@acbh_dmc4
エツィオを抱え、サーバー内を彷徨う。
折角終わりをこの子と共に過ごすなら、生家でゆっくり迎えたい。
だがそんなときに限ってその頃のメモリーは再生されない。
もともとここ最近の私のDNA解析は、専ら40代から50代頃の記憶ばかり再生されていた。
既存のデータからメモリーを再生させても良いのだが、あまり派手に動けば寿命を縮めかねない為、現行で動いているものに入り込みたかった。
仕方なくローマのメモリーでも良いかと妥協したとき、腕の中のエツィオから覚醒の気配を感じた。
「…ん、」
「…目覚めたか。気分はどうだ?」
私が声を掛ければ、エツィオはぼんやりと私を見上げた後、大きな目を見開き体を捩らせ抵抗した。
あまり激しく暴れられ取り落としては事だと、私は彼を地に降ろした。
「…き、さま…!!」
「まるで親の仇でも見るような顔だな…」
仕方がないとはいえ、彼は私を見るなり憎しみを露わに睨みつけてきた。
彼には先のVRルームでのやり取りや、理不尽に痛めつけた記憶も全てそのままインプットしている。
都合の悪い情報はいくらでも隠せるが、どんなにネガティブなものでも今まで私と接した時間を忘れてほしくなかった。
「俺をどうするつもりだ!」
「どうもしない。だが、お前には悪いが、私と運命を共にしてもらう…そして私たちの最期はそう遠くない」
怪訝な顔をし、どういうことだと訴えるエツィオに、私は私たちの状況を話して聞かせることにした。
警戒して強張るエツィオに事のあらましを順を追って話をする。
まずこの世界について説明すれば、エツィオは恐々と辺りを見渡し眉間の皴を深くした。
それから私と彼の存在理由を告げれば、増々忌々し気な顔つきになった。
「それで?俺にお前のお遊びに付き合えと、そう言うのか」
「…そうだ。だが死にたくはないから、どこかのメモリーに潜み、普段通りに生活しようと思う」
「下らん。付き合っていられるか!俺は別に生きたくもないから今すぐ殺せ。それとも自爆してやろうか」
「お前の制御は私が握っている。私の許可がなければ自害も自爆も出来んぞ」
人ではないから自傷も意味がないと告げれば、ギロリと鋭い視線が私を刺す様に睨みつける。
予想していた事だが、彼と心を寄せ合うのは難しいだろう。
散々彼に対して行ってきた態度に問題があったことは自覚しているし、自分の立場なら蛇蝎のごとく嫌うだろう。
なのにそんな殺伐としたやり取りでも心が浮き立っている。
私の内心が伝わってしまったのか、目の前の男は心底軽蔑したような顔をして絶対零度の視線を寄越した。
「何をニヤついている?」
相変わらず辛辣な物言いをするエツィオに、緩んでいたらしい顔を引き締めて向き直った。
いくら好感度が地の底を這うどころか、地底深く掘り進む勢いで無かったとしても、少しでも彼の傍に居ることを許容して欲しい。
「理不尽だとは理解している。だが、傍に居てほしい」
「今は命にしがみ付く程執着はないが、これから俺が死にたくないと思ってしまったらどう責任を取るつもりだ?」
「お前が望むなら、生き残る道を探そう」
生き残る望みなど無いに等しいのだが、今はあまりに気分が良く、非常に無責任な事を口走る。
彼も私の言など端から信用していないというように鼻を鳴らした。
***
二人で暗く静かな世界を歩き回る。
エツィオは始終不機嫌そうに私の後ろをついて来ていたが、周りに展開される他の時代のアサシン達のメモリーを興味深く眺めていた。
私も生まれて間もなく、このメモリー群を興味深く眺めて回ったので、敢えてゆっくり散策した。
こうして二人並んで歩くだけで、あんなに陰鬱な世界だと思っていたのに楽しくなってくる。
死刑宣告をされて酷く荒れた後だというのに、現金なものだ。
彼に感ずかれれば烈火のごとく罵倒されるので顔には出さないが。
「…おい、何をちんたらしているんだ。どこかのメモリーとやらに入るんじゃないのか」
「なんだ。あんまりキョロキョロ周りを見ているから、ゆっくり見たいのかと思ったんだが」
「観光のつもりか?どうせすぐ死ぬのに」
「そんなにすぐ削除される訳ではないぞ…まだ時間はある。少しくらい観光しても良いだろう」
大きく舌打ちをされて、顔を背けられる。
確かに今すぐ削除される訳でもないし、拠点とするメモリーを見付けてからでも遅くないかと思い直す。
一先ずどこか落ち着ける場所がある方が、何かしたい事などゆっくり考える事も出来るだろう。
私は自らの意思をシステムと同化させ、エツィオ・アウディトーレのメモリーを再生しているサーバーを検索した。
「エツィオ、こっちだ」
私はエツィオに呼び掛けると、真っ直ぐ自らのメモリーの場所へと歩き出した。
急に目的を持って足を速めた私に、面食らったように一瞬足を止め、置いて行かれぬように後に続く。
多くの先駆者の遺跡やエデンの欠片に関わった私のメモリーは、依然として多くの者に解析され続けている。
現在も複数人が私のメモリーを再生し、空中に私の過去の映像が浮かび上がっていた。
「このメモリーのどれかがミッションを終えるなり、この者が殺されるなりして場面が転換されたときにメモリを乗っ取る」
「…直ぐに乗っ取ることは出来ないのか」
「出来なくはないが、それをすればアニムスの外に居る人間に悪影響が及ぶ。最悪廃人になるだろう。
そうなればアニムスの運用を止められかねない」
それは最悪のパターンだが、強引な乗っ取りで外の人間に何かがあれば確実に運用に支障が出て、私たちを探られる。
リスクは可能な限り避けるべきなのだ。
画面の私の顔をした解析者がテンプル騎士の番兵に殺されたのを期に、メモリーが白い光に包まれて消えかかった。
私は直ぐ様そのメモリーに干渉し、その世界を乗っ取り再構築した。
目の前には先程メモリーの私を殺した番兵が、虚を衝かれたように私たちを見ていた。
驚きと急に現れた得体の知れない者への畏怖から狼狽える番兵の一人を一瞬で凪ぎ払う。
辺りはまるで蜂の巣を突いたような騒ぎとなり、恐怖に戦く番兵と非現実的な光景に腰を抜かす市民の悲鳴が響き渡った。
「き、急にっ!人が!!」
「何だあれは?!化け物か?!」
「妖術使いよ!!」
番兵が正気を取り戻す前に素早く身を翻し、両腕に仕込んだアサシンブレードを敵の首元に叩き込み、血を振り撒きながら次の番兵を薙ぎ払う。
一緒にこの世界に引き込んだエツィオも、一瞬の戸惑いの後、近くの番兵に剣を振るい切り伏せていた。
刹那の間に全ての番兵を始末すれば、辺りはシンと静まり返った。
先程まで恐怖に悲鳴を上げていた者達は、一様にポカンと私たちを見つめて固まっている。
市民が呆気に取られている内に去ってしまおうと判断し、エツィオに声をかけた。
しかし彼は首を降ってそれを拒否して私を引き留めた。
気まずげに私を見るエツィオが、恐々と私と彼の間に横たわる“解析者の抜け殻”を視線で指した。
「この死体はどうする?自分ではないとはいえ、このままというのも寝覚めが悪い」
「ああ、そんなことか。まぁ、確かに目障りだな」
こともなげに告げれば、やはり非難がましい視線が飛んだ。
己ではないのだから私は何とも思わないが、彼は違うらしい。
繊細さがまだ残っているらしい彼の望みをかなえるべく、私は横たわる抜け殻をメモリから消去した。
同時に屠った番兵も見る見るうちに存在が気薄になり、蜃気楼のようにゆらりと消える。
その消えゆく様を見たエツィオは目を瞠り、眉根を寄せて私を仰いだ。
「これで良いか?」
同意を求めて片手を広げて辺りを指し示せば、彼は気まずげに視線をそらした。
「お前は…神にでもなったつもりか」
感情を抑えたような声色でエツィオが詰まる。
確かに、このアニムス内では私たちはある程度万能だ。
望めばなんだってこの手で作り出すことが出来、あらゆる知識を得ることも出来る。
「作られた箱庭でしか生きられぬ神だがな」
皮肉に笑えば、エツィオが必死に恐怖を抑えたような顔で私を見る。
私が彼にどうこうするとでも思っているのだろうか?
しかし彼とてこの世界で創造し、破壊する力を持っているのだ。
己の破滅こそ、自らに齎す事は出来ないけれど。
「俺の事も飽きたら消し去るのか」
「いいや。そうなったらお前に全権を付与し判断を任せる。
それよりも移動しよう。ローマの拠点と言えばテベル塔だ。あそこを住めるようにしなければ」
周りの住民達も、番兵が消えたと同時に記憶をリセットし、何事もなかったように日常を始めていた。
先ほどの殺戮は元々なかったものとし、同時にテンプル騎士団やアサシン教団の対立も消し去っていた。
最後の時を穏やかに迎えるために、このメモリーから全ての諍いや悪意を取り除く。
多少の小競り合いはあれど、殺し合う事のない平和な世界だ。
きっとテンプル騎士団はこんな世界を作ろうとしているのだろう。
だれも魂を持たない、蜃気楼のような平和で孤独な世界を。
「……私にとって、お前だけが世界だ」
この世界でお前だけが心を持って“生きている”者なのだ。
***
テベル塔へ着くと落ち着くために、入り口右手にある作戦用の広いデスクが置かれた場所に腰を下ろした。
エツィオは私の対面に腰を下ろすと、辺りを見回し事も無げに呟いた。
「他のアサシンは出払っているのか」
「いいや、アサシンもテンプル騎士団も存在しない。折角穏やかに余生を送ろうとしているのに、そんなものが居ては台無しだろう?」
私がそう答えれば、エツィオはまた薄く眉ねを寄せて私を見やった。
「存在しない?マキャベリや…狐、も…?」
「ああ、アサシン教団と共にメモリから削除した。“エツィオ・アウディトーレ”に関係した人間はこのメモリーには一人もいない」
「何故!何故彼らを削除した!!」
激高し叫ぶように詰まるエツィオを、駄々を捏ねる子供を前にした心境で見つめる。
教団の存在ごと消したのは、なにも彼らを軽んじていたわけではないのだが、私の何もかもが気に入らない彼はその意味に気づかない。
「この世界は現実ではない。お前は意思のない偽物の友人の姿が見たいか?」
「…それは」
「虚しいだけだろう。この世界で生きているのは私とお前だけなのだから」
この世界が、そして意思があろうとも私もエツィオも偽物なのだと告げてやれば彼は可哀相になるくらい動揺を見せた。
まだどこか私の言葉を信じられない彼は、それでも今まで見てきたことを必死で呑み込もうと葛藤しているようだった。
きっと私がいれば感情的になって答えが纏まらないだろうと思い、私は少しの間彼から離れていようと思いついた。
「なにか飲み物でも作ってこよう。少し冷静になれ」
部屋の奥にある給仕室で湯の準備をし、戸棚にあった菓子を見つけてトレーに乗せる。
“本物のエツィオ”は自ら茶など淹れたことはなかったから、一番旨い茶の入れ方を検索してその通りに淹れてみた。
初めての事であるが書物などを読んで試行錯誤するのとは違い、ラグがなく知識を活用できるというのは便利なものだ。
少しは頭も冷えただろうかと考え、トレーに二人分のカップとポットを乗せて、作戦室へと戻った。
「初めて茶を淹れてみたが、そう悪くはないはずだ」
「……」
私が手にしたトレーからエツィオの目の前に紅茶の入ったカップを置けば、エツィオは怪訝な顔をして私を仰ぎ見た。
きっと彼は何でも思いのまま作り出すことが出来るのに、何故態々現実世界のように振る舞うのかと疑問に思っているのだろう。
私はもと座っていた席に腰かけ、同じように自分のカップを手元に置いた。
浮かない顔をしたエツィオが、ゆらりとカップの中で揺れる紅茶を眺めて思案に暮れる。
そう簡単に納得できるものでもないとは理解している。
せめて少しでも気が紛れないかと思い、私はエツィオに提案をしてみることにした。
「お前も私同様になんでも作り出すことができる。試しに好物でも作り出してみないか?」
エツィオが私の言葉に顔を上げた。
僅かの間に随分憔悴したような面持ちだったが、私がした提案に興味を示したようだ。
暫しの逡巡の後、彼は私に短く問いかけた。
「……どうやって」
「先ずは練習だな。簡単な液体を作り出すことから始めよう。このカップを使え」
私は自分のカップに入っていた紅茶を削除すると、エツィオの紅茶の入ったカップの隣に置いた。
エツィオはチラリと私の顔を確認すると、二つのカップに視線を落とした。
「先ずは液体の入っている方のソースを読み込む。やり方はいくつかあるが、鷹の目で確認できる」
「…分かった」
エツィオが鷹の目を発動させて中身が入っている方のカップを見る。
通常鷹の目は対象物を追跡する為のアニムスによる補助機能であり、コードを読み取る物ではないのだがエツィオを作り上げる際、システムの仕様を変更しておいた。
検索システムに似た機能を持たせ、好きに目にした物の解析ができる。
私と違いこのエツィオはアニムスと同期した訳ではないから、アニムスのシステムを理解しやすいようにいくつも補助をつけている。
早速上手く補助が機能したのか、エツィオは驚きに目を瞠って紅茶をしげしげと眺めていた。
「なんだこれは…数字、か…?」
「ああそうだ。この世界は基本的に数字で表されているのだ。
ではコードの確認が出来たら次はそのコードを隣の空のカップに書き込んでみろ。
頭の中でイメージするだけで書き込めるぞ。慣れるまでは鷹の目でコードを確認しながらやると良い」
エツィオが真剣な顔で空のカップを見つめれば、底からジワリと赤色の液体が湧き出した。
そっくりカップの中に紅茶が注がれると、エツィオは小さく感嘆の声を上げて嬉し気に目を煌めかせた。
その無邪気な様子に思わず失笑する。
私の忍び笑いを聞き咎めたエツィオは、羞恥に頬を染めて私を睨みつけた。
急いで咳払いで誤魔化し、何食わぬ顔で出来た紅茶を確認する。
「ちゃんと出来たようだな。試しに飲んでみろ」
「お前が飲め!」
眦を釣り上げてぶっきら棒に私にカップを差し出す。
湯気の立つそれを受け取り、香りを確かめてからカップに口をつける。
ベルガモットのの爽やかなの香りと、口に広がる仄かな酸味がとても美味だ。
「美味い」
「ちゃんと味もするのか…これと同じ味か?」
私が手ずから入れた紅茶も押し付けて、飲み比べろと渡される。
毒味役にされたことにジト目で一瞥してからリクエスト通り私が入れた紅茶も飲んでみる。
「まぁ、この紅茶をコピペしただけだから当然同じ味だな」
「アンタが入れた紅茶もこうやって入れたわけじゃないのか?」
「いいや普通に茶葉から淹れたものだ。まぁ、茶葉は作ったが…」
ふぅんと鼻を鳴らして私の手元のカップを見る。
そして視線を自身の手元へ移すと、先ほどの要領で同じカップを作り出した。
どうやら自分の能力がお気に召したようだ。
微笑ましく思いながら、色々な物をコピペしていくエツィオを眺めて茶を味わう。
「なんだか、魔法使いにでもなったみたいだな」
「おいおい、いくつ紅茶を出すんだ。そんなに飲めないだろう?」
「削除すれば良いだろう。そうだ、俺も人を作る事は出来るのか?」
「出来るが、まずコードを覚えねばな。今のところは色々なソースの解読をしてパターンを覚えればその内なんでも作り出すことが出来るだろう。
この世界や、メモリの外に出て色々と見て周ると良い。私もそうやって学習していった」
エツィオが徐に席を立ち上がり、真っ直ぐ出口へと向かった。
早速学習に行くのだろうか。
あんまり無茶に動き回られてバグを引き起こされたら困るので、一応釘をさしておく。
「あまり派手にやらかすなよ?ここは不完全な世界だから何が起こるかわからん」
「ああ、分かっている」
言うなり意気揚々と外出していき、一人テベル塔に残された私はため息を吐いた。
エツィオ抜きで、この場所を住みやすいように整えるとしよう。
私は目の前に大量に残された、エツィオが作り出した紅茶を一つ手に取った。
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