちょっと睨んで問いつめた。ハルトムートはやっぱり苦笑して肩を竦めて、
「正直、仇討ちはしたいです。ですが、ローゼマイン様がそれを望まぬ以上、私もそれを望みません。どんな願いが叶うとしても、『ローゼマイン様の表情が歪むところを見たくない』という望みが最上位にきますから」
そう言って橙色の瞳を僅かに揺らした。

「ローゼマイン様や自分の命が費えることと同じくらい、回避したい道筋です」

私はちょっと胸の奥がドクリと揺れたのを気付かないふりして、膝の上でぎゅっと手を握りしめて言葉を続けた。

「わかりました。『わたくしが顔を歪めるような嫌な道筋は回避する』、それを最低条件とした上で、ハルトムートは『好きにしていい』と言われたらどんな織地を望みますか?『わたくしの願いを叶えること』や『ユルゲンシュミットを救うこと』を一度度外視するとしたら」
「そうですね、私はローゼマイン様が他の者たちからも正当に評価されることを望みます。けれど煩わしい貴族共に崇め奉られれば今の治世では中央神殿や王族に搾取されることは学習しました」
「うーん、コンフリクト……ハルトムートとして、どのあたりに落とし込めば満足でしょうか」
「理不尽に踏みつけられるように搾取されたり、良いように使い潰されるようなことがなければ、その御威光をある程度までは出し惜しみされて構いません。神事で目立つことを抑えて、知性の優秀さを押しだし、中央に文官として就職するなどどうでしょう。貴族院の教師にでもなれば領主候補生より上の立場を保証されますし、ローゼマイン様の優秀さが認められるのならば私も満足です」
「ですが領主候補生は婚姻以外で領地を出られませんし、ジルヴェスターたちがわたくしをエーレンフェストから出すことを良しとしないでしょう」
「アウブとの養子縁組を解けば上級貴族に戻れますし、私と星を結ぶことで降嫁するという手もあります」
「ハルトムートと?」
「私ごときがローゼマイン様と星を結ぶなど恐れ多いことですが、最悪の婚約を受け入れるローゼマイン様のお姿を見る方が我慢なりません。興味のない婚姻話にローゼマイン様が煩わされるくらいなら、私と星を結んでしまった方が静かになりますでしょう。なんなら私がクラリッサとも星を結べば、ローゼマイン様は私と最小限夫婦のふりをするだけで、後は自由に過ごされて良いのですよ。貴族院図書館の司書か、王宮図書館の司書を目指してみませんか?」
「司書!?」

思わずガタンッと立ち上がって、ハッとして座り直した。いけない、いけない、今はハルトムートのカウンセリング中なのに!

「王宮図書館では王族と接触する可能性があって煩わしいでしょうか。いつか『ソランジュ先生が理想の将来』と仰られていましたし、まずは貴族院図書館を牛耳って、そこにある本を読み尽くしたら王宮図書館を目指すことを考えますか?」
「ちょっと待ってください!いつの間にかわたくしのリフレッシュ休暇の話になっていますよ!?今はハルトムートの余暇の話をしているのです!!」
「私はローゼマイン様が静かに心穏やかに読書をされる姿を見られたら、これ以上の癒しはございません。あぁ、そうは言っても、癒しの祝福はいつでも大歓迎ですが」

そう言ってハルトムートは少しおどけてニコリと笑った。
うぅぅ、誘惑が魅力的すぎてグラグラする!『僕と星を結んで中央の図書館を牛耳ろうよキュップイ☆』っていう悪魔の声が聞こえる気がする!
……ハルトムート本人が「それが望み」って言ってるんだから、良いのかな?『他に奥さんが居る人のお嫁さんになるなんて最悪』と思うこともあるけど、元喪女としては『契約結婚で煩わしい斡旋を止めて後は好きに趣味に生きていい』って言われるのはそれはそれで魅力的なんだよねぇ……いやいやでもぉ!!

「ジルヴェスターたちの件ですが、ローゼマイン様をエーレンフェストに閉じこめようとすることによって生じる不都合と、ローゼマイン様を中央に出すことの利を対比させて交渉すればなんとかなると思います。中央に行ったエーレンフェストの貴族はなかなか帰郷しないためエーレンフェストに外からの情報が入らないことは問題視されてますからね。我々が中央で情報収集に勤しみ、頻繁にエーレンフェストに帰郷して情報を流し、エーレンフェストが他領と交渉できるようになれば、エーレンフェストに利はあります」

やめて畳みかけて来ないで!誘惑にグラグラするよぉ!!

「うぅぅ、でもその程度で、ジルヴェスターやフェルディナンド様がわたくしを野放しにするでしょうか?」
「エーレンフェスト首脳陣には『対外的にローゼマインが中央の貴族になっても、根本的にはエーレンフェストに従属している』と思わせられれば、野放しではなく放牧になるでしょう。そう認識されることは不愉快ですが、交渉の一つとして受け入れます。わかりやすい人質もいるわけですから、そう思わせることは難しくないと思いますよ」
「あ」

私は下町の家族やベンノさんたちグーテンベルクのみんなを思い出した。

「認識の齟齬は不愉快ですが『下町の家族が居る限りローゼマインは命じなくてもエーレンフェストに帰ってくる』と思わせられれば、今以上に『貴重な人質』としてギュンターたちの命も保証されます。『利を配らなければいつでも殺す』とこちらを脅す用途の人質ではなく、『生かしておく限り利を受け取れる』ための人質と思わせられれば、むしろジルヴェスターたちはおいそれとギュンターたちを殺せなくなるでしょう」
……わたくしたちの作戦は思い通りにいくことの方が少ないので、淡い期待は寄せない方がよいのでしょうか……普通にそれ良い織地に思えました」
「お気に召していただけたようで何よりです。ただし、前提でローゼマイン様が示された『フェルディナンド様を幸せにすること』と『ユルゲンシュミットを救うこと』を度外視した上での話となります。特に国のことについてですが……何もしなければ国の寿命はローゼマイン様の卒業を待ってくれません」
「あーーー」
「国の寿命を延命させようとすれば、いずれかに目を付けられますからね……

国の礎や国境門に供給しようとなると、グルトリスハイトと中央神殿の聖典が必要になる。それに対してアプローチすると、『エーレンフェストの領主候補生の権限を逸脱している』として目を付けられるんだよねぇ……うーん……でも……

「延命だけなら……なんとか……
「ローゼマイン様?」
「国の寿命を延命させることを度外視するなら、交渉についてはハルトムートに任せれば整えられますか?」
「何よりこれは私の望みの話ですよ、許されるならやり遂げます」
「では、本当に延命ですが、五年くらいならなんとか国の崩壊を遅らせられるかも知れません。ギリギリまで怪しい素振りを見せず、ギリギリになったらササッとグルトリスハイトを取ってコッソリ国境門に魔力を供給して卒業してしまいましょう」
「光り輝くのでコッソリは無理かと思いますが」
「誰が供給したかわからなければ良いのですよ。ただし国の寿命とは別にランツェナーヴェの件があるので、国が乗っ取られたら終わりです。グルトリスハイトを取ったのなら国境門を閉めてしまえばよいのですが、そうすると今度はラオブルートが……

前に問答無用に国境門を閉じた時のことを思いだし、ハルトムートに目配せを送った。それだけでもう詳しく言わなくても良いだろう。

「礎に魔力供給するだけならコッソリと出来ますが、境界の引き直しは、グルトリスハイトを皆の前に出さずには行えません。境界が引き直せないと廃領地のギーベたちの不満は溜まりますから、そのうち革命や内乱は起こるでしょう。それを見越して、せいぜい五年くらいの延命だと見積もっています」
「そうですね……力及ばず、申し訳ありません」
「『今回』は『コッソリのんびりリフレッシュ休暇』を信条にするなら、成るように成るのを口出しせずに遊びながら待つしかありません。……ですが、国境門の供給より、国の礎への供給の方が大事ですよね?こちらは中央神殿の神殿長の聖典の鍵が必要になります」
「そうですね……やはり貴族院で神事を行い、私か誰かを中央神殿に……
「いいえ、鍵のすり替えだけならダールドルフ子爵夫人たちでさえも出来たことでしょう?確か、貴族の男性は、中央神殿に行く実習がありましたよね?」

フェアベルッケンのお守りでちょっと姿を消してちょーっと神殿長の聖典の鍵をすり替えてくるくらい、優秀なハルトムートなら出来るんじゃないかな?ね??
そんな期待に満ちた目で見つめると、ちょっとだけハルトムートの肩がギクリと揺れた。
……まぁ、男性の閨教育の実習のことなんか、幼女に話題にされたくなかっただろうね。ドンマイ。





こうしてハルトムートと私の『リフレッシュ休暇計画』が始まった。
私は貴族としての洗礼式を受けてからの一年は、出来る限り大人しく過ごした。
ハッセに小神殿を建てることも辞めて、印刷業とヴィルフリートのフォローについて『最低限の軌道に乗せる』を目処に取り組んだ。落ち込まれても尻拭いを丸投げされるし、やりすぎると「ローゼマインが何とかしてくれる」と思われてしまうからだ。「ローゼマインが居てくれないと困る」と思われると、エーレンフェストから出られなくなる。
シャルロッテの洗礼式の夜は、敢えて襲撃を受けつつ、毒を受けることは回避した。これでユレーヴェ漬けは半年くらいで済むだろう。

冬が終わる頃にはハルトムートが貴族院三年生を終えて戻ってきて、その手から中央神殿の聖典の鍵を手渡される。うまくすり替えられてきたようだ。さすハル、エーレンフェストのイーサン・ハント。「お疲れさまです」でも「ありがとう存じます」でもなく「おめでとうございます」と言ったら、ひんやりとした笑みで微笑まれた。おぉう、ハルトムートって私に向けてもそういう顔できたんだね。茶化しちゃ駄目なデリケートなネタで茶化しました、ごめんなさい。

それからの二年は、製紙業と印刷業を私やグーテンベルクの手から離せるように城の文官を教育して引継を行う。領地の産業とするなら当然でしょ?いつまでも、あると思うな、ローゼマイン。

貴族院にはまず一年目は普通に入学した。
神事関連で目立つことも王族と絡むことも極力控えて、一人で最速で講義を合格していく。
ただし図書館で祝福をぶっ放してシュミルズを起動させてダンケルフェルガーとディッターはした。直前の織地で予定より早く高みに上ったからクラリッサの名を縛り損ねて、クラリッサの記憶がリセットされたのだ。今回の織地のメインテーマはハルトムートのリフレッシュ休暇だから、クラリッサは与えてあげたい。改めてクラリッサには私に惚れてもらう必要がある。
計画通りにクラリッサはハルトムートに求婚したので、密かに引き合わせてもらい、私の口から求婚の課題を申し渡した。

「来年の貴族院にわたくしは来ません。表向きの理由は流行病か何かでしょうが、ハルトムートがわたくしを護りきれなかったわけではないので、見損なわないでくださいませ」
「何がご予定があるのですか?」
「えぇ、エーレンフェストにも、他領の貴族にもバレたくない計画があります。わたくしたちの秘密を護って協力してくれること、それがわたくしたちからの課題です」

私は一年生の最優秀、ハルトムートは五年生の文官コースの最優秀を取ってその年の貴族院を終えた。
そして領地に戻り、私は旧ヴェローニカ派の襲撃を受けた……フリをした。実際には毒は事前に対処され、代わりにハルトムートが微調整してくれた毒を飲む。ユレーヴェに浸かって、目を覚ましたのはちょうど奉納式が始まる時期だった。
貴族院には間に合わず、特別措置を申請してもらい、季節外の補講を受けて遅れを取り戻すことになる。夏から秋にかけて最低限の側近を連れて貴族院へ通った。
冬のシーズンじゃないから人も少ない。講義を合格していきながら、毎日図書館に通って、ソランジュ先生と笑顔で言葉を交わしてから、閲覧室へ向かう。

「わたくしが二階にいる間は、誰も二階に上げないでくださいませ。姫様を護ってくださいね?」
「だれもあげない」
「ひめさま、まもる」
「よろしくお願いしますね」

私はシュミルズに階段の前を護ってもらい、ニコリと微笑んでメスティオノーラの像へ向かった。元来シュミルズは、主以外の者がグルトリスハイトに近付くのを防ぐ殺戮兵器だ。これ以上、頼りになる見張り番も居ない。
私は聖典の鍵を使って礎の間へ降り、回復薬を飲みながら供給を行った。
そうして季節外補講の間、何度か通い、九割くらいは礎を染められた。これで魔力枯渇で国が滅びることはないだろう。人為的に滅びるかどうかはさておき、ね。

三年生になる冬には普通に貴族院に通えた。
私は領主候補生コースの他に文官コースも取って、次々講義を予約して合格していく。文官コースの先生たちに優秀さをアピールしながら、「先生と同僚になって一緒に研究できたら素敵ですね」と冗談めかしたトーンで話していく。ハルトムートもそうしていったように。
『もしも中央で働きたいと言ったら、推薦書を書いてくださいますか?』
曖昧な神様表現を使いながら、上級生に学年が上がるに連れて本気度を増していくような根回しをしていく。エーレンフェストでもハルトムートが根回しに奔走してくれている。
貴族院の先生を経由してゲオルギーネにこの話が届けば、毎年最優秀を取ってる私たちがいずれ放っておいてもエーレンフェストから居なくなると知れるのだ。それまでは侵攻せずに余計なことをせずに待っててくれた……らいいな、と思う。
ゲオルギーネと手を組んでるラオブルートも、それに革命のタイミングを合わせてくれたらいいと願う。
祈りが届いたのか、私はハルトムートのエスコートを受けて卒業を迎えた。保護者席にフェルディナンド様の姿はなかった。ハルトムートの「フェルディナンド様たちと距離を取りたい」という心の休息のために、必要最低限の庇護関係にあったから。

私は、領主候補生として春の領主会議で……ではなく、上級貴族として夏に領地内で星結びを行った。
後はすぐにでも中央に移りたかったけど、今はランツェナーヴェの船がアーレンスバッハの海に来ているはずだ。私たちがエーレンフェストから居なくなった途端に革命が始まったりしたら、碌に休暇を過ごせない。準備に手間取っているふりをして、先にハルトムートに中央へ行ってもらい、しばらく私はエーレンフェストの屋敷で過ごした。中央でハルトムートに情報収集をしてもらい、「ランツェナーヴェの船が去った」と報告を受けてから、私たちも中央へ移籍する。
そして私は、念願だった図書館司書……『ソランジュ先生の同僚』となることが出来た。

「ローゼマイン様と一緒に貴族院の図書館で共に働けるなんて、とても嬉しく存じます」
「これからは同僚ですわ、どうかローゼマインとお呼びください」

今まで貴族院に通う六年間でソランジュ先生とは仲良くしていた。ふわりと嬉しそうに微笑んでくれるソランジュ先生は、シャルロッテに次ぐ癒し枠だ。
後は思う存分読書にのめり込みたいけど、その前にやることを済ませよう。
貴族院の図書館司書になれたら、冬以外にも貴族院に滞在できる。業務の隙を見て、祠巡りを行い、アダルジーザの離宮を転移陣ごと消し去っておく。

石版をすべて手に入れた後、講堂で祈りを捧げるのは難しかったから、仕方なく上からドーンして始まりの庭に向かった。エアヴェルミーンはもう何も言わない。人為的な理由で何度も国が滅びたことがあるから、『人の理は面倒で厄介である』と呆れながら諦めてくれていた。
私は普通に大人になっていたから、もうアーンヴァックスに引き伸ばしてもらう必要はなかったけど、メスティオノーラの英知をすべて受け止めるには時間がかかった。もうクインタとマインが別人だということは理解してもらってるから、私用に十割の英知を注いでくれる。すべて受け止めて、始まりの庭の隅に消えるインクで転移陣を描いて屋敷に戻ると、やっぱり季節一つ分は過ぎていた。

「おかえりなさいませ、ローゼマイン様」
「ご無事で何よりです」

対外的には私はハルトムートの第二夫人で、クラリッサが第一夫人だ。でも実際は私は二人から名を受けてる主なので、屋敷の中ではこんな調子だ。
私が取得したグルトリスハイトを見せると、記憶があるはずのハルトムートはそれでも毎度のことながら興奮して喜んで、一度記憶がリセットされているクラリッサはこれ以上ないほど目を輝かせて私を崇め始めた。うん、崇められるのはやっぱり引くけど、二人が楽しそうなら何よりです。

「わたくしが居ない間、外では何かありましたか?報告を」

私が不在の間は、ハルトムートからソランジュ先生に「ローゼマインは体調を崩して屋敷で療養している」と連絡してくれていた。オルタンシアの不在の言い訳をラオブルートが嘯くのと同じ手法だ。だから問題ないことはわかってた。
ランツェナーヴェの船はまだこちらに来ていないけど、各地で小さな暴動が起き始めていると報告を受ける。多分、その対応で王族や中央騎士団の力を分散させて、その混乱に紛れてゲオルギーネがエーレンフェストに侵攻し、駄目押しでランツェナーヴェが攻めてくるって計画かな?

「では国境門への供給がてら、急いでアーレンスバッハの国境門を閉じに行きましょう。……レッサーくんに乗せていけば二人も同行できますよ?中から国境門への魔力供給を見ますか?あぁ、里帰りすれば外から、光る国境門を見ることも出来ますよ」
「よろしいのですか!?ローゼマイン様!!」
「是非ご一緒させてくださいませ!!」
「ではまずはアーレンスバッハへ。明日はハウフレッツェ、明後日はクラッセンブルク。中央でこの情報をいち早く知った二人が、『そのうちダンケルフェルガーやエーレンフェストの国境門も光るかも』と思って里帰りするのは不思議ではありませんね?『ローゼマインも誘ったが、光る国境門を見るより図書館で本を読んでいたいと言われた』と言えば、エーレンフェストの誰も疑いませんよ」

私はレッサーくんをファミリーサイズにして二人を乗せて、アーレンスバッハの国境門に転移した。ハルトムートとクラリッサはキャッキャと楽しそうにはしゃいでいる。
私は門を閉じていきながら、ラオブルートがどう出るか考えた。今までも碌なことをしなかったけど、バタフライエフェクトなのか、単に国境門を閉ざしても、ラオブルートの次の行動は何パターンかあった。
国境門が閉じたということは、誰かがグルトリスハイトを持っているということ。国境門を再び開けさせるために、それを血眼で探すか。グルトリスハイトを取得できそうな人間に無理矢理グルトリスハイトを取らせて国境門を開けさせようとするか。自棄を起こして破壊に走るか。
国境門が閉ざされたら、ランツェナーヴェはいつか砂の大地に変わる。真の主と慕う人がその扉の向こうに閉じこめられているのだ。もしも私がラオブルートの立場にいて、ジェルヴァージオがフェルディナンド様だったら、私も同じように荒れるだろう。
でも、その対応に回ってたら余暇を十分に過ごせない。出来るだけ終わりの時が先延ばしになるようなパターンに走ってくれると良いなと思う。

「あぁそうだハルトムート、エーレンフェストに里帰りするとしたら、シャルロッテと一緒にフェルディナンド様の足止めをお願いします。フェルディナンド様なら国境門の中に入れるかもしれません。フェルディナンド様にこの事がバレたら(また)高みに上げられてしまいますわ」
「かしこまりました」
「ローゼマイン様、フェルディナンド様も国境門に入れるのですか?」
「フェルディナンド様がお持ちのグルトリスハイトは情報が欠けてますから、大丈夫だとは思いますが……念のため」

フェルディナンド様もグルトリスハイトを持ってると聞いてクラリッサは一瞬目を見開いて驚いたけど、すぐに表情を引き締めた。クラリッサにとって大事なのは私であって、グルトリスハイトを持ってるからといってフェルディナンド様を崇拝するわけでもない。聖典原理主義者じゃあるまいし。

「もしもフェルディナンド様が国境門に転移できるなら、残りの一つの国境門に魔力供給をする際には待ち伏せなどされるのでは?」

やっぱりクラリッサが思考を巡らせて進言するのは、私の安否を案じる言葉だ。

「やろうと思えば出来るでしょうね。でも、クラリッサにとって大切なのがわたくしであるように、フェルディナンド様にとって大切なのはエーレンフェストとアウブ・エーレンフェストです。わざわざ『自分もグルトリスハイトを持ってること』を『国境門に魔力供給をしている謎の誰か』にバラしてまで、それを突き止めに来る必要はフェルディナンド様にはありません。エーレンフェストの国境門が光れば多少警戒するかもしれませんが、それさえ凌げば大丈夫ですよ」
「そうですか」

さて、門が完全に閉じて、魔力供給も完了し、消えるインクで転移陣を描いて屋敷に戻る。始まりの庭や国境門に描いてきた陣と対になる転移陣は布の上に描いていたから、あとはこれを焼き消して証拠隠滅。これをあと約一巡り分繰り返せばいい。

「さ、後は読書を楽しみましょう」

礎への魔力供給も、国境門への魔力供給も終えて、後はひたすら読書にのめりこんだ。こんなにゆっくり読書が出来たのはいつぶりだろう。
ハルトムートとクラリッサは毎日二人で楽しそうに私の賛美を語り合い、私のための魔術具や魔法陣の改良を研究して、それをさも「汎用性の高い斬新な研究」として発表して中央所属の貴族としての成果を上げていく。
そんな穏やかな日々がしばらく続き……そして、フッと停電で明かりが消えるように、終焉は突然やってきた。
遙か高みで、私は神々から事情を聞かされる。
否、本当は「もっと本を読みたかったのに急に取り上げられた」から、「せめて今回の分の英知を読ませろ」と駄々をこねて交渉した。

それを読んだところによると……

各地で起こった暴動に乗じてゲオルギーネがエーレンフェストに侵攻し、領主一族を人質に取った。ちなみに各地で焦土が広がり、エーレンフェストも当然のようにボロボロになってたらしい。フェルディナンド様が居ながら、そう易々とエーレンフェストへの侵攻を許すかな?と思ったけど。今回の織地では領主一族への干渉を最低限にしていたから、フェルディナンド様にも『人の育て方、頼り方』をあまり教えていなかった。特に『人に頼ること』はフェルディナンド様の大の苦手とすることだ。なまじ優秀だったために、何でも一人でやろうとする悪癖がある。だけど、ゲオルギーネとラオブルートが手を組んでいるのに、中領地を一人で護ろうなんて土台無理な話だった。
そう、ゲオルギーネはラオブルートと手を組んでいる。国境門に変化があったことで、ユルゲンシュミットの何処かにグルトリスハイトを持っている者がいると、ラオブルートはすぐに気付き、かつて離宮から逃れたアダルジーザの実がそれじゃないかと間違ったあたりをつけた。
ゲオルギーネとフェルディナンド様は面識は少ないけど、フェルディナンド様がちょうど良い時期に前アウブ・エーレンフェストに拾われてきたことがこの二人の間で共有されれば、フェルディナンド様がアダルジーザの実じゃないかとラオブルートは推測する。
折角、聖典検証会を回避して、ラオブルートとフェルディナンド様を会わせないようにしていたけど、結局のところバレちゃったか。
ゲオルギーネはジルヴェスターたちをすぐには殺さず、フェルディナンド様への人質とした。こうなったら前アウブ・エーレンフェストとの約束に縛られているフェルディナンド様には手が出せなくなる。ラオブルートはフェルディナンド様に、ランツェナーヴェへの門を開くよう脅迫した。グルトリスハイトを持ってなかったとしても、アダルジーザの実なら全属性でグルトリスハイトを取得できるだろうと。
ただし、そこで神々により織地は解かれている。各地で暴動が起きているため、今からどう立て直したとしても酷く醜い布地になると判断して、ヴェントゥヒーテが織地を解いてしまったのだ。

「はぁ、折角ゆっくり休めていたのですが……仕方ありませんね。充分休暇は取れました。また一から頑張りましょう」

『フェルディナンド様の目の前でエーレンフェストと領主一族が害される』、それは私の望む織地じゃないし、フェルディナンド様の幸せには程遠い。私の望む織地じゃない限り、仕方ないけど解くに限る。
正直、私が卒業できただけでも奇跡みたいなものだったと思ってる。





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