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@satomi8429
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儀式の間までの長い道のりを、張宿は独りで歩いていた。
実際にはたいした距離ではないのだろうが、いかんせん時間がかかる。左足に重心をかけると、傷の名残が悲鳴を上げるからだ。自分を叱咤し、一秒でも早くと歩みを進める。寝衣に上着を羽織っただけという、皇帝陛下の御前に行くとは到底思えぬ恰好だったが、血まみれの服しか残っていなかったのだから仕方がない。
廊下の片側は西向きの庭に続いている。傾いた太陽が黄金色の光を投げ、そこらに浮かんでいる塵を照らし出している。それらに半身を染めながら、張宿は庭と廊下を隔てる欄干に縋って立ち止まり、唇を引いて気合を入れ、また歩き出すのを繰り返していた。
「おい、早くしろ。皇帝陛下の出陣の儀がはじまるぞ」
「は、今準備を整えております!」
飛び込んだ罵声に、部屋に集った七星士一同は廊下に視線を向けた。皇族の出陣というのは、どんなに事を急いていようとも儀式なしでは成り立たないようだ。張宿は涙を拭くと、呼吸を整え顔を上げた。
「時間がありません、僕の考えを皆さんにお話します」
皆の顔つきがさっと変わる。一言も聞き漏らすまいという鋭い視線にさらされながら、臆することなく張宿は言った。
「もし僕が星宿様を説得できなかったら、星宿様は出陣の儀ののち、一番の激戦地へ赴かれるでしょう。翼宿さんと井宿さんは護衛として同行してください。翼宿さん、」
張宿が翼宿に視線を移す。
「現在の激戦地から、山賊の砦へ抜ける道はありますか」
「抜け道ならいろんなとこにあるわ。なんとでもなる」
「でしたら、機会を見計らって星宿様をその抜け道で砦へお連れしてください」
「よっしゃ」
「井宿さん、」
「だ」
「井宿さんは、翼宿さんと連携して、機会を作る役割をお願いします。奇襲をかける、注意を引く、などその場で考える形になりますが」
「やってみるのだ」
「軫宿さんは、……すみませんが僕を連れていってください」
「何言ってる。動くだけならまだしも、戦場になんか連れていけるか」
「戦場での状況を正確に掴んで判断する役割が必要なんです。お願いします」
「……わかった。そのかわり、ギリギリまで休んでから行くんだぞ」
旅の中で、休めと言っているのに夜中までやれ情報収集だの、やれ記録をしておかねばだのと起きているのを諫めた記憶が二人の間でよみがえり、ばつの悪い張宿は、はい、と小声で返事を返した。
「あたしは?あたしは何したらいいの?」
待ちかねたという様子で柳宿が割り込む。
「柳宿さんは、鳳綺様をお願いします」
「鳳綺を?」
戦場で星宿様をお守りするとばかり思っていた柳宿が意外な声で言った。
「はい。僕はお会いしていませんが、鳳綺様は柳宿さんとそっくりだと聞いています。星宿様が出陣されたら、侍女に変装して鳳綺様へ近づいて、宮殿から砦へ逃がす算段を整えてください。翼宿さん以外に、山賊の方で手引きしてくれる方がいるといいのですが……」
「せやったら攻児に言ったるわ。宮殿の近くから山に続いてる抜け道もあるからな」
「ありがとうございます。それなら柳宿さんは、攻児さんに鳳綺様を受け渡したら、鳳綺さんの身代わりとして宮殿で待機をお願いします」
「なるほどねー。女装は久しぶりだし、その上役者なんて腕がなるわ」
がんばっちゃうわよ、と柳宿が片眼を閉じて目配せする。伝え終えた張宿は一瞬だけ目を閉じて小さく深呼吸した。
「では僕は、儀式の間に行ってきます」
張宿は右脚を軸に、左脚をかばいながら立ち上がると、着物の袷を整えて上着に袖を通した。血やほこりにまみれていない、唯一の自分の着物だった。
「その足で歩くのは辛いだろう、どうしても一人でというのなら、部屋の前までだけでも連れて行ってやるが」
「そうなのだ、一人で行くのは危ないのだ」
申し出られた親切に、張宿はゆっくり首を振った。
「ありがとうございます、でもここは僕ひとりでいかないと」
「何か理由があるのだ?」と井宿がいぶかしみ、はい、と張宿が目を上げる。
「陛下の出陣で国民の士気が高まっているのなら、それに水を差す意見は歓迎されない可能性が高いです。その上『七星士が大勢で』という形で嘆願すると、反逆者が多数いるという目で捉えられてしまう可能性があります」
張宿は一度言葉を切った。仕方ないのだ。世論とはそういうものだ。そもそも最初の儀式が失敗した原因の一旦は自分にあるし、そこからどんな辛苦を乗り越えここまで来たかということは市民は知りえない。七星士がいた、しかし朱雀は封印された。そして攻め込まれている現実。断片的な事実――それでも反論しようのない事実なのだが――だけで捉えると、そして命を脅かされている現実を目の当たりにしていれば、七星士への悪感情が湧くのも無理はない。往々にして世界とはそういうものだ。
「ですから、この嘆願をするものが悪者になるのならば、最少人数がいいんです。……だからここは、僕が一人で行きます。『誰にも相談していない、僕の独断の単独行動』です。ですので、皆さんは何も知らないという顔でいてくださいね」
一同は返す言葉もなく、ただ互いの武運を祈り合って張宿を部屋から送り出した。
出陣の儀を執り行う儀式の間の前までたどり着くと、張宿は扉の前で溜息をついた。
「……ここが」
こんな事態になっても、儀式の間の扉に彫られた朱雀の半彫像は、首をもたげ大きく翼を広げて、黄金色の胸をそらし誇り高く羽ばたいている。
朱雀よ、どうかこの国を護ってください。
張宿は扉の彫像に向かってしばらくの間手を合わせ、背筋を伸ばして相対した。そして大きく息を吸うと、名乗りの準備を胸のなかで繰り返し、それからいきなり扉をあけ放った。
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