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張宿 別人格Ver.2

全体公開 1 2201文字
2016-11-12 10:01:50

1の続きです。

Posted by @satomi8429

前の話→https://privatter.net/p/1953665 

 翌朝目を覚ました道輝は、普段と変わらぬいつもの道輝だった。

「おはようございます……
「おはよう、道輝」
 小さく笑って朝の挨拶を口にする。こちらも笑顔で、普段通りに。
 食事の時も、外出前の身支度の段取りも、そのしぐさも。
 さりげなく、しかし注意深く観察していた義翔の目に違和感はない。若干身構えていた義翔は、その様子に内心ほっと胸をなでおろした。

 その晩、義翔は母と弟が寝静まるのを確認してから古い文箱を開いた。
 三寒四温と言われるこの時期、今日は昨晩と比べるとだいぶ暖かい夜だ。しかし蓋の中央にかけられた細い組み紐を解く義翔の手は寒さではないなにかによって微かに震えていた。おそらく大きなものに立ち向かわねばならない弟に代わり、まずは自分が。そう言い聞かせ、書物を机に積み上げた。
 父の集めた書物の中の朱雀七星士は、予想に反してあまり正体を明かしてはくれなかった。どの書物にも曖昧な記述がわずかに載っている程度、偶に大きく取り上げられているかと思えば、それは無根拠の誇張としか思えない代物だったりもした。そして、徐々に苛立ちを募らせながら最後の一冊を手に取った義翔の目に、ある一文が飛び込んだ。

 『朱雀神召喚之理及巫女宿星護人』

 その書は積み上げた中で一番新しいものあり、作者不詳の、いささか信憑性に欠けるものだった。しかし、ごく薄いその書の中には、他のどの書物よりも詳細な七星士の記載があった。深夜に書物を読み漁った両手は冷たく乾燥し、しかしその指は、一文字も漏らすまいと紙の上を滑り文字をなぞる。

 朱雀七星士。
 体に宿命の徴を持ち、朱雀から授かった能力を有するもの。異世界からくる巫女を護り、朱雀召喚へ導く者。
 朱雀の他に、白虎、玄武、青龍の四神がおり、過去に他国では召喚事例もあるという。七星士の選別は血縁等無関係の天命であり、その生い立ちや能力は様々である。そして、召喚ののちの七星士の末については全くの無記載だった。
 彼らがどう生きて、どう人生を全うしていったのか。
 それが書かれていないのは作者が不要と判断したのか、それともそれ自体――七星士のその後、という時間自体が存在しないということなのか。
 後者の可能性に思い当たった瞬間、背筋を悪寒が走った。根拠はない。しかし、嫌な予感というものは往々にしてそういうものである。
 紅南国の子供ならだれでも知っている冒険物語、しかし現実は生易しいものではないであろうことをまざまざと見せつけられ、義翔は肩を落とした。いつ来るかわからない巫女の来訪。その巫女を命を懸けて護るということは、文字通り死と隣り合わせということだ。

 義翔はのろのろと書物を再び文箱に戻し、棚の扉に鍵をかける。
 母になんと言おう。それに、道輝には。
 答えの出ないそれに無理やり蓋をし、ふらりと部屋を出た。
 道輝の部屋に行こうか、とふと思った。道輝の寝顔を見れば、この現実感に乏しい不安感を払拭できるかもしれない。しかし結局、義翔は扉にかけた手をそっと下ろした。
 置き処なく行き先を変え、なんとはなしに庭に出ると、月はとうに真上を過ぎ西の山々に姿を隠そうとしている。しばらくすれば東の地平が白みはじめるだろう。義翔は居間から続く濡れ縁に腰かけ、どこを見るともなく、お世辞にも広いとは言えない庭を眺めた。
 しんと静まり返った地上から薄絹を一枚一枚そっと剥ぎ取るように、ゆっくりと、だが確実に明るくなっていく世界。その神の手を見極めようとでもするように、義翔は半ば睨むように空を見つめた。夜が明けてしまえば前向きな現実が見えるのではないかという、何の根拠もない期待にすがりながら。

 結局、義翔はこれを自分一人の胸に収めることに決めた。
 いつか必要な時が来たら話そう、という後ろ向きな結論だったが、幸いなことにその後数日は何事もなく平和な日常が続いた。
 朱雀の徴は時折現れ、その時の道輝はあの夜と同じように勉強好きではきはきした様子を見せた。はじめこそ読み書きの範囲は普段の道輝と同じだったが、辞書とともに手がかりの書物を与えてやると、その実力はけた違いに伸びた。読み書きだけでなく思考力もたいしたもので、義翔を生きる辞書とでも思っているかのようにぶつけてくる質問には度々はっとさせられた。
 乾いた海綿が水を一気に吸い上げるように知識を吸収する力、それを扱い思考する力。能力の種類は想像でしかなかったが、朱雀神から授かったのは並外れた知能なのではないかと義翔には思われた。
 現れては消える朱雀の徴、そこで展開される能力。字が現れている時も、消えた時も、特段困った様子を見せない道輝に安堵しつつ、いつしか義翔はこの状況に慣れていった。
 字が現れている時は現れている道輝として、現れていない時は同じくその道輝として、目の前の弟に合わせた対応を繰り出す。何も言わないが、母もそのようにしている様子だった。
 どうしたらよいのか奥底では迷いながらも、手探りの実際は上手くいっていた。……いっていた、はずだった。

 そしてあくる日、義翔はそれが過信であったことを知る。


続く→https://privatter.net/p/1959109


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