4の続きです。
もう読んでもらうものというより覚書、小説というより義翔さんの日記?になっていますが、吐き出したいこと吐き出せたのでひとまず自己満足。設定は、覚書として後日追記します。
「張宿」は、「道輝」とは違う、朱雀に授けられた別人格だったとしたら、という(作者の柱に則った)世界線の妄想でした。
@satomi8429
前の話→https://privatter.net/p/1966476
道端で猫がまどろむような、まるい日差しの暖かい午後。
義翔と道輝は父の書庫で過ごしていた。
庭の樹々に点々と明るい緑が芽吹きはじめ、気づけばあの日からひと月が経っていた。
菜饅頭と素湯の簡単な昼食を終えると母は外出するというので、その午後は道輝とふたりの休日となったのだった。
父の旅の書物について道輝に質問され、聞かれるままに説明を添えていく。かつて父が自分にしてくれたように、何冊もの本を広げながら、時に予測もつかない方向から飛び出す質問に頭をひねりながら。
字の現れている道輝の利発さは日に日に増して、そのたぐいまれな才能に、正直なところ喜びと戸惑いの両方を感じずにはいられない。それはしかし、義翔にとっても確かに新鮮で楽しいひと時でもあるのだった。
ところが、午後の陽が真横から射す頃、道輝はふいに悲しそうな目を義翔に向けた。
その口から出た質問は、書物についてではない、自分に向けてのそれだった。
「兄者は、僕のことが嫌いですか」
驚きすぎて二の句が継げず、義翔は慌てた。開いたままの書物を持つ手に力が入る。
「そんなこと、あるわけないじゃないか」
言いながら、これを言うのは二度目だな、と頭の片隅で思った。一度目は、字の出ていない道輝だった。
「……どうしてそんなことを?」
つとめて冷静を装い、義翔は精一杯声を落ち着けて尋ねた。
目の前の道輝の瞼は涙をたたえてこそいなかったが、陽に照らされた眼球の表面がきらと反射した気がした。
「僕を見る時、いつも一瞬困った顔をされているからです。昔と違うから、嫌いになっちゃったんですか」
『昔と違うから』
昔、という意外な言葉が義翔の胸に突き刺さる。
困った顔をしている意識は全くなかったが、字の出ている道輝を前にした時、無意識にどう対応しようかと身構えていたのかもしれない。自己のふるまいへの後悔とともに、弟の鋭さに舌を巻いた。
同時に、今がその時かもしれない、と義翔は思った。
聡明な弟だ、この機会に話してみよう。
字のある道輝の後ろで見ている字のない道輝がいるであろう状況が脳裏をよぎったが、口角を上げてそれを振り捨てる。床にぺたりと座った弟を引き寄せ、足の間に座らせた。絵本を読んできかせてやった、幼いころの午後に似る。
「お前の足にある字、これはなんだかわかるかい」
「わかりません」
「これは朱雀の徴でね、」
膝を縮めた弟の足の、甲の光をそっと撫でた。
「紅南国の守護神、朱雀ですか」
「そう。この徴を持つ者はこの国に七人いると言われているんだ。それは朱雀七星士といってね。それぞれ特別な能力を朱雀から授かった宿命の人なんだよ」
「宿命の人、僕が……?」
振り向いた双眸が、驚きに大きく見開く。頬に当たる西陽が金色の円を描いた。
「お前の能力は、おそらくこの頭だ。その字がある間の、お前のその知識欲、観察力、そこから思考する力は、後に実用的な知能として生きてくるだろう」
まだ手のひらに半分以上収まってしまう、小さな弟の頭。大きく撫でて、そのまま頬へ手のひらを移動する。
「この徴が出る前のことは覚えているか」
「もちろんです。僕は生まれてからずっとこの家で、道輝として生きてきたのですから」
「では、この字が消えた後のことは覚えているかい」
「いろいろぼんやりしていて、鮮明には覚えていません。でも兄者、それは字が消えているからしかたないのではないですか。実際今までだってそうでした。ぼんやりですが、でも兄者の手があったかいことも、母上の笑顔が優しいことも、ちゃんとわかります。字が消えているだけで、僕は僕です」
『字が消えているだけで、僕は僕』
先日字が消えた状態で話した道輝とは、話が食い違う。
先日の道輝は、字が出ている時は賢い道輝の後ろに控えてその言動を見守るしかすべがないという。
今日の道輝は、字が出ていない時のことをぼんやりとしか覚えていないが、もう一人の道輝がいるという認識はなく、字があろうがなかろうがあくまで自分は自分だと主張する。
そして、字が出ていない時の先日の道輝の苦悩は、今日の道輝にはみられないのだ。
やはり字のある時の道輝というのは、朱雀から授かったもう一人の――道輝とは別の人格の――道輝、いや、張宿、ということになるのだろうか。
ふっ、と思考から現実へ意識を戻すと、投げかけられた不安げな視線に突き当たった。
とっさに後悔する。また困った顔をしてしまったか。さっき戒めたばかりだったのに、また。
「そうだな、道輝は道輝だ」
瞬時に笑顔を作り、そう頭をなでてやると、道輝は安心したようにはにかんだ笑顔を見せた。
義翔は、その笑顔の中に答えを見た気がした。
本人でさえわかっていないそんなことを追求して得られるものに、幸福な結果などありえないのではないか。
大事なのは、道輝が何者なのか、ということではない。自分が道輝をどう思い、どう行動するのか、だ。
別々であろうとなかろうと、どちらの道輝もかけがえのない弟に違いない。
気が優しく感受性が豊かで、泣き虫で甘えん坊な字のない道輝と。
頭脳明晰で知識の探求に余念のない、でも確かに優しい字のある道輝と。
苦悩するのなら寄り添おう。楽しいならば共に笑おう。
涙するならその涙ごと、学びたければその希望ごと、腕を広げて受け止めてやろう。
そしていつか旅立つ日が来たら、お前の味方はいつでも確かにここにいるのだと伝えよう。
僕には弟がふたりいる。
どちらもかけがえのない、大切な大切な弟だ。
(終わり)
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