@acbh_dmc4
フェデリコがジョバンニより密命を受けて動いていた頃、狐は数人の仲間を伴い、フィレンツェの郊外に身を潜めていた。
メディチがカレッジへと赴く馬車を待ち伏せ、通りかかった時に一人馬車の前に立ちふさがり、ロレンツォに手紙を渡し直ぐ読む様にと要求した。
護衛が警戒しつつロレンツォ・デ・メディチに確認を取ると、中から威厳たっぷりのフィレンツェの統治者、その人が出て来てくれた。
「ロレンツォ殿。ジョバンニ・アウディトーレより密使です。手紙はご覧いただけましたか?」
「ああ。ジョバンニから便りが寄越されるのは聞いていたからな。この度のカレッジ行きも彼の提案だった」
「敵を炙り出すには強硬な手段を用いねばなりませんでした。暫し、フィレンツェ近郊でお隠れ頂きたい」
「分かった。何かあればすぐに知らせてくれ」
ロレンツォがそう命じ、恭しく首を垂れ了承すると馬車に戻り、再度走り出した。
遠ざかる馬車を確認し、狐は再度フィレンツェの門の前まで引き返した。
フェデリコへの報告は他のアサシンに任せて、外からアルベルティの使者を待つことにする。
同時に何人かの盗賊を従え、エツィオに援軍の要請を出した。
ジョバンニはなるべく自分たちでこの事を解決し、エツィオの信頼を得ようと考えていたようだが、どうやらロドリゴ・ボルジアという男は相当に狡猾らしい。
エツィオの予言では奴自らアウディトーレ家の処刑に関わったようだが、今、ボルジアがフィレンツェへ現れる気配は微塵もない。
だが事だけは、的確にジョバンニを追い詰めるよう起こっている。
もうエツィオを巻き込むべきではないと、頑なに言い張るジョバンニの命は聞いていられない。
何としてもエツィオを呼び戻し、彼にこの陰謀を阻止してもらわねば。これはエツィオの始めた戦いなのだから。
(エツィオは良くも悪くも俺たちを信用していない。ジョバンニはそれが気がかりなのだろう…)
彼は予言者と言うより、何百年の時を生きた賢者のような風格と威厳を持っている。
先の初任務でさえ、もう少し体が成長していれば、あのロドリゴ・ボルジアを逃したりはしなかっただろう。
あれは純粋に力が足りなかっただけだ。
モンテリジョーニより齎されるエツィオの指示も、まるで導師の地位に着いた者が指示するような内容だった。既にジョバンニやマリオを超え、上に立つ者の能力を持っている。
恐らく彼は、アサシン史上最年少での導師の地位に着くだろう。だからこそジョバンニは彼の信頼を得たいのだ。
(エツィオが到着するまでに、ここいらの兵の情報を確認しておこうかね。ジョバンニには内緒で盗賊ギルドで匿えば問題ないだろ)
しかし、ポエティオがフィレンツェの国境門を超えようとすれば、番兵がわらわらと現れて通路を封鎖してしまった。
そのまま国境はテンプル騎士の手配した兵で固められ、出入りする者達は皆、徹底的な取り調べを受ける事になった。
すぐさま狐はロレンツォに使いを出し、現在の状況を報告させた。恐らくフェデリコはフィレンツェから出る事は叶わないだろう。となれば、もうフィレンツェ内のアサシンはおいそれと動けない。
援軍を頼んだとはいえ、状況を把握し、エツィオがこちらに辿り着く頃には夜になっているだろう。それで間に合うだろうか?
そう考えていたが、日が暮れ始めたあたりで狐の元にかなりの人数のアサシンが集ってきた。
どのアサシンも見習いとは言え、良く鍛錬された実力のある者たちで、一様にエツィオの弟子だと名乗った。
どうもフィレンツェの動向を独自に監視させていたようで、狐の密使がモンテリジョーニに向かっているのを見て、応援に駆けつけてくれたようだ。
テンプル騎士団から狙われているエツィオはフィレンツェに来ることは禁止されているが、彼の手の者であれば問題ないと判断したのだろう。ジョバンニも彼の兵を寄越すなとは言っていないのだから。
狐は思わずと言った風にエツィオの抜け目のなさに笑うと、弟子たちに向き合い、国境門突破の作戦を練ることにした。
「この人数なら北門の兵を総入れ替えしても気付かれないだろう。で、入れ替えするに当たり、考えられる手立てはあるか?」
「ここからもう少し進んだ人気のない場所に、登りやすい壁があります。フィレンツェ内の仲間と連携して番兵の交代時を襲い、服を頂きましょう」
「念のためその付近を確認しましたが、テンプル騎士の見張りは居ませんでした。内部の仲間は既に番兵に紛れている者もいます。その者に手伝ってもらいましょう」
もう既にここら一帯の状況を把握している様子の弟子たちが、とんとん計画を話し進める。
既に主人から指示を受けてそのように準備してきたと言わんばかりの判断力に舌を巻く。ここに居る全員にマスターアサシンの地位をくれてやっても良い程だ。
ついでに俺の部下たちとの連絡が取れなくなっており、敵の犯行の証拠となる手紙を得たいと相談すれば、それも対処してくれると言う。
「まったく頼もしい事だ。エツィオはお前たちにどんな訓練を施したんだ?」
「…地獄のような訓練です。天使のように優しく朗らかな笑みを浮かべながら悪魔のような指導をされます…」
「敵に対する容赦のなさと言ったら…身震いしますよ」
ここに居るアサシンは皆、エツィオよりも年上だ。比較的年が近いであろう一番若そうなものでさえ、5~6歳は上だろうに、若造に指導を受けたと嫌な顔をするようなものは居ない。
それどころかここに居る皆、エツィオを畏れ敬っている。
フィレンツェにまで聞こえてくる若き領主見習いの話から察するに、民衆の心を動かすなど、造作もないのだろう。本当に敵には回したくない恐ろしい青年だ。
狐は心の中で皮肉気にテンプル騎士団に十字を切ると、エツィオの弟子たちに計画を遂行するよう号令をかけた。
静かに、そして素早く塀を超えていき、音もなく番兵を次々仕留めていく。
僅か1~2時間の間に門番が全て弟子たちにすり替わり、難なくアルベルティの密書を受け取ってからメディチの別邸へと向かった。
メディチの別邸の近くで目的の人物が現れるのを待つ。
エツィオなら弟子たちの知らせを受けてきっと真っ直ぐこちらに向かうだろうと思ったのだ。
果たして目論見通り、幾人かの護衛を引き連れてエツィオがメディチ邸へと姿を現した。
さも待ちくたびれたと言うように鷹揚な態度でエツィオの前に進み出ると、かつて坊やとからかうように挨拶を交わした。
「こっちに顔を見せず、真っ直ぐメディチの所に来るなんてつれないじゃないか」
「狐なら俺の行動を見越してこちらに居ると思ったものでね。久しぶりだ」
少し見ないうちに、より一層男前に磨きをかけた少年が不敵な笑みを見せた。だがすぐさま柔和な顔は鳴りを潜め、冷徹な顔で状況を尋ねた。
途中弟子から報告を受けてこちらに折り返したものと思っていたが、どうやらエツィオは誰の報告もなしに真っ直ぐこちらへと向かって来ていたようだ。
相変わらずの千里眼ぶりだ。この青年に分からぬ事など何もないのではないかと空恐ろしくなった。
だが、同時に頼もしい。彼ならきっとどんな困難も逆転させてくれる。そう狐は確信した。
****
狐から連絡を貰う前、そして母上とクラウディアたちの到着を待っている間、俺は暇つぶしに林檎で父上やフェデリコの動きを確認していた。
林檎には簡易的ではあるが追跡機能が付いている為、気休め程度に彼らの動きを確認していた。
勿論、アルベルティの動きも確認する事を忘れない。
林檎単体でも未来予知のような事は出来るのだが、俺では自由に林檎を制御できないようで、ランダムな“最悪な未来”が垣間見れるのみだ。
恐らくだが、ミネルヴァの意思が働いているのだろう。俺の思う重要な情報や未来予知をすることは出来ない。
それどころか、恐らくこれはアニムスで体験したエツィオの正史である世界線の“最悪な未来”だ。既に相当変化してしまっている現在からは繋がらない予想の世界だ。
俺は母上達がこちらに近づいてくる点と、俺が秘密裏にフィレンツェへ派遣した弟子たちの動きを注意深く見つめた。
弟子たちには異変が起こり次第、アウディトーレ家を取り囲むように言いつけてある。
俺がアニムスで見た通りの事が起こったり、主要な教団の者が窮地に立たされたりすれば、その弟子たちの合図ですぐさま動けるようにするためだ。
そして、訓練された弟子たちはいち早くフィレンツェの異変を察して、我が家を取り囲み俺に合図を送った。
母上達はまだこちらに着いてはいないが、俺はアサシンのローブに袖を通し、装備を整えてから馬に乗った。
途中、母上達の馬車とすれ違うと、簡単に挨拶を交わしてから現地に向かったのだった。
メディチの別邸で狐に落ちあうと、俺がかなり早く到着したことに面食らったようだった。
モンテリジョーニに戻ってからも定期的にフィレンツェの監視をしていた為、真っ直ぐメディチの別邸に向かったことを話すと、狐は引いていたようだった。
盗賊の得意とする人海戦術とは違う、的確な監視網が不気味に映ったのだろう。確かに、人の気配もなくターゲットを追跡する術はこの時代の人間には大層不気味に感じる事だろう。
狐は俺に近づくと、懐から1通の手紙を取り出し、俺に差し出してきた。
「判事の密書付きの手紙だ。お前の弟子たちのお陰で受け取ることが出来た」
「有難う。エデンの欠片でフィレンツェの監視をしていたがボルジアがフィレンツェに入り込んだ形跡はなかった。判事はサン・ステファノ教会の地下に居たようだがな。ヤコポ・デ・パッツィと一緒だった」
「前にマシャフ砦から出て来たと言う秘宝か。そんなものまで使いこなすとは。黙って弟子を密偵に送ったり、本当にお前は俺たちを信用していないんだな」
少しだけ狐が複雑な顔をして呟く。
確かにそう取られてもおかしくはないが、俺としては万全を期しているだけだ。特に我が家の断罪に関して、ボルジアは全力を尽くしていた。
一筋縄でいかぬ相手に太刀打ちするには慎重すぎる位が丁度良い。
「そういう訳ではない。俺が本来の筋書きを変えているから、何が起こっても対処出来るようにしたかったんだ。結果、正解だったろう?」
「そうだな。だが、お前の信用を得る様に、皆努力しているんだ。とくにお前の親父はな。お前に認められたいが為に、助けを求めなかったのさ。悪手だったとは思うよ」
「父上も狐も皆買いかぶり過ぎだ。単純に考えてくれ。皆の敵は同じなんだ。同じ目的の為にただ協力するべきなんだよ。それに心配しなくてもこの件を無事乗り越えたら父上達に口出ししたりしない。勿論、協力を求められたら応じるし、父上たちの力だって信じているんだ」
「そうか、それを聞いて安心したよ。ジョバンニの説得には俺も力を貸してやる。さ、フィレンツェの統治者様に謁見と行くか」
狐は飄々として俺に答えると、メディチ邸への道を譲った。
門番に要件を伝え、ロレンツォ殿との面会を要請すれば、程なく屋敷の中へと招かれた。
奥まった場所にあるロレンツォ殿の書斎へと通されると、狐共々挨拶を交わした。
「お久しぶりです。ロレンツォ殿。再会の喜びを交わしたいところですが、猶予がありません。我が父上が先ごろ、敵対勢力の陰謀により無根の罪で捕らえられました」
「それからメディチ殿がフィレンツェを離れて半刻もしない内に、フィレンツェが封鎖されてしまいました」
「ああ、報告を受けている。なんとも腹立たしい事だ。人の居ぬ間に勝手なことを……して、ジョバンニの罪の反証、及びウベルトの罪の証拠は揃っているか?」
「はい。こちらに、判事の密書があります。父上のロレンツォ殿当ての手紙と共にボルジアへ宛てているようです」
ロレンツォ殿へと手紙を渡す。
先ずは父上のしたためた、ミラノ公暗殺の詳細な調査書に目を通し、それから判事の密書を読む。
ロレンツォ殿は最初は懐疑的な様子だったが、決定的な証拠を前に、深く落胆されてため息を吐いた。
「動かしようもない証拠だな。ジョバンニからウベルトに気をつける様にとも言われていたが、まさかこんな…」
「ロレンツォ殿、旧知の友であった者の告発はお辛い事と思います。ですが、判事はアウディトーレ家を公的に抹殺する為、大々的に公開処刑を行うのです。その裁判にこの反証を持って、止めて頂きたい」
狐が父上から託されていた調査書と証拠書類をロレンツォ殿に渡す。
ロドリゴ・ボルジアと通じていた証拠書類に目を通して、重々しく頷き、あとは公開裁判当日の打ち合わせを行った。
人気のない夜のうちに秘密裏にフィレンツェに戻る事にする。
ロレンツォ殿の華美な身なりを覆う為、揃いの質素なフード付きの外套を羽織る。
弟子の数名を周囲の索敵にやり、道中の安全を確認してからロレンツォ殿と少人数で北門からフィレンツェ入りをした。
狐に宿を頼み、明日の公開裁判の刻限までロレンツォ殿を休ませる。
俺は室内に、狐と弟子たちは建物周辺を警護の為、寝ずの番をする。
ロレンツォ殿の寝支度が済むと、俺は窓辺に立って外の様子を監視した。
「父君が捕らわれて、さぞ心痛に絶えん事だろう。だが、君は気丈だな。平静を保っている」
ロレンツォ殿が気遣うようにこちらを見、俺に声を掛けた。
もう深夜という時間帯だが、先程知らされた旧知の友の裏切りのせいで眠れないのかもしれない。俺はロレンツォ殿の方に顔を向け、少しだけ落ち着かない心の中を吐露した。
「いいえ、お察し頂いている通り、心中穏やかではありません。父上の身にもしもの事があれば、と…今夜は、もし休む時間を与えられたとしても、眠れぬ事でしょう」
ジリジリとした焦燥感や、アニムスの中で見た家族の処刑を目の当たりにした絶望感が蘇る。
父上やフェデリコ、ペトルチオは俺の家族だ。いくらデズモンドの記憶がこの体に蘇ったとしても、それは変わらない。
そのデズモンドの記憶が、この1年は絶えず警報を鳴らしてきた。
もしも、あの記憶の通り父上とフェデリコ、ペトルチオが処刑されてしまったら?ロドリゴ・ボルジアが何枚も上手で、母上やクラウディア、マリオ父上まで奴の手に落ちてしまったら…
いいや、フェデリコは捕縛されていない。ペトルチオだって母上達と共に、俺の信頼している弟子たちを護衛に付けて、護りの堅いモンテリジョーニに逃れている。
傭兵を相当数雇い入れ、裏切り者を粛正し、モンテリジョーニの防壁には大量の大砲を並べて弟子たちの練度も良い。もし今、チェーザレが攻めて来た時のような軍勢を差し向けられても、マリオ父上が必ず撃退してくれる。
それなのに不安でもどかしく、今まで己が準備してきたことを並べて必死で納得させていれば、ロレンツォ殿が静かに苦笑を零した。
「どうやら、余計な事を言ってしまったようだな。そんな顔をするな。きっと私が君の父上の潔白を証明して見せる」
「心強いお言葉です。父上を、頼みます」
強張る顔で必死に笑顔を作ってみる。そんな俺に、まるで伯父のように慈愛ある微笑みを浮かべて「きっと大丈夫だ」と励ましてくれた。
窓の外が僅かに明るくなり始めた頃、弟子たちの定期連絡を聞いた。
北門の所にフェデリコが待機している事は知っていたが、今はどこにボルジアの目があるか分からない。
事実、フィレンツェの北門の辺りは別として、昨日からの街の中の厳重警備は俺の知るアニムスでの記憶より、何倍も強化されていた。
フェデリコには悪いが、彼が捕まったと言う報告が上がらない限りは手を貸す事はしない。
シニョーリア広場に演台が組まれ、警備が集まり始めた辺りで、弟子たちの招集をかけた。
昨夜北門の番兵と丸っと入れ替えた弟子たちは、俺たちがフィレンツェに入った後、番兵の交代で大多数がこちらに戻って来ていた。
正規の番兵達がそれなりの数消えた事がバレない様に、休憩と称して幾人かはそのままの格好で他の弟子に報告をさせ、そのまま兵舎に戻しておいた。
いよいよ運命の時が近づいている。
空は俺の心を反映しているかのような、どんよりとした暗い雲が垂れこめ、市内はムッとした熱気を帯びて息苦しく感じる。
灼けつくような緊張感が全身に漲り、一睡もしていないが、妙に頭はクリアだ。
昨晩身に纏った灰色のフード付き天蓋をロレンツォ殿と俺、狐が身に纏い、姿を隠して番兵の衣装を身に纏った弟子たちに囲ませて移動する。
途中、テンプル騎士団の番兵に見咎められ立ちはだかれるが、その都度隠れ着いてきた弟子たちが番兵を排除していった。
目の前で行われる我が弟子たちの包囲網に、ロレンツォ殿は不敵に口角を上げて「本当に心強い事だ」と耳打ちした。
広場では既に乱闘が起こっていた。
父上さえ始末してしまえば良いと判断したのか、今にも絞首台に括り付けられそうになっている父上を見て、腹の底から怒りが沸き上がった。
足早に広場に向かえば、入り口を囲む番兵が不審げにこちらを見、何処の者かを問いただすのを片手をあげ弟子を嗾ける。
ナイフの雨に怯んだ隙に、腰の剣を引き抜き、呆ける番兵の首を撥ねる。己の前の道を開き、ロレンツォ殿と狐の3人で広場へ入るなり、俺は周囲を囲っている番兵に扮した弟子に合図を叫んだ。
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