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Eden

全体公開 3399文字
2019-02-28 20:01:46

第1話「偽りの楽園」

Posted by @acbh_dmc4

エデンの欠片を受け入れ、その衝撃に耐えかねて気を飛ばした男を抱き上げる。
一気に記憶データを受け入れた弊害か、男の存在が気薄になり、ぐったりとその身を横たえ身体が時おり消えかかる。
急いてしまい、想定していたよりも器の強度が足りず失敗したが、消失したわけではない。
この器に全てのメモリーを取り込ませても壊れない強度を与えれば、今度こそ馴染むはずだ。

今一度男から切り離したデータが、林檎へと姿を変える。
それと同時に辺りの白い支柱郡はまるで溶ける様に地に沈み、また次の瞬間には地面が脈打つように盛り上がった。
次々にフィレンツェの美しい街並みが出来上がる。
建物だけでなく、楽し気に行きかう人々も、まるで前からそこに街があったかのように出現した。

目の前に現れた生家へと足を踏み入れる。
男を抱えていることで両腕が塞がれているが、この世界は全てにおいて私の思いのままだ。
扉に近づけばひとりでに開き、通過すれば背後で優しく扉が閉じられた。

嘗ての自室のベッドに男を下ろす。
ブーツを脱がせ防具を取り外し、ローブも丁寧に脱がしてやる。
シャツ一枚でベッドに横たわる男にシーツをかけてやり、安らかに寝息を立てる男を見下ろす。
さらりとした髪を撫で、長い睫毛に彩られた瞼を親指でそっと撫でた。

「ゆっくり休め」

彼の額に口づけて囁くように声をかける。
これからこの体を安定させるために、多少負担をかけてしまうだろう。
私に残された時間はそう長くないから、この男を早急に作り上げねばならない。
既にもう一人の私を作成するためのデータは完成している。
多少はこの膨大なデータの整理も必要だと考えて、まず彼の身体をアップデートさせるための対策を練ることにした。


****



男は数日眠り続けた後、ようやく目を覚ました。
男には記憶の一切がなくなっており、かろうじて自分の名前と日常生活に支障のない程度の知識を持っているだけだった。

ひとまず私は男の伯父と名乗り、彼に適当な事情を説明した。
家族を目の前で失ったショックで記憶の一切を無くし、心配した私が現在は一緒に住んでいるのだと。
男は最初こそ混乱していたが、私の話を聞き、どうにか折り合いをつけて平静を取り戻したようだった。

「エツィオ、仕事へ行ってくるが、一人で大丈夫か?」
「ええ、メイドも居ますし、俺は大丈夫です」

力なく微笑むエツィオに頷いて家を出る。
今しばらく平穏な日常を演じるために、父ジョバンニの生業をそのままトレースさせてもらった。
表では銀行家、裏ではアサシンという地位に少々手を加え、「アサシン教団の長」としてフィレンツェに新たなアサシンギルドを作り上げた。
そもそもこの世界は調度誰かが再生しようとしていたメモリーを乗っ取った形になる。
私自身が世界を構築するのにはまだ力が足りず、既存のメモリに手を加える程度が精いっぱいなのだ。
その為大部分のシナリオは元のメモリのまま、ボルジア率いるテンプル騎士団が存在し、あとは私が加えた設定で騎士団と教団の動きをオートシミュレートさせている。
だが私自身はこのメモリーに干渉せず、アニムスのシステムや他のサーバーをハッキングすることにした。
あらゆる知識を得れば、早くエツィオを完成させることが出来るかもしれない。
またアニムスの監視の目を欺くために、メモリーを再生しているサーバー内でエツィオの体をアップデートするパッチを作り上げる。
多少はメモリーが重くなるが許容範囲内だろう。
そうして少しずつ、彼に合うモジュールを作り上げていった。



久しぶりにメモリー内に戻り、エツィオの部屋へと向かう。
3回ノックをしてから部屋へと顔を出すと、エツィオが私に挨拶してくれた。

「気分はどうだ?」
「大分いいです」

エツィオはベッドに横になり、自身の日記を読んでいた。
記憶の全てを消失してしまっているから、それを補おうとしたのだろう。
だが日記は10代頃の家族が処刑される数日前で終わっている。
空白のページを何を思って見詰めていたのか、エツィオは感情の読み取れない顔で日記を閉じると、ベッド脇机へとそれを置いた。
彼に近づき、ベッドへと腰かけてから彼の顔色を確認するように眺める。
気だるげな双眼が私を不思議そうに見返した。

何か思い出せることはあったか?」
「いいえ、何も」
「そうか。まぁ、じきに思い出すだろう。今は大事にしていなさい」

微笑みかけてそう諭せば、エツィオは物言いたそうに私を見上げたが、その視線を避けるように目を伏せると諦めたように礼を言った。
ここでのやり取りは一通り読み込んであるが、私がメモリーの外へ出ている間はなるべくエツィオとの関りを断たせていた。
なんとなく中身のない人形の私と、このエツィオが親睦を深めるのが気に食わなかったのだ。
信頼関係を築くのなら、ちゃんと私自身と築いてもらいたい。
これから私の終わりまでをこの子と共に過ごすのだから。

「あまり構ってやれずにすまないな。お詫びと言っては何だが、お前に土産がある。これだ」

宝物庫の鍵の形を模した円盤を1枚渡せば、不思議そうにエツィオはそれを眺め、手に取った。

「自ら発光して、いる?これは一体
「綺麗だろう?これはまじないの掛かった円盤だ。記憶を取り戻すのに役に立つ筈だ。
この光が消えるまで傍に置いておけ。なぁに、お守りみたいなものだよ」

魅せられたように渡された円盤を翳して見つめる。
円盤を持つ掌から青白い光が全身に染み渡るように吸収されていく。
彼の体を強化する為のパッチが少しずつ取り込まれていく。

「不思議だこれに触れていると、体に力が漲ってくるような体が軽くなっていく気がする」

どことなく気薄であったエツィオの体が、ほんの少し存在を強める。
少しずつ彼の器の容量を増やし、これから受け入れる膨大な量のデータに耐えられる様になってもらう。
今の彼は先の無理が祟り、このメモリー内を動き回るのすら、相当な出力が必要になるのだ。
あまりメモリーの稼働を目立たせたくない私は、エツィオの行動出力に制限をかけていた。
現実でいう所の病み上がりで体力がない状態にしたといえばいいのか。
アニムス外の者たちにここの仮想空間の存在を知られる訳にはいかないから、こうして時間を掛けて彼を回復させる事にしたのだ。

「私はまだ暫く傍にいてやれないが、こうした物が手に入ったらまた持ってこよう。早く回復できるよう力になる」
「ご迷惑ばかり俺も何かできればいいのですが
「気にするな。お前が元気になってくれることが私の望みだ」

申し訳なさそうに沈んだ顔をする彼の顎を取り顔を上げさせる。
縋るように私を見つめる彼の顔を、思わず食い入るように見つめてしまう。
あの白一色の世界で憎々しげに私を睨み付けていた双眼が、一転助けを求めるように頼りなげに揺れていた。
これはまだ感情などない人形だが、これから宿るだろう魂を思うと、狂おしいほどの歓喜が沸き上がる。

「お、伯父上?」

困惑し狼狽えるエツィオを愛しく感じ、思わず笑んで彼の髪を梳く。

「私がついている。必ずお前を目覚めさせてやる」
「伯父上

不思議そうに見上げてくるエツィオの額に唇を落とし、もう休むようにと彼にシーツをかけてやる。
彼は素直に私に従い、少しだけむず痒いような顔をしながら瞼を閉じた。


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