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張宿生存版の帰国後朱雀組(井、軫、張、他朱雀)

全体公開 2 5252文字
2020-06-08 23:37:50

ここ(https://privatter.net/p/5033976)から続く、張宿生存パターンの帰国後朱雀組。柳宿も生きてる。

Posted by @satomi8429

都ちゃん作「淵」のアナザーサイドを書かせて頂いたら、
やっぱり生きてる張宿を書きたくなって書きました。
……という経緯なので、ふんわりですが「淵」をベースにさせて頂いてる感があります。
■都ちゃんの作品「淵」
1(http://blog.livedoor.jp/miyako20121/archives/23753059.html
2(http://blog.livedoor.jp/miyako20121/archives/23867069.html
3(http://blog.livedoor.jp/miyako20121/archives/23867529.html

そして、張宿の生/死分岐違いという点で、舞台装置に「淵 another side」の対っぽさがあったりします。
■「淵 another side」https://privatter.net/p/5992148

なお、張宿生存経緯やそこから続く諸々のベースはこちらです。
https://privatter.net/p/5033976

そして、ここからやんわり「星宿様に嘆願する話」に続く雰囲気でもあります。
■軍を引くと言う星宿様に嘆願する話 関連作品一覧 https://privatter.net/p/5033491

上記知らなくても何も問題ありませんが、一応覚書として。
前置き長くなりましたが、以下本文です。

…………………………………………………………………………………………………


は、と目を開くと、あたりは暗くなっていた。
眠ってしまっていたらしい。

今はいつで、ここはどこだったろう。
頭の中がぼんやりしている。両目の奥が痺れるようにじんとして、まぶたが勝手に落ちてくる。
闇に引き戻されそうになりながら、井宿は一度目をぎゅっと閉じ、それから開いた。
顔を上げて見渡すと、徐々に現実が戻ってくる。
そうだ。張宿の寝台に伏せて、いつのまにか寝てしまったのだ。
張宿の――

急に思いだし、慌てて張宿に顔を近づける。

(よかった。生きている。)

目と耳とで規則正しい呼吸を感じ取り、井宿はほっと胸を撫で下ろした。
安心してへたりこんだ井宿の額を、ぬるい夜風がそっと撫でた。
目を上げると、窓が半分ほど開いている。
空気の入れ替えのために、音をたてぬようそろそろと窓を開く。
いっぱいまで開くと、ほとんど満ちた青白い月が見下ろしていた。

風が頬に心地よい。
キンと凍てつくような北の大陸とも、砂埃が常に斜に舞う西の砂漠とも違う。
温度も湿度も高い、柔らかい闇。皮膚にしっくりと馴染んだ、生まれ故郷の夜だった。かすかに濡れた草の匂いがする。

薄く投げられた白い光が、眠る少年と自分とを優しく包みこむ。
井宿はなんとなく、神々しいような、祈りたいような気持ちになった。

「井宿、起きたのか」
背後の扉がゆっくりと開いた。軫宿だった。

「張宿は、よく寝ているようなのだ」
そう言って振り返る。
ーーと、振り返りざまに頭がぐらりと傾いだ。次いで膝が折れかかる。
「おい」
咄嗟に軫宿が片脇を支えてくれたおかげで、どうにか踏み止まれた。
「すまないのだ」
冷や汗が一瞬吹き出た。
大したことはない。急に動いたからちょっと身体が驚いただけだ。
そう言い聞かせ、早鐘を打つ胸を宥める。

「お前もだいぶやられているだろう、もう休め」
軫宿は井宿を椅子にかけさせ、先程持ってきた茶碗を差し出して言った。
「疲労に効く。睡眠にもだ」
井宿はそれを手のひらで押しとどめた。
「大丈夫なのだ」
強がりではない。
眠ってしまっては考えることができなくなる。
そんなことより倶東国の動きを先に読んで対策を練らなければ。
朱雀の能力を奪われた際の皆の采配も。
複数回治癒力を使っている軫宿は休ませたいし、そうなれば重症の張宿を見守るのは自分の役目だ。

まだはしはしと動かない頭の中で考えを巡らせていると、軫宿がたしなめる。
「いつ、朱雀が封印されるか、わからないんだろ」
「それは……そうなのだが」
言葉を切って、含めるように言う軫宿に、反論できずに井宿は言い淀んだ。

朱雀の授けた七星士の能力は二つある。個々人の特異的な能力と、常人以上の生命力だ。
朱雀が封印されて常人並みの生命力になったら。

「心配するな。オレも今飲んだ」
今の限界状態を放置していれば、封印された時に生命を維持できない可能性がある。
井宿は眉をしかめた。軫宿の言わんとしていることは理解できる。だが――
「張宿は安定している。急変の心配はないだろう。何かあったら駆けつけるから安心しろ」
畳みかける軫宿に、井宿はとうとう折れた。
……わかったのだ」
井宿は観念し、ひと息つくと、その不味い液体をいっきに喉に流し込んだ。


*  *  *


井宿をなかば無理やり寝かせてしまうと、軫宿は自室に戻って横になった。

この部屋は、張宿の部屋の隣でもある。隣り合うこの部屋の造りは対称になっており、寝台と寝台が壁を挟んでくっついているのだ。
この静けさだったら、張宿に何かあっても、音で気づけるだろう。
軫宿の飲んだ薬湯は井宿とほとんど同じだったが、自分用の薬湯からは、催眠系の薬草をはずしてある。

(だいぶ強引に飲ませてしまったが……まあ必要な処置だ。仕方ないな。)

正直なところ軫宿も、まったくもって井宿のことを言える立場ではなかった。
短期間に三度もの治癒力行使は、やはり体に堪える。
まずは休まなければ。
そう言い聞かせて目を閉じた。
戦争になるならば、こちらとしても準備が要る。
安定したとはいえ張宿も気がかりし、星宿の顔色も気になった。
明日からもきっと、忙しくなるだろう。


*  *  *  


鋭利な仏具を握りしめたまま、張宿は呻いた。
手も足も、すべてが痺れて感覚がない。
にも関わらず、自分の意思で体を動かそうとすると、稲妻のように全身に激痛が走るのだった。
苦痛に顔が歪む。息が、苦しい。
仲間の呼ぶ声だけが、暗闇の中ひとすじの光明のように遠くに聞こえる。
そうしてそれが悲鳴に代わる。
魔獣を操作し、仲間を逃げまどわせているのは、自分だった。
不甲斐ない、耳をふさいでしまいたい自分の中に、それをあざ笑い愉悦の笑みを浮かべる自分がいる。
背筋を悪寒が這い上がる。
抑えつけられ潰れかけた自分の喉から、しわがれた声が出る。
「「そこまでだな」」
自分の手が無残にも振り下ろされ、その先にはーーー。

一瞬、身体の内側から、ずん、と響くような重い衝撃があった。
ぐっと息が詰まり、目を開く。視界に一面の朱が映る。
不気味に音の失せた空間が、次第に闇に変わっていく。

そうして瞬きのあと、残ったのは漆黒の空間だった。
目を開いても、何も見えない。

振り下ろした針を自らに突き立て、相殺を試みたはずだった。
そこから先の記憶は、断片的で順序もあやふやだ。
自分の身体に縫い止めた箕宿を逃さぬよう、必死だったことだけは覚えている。
それから、先へと促した巫女のこと。
優しい言葉をかけてくれた軫宿のこと。
こんな自分を強いと言ってくれた翼宿のこと。
そして、自分は絶命した。
した、と思った。

(ならば、なぜここにいる?)

自分の呼吸音が耳にうるさい。
死んでいるのに意識があるのか?
それとも死んでいないのか?

(生きているのだとしたら)

張宿の頭を、嫌な想像が過ぎった。
あの断片が現実なら、今、自分は死んでいるはずだ。
死んでいないということは、あの記憶の断片は自分が創り出した夢なのか?
相殺したというのは間違いで、自分は箕宿に操られたまま、仲間を殺めてしまったのか?

もしそうなら。
なんということ。
曖昧な自分の記憶に、その根拠のなさに唇が震えた。

(でもそれなら、箕宿は)

と、そこまで考えた瞬間。
禍々しい箕宿の相貌が、目の前に高速で迫ってきた。
衝撃に思わず、うわぁ!と叫んで身体を捻る。
ぶつかる寸前に、箕宿の姿は霧散した。
避けた拍子に、勢いあまって張宿は床へと転がり落ちた。

回転した視界は、暗く濁ったままだ。
しかしともかく、身体の下には確かに固い床があった。
身体に乗っ取られた時のような箕宿の気配はない。
張宿はひどく重力を感じながら、手探りで床を這った。


*  *  *  


青い夜明けだ。
充分眠ったとは言えない時間だったが、それなりに回復したと判断した軫宿は、身支度をして今日の分の調剤をしていた。
まだ能力は使えそうだったが、いつ封印がなされるかわからない今、不用意に使うことはできない。

疲労の回復に、外傷の治癒促進に、循環の改善に。怪我のあった者もなかった者も。
それぞれの体格に合わせた量を分包しながら、張宿は飲めるだろうか、と思いめぐらす。
軫宿の両手は、薄い薬包紙をよどみない動作で折っている。
意識が戻るかどうかが課題だった。昨日の今日だから、まだ難しいかもしれない。

その時。
どさり、と重い音がした。隣の部屋からだ。
測り途中の薬を放り出して部屋を出ると、鬼宿と井宿も廊下に居合わせた。
「井宿、今の音……
「張宿の部屋なのだ」
三人は顔を見合わせると、張宿の部屋の扉を開けた。

西側の窓はまだ暗い。
廊下に射した弱い陽が、開いた扉の形に室内の様子を浮き上がらせる。
薄闇に包まれた寝床に目を遣ると、想像通り寝台は空になっていた。
掛布団は乱れて、半分床に垂れ下がっている。
そしてその下に、張宿がうずくまっていた。
「張宿!?」
誰からともなく名前を呼び、全員が駆け寄った。

意識が戻ったのか、という安心と、どこか打ったのではないか、という不安が胸をよぎる。
膝をついて助け起こすと、張宿はその膝に縋りながら大きな瞳を見開いた。
「軫宿さん、無事なんですか?あの、他の皆さんは!?」
勢い込んでしゃべる張宿に驚きつつ、話ができることにほっとする。
鬼宿と井宿も視界に入るように、仰向けに抱き起こしてやった。

「張宿、気が付いたのだ」
井宿が声を詰まらせて言う。
「みんな無事だよ、張宿」
鬼宿も目を潤ませて笑顔を向けた。
「本当、ですか……?箕宿は、どう」
張宿が荒い呼吸のまま声を震わせる。
「箕宿は死んだよ。お前が倒したんだ。張宿が、オレたちを助けてくれたんだよ」
鬼宿がはっきりと、励ますように言った。
「そうなのだ。みんな、張宿に救われたのだ」

かわるがわる覗き込む仲間の言葉に、張宿の早かった息が少しずつ落ち着いてくる。
目が合った張宿に、軫宿も微笑んで頷いてみせた。
「みんな、無事……よか……た、よかった……
みるみる涙が膨らみ、ぼろぼろと大粒の涙が張宿の目から零れ落ちた。両手の中に顔を伏せる。
「それはこっちの台詞だよ。まったく、肝を冷やさせやがって」
「心配したのだ」
鬼宿と井宿が言い、軫宿はほっと息をついた。

「張宿が気ぃついたんやて!?」
「大丈夫なの!?張宿!」
物音を聞きつけ、翼宿に柳宿、美朱も駆けつけた。
翼宿は一番に部屋に駆け込むと、両手で張宿の頬を挟んだ。
「張宿ー!!心配したんやで!大丈夫か?もういけるんか?」
張宿が、涙に濡れた泣き笑いの顔でまばたきをした。

感極まった翼宿の言葉に、軫宿ははっと我に返った。
そういえばそうだ。こんなことをしている場合ではない。

「よし、そこまでだ」
空気を区切るように軫宿が言った。
部屋になだれ込んだ全員がこちらを見る。
「張宿は当面絶対安静、面会謝絶だ」
張宿を抱き上げ、寝台に下ろしながら宣言する。えー?と柳宿が不満の声を上げた。
「他の者は、とりあえず飯を食え」

「せやな、こういう時こそ食って元気つけんと」
翼宿が言うと、柳宿もそうね、と笑った。
「そうだな。じゃあ張宿、しっかり休めよ」
そう言って皆が部屋を出ると、部屋はまた無音になった。温かな静寂だった。

最後に残った軫宿は、張宿に薬湯を飲ませた。
「すみません、軫宿さん」
張宿が両腕をさすりながら言う。熱が出てきたか。
「気にするな。寒いか?」
……はい、少し」
軫宿は、臥床を手伝い、布団を顎まで引き上げてやると、さらに自分の部屋の掛布団を持ってきて張宿にかけた。
「熱が上がるだろうが、心配しなくていい。熱くなったらそう言うんだぞ」
「はい。あの……ありがとうございます」
軫宿はそれには答えず、頬を緩めて微笑んだ。
「疲れただろう。少し寝ろ。また後で来る」

部屋を出て、扉を閉める。
軫宿は廊下の壁へもたれると、目を閉じた。

(ありがとう、か)

こちらのほうこそ、だ。
安堵と感謝の溜息をつき、胸の中で呟いた。




《終わり》


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