@acbh_dmc4
それから父上の仕事を手伝って日々を過ごす内、レオナルドに写本を渡してから宣言通り、きっかり1週間でアサシンブレードが出来上がった。
わざわざ届けにきてくれて、父上の書斎にレオナルドと共に呼ばれてお披露目となった。
滑らかな皮布を解いて出て来た真新しいブレードに、俺だけではなく、父上とフェデリコも感嘆の声を上げた。
正に芸術品のような美しいフォルムのブレードに惚れ惚れする。
レオナルドが自ら掘ってくれたらしい、剣先の模様も素晴らしい。
俺用に別で作った小手に、アサシンブレードを装着して使用感を確かめる。
手首の微細な筋肉の動きで飛び出す凶悪なブレードは、きっと俺の良き相棒となるだろう。
これは、早く他の写本も探し出さねば…
「有難う、マエストロ。こんなに早く出来るなんて、やっぱり君は天才だな!」
「とんでもない。ですが、これはエツィオさんが使用するのですか?」
「さあ?どうだろうな」
一応惚けてみれば、聡い彼はそれ以上踏み込む事はなく、次いで俺の肖像画について話を進めた。
どうやら直接家に足を運んだのはブレードの納品の外に、俺の肖像画を描くためのようだった。
アサシンブレードを仕舞い、母上を呼ぶと、早速その打ち合わせを始めた。
母上の背後から使用人がいくつもの服や宝飾品を運び込んでいく。
思わず退出しようとしたが見事に捕まり、上から下まで飾り立てる様に磨かれていく。
それをワクワクしながら眺めて居るレオナルドに、余計な装飾品を省かれたり、逆に付け替えられたりして準備を整えられた。
「では、今度はポーズですね。どのようにしましょう?」
「ええ、レオナルド。この書斎の本棚をバックにお願い」
「はい。では、エツィオさん、こちらに。この椅子はお借りしても?では、このマントをこうして…」
またもノリノリで母上とレオナルドが俺に注文を付ける。
絵画の為に、これから毎日数時間を窮屈な格好で椅子に座って耐えなければならないのか……
その間レオナルドと会話とか出来るだろうか。熱中すると少し話しかけただけでシッシと追い払われたりするし、駄目かも……
真剣に取り組むレオナルドと俺を残して、皆書斎から出て行ってしまった。
暫く無言で向き合い、キャンバスに木炭で線を引く音のみが部屋に響く。
ともすると寝そうになりそうな空気に、思い切って話しかけてみる事にした。
「……絵を描いてる間はあんまり話をしない方が良いかな?」
もし却下されたら本を読んでいる姿とかにしてもらえれば、退屈も凌げるし、絵画的にも理知的に描いてもらえるだろう。
一応それについても提案してみたが、無情にも却下された。
思わず嫌そうな顔をしてしまったのか、レオナルドが噴出してからすまなそうに返答した。
「多少でしたらお喋りしながらでも平気ですよ。その方が表情も解れるでしょうし」
「よかった。無言でただ座ってるだけだと暇で暇で死にそうだったんだ。……やっぱ暗号と絵画じゃ違うんだな」
「暗号は頭を使いますからね。とはいえ絵画も宗教画等はインスピレーションも大事なので滅多に話しかけられたら困りますが、今回は肖像画ですからね。見たままを描けばいいので多少はお話しても問題ありません。それとエツィオさんが持ってきてくださった写本は本当に面白かった!コツを掴めばもっと翻訳や謎解きもスムーズになると思いますが、あれは今までにない考え方が書かれているため目を瞠るものがあります。あのようなものが他にもあると知れて、心が躍りますよ!ぜひまた持ってきてください」
「分かった。ああそれから、俺の事はエツィオって呼び捨てで構わないよ。俺もレオナルドって呼んでも良いかな?」
「是非!そうお呼びください。では、エツィオ。もうちょっと顎を引いていただけますか」
物怖じしない性格のレオナルドから容赦なく注文が飛ぶ。
俺は苦笑してレオナルドがOKを出す体勢に整えた。
他愛のない会話も、知識の深い彼と交わせば飽きずにいつまでだって続けられる。
お喋り好きな彼は、一つ話題を振れば、それをとても興味深い物へと広げてくれる。心地の良い会話のせいか、俺はきっと調子に乗ってしまったのだ。
初めから一方的に彼に親しみを感じていた俺は、軽い気持ちで厚かましい願いを口にしてしまっていた。
「レオナルド、物は相談なんだが……1年か2年後、俺はモンテリジョーニに移るんだ。その時に、君に軍事技師として着いて来てもらえないだろうか?」
「軍事技師、ですか?また、どうして私を?」
「君が色々な物に造詣が深く、また豊かな発想を持っている事は知っている。建築や面白い機械の設計なんかもやっているだろう?その延長って言ったらちょっと強引かもしれないけど、君なら凄い物を作り出せると思うんだ」
「……私に兵器を作れと?」
少しだけレオナルドの表情が強張る。
少し打ち解けただけだというのに、提案を急ぎすぎてしまった。
明らかに警戒するレオナルドに思わずしどろもどろになって誤魔化しの言葉を探した。
「む、無理にとは言わない。ただちょっと思いついたっていうか……深い意味はないんだ!そ、その…変なこと言ってごめん!」
「……いえ」
「あ、あの…本当にさっきのは出来心なんだ。変な事には巻き込まない…約束する。だ、だからその、これからも会って貰えないかな?」
思いの外良い弁解の言葉が浮かばず、ひたすら狼狽えて引き留めようとしていると、そんな俺を怪訝に見つめていたレオナルドが急に笑い出した。
その屈託のない笑い顔にきょとんとすると、レオナルドは心底可笑しそうに話し始めた。
「まったく、そこでそんな迷子の子犬みたいな顔をして首をかしげるのは反則ですよ。理知的にお話しされていたと思ったら、急に不穏な事を仰る。それで今度は年相応に慌てて見せるんですから。まったく、いくつお顔をお持ちなんです?」
「いやっ!うん……なんていうか……ちょっと舞い上がってて。レオナルドがあんまり話しやすいものだから……」
「私の事をとても気に入ってくれたと言うのなら、光栄です。嬉しいですよ」
揶揄うようにウインクされてしまった。
しかし相当ツボにはまったようで、時折笑いを噛み殺すようなくぐもった声が漏れ出るので、思わず下唇を尖らせて恨みがましく睨んでしまった。
俺の反応が一々ツボなのか、暫くレオナルドの筆が完全に止まってしまった。
椅子に縛り付けられるのはさっさと終わらせたいというのに、全く下手を打ってしまったものだ。俺は深いため息を吐いて、レオナルドの集中力が戻るのをひたすら待った。
日も落ちてようやく解放された。
固まった体をグッと伸ばして筋肉を解す。
「あー、尻が痛い……こんなこと続けていたら痔になるんじゃないか?」
「ははは、それでは、次からは厚手の布を沢山椅子に敷きますか?」
「いや、次からクッションを敷くよ」
「クッション?クッションとはいったい何です?」
「枕みたいなやつ。枕とは違って椅子に敷いて使ったりするんだ。本当は綿を詰めたいけど、代わりに羽と細かくした端切れを入れてるから柔らかくて、長時間椅子に座るには良い」
「なるほど、それは良いですね」
レオナルドが感心して顎に手をやり、少しの試案の後、俺にクッションを見せてくれないかと頼まれた。
布や羽などの材料はこの時代では高額なものだ。どうせだったら先程妙な事を言ってしまった詫びに1つか2つプレゼントしよう。
レオナルドなら椅子に座って作業する事も多いだろうし。
クッションを手にレオナルドの元に戻ると、それを手渡してやった。
「それはあげるよ。長い事座り仕事するだろ?使ってくれ」
「なんと有難い!それにしても、枕と違って丸くて平たいのですね。おや、真ん中が少しへこむ様に丸く縫い付けてありますね。これは確かに座るときにお尻を包んでくれて座り心地が良さそうだ。感謝します」
「さっき変なこと言っちゃったし。それと、これはブレードの代金だ」
「有難うございます」
恭しく礼をして金を受け取り、レオナルドはマジマジと俺の顔を見つめた。
何かを言い淀み、しかし意を決したように俺の手を両手で包む様に握られる。
不思議に思って彼を見返すと、力強い視線を寄越し、熱の籠った声で言った。
「本当に、貴方は興味深い方だ。先程は確かに貴方に対して警戒してしまいましたが、誤解しないでください。私が貴方を避けるような事はありません。私は貴方が好きですよ」
「レオナルド……」
「また明日、お伺いします」
「ああ。あの、有難う、レオナルド」
嫌われなかったのか……俺があからさまに安堵の息を吐くと、レオナルドは微笑ましそうに目を細めて笑いかけた。
別れの抱擁をしてから互いに挨拶をすると、レオナルドの姿が見えなくなるまで見送った。
***
「父上、エツィオです」
「あぁ、エツィオ。今日はご苦労だったな」
父上の書斎に呼ばれ中へと入ると、既にフェデリコが待っており、二人で父上の用件を聞く。
どうやらテンプル騎士団に動きがあったようだ。
「近々教会で騎士団の会合があるらしい。私はその会合を待ち伏せするつもりだ」
「ロドリゴ・ボルジアもそこに?」
「恐らくな」
「では、俺たちも共に……」
フェデリコが父上に加勢を申し出るが、父上はしばし考えた後、否を口にした。
「此度の任務は、そう難しいものでもない……お前たちを引き連れては逆に目立ってしまうように思う」
「父上、俺がボルジアを追っている事はご存知かと思います。武器も手に入れましたし、初任務には調度良いかと」
「エツィオ、抜け駆けか?」
「フェデリコ、事これに関して俺は真剣だ。家族の命がかかっている」
俺がそう言い募り、父上を見つめれば、真剣な面持ちで逆に問いかけられた。
「今回の会合について、お前に予言はあるか?」
「いいえ。そもそも、俺のこの記憶については、俺自身が関わってきた事のみしかわかりません。俺がアサシンとして道を歩まねばならなくなった以前……現在進行形の父上については何も分からないのです」
「ふむ、そうか」
そもそも父上は死の直前まで自分がアサシンであることを俺に隠していた。
エツィオの人生に関しても、家族の復讐に生きた出来事を部分的に追体験するのみで、当時の時代背景や事件について知る事は出来なかった。
デズモンドがもっと非凡な知識の持ち主であったなら、イタリアの歴史を参考にテンプル騎士団の襲撃を予測する事も出来たのだが……
元アサシンの逃亡生活で満足な教育も受けていないのだから無理な話だ。
せめてショーンの話をもっと聞いておけばよかった。
「限定的な予言とは言え、そこから推測する事も出来る。なに、お前に関わる出来事だけとは言うが、とても有益な情報だ。私達が告発された背景について、何か考えられることはあるか?」
「そうですね、考えられる事……どこかで父上や俺達の正体がボルジアに知られれば、テンプル騎士団が我が家を陥れるのに本腰を入れるでしょう。アルベルティ判事から漏れる事も考えられます」
「しかし、狐にウベルトを見張らせているが、現在はテンプル騎士団との接触はない。本当に彼が裏切るのか?」
「少なくとも、メディチ家に密かに復讐を誓っているのは確かです。その為には父上が障害となっている……もしテンプル騎士団に接触されれば、かなり厄介な事になるでしょう」
父上は考えを纏める様に瞼を閉じ、暫くの沈黙の後、深くため息を吐いた。
父上にとっては辛い事実だ。
今まで親友と思っていた相手がいつ裏切るとも知れないのだから。だが、彼の裏切りには父上のみならず、フェデリコとペトルチオの命もかかっている。
「処刑の時まで約1年。慎重を規した方が良いのだろうな。エツィオ、念のためお前を連れて行く。ロドリゴ・ボルジアはお前に任せよう」
「はい。お任せください」
「フェデリコ、お前にはウベルトの所へ行き、内情を探ってくれ。狐に彼の監視は頼んでいるが、一度直に探りを入れたい」
「承知しました」
父上たちとの会合襲撃の詳細を決め、俺の役割を頭に入れる。
俺としてはこれが初任務となるのだ。
いくらアニムスやデズモンドの時に単身敵地へ侵入した記憶があると言っても、今生は現在まで平和な時を過ごし、血なまぐささとは無縁に生きて来た。
俺は、これから本当にこの手を血で染める事となるのだ。
作戦会議を終え、フェデリコと共に書斎を出る。
知らず詰めていた息を吐き出すと、フェデリコが俺の肩を叩いて真剣な顔で俺に頼みごとをした。
「エツィオ、そのアサシンブレードってやつ、俺にも作れないか?」
「ああ、レオナルドに注文すればもう一振り作って貰えると思う。明日も会う予定だから言ってみるよ」
「ああ、頼む。…我が家の没落がかかっているんだものな。俺もこの1年は気を引き締める」
いつになく真剣な表情をするフェデリコに、俺も頷き、激励するように背中を叩いてやった。
前の話 もくじ 次の話