@acbh_dmc4
ヴィエリは部屋から出ると、エツィオが抜け出しやすいようにと、屋敷の警備を全て連れ、ボルジア一行を迎える門まで向かった。
訪問予定時間よりかなり早かった為、兵達へ訓練するよう言いつけて、その光景を静かに眺める。
そして先程の予想外のエツィオの訪問について考えていた。
久しぶりに見た彼は、努めて普段通りに振舞っていたが、表情はどこか堅く、こちらを窺うように始終気を使って話しているようだった。
それはそうだろう、エツィオはヴィエリを説得しに来たのだ。
母や妹がアサシンに連行されたことは知っていた。だが、行き先がエツィオの治めるモンテリジョーニだと聞いて、同時に安心していた。
エツィオが居るならば、家族が虐げられるような事はないと確信があったからだ。
そして、先ほども罪のない者を害する事はないと言われた。おそらくアサシンの戒律のようなものなのだろう。
(だが、俺と父上の動向次第で母上やヴィオラの処遇が決まってしまうのだろうな…)
元々の計画である、ロレンツォ・デ・メディチを排し、フランチェスコがフィレンツェを牛耳ればどうなるかは分からない。
そうなれば人質として、彼女たちがどういう扱いを受けるか、無事で済む程エツィオの力が及ぶのかは分からない。
そして、恐らくフランチェスコは足手まといになった家族など、簡単に切り捨てるのだろう。
ヴィエリも今までは己が在籍しているテンプル騎士団の理念が崇高なものだと思っていた。
選ばれた人間がこの世界を支配すれば、無用な争いなど無くなる。
それにそうすれば、自分たちの立場を案じる必要もなくなるのだ。パッツィ家にとってこれ以上ない世界ではないか。
その為には、多少の犠牲は仕方がない。だが、ヴィエリはそう簡単に割り切る事が出来なくなっていた。
自分たちに従わないものは有無も言わせず排除するか支配する。でもそうして配下にしていけば、支配者は孤独になっていくのではないだろうか。
エツィオのような存在と、気楽に笑い合う事などできない世界は、果たして幸せなのだろうか。
悶々とした気持ちのまま、いつの間にか会合が開始される時間が迫って来ていた。
ロベルトが近くに来て、ヴィエリへボルジアを迎える体制を整えるよう助言する。兵を門前に配置し終えたところでフランチェスコがやって来て、ヴィエリの隣へと並んだ。
程なく、続々と会合に出席する者達がサン・ジェミニャーノへと入寮してきた。
一際重厚な護りを固めて、ボルジアがやって来た為、ヴィエリはフランチェスコと共に後に続いた。
「ロドリゴ様、この度は我がヴィエリが支配するサン・ジェミニャーノを会合の場に指定して頂き、有難うございます」
「ああ、ヴィエリに話があるものでな。計画は進んでいるか?」
「はい。滞りなく」
冷たい灰色の目が、フランチェスコを見下す様に向けられている。
そもそもフィレンツェでのフランチェスコの先走った行動について、ボルジアの心象は限りなく悪くなっている。
その上、今度の任務が失敗に終われば、どんな処罰が待っているか分からない。
失敗し、生還した者への制裁は死よりも恐ろしいと、罰を与える側でもあったフランチェスコ自身、嫌というほど知っていた。
ボルジアはそっけなくフランチェスコの報告に頷くと、さっさと会場の教会へと入っていった。
会合は早々に終わり、ボルジアはヴィエリに個人的に話があると言いおいて、会議室に2人だけにするように、周囲の退出を促した。
フランチェスコも残ろうとしたが、前回の失敗について言及され、さっさとフィレンツェに向かうよう命令されてしまっていた。
ヴィエリは父親との別れの時間はあるだろうかと心配そうな顔をしていると、ボルジアが優し気に声をかけた。
「なに、どうせ私とお前の会話が気になって暫し残るだろう。それよりも、お前はまだアウディトーレの倅とは交流を取っているのかな?」
「い、いいえ…」
「ふむ、そうか。では、手紙でもいい。彼と連絡を取るようにしなさい」
「……は、」
言われたことが咄嗟に頭に入らず、ヴィエリは呆然とボルジアの顔を伺い見た。
相変わらず冷たい眼光に、張り付けた様な笑みを浮かべ、猫なで声が不穏に後をつづける。
「お前も彼の事が気になっているのだろう?お前の助力があれば彼を味方にできる。そうすればこれからはエツィオ・アウディトーレと盟友として共に歩めるのだ」
「……何故、そんなに奴に拘るのですか?我々だけでも充分力があるではないですか」
震えそうになる声をなんとか落ち着け、疑問を口にすれば、ボルジアは含みのある笑みで、それに答えた。
「奴は予言者なのだ。奴の目には未来が見えている。その筈だ。予言者がアサシン共に確保されていては何かと分が悪いのだよ」
「予言…者?」
「そう、予言者だ。敵であれば奴は危険なのだ。そして仲間に出来ないのなら必ず殺さねばならん。その証拠に、既にコンスタンティノープルより強力な兵器を取り寄せたようなのだ。我々は後手に回ってしまっている。忌々しいが、実力差というやつなのだろう。我々の起死回生は彼に掛かっているともいえる。どうしても必要なのだよ」
ヴィエリはボルジアの言葉にさらに心を冷たくしていた。
己はエツィオからそのような話は聞いていない。お互いに深く踏み込む前に決別してしまっていたから、それは当然の事なのだろうが、それでもヴィエリにはエツィオの秘密がエツィオ以外の者から告げられるのが我慢ならなかった。
ボルジアの言葉がグルグルと頭を巡る。『予言者』が何であるかは明確な答えこそないが、フランチェスコを通してその存在を知っていた。
騎士団にとってもアサシン教団にとっても特別な存在である『予言者』その者が、あのエツィオ・アウディトーレだと、そう目の前の宗主は言う。
「そんな事も教えても貰えなかった俺が、奴を我が騎士団に引き込めるとお思いですか?」
「あれはアサシンの生まれだ。親はフィレンツェの教団の長なのであれば、軽々しく人に話す事もあるまい。これから彼と親しくなっていけば、自ずと彼の秘密を知る事になるだろう」
ボルジアから慰めるような、尤もらしい事を言われ、思わず反論をしかけて顔を上げた。
すると、目の前には冷たい灰色の目がまるで脅す様に見下ろしており、ヴィエリは叱られた子供の様に俯き、やり過ごすしかなかった。
ボルジアの手が、先ほどの冷たい視線とは裏腹に優しくヴィエリの肩を叩く。
言外にエツィオ・アウディトーレの機嫌を取れと言われているようで、屈辱感が心を満たした。
もはや誰の事も信用ならないと、ヴィエリは唇を噛んだ。
敵であるエツィオを求めるボルジアも、友人だと言いながら何も核心を話してくれないエツィオも、そして自分を愛してくれない薄情な父親も、もう誰も信じられない。
だが、今やヴィエリには選択の余地など無かった。
ボルジアの命を断れば、己と父親は必ず死刑を言い渡される。だが、エツィオに保護された家族は、必ず死ぬと決まっているわけではない。
「ご命令の通りに…」
「お前には期待をしている。英知の父のお導きがあらん事を」
恭しく首を垂れてボルジアを送り出すと、ヴィエリは注意深く周囲を見渡し、部屋の外に待機していた警備兵に、父親を探すよう言いつけた。
****
出立の準備をしているフランチェスコの元へと、ヴィエリは足早に向かった。
宿泊所にしている教会の一室で、軽いノックの後部屋へと入る。
フランチェスコはヴィエリの姿を認めると、ボルジアとの会話を問い質した。
「先程のお話ですが……ボルジア枢機卿より、エツィオ・アウディトーレを騎士団に迎える為の説得を賜りました」
「忌々しい!!何を考えているのだ枢機卿は!!敵を迎え入れる等と!」
完全にボルジアの指示に憤慨しているフランチェスコを注意深く観察し、ヴィエリはまた探るように慎重に問いかけた。
「父上はエツィオを我が騎士団に迎え入れることは反対ですか?」
「断じてあってはならん事だ!ヴィエリ、お前はアウディトーレの小僧を始末しろ!枢機卿には私から説得は決裂したと報告しておく」
「では、最初は枢機卿の指示通り文を交わして、相手の情報を探り、計画を立てて奴を誘い出して殺しましょう」
「フン、そんな回りくどい事などせず、最近お前を慕っている傭兵達を連れて、襲い掛かればいいだろう?ぐずぐずしていれば枢機卿に他に手を打たれる可能性がある。その前に始末するのだ」
フランチェスコはまるでヴィエリとエツィオの実力差など見えていないように簡単に言ってのける。
それではヴィエリに死にに行けと言っているようなものだ。そして、他の家族の事もある。
ヴィエリは祈るような気持ちで、母親と妹の件を伝える事にした。
「父上、母上とヴィオラがアサシン共に、モンテリジョーニに連行されたことはご存知ですか?安易に動けば母上達の命が危ぶまれます」
「そんな事は知っている。どうせ既に殺されているだろう。それに、我らの足手まといとなるならば、命を落としても仕方ない。崇高な目的の為には多少の犠牲は止む終えないのだ。お前もいつまでも甘い事を言うな!」
失望したような蔑む視線を投げかけられ、ヴィエリは怒りと悲しみで胸を詰まらせた。
だが、父親は己の立場に焦るあまり、現実が見えていない。元の冷静さを取り戻してくれさえすれば、ヴィエリの言い分も理解してくれるはずだと、辛抱強く説得を試みた。
「……兵力差があるとお話しした筈です。せめて、モンテリジョーニを急襲するための支援をお願いできますか」
「貴様はまだ分かっていないのか?!それとも私の任務を失敗させ、私を殺す事が目的なのか!あのエツィオとか言う小僧にすっかり感化され、腑抜けたな!」
「では!どうしろと?勝てる要素は一つもありません。それとも父上は相手に勝る武器も何も持たずに死にに行けとおっしゃるのですか!」
「ああ、我が騎士団に無能は要らない!討てないというのなら死ね!」
激高し、声高に死ねと言われ、ヴィエリはフランチェスコとの家族としての情が、足元からガラガラと崩れ落ちていった。
血の気の引くような感覚が全身を巡り、冷えた指先の感覚を取り戻すように、ギュウと強く握った。
言葉もなく、父親を見つめていると、怒り心頭となったフランチェスコはまるで拒絶するかのように、ヴィエリから体ごと背け、準備が整ったと兵を呼び、荷を運ばせていった。
「とにかく、私が戻るまでに片をつけろ。時間はあまり残されていないと思え」
フランチェスコが馬へと跨り、いよいよサン・ジェミニャーノを出立する時間となった。
冷徹な父親に、ヴィエリはなんと声をかけて良いか分からなくなっていた。
だが、先ほどのやり取りで、恐らくフランチェスコと過ごす時間はこの一時のみ……もう会う事はないだろう、そう予感していた。
せめて、今生の別れを済ませるべきだ。
ヴィエリは気合を入れる様に息を吐き、父親に向かって真っすぐと見上げ、最期の問いを発した。
「父上、もし、俺がエツィオを、討てたら……父上は、俺の事を認めてくださいますか」
「……もし、お前が忌々しいアウディトーレの倅を殺せたならば、我らの殺された家族も浮かばれ、私もお前を誇りに思うだろう」
フランチェスコは冷めた目をヴィエリに向けて、忠告するような声色でそう断言した。
エツィオを殺せば、フランチェスコは自分を顧みてくれるのだと。ヴィエリはそれが少しだけ救いに思えた。
父親の言葉を噛み締める様に、小さく頷き、そして出立の掛け声とともに、あっという間に小さくなっていく父親の後ろ姿を見送った。
フランチェスコの命を達するのなら、今夜、エツィオがサン・ジェミニャーノに居るうちに決着をつけた方が良い。
今夜を逃せば、フランチェスコの言う期限に、エツィオを殺す機会など永遠に来なくなる。
この後、真っ直ぐに南門の高見台へと部下を連れて行けば……
「……さようなら、父上。どうぞ、ご無事で」
俯き、小さくかけた言葉は、風にかき消されるようにして、誰の耳にも届くことはなかった。
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