@acbh_dmc4
パッツィ家を後にして、闇夜に身を潜ませるように気配を消して人気のない路地裏へと入り込む。
近くに人の気配を感じて、素早く建物の陰に身を隠して、暫くしてから壁を伝って屋根の上へと駆け上がった。
家とは別方向に屋根の上を進んで、空中庭園に身を潜ませて暫し待つ。
すると気配もなく、何者かに控えめに声を掛けられた。
「坊ちゃん、そこにいるのか?」
「…狐か?」
「ああ、久しいな。相変わらずの破天荒ぶりだ」
面白そうに笑んだ声で応えられて、俺は勢いよく空中庭園から飛び出した。
そんな俺の姿を見て、狐がやれやれと呆れたように笑って、頭をくしゃくしゃに撫でられた。
「お前の親父からこの手紙を受け取った時は肝を冷やしたよ。体に異常はないか?まぁ、これだけ動けるんだから毒を盛られたりはしてないだろうが」
「ああ、どこもなんともない。意外さ」
軽い調子で答えれば、お道化た雰囲気を一変させて狐が真剣な顔で俺に向き合った。
「お前と共にジョバンニの元に行く。追っ手は居ないようだが、このまま屋根伝いに行くぞ」
「わかった。…はぁ、これからお説教か」
「ああ、覚悟しておくんだな。さ、行くぞ」
猫のように音もなく屋根の上を駆け抜け、壁をすべる様に降りて家の前まで到着した。
横を見れば、先ほどまで隣を駆けていた筈の狐が居ない。俺とは違って彼は窓から屋敷に入ったのかもしれない。
家の扉をノックして使用人が迎えてくれるのを待つ。
しかし扉を開けたのは父上で、驚いて固まる俺をキツく抱きしめると、長く重いため息を吐いた。
「……心配した」
「すみません、父上…」
暫くの抱擁の後、ようやく体を離すと、そのまま父上の書斎へとやや強めに背を押されて促される。
扉を潜れば予想通りと言うか、狐が客用の椅子にふんぞり返って座っているのを見つけた。
俺も狐の対面の椅子に座ると、早速父上からこの度の事態の詰問が始まった。
「それで、フランチェスコ・デ・パッツィと何を話した?」
「俺がヴィエリと友人でも問題ないか品定めされました。俺と家族が不仲だと信じていて、フィレンツェに居る間パッツィ家に滞在しないかと言われました。どうもヴィエリが勘違いしていて、それをフランチェスコにも話していたみたいです」
「そういえば、パッツィの者がエツィオ坊ちゃんの評判を嗅ぎまわっているみたいでな。どうにか取り込めないかと画策しているらしい」
「ただでさえ、お前は予言者なのだ…あまり一人で危ない橋を渡ろうとするな。パッツィ家の偵察をしようとしたのかもしれんが、それで殺されては元も子もない」
「今や坊ちゃんの存在は、教団にとって切り札のようなものだ。もし奪われでもしたら損失は計り知れない。あまり勝手な行動をされると困る」
二人から昏々と諭す様に叱責される。
限定的ではあるが、未来の事を知っているという事は大きな強みだ。
特にエツィオの人生は多くの事件や聖遺物に関わっているし、教団を大きくする事に尽力する。
それに今の俺は伯父上の下、大勢の部下を率いて指揮を執る方法を早々に学び、モンテリジョーニを強大にする事にも成功しているから、他国のアサシン教団にも一目置かれている。
将来はどこかの教団の長として早くに役をつけられるだろうとまで言われて少しだけげんなりしてしまった。教団の長になる運命は変えられないらしい。
「ヴィエリ・デ・パッツィとの友好を一度は認めたが、お前の立場を考えると今後は控えてもらう他ない。いいか、スパイをやるのはあくまでも他の者だ。お前が主導で動くのは得策ではない」
「はい。ですが…ヴィエリにはクリスティーナ・ヴェスプッチとの関係を諫める為に介入しました。せめて彼女の問題だけでも最後まで関わらせていただけないでしょうか?」
「確かそれは長男が引き継いでるんじゃなかったか?ここ最近、銀行業そっちのけで例の彼女とよろしくやっているようだが」
「そうか。ならフェデリコに引き継ぎなさい」
「ええっ!?」
思わず声を上げると、父上と狐が咎める様に俺を見やった。
彼女との繋がりが簡単に切れてしまう事に衝撃を受け、酷く心が騒めいた。
結ばれなくとも、暫しの間は彼女を見つめる事が許されると思っていた。
未練がましい事だが、いざそれを取り上げられると、こんなにも苦しい気持ちになるのか…
家族の運命も変えようとしているのだし、クリスティーナに告白して、今度は彼女を護りぬけばいいのではないか?
500年後の未来に俺…デズモンドが生まれなくても、きっと俺の家系の誰かがデズモンドに替わるだけだろうし、問題ない。もう問題ないってことで良いじゃないか?
俺がクリスティーナと結ばれれば、きっとそれだけでヴィエリの株駄々下がりになるだろうから絶交しやすいし。
中途半端に協力して結局仲違いするしかないのは、罪悪感半端ないけど…本来の関係に戻るだけだ。
アニムスで追体験した時よりも関係が悪化しそうな気もするが。
確りと父上と狐に言い含められ、クリスティーナの事はフェデリコに任せる様にと念を押されて解放された。
あの様子からすると、フェデリコに引継ぎを申し渡すのは今夜中にでもしておかないと明日の朝っぱらから父上と問答になりそうだ。
俺は真っ直ぐフェデリコの部屋に向かった。
軽くノックをし、フェデリコが扉を開けて俺を迎えると、部屋に入って窓際の肘掛椅子に座った。
「よぉ、エツィオ。どうしたんだ?俺の部屋来るなんて。浮かない顔だが、また何かあったのか?」
「ああ、クリスティーナの事で話があってな…」
「…それなら俺も話したいことがある。今日、クリスティーナから交際を申し込まれた。断る理由もなかったしOKしたからな?」
「は?!」
「彼女、お前の方に気がありそうだったから俺としては見守ろうと思っていたんだが、彼女もお前に迷惑かけ続けるのは心苦しいって言うし、手っ取り早く恋人作れば牽制にもなるだろ?けどな、今は振りだが付き合うからには本気になるつもりだ」
「なっなん…!」
フェデリコの宣言に頭が追い付かず、ただ茫然とフェデリコの顔を凝視する。
そんな俺の様子を窺うように、そして少しだけバツの悪そうな顔をする。
クリスティーナからフェデリコに告白?!確かに俺から頼んでフェデリコにクリスティーナの護衛を頼んでいたが、そんな…いつの間にそんな関係になったんだ?!
そういえば、さっきのお説教会議の時に、狐がフェデリコが彼女とよろしくやってるみたいなこと言ってたけど…
「エツィオ、言っておくが今更本気になったって言ったって俺は引かないぞ?彼女と付き合えるなら俺だって何でもするつもりだ。決心するのが少し遅かったな」
「俺がクリスティーナに想いを告げようって、分かってそれを言ったのか?」
「そんな顔でクリスティーナの名前を出されればな。だがどの道お前には言っておかなければならないだろ?」
今更俺がクリスティーナに告白したところで、意志の強い彼女は困惑するだけだ。それどころか失望されてしまう気さえする。
絶句していると、フェデリコが申し訳なさそうな顔をして俺の肩を叩いた。
「勿論、お前が本気で彼女にアタックするのなら止めないし、それで彼女がお前を選ぶならそれでいいと思っている。どうするかは、お前次第だ」
フェデリコからそう告げられ、頭が真っ白のまま、フラフラと自室へと帰った。
翌朝、一睡もできなかった俺は朝食をブッチしてひたすらベッドの中で腐っていた。
何もする気が起きなくて、さりとて眠る事も出来ずに気分は最悪だ。今日は全ての事に手がつかないので予定はキャンセルだ。
父上が訪ねてきたが、対応する気になれず、体調が悪いと言って出て行ってもらった。
ぱたんとドアが閉じられ、うっすらと部屋の外で母上と父上の会話が漏れ聞こえてくる。
「ジョバンニ、エツィオは具合が悪いのかしら。レオナルドが来たのだけれど、今日は帰って貰った方が良いかしら?」
「ああ、そのようだ。悪いが彼には後日改めて…」
「ま、待ってください!レオナルドに入ってもらってて!準備出来たら行くから!」
慌ててベッドから飛び起きて、扉の外にそう呼び掛けると、父上がもう一度顔を覗かせて俺の様子を見た。
一睡もしてないせいで酷い顔になっているのだろう、父上が心配そうに大丈夫かと気遣ってくれた。
それに元気よく返事をして、急いで身支度を整える。
父上にはこんな状態であるから今日はレオナルドとの絵画の用事だけにしてもらい、レオナルドの待つ書斎へと急いだ。
ノックをして書斎に入ると、嬉しそうに振り返ったレオナルドが俺の顔を見て目を瞠った。
俺の顔色の悪さを心配してくれたレオナルドが気遣いの言葉をかけてくれる。
その彼の真心に癒されつつ、昨夜あったことを多少はぼやかして彼に話して聞かせた。
「まさかフェデリコとクリスティーナが付き合うことになるなんて、もう俺駄目かもしんない…」
「そうだったんですか。エツィオは意外に奥手だったんですね」
「奥手ってわけじゃ…いや、でもこの場合そう取れるか…」
納得はいかないが、確かに躊躇せず彼女にアプローチをかけていれば他の男に取られる事がなかった訳だし。
第三者から見たら美人に気後れして手をこまねいていただけの情けない男じゃないか。
思わず唸り声をあげて自分の頭を抱える。
「あーもう!俺、物凄く格好悪い…」
「ふふふ、でもそんなエツィオもチャーミングだと思いますよ?次に交際相手を見つけたときは、私に話を聞かせてくれる時みたいにグイグイ行くのですね」
可笑しそうに笑って茶化すレオナルドに、毒気を抜かれて俺も苦笑する。
そのおかげで少しだけ心に余裕が生まれたのか、自分の落ち度は棚に上げて、ひたすら情けない愚痴をこぼす。
今まで頑張って来たのだし、少しくらい俺だってわがまま言っても許されるはずだ。
そんな俺の気持ちを汲んでくれたのか、レオナルドはいつもなら饒舌に話を聞かせてくれる口を閉じて、ひたすら親身になって聞いてくれた。
「体調も万全ではないでしょうに、お時間をいただきありがとうございました」
「ううん。今日君に会えて良かったよ。愚痴聞いて貰って少しすっきりした。なんか漸く眠くなってきたからこれから少し仮眠する」
「ええ、それが良いでしょうね。私でお力になれる事があればいつでも。工房にも遊びに来てください」
「ああ、必ず遊びに行くよ。有難う」
レオナルドを見送って、眠気に目を擦りながら自分の部屋へと戻る。
服を脱ぎ捨ててそのままベッドへと転がれば、直ぐに睡魔がやって来た。
きっと目覚めたら父上に今日の俺の様子を聞かれるだろうから、それまでに頭をすっきりさせよう。
昨夜散々考え事をしたけれど、全て今は忘れて休む事が大事だ。今ならレオナルドと話をして気分も良いし、きっと現実よりはマシな夢を見れるはずだ。
夕食後、父上にフェデリコと共に呼ばれ、揃って書斎へと入る。
まず父上が俺の体調を気遣う声をかけ、そして俺の事情は粗方知っているようで今日の事は何も咎められることはなかった。
「すみません。昨日考え事してたら眠れなくて…」
「…粗方フェデリコから話は聞いた。難しい問題だと思うが、そこは二人でよく話し合いなさい」
「はい、父上。昨夜は一方的過ぎました。エツィオ、…すまない」
「いや、俺が手をこまねいていたせいでもあるし。でもフェデリコ、恋人居なかったっけ?ダフネって娘」
「それがな…お前からクリスティーナの護衛を任されて、誤解されてしまって、な…」
「あー、うん。そうか」
少しだけ気まずい空気が流れたが、俺のせいでフェデリコの恋を壊してしまっていた訳だ。
クリスティーナの事はやはり俺も諦めるに諦めきれないでいるけれど、昨日の衝撃から少しだけ冷めて、今は冷静に考える事が出来ている。
兄はとても気の良い男で、人を楽しませることに長けているし、女性の扱いだってとても紳士的だ。
でも誤解を与える様なエスコートしてたんだったら自業自得じゃ…いやいやいや、それでもクリスティーナだって昨日会った感じ、俺が彼女に気持ちがあるって姿を見せていればチャンスはあった。
あー、駄目だ…やっぱりちっとも諦めきれない…
「それから、エツィオ。ヴィエリ・デ・パッツィから手紙を預かっている。彼には昨日の件について釘を刺した。その後に寄越してきたものだ」
「へ?あ、ヴィエリ…」
父上から手紙を受け取る。
なんだかすっかりヴィエリの事は頭からすっぽ抜けていたけれど、そういえば関係を切るようにと言われているのだった。
父上は今すぐ手紙を読む様にと指示をされ、その場で封を切って中身を確認した。
手紙には簡素に俺と話がしたいと一言、あとは日時と場所が指定されていた。
「父上、これを機にヴィエリと話し合いをしようと思います」
「それなら、フェデリコも一緒に連れて行くように。もうお前一人で彼に会う事は止めなさい。ヴェスプッチの方はそこで断りも入れられるだろう」
「は、はい…では、明日…また暇を頂きます。フェデリコは明日は何かあった?」
「ああ、クリスティーナと出かける予定があったが、調度良いから連れて行く。ヴィエリの謝罪とやらの機会は早い方が良いだろう」
「う、うん…まぁ、そうだな」
目の前で二人のイチャつきを見せつけられれば、クリスティーナを諦められるかもしれない。
それに、恐らくそうしてもらう方がヴィエリは俺が裏切ったと思って俺の事も突き放してくれるだろうし…一石二鳥かも。
フェデリコの口から彼女の名前が出るたびに、ズキズキと胸が痛んで仕方がない。
しかし、俺はそれに気づかないふりをして、明日に備える事にした。
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