@acbh_dmc4
今や私はアブスターゴのビルを自身の体の様に扱うことが出来ていた。
部屋の至る所に設置された監視カメラを我が目とし、社員に取り付けられているGPSで人員の位置や、あらゆる端末にも私の分身を配置してこのビルに居る人間の位置を正確に把握する事が出来る。
これで個体が私たちの意思を受け入れた後、分身たちによる脱出口までのナビが可能となる。
いくら逃走経路が頭に入っていても、実際に動く際、予期せぬ敵との遭遇を避けられる手は必要だ。
そもそも個体達の体は一番大きなもので10歳にも満たない、とても幼いものだ。
もしテンプル騎士団に見つかろうものなら抵抗する術など無いだろう。
個体のアサシンのメモリーの同化率は高かった。
ある程度下地となるエツィオのメモリーを取り込ませてあるし、あとは残りの記憶と私とエツィオの意識を埋め込むだけだ。
旧フェニックスプロジェクトに関わっている協力者に最終指示を下す。これで、私たちの現世への出現が叶うのだ。
『本日仕掛けたウィルスがばら撒かれ、それに乗じてこのビルの制御は私が握る。それまでにアニムスにかけ、私とエツィオの意識を定着させるのだ。準備は良いか?』
「ああ、いつでも始められる」
『アニムスまでの部屋は既に映像も音声もダミーに変えてある。さあ、行け』
エツィオに近いDNAを持った小さな個体達を、協力者がアニムスがある部屋へと手を引いて連れていく。
その道中の監視と指示を協力者に伝える。
邪魔もなく目的地に辿り着くと、個体の体に布を巻きつけて、上からぐるぐると紐で縛り付けた。
身動きの取れない個体をアニムスへ乗せて、システムを起動させる。
この個体達の意識がはっきりするのを待って、本格的にアニムスへと繋ぐ手はずだ。
「暴れさせないためにかけていた鎮静剤がまだ抜けない…」
『あまり刺激を与えたくはないが、少々手荒にしても良いだろう。せめて目を覚まさせるのだ。それからアニムスにかけろ』
協力者は個体の頬を張り、ボンヤリと目を覚ますのを確認すると、近くにある冷蔵庫から飲み物を取り出してから個体に与えた。
パチパチ弾ける飲料に少々驚いて意識が戻ったのを確認すると、アニムスへと横たえて起動させた。
私とエツィオは個体へとデータを送信するためのシステムを起動し、それぞれの目の前に腰ほどの高さの銀色のポールを出現させた。
これに触れれば個体へと我々の意思をインポートすることが出来、余計なデータ等は自動で選り分けてくれる。
協力者は2体の個体のセッティングを終えると、個体へのメモリのインポートを行った。
ポールに触れた指先から全身にかけてヒヤリとした感覚が巡る。
個体への我々の情報が吸い上げられていく。
肉体が消耗していくように息苦しく感じ、思わず息を吐き出して喘ぐ。
隣でエツィオも自身がすり減っていくような感覚に苦痛の声を漏らしていた。
「聞こえますか、導師!個体の状態が良くありません。鎮静剤の所為か?苦しみ始めた…一旦止めた方が…」
協力者の焦ったような報告に、気を静める様に頭を振り、外の様子を窺った。
監視カメラのモニターから、個体が拒絶反応を示しているのが見て取れる。
成程からこの身がすり減るような心身が摩耗される感覚は、私達と個体がシンクロしているため、互いに感覚が共有されている為のようだ。
まだ我々の基礎となるデータを個体に定着する段階で、我々がすり減るような事など無いのだ。
『時間が、ない…このまま、続けろ。これ以上は、危険だと思えば、我々でインポートを中止する』
個体の感覚が私達にも流入するのであれば加減も分かると言うものだ。
まだ無理も利く状態である為、インポートを続行することにした。どうにか第一段階である情報をインポートし終え、暫し小休止とする。
「導師、貴方の指示通り3体の個体に貴方の指定した記憶と感情をインポートした。だがかなり不安定な状態だ」
『ああ。かなり苦痛を伴っている…時間を掛けねば個体が持たないかもしれない。アニムスに繋げたままにすることは出来るか?』
「できる、が…やはり数日に分けて行った方が良かったのでは?」
『チャンスは1度きりだ。アブスターゴを抜け出すならばな』
個体の様子を確認するため、私もエツィオも個体との繋がりを切らずに待つ。
頭が割れる程痛み、吐き気もあるが接続を切ることは出来ない。
かなり辛い状況ではあるが、大分落ち着いてきたころを見計らってもう一度声をかけた。
『アニムスを使用する。出力を上げてくれ』
短時間に多くのデータを取り込ませれば、個体が拒絶反応を起こすかもしれない。
自我のない未発達の脳に、どれだけ書き込めるのか、やれるところまでやる外ない。
アニムスにかけられている2体が苦痛に絶叫を上げる。あまりの痛みに舌を噛んでのショックを防ぐために、口に布を噛ませた。
流石に人体実験に長けた協力者は動じてはいないようだが、この反発している状態を観察し、うまくいっていない事実に頭を抱えていた。
「……まだ半分も取り込めていないというのに…このまま本当に目覚めることが出来るのか?」
思わずと言った風に協力者がぼやいた直ぐ後、館内のアラームが鳴り響いた。
非常灯が点灯され、ドアや窓にシャッターが下りる。
どうやらエドワード・ケンウェイの解析が終了し、それによって私が仕掛けたサイバー攻撃が発動したようだ。
だが、この部屋のアニムスだけは生かしてある。
「これで暫くは邪魔が入らないだろうが…導師、一度アニムスを止めます。これ以上はまずい」
体が自由であれば頭を抱えているのだろう、私の個体が脂汗を浮かべて苦しんでいる。
隣でアニムスにかけられているエツィオの個体も、あまりの衝撃に涙を流しパニックになっているようだった。
『頭を冷やしてやれ。ある程度落ち着いたらもう一度アニムスに戻すのだ』
「俺はやはり反対だ。こんな状態でうまくいくはずがない…」
そうは言いつつ、協力者が部屋に取り付けられている冷凍庫から氷を取り出す。
ビニール袋に氷を入れて、個体の頭を冷やし、落ち着き始めてから水を飲ませてやっていた。
酷く痛む頭が極僅かに楽になる。
私とエツィオもズルズルと地面にへたり込み、荒い息を吐いていた。
『くる、しい…』
個体と同じく、脂汗を流しながらエツィオが喘ぐ。
彼を励ます様に、彼の肩に手を添え、互いの目を覗き込んで励まし合った。
そんな中、システム内のアラートが鳴り響く。
一部のセキュリティを破られ、クローン製造室と保護施設の部屋の扉のロックが解除されて、個体が3体消えていることに気がつかれたようだ。
協力者の通信機からもどこの部屋が突破されたかが知らされ、苦い顔でその通知を見た。
「真っ先に確認されるのはこのプロジェクトだよな…くそっ…いよいよ後が無くなって来たか」
『ここの…部屋へ続く、セキュリティは滅多に破られ、ない。なんせ、私の手動で制御している、からな…』
「随分苦しそうだが、本当に大丈夫なのか?」
『ここの近くを攻撃されれば、一時個体との接続を切る。そうすれば問題ない』
協力者の不安を一蹴する。
同じ状況下でエツィオが個体の状態を確認してくれているのならば、私だけでもこの外から齎される“苦痛”を無効化するべきかもしれない。
しかし、苦痛を感じて弱っているエツィオを前に、その感覚を任せてしまうのは気が引ける。そう思い、エツィオの様子を窺えば、力なく微笑み、私に無用な心配だとでもいうように鼻で嗤った。
『アンタが、一番、ここの防衛に関して強い。俺の事は気にせず、苦痛を無効化して…見張りをしてくれ…』
『…すまない』
『だが、向こうに生まれ落ちた時に、辛くて、立ち上がれないなんて…泣きごと言うなよ?置いてく、からな…』
精一杯の憎まれ口をたたき、口元に笑みを湛えて見せる。気丈な彼に感謝して、“苦痛”を無効化させた。
個体の方はエツィオの指示の下、インポートを進める事にして、私は周囲の部屋の防御を確認した。
逃走経路となる通路の扉の防御をいくつか強化し、なんとか開こうとする技術者の作業を妨害する。
人とは違い、瞬時に判断を下し、複数同時に処理が出来るのはとても便利だ。こんな芸当が出来るのもあと少しか。
『そろそろ落ち着いてきた。インポートを再開する』
エツィオはあと半分、彼の意識を構成するデータを取り込む。
私のデータもインポートしつつ、ここへ続く通路を破ろうとしている者達の攻撃を退ける。
そして追撃の様に私が仕掛けたウィルス入りの餌に、新たな解析者が食らいついたようだ。
もう一度、ここのアニムスシステムを除き、全てのシステムがダウンする。
これで更なる時間稼ぎが出来るはずだ。傍受しているテンプル騎士団たちの苛立ちを滲ませた通信に、思わず笑みが漏れる。
そしてあの者達が好きそうなメモリーの解析に夢中になっている間に、事を終わらせてしまおう。
時間稼ぎは順調に行っている。暫くは私もまた個体へのインポートに集中できると、今一度エツィオや外の個体に意識を向けた。
玉のような汗を浮かべて、エツィオが私と自身の個体の状態を確認していた。
私の個体の痛みも受け入れていたのか、私は慌ててエツィオの痛みを切り離した。
『無茶をするな。負担が大きければ、正常な判断が取れんだろう』
『は、ぁ…しかし、俺の方のインポートはそろそろ、お、わる…アンタの個体の状態も確認しておかなければと、思ったんだ…』
束の間に気力を取り戻したエツィオが再度個体との感覚を共有する。
強情なものだ。しかし―――
『拙い、かなり危険な状態だ!』
『一旦止め…』
指示を出す前に個体の容体が急変し、これ以上のインポートに耐えられなかった。
私の意思をインポートしていた個体は鼻から一筋血を流し、エツィオの個体は口から泡を吹いていた。
体の痙攣も激しく、ショック状態でエツィオは耐えられず個体との接続を切ってしまった。
どちらもモンテリジョーニを急襲され、伯父上の死を知ったその瞬間だった。
個体の意識が完全に停止してしまうのを感じる。
失敗してしまった。
協力者が生命の危機に瀕して痙攣する個体を何とか落ち着けようとありったけの氷を集めて体を冷やす。
彼が取り得る限りの蘇生法を試し、個体達の息を吹き返そうと努力するが虚しく時が流れるだけだった。
『もう止めろ。息を吹き返すようには思えんし、命を取り留めたとしても使い物にはならんだろう』
「まだ一体残ってる。言っておくが、必ずどちらかはこちらに来い。それでなければ俺が危険を冒してまで手を貸した意味がない!」
この失敗を前に、それが難しい事だという事は男も分かってはいるだろう。
しかしこれで最後というのならば、譲る訳にもいかないという気持ちは分かる。最後の一体もダメにならなければ諦めることなどできない。
「この混乱を機に、電子のアンタ達を外に逃がす。この一体を俺が確保して、外でアンタ達どちらかの意識を入れれば失敗なんてしないだろう?第一、こんな短期間でどうにかしようという方が無理な話なんだ!」
『この個体を連れてアブスターゴを離れると?お前たちを逃がす事も出来なくはないだろうが、リスクは高いぞ?』
「それでも!今更諦められるものか!」
そう言って協力者は個体をアニムスから出し、運び出せるように準備を始めた。
『待て、アニムスから出すな。ちゃんと自分で動けるようになった方がリスクが低くなるだろう』
「それが出来ないから個体を持ち出すんだ」
『完全な我々でなければ、もっと年若い年齢の精神で留めれば意識を乗せる事は可能かもしれない』
私達を形作る人格の年齢が30を超えた辺りで、個体は限界を迎えていた。
それ以前までの人格であれば…青年の頃のエツィオであれば問題なく取り込め、また余力を残して目覚めることが出来る。
その時、私はVRルームで出会った青年のエツィオの事を思い出していた。
初期のエツィオに人格をインポートする際に現れた青年。
私が意識して作り上げた訳ではなく、自然発生的に生まれた存在。それがエツィオの中で未だ生きていることを私は感じた事がある。
ジュノーにエツィオを破壊され、彼のコードを直接書き込んでいた時に青年の存在に気が付いた。
おそらくVRルームで無理矢理彼を取り込ませた事が障壁となり、完全に吸収されることなくエツィオの中に別の意識として残ったのだ。
一度協力者との通信を切り、エツィオへと向き直る。
彼は私の先程の発言に怪訝な顔をして、私の説明を待っている。そして私は彼に今一度確認することにした。
「お前はもっと生きたくはないか?」
「外の世界でという事か?外に出るのなら、俺は貴方が居なければ望まない。ずっとそう言っているだろう?」
「ここに居ては生きられないとしてもか」
「あの男が俺たちをヘリックスサーバーから逃がすと言っていた。そこでなら俺たちの自爆コードを外せるかもしれないのだろう?それが叶わなくとも、俺は…もともと終わっている命だ。大本の人生に悔いはないのだから、いつ幕を引いたって良い」
「だが、私はお前を失いたくない。お前が居たという証を残したい」
「貴方のその欲求のために、望まぬ生を受け入れろというのか?」
きつく睨み据えられ、明確な拒絶を示される。
私がお前だけ生き延びろとでも言ったら、今すぐ己の自爆コードを発動させる構えだ。
いつの間にやら私の制御をすり抜け、自らの意思で運命を決められるまでになったのだと嬉しく思う。
そして、確かに私はこの彼を生かしたいと願っているが、この際、私達の意思を受け継いだ他の者でもいいと思っていた。
我々がここに居たのだと、その申し子だとアサシン達が知っていればそれだけで良いと考えた。
「お前の中にいるもう一人のエツィオをあの個体に取り込ませようと思うのだ。彼なら個体の限界を超える事はない」
「俺の、中にいる…?」
「ああ、少し探らせてもらうぞ」
エツィオの心臓の上に手を添えて、彼の奥に眠る青年の意識を探り出す。
小さな小さなその魂の光を見つけ出し、私は彼を引き上げるべく、エツィオのコードの隙間を縫ってその欠片を掴み上げた。
両腕がエツィオの体にめり込み、肘までを彼の体に埋めた。
だが背に両腕が突き抜ける事はなく、エツィオの中にいる青年の身体を構築して、両腕で引き揚げた。
エツィオの胸から青年の頭が突き出し、力を込めて引き上げれば脱力した身体が引き上げられた。
己の中から出てきた青年に面食らうエツィオと私の間に寝かせると、私はエツィオに願いを言った。
「この子を外の世界に」
「何故…この子は…俺は、なくなってしまったとばかり…」
「ずっとお前の中で生きていた…いや、お前が護っていたと言っていいな」
エツィオが眠りについている青年の胸に手を当て、その鼓動を確かめた。
実際心臓が動かずとも青年の存在は確かなものだが、エツィオは脈打つ力強い鼓動に安堵したようだった。
「この子のデータの殆どはお前が取り込んでしまっている。今は核だけの状態で、彼自身が動くにはデータが足りない。
足りないデータを私とお前で補強しよう。そうすれば、僅かでも私とお前の意思は残る」
「この子も望まないのでは?」
「分かっている。これは私の我が儘だ…生きていた証を残したい」
青年の額に片手を乗せ、私のメモリーと魂の欠片をインポートし補強する。
蜃気楼のようにはっきりしなかった彼の体が少しだけ実態を強めた。心なし私のデータでは少し馴染みが悪い気がする。
恐る恐るエツィオが青年に触れて、私がしているように彼の欠片とメモリーを書き込み始めた。
エツィオのメモリーは渇いた大地に水が浸み込む様にすんなりと彼に鎔け込み、またその存在をしっかりさせた。
元々一つだったのだ、抵抗なくデータを受け入れられるのだろう。
「彼を導けるよう、言葉を残そう。これからこの鉄の要塞を逃げ回らなければならないからな」
「ならば、俺も彼に言葉を残そう。貴方の事は信用出来ないだろうからな」
いたずらっぽく笑ってそれぞれが青年に導きを書き込む。
青年の存在はしっかりしたものとなり、個体に書き込むためのデータが揃った。
『今からもう1体の個体へのインポートを始める』
「どちらが来るんだ?」
『どちらも、と言っておこう』
怪訝な顔をする協力者が、最期の1体をアニムスにかける。
最後の個体はしばらく時間が経ったおかげで完全に鎮静剤も抜けており、精神を移すには万全の状態だった。
青年と個体を繋げるため、彼の両脇に私とエツィオが控え、彼の手を取り媒体となった。
やはり取り込むに当たり、心身が摩耗する感覚が体を襲う。
だが、今は眠りについているような青年に負荷を掛けまいと、私の体でその苦痛をシャットアウトした。
青年のデータを出力する際に、淡く青年から光が漏れ出で、その姿がまるでエツィオに取り込まれた時の様に徐々に薄らいでいった。
エツィオはそんな青年を心配そうに、そして外の個体が先ほどの私達よりは抵抗もなく、取り込まれていく様を見守った。
『きっと、現世に…無事に生まれてくれ』
消えそうな程幽かになった青年にエツィオが語り掛ける。
青年がその声に呼ばれ、気が付いたようにうっすらと瞼を開き、私達をその目に移した瞬間に、彼はその姿を
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