@acbh_dmc4
モンテリジョーニが落ち着きを取り戻した今、いつフィレンツェへ戻っても問題はないのだが、如何せんフィレンツェの父上や狐からは俺の帰還は不要だと許可されない。
それどころか、俺が戻る方がリスクが高いので絶対に来るなと釘を刺された。
俺としても大々的に戻るつもりはなく、追われている者として秘密裏に戻り、運命の時まで身を潜ませ手を尽くすつもりだったのだが。
フィレンツェのアサシン教団を信じていないわけではないが、万全を期したいだけなのに。
それにフェデリコとクリスティーナの事も気になる。
フェデリコの手紙では順調に交際が進んでいるようで、ここ最近は多少複雑な胸中ではあるものの、素直に二人を祝福出来るくらいにはなった。
どの道俺と彼女は結ばれない運命なのだし、ボルジアに正体を知られている俺が近づけば、彼女を危険にさらしかねない。
モンテリジョーニでの鍛錬や、アサシンの育成などで仕事は尽きないが、近況を待つしかないというのは俺を焦れさせた。
そんな中、各地域の教団や傭兵達に探させていた写本の断片が続々と集まって来ていた。
ざっと目を通す限り、この中に銃の設計図のような物はなさそうだ。やはり、例の設計図に関してはテンプル騎士団の誰かが持っているのだろう。
カルロ・グリマルディやエミリオ・バルバリーゴ等の動向も探らせてはいるが、まさか今の時期にヴェネツィアに遠征するわけにもいかない。
ふと、銃の設計図もそうだが、毒針の仕込まれたブレードの事も思い出した。
任務を遂行する為に、手数は多い方が良い。特に毒のブレードは何かと重宝するものだ。
その写本は今手元にある、この中のどれかにあるだろうかと考えて、自然とフィレンツェの友人の顔が頭に浮かんだ。
レオナルドとはそれなりに文を通して交流を取っているが、やはり直接言葉を交わしたい。
まるで彼自身がエデンの林檎のように、深い知識に溢れ、それを生き生きと語る姿は、今の焦れている俺の心を落ち着かせるのには良いかもしれない。
とは言え、あまり無理を言うことは出来ない。こちらに呼ぶのが難しいのなら、せめてレオナルドの楽しい話が齎されるように、彼に手紙を書くことにした。
手紙と一緒に写本も送れたらいいが、貴重な文書であり、万が一テンプル騎士団に奪われでもしたら問題なので、写本の解読のコツについて尋ねる内容にする。
写本に書かれた内容がどんなものであるかは既に知っているのだが、暇つぶしがてら自分でも解読をしてみようと思ったのだ。
一応写本とは書かずに、でもレオナルドなら分ってくれるだろうと曖昧に手紙を書いた。
レオナルドからの返信を心待ちにしながら日々を過ごし、弟子の勧誘や指導に精を出す。
書類仕事もそれなりに処理しているが、どうにもデスクワークは性分ではない。
気分転換でヴィラの裏の広場にて、アサシン候補の若い弟子たちを指導している時に、屋敷のメイドから声を掛けられた。
「エツィオ様にフィレンツェからお客様がいらしております」
「ああ、今行く。応接室に通しておいてもらえるか?」
「承知しました」
井戸から水を汲んで、濡れた手ぬぐいでサッと体を清めてから新しいシャツに着替える。
フィレンツェから客人と言ったか、恐らく盗賊団の誰かが使いとしてやって来たのだろう。
もしやテンプル騎士団がついに動き出したのだろうか?ならば、今度は絶対にフィレンツェに行くことを了承させなければ。
あれこれどうにか俺がフィレンツェに入る事を説得する内容を考えつつ、急いで応接室へと向かうと、俺を待ち受けていたのは予想もしていなかった人物だった。
隠し戸で覆われた解読した写本を飾っている壁を不思議そうな顔をして眺める、ずっと手紙の返事を待ちわびていたその人ーーー
「レ、レオナルド?!どうして君がここに?!久しぶりだ!元気にしてたか?」
「エツィオ!お久しぶりです!お陰様で、奥様やフェデリコ様にも贔屓にしていただいて、とても助かっています。それより、手紙を見てもしやと思って駆けつけたのですが、写本の解読をされるので?」
成程。知識欲旺盛なレオナルドは写本が目的でモンテリジョーニまで駆けつけたという訳か。
なんとも彼らしいと苦笑して、レオナルドを俺の部屋まで案内することにした。
「ああ、沢山見つけてな。君に解読を頼みたくても、これはとても大事なものだから、他の者に託すことは出来なくて…俺もモンテリジョーニからは出られないし」
「…そうですか。でも、もしこれを直ぐにでも解読したいのでしたら、是非ともお手伝いさせてください」
「それは助かるよ。レオナルドはいつまでここに居られるんだ?」
「ええ、あまり長居は出来ないのですが、3日位なら…しかしこれは3日では全て解読できそうにありませんね…残念ですが」
レオナルドは写本の山を見て目を輝かせたが、滞在できる期間ではとても全てを解読できない量があった為、若干肩を落とした。
多忙な友人に、それでも会いに来てくれたことを感謝しつつ、作業環境を整える為、写本を抱えて客室へと案内する。
客室に広めの作業机を運び込み、羊皮紙の束とインク瓶を一角に置いて、これで環境は整った。
「出来る限りお願いしたい。あと、俺にも解読のコツとか教えて欲しいんだけど、とりあえず隣で見てても良いかな?」
「ええ!勿論ですとも!解読のコツも、私で説明しきれるか分かりませんが、お力になりますとも」
一先ず、レオナルドの解読方法を見ていればそれなりにコツも掴めるかと思って申し出てみたが、大いに見通しが甘かったことを痛感させられた。
写本解読に必要らしい資料や本が、次々とレオナルドの持ってきた大きな荷物から机の上へと並べられ、本のページと写本を見比べては手元に引き寄せた羊皮紙にメモを取る。
写本に夢中になるレオナルドは、周りなどちっとも見えなくなっており、俺にコツを教えるどころかその走り書きのメモでさえ読むことが出来なかった。
スラスラと鏡文字で書かれるメモは、隣で見ているだけでは何を書いているのか全く分からない。
一つ一つの単語を後ろから追いかけて解読している内に、また次のメモが埋まっていくのでまったく追いつくことが出来ない。
呆気にとられ、思わずレオナルドの横顔を見つめるが、写本に夢中になるレオナルドの顔は歓びに満ち、まるで新しいオモチャを与えられた子供のようであった。
同時に物凄い集中力を発揮しているのを見ると、食事やら睡眠やらを取らせるのが大変そうだな、とため息を吐いた。
レオナルドにガン無視され、ひたすら解読を進める姿を見守っているのを残念に思うかというと、そうでもなく。
何かに全力を捧げる人間を見ると言うのは、どこか楽しくもあった。
確かに食事を摂らせるだとか、睡眠を取らせることには苦心したが、そのどれもが彼らしくて微笑ましい。
机の上に食事をただ乗せておいただけでは全く手を着けないので、パンをスープに浸けて、柔らかくなった物をレオナルドにしつこく声をかけ、口元に持っていって食べさせる。
レオナルドとしては、限られた時間内で少しでも多くの写本を解読しようと努力してくれているようで、食事など時間の無駄とでも言った風だ。
そして机に噛り付いたまま寝落ちするレオナルドを、客室のベッドへと運んでやるのも、3日の内1度だけだった。
レオナルドがフィレンツェへと帰る日の朝、調度遠征から帰宅したマリオ父上も揃って朝食を摂っていた。
前々からレオナルドに会ってみたいと言っていたマリオ父上も、レオナルドと少し話をしただけで彼を気に入ったようだった。
「あまり歓迎できずに済まなかったな。なんせ、方々で任務要請があるものだから、なかなかここに帰ってこれんでな」
「いえ!とても楽しい3日間を過ごさせて頂きました。本当はご迷惑でなければもっと居たいのですが…なにぶん、弟子たちに必ず4日で帰れと念を押されておりまして…」
「俺が声かけなかったら普通に忘れてたもんな」
「いやはや、まさか気がついたら3日も経ってるなんて、おかしいです…まだ半分も残っているのに…」
この3日で9つの写本の半分を既に解読し終えたなんて、とマリオ父上は唖然としてレオナルドを見つめていた。
思わずと言った体で、マリオ父上がレオナルドにアサシン教団に入らないかというのを遮り、写本の解読をしたくて写本のある部屋をひたすら見上げているレオナルドに朝食を食べるように促す。
この3日は根をつめ過ぎていたから、彼の体が純粋に心配になる。昨日は漸く寝落ちして多少は睡眠をとったとはいえ、早く帰してゆっくり休んでもらわねば。
俺としてもレオナルドが帰ってしまうのは寂しいが、こればかりは仕方がない。帰宅するレオナルドには護衛に傭兵団をつけるが、俺も途中までは彼の見送りの為、ついて行こうと思っている。
「写本の翻訳についてはそんなに急ぎでもないから、またこっちに遊びに来た時にでも頼むよ。俺も、フィレンツェに行くことがあれば写本を土産に持って行くから」
「絶対ですよ?あと、もしエツィオが解読したなら、それも見せてください。なんといっても、写本の内容は本当に興味深い知識が書かれていますから」
「ああ、分かった。約束しよう」
興奮冷めやらぬようで、残りの写本の解読に関して熱心に俺に頼み込む。
その姿に苦笑して、彼の荷造りを手伝ってから一緒にモンテリジョーニを出発した。
「本当はあの写本の中に武器の設計図でもあればと思ったんだけど、あと5つの写本にあるかどうか…もし設計図があったら、武器の作成にどのくらい掛るかな?この間作って貰ったブレードと似た物なんだけど」
「エツィオは既にその完成形を知っているのですか?写本の解読も急がないとの事でしたし…」
好奇心に負けたのか、今まで俺が急にフィレンツェを離れた事も、俺の仕事に関しても深入りしなかったレオナルドが探るように問いかける。
俺は言ったものかと考え、しかし以前焦り過ぎて彼を引かせてしまったことを思い出し、意味深に笑うにとどめた。
そうすればレオナルドはハッと我に返って両手を振ってこれ以上は聞かないと言ってくれた。
「…そうですね、あの隠し刃でしたら前にも作りましたし、似た物でしたら材料があれば2日くらいでしょうか」
「…そうか。多少は自分で解読して、それらしいものがあったらなんとかしてレオナルドの工房を訪ねるよ」
「それかまたお手紙を下されば駆けつけます。正式な依頼でしたら工房を開ける口実になりますからね!」
レオナルドは楽しそうにそう言うと、どうか今すぐにでも依頼を出してほしいと言った風に俺を見つめた。
恐らく、レオナルドは今回送った手紙を依頼と称して、無理して工房を飛び出したのかもしれない。
残りの時間は写本の解読に関して、解読中は夢中になって指南を請えなかったコツを聞いた。
一見しただけでも多数の言語で書かれていて、何か国か言語をも学ばなければならないのは理解していたから、暗号になっていない部分の翻訳方を教えてもらった。
「写本の説明書きには主にアラム語が使われていました。大事な箇所だけ暗号になっていて、やはり癖がありますが大体は同じような暗号ですね」
「そうか…では、今後アラム語も学習内容に入れておこう」
言語に関しては将来的に必要になる為、トルコ語やギリシャ語なども現在進行形で勉強している。覚えは良い方なので、問題はないだろう。
そしてレオナルドの楽しみを奪うのも忍びないので、説明書きから目当ての写本を確認したら解読は彼に任せる事にしよう。
そろそろモンテリジョーニとフィレンツェの中間地点に差し掛かる所で俺はレオナルドと別れを告げた。
彼は名残惜しそうに見えなくなるまで俺に手を振ってくれていた。
俺も、遠ざかる馬車を少しだけ寂しい気持ちで見送ると、きっとまたフィレンツェに戻れると言い聞かせてからヴィラへと引き返した。
レオナルドが帰ってから、俺は語学の勉強に力を入れつつ、教団から齎された情報を整理していた。
現在俺はアウディトーレ家への陰謀を阻止するため、司令塔のような役割を担っている。
その為、フィレンツェの情報から、サン・ジェミニャーノの様子なども全て知らせを受け指示を出す。
ミラノ公暗殺時に関しても知らせを受けてからすぐフランチェスコ・デ・パッツィの関与を父上たちに知らせ、調査を頼んでいた。
俺が情報を齎さなくともフランチェスコに辿り着いたとは思うが、アニムスで見た時期よりも早くに拘束できた。
その為、テンプル騎士団の元に送っていた内通者からの知らせで、ロドリゴ・ボルジアが自ら動き出し、フィレンツェへと度々姿を見せていると言う情報を掴んだ。
「この報告書を見るに、ボルジアはフランチェスコ・デ・パッツィを救い出す為、動いているようだな」
「時期的にも、父上たちの処刑の時が近づいています。父上、俺をフィレンツェに向かわせてはもらえませんか?」
「それはならん。ボルジアが自ら動いている所を見ると、お前を確保するのが目的かもしれん」
駄目元でフィレンツェ行きを打診してみたが、俺の提案にマリオ父上は顔を顰め、即座に却下した。
予言者と呼ばれるようになってから、俺の行動には多くの制限がついた。
しかし、俺は参謀タイプではなく、あくまでも自ら動く方が性に合っているというのに。
不満が顔に出ていたのか、マリオ父上は苦笑して俺の肩を気遣わし気に叩いた。
「お前の気持ちもわかるが、もっとジョバンニ達を信じろ。ボルジアのもう一つの狙いはお前だ。それにな、マリア達がこちらに来る。彼女たちを護るのも大事な任務だ。そうだろう?」
「はい、父上…」
「全く関わるな、戻るなという気はない。だが、今は堪えろ。お前が動く必要があれば、誰もお前を止めたりはしないさ」
マリオ父上は焦れて冷静さを失っている俺を諫めるように言い聞かせた。
その様子に己が冷静さを欠いていたことに気がつく。曇った目ではかえって皆の足を引っ張ってしまう。今一度落ち着かねばと己の未熟さを戒めた。
手元の報告書にもう一度目を落とし、母上達のモンテリジョーニへの避難の知らせを眺める。
そこには出来る事なら母上達には、テンプル騎士たちの陰謀を悟らせないようにとフィレンツェの父上の意向が書かれていた。
ここに滞在する間は彼女たちを護り抜くのもそうだが、快適に過ごしてもらわねば。それに、存外クラウディアは好みにうるさい。
ここは男所帯で飾り気など無いし、妹の気に入るように、部屋の内装から見直さなければ直ぐにでもフィレンツェに帰ると言い出しかねない。
「…母上達の部屋の用意をしなければいけませんね。それなりに長い滞在になるでしょうから、いろいろ揃えておかないと」
「領どころか、屋敷の事もお前に任せきりにして済まないな」
「領主代行も妹への言い訳には調度良いですから。ですが、俺の急な帰省は父上が大怪我したって設定なんですから、屋敷に居る間は病人らしくしていてくださいよ」
「傭兵に怪我はつきものだ!危なかったが、もう動き回れるとでも言っておけばきっと納得してくれるさ」
豪胆に笑い声を上げるマリオ父上は、ここ最近塞ぎがちになっている俺の事を気遣ってくれているのだと感じた。
アニムスの時とは違い、父上たちの無実の証拠も揃えたし、その証人や協力者もいる。アルベルティへの対処も準備を進めているのだ。きっとこの人生では父上たちを護りきる。
マリオ父上との打ち合わせを終え、俺はヴィラの内装の必要な手配を整える為、召使を招集し屋敷を磨き上げる仕事に着手した。
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