@acbh_dmc4
「いやいやいやいや、なんでお前はそう、手紙でも上から目線になれるんだよ。ある意味才能だけど駄目だろ」
「うっ煩い!どう書けばいいって言うんだ!!」
麗らかなお昼休み。
学園の近くの軽食屋で手軽に食べれる食事と共に、羊皮紙と羽ペンを動かしているヴィエリに待ったをかける。
まったく、人との話し方と同じで横柄な文章が出来上がっていくのを、横から見守っていて頭が痛くなった。
っていうか、謝罪の手紙だと言っているのに、なんでクリスティーナがさも加害者みたいな書き方なんだ。
自分に興味持たない女が悪いって、それモテない奴の常套句だから。
「根本的な事分かって無さそうだな。ヴィエリはさ、クリスティーナがなんでお前に冷たいのかって考えたことあるか?」
「そんなの、あの女が我が儘でどうしようもないからだろう?それとも、俺様がプレゼントしようとした品が安いと思ったのかもな」
「一応プレゼント手土産にした事あるのか」
「だが!それをあの女!突っぱねやがったんだ!やっぱり俺様が謝る筋合いはない!」
「ちょっと待て。プレゼントした時なんて言って渡したんだ?まさか『お前みたいな商家の卑しい身分でも見た目は良いからな。俺様の女にしてやる。光栄に思え』とか言って押し付けようとしたんじゃないだろうな?」
「何で知っているんだ?!お前、まさか見てたのか?!」
「マジかよ、お前それでもイタリア人かっ!!」
イタリア人、という言い回しにヴィエリは変な顔をしたが(フィレンツェ人だとちょっと怒りながら言い返された)俺が頭を抱えたことで何が不味かったのかと本気で悩んでいた。
というか、未来のイタリア人は学校でラブレターの書き方を習う位、愛の言葉に精通しているもんだと思っていたが、どうやらこの時代はそうでもないらしい。
セクシーな女性を前にすれば軟派は軟派だが、スマートな愛を囁く者ばかりではなく、直接的な性的な言葉を女性に投げる男は多い。
そう言えば母上やクラウディアから少しだけ聞いた事だが、この時代の女性は法で護られている訳でもなく、男たちも女を軽視している者が多い。
女は男に嫁いで子を産み育てるだけしか求められておらず、多額の持参金がなければ良い家へ嫁にも行くことが出来ない。
「正直、女性に対して紳士に接するだけでも、相手の好感度なんていくらでも上がりそうなんだけど…」
「どういう意味だ?」
「今の時代って女性の地位はかなり低いだろ?だから対等に接してあげれば、相手側も自分を尊重して大切にしてくれるって分かれば、女性の方から好意を持ってもらえると思うんだ」
「そういえば、前にもそんな事言っていたな…だが、相手は女だぞ?」
「彼女はただの女性じゃない。見た目が美しいのは勿論、彼女はかなり頭の良い女性だ。彼女のおかげで従兄が出世したりするし…ってこれ未だだったかな?とにかく、彼女の家が商家だからか、彼女自身にも商才がある。そんな人間は男でも希少だし、それこそそんな女性に嫁いでもらえれば将来は安泰だ。男を相手にするように対等に接してみたら良いんじゃないかな」
「対等に?…お前にするみたいにか?」
俺にするみたいにって…ああ、そうだった。コイツ男相手でも対等に接したことないんだった。
俺相手には多少譲歩しているようだが、それだってまだ上から目線で好感を持つには程遠い。
しかし、他よりはマシだろうか。
そもそもクリスティーナとコイツをくっつける気はさらさらないし、変な絡み方さえしなければまあ、良いのか…
「ああ、俺に対応するみたいでまずは良い。そんな感じでもう一度手紙書いてみろ。その後ちょいちょい直すところは直そう」
「…わかった」
真剣になって羊皮紙に向かうヴィエリに、小さく息を吐いて見守る。
うんうん唸り始めれば、ちょっとしたヒントをやって書き進める。
先程からダメ出しをすれば、何度もお前が書け!と癇癪を起したが、俺が書いたのでは意味がないと宥めて最後まで書かせた。
学園の授業が終わった後も手紙を見てやって、ようやく完成した頃には夕食時となっていた。
「文句言いつつもちゃんと書けたじゃないか。この手紙なら、お前が書いたものだって彼女も納得してくれるし、見直してくれるはずだ」
「隣で一々イチャモンつけられて疲れた!」
「イチャモンじゃなくてアドバイスだ!…まぁでも、頑張ってたし奢ってやるよ。こないだの食堂に食べに行こう」
「そ、そうか…まぁ、当然だな!」
直ぐ調子に乗るヴィエリに手刀で軽くどつくと、怒ったふりをしながらやり返してきた。
避けたらまた煩いだろうからと甘んじて受けるが、加減しているのか大して痛くもなく、本気ではない。
普通の友人同士のようにじゃれ合えば、ヴィエリは満足そうに笑って俺に書いた手紙を押し付けた。
「この手紙、お前がクリスティーナに渡しに行け」
「俺?なんで。使いに持たせればいいじゃないか」
「お前だったら事情分かってるし、うまくやれるだろ?ここまで俺様にやらせたんだから最後まで責任持て」
コイツは俺の株が上がってしまうとは思わないんだろうか?
なんていうか、残念と言うか、勝負事が好きな割には弱いと言うか…
だが、今回は俺を信頼しているのだと解釈して、その手紙を受け取った。
****
翌日、銀行業の手伝いの最中、少しだけ時間が取れそうだったので、ヴィエリの手紙を手に、クリスティーナの家まで尋ねた。
事前にフェデリコを通じて本日お昼ごろに訪ねる旨は伝えてもらっていた。
程なくして使用人から俺の来訪を伝えられたクリスティーナが、急ぎ足で玄関へと来てくれた。
「やぁ、クリスティーナ!今、ちょっと良いかな?」
「エツィオ!勿論よ!暫く来てくれなかったけど、今までどうしていたの?」
「本当にごめん。フェデリコから君の話は毎日聞いてはいたんだけど、稼業の手伝いとか勉強とか色々あってさ。それで、ヴィエリと話し合いして、まず謝罪したいって手紙を預かって来たんだ。悪いけど、読んでくれないかな」
「あの方が、謝罪を…?」
胡散臭そうに顔を顰めて、俺が差し出した手紙を見た。
恐る恐るそれを受け取って、封を切って手紙を広げる。
その中身を読み進めれば、可もなく不可もなくと言った風で読み終えた手紙を畳んだ。
玄関先ではなんだからと、来客用の部屋へと通されて、そこで話をすることとなった。
「…あの方が振りでも人に謝るだなんて驚きね。貴方、どんな魔法を使ったの?」
「なんていうか、何故か気に入られたみたいで…説得したら案外素直に謝罪する気になったみたいだ」
「気に入られた?それで、私とあの方の仲を取り持つように言われたの?」
「言われはしたけど、正直俺としてはその気はないんだ。俺の妹に今のアイツを勧められるかと聞かれたら絶対なしだし。そんなのを君に勧められる訳ないだろ?でも、アイツも変わろうとしている様子だし、謝罪位は受け入れてくれたら良いかなって」
クリスティーナは俺の顔をまじまじと見上げて、そしてため息を吐いた。
少しだけ悲しそうに顔を曇らせると、残念そうに話し始めた。
「エツィオは、私に対してその気はないって事なのね…でも、有難う。確かにここ最近、あの方にしつこく絡まれる事は無くなったわ。でもこの手紙、本当にあの方が書いたの?」
「本当にアイツが書いたよ。多少俺もアドバイスしたけど」
「じゃあ、殆どあなたのアドバイス通りに書いたって事ね」
「いや、そんなことは…。昨日本当に遅くまで頑張っていたんだ」
疑わし気に手紙を見ていたが、俺に向き直りとりあえずは謝罪は受け取ると言ってくれた。
だが、手紙にある直接謝罪を受ける事については難を示した。まぁ、当然、予想の範囲内だ。
その事について、また嫌がらせが始まる事を懸念するクリスティーナの手を取り、宥める様に今後の予定を彼女に伝える事にした。
「勿論、直接謝りに来るときは俺も同席するし、それまでにはアイツをもう少しマシに出来ればなぁって思ってる」
「あの方の事だから、謝りに来たのだからと無理な要求をされそうだわ」
「俺もそれは予想着くから釘はさしておいたよ。それに、何が不味かったか本当に分かるまでは声かけないつもりだ」
「…私のせいで貴方に面倒をかけてしまっているわね。ごめんなさい」
クリスティーナは大きく溜息をついて、俺を労わってくれた。
その彼女の暖かさに心が疼く。
少しだけ気まずい空気を振り払うように、彼女を励ますと、俺はこれからまた仕事があるからと彼女の家を後にした。
急いで家に帰り、昼食を掻き込みながら簡単なメモを書き上げ、それをヴィエリに届けてくれるように使用人に託した。
内容はクリスティーナに直接謝罪をする時は俺の同伴が必要だが暫く時間が取れないと、また一人で彼女に突撃すれば、あの手紙の苦労は水の泡になる旨をしたためた。
恐らくこれを見たらまた殴りこまれるのだろうが、時間稼ぎとアイツの意識を変える為、それなりの頻度で面会を重ねる必要がある。
俺の方に気を取られてくれている方が、何かと都合も良いのでこれでいい。
職場へと戻ると、俺当てに使いの者が来ていた。
まさか、早くもヴィエリからの文句が入ったのかと思い、内心げんなりしながらその使いが持って来た手紙を開封する。
その手紙は確かにパッツィからのものであったが、名前を見て驚いた。
「フランチェスコ・デ・パッツィ?!…な、何故ヴィエリの父親から手紙が…晩餐に招待したいだって?まさか、俺を殺す気か…」
毒に耐性をつける為の訓練も行ってはいるが、パッツィ家の晩餐には何を使われるか分からない。
それにここには俺一人で来るようにと記載があった。
敵地に一人乗り込むなんて事は自殺行為に他ならない。父上に相談しなければ…
頭の痛くなる問題ばかり…おかげで仕事にも身が入らないではないか。
暫く悶々として仕事をしていると、今度は他の職員に呼ばれて裏口へと向かった。
困ったようにするその職員が裏口から俺を出すと、銀行の窓口の程近くに佇んでいるヴィエリを指し示した。
商売敵であるパッツィ銀行の子息が俺を訪ねてきている事に怪訝な顔をしつつも、強引に俺を出せと騒いでいたので対処してほしいと頼まれた。
重いため息とともに、職員の要望に頷くと、ヴィエリの元へと歩み寄った。
「エツィオ!」
「…ヴィエリ、さっき渡した俺の手紙の件できたのか?」
「まぁ、それもあるが…父上から晩餐の招待の手紙が来ただろう?」
「ああ…俺の家の事よく思ってないんだろう?なんだか心配なんだが…」
「俺もそう思って父上に伺いを立てたんだが、一応お前の人となりを見てみたいって事だった。恐らくお前を排除しようとはしない筈だ」
「そうかな…」
「そこは俺もお前のフォローをするつもりだ。危険がないようにする…」
歯切れ悪く俯きながらボソボソと言うヴィエリは、今までに行った毒殺の件を暗に心配しているようだ。
ヴィエリも不安なようで、ガリリ、と親指の爪を噛んで如何するべきか考えているようだ。
いやいや、お前も不安になるくらいならマジで行きたくないんだけど…
「どの道、うちの両親にも聞かないといけないから…」
「今夜来るようにって書いてあったろ?俺にも迎えに行けって、だからここに来たんだ」
「でも、身支度とかしないと失礼じゃないか」
「父上はそのままでいいから連れ出せと…」
不本意そうにそう言い募るヴィエリに、やはり不穏なものを感じる。
業と俺の準備をさせないように、こうしてヴィエリに使いをやらせるのだから。あまり渋るのもヴィエリに不信感を抱かせかねないし…
とりあえずは父上に急使を知らせるメモを職員に託し、緊張感漂う敵地へと単身乗り込むことにした。
きっと父上には後でどやされるだろうが、一度ヴィエリの家族に探りを入れておくのも良いだろう。
ヴィエリに仕事が終わるまでは待つように言い、俺は早めに切り上げるべく、職務に集中した。
「やぁ、君がアウディトーレの変わり種だな?私はフランチェスコだ」
「お初にお目に掛ります。エツィオです。お見知りおきを…」
嘗てのターゲット…いいや、これからこの男が俺のターゲットとなるのだと思うと、手にジワリと汗が滲んだ。
つつがなく、パッツィ家の面々との自己紹介が行われる。
どの顔ぶれも一癖ありそうだと思うのは、やはり合わない家柄故という事なのだろうか?
しかしそれをおくびにも出さず、和やかに会話を進める。ヴィエリが俺のフォローの為か積極的に俺との出会いなんかを喋ってくれるので、今の所気まずい空気にはならずに済んでいる。
ある程度俺とヴィエリとの陳松を聞き終えたフランチェスコが、本題と言わんばかりに俺の事について尋ねて来た。
「所で、君は小さな頃からモンテリジョーニで生活していたようだな?」
「ええ、養子に出される予定なので」
「急に呼び戻されて、家族とはうまくいっているのかね?」
含みのある物言いにチラリとフランチェスコを伺い見る。
恐らくヴィエリが最初の勘違いのまま、フランチェスコに俺が家族の中で不遇な扱いを受けているとでも聞たのだろう。
もしくは、俺との交友を責められでもした時に、他のアウディトーレ家の者とは違うという事を印象付けるためにそう言ったのかもしれない。
俺が話すよりも先にヴィエリが俺の家族が如何に俺に余所余所しかったかを話して、俺に念押しするように俺の家族不仲説を確認してきた。
「…ええ、どことなく蟠りがあります…」
嘘でも家族を悪く言う事は腹が立つが、ここは俺の命がかかっている。返答次第では毒を盛られかねない。
多少盛られたとしても、耐性はあるので直ぐに暇を言ってこの屋敷を出れば、父上が手配してくれたアサシンに回収してもらえる筈だ。
俺の返答に満足したらしいフランチェスコは、さも同情していると言わんばかりに頷いていた。
「君が他の連中と違って随分有能だと息子が言っていた。あのクリスティーナ・ヴェスプッチとの仲も取り持ってくれているらしいな」
「取り持つと言う程では…女性への接し方のアドバイス程度ですよ」
「父上!クリスティーナとの顔合わせもエツィオにやらせているんです!それで、いつぐらいに会えそうだ?」
「ヴィエリ…手紙にも書いただろう?まず彼女に気に入られる所作を身に着けてからだ。それまでは俺と打合せをしなくちゃな」
「ああ、分かった。でもお前、学園に来るのもたまになんだろう?普段から仕事だなんだとこき使われて…お前の兄貴はフラフラしてるってのに!」
ヴィエリが俺のスケジュールの過密さに延々と不満を述べる。
その間に運ばれて来た料理を前に、どうしたものかと思わず深刻な顔をしてしまうと、俺を観察していたフランチェスコが何を勘違いしたのか俺に向かって同情的に話し始めた。
「私が君の家族に物申したところで、君の今置かれている状況が好転する事はないのだろう。君も知っているだろうが、我が家と君の家は馬が合わない。どうかな、フィレンツェに居る間は我が家で過ごしては?」
「良い考えですね!父上!エツィオ、お前もそうすれば時間が取れるんだから家に来ればいい!」
「…は?い、いえ…そんな、そこまで、せ、世話になる訳には…そ、それにどうせ職場で顔を合わす際に、帰らぬことで何か言われてしまいますし…」
しどろもどろで断りを入れれば、フランチェスコ以外皆気落ちしたように肩を落とした。
その状況に一人戸惑っていると、ヴィエリの母親が俺に説得するように語り掛ける。
「エツィオ様のおかげか、最近はヴィエリも思いやりをもって周りの者に接するようになっていましたの。貴方には是非これからもヴィエリと仲良くしていって欲しいのだけれど…ご家族には理解していただけないのかしら?」
「あくまで俺はモンテリジョーニの跡目となる為、社会勉強でこの街に戻ったのです…その名目上真面目にやらなければ、その…いつ見限られるか…」
「エツィオ様はこんなに頑張っておいでですのに!我が家でしたらそんな事にはなりませんわ!お兄様、エツィオ様のご両親を説得しに行ってくださいませ!」
「お、俺が、か?!そんな…父上…」
話が段々カオスな方向に進んできた。
これはもう食事に毒でもなんでも入っていてくれた方が俺には都合が良いかもしれない。多少なら大丈夫だと言い聞かせて、手元の食事を進める。
手元のスープに銀製のスプーンをつける。
必ずしも銀が反応する毒ばかりではないが、匂いも味も変な所はない。
「このスープとっても美味しいですね」
「ま、まさかお前…家では粗食を…?」
「いや、そういう訳じゃないから!流石にそれはないから!」
なんか俺の家族説得に本気になりそうな気配を察知して即座に否定する。
皆何故かホッとした顔をして、取り繕うように笑みを見せた。
それからは和やかに食事が進み、特に何かした訳でもないのに甚くパッツィ家に気に入られてしまったようだ。
ヴィエリに見送りされ、パッツィ家を後にした。泊るように滅茶苦茶引き留められたがそこは固辞した。
はぁ、初仕事前だってのに、妙なイベントが起こったものだ…
前の話 もくじ 次の話