@acbh_dmc4
鏡に映る、きめ細かい白い肌に、血色の良いピンク色の頬。
肩まで下ろされたウエーブのかかった少しだけ茶味がかった黒髪と、長い睫毛に彩られた大きな瞳は綺麗な琥珀色だ。
小ぶりでぷっくらとした唇には痛々しい、だが見慣れた傷が縦に走っている。この傷は、先日盛大に塀から転げ落ちた際にこさえてしまったようで、暫く痛みに悩まされた。
どうやら俺は、エツィオ・アウディトーレで間違いないようだ。
何故ならアニムスの時とは違って俺にはエツィオとして育って来た記憶が最初からあるからだ。
アニムスでのエツィオの追体験はその時のエツィオの気持ちは感じる事が出来るが、彼の記憶を思い出す事は出来なかった。
それに、多分俺はデズモンドの記憶を思い出した(?)という状態なのだろう。
エツィオが生まれてから9年、デズモンドの生きた時間は27年ちょっとの為、生きた時間の長さからデズモンドであった時の我が強く出てしまったが、今の俺自身はエツィオだと断言できる。
思い出した当初は混乱して自分がデズモンドだと強く意識していたが、それもこの数週間で大分落ち着いた。
デズモンドの記憶とエツィオの記憶を精査することで、俺とデズモンドはきっとちゃんと混ざったのだろう。
だがここで問題が出て来た。
もし、俺がデズモンドとして体験したエツィオの人生を、今のこの人生がその通りに進むとしたら、17歳になった年に家族の処刑が行われてしまうのだ。
そして俺は復讐に人生を費やして、助けてくれた伯父上も喪い、アサシンの長になり、一生エデンの欠片に振り回される事になる。
正直に言おう。
そんな人生は嫌だっ!!
まず父上やフェデリコ、ペトルチオをもう一度喪うなんて嫌だ。
処刑を目の当たりにした時、胸が張り裂けそうに痛かった。苦しくて悔しくて頭がどうにかなってしまうんじゃないかと言う位混乱して辛かった。心がバラバラに引き裂かれると言うのはああいう事を言うのだ。
あんな思いはアニムスで体験するだけで十分だ。
最終的にはソフィアという美しく愛しい女性と幸せになれるのは大歓迎だが、そこまでの道のりが険しすぎる。
この明確過ぎる記憶が、ただ単に子供の妄想にしたって細部が作りこまれているし、そもそも子供にここまでの想像力があったら超天才だ。
きっと将来は著名な劇作家になれることだろう。
とまあそんなことを現実逃避ついでに考えているが、現在非常にまずい状況になっていた。
今、俺の目の前にはフェデリコが目を回して倒れている。
頭には大きなこぶが出来ており、手足を大の字にして豪快に目を回している。
なに、原因は大した事ではない。
子供の他愛ない口喧嘩の延長戦で、殴り合いの喧嘩に発展してしまったのだ。
俺は今9歳のいたいけな子供であるから、フェデリコのいつもの軽口と揶揄いにちょっとカチンと来てしまって、思わず手とか足とかが出てしまった。
最初は小突く感じで俺から手を出したんだが、ちょっとムッとしたフェデリコが仕返しに殴りかかって来たのでひょいと避け、更にヒートアップし本気で殴りに来たものだから、つい大人気なく反撃したら勝ってしまったのだ。
あと、その喧嘩の大立ち回りは街中で塀やら障害物やらを飛び回り、駆けながら行っていたせいで、気が付けば結構目立っていた。
そしてここまでの大立周りをするに、フェデリコは既にアサシン教育が行われていそうだ。
彼の駆けにはアサシンらしい切れがあったし、雛ながらその体術には鋭さがあった。
追いかけている内に本気になったとはいえ、アサシン教育も受けていない弟相手に本気になるなんて酷い兄貴だ。
うん。そうだ。俺は悪くない!これは立派な正当防衛!
両腕を組んでそんなことを思いついて一人納得していると、ぬっと大きな影が俺を覆った。
「子供の喧嘩にしちゃ、随分派手じゃないか。面白かったぞ坊主」
声を掛けられ後ろを振り向くと、茶色いアサシンローブに身を包んだ壮年の男が面白そうに俺を見下ろしていた。
その姿は俺の記憶している姿からはもっと若く見えたが、間違える筈はない。
「狐か?」
思わず心の声が表に飛び出てしまった。
俺が狐の名を当てれば、その茶色いローブの男は一瞬顔を険しくし、視線だけでサッと辺りを警戒して、俺の目線に合わせる様に身を屈めた。
「坊主、その名を誰から聞いたのかは今は聞かないが、口には気をつけた方が良い」
「す、すまない…つい…」
「俺を知っている風だな?ふむ、この坊主も伸びていることだし、一つお助けしよう」
子供相手だというのに殺気を向けられて一瞬ヒヤリとしたが、狐は何でもなかったようにニヒルな笑みを浮かべると、フェデリコをその背に担いで、俺の手を取った。
恐らくは俺の家に向かっているのだろうが、人気のない裏道を通り、回り道をして、時には俺を担いで塀を超えた。
アウディトーレの邸宅に辿り着くと、俺にメイドを呼ばせて(念のためアネッタを呼んだ)、フェデリコを預けた。
そして狐がさっさと立ち去ろうとするので、俺は思わず呼び止めてしまった。
「あ、あの!」
「坊ちゃん。今夜お父上殿からお説教があるだろう。そっちの心配をするんだな」
振り返らぬままそれだけを言うと、あっという間に壁を越えて姿を消してしまった。
恐らく狐は今日あった事の一部始終を父上に報告するのだろう。まいったな。
恐らく喧嘩の初めから全て知られている筈だ。
俺はどう言い訳をしようかと頭を抱えた。
***
俺は父上の書斎の前に佇み、緊張で胃がせり上がりそうになりながら、ノックをした。
「父上、エツィオです」
「入れ」
間髪入れずに入室の許可が下り、俺は深呼吸をして書斎の扉を開いた。
ゆっくりと入室し、扉を閉める。
これからのやり取りを入念にシミュレートして、その通りに答えられるか、必死に言い訳を反芻していた。
「エツィオ、何故呼ばれたのかは分かっているな?」
「フェデリコ兄さん、の事で?」
「…うむ。それは問題ではない」
「で、では…」
「昼間お前を手伝った男についてだが、お前はいつその男の事を知ったのだ?」
「…ええと、狐、についてですか?」
俺が狐の名前を出すと、明らかに父上の態度がピリピリとしたものになった。
狐の格好は俺がアニムスで体験した時の姿そのものだった。
街の様子だって同じだし、恐らく盗賊でありアサシン。父上が狐について言及するという事は、父上もアサシンで間違いないのかもしれない。
だが、未だ確証とするには早い。
「その狐についてお前の知っていることを全て話せ。誰から聞いて、彼が何をしている者なのか」
探るように俺を見つめる。
俺がどこまで知っているのか、何を知っているのかを探る目だ。
父上は俺に最期まで自分がアサシンであるという事を隠していた。伯父上がその事について頭を抱えていたことを思い出す。
父上は……クラウディアやペトルチオには勿論、俺にもずっと話すつもりはなかったのだろうか?
俺はもし父上たちに最悪の未来が起こるのならば、それを回避したいと思っている。
またあんな風に家族を失いたくない。その為だったら何だってする。
今、惚けて街の大人たちから盗賊団の噂を聞いたと言えば、父上は安心するだろう。でも、もしあの最悪な未来を回避するならば、味方は多い方が良いのではないか。
思わず黙り込んで考え込んでしまった。
ジッと父上の足元を見ていたのを、怒られる事を恐れて萎縮していると思ったのだろう。
父上が緩く息を吐き、俺の近くに寄って身を屈めた。
「エツィオ、別に叱責しようという訳ではない。お前は好奇心の強い子だから、余計な事に首を突っ込んでいないか心配しているのだ。街での噂を聞いて、適当に答えたのだろう?そうだな?」
俺の腕を優しく握り、父上が宥める様に俺に確認をした。
その慈愛に満ちた優しい顔に、俺は悲しみと怒りに歪む、最期の父上の姿を思い出して思わず口走っていた。
「『二つのエデンの欠片が揃うとき、予言者が現れる』父上は、ご存知でしょう?」
「エツィオ?」
「そして父上はアサシンなのでしょう?」
俺が核心を告げれば、父上は目を大きく見開いて絶句した。
「狐もアサシンだ。盗賊たちを纏めている。伯父上も、パオラも、ベネツィアのアントニオも。他にも知ってる。
今はまだ正体を現していないが、未来、ロドリゴ・ボルジアがテンプル騎士団の長となり、世界征服を目論んでいる」
「エツィオ?何を言っている?」
「宝物庫はヴァチカンにある、ローマ法王の杖がエデンの欠片の一つで、ヴァチカンのシスティー…」
「エツィオ!」
捲し立てる様に俺の記憶を口にしていると父上が急に怒鳴り、俺の言葉を遮った。
俺の言葉の意味が理解できないと言うように、戸惑った顔をして俺を見つめる。
「エツィオ。今夜はもういい。だが、暫く謹慎していなさい」
「…父上、フェデリコは何も話していません。きっとアサシンの修業を行っているのでしょうけれど、その事については何も聞いていません。だから…」
「ああ。エツィオ。さあ、戻るんだ」
追い出す様にして書斎から出されると、父上はアネッタを呼んで俺を部屋へと連れて行くように命じ、深刻な顔をして俺を見送った。
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