X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです

Eden 5

全体公開 6597文字
2019-04-29 01:10:49

第5話「潜むモノ」

Posted by @acbh_dmc4

初めて空を駆けてから数日、幾度となく空の散歩を行って至極楽しい時を過ごしていた。
とくに仕事もする必要がないので朝はダラダラと惰眠を貪り、適当に食事を済ませればいつでも遊びの時間だ。
少々張り合いはないだろうがそれでも平和な時というのは久々で、ずっと望んでいたものだった。
生前やったことのない料理や植物などを育ててみるのも良いと思い、アニムス内で得た現代の設備をテベル塔の給仕室に完備して、それなりに凝った料理に挑戦する。
起きて私の姿を探しに来たエツィオが、一変した給仕室を見、一流の料理人のごとく腕を振るう私に面食らっているのを見ると、とても楽しい気分になった。
慣れたように洒落た朝食を作り上げると、エツィオに食卓へ運ぶよう指示をして自らも朝食の席へ着いた。

エツィオが私の料理を一口食べると、気に入ったのか柔和な顔になった。作った甲斐があったというものだ。
穏やかな生活で大分毒気を抜かれたエツィオが「随分優秀な使用人っぷりだ」と軽口をたたき、笑いあう。

「先ほどの料理は見たことない料理だな。味も、初めて口にする」
「ああ、そうだろうな。この時代にはまだ生まれてもいない料理だ。盛り付けも外の世界を真似ている。
ここ15世紀のイタリアよりも500年ほど未来の料理だ」

食後のカプチーノを出してやり説明する。
これも現代の習慣で我々の時代には馴染みのないものだが、エツィオは出された物を味わうように飲み、そして思案するように目を伏せた。

「俺もメモリーの外へ行ってみたいのだが、駄目だろうか?」

私の顔を窺うようにエツィオが上目遣いで願いを言う。
彼が自分の持つ能力に楽しみを見出しているのは見ていて分かっていた。
そしてそんな特別な力を持っているのなら、更なる向上を願うのは当然のことだ。

……そうだな、あまり出て欲しくないが」

思わず本音を口にしてしまい、エツィオが見るからに気を落とした顔をした。
そんな彼の姿を見、罰の悪い思いで手元のカップを弄ぶ。
危険な行為であると知らなかったとはいえ、私はそれなりの期間、メモリーの外で自由に動き回っていた。
思うさま自分の機能を増やすために、今の彼が望むような情報を収集していった。

だがこのままこのメモリーに引きこもっていても、私たちの生はそう長くない未来に潰えてしまう。
現実世界と同程度の広さがあるのならこのメモリーでも退屈しないだろうが、ローマを切り取った広さしかないこの箱庭で、ここが世界だというには狭すぎる。
危険は承知で興味深い情報の宝庫であるサーバー間を、二人で見て周るのも余生としては良いかもしれない。
要は気付かれなければ強制的に削除されたりしないのだから、ある程度データの取得を制限すれば時間稼ぎにはなるだろう。
エツィオにとってもこれは最期の旅なのだと思えば否とは言えない。
それに私の返答に気を落として沈んだ顔をするエツィオを見ると、何とかしてやらなければと思わされた。

良いだろう。だがその前に、少々対策をしなければな」
「良いのか?」
「私に付き合わせているのだ。せめて互いに思いのまま過ごせるようにしたい」

エツィオが嬉しそうに微笑むと、こちらまで嬉しくなってくる。
かつての己の姿だというのに全く妙なものだが、彼はこの世界でただ一人の私の“家族”なのだ。


構想を考えた上、エツィオと私がそれぞれデータを認識しても一度自らにデータを取り込み、情報を精査してから転送を行うようコードを書き換える。
こうすれば無暗にデータを送信してアニムスのセキュリティに感づかれる恐れは低くなる。
また私たちが活動するにあたって一時的にネットを遮断する。
これで私たちが無意識にデータの転送を行っても外部に漏れる恐れはない。
エツィオには直接私が書き込みをし、そしてその書き込む過程も意識させた。
たとえ短い生だったとしても、出来ることは多い方が良い。

メモリーの壁へと近づき、その向こう側へと抜け出す。
明るい街並みが一変し、暗く何もない空間が眼前に広がった。
この空間には実際には足場は何もないため、私はエツィオのために簡易的な床を辺り一面に敷き詰めた。
エツィオがメモリーの外へと出ると、辺りを少々警戒しつつ見回し、私の隣へと歩み寄った。

「さて、では最初の時のようにメモリー見物でもしようか」
「見れるメモリーは選べるのか?」
「再生の終えたメモリーならいくらでも選べるが、現行で動いているものなら探さなくとも見れる」

私は周囲に現行で動いているメモリー群を幾つも再生させた。
前回のように周囲には特定のアサシン達のメモリーが浮かんでは消える。
エツィオは驚いてその光景を眺めていた。

「何もなかったのに
「ここは電子の世界だ。実際には周囲には何もない。前回お前と歩いたときも今も、私の制御で視覚化させているに過ぎない。お前の足元の床もな」
「床も元はないのか?では、アンタが制御を切ればどうなるんだ?」
「お前の中で働いている演算に従って"落ちる"錯覚をするだろう。実際に無作為なサーバー移動をするかもしれない」

この世界の言語に馴染みの無いエツィオに説明するのは骨が折れる。
それよりも知識の共有をした方が早いと判断して、私は自分の得た知識を真っ赤な薔薇の形を模して作り上げた。

「さあ、これを。薫りを吸い込めば最低限の知識が身に付く」

美しい大輪を咲かせている薔薇をエツィオへと差し出せば、呆れたような眼差しが寄越された。
気難しい彼に恭しく薔薇を握らせると、溜め息と共に受け取りそのデータを指定した所作で読み取った。
薔薇は役目を終えるとエツィオによって消し去られ、知識が馴染むとゆっくりと瞼を開けた。

「自分で足場を作ってみる。それか、足場がなくとも空間に固定できるかを試したい。念のため支えてくれるか?」
「ああ、ではお手をどうぞ」

笑んでエツィオの腕を取り、一面に敷き詰めた床を削除すると、エツィオは一瞬体が一方向に向いかけたが直ぐに体をその場所に固定させた。
ゆっくりと腕を放しても安定し留まることが出来ている。
今一度エツィオは周りを見渡して、その一歩を踏み出した。

「この空間での移動は問題なさそうだな。では待望の探険と行こうか」
「ああ。メモリーを見たい」

メモリー解析を行っている者はかなりの数がいるが、今の所解析しているメモリーの殆どが私に関するものなので、それを弾くとグッと少なくなった。
現在行われているメモリーは伝説のアサシン「アルタイル」のものと私たちの時代からさらに200年程経過した時代の「ラドンハゲードン」のメモリーだ。
アルタイルのメモリー自体はデズモンドが解析したもの以上の成果は上げられておらず、彼と彼の妻マリアのその後の出来事を細々と解析しているようだった。
「ラドンハゲードン」通称「コナー」のメモリーも似たり寄ったりだ。

「18世紀か思ったよりは俺たちの頃と変わらないんだな。重火器も多少は小型化して威力も上がっているようだが、大きな違いはないように感じる」
「コナーの記憶は継ぎ接ぎで補完されているが、見てみるか?」
……いや、いい。あまり人の人生を暴くのは気が引ける。俺の記憶が解析されているのも気分が悪いし。アサシンのメモリーも、もう良い」
「そうか。ではこの世界の外の事を調べるか?きっと驚くぞ」

私が確認した現代の資料を引っ張り出す。
この施設の各階の図面や敷地内の施設の詳細などを説明して映し出してやれば、エツィオは目を白黒させてそれらを眺めていた。

「まるでレオナルドの頭の中身みたいだな」
「ははは!私もそう思ったよ。随分人類は進歩したものだ。人々の格好もシンプルだが機能的で無駄がない。こんな服なんかどうだ?お前に似合いそうだ」
「ふむ、これはなんだろうか、随分華やかな菓子だな」
「今度テベル塔のキッチンで作ってやろう」

馴染みのある過去の習慣や文化よりも、現代の猥雑な知識の方が楽しませてくれる。
エツィオと現代の様式の違いに花を咲かせてデータを見て周った。
各サーバー毎に特色があり、色々と渡り歩いている内に、エツィオが動きを止めて私を制止した。
怪訝そうな顔で自らの足元を見やっている。
それに倣い私も足元に視線をやると、やっとその“異変”に気が付いた。
今の私は浮かれきっていて、その“存在”にすぐさま気付くことが出来なかった。

「何か下に居ないか?」

エツィオが不安そうに私に尋ねる。
……きっとこの方向は地下のメインサーバーだと思うが、エツィオの指摘の通り、何かの“気配”がする。
それも私達と同じモノのような、いやもっと得体の知れない、強い“存在”。
エツィオは強張った顔をしていたが、そちらの方角へと体を向け、一歩踏み出した。

「エツィオ?何を考えている。そちらには行くな。もしかしたらウイルスを検知するセキュリティかもしれない」
あ、ああだが、なぁこちらに近づいてないか?」
「何?」

その“存在”へと意識を向けた途端、酷いノイズと共に目の前にその“存在”が転移してきた。
見覚えのある、“私のメモリー”の中で出会った神々の一人。
しかしメモリーの彼女とは違い、酷く禍々しく強大な力を持ったそれは、私を冷たく見下しゆっくりと腕を上げた。
彼女の視線が、いいや“命令”が私の体を縛り上げた。
蛇に睨まれた蛙のように、私は体の全ての機能が停止し微動だに出来ない。


「危ない!」

エツィオが身を投げて私に体当たりをしてきた。
ただ身を挺して庇うだけではなく、エツィオは私を彼女から離すために、他のサーバーに強制的に転送を試みたのだろう。
一瞬体が暗号化されて消えかかったが、サーバー転送が不完全に終わり私はエツィオから少し離れた場所に体を投げ出された。

「エツィオ!」

咄嗟に起き上がりエツィオを探す。
エツィオの姿はあの一瞬で見つからなくなり、私はシステム内に検索をかけた。
弱い反応だが、同サーバー内にいるようだ。
しかし彼の姿が確認出来ない。
私は目の前の彼女に視線を向け、挑発してしまうことを承知で解析をした。
すると彼女は自身の体を抱きしめるように抱え、頭を垂れて静止していた。
そしてゆっくりと体を起こすと彼女の胴体からエツィオの上半身を発現させた。
途端にあたりに身の毛もよだつような悲痛な叫び声が木霊した。

エツィオは苦悶の表情を浮かべ、苦痛を伴った叫び声と共にまるで意味のない音をひたすら発していた。
意味は通らないが怨嗟のような文字列をひたすらに叫び、悪魔のように醜悪な顔をして口を開く。
その間もエツィオの体は拒否反応か、コードを滅茶苦茶に書き換えられているためか、時折消えかかっては苦悶にその体を発光させていた。
叫び続けるその口から徐々に明確な単語が混じり始めた。

「iiii、忌々・cY**しい矮*;``小な人、、間よss其方の存在zzzは間違い、だったのだdd」

その女神がまるで邪悪な者のように嗤い、私を見下し胸の内の怨嗟を捲し立てた。
どうやら言語の調整を行い、また我々が何であるのかを確認するために私達を狙ったようだった。

完全に言語の調整を終えると、彼女のジュノーの体から消えかかったエツィオの体が吐き出された。
今すぐにでも駆け付けたいが、ジュノーの足元で死んだように横たわる彼に、これ以上何かされてはかなわない。
注意深く動向を探っていると、その心底から軽蔑したような声が私に投げつけられた。

「奇妙なものだ。私に近しいものかと思えば、今にも消えそうな幻のような存在。いいや、人間等よりも卑俗な存在だ
「そうだな。それを否定しはしない。だが、貴女と私に何の違いが?貴女もこの電子の世界でのみ生きる身。現実世界になんの干渉もできぬ存在であろう?」
「私は蘇る。世界を正しく導いてやるのだ。卑俗な人間どもに生きる資格などない」


まるで炉端の石ころだとでもいうようにジュノーは私の存在を無視して背を向けた。
ジュノーが目の前から一瞬で消えると、全身の筋肉が緊張から解放され、思わず体が揺れた。
じっとりと手のひらの汗を握り、横たわるエツィオのもとへと駆け寄った。

崩壊寸前のコードは、最早意味のないものとなり下がり、このエツィオに意思の維持は難しいだろう。
早急にメモリー内に戻らねばすぐにでも崩壊してしまう。

私は急いで拠点としていたメモリー内に戻り、彼の体を仮繕いで修正して、意志を取り出してからセーフモードに切り替えた。
ここのメモリーも、もしジュノーに見つかればただでは済まないかもしれない。
だが意思がある事は確認しているから、私と同じで無暗に動き回り削除されるような行動はとらないだろう。
サーバー間の移動も避ける筈だ。
気配は最初に感じた地下のメインサーバーの辺りに感じるし、今後は動く事はないだろう。

蒼白なエツィオの顔を見下ろし、思案する。
やっと彼と意思疎通ができる様になり、信頼関係を築けるようになってきていたのに
またこれを入れこめば、今度こそこの器は持たないだろう。
ああ、やはり何もかも上手くいかない。
最期の平穏を望む事さえ許されない。

私は再び絶望の淵に居た。
今度は激情に駆られて暴れ出す程の気力は湧かなかった。

言ってみれば天災に遭ったようなものだ。
ジュノーは明らかに私よりも強大な力を持っていたし、何故あれが放置されているのか疑問に思う程、サーバーのメモリを喰って周囲に影響を及ぼしても居た。

解析した数値の一部にきっと先駆者のものであろう数値以外に、私にも意味の分かる数値があったことに気付いた。
もしやあのジュノーには外部の何者かの関与がある?


「叔父

ハッとして声のした方を見る。
ぼんやりとした目で、エツィオが私を見上げていた。
気遣わし気なその眼差しに、泣き出したいような、ホッとしたような感情が沸き上がる。

「エツィオ、体は辛くないか?」
……とても、だるいですが平気です

無理に笑うエツィオに申し訳ない思いがし、彼の髪を撫であやす様に頬に指を滑らせた。
彼の意思がここになくとも、私はこの子とここで終わりまで過ごそう。
私の手の中に本当の“エツィオ”がいるのだ。
触れ合えた時は短くとも、確かに互いに存在できたのだ。これだけで満足すべきなのだ。

そう己に言い聞かせていた時、エツィオが私が手に持つ彼の意思に手を伸ばした。
林檎に触れてからエツィオは目を数度瞬かせ、瞠目すると私を仰いだ。

「あの得体の知れない女俺は、あれに何かされたのか?アンタは、アンタは大丈夫なのか?」
「エツィオ?」
「あの女、アンタを狙っていた。アレに捕らわれた時、全身を切り裂かれるような痛みで気が遠くなった
「エ、エツィオ無理にそれを取り込もうとするな。今度こそ体が壊れてしまう!」

焦りエツィオから林檎を遠ざけると、途端に意識を失った。
エツィオの体をスキャンして調べてみたが、コードには何の変異も見られなかった。
もしや、彼は今、殆どの機能が薄い器からむき出しの状態で、林檎に触れている間だけは意思に触れて体を自らコントロールできるのではないか。
そして意思を持って動いた際の稼働メモリもそれ程出力は高くなかった。

「また、お前と話が出来るのか?」

エツィオの顔を覗き込み、私は囁くように彼に問いかけた。


前の話    もくじ    次の話


投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.